夏の夜明けは早い。・・・・がその夜明けにもまだ十分間がある午前四時、私は眠い目をこすりながら起床した。めったに行わない早朝起床、目は開いているが、体はまだ眠っているようだ。心なしか頭が痛い。しかし、その朝私は期するところがあり、心の中のある一つの興奮を押さえることができなかった。
  ・・・・そうだ、今日は約束の日なのだ。約束の時間は五時。私は炊飯ジャーの中にあるゆうべの晩ご飯の残りを茶碗に注ぎ、お茶漬けにして腹にかきこんだ。そうこうしているうちに、女房も起きてきて約束の場所まで、私を車で送る準備を始める。有り難いことだ。さっそくカメラバッグをもって車に乗り込み出発。充分間に合う。車の助手席で、カメラバッグを膝のうえに抱えながら、私はほっとした。
  天草の本渡市広瀬、熊本市からここに引っ越して来て四ケ月足らず。約束というのは、その間に、女房を仲介役として私がある人と行ったものである。その人は同じ天草の佐伊津という漁村のおばさん。もう何十年も住んでいる地の人ある。佐伊津港に水揚げされる魚をリヤカーに積んで片道数キロはある道程を佐伊津から広瀬、日によっては今釜まで行商で売り歩いているということだ。それも四十年間・・・・。そのおばさんがある朝ひょっこり私の家の前にやって来た。私は仕事に行って留守。女房が会った。都会ではなかなか見られなくなった昔ながらの行商、女房も珍しく思って、いろいろと話を聞きながらタコを買った。おばさんは分銅の付いた天秤棒を使って重さを量ってくれたそうだ。
  私は、仕事からかえってタコを食べながらその話を聞き、そのおばさんを写真に撮りたいという衝動に駆られた。そしてどうせなら、佐伊津からおばさんに付いて歩いて行動を共にしたいものだと考えた。女房を通じておばさんに望みを伝えたところ、快く引き受けてくれて、今朝の仕儀に至った訳である。約束とは、今日の朝五時までに佐伊津港に来て待っておくこと、と言うことなのである。

前へ(Back) 目次に戻る(Return to Contents) 次へ(Next)