雑 記 帳

     謹 賀 新 年・わが家のお飾り2015.1.1

       あけましておめでとうございます
          
ハボタンとバンペイ柚

 昨年9月には満80才を迎えて、中国民放くらぶから、思いもかけず長寿の表彰を頂きました。
 歳とともに月日の過ぎるのが早いように感じていますが、
今年一年、皆さまの助けをお借りしながら心身とも健康で暮らしたいものです。
 私が父親に教わり、お飾りを作り初めてから60年近くの月日が過ぎました。
 今年は先祖伝来の米作りを止めたため、稲藁は友人から頂きましたが、ウラジロは近くの山に登って採ってきました。
 しかし、お飾り作りをする農家も少なくなり、とくに神棚に飾る割竹で挟んだ三つ組のお飾りは近所で見かけなくなりました。
 草ケ部で最後の伝承者になるかもしれないとの思いで写真に記録しました。


神棚の割竹で挟んだ三つ組のお飾り


オドクウサマのお飾り


水神様へのお供え


床間のお伊勢様のお飾り

ことしもよろしくおねがいします



   草ケ部の上空に幻日環が現れる

 2014.4 4月2日の9時50分頃、絹雲がかすかにたなびく紺碧の上空、私の頭上に、大きなリング状の雲を発見。
 こんな不気味な虹を見たのは1934年生まれの私も初めて。
折から前日に地球の裏側で発生したチリ地震による津波警報中。
 太陽はリングの中心でなく、ペンダントのようにリングの鎖に串刺しに。因みにリングは雲がたなびくように白色で、虹のように七色に分光していませんでした。
 急いでカメラを自宅から持ち出して撮影しましたが、18oのレンズでは収まらなくて残念至極。
 翌朝、隣町に住む、地震雲を永年観測されている小西さんからから電話があり、この辺りでは見かけたことのない青色の羽をした小鳥が道を歩いてたので、ネコに捕られないかと心配して藪に追い込んだところ、勢いよく飛び立ったとのこと・・・・・・。
 チリ地震で地球の磁気が乱れたために渡り鳥が方向感覚が乱れたのではないか・・・・・・。
 リング状の雲も地震雲の一種ではないかと話題が尽きませんでした。
 4月4日の山陽新聞に、3日に倉敷市内で「太陽の周りに現れた円形の日暈」を倉敷科学センターの学芸員さんが撮影したとの写真入りの記事が掲載されました。
 早速メールでセンターに連絡したところ4月2日には、兵庫県でも観測されて、神戸新聞に掲載されたと教えて頂きました。
 ネットで太陽がリングに串刺しになった虹?を調べたところ。
このような虹?は「幻日環」と云われているようです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%BB%E6%97%A5%E7%92%B0.4
 










電動チェア ニッカリモノレール (ムーチェ) 2012.10

 一昨年、地元企業である(株)ニッカリが急傾斜のみかん畑などに資材を運ぶための「モノラック」の実績をもとにして、老人用の一人乗りのモノラックを開発したとの新聞記事を見て、早速、わが家にも設置できないかと、ニッカリさんにお願いしていましたが、7月には新しく開発された一人乗りのモノレールが完成しました。
 我家は明治2年に草ケ部大池の上に建てられた茅葺きで、車庫のある草ケ部大池からの標高差が10m位あります。
 しかし秋に収穫した籾や燃料の薪なども、担いだり一輪車(ネコ車)などで運び上げていました。
 車社会の当節は、老いぼれた私だけでなく、近所の皆さんや配達の人も息を切らして登って訪れるようになりました。
 そして8月1日にはBSジャパンの「アジアの風」という番組の取材があり、また老人の日には地元民放KSBのニュース取材もありました。
 モノラックの乗り心地は・・?とのアナウンサーの質問に答えて・・・
カタカタというモノラックのギヤがかみ合う快い振動が椅子から伝わってくるが・・。
 空を流れる雲、そして夜空に輝く星や、点滅する飛行機の灯りを眺めながらに、我が家にたどりつく。
 私にとっては楽しい乗り物であるなどと・・・、話しました。




藪に囲まれた我が家

門屋でカーブして母屋の前が終点

ラック&ピニオンでスリップなしに走行するモノレール


猛暑の夏が続いていますが、空には秋の到来を思わせる積雲が・・・

LINKニッカリのホームページ


流れる雲を眺め・・・明日の天気は?


台風4号無事通過 夕暮れの虹2012.6.19

6月に上陸した台風としては、8年前の平成16年6月21日に上陸した台風6号以来であり、
6月19日の上陸は、気象庁が昭和26年に統計を始めて以降、7番目に早い記録だそうです。
岡山では昼前には強い雨が降りましたが、幸い強い風も吹かず無事に通過。
日暮れには鮮やかな虹が天空に鮮やかなアーチを描いていました。








新幹線300系最終列車 
2012.3.16

初代「のぞみ」として知られる東海道・山陽新幹線「300系」
新大阪発、博多行きの16両編成列車が3月16日の11時36分頃に

戦国時代に宇喜多直家の居城であった沼の亀山城の麓を通過しました。
あいにくの曇り空でしたが、近くの上道墓苑の近くの小高い丘の上で
通過する列車を撮影しました。


正面は大日幡山、先頭車両の後が亀山城、その上に新庄山が見える
手前は在来の山陽線、後尾車両の後に見える白い建物が平島のパナソニックのビデオ工場


ため池の赤い浮草 2012.2.27
通りすがりの瀬戸町観音寺の前池が赤い浮草によってピンク色に染まっていました。
調べてみると、この浮草の名前は外来種の「雑種アゾラ」。
異常繁殖して、ため池の排水口が詰まるなどの問題も発生しているようです。
自然農法で水田に入れた合鴨の餌として入れたものが水路に流れて繁殖したそうです。


背景は古代山城の大廻り小廻り山


陸上競技状のアンツーカーのようにも見えます


凍てつく池面に枯れもせず風に流されながらも繁殖しています



アナログテレビ放送終了
2011.7.25

「長い間ご覧いただき有難うございました」
還暦を迎えたアナログ放送の電波が止まりました。
いよいよデジタル放送の時代の本格的な幕開けです。
しかし多機能化したデシタルテレビ、光ケーブルによるインターネツトの時代。
携帯電話やスマートフォン、そしてパソコンでのテレビ視聴、衛星による専門チャンネル。
地上波テレビの視聴率独占時代の終焉のようにも見えます。












アナログTV放送のカウントダウン2011.7.06

あと18日。いよいよアナログ放送のカウントダウンが我家のブラウン管テレビの
画面の右下に大きくスーパーされるようになりました。
戦後まもなくの少年時代、鉱石ラジオに魅せられ、スパー式真空管ラジオの組み立て、
そしてトランジスターが発明され、真空管から固体化の時代と変遷。
1968年に岡山でUHFテレビ放送が免許されると、テレビ放送局の建設や運用保守などに従事。
私の人生はアナログテレビの時代でもありました。
嗚呼・・・老兵はアナログ放送とともに消え去るのみ。




日本ミツバチの蜂蜜の採取2011.5.5
昨年の5月に捕獲した日本ミツバチを先輩に分離機などを持ち込んで頂き、
今年初めて採りました。今年は花の咲くのが遅れているためか、採取した蜜は2リットル位でしたが、
9月ごろには再び採取する予定です。


麻袋を燃やした煙を吹き込んで蜂を下の箱に追いやってから
蜂の巣を取り出す



ステンレスの遠心分離機で蜜を分離


漏斗で蜂の子などを濾過


採取した蜂蜜




鹿児島行き新幹線「みずほ601」始発号2011.3.12

 山陽新幹線と相互運転し大阪と鹿児島を直通で結ぶ九州新幹線が3月12日、全線開通しましたが、前日に発生した東日本大地震の発生で、JR西日本は同駅などで予定していた記念式典を自粛したそうです。
 鹿児島行きの下り直通1番列車「みずほ601」は午前6時、新大阪駅を出発しましたが、6時40分40秒頃、岡山駅に向かう鹿児島行きの下り直通1番列車を山陽線と新幹線が交差する浮田秀家ゆかりの沼亀山城の近くの丘で待ち受けて撮影しました。


     鹿児島行きの下り直通1番列車「みずほ601」  


新幹線と交差する在来線電車

消防ヘリコプターが飛んできた 2011.1.31
寒波の厳しい夕方、隣村の沼村で家屋火災があり岡山市の消防ヘリが飛んできました。
近くには新幹線と山陽線が交差している交通の要所でもあり、長時間ホバリングして空から監視していました。


ブラウン管テレビ&アナログ放送  2011.1.3
 アナログ放送もあと半年で終了して、デジタル放送のみになるとのことです。
昔々、アナログ放送の電波技術者として誇りを持って携わっていた
私としてはアナログ放送の最後の瞬間を見届けてやりたい・・・・新年です。
我が家にはHD−DVDやデジタル放送の受信チューナーなどもありますが、
リモコンの操作が面倒なこともあり、いまだにアナログ放送を視聴しています。
ところが、このところデジサポセンターからのお知らせのスーパーがひんぱんに
うるさく流れるようになりました。
そこで画面の下に黒いガムテープを張りました。これでスッキリと思いきや
画面の上にもデジサポの電話番号が・・・・・・・。
これは全くの私の思い込みですが?
デジタル放送はゴーストやノイズもなくて、素晴らしい解像度ですが、
動きの激しいスポーツ番組などでは一瞬画面が流れてボヤケルのが気になります。
また液晶テレビは一見はなやかな色あいですが、
完成されたブラウン管テレビと比較すると深みがなくて安っぽい気もします。
一年前、電気店の倉庫の片隅に残っていたSonyの29型のブラウン管テレビを
購入したアナログ老人のボヤキです。お許しのほどを・・・・・。





謹賀新年 2010.1.1

旧年中は大変お世話になりました。
あれも、これもと、やりたいという意欲は衰えていないつもりですが、
さっぱり頭と体がついていきません。
ゴルフや会食など皆さんにお誘いを受けても、できるだけ不義理をしています。
寒波襲来のお正月ですが、暖かい日には大池公園の遊歩道などを散歩したいものです。


ビロードモウズイカ 2010.8.1
孫の住んでいる家の庭の塀越しに、この辺りでは見かけた見かけなたことのない花が咲いていました。
2メートルにも伸びた花軸には黄色い花が次々に咲いていますが、昔々の少年時代に栽培の
手伝いをしたことがある煙草の葉によく似ていました。
そこでたばこをキーワードにして検索して見ると庭たばこともいわれている帰化植物で、
関東以北では荒地にでも生えているとのことでした。





日本ミツバチ捕獲成功? 2010.5.2
昨日の昼、ミツバチが団子になって樫の木にブラ下がっていると約4キロ離れた家内の実家から電話がありました。
早速、巣箱を持って捕獲に向かいましたが、ミツバチの捕獲はこれまで2年続けて失敗していますので、慎重に作業を進めました。
先ず、樫の木の枝にブラ下がったミツバチの枝の上に、蜂蜜を塗った巣箱を紐で縛り付けました。
そして棒切れで枝を叩き、ときにはミツバチをつついて、巣箱にミツバチを約1時間も掛けて追い込みました。
そして、軽トラの荷台に毛布を被せた巣箱を乗せて,急いで家に帰り、倉の中に置いて一晩を過ごし、今朝6時半頃、
明るい倉の外に出しました。そして箱の入口に昨年採取した密を置いたところ巣箱から大勢のミツバチが出てきて密をなめていました。
女王蜂が入っている確認していなかったので不安でしたが、昼過ぎには体に黄色い花粉の団子を付けたミツバチが帰って来ていました。

、樫の枝にブラ下がつた日本ミツバチの集団


上に取り付けた巣箱に入るミツバチ、団子も小さくなった。



倉の前に出した巣箱(右)



巣箱の前に流した蜂蜜を吸うミツバチ




500系新幹線の最終列車を撮影 2010.2.28.pm15.50
昨年の11月30日に撮影した0系新幹線最終と同じく沼の宮ノ山の中腹に登って500系新幹線の最終列車を撮影しました。
浦間のトンネルを出てきた新幹線は砂川を渡ると浮田秀家が生まれた沼の亀山城の麓で山陽線と交差して小坂トンネルに入ります。
使用したカメラはEOS50Dです。

そうめん流し 2009.7.13 
大池の辺の竹藪の竹で、そうめん流しのを作成しました。
10pもの太さの竹を割るのはやってみると意外と大変なことでした。
色々工夫したすえ、丸鋸で挽き割ることにして、竹の節は電気ドリルの
先に取り付けたトリマとノミで削りカンナで仕上げました。
早速、大池公園の遊歩道のほとりでそうめん流しをしました。
そうめんを流す大人は大変ですが、子供達は水遊びの感覚で大喜びでした。
新鮮な青竹に流したそうめんは、青と白のコントラストとほのかな竹の香りもあり、
流れてくるそうめんを箸で素早くキャッチするのが面白いようです。
初夏の夕方の夕涼みのひととき、大人もビール片手に結構楽しんでいました。
このところ猛烈な勢いで荒れた畑などに広がっている孟宗竹の竹の活用を考えていましたが
(株)城東広告にお願いして、そうめん流しの竹を試しに販売して見ることにしました。
新鮮な伐りたての竹をお届けするため、注文があつてから竹を伐り、即日発送することにしています。
iあいランドの楽天ショップまでどうぞ。



新春の日の出2009.1.1
元旦の日の出は天候が心配されましたが、午前中は快晴で見事な日の出を迎える
ことが゛きました。孫の健と常楽寺の仁王門に歩いて登って初日の出を撮影しました。




0系新幹線の最終列車を撮影 2008.11.30
0系新幹線の新大阪7.59分発の下り博多行きを浮田小学校の北の
小坂山トンネルの上の宮ノ山の中腹に登って撮影しました。
通過時刻はは9時32分でしたが、連続撮影が出来ないコンパクトデジカメですので
浦間のトンネルから出て砂川を渡った瞬間を狙って一発勝負でシャッターを押しました。
大阪発の下りはこれが最終列車と聞いています。
白く見える大きな建物は岡山市東平島のパナソニックの岡山工場です


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