| 五時前十分、佐伊津港はまだ真夜中のように暗く静かだ。漁から帰ったばかりの一艘の舟上で、漁師が一人、使って来たばかりの網の手入れをしている。その手元を照らすライトの光と、発電機を回す原動機のトン・トン・トンというエンジン音があるだけである。 早朝の漁港・・・・、不断何げなく通り過ぎているこの小さな港も、一日のうちのこの時間は、いつもと違った顔を見せてくれる。 私は、おばさんとはまだ直接会ったことがないので顔は分からない。うまく落ち合えるだろうか・・・・、多少心配な気持ちとは裏腹に、指だけはカメラのシャッターを無意識に切っていた。 「あアー、先生でっしょー。奥さんにはいつもお世話になっとりまーす・・。」 ふと私の後ろで声がする。振り向くと、長靴を履いたやせ形のおばさんがニコニコしながら立っていた。 「はじめまして、長野です。今日はお世話になります・・。」 早速初対面の挨拶を交わす。 「私は、このあと一回、家に戻って、六時頃また出て来ますけん。そるまでもういっときここで待っとってください。」 おばさんは、そう言って、水揚げされた魚が集めてあるらしい場所へ、リアカーを押して行った。魚を仕入れにここへ来たのだ。この後一旦家に戻って、行商の支度を準備万端整えていつも大体六時頃出発するようだ。 始めてあったとは思われないような気さくな人だな、と思いながら私は漁港の船着き場に佇んだ。六時まではまだ間があるが水平線の上当たりは白みはじめている。時折その弱い光を浴びながら漁に出掛けて行く漁船がある。漁から帰る船も・・・・。私はその風景を楽しみながら再びおばさんを待った。 |
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