龍爪山の陪峰 道白山と吉原村1峰 

平成8年8月8日に話題となった山

1996年11月9日

              
 
即沢(755〜800 )→登山道入口(815〜835)→林道終点(950〜955)→道白山(1030〜1045)→林道終点(1105〜1110)→地蔵尊(1200)→文珠岳(1220〜1245)→薬師岳(1255〜1300)→穂積神社(1325〜1330)→吉原村1峰(1400〜1415)→林道(1505〜1510)→吉原集落 (1608〜1609)

 
安倍奥の山は粗方登り尽くしたが、どこかおもしろい山はないものかと日頃気に掛けている。この夏、格好の山が見つかった。静岡市の象徴・竜爪山の東にそびえる888.8 メートルの三角点峰である。山というより支稜上の小ピークで、もちろん地図にも山名の記載はない。普段は登る人もいないこの小ピークが、この夏大いに話題となった。標高に因んで平成8年の8月8日に登ろうというのである。地元新聞でも騒がれ、いくつもの山岳会が集団で登ったようである。新聞によると、このピークは三角点名称「吉原村1峰」、地元では「欅立山(けやきだちやま)」あるいは「欅岳」と呼ばれているとのこと。一時とは言え、これだけ注目を浴びた山である。一度はその頂を踏んでみよう。一方道白山は、竜爪山則沢登山道途中の道白平の東にそびえる七二四メートルの小峰である。本来山名などないと思えるが、物好きにもこの小峰に登った記録をどこかで読んだことがある。著者の私称とも思えるが道白山と呼んでいた。行きがけの駄賃に登っておこう。
 
 玄関のドアを開けると、明け方まで降り続いていた雨はなんとか上がっているが、雲が低く立ち込めて目の前にそびえているはずの竜爪山も見えない。午後からは薄日も差すとの予報である。家近くの三松からバスに乗る。いつもの通り最後は貸切りバスとなって終点の則沢に7時55分着。集落を抜け、沢に沿った林道を進む。道端には盛りはもう過ぎているが、薄紫のノコンギクがたくさん咲いている。15分も進むと砂防ダムが現われ、辿ってきた林道は右にヘアピンカーブを切って山腹を登っていく。ここが登山道入り口である。ただし、立て札があり「登山道は崩壊のため通行止め。林道を道白平経由で登れ」と掲示されている。3年前にも同じ掲示がなされていた。ということは登山道を復旧させる意志がないということなのか。前回は掲示に従い林道をそのまま辿ったが、今日は登山道を辿ってみることにする。どの程度の崩壊か知らないが、なんとかなるであろう。
 
 確りした登山道が沢の左岸沿いに続く。ただし、蜘蛛の巣がうっとうしい。今月いっぱいは蜘蛛は活動する。沢蟹がいたるところに這い出している。秋の山野草も見られる。ノコンギク、リンドウ、ダイモンジソウ、イナカギク、アザミ。古い石の道標が現われた。「向テ 右 道白山道 左 文珠山道」と刻まれている。この道は昔からの竜爪山登山道なのだろう。崩壊箇所が二ヶ所ほど現われるが、バイパスの踏み跡もあり、またザイルも張られていて問題ない。30分も歩くと、道は沢の右岸に移り、杉檜林の中へと入っていく。ガスが立ち込め、幻想的である。「山火事注意」との大きな看板のあるところで沢を渡り返すと、開けた谷の緩斜面となる。樹林の中に点々と石垣が積まれている。昔集落でもあったのだろうか。ひと登りで林道を経由してきた登山道と合流する。すぐ下が林道終点である。
 
 ここから予定通り道白山を往復することにする。杉檜林の中を登る微かな踏み跡を見つける。平斜面のすごい急登である。踏み跡は切れ切れであるが構わず上へ上へと登る。樹林の中は濃いガスが渦巻いている。15分もがんばると尾根に登り着いた。意外にも尾根上には確りした踏み跡がある。尾根を左に緩く登っていく。所々檜の大木が根こそぎ倒れ、踏み跡を塞ぐ。去る9月22日に吹き荒れた台風17号の被害であろうか。刺草の密生した藪を抜けると、720メートル峰に達した。ルートはここで右に90度曲がる。わずかに下って登り返すと目指す道白山に達した。杉檜林の中で展望はまったくない。S62.3.22付のSHC静清支部の登山記念標示があり「724メートル峰」とある。ただし、落書きがあり「道白山?」とある。「?」マークが付いているのがこの山らしい。
 
 林道終点まで戻り、竜爪山への登山道に入る。ここからは3年前に辿った道、山頂まで樹林の中の一直線の急登である。相変わらず蜘蛛の巣が道を塞ぐ。今日この道を辿るのは私が最初ということだ。急坂をグイグイ登っていく。沢からはだいぶ離れているにもかかわらず、ここにも沢蟹がたくさんいる。30分も急登に耐えるといったん左側の谷に下り隣の支稜に移る。だいぶ空腹を覚えるが山頂まで我慢と、さらに急登を続ける。875メートル地点で見覚えのあるお地蔵様に出会う。単独行者が下ってきた。これで蜘蛛の巣を気にしないですむ。急に上空が明るくなり木漏れ日が差してきた。ガスの上に出たのだ。すぐに竜爪山から桜峠に続く主稜線に達した。山頂までもう一息である。ただし、ここからは東海自然歩道となるためか、丸太による階段整備がなされており実に登りにくい。
 
 12時20分、ついに1等三角点の立つ文珠岳山頂に達した。三度目の頂である。珍しくだれもいない。ガスの切れ間から静岡市内が見える。双眼鏡があれば我が家を確認できるだろう。ポストがあって、その中にノートが備え付けられている。ぺらぺらめくってみたら「今日で7日目、高尾までがんばるぞぉ」というのがあった。東海自然歩道走破にチャレンジしている若者もいるのだ。遅い昼食の後、薬師岳に向かう。尾根道を約10分辿ると竜爪山の最高地点・薬師岳である。さらに穂積神社に向け下る。再びガスの中に入った。この道は3年前の4月、初めて竜爪山を目指した際に登った道である。ザイルを張り巡らしたものすごい急坂との記憶がある。下り始めてびっくりした。いたるところ、杉檜の大木が根こそぎバタバタと倒れている。相当な荒れ様である。新聞等では騒がれなかったが、台風17号の被害がこれほどとは驚きである。登山道も一時は手のつけられない状態であったと思われるが、整備が終了していた。ビルの非常階段のような手摺付きのアルミの階段がいたるところ取り付けられており、情緒はないが以前よりむしろ歩きやすい。下り切ったところで二人の登山者が登ってきた。「この先大丈夫ですか」と質問してくる。すぐに穂積神社に達した。この神社は江戸期までは竜爪権現と呼ばれ、戦時中は弾除けの神様として多くの参拝者があったと聞く。ここに立て札があり「この先、竜爪山頂までの登山道は崩壊のため通行禁止」と標示している。先ほどの登山者がおかしな質問をしたわけがこれで理解できた。登山道の整備が終わったにもかかわらず、通行禁止の立て札を立てっぱなしなのだ。
 
 1時30分、今日の目的地888.8 メートル峰に向け出発する。一般登山道ではないが、8月8日に大勢登ったと見えて、いたるところにルート標示がある。ただし、再び蜘蛛の巣が道を塞ぎ、鬱陶しい。緩く登って薄暗い杉檜林の中の848メートル峰に達する。前回はここで右に折れて高山に続く尾根を辿ったが、今日はそのまま東にまっすぐ続く尾根を辿る。尾根の右側は杉檜の植林、左は雑木林である。「吉原水源地」に下る踏み跡を右に分けて緩く登ると山頂に達した。雑木の中で展望はない。根元がえぐれわずかに傾いた三角点標石がある。これが888.8 メートルの三角点である。多くの登山記念標示があり、どれも日付は平成8年8月8日である。
 
 これで無事今日の予定行動は終了であるが、下山ルートを決めなければならない。時刻はすでに2時、4時には日が暮れる。候補は三つある。うち二つはバリエィションルートである。一番常識的なのは、穂積神社まで戻り、一般登山道を平山集落に下るルート。しかし、戻るのは抵抗感がある。二つ目が、ここから北東に延びる尾根を辿って興津川流域の西里集落に下るルート。しかし、尾根上には踏み跡もなく藪がひどい。時間的にまず無理だ。三つ目が南東に延びる尾根を辿って吉原集落に下るルート。幸い、標示はないものの尾根上には踏み跡が見られる。「吉原村1峰に登ったのだから、吉原に下るのが筋と言うものだ」と勝手な理屈をつけ、意を決してこの尾根を下ることにする。
 
 しばらく下ると杉檜の深い樹林の中に入り、踏み跡は消えてしまった。少々ヤバイかなと思ったが、そのまま尾根を辿る。猛烈なスズタケの藪が行く手を塞いだ。左手の樹林に逃げる。目の前に、逆さ落としのような大急斜面が現われた。ルートを間違えたかなとの気もしたが、地図を確認するのも面倒なので、立ち木にぶら下がるようにしながら斜面をずり落ちる。わずかに尾根筋の気配はある。手入れのよい深い植林の中で、打ち枝で歩きにくい。斜面はさらに急となり、下るのにかなりの危険を感じる。目的の尾根を外れていることはもはや確かであるが、いまさら登り返すのもわずらわしい。下ればどこかに出るだろう。下の方に沢が見える。沢に下るわけにもいかないので山腹を右にトラバースしながら進む。小さな沢を二つ横切る。下方に林道が見える。さらにトラバース気味に下るが、ついに沢に下り着いてしまった。沢沿いに少し下ると、何と、砂防ダムに行き当たり下れない。周りをよく観察する。沢を徒渉して左岸に移り、少し登り返して回り込むと、ついに林道に飛び出した。やれやれである。地図を広げて、辿ってきたルートと現在位置を確認する。スズタケに行く手を阻まれた地点で左に逃げ過ぎてルートを踏み外したようである。現在地は下り着く予定の林道の上部で、この林道を下れば吉原集落に達することを確認する。
 
 布沢川に沿った林道を下る。15分も歩くと、お地蔵様の立つ尾根の末端に達した。本来はこの地点に下り着くはずであった。夕暮れの迫る林道をひたすら歩く。行く手の山腹にすさまじい光景を見る。ひと山丸ごと植林樹が倒れている。はじめは伐採中なのかと思ったが、よく見ると、いずれの木も中ほどでポッキリと折れている。すさまじい強風の跡だ。林道の端もいたるところ大木が根こそぎ倒れたり折れたりしている。何という光景だ。林道上には相変わらず沢蟹がたくさん這い出している。林道を1時間歩き、トンネルを抜けると吉原集落が現われた。山切川源流部の緩斜面に広がったかなり大きな集落である。以前車で通り過ぎたことがあるのだが、なんとも魅力的な集落で、ぜひ一度訪れたいと思っていた。どの家も大きく、豊かな集落であることがわかる。ようやくバス停に着いた。バスはわずか1分待ちでやってきた。