|
|
山頂の八溝嶺神社
八溝峯神社旧参道入口(845)→金性水(910)→鉄水(915)→龍毛水(920)→白毛水(940)→銀性水(945)→八溝山山頂(955〜1010)→日輪寺(1040〜1045)→ワサビ田(1105)→日輪寺遊歩道入口(1115) |
二十万図に山名記載された茨城県の山数は116座である。この数は全国47都道府県中下から4番目である。すなわち茨城県の下には千葉県(62座)、大阪府(102座)、沖縄県(107座)の3府県が存在するのみである。しかしながら、山数は少ないと言えども、茨城県は天下に誇る名峰を二つ抱えている。一つは、日本百名山にその名を列する筑波山である。「西の富士、東の筑波」と謳われるほどの日本を代表する名峰である。もう一つは、日本三百名山に列する八溝山である。古来、信仰の山であり、山頂には日本武尊の東征のおりに創建と伝えられる八溝嶺神社が座す。山肌は山毛欅の原生林に覆われ、湧き出す泉は八溝五水と呼ばれて日本百名水に選ばれている。
八溝山は元々、八溝山系の奥深くに聳える幽玄な山であった。しかし、非常に残念なことに、近年、山頂に至る林道が開発され、もはや歩かずとも山頂に至れる観光の山と化してしまった。おまけに、山頂には天守閣を模した奇抜な展望台まで出現した。言うなれば。八溝山はめちゃくちゃにされてしまったのである。これでは、いくら三百名山でも登ってみようとの意欲は殺がれる。おまけに、我が家から日帰りするには何とも遠い。と言うことで、この山を登山対象として考えたことはなかった。ところが、足のリハビリ山行きの候補地を考えていてハタとこの山に思いが到った。調べてみると、今でも山頂に至るハイキングコースがわずかに残されいる。また、季節柄、山腹を覆う山毛欅林の紅葉が美しそうである。行ってみることにする。 前の晩、山行きの支度を整えていたら、妻が急に「私も行く」と言いだした。どうやら近くの「袋田の滝」に行きたいらしい。八溝山登山は正味2時間ほどなので、滝に寄る時間は充分ありそうである。 夜明け前の5時30分、車で出発する。今日の目的地は何とも遠い。東北自動車道を矢板インターで降り、大田原、黒羽の街並みを抜けて西へ西へと進む。ルートはカーナビ任せであるが、最後は県道321号から県道28号に導かれた。県道とは名ばかりのすれ違うことも不可能な狭い曲がりくねった強烈な山道である。幸いすれ違う車もなく、事無きを得たが。蛇穴集落から林道八溝山線に入り、8時40分、目指した駐車スペースに到着した。家から162キロ、3時間10分の道程であった。 駐車場所は標高750メートル付近の林道端で、ここに車10台分ほどの駐車スペースが設けられている。この地点から八溝嶺神社旧参道がハイキングコース「八溝五水を訪ねる道」として山頂に通じている。また、この地点に日輪寺を経由して山頂に到る日輪寺遊歩道も通じており、同じ道を通らず山頂を往復できる。駐車場所にはすでに3台の車が先着していた。 支度を整え出発する。今日11月3日は晴れの特異日であり、今年も天気予報も晴れなのだが、空はどんよりと曇り、今にも降りだしそうな空模様である。しばらくは緩やかな傾斜の気持ちのよい道が続く。辺りは黄色く色づいた山毛欅の大木に包まれ、登山道を覆い尽くす落ち葉は歩くたびにカサカサと心地よい音を奏でる。旧参道の名残であろう、樹齢数百年と思える杉の大木が登山道に沿って点々と続く。 のんびりと歩くこと25分で、「金性水」に到着した。名水百選にも選ばれている「八溝五水」と呼ばれる湧き水の一つである。山肌に差し込まれた竹筒から水が細く流れ落ちている。口に含んでみたが、別段、持参の水筒の中の水道水と変わりは感じなかった。「八溝五水」はそれぞれ金性水、鉄水、龍毛水、白毛水、銀性水と名付けられているが命名したのは水戸藩主徳川光圀と言われている。 5分ほどで東屋で覆われた「鉄水」に達した。地面から水が細く湧きだしている。ちょっと飲む気にはなれない。さらに数分進むと龍毛水があった。山肌に差し込まれた細い塩ビ管から水がほとばしり出ている。 ここから登山道の状況が一変した。ここまでの巻き道状の緩やかな登りに代わり、やや急な長い長い直線的な登りとなった。「八丁坂」との標示がある。見上げる視界の先には階段整備された登り道が一直線に続いている。歩いてみればたいしたことはないのだが、精神的にやや疲れる登りである。途中で妻はネを上げて休憩を要求する。坂の途中に設置されていたベンチで朝食兼昼食の握り飯をほお張る。ついに雨が落ちてきた。まだ、雨具を付けるほどではないがーーー。大外れの天気予報である。 もうひと踏ん張りすると、車道を横切る。4番目の名水・白毛水はこの車道を数10メートル左へ行ったところにあった。竹筒から水流が流れ落ちている。さらに階段状の登山道を登ると分岐に出た。日輪寺に下るルートが右に分かれる。帰路辿る道である。すぐに最後の名水・銀性水があった。しかし、山肌に差し込まれた竹筒から水は滴り出ていない。水源が枯れているようである。これで八溝五水を全て訪れた。 すぐにここまで登ってきている車道に出た。車道は駐車場で終わっている。車道の一段上が山頂であった。八溝の神の住まう社・八溝嶺神社が鎮座している。先ずは八溝の神に参拝する。 神社の横に天守閣を模した三階建ての展望台が建っている。案内書の記載に反し、入場は無料であった。登り上げた展望台からは期待に違わぬ360度の大展望が得られた。時折小雨がぱらつく悪天候の割には視界が澄んでおり、思いのほか遠くの山々も見通せる。 さて、果たして同定できる山はあるだろうか。目を凝らして頭を巡らす。南南西方向の遥か彼方のぼやけた地平線に、見覚えのある双耳峰がもっこりと盛り上がっている。一目、筑波山だ!。形からして間違いない。とすると、その左隣の盛り上がりは加波山だ。知っている山に出会うと何やら嬉しくなる。振り返って西北西方向を眺めると、大きな山塊が屏風のようにそそり立っている。那須連峰である。その山頂部に盛り上がった富士山型の小さな高まりは茶臼岳のはずである。 展望台には展望図を刻んだ石版が設置されていた。それを眺めると、最高の視界の時には、日光連山はおろか、奥秩父連山、八ケ岳、丹沢の山々、そして富士山まで見えるようだ。今日はそこまでの視界はとうてい得られない。幾つかの知っている山を見られたことで満足しよう。展望台を降り、八溝嶺神社社殿背後の小さな高まりに行く。そこに、八溝山山頂を示す標示と1021.6メートルの三角点がある。三角点の頭を撫でて、登頂成功の儀式終了である。 下山に移る。日輪寺分岐より新たな道に入る。緩やかな傾斜の、確り整備された気持ちのよい道である。周りは山毛欅の大原生林である。黄色に色づいた木々に包まれ、その中に時折カエデの赤が混じる。空模様は相変わらずすっきりせず、時折水滴が顔に当たる。どうということもなく道なりに下っていくと、車道に行き当たった。腐沢林道である。道標に従い林道を横切る。道は舗装された急坂に変わる。数分で日輪寺に到着した。山中にしては立派な寺である。本堂は屋根も柱も赤色で、何となく奇異な感じがする。天台宗の寺で、役行者が開き、空海が中興した寺と伝えられている。坂東21番の札所でもある。腐沢林道から分かれた車道が通じており、駐車場には数台の車が止まっていた。 ここから「日輪寺遊歩道」と呼ばれるハイキングコースを辿るのだが、道標がまったくなく、その入り口がわからない。ここに到るまでは、要所要所に立派な道標が立てられていたのに、何とも不思議である。トイレの裏から山中を下って行く踏跡を見つけ、確信はないが踏み込む。踏み跡は確りしており、道の両側に杉の巨木が並木のごとく続いている。どうやら正規のルートのようである。谷に下りつくと、ワサビ田があった。ここから道は登りに転じた。急ではないが、長い登りである。妻が「休もう」と悲鳴を上げている。しかし、ちょっとの頑張りで登りきると、愛車の待つ林道に飛びだした。八溝山登山の無事の終了である。時刻は11時15分であった。袋田の滝に寄る時間は充分にある。
|