| 「エット、絞りはオーケー、シャッタースピードはこの位・・・・、」 多少焦る気持ちを押さえて、そのときの私は頭の中で大急ぎにそんなことをチェックしていた。こんなシャッターチャンスはめったに無い。ここまで来て、できたのがピンボケなんて許されないぞ。私はピントガ合っている事を、何度も何度もレンズを回して確認していた。ここは、五和のとある高台、見渡す限り一面畑である。その大地にはいつくばって、写真を撮ろうとしている私であった。 広瀬からから五和へ入るために私が通ったのは、海沿いの国道であった。このルートを取った場合、まず五和の中でも「御領」と呼ばれる地域に入る事になる。ここでは道は少し海岸からそれ、海は一時姿を消す。かすかに潮の香だけを道行く人に伝えるのみである。代わって道の両脇には、田畑が姿を現しだす。天草の田植えの時期は早い。三月末から四月の初ぐらいである。ここ御領でも、冬場レタス畑だった大地が、もう既に水田に様を変えている。稲の苗も成長し、ひと月前より田んぼの緑はぐんと濃くなっている。私は小さな商店の横に自転車を止め、自動販売機で買い求めた缶ジュースで喉を潤しながらそんな景色を楽しんだ。道路を挟んで水田が広がる。進行方向の右手は水田の先に人家が見える。その向こうに海が広がっているはずだ。一方左手に目をやると、水田の先に小高い台地がある。どうやらその台地の上には畑が広がっている様だ。そこに登るための小道も見える。ジュースを飲み終えた私は、自転車をそこに停めたまま、歩いてその台地に登り出した。 実は私は、天草に住み始めてある事に気がついていた。それは農家が意外に多いという事である。天草と言えば誰もが漁業を思い浮かべる。「漁師さんがさぞ多い事だろう」、私も天草に来る前はそんな風に思っていたし、また住んでみて確かにそうだと思った。だがもう一つ・・・・、農家がそれに負けないくらい多いのも確かなのだ。私の受け持ちのクラスの生徒で見ると、家が農業を営んでいる生徒が最も多い位なのだ。天草の人達は、海と共に、土にも生きて来た。私が目に入った台地の畑に足を向けたのは、そんな事が頭にあったためなのだ。そしてその台地の上で、この時、私はまさに土と共に生きて来た様な人達に出会い、夢中でカメラのレンズを向けていたのだ。 「まちーと、近づいて写さんでよかっかなー。ピシーッと写してくれよー、」 ゴツゴツしたジャガイモを土の中から掘り出しながら私にこんなふうに言うオジサンがいる。・・かと思えば、カメラを向けられて、 「この、曲がって伸びらんごつなった腰ば写してくれんかなー、」 と言う老人もいる。それからタマネギ畑では別のおじさんが、 「困っとばってんナー、」 と言いながらも、レンズの前でじっと不動のポーズをとってくれた。 「きょうは最高の写真が撮れたな・・・・。やはり来て良かった。」 帰り道、再び汗をかきかきペダルを踏みながら、もうそんな事を考えている気の早い私だった。現像も焼き付けもできてないが、その日に限ってなんとなく分かるのだった。 |
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