死んだら閻魔をやらされた!? 〜佳奈美の閻魔日誌〜

タイトル

Case:00 麻倉佳奈美の場合

 某日某所、一人の女子高生が死んだ。

 彼女、麻倉佳奈美(あさくらかなみ)の魂は肉体より離れた後、独り暗い山道を歩いて三途の川を渡り、やがて閻魔の法廷、つまり生前の善悪全てをさらけ出され、天国行きか、地獄行きか、それとも次の生を受けて此岸──いわゆる“この世”──に戻るかを告げられる、裁きの場に連れてこられたのだった。
 そこは広くも薄暗い空間であり、天井は暗く遠く見えなかった。地面は規則正しいタイル敷き。そして佳奈美が立つ目の前には一段高くなった壇がしつらえてあり、その中心には高名な学者や政治家が偉そうな演説を行う様な、厳つい雰囲気を纏った演台が設置されていた。

「これから貴方の生前の行いについて、裁きを行います」
 彼女は声のする方、つまり演台を見る。
「てゆーかあんた誰!?」
 三途の川をモーターボートみたいな船で渡ってきてからこのかた、ずっと無口で威圧的な警察官みたいな誰かに連れられ……いや連行され、著しく気分を害していた佳奈美が言い放つ。
 そもそも彼女は自分が死んだという実感すらなく、気が付いたら真っ暗な山道に独りたたずんでいた。何とも言えない居心地の悪さから、何となく明るい方に向かって歩いていると、やがて薄気味悪い森から出て景色が開けたのは良いが、そこは曇天で薄ら寒い、その場にいるだけで気分が下がるだだっ広い河原であった。周りを見渡すと、幾人かの小さな子供がすすり泣きながら、河原の石を塔のように積んでいる。
 そんなに泣くほど嫌なら、こんなイケてないところで遊んでないでさっさと家に帰れば良いのに……などと思っていたら、彼女の目の前に勢いよくモーターボート──彼女はモーターボートと思っているが、実際にはウォータージェット推進式の水中翼船──が横付けされた。そして彼女が何事!?と思う間もなくボートの運転手?に船内へ引き込まれ、こちらの乗る意思も聞かずに料金前払いだのと言ってきた。不思議とボートに乗る気は出てきたのでお金を払おうとも、サイフはバッグの中で今は持っていない。何か無いかと自分が着ていた制服のスカートをまさぐっていると、ポケットの中から大きく6と印刷された紙切れが出てきた。
 佳奈美はそんな物は見たこと無いしポケットに入れた記憶もないものだから、じっくり確認しようと目の前に持っていこうとするも、ボートの運転手?にさっさと取られてしまった。そして運転手は彼女の非難の声を聞こうともせず運転席に戻ると、彼女の安全などまるで無視したようにエンジンスロットルをいきなり全開にし、対岸に向けてボートを走らせ始めたのだった。
 ボートの甲板の上でゴロゴロ転がる佳奈美。聞くに堪えない罵詈雑言を一通り並べるも、乗客サービスは一向に改善すること無くボートは走り続ける。
 だいたい生まれた初めて乗ったモーターボートなのだから、どうせなら真っ青な空の下、キラキラ光る綺麗な水面や水しぶきできゃ〜などと黄色い悲鳴を上げながらマリンプレジャーを楽しませてくれるのが最低限の常識なんじゃない!?とか思うも、現実は曇天で薄ら寒い中、灰色のべったりした水面を掻き分けまっすぐ対岸に突き進むだけであった。船尾から勢いよく噴き出る水しぶきが、まるでロケットの煙の如くもうもうと水面を漂うのがちょっとだけ興味深かったが、それよりも肌寒さ勝り、気分はアガるどころか余計にだだ下がりであった。
 そしてボートが対岸に着くと、また別の警察官みたいな誰かに引きずり下ろされ、問答無用でこの薄暗い広間に連れてこられたのだった。

 そんな、ここ数十分の道程を思い出し、余計にイライラを募らせていると、壇上の人物が彼女の問いに答えた。
「私は、いわゆる閻魔と呼ばれる存在です」
「はぁ!? 訳わかんねーし! なんであんたみたいな子供が閻魔とか言ってんのよ!」
 佳奈美がそう吐き捨てたように、閻魔と名乗った人物は、彼女よりも年下にみえる、昏い目をした少女だった。服装こそは仏画やお寺などにある閻魔像と似た様なものだが、黒髪で左右にお下げをしている、年の頃は14〜15歳くらいの女の子である。

閻魔

「訳あってこの仕事を受け持っています。外見は私の職務内容とは関係ありません」
「超ワケわかんないんですけどー? で、その閻魔様がどうするってのよ、てゆーかここどこよ、あたしいい加減家に帰りたいんですけどー!?」
「今の貴方には、帰る家という概念に相当する物はありません」
「はぁ? わかる様に言ってよ! てゆーかさっきワケ分かんない人にあたし死んだとか言われたけど、ちっとも認めてないしー! いい加減に帰してくれないと、ケーサツ呼ぶけど!?」
 彼女は制服のポケットに手を突っ込み、愛用のスマホを取り出そうとする。
「まずは自分が死んだことを自覚してください。貴方はここに来る前に、三途の川を渡りましたよね? だから既に、貴方は死後の世界の住人です。貴方が持っているそのスマホは、貴方の生前の意識の“残りカス”が創り出したいわば幻影みたいなものです。やがて消えます」
 薄暗い空間──閻魔の法廷に響く抑揚の無い声、閻魔と名乗った少女の言葉で、彼女は自分のスマートフォンを凝視する。
 当たり前だがアンテナのピクトは圏外。そして画面上に数多く並んでいるアイコンも、なぜか細部がぼやけて、それがもともとどういった模様だったかいまいち思い出せない。
「圏外とか超あり得ないし!! ドコの田舎よここ、超ムカツク、ワケわかんない!!」
 癇癪を起こしたように声を上げる佳奈美を余所に、閻魔の少女は彼女の両脇に立つ、まるで鬼の様な厳つい顔つきをした男達に命令を下す。
「彼女のプロフィールと死因の説明をお願いします」
「承知しました、閻魔様」
 彼らは閻魔の業務サポートを行う書記官たちだ。仏教の言い伝えでは、司録と司命とよばれる。
 閻魔の右に立つ書記官が、手に持ったタブレットを操作すると、まだ大声で喚きつづける佳奈美の前に、空間投影のモニタが現れた。
「はぁ? なによこれ!?」
 つづけて閻魔の左に立つ書記官が、彼もまた手に持つタブレットを操作して、空間投影されたモニタに表示された自分のプロフィール(まるでウィキペディアみたいな画面)を見て口をぽかんと開けている佳奈美の個人情報を読み上げ始めた。
「生前の名前は麻倉佳奈美、享年16歳。県立高校の学生、成績は偏差値65程度、生活態度は素行不良。男性経験無し、異性の交友関係はほぼ無し……」
「ちょっとなんでそんなことまでいちいち知ってんのてっていうかひとが処女とかこんなところで言うなこのセクハラ野郎〜〜っ!!」
 顔を真っ赤にして怒る佳奈美に対し、感情が抜け落ちた、ただただ昏い目で彼女を見やる閻魔は、
「セクハラでありません。事実を述べただけですが?」
と、抑揚の無い声で答える。
「っていうか、何よこの画面とか! それになんでタブレットとか持ってんの!? 閻魔とかうそっぱちじゃん!!」
 空間投影の画面は、佳奈美の目の前だけでは無く、閻魔の目の前にも小さな物が何個も浮かんでいる。それに閻魔と名乗る少女が立つ演台の上には、何台ものパソコンのモニタが置かれており、彼女自身もタブレットの様なデバイスを操り、画面や機器の操作を行っていた。

空間投影モニタ

「何がウソだというのです?」
 閻魔の声に、
「だって閻魔様とか昔からいて、ここって地獄の一丁目だか三丁目だかなんでしょ!? そんな現代の機械……現代かどうか怪しいけど、なんでそんなモン持ってるのよ!」
 だいたい三途の川渡るのにモーターボートとかあり得ない!などとつづける佳奈美に、閻魔は小さくため息をついたのだった。
「何よ! あたしが間違ってるって言うの!?」
「ええ、現状認識が出来ていませんね? よく考えてください、ここは死後の世界です。貴方がたが死んだら来る場所です」
 自分が死んだというのは全く認めたくないが、佳奈美は一応首肯する。何か話が進まない気がしたからだ。
「このタブレット、貴方が生きていた時に作られた物ですよね? で、これを作った人が死んだら、これを作る技術も一緒にこの世界に持ってきますよね?」
「そりゃそうだろうけど……だから!?」
「分かりませんか? 死後の世界では、もう人は死にません。こういうテクノロジーを研究したり、開発したりする人は、死後の世界で永遠にその研究開発を進めます。此岸……生前の世界では、人は寿命によって技術開発に寄与出来る時間はどんなに長くても60年程度になりますが、ここではその制限は一切ありません。老いが無いのでいつまでも人生の最盛期の勢いで事を進めます。つまり死後の世界は此岸よりも技術が進んでいることもあるということです」
「ワケが分かんない……」
 閻魔だ地獄だと言えば、思い浮かべるのは仏画に代表される、おどろおどろしい昔の絵。そこにはムチだの金棒だの、原始的で怖い直接的な道具ばかりで、電気の類で動いている様なものは一切描かれてはいない。
「ここに連れてこられた被告人の全てが書かれているという閻魔帳も、昔は手書きの本だったらしいのですが、今では閻魔帳データベースに全部記録されています。データの呼び出しも簡単ですよ?」
 閻魔の少女が、まるでギャルピースのようにピースサインをした手を顔の前に持ってくると、その手をふっと横に振る。
 すると、そのジェスチャーに定義されたコマンドに基づき、新たに現れた空間投影モニタが佳奈美の目の前に飛んでいく。
「佳奈美さん、これが閻魔帳データベースに記録されている、貴方の殺害現場の画像です」
 さっきから理解を超えた説明や技術を見せつけられつづけ、混乱の極地にいた佳奈美の目の前には、どこかで見た様な気のする部屋の汚いベッドの上で、充血した目を見開き、口から泡を吹き出して喉をかきむしりながら絶命した自分の姿が映し出されていた。
 佳奈美には、それが自分の姿以前に、そもそも何の画像なのだかも、最初は分からなかった。しかし網膜に映る画像を脳が認識をつづけた結果、佳奈美の顔はだんだん青くなってゆく。
「なによこれ……! 超意味わかんない!!」

佳奈美の殺害現場

「今貴方が理解したように、貴方は毒物を摂取させられ、そのアナフィラキシーショックで嘔吐し、その吐瀉物で窒息死しました。ロクな死に方じゃ無いですね?」
 死者に向かってあまりに辛辣な言葉を投げつける閻魔の表情は、全く変わらず何の感情も読み取れないものであった。
「死に至る行動を報告します」
 閻魔の左に立つ書記官が、中断された報告を再開した。
「麻倉佳奈美は友人達が参加するという、近くの私立大学のサークルが主催するパーティに、友人達と共に向かいました。元々そのパーティを怪しい物だと考えていた麻倉佳奈美は、何かあった際に友人達を危機から守ろうとしたようです。そこで佳奈美は大学生らに騙され睡眠薬を飲まされたのですが、それは非常に品質が悪いもので、重度のアレルギー反応を誘発。あとは閻魔様の仰るとおりです」
「……そうよ! 近くのFランの大学生のヤリサーだもん、行ったってどうせヤラれるだけじゃない! それでもイケメンがいるからとか言って全然人の言うこと聞かないし、守ってあげられるのはあたしだけだったのよ!!」
「それで自分が死んだのです。結果的には貴方の友人達はレイプされずに済んだのでしょうが、自分の命を守れなかった貴方の行動は愚行以外の何物でもありません、褒められる要素は絶無です」
「訳分かんない! 友達守ろうとして、何が悪いって言うのよ!!」
「すべからく生き物において、自己の保存がその存在意義の最優先に位置づけられています。自らの命に関わるリスクを考えずに行われた行為は、全て愚行と判断されます」
「死ぬって決まった訳じゃ無いし! これって事故じゃん、殺されたんじゃん、あたしは悪くない!!」
 スケベ野郎を2〜3発蹴っ飛ばしてやるくらいしか考えてなかったもん!と続ける佳奈美の言葉を、しかし閻魔は全く表情を変えずに遮った。
「結果が全てです。結果として貴方は自分の軽率な行動で死んだ。その前に貴方が何を考えていたかなんて、どうでもいい些末なことです」
「友達の事でしょ!? どうでもいいわけないじゃない!!」
「どうでもいい事です。今更ですが、貴方が取るべきだった最善の行動を教えてあげましょうか? 貴方の忠告を無視する友人達など放っておいて、自分の家で勉強でもしておけば良かったのです。友人達がレイプされようが殺されようがそれは彼女らの自業自得、それで貴方の罪には一切加算される事はありませんでした」
「ふざけんなてめーっ!! あたしの友達をなんだと思ってんだこのクソガキ!! お前なんか……」
「被告人は口を慎むように!」
 閻魔の右にいた書記官が一喝するとともに、佳奈美の喉が強い力で絞められた。しかし誰も彼女の身体には触れていない。何の仕掛けかさっぱり分からないが、見えない力が彼女の喉をぐっと潰しにかかる。
「ぐがっ………!」
 のけぞりそのまま倒れ込む佳奈美は、自分の首をギリギリと絞める“何か”を振りほどこうとするも、しかし彼女はそれに触れることが出来なかった。彼女の指先には、自分の首がへっこむおぞましい感覚が伝わるだけだ。
「書記官、もういいです」
 閻魔の声と共に、佳奈美の首を絞めていた力がふっと消えた。
 盛大に咳き込み、口から痰だかよだれだかをダラダラと流す佳奈美がフラフラと立ち上がり、閻魔をキッと睨む。
「な……何の権利があって……こんなことするのよ………ッ!」
「閻魔の権利ですが?」
 相変わらず表情を一切変えない閻魔は、当たり前のことを当たり前、というように言い放つ。
「貴方は生前の罪を断罪されるためにここにいます。その審判を行う閻魔は、貴方を活かすも殺すも、全ての権利を有しています」
 まぁ貴方は既に死んでますけどね、と、閻魔は珍しく嫌味を言った。
「しかし貴方の今の行動は、間違ってはいますが貴方らしい行動であったと言えます。評価はしませんが、正当性を認めますよ?」
「はぁ?」
 佳奈美には、閻魔の言うことが良く分からない。
「つまり、貴方の人となりを良く表した、貴方らしい行いであったと認識します。貴方にとっては、自分の命よりも友人が大切だったという事ですよね?」
「そ、そうよ! ぶっちゃけ殺されるって分かってたらよくわかんないけど、でも友達は大切なのよ!!」
「貴方の主張は理解しました。ところで試みに聞いておきますが、貴方が友人達と一緒に行ったパーティですが、本当に友人を守る為だけの目的で同行したのですか?」
「あ、当たり前じゃない!」
 微妙に顔を赤らめて佳奈美がそう言った途端、彼女の前に展開されていた空間投影のモニタの縁が赤く光った。
「閻魔の前でウソをつくと、舌を抜かれるんですよ?」
 クスリと、今まで全く表情を変えなかった閻魔の少女が、昏い笑みを浮かべる。
「ひぃっ!?」
 さっきいきなり首を絞められ、後もう少しで首の骨をへし折られ掛けた佳奈美が、恐怖に引きつる。
「最近では、人権問題もあって舌を引きちぎるような事はしませんが、ウソをつくような人には、また何が起こるか分かりませんね?」
 いきなり人の首を絞めておいて、いまさら人権もへったくれも無いだろうが!と思うも、言ったところで今以上に状況が良くなることが無いことだけは良く理解出来たので、佳奈美は大人しく謝ることにした。
「わ、悪かったわよ!! もうウソはつかないから……!」
「説明が遅くなりましたが、貴方の前にあるモニタは浄玻璃鏡と呼ばれる物です。ちょっと前までは大きな液晶モニタだったのですが、数年前にメーカーから売り込みがあって、こちらに変えたそうですよ?」
 液晶と違ってこちらから被告人の顔が見えるから便利ですね、と、閻魔は続ける。
「被告人がウソをつくと、モニタの縁が赤くなります。1回目は訓告のみですが、2回目は魂に管理者権限アクセスを掛けて強制的にウソをつけなくします」
 閻魔が何を言っているのかさっぱり分からないが、佳奈美は絶対にウソをついてはいけない事だけは心から理解した。
「先程の答えは?」
「……えと、そのヤリサーにすごいイケメンがいるってのはホントらしかったから、ちょっと見てみたいなーって……。出来れば知り合いとかになれば、良いかなって……」
「それは自然な事です。恥ずかしがることではありません」
 動機が不純だの何だのと、またむかつくことを言われるかと思っていた佳奈美であったが、閻魔の少女の言葉は意外だった。
「あ、もしかしてあんたもイケメン好き?」
 何となくシンパシーを感じた佳奈美は、にやりと笑って閻魔を見やるも、
「これは閻魔という職責とは関係無く個人的な事ですが、全然興味はありません」
 むしろ男の人は大嫌いです、と、やはりこの閻魔とは一生仲良くなれそうも無い事だけはよく分かった。
「それでは、貴方の今後を決める罪について審判を続けます。書記官、罪を読み上げてください」
 先程から閻魔は“罪”という単語を何度か口にしているが、結局この“罪”の内容や量が天国行きだか地獄行きだかを決めるのだと、佳奈美は直感的に理解した。そして当たり前だが、震えが止まらない。認めたくは無いが死んだとあれば、出来れば天国に行きたい。そんな当然のことを今更ながらに思い、彼女は身構える。
 そしてあたしは良い子だったあたしは良い子だった、友達のために命を投げ打って彼女らを悪の手から守った英雄だったのだ! そんなことを一生懸命心で唱えるも、なんだかそのことについては閻魔のウケが大変よろしくなかったことを思い出し、佳奈美はちょっとだけ震えが強くなる。
「麻倉佳奈美の今後を決める罪におきましては一点。親より先に死んだということが挙げられます」
「はぁ!? そんなの当たり前じゃん!!」
 花のJKがJKとして若くして死んだのだ。親より先に死んだのは当たり前、そんな事であたしは罪に問われるのか! 佳奈美は戦慄する。さっき閻魔は他人のために死ぬのは良く無いとか何とか、そんな事を言ってなかったのか。全く意味が分からなかった。
「生き物としては、親より先に死ぬのは極めて異常なことです。しかも、貴方は自ら死地に赴きました。万が一交通事故で死んだのならば別の罪にも問えましょうが、貴方にとってはこれ1つで十分な罪となります」
 意味が分からない。あたしは別に人を殺してもいないし、誰かを騙したりしたことも無い。だいたいあの自分の死に様?を見れば、あたしは単なる殺人事件の被害者である。ヤリサーのバカ共に殺された可哀想なJK、それがあたしのハズ。自分のことながらに、可哀想で涙が出てくる。佳奈美は全く納得がいかなかった。
「そんなの罪とかおかしくない!? あたし悪い事してないし!! あたし殺された可哀想なJKでしょ!?」
「一人残された貴方の母親にどれだけの迷惑を掛けたのか、考えられませんか?」
 佳奈美の母親は彼女が小さかったときに離婚しており、シングルマザーとして彼女を育てていた。口うるさく、ちっとも優しくない母親であり、佳奈美は自分の母親のことが嫌いであった。
「そりゃ、お葬式とかお金掛かっちゃっただろうけど、そんなもんでしょ!?」
 フフ……閻魔がまた昏く微笑む。こいつ本当に性格悪い奴なんだ、佳奈美は再び身構えた。
「これを見てから、また同じ台詞を言ってくださいね?」
 閻魔が先程と同じ様にギャルピースをして、その手を横に振った。新たな空間投影モニタが佳奈美の前に現れる。
 そのモニタには、どこかの病院の霊安室で自分の死体に縋り付いて泣きじゃくる母親、誰もいない火葬場で独り焼却炉の扉の前で座り込む母親、小さな仏壇におかれた骨壺をただただ見やる母親、自分の部屋を掃除して死んだ時に来ていた制服を綺麗に畳んで涙を流す母親が順々に映されていた。
「……………」
 佳奈美は何も言えない。ただただショックだった。正直、あの母親は自分のことが嫌いなんだと思っていた。もちろん自分も嫌いだったし、高校を出たらさっさ家を出て、独り暮らししようと心に決めていたくらいだ。
 そんな、疎ましくさえ思っていた母親が、自分の為にずっと泣いていた。にわかに信じられないし、けど、こんな結果を導いてしまったことが、本当に正しい事だったのか? 佳奈美はよく分からなかった。
「佳奈美さん、そんなもんでしょって言ってください」
「そんなもんでしょ……」
 モニタの縁が赤くなった。佳奈美の目が恐怖に引きつる。
「今のは、私の誘導尋問でした。判定を無効とします」
 彼女はうなだれ、そして言った。
「いったい、どうしたら良いのよ……どうすれば良かったのよ……」
 佳奈美は、自分が死んでしまった事が良いことで無かったのは理解出来た。しかし、だからといって、自分の大切な友人を見捨てるのが正解だなどと言った、閻魔の言葉は全く理解するつもりも無かった。
「まだ自分の罪が理解出来ていないようですね? ……ではこうしましょうか。貴方には自分の罪をちゃんと理解して貰うために、私の代わりにしばらく閻魔をやってください」
「はぁ!?」
 佳奈美は閻魔の言ってることが全く理解出来ない。そういえば理解出来た事って今まで一度でもあったのかなぁと改めて思う。
「あんた、今なんつった!?」
「だから貴方が閻魔をやってください、と。それを貴方に下す罰とします。そしていつか閻魔をやり抜いたときに、もう一度今日の審判をやり直しましょう?」
「ちょっと待ってよ!! 罰を受けて、それでまた審判に掛けられるの!? それっておかしくない!?」
 閻魔をヤレどうこうはいったん棚上げしておくとして、佳奈美は何かやたら理不尽なことを言われたのだけは何とか理解出来た。
「ああ、そうですね、性急に事を進めてしまいました。貴方には、自ら地獄行き、または今すぐ人間に生まれ変わって人生をやり直すことを選ぶ権利があります。その説明が抜けていました」
「天国行きを選ぶ権利は無いの!?」
「ありません。どうします? 地獄行きか人間やり直すかは、今すぐ選べます」
「どっちも嫌なんだけど!?」
 地獄は絶対ごめんだし、人間やり直すのも、なんだか違う気がした。このまま生まれ変わっても、何かまた失敗してこの性悪閻魔にネチネチ小言を言われる来世が直感できたのだ。
「じゃあ閻魔をやってください。その後、もしかすると天国行きになるかもしれませんよ?」
 ろくでもない状況だ。
「……ちなみに聞いておくけど、その閻魔どうこうは無しとして、あたしの罪からして天国行きなの? それとも地獄行き?」
「今なら確実に地獄行きです。数万年は殺してくれと叫び続けるでしょう」
 本当にろくでもない状況だった。
「やるわよやる!! もう、何なのよ一体……!!」
 何かはめられたのだろうか? それともどこかで間違ってしまったのだろうか? 佳奈美はここに来てからの閻魔との会話を思い出してみるに、しかし結局は死んだこと自体が大失敗だったと思うほか無い状況であった。
 何でこんな事に……
 だいたい、さっきから自分よりも年下にしか見えないこのちんちくりんでクソ生意気な性悪閻魔にボロクソ言われまくった自分が、他人の罪を裁けるなどとは到底思えない。それとも閻魔をヤレというのは、言葉そのままの意味では無く、何かの比喩的表現または隠語なのだろうか? 佳奈美の疑問は当たり前だった。
「あのさ、さっきやるって言っちゃったけど、あたし閻魔のやり方とか全然分かんないんですけどー!?」
「ある程度は私が教えてあげますよ? あとは実地で書記官に聞いて下さい。彼らは私よりも経験豊富ですので」
 これはOJTというものなのだろうか? 確か生前では(既に彼女は自分が死んだことは認めたようだ)、裁判官の試験はとても難しい物だと聞いたことがある。それを自分みたいな無資格のJKがいきなりやって良い物なのだろうか。それとも、今から資格試験でも受けろというのか。
「あたし、司法試験とか受けてないけど?」
「そんな物は関係ありません。ここでの罪は、貴方自身の正義に照らし合わせて裁けば良いだけです。此岸の法律など関係ありません」
 そういう物なのだろうか。しかし、改めて周りの状況を確認すれば、目の前にいるこの中坊にしか見えないちんちくりんは、生意気な口調で閻魔をやっている。となると、こいつよりも若干ではあるが人生経験の長いJKである自分なら、十分閻魔をやれるのかも? などと佳奈美は根拠の無い自信を覚える。
「私は300年くらい閻魔をやってきました。まだまだ若輩者の私ですが、佳奈美さんはそんな私よりもより良い閻魔をやって頂けるのですね? でしたら私ごときが教えることなど何一つ無いでしょう」
 こいつ人の心を読むのか!? 佳奈美は戦慄し、反射的に首を手で覆う。
「佳奈美さんが閻魔をするにあたり、1つ提案はいかがでしょう? 浄玻璃鏡では被告人のウソを検出できますが、何がウソかまではわかりません。ですので、佳奈美さんが対応する審判では、事前に被告人の魂に対して、絶対ウソがつけないよう事前設定するのはいかがでしょうか?」
「相手がウソをつかないなら、楽で良いんじゃないの?」
 何を当たり前なことを、むしろそんな機能があるならいちいちモニタを赤くするんじゃ無くてさっさと使えや!と佳奈美は思うも、彼女は色々学習したので口には出さない。
「しかし、ウソには優しいウソもあります。相手のことを思ってのウソもあります。貴方のように、自己弁護の為だけではありませんよ?」
 いちいち癪に障ることを抜かすチビだと思ったが、佳奈美は何も言わない。
「相手の嘘偽りの無い言葉は、貴方にとって本当につらいものとなるでしょう。それでも良ければ?」
「ハイハイ、よくわかんないけどウソ無しでいーよ」
「分かりました。ではそのように。それでは書記官、佳奈美さんに閻魔業務の用意を」
「かしこまりました」
 佳奈美は書記官に連れられ、壇の奥にしつらえてあった事務所?みたいな部屋に向かった。
 その部屋は、良くドラマで見る様な一般企業のオフィスのような所で、なにやらパソコンやよく分からない機器が雑然とおかれている。
「これより貴方を閻魔様として最大限のサポートいたします」
 先程自分の恥ずかしい?生前の情報や、自分の首を絞めて?くれた書記官二人が、恭しく頭を下げる。
「あ、はい、よろしくお願いします?」
 なんだか分からないが、佳奈美もつられて頭を下げた。
「早速ですが、あちらの更衣室で法衣に着替えて下さい。ロッカーはこちらを」
 書記官からロッカーの鍵を渡された。本当にここは閻魔の法廷なのだろうか? 確か閻魔様のいるところは、場所的には地獄だったはず。しかしここはどう見ても生前の世界と余り変わらない物で溢れかえっていた。ロッカーの鍵なんて、生前見たものと全く同じ。普通の鍵にオレンジ色の番号札が付いている。だいたい書記官たちは、普通に濃いグレーの背広を着ているし、ちょっと人相が悪いだけで普通の人間に見える。角の生えた赤鬼青鬼じゃ無い。
 こんな最新のテクノロジーが溢れかえった地獄で数万年、それこそ地獄を味わわされるというのは一体どんな状況なのだろうか。きっとむち打ちや五右衛門風呂で茹でられるとかよりも、もっとヒドいことになるのは間違いないだろう。そんな事にならないように適当に閻魔をやって、いつか天国行きのチケットを手に入れよう! 佳奈美は改めて決意を固めたのだった。
「ところで書記官さん、あたし閻魔って何日やれば良いの?」
「決まっておりませんが、場合によっては10万年くらいかと」
 ずいぶんと安定した職業に就いてしまったようだ。数万年地獄を味わうのと、10万年閻魔をやらされるのと、どちらが良いのだろう?
 取りあえず、佳奈美は考えるのをやめにした。どちらも地獄だ、間違い無い。ついでにここは地獄だった。
「閻魔様、早く着替えて下さい。次の被告人が三途の川を渡りました」 
 あたしもついさっきまで被告人だったのですが? 多分そういうことは関係無いのだろうと、ため息をつきながら佳奈美は更衣室に入った。そこは生前通っていた学校にもある様な、ごくごく普通の更衣室だった。灰色のロッカーがたくさん並んでいる。
 渡された鍵と同じ番号のロッカーを開けると、先程のチビが着ていたのとそっくりな服──法衣が入っていた。一瞬、こんなけったいな服の着方なんて分からない!なんて思うも、なぜか服の着方を“思い出す”事が出来た。どうやらここでの生活や、裁判に必要な知識は、勝手に頭の中に沸いてくるようだ。これなら案外楽勝かも知れない。
 何となく気が楽になった佳奈美は、学校の制服をさっさと脱ぎ、記憶の通りに法衣を身に纏う。ロッカーのドアにしつらえられた鏡で自分の姿をチェック。あのチビよりも似合っているなと自分で思う。
「準備出来ましたー」
「閻魔様、こちらへ」
 佳奈美は先程入ってきたドアとは違い、ちょうど演説台の裏手に作られたのであろうドアから、先程の薄暗い部屋に入っていった。
 それと同時に、部屋の反対側から被告人が連れてこられていた。そういえば自分もあんな感じで連れてこられたんだよなぁと、たかが数十分前の出来事であったのに、なんだかずいぶん昔のことのように思えていた。
「閻魔様、審判を始めて下さい」
 いきなりかよ。そういえばチビから審判の仕方とかちっとも教わってないじゃん!と佳奈美は思うも、やはり服の着方を“思い出した”様に、あのチビの助けなんて得られないことは何となく分かったので、押しつけられた閻魔を精一杯務めることにした。
 佳奈美は、ちょっと前に自分が言われたように、目の前に連れてこられた被告人に告げる。
「これから貴方の生前の行いについて、裁きを行います」

Case:01 立石哲朗の場合

「はぁ、よろしくお願いしますね」
 佳奈美の初閻魔の相手は、こう言っては相手にとても悪いが、何の変哲もないごくごく普通の男性の老人であった。
 立石はニコニコしながら佳奈美を見やる。
「えっと……」
 ところで、さっきは服の着方など勝手に“思い出した”のに、これから行わなければならない審判の順序やそのやり方については、佳奈美はまったく思い出すことが出来ない。彼女は取りあえず作り笑いで相手に応える?も、そんな時間稼ぎも結局無駄な努力に終わる。

かなみ閻魔と立石

「えへへ……それで、何すれば良いんでしたっけ?」
 こうなったらもう、左右にいる書記官達に聞くしか無い。そもそもあのチビも、困ったら書記官に聞けとか言っていたではないか。聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥というし、だいたいあたしはこの時点で閻魔が上手くできなくても、失う物なんて何も無いのだ。佳奈美は右にいた書記官に問いかけた。
「最初は被告人のプロフィール確認からです、閻魔様」
「あ、はい、じゃあそれで……」
「閻魔様は、まだ仕事に慣れていないんですかね?」
 佳奈美と書記官のやりとりを見ていた立石が、会話に割り込んでくる。
「あー、はい、なんかさっきいきなり閻魔やれって言われたもんで……」
「閻魔様、余計な発言は不要です」
「誰にでも最初のはあるのですから、仕方のないことですな」
「ハァ……」
 当たり前だが、向こうは自分みたいに若くして殺された可哀想なJKと違って、しっかり人生終わらせてきた大人である。佳奈美は前話の自信は何処へやら、いきなり分不相応な役割を押しつけられた、ヒドい立場なのだと理解した。
「あー、取りあえず審判を進めていいですかね?」
「どうぞ」
 立石の自信にあふれた返事に、果たしてどっちが偉いのか……本来は閻魔の方が圧倒的に偉いはずなのだが、佳奈美は自分の立ち位置がよく分からなくなった。
「それでは、被告人のプロフィール確認を始めます」
 書記官の声と共に、立石の目の前に空間投影のモニタが表示された。この辺は、佳奈美が最初喰らったのと同じやりとりである。
「生前の名前は立石哲朗(たていし てつろう)、享年86歳。65歳で大手民間企業を定年退職後、契約社員として70歳まで勤務。その後地域のシルバー人材センターに所属し、80歳まで就労。生活態度は生真面目で厳格。家族構成は妻子あり、死亡時の孫は6人、最終的には8人。躾が厳しすぎ、子供は学生時素行不良であったが現在は更生、良き父として就労中。……被告人、相違ないか?」
「ありません。……そうか、孫が2人も増えるのか……」
 良子の子かな……立石が優しい笑みを浮かべる。自分の娘の顔でも思い出していたのだろうか。
「続けて死に至る行動を報告します。立石哲朗は死亡日当日の早朝、脳内出血により脳機能を喪失。呼吸中枢も機能停止し、死亡しました。いわゆる自然死であります」
「なるほど、家族には余計な迷惑を掛けずに逝ったようですな。一安心しました」
「あ、そんな事言っても、残された家族の迷惑ってやつ!? そういうのとっても罪が重いらしくて!」
 佳奈美はさっき自分に言われたばかりの事を、早速知識として活用した。
「おお、確かにそれはそうですな……」
 立石が、まいったなぁと呟く中、書記官が口を開く。
「閻魔様、彼の今後を決める罪は、それぞれ個別の事情において設定されます。ご自分の愚行と混同されぬように」
「うぐっ」
 こいつ愚行とか言いやがった。所詮自分は雇われ……どころか、あのチビみたいな普通の閻魔とは全然立場が違うようだ。佳奈美は改めて自分が罰として閻魔をやらされていることを理解した。
「続けて、立石哲朗の今後を決める罪におきましては一点。自他共に厳しくあたる行動により、周りの人間に多大な負荷を掛けたことが挙げられます」
「えーと、それって??」
 佳奈美には、書記官が言わんとしていることがいまいち分からなかった。
「子育てを厳しくしすぎまして……それで子供が一時期グレまして。今から思えば、悪い事をしたと思っています」
「なるほど〜……まぁ、それくらいだったら別に地獄とか無くても良いと思うけど?」
 佳奈美は書記官にそう言うも、
「それが閻魔様の決定であるなら我々はそれに従います。しかし閻魔様。それは貴方の正義に照らし合わせた裁定なのですか?」
「えーっと………」
 何か非難されている。佳奈美はそれだけはよく分かった。
「あの、一体どうすれば……?」
「被告人からよく聞き、よく考え、より良い裁定を下してください」
「はぁ……」
 取りあえず、もう少し立石と会話しろということだろう。そりゃそうだ、天国行きが地獄行きか、そんな大事な選択を、自分みたいな人生経験短めのJKがその場のノリで決めて良いもんじゃないだろう。
 結局立石の人生での一番大きい罪は、他人に厳しすぎたから、周りの人間が酷い思いをしたということなのだろう。確か子供は途中でグレたとか。んー、そういえば自分も母親に厳しくというか、これぽっちも甘えさせてくれなかったから半分グレてたなぁなどと、佳奈美は自分自身の人生を省みる。
「えーっと、なんで厳しくしたんです?」
 佳奈美は立石に問いかける。
「それが、本人の為になることだと思ったからです」
 なんだか通り一遍というか、その手の答えとしては一番聞いててむかつく返答が出てきた。なんせそれは独善というか、自分の行動を正当化するうそっぱちにしか思えない台詞のナンバーワンだからだ。佳奈美は私情丸出しでイラッとする。
「相手に辛い思いをさせて、それが本人の為になるとか、ちっとも意味わかんない。あなた本当にそう思ってんの?」
「私はウソはつけません。先程そういう風に設定されましたから」
 立石の台詞から、どうやらチビが言っていた設定とか何やらは、本人の自覚まであるそうだ。ある意味恐ろしいと佳奈美は感じる。
「えーっと……あなた本当にウソ付けないの? マジ?」
「まじです」
 おじいちゃんがマジとか言うなと思うも、いかんせんどうも信じられない。相手がウソをつけないというなら、ちょっと意地悪な質問をしてみて反応を伺ってみよう。佳奈美はそんなことを考える。
「じゃあ、あなたあたしのことレイプしたいって思う?」
 普通だったら絶対「そんな事出来無い」って言う! でも男の本心なんて、あたしみたいな可愛いJKだったらすぐに発情するわけよ。佳奈美は処女らしい浅はかなことを考えた。
「あなたみたいな可愛い閻魔様となら、セックスできるならしたいですねえ。でも私は無理矢理っていうのはあんまり興味がないので、出来ればいちゃつきながらやりたいもんですが」
 はっきり言われた。言われた佳奈美の顔が真っ赤になった。
「な、そ、そんなこと!! あぅあ〜〜〜〜!」
 ダメだ主導権を向こうに取られた! ならば、もっと答えづらい事を聞かなくては! 佳奈美は懸命に頭を動かす。
「えとえと、だったらあなたの奥さんとあたし、どっちが綺麗?」
「閻魔様は若くて綺麗ですが、私は私のわがままにずっと付き合ってくれた、女房の笑顔が世界一だと思っていますよ」
 ここに来てのろけられた。佳奈美の顔は火を噴く寸前である。
「えぅあ〜〜〜! だったら、あたしと奥さんとどっちかだけセックスできるなら……」
「閻魔様! 質問の意図がずれています。彼の魂は管理者権限でウソをつけなくしてあります。どのような問いにも、本心で答える様に設定してあります」
 パニクる佳奈美は、書記官から一喝される。彼女はちょっと前に彼らに首を絞められたばっかりなので、恐怖で反射的に手で自分の首を覆う。
「うぅぅ、許して……」
「閻魔様に制裁を行う事などありません。審判を継続してください」
 書記官の言葉にはウソは無いのか……? 佳奈美はビクビクしながら審判を再開した。
「えっと……ウソが無いなら、その、相手のためになるっていうのは、具体的にどうメリットになると?」
 そう問われた立石は、しばらく目を閉じ考え、そして口を開いた。
「子供が私たちの元を離れて、社会に出たときに、正しい振る舞いや正しい意見を言うことが出来れば、より多くの信用を得られます。そうなったときに何が正しいのかは、彼らがその時その時に自分で考えれば良いと思うのですが、親元にいるときには、その場その場で何が正しい行いなのかを指し示す事は必要であると考えました。彼らが自分で正しい行いを独りで考えなければならないときに、その規範となる様、私が正しい事とは何かを教えたつもりでした」
 親として、子供が何かやらかしたときに、厳しい態度で正しい事を示していたのだろう、佳奈美はそう理解した。
「えっと、子供以外に厳しくしたのとかは?」
「会社にいた頃は、部下にも同様に厳しく指導してきました。おかげで鬼部長などと呼ばれて、たいそう嫌われていました」
 そう自虐的なことを言う立石の顔には、何か優しい笑みがこぼれている。
 きっとこの人は、自分の信念に基づいて行動し、それを貫き通したのだろう。きっとまた生まれ変わっても、同じ様な鬼部長になるのだろうなと佳奈美は思った。
「ちなみに会社ではどんな役職までいったんですか?」
 佳奈美の母親は、自分の職場で同僚が出世するのを良く愚痴っていた。おかげで会社の役職とか、友人達に比べてちょっとだけ詳しかったりする。
「定年前は、専務とか押しつけられましてねぇ……。私は現場仕事が好きだったので、良く昔の事務所に顔を出しては、昔の部下達から面倒くさがられた物です……」
 どうやら、単に嫌われていた部長では無かった様だ。大手企業で単なるパワハラ上司が役員になるのは考えにくい。きっと厳しくも頼りがいのある上司として、皆に慕われていたのだろう。
「6人いるお孫さんには、厳しくした?」
「いいえ。孫の教育は子供達に全部任せていました。先程も言ったとおり子供達には厳しくし過ぎて反省していましたし、それに孫の教育は子供達が行うものです。私は子供達に自分の全てを教えました。だから孫は目一杯甘やかして、子供達に良く怒られたものです」
「あと他に、心残りなこととか……後悔したこととか、懺悔したいようなことはある?」
「そうですね……」
 佳奈美の問いに、立石はちょっと寂しい様な笑顔を作る。
「たくさんあります。女房と一緒になる前に付き合っていた女性を傷つけてしまったこととか、会社の仕事の中では、それこそ墓場まで持っていくような、業務上の秘密もたくさんありました」
 それを一つ一つほじくり返すのは良い事なのか。いくらウソが言えないからと、無理矢理聞き出して良いことなのか。
 確かに彼の目の前に浮いている浄玻璃鏡には、事細かに彼の人生にあった事が書かれている。自分の目の前にあるモニタやタブレットにも、どうやったらその情報を表示させられるのか、操作を“思い出す”ことは出来る。
 それらが彼の今後を決める罪に直結するならば聞き出すことも必要だろうが、しかし、そうで無いことまで聞くべき事なのだろうか。佳奈美は疑問をぶつける。
「書記官さん、そもそもここで、この人達の罪や秘密とかを問いただすのは、何の意味があるんですか?」
 いちいち人の過去をほじくり返さなくても、それこそ“今後を決める罪”が事前に分かってるなら、自動的に天国と地獄に振り分ければ良いではないか。なぜ閻魔が審判をしなければならないのだろう? それこそ墓場まで持ってきた秘密すら暴かれるのは、いくらなんでも可哀想だと佳奈美は思う。
「それは、被告人がこれから天国行きか地獄行きかを問わず、自分の罪に改めて直面し、それを悔い改め、次のステージに活かす為に行われます。人の魂は、天国地獄を問わず、ある程度の年数が経過したら再び此岸に降り、新しい人生を得ます。そのサイクルにおいて、よりよい人生を歩むために、本法廷に於ける断罪は魂の基礎領域に記録され、新しい生に対して大きな影響を及ぼすようになります」
 つまりは魂のPDCAを回す為に、死ぬ度に閻魔にグチグチ説教を受けるというのか。輪廻転生とはなんて辛いものだろう。佳奈美はこれから天国に行ったら、可能な限り天国に居続けてやろうと思った。
「でも、あたし前に?死んだ時に、閻魔に言われたこととか覚えてないし?」
 言ってから、「それは貴方のアタマが悪いからです、閻魔様」とか真顔で言われるのかなぁと、佳奈美はちょっと後悔した。
「魂の基礎領域は、表層意識からは一切アクセス出来ません。存在の認識も出来ません。いわゆる深層意識というもので、明確な記憶としてではなく、行動規範の一部として現れる程度になります。ここでの貴方の言葉は、立石哲朗の来世で大きな判断をしなければならなくなったときに、どうしても抗いがたい彼または彼女の正義として現れるでしょう」
 閻魔とはずいぶんと責任の重い仕事である事を、佳奈美は改めて思い知った。自分の言葉が、他人の正義となるのだ。あまり変な事は言えない。
「でもでも、被告人さんの今後を決める罪って、あたしがどうこう言う前に決まってるじゃん。結局審判とか意味無いんじゃ?」
「あります、閻魔様。我々が用いている閻魔システムが自動抽出する罪は、確かに被告人の人生において最も大きいものとなります。が、しかし、その罪を持ってして、機械的にその人生の価値を判断する事は出来ません。たとえ被告人が殺人の罪を負っていても、それをもってして自動的に地獄行きとは出来ない。被告人がなぜその罪を背負うに至ったのかは、閻魔様の審判によって分かる事です。そしてその過程において、被告人の落ち度がそこまで無いと閻魔様が裁定されるならば、天国行きもあり得ましょう。このためには、改めて被告人の口から罪や人生の後悔、強い思い、場合によっては彼らの心の叫びを聞く必要があります」
 書記官達が告げる“彼らの今後を決める罪”が、絶対的でないものは分かった。自分が行う審判とは、その罪の本質や、その影に隠れた被告人達の人生の価値を見いだすものなのだと、佳奈美は理解した。
 となると、一点ほど気になることがある。
「ところで、奥さんと付き合う前の女の人って、なんで傷つけたの?」
 ずっと余裕のあった、立石の顔色が変わった。
「はい……元々その彼女は職場の部下でして」
 パワハラまがいで虐めたのか、それとも若さをもてあまして同意も得ずにヤってしまったのか? 佳奈美はゴクリとつばを飲み込んだ。
「私のこのような性格が、彼女に完璧を求めてしまい……公私にわたって、要らぬお節介……いや、偉そうな忠告を何度もしてしまい、彼女をそのたびに悲しませてしまいました」
「つまり、いちいちウザいことを言って虐めたの!?」
「いや、私は彼女のことが本当に好きで、真面目に結婚を考えていたのですが……もうついて行けないと、彼女の方から別れを告げられました」
 こう言っては何だが、良く聞く恋愛話のひとつであった。若い頃の立石は、つまりは冗談の通じない堅物で、いちいち細かいことまで気にするウザイ感じだったのだろう。しかし彼は、後には一生添い遂げる奥さんと一緒になり、孫を6人も授かるだけのことをやりぬいたのだ。前の彼女とは、単に相性が悪かっただけなのか……? 恋愛経験もなく処女の佳奈美にはいまいち分からなかったが、そこには地獄行きなどを考慮する様な罪は無いと思った。
「……分かりました。あの、書記官さん、あたしやっぱり天国行きで良いと思いますけど?」
「閻魔様、それは貴方が決めることです」
 責任は重大だ。でもあたしは決めたのだ。佳奈美はそう決心した。そして次に言うべき台詞を“思い出し”た。
「裁定を行います。被告人には、天国に行く権利を認めます。なお、本人の希望があれば、地獄行きでも今すぐ次の人生への転生も認められます。……どうしますか?」
 立石は、大きくため息をつくと、にっこり笑ったその目から涙を流す。
「私の人生は……良いものであったと、認めて頂けたのですね。……本当に、嬉しい」
「厳し過ぎたのが良くなかったけど、えっと、次の人生ではもうちょっと人に優しくした方が良いかなって」
「分かりました、閻魔様。……今すぐ、また新しい人生を頂きたいです」
「はぁ!?」
 なぜだせっかくの天国だぞ、代わりにあたしが行きたいくらいなのに!! 嬉しさのあまりに頭がバグったのだろうか? それともここでいきなり痴呆を発症したのか? 佳奈美は慌てる。
「えっと、天国に行くんでしょ!?」
「いえ、出来ればまた人として生まれ変わりたいです」
「なんでっ!!」
 佳奈美は演説台を回って壇から飛び降りると、立石の両肩を掴んで叫ぶ。

立石につかみかかる佳奈美

「せっかくの天国行きじゃない、どうして!? ボケちゃったの? それとも頭狂ったの!?」
「狂ってません閻魔様。私は今すぐ、人に優しくしたいのです。今生は厳しくある事が良いことだと凝り固まっておりましたが、閻魔様の言葉が私の心にしっくりきました」
「書記官さん、何かあたし間違っちゃった!? 優しくしろなんて、ここまでの事を考えて言ったんじゃ無い!」
 違うって!!と、半ば泣き叫ぶ佳奈美に、書記官は壇上から言う。
「閻魔様。貴方の言葉は間違っておりません。また貴方の言葉には、貴方が考える様な強制力はありません。立石哲朗は、自らの意思で生まれ変わりを選択しました。貴方の審判は正しかった」
 正しかったのか!? せっかくの天国行きをみすみす蹴っ飛ばして、また地獄の人生を選択するというのか! 佳奈美は全く理解出来ない。
「閻魔様。魂の格の高い者は、常に人の世に在り続けようとする特性があります。立石哲朗は今生では厳しくも良い父であり、さらには多大な社会貢献をしました。また、彼は今生でも自ら進んで人の世に行きました。これは彼の魂の在り方です。ただし、閻魔様。貴方には彼を強制的に天国に送る権利があります。それは彼の望むところではありませんが、貴方の正義に照らし合わせて彼を天国に送ることがより良いことであると仰るのであれば、我々は彼を天国に強制送致します」
「そんな事、しなくていい……」
 自分には全然理解出来ないけど、でも、天国行きってのはその人の人生を良いものだと評価するから認められるものであって、それが目的というものでは無いのだろう。このおじさんの人生を良いものだと評価するなら、この人の思い通りにしてあげたい、佳奈美はそう思った。
「では、あなたに新しい命を与えます。次もより良い人生となる様、頑張って来てください」
 佳奈美の口から、無意識にそんな台詞が紡ぎ出された。これもきっと、勝手に“思い出した”言葉なのだろう。
「閻魔様、わがままを聞いて頂いてありがとうございます。次の人生も、がんばってやってきますよ!」
 彼は今までで一番良い笑顔をした。
「……いってらっしゃい」
 佳奈美がそう言うと、立石の体はふっと消えた。
「彼の魂は既に此岸へ向かっています。10ヶ月後に、新たに人として生まれることとなります」
「ワケが分かんない。せっかくの天国行き、あたしが貰いたい位よ……」
「それでは閻魔様、今後もより良い審判を続けてください」
「ハイハイ……」
 佳奈美は自然にこぼれる涙を手で払いながら、次の被告人を待つこととした。

Case:02 山野由美の場合

「こんにちはーっ! 私、建築アイドルはつりたん!! 今日もがんばって掘削します!」

建築アイドルはつりたんの登場

「は?」
 なんか変なのが来た。佳奈美はあっけにとられた。
「えーっと、なんですこれ? 何かのイベント??」
「被告人です、閻魔様」
 いかめしい顔で、イロモノの紹介をする書記官が妙にシュールであると佳奈美は思う。
 ちなみにその書記官は、今回から1人になった。聞けば閻魔はそれなりに数がいるが、書記官は人材不足とのこと。閻魔と違って実務経験が必要なのだそうだ。
「閻魔さまー! これとかじゃなくて、私ははつりたん! 建築アイドルなんです〜〜〜!!」
 佳奈美が書記官の顔をぼーっと見ていたら、はつりたんとかいう女が何か叫んでいる。
「えーっと……?」
 佳奈美は目の前にいる被告人が、何が何だかさっぱり分からない。よく建築現場で見る様な、ヘルメットに作業着を着ている若い女が、シャベルを振り回しながらポーズを決めている。
 はつりたん? 建築アイドル?? 彼女の短めの人生では、聞いたことの無い類の単語である。
「閻魔さまは“はつり”って知ってます〜? コンクリートとかを削る事を斫り(はつり)っていうんですよ〜!? 事務所の社長さんが付けてくれました〜〜! ……なんかどこかのアニメで似た様なキャラがいるって散々叩かれましたけど……」
 知りません。あたしに分かる言葉で喋って欲しい。佳奈美は神に願った。
「あー………えーっと、とりあえず被告人のプロフィールを説明してください……」
 これは深く考えたらダメなヤツだきっとそうだ。佳奈美はそう考えて閻魔仕事を進めることにした。まず最初に言わねばならない“これからあなたの生前の行いについて裁きを行います”という台詞は吹っ飛んだままだ。
「それでは、被告人のプロフィール確認を始めます」
 書記官の声と共に、はつりたんと自称する女の目の前に空間投影のモニターが表示された。
「わきゃっ! なんじゃこりゃ〜〜!!」
 はつりたんはびっくりして飛び上がっているが、それについては佳奈美は深く同情する。
「生前の名前は山野由美(やまの ゆみ)、享年27歳。芸能事務所『一発屋』預かりのフリーター。高校卒業後は女優業に憧れ上京後、劇団や芸能事務所を点々とするもデビューならず。3年前より現在の芸能事務所預かりとなり主に地方のイベントに出演。生活態度は真面目。家族構成は両親健在、独身。男性経験は多く、5回ほど中絶。但し恋愛関係になった異性はいない……被告人、相違ないか?」
「うえぇ〜〜、改めて説明されるとヒドい人生でした〜〜」
「……そう?」
 それよりも、芸能事務所の名前が“一発屋”ってのがよっぽどヒドいと思う、と、佳奈美は何とも言えない気持ちになる。
「続けて死に至る行動を報告します。山野由美は死亡日当日、この日起工式が行われた建築現場において、キャンペーンガールとして司会などを遂行。しかし工事現場での事故により、彼女に落下してきた鉄骨が直撃。頭部を破壊されたことにより脳機能を全喪失し、即死しました。いわゆる事故死であります」
 書記官が手に持つ手ブレットを操作し、佳奈美と山野の前にそれぞれ彼女の事故死現場の映像を表示させる。
「う゛っ!?!? うぉえ゛ぇぇぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〜っ!!」
 鉄骨──大きなH形鋼で頭を完全に潰され、脳みそや眼球が飛び散った山野の死体写真を直視した佳奈美は、その場で嘔吐した。

死体写真で嘔吐する佳奈美

「うぇぇ〜〜! 私の写真見て吐くとか閻魔さまヒドい〜〜!!」
 こんなの見て平気な奴とかいるのかよ!! 佳奈美はそう思ったが、胃の中身を吐き出す方が忙しい。
 何度もえずいてあらかたぶちまけてしまった佳奈美は、改めて目の前の惨状を見て泣きたくなった。良い年こいたJKが、自分の服や法廷の機材をゲロまみれにしてしまったのだ。もう死にたい。いや、もう死んでたか。
「書記官さん〜〜〜」
 佳奈美が涙目で書記官を見やると、
「清掃します」
 彼は全く動揺すること無くタブレットを操作すると、一瞬のうちに佳奈美のゲロが消えてしまった。もう匂いも何も残っていない。
「たまにある事です、閻魔様。どうぞ気になさらず、審判の続きを」
「はい〜〜〜」
 たまにはある事なのか。そりゃそうだ、いきなり人間がひしゃげた写真とか見せられたら普通は吐く。ところでさっき吐いた物はそもそもどのタイミングで胃の中に入った物だったのだろう? 佳奈美は最近ご飯を食べた記憶がないので不思議に思ったが、とりあえず仕事を進めることにした。
「え〜〜っと、その、ごめんなさい、あまりにも衝撃的な写真だったので……あの書記官さん、もう消して、お願い」
「承知しました、閻魔様」
 写真を視界に入れないようにそっぽを向いていた佳奈美は、写真が消えたのでようやく山野に向かい合う。
「あの、じゃあ審判の続きを。被告人の罪について、説明をお願いします」
「承知しました。山野由美の今後を決める罪におきましては一点。先の死亡事故により、関係者に著しい損害と迷惑を与えたことが挙げられます」
「えーっと? 確か被告人さんって事故で死んだんですよね?」
 敢えて言うなら、自分みたく殺されたのだ。それも仕事中に。それで周りに迷惑を掛けたなどと言うのは何か違うのではないか? 佳奈美は理不尽な物を感じる。
「その通りです、閻魔様。彼女は事故で死亡しました」
「だったら、一番の迷惑を掛けられたのは死んだ被告人本人でしょ? あたしみたいに自分で死に行ったワケけじゃないんだし!」
「それは別の事象となります。彼女を殺した罪は事故を起こした人間に付与され、彼が死亡した時の審判で断罪されるでしょう。しかし本法廷は被告人山野の罪を問う場であります」
「そりゃそうだろうけど……で、その迷惑を掛けたっていうのは、どういうことなの?」
「詳細を説明します。山野が死亡事故を起こしたことにより、彼女が出席していた建設工事はストップ。元々反対派が多かった事から事故を政治利用され計画自体がペンディング、それにより全体工期がおよそ5年遅延。それによる経済的損失は、被告人死亡時のレートでおよそ3兆円」
「はぁ!? 3兆円!?」
 なんだその地方自治体(都道府県レベル)の年間予算を超える規模は! 佳奈美は金額の大きさにびっくりした。
「ひぃぇぇぇぇ〜〜〜」
 山野は頭を抱えてしゃがみ込む。
「関連企業の連鎖倒産などもあり、それが原因での自殺者は3名。失業者も一時期は1000人を超えました」
「ひぃぃぃ〜〜〜っ!! もう死にますぅ、いっそ殺してくださいぃ〜〜〜!!」
「いや、もうあなた死んでるから」
「そうでした〜〜〜っ!!」
 かくなる上は、死んだ上でもう一度死ぬしか〜〜!! などと泣き叫ぶ山野を見ながら、佳奈美はとてもいたたまれない気持ちになる。
「ところで、あなた一体何の工事現場にいたの?」
 だいたい、目の前にいる山野や業界関係者には大変失礼な言い方になるが、キャンギャル1人が事故で亡くなったくらいで損害が3兆円とか色々おかしいだろうと佳奈美は思う。それともこの変な女、もしかして将来的には人類を救う英雄か何かになる予定だったのだろうか? それとも彼女が死んだ以外にも多くの著名人が死んだのだろうか?
「えーと、軌道エレベーターの起工式でして……」
「はぁ!?」
 いやちょっと待て。いつからここはSF世界になったのか。それともこいつの妄言か? 何かちょっと頭おかしそうだし。しかしウソがつけないと言うから妄言は吐けないだろうが……いやまて、本人が信じ切ってたら事実で無くてもそれはウソでは無いのか? 佳奈美はまたワケが分からなくなった。
「書記官さん〜〜〜」
「承知しました、閻魔様」
 もしかして、声に出すまでも無くこいつあたしの頭の中を読んでるんじゃね? 佳奈美はちょっと心配になる。
「被告人の述べたことは事実であります。国家事業での起工式における事故ゆえ、責任問題やそもそも建設に反対する団体などがその事故を利用した反対運動などに発展し、事態の収束に多大な時間と莫大な予算を使うこととなりました」
「いやそれもそうなんだけど、その前に軌道エレベーターって、いつそんなの作る話なんて出てたのよ!? あたし知らないし!」
 大手ゼネコンがテレビのCMで流してたのは見たことあるから軌道エレベーター自体は知ってるが、自分が死ぬ前に実際に作るとかニュースで全く見たことが無い。あたし半分グレたJKでしたけど、ニュースとかはちゃんと見てる人でしたよ? と、佳奈美はちょっとイラついた。
「被告人の死亡日時は、閻魔様の固有時間には同期しておりません」
 書記官が、またワケの分からない事を言う。
「被告人に死亡日時は、閻魔様が就任されたおよそ13年後であります」
「はぁ!? つまりこの人は未来人てこと?」
 こいつどうやって過去に飛ばされてきたんだと、佳奈美は改めて山野を見る。
「その表現は適切ではありません、閻魔様。被告人の時間は、閻魔の法廷での時間と比較し、およそ10年のずれを持ちます。つまり、彼らは自己の死亡日時より、およそ10年前から10年後のあいだのどれかの法廷に出頭することとなります。今回はそのずれがやや大きく、被告人にとっては13年前の法廷に出頭したこととなります」
 書記官の言いたいことは分かったが、やはり意味が分からない。
「なんでそんな面倒な事をいちいちしてんの? 死んだ時にそのままここに来れば良いじゃない」
 佳奈美の質問に、書記官は淡々と答える。
「法廷に対する負荷の平準化を目的としております。そもそも閻魔の法廷は無数に存在し、被告人の文化圏や一般常識にほど近い閻魔がその法廷を担当します。しかし、法廷の数は無数とは言え無限では無く、此岸での死亡者数に対して法廷の数は十分とは言えません、このためおよそ10年の範囲において、空いている法廷に被告人を割り当てるシステムとなっております」
「でも、時間が違ったら正確に審判出来ない事もあるんじゃないの? さっきみたく、軌道エレベーターとかあたし知らなかったし」
「閻魔の法廷においては、此岸の事象はほとんど意味を持ちません。被告人の人生が、人として正しくあったのか。この場での判断はそれに尽きます。ただ、時代背景によっては正義の在り方が違い、閻魔と被告人の認識のずれがあまりにも大きいと審判に悪影響が及ぶため、ずれはおよそ10年程度となっております」
 つまりは10年くらいのズレだったら、人としての考え方などは大して変わっていないということかと、取りあえず佳奈美は納得した。
「えーっと、じゃあ、まだ山野さんの事よくわかんないから、色々質問するけど……」
 佳奈美はタブレットを操作して、山野のプロフィールの詳細に目を通す。
「ん? 男性経験多数、中絶5回……。あなた見た目と違ってビッチだったの?」
 佳奈美の目から見ても、山野の容姿は享年に比べて若く見える。セーラー服でも着せたら、田舎のJKにでも見えそうだ。
「ビッチとかじゃありません〜〜! 閻魔さまの方がよっぽどそれっぽいじゃないですか〜〜〜!!」
 処女になんて事言いやがる。佳奈美は自分の見てくれと発言を棚に上げて腹を立てた。
「あたしそんな尻軽じゃ無いしー! だいたい中絶とか、何で何度も避妊に失敗してんのよ! それともレイプされたとか!?」
「違いますぅ〜〜!! お仕事を取るために、枕営業でもなんでもいっぱいしたんですー! 中にはゴム付けるのがイヤーとかいって、思いっきり中出ししたおじさんとかもいて〜〜」
「えーっと……」
 枕営業? それって要は、カラダで仕事を取ってきたって事だろうか? 佳奈美は何でそこまでと思う。
「あの、あたしそこまで大人じゃ無いからよくわかんないけど、なんでセックスさせてまで仕事を貰うとか、そんな事を……?」
「そうでもしないと、私みたいなどんくさいのは仕事が貰えないんです〜! 事務所の社長とかマネージャーとか、お客さんの建築会社のおじさんとか、もう取りあえず隙があれば媚び売って自分から誘って、何度もヤラして仕事貰ったんですよ〜」
 そんな売春じみたことまでやらないと、仕事を貰えないとか……なんて苦労をしてきたんだろうと佳奈美は泣きたくなった。
「あ、別に私セックス嫌いじゃないので、ワリと楽しんでやってましたからWin-Winです〜 おじさんの指テクとか、超凄かったし〜♪」
 あたしの涙を返せ。やっぱりお前は単なるビッチじゃねーか。佳奈美の中で山野の評価が著しく下がった。
「まぁ中絶とかの理由はよく分かったけど……やっぱ3兆円って損害が大きいわよねー……」
「軌道エレベーターの建設自体で、100兆円とか言われてましたから〜〜」
 一体どこからそんなお金が出てくるのかと、佳奈美は不思議でしょうがない。
「で、軌道エレベーターって、あなたが擂り潰された鉄骨で作るの?」
 お金の前に、そんな大量の鉄骨をどこから持ってくるのか、そっちも不思議でしょうがない。
「いえ? 私が出席したイベントはそもそも軌道エレベーター本体じゃ無くて、イベント用の記念館の起工式ですよ?」
 だいたい軌道エレベーターは日本じゃ無くて太平洋上のメガフロートにつくります〜とか山野は言っているが、佳奈美には彼女の言っている言葉の意味の半分も理解出来ていない。けど閻魔仕事には関係無いのでさっさと進める事にした。
「なんだ、あの鉄骨は普通のビルの材料なんだ」
「あれれ? 記念館って平屋のちっさい建物で、確かRC造だから、何でH鋼なんてあったんだろ?」
 山野は腕を組んで考え込む。いちいちリアクションの多いタイプだ。
「はぁ? だってあの鉄骨、ビル作るのに使うんでしょ?」
「いえいえ、ビルって言っても平屋の小さい建物なんで、S造なんかじゃないですー」
「えーっと……言ってる意味が分かんないんだけど?」
「あー、はいはい、私が出てた着工式で作る建物はRC造って言って、鉄筋コンクリートの建物なんですよー。そして私が潰されたH鋼は、S造に使うもので、えっとS造って言うのは、鉄骨造、正確には重量鉄骨造っていうもので、要はビルを作る素材が全然違うんですね」
「……意味が分からない」
「えとえと、鉄筋コンクリートというのは、そうですねー、ざっくり親指位の太さの針金、これを鉄筋って言うんですけど、それを束ねて周りをコンクリートで固めたものですー。ただのコンクリートの柱だと地震が来たときとかに割れちゃうので、中に芯みたく鉄筋が何本も入ってる感じですー。だから、H鋼みたいにぶっとい鉄骨は入ってないんですよー」
「ほうほう」
「それでS造はですね、まずH鋼でビルの外枠をがっちり作って、そこにコンクリートを流し込んでビルの躯体を作る感じですねー。だから、私がいた現場にはH鋼は使わないから、なんでそんなのがいっぱいあったんでしょうかねぇ〜?」
 そんな事あたしが知るか! と佳奈美は一瞬思うも、確か自分の目の前には、世の中のことが全部書かれてある閻魔DBの端末がある。
 佳奈美は早速端末の操作を“思い出し”、事故のあらましを確認した。
「えーっと……あ、あなたを擂り潰した鉄骨って、隣の建設現場のものだって」
「うげーっ!! そういえば、なんか隣で手抜きくさい工事してました〜〜〜」
 せめて自分の現場の鉄骨で潰れたならば〜〜とか泣きわめく山野が、佳奈美にはあまりにも不憫に思えた。
「そういえば、あなたってキャンギャルなのに、ちゃんとビルの建て方とか知ってるのね?」
「キャンギャルじゃありません〜〜!! 私は建設アイドルはつりたん! この業界でお仕事する為に、ちゃんとお勉強したんですー!」
 そう喚く山野の努力は本物だったのだろう。説明の仕方にはやや難があるものの、S造? RC造??の違いなどは、淀みなく説明してくれた。
 それだけ彼女の頭の中では、建設に関わる知識はしっかりとしたものだったのだ。佳奈美は山野の仕事に対する真摯な姿勢と、真面目な生き方を理解した。
「……分かりました。山野さん、あたしはあなたが死んで他の人に迷惑掛けたのは、あなたの責任では無いと思うし、それがあなたの今後を決める要素にはならないと考えます。あなたは自分の仕事……人生をしっかり生きてきて、その結果として選ばれ、はつりたんとして着工式の場に呼ばれました。それは誇れることです。あなたが人生を通じて、出した成果です」
「ふぇ? だってまだ大きなお仕事一回しかやってないのに、それだって途中で死んじゃったし!!」
 だったら私は何のために生きてきたのよ〜!! 山野は初めて、この場で本当の涙を流した。
「あなたが生きてきた意味は、あなた自身で考えてください。……閻魔のあたしにはそれを言うことは出来ません。あたしに出来ることは、あなたの人生は良いものであったと判断することだけです。それがあなたにとっては不本意な結果かも知れないけど、もう結果は出ました。もう覆りません。諦めてください」
 そんなのひどい!! 慟哭する山野に、佳奈美は非難の声をぶつけられる。それはお門違いのものであるが、佳奈美はその声を受け止めた。
「……山野さんがそこまで悔しく思うのは、それだけ自分の人生を一生懸命生きてきたからでしょ? あたし閻魔やってるけど、ちょっと前までその辺で人生舐めてたJKやってて、終いには毒飲まされて殺されたらしくって……そんななのに、実は全然死んで悔しいとか思わなかったんだよね。あなたは、あたしに比べてずっと偉いよ、正直尊敬する」
 佳奈美の優しい語り口に、山野はしゃくり上げながらも佳奈美の顔を見た。
「閻魔さまも、途中で殺されたの?」
 何の途中かはよく分からないが、佳奈美は首を縦に振った。
「折角一生懸命やってたお仕事の、初の大舞台で死んじゃったのは、本当に残念だと思う。でも、もうここに来てしまったら、閻魔の法廷に呼ばれてしまったら、人生は目的ではなく手段になるの。あなたの魂をより良いものに精製し、より上位にものにする為の手段が、人としての人生。そして、あなたはその手段を終えて、その結果を審判される段階に進んだの」
 佳奈美の閻魔としての言葉に何か“力”でもあったのか、山野の中の何かが変わった。彼女は泣き止むと、姿勢を正して佳奈美を見る。
「裁定を行います。被告人には、天国に行く権利を認めます。なお、本人の希望があれば、地獄行きでも今すぐ次の人生への転生も認められます。……どうしますか?」
「私、天国行けるの? 行って良いの??」
「ええ。さっきも言ったけど、真面目に生きてきたんだもん。良いに決まってるじゃん。書記官さんは?」
「閻魔さまが決めたのならば、それに従うまでです」
「この人も良いってさ!」
 佳奈美はにっこり笑った。
「良かった……。アイドル目指してがんばって、でも全然なれなくて、悔しかったけど、でもちゃんと一生懸命やってたのを分かってくれたんだ……。もう、それで十分」
 山野はこの言葉をもって、あらゆる未練を断ち切った。
「じゃあ、天国に行く?」
「いえ、地獄に行きます」
 おいちょっと待て!! 人が天国行きを勧めてやれば、どいつもこいつも拒否しやがる! そんなに天国行きが嫌ならその権利を今すぐあたしに寄こせ! 佳奈美はそんな言葉が喉までせり上がってきたが、ぐっと飲み込み当然の疑問を口にする。
「何でよっ!!」
「私、確かに仕事は一生懸命やりましたけどー、それで中出しセックスしまくって、中絶5回もしてるんですよねー。それって人として、女として最低じゃないですかー? 殺人5回ですよー?」
「うっ!?」
 妊娠はおろか、セックスしたことの無い佳奈美には、そこまでの思慮が全く及んでいなかった。
「今更思うんですけどー、ここに来る前に通った賽の河原で石積みしてた子供たち、私が堕ろした赤ちゃんもいたんじゃないですかー?」
「うぇぇ!?!?」
 佳奈美はあまりの急展開に全く思考が追いつかず、反射的に閻魔DBで山野の堕ろした子供を調べた。
「いや、もうみんな審判済みで、5人とも転生してるからあそこにはいないみたいけど……」
「閻魔様。それは余計な発言です」
 書記官の声と共に、佳奈美が操作するタブレットは電源が落ちてしまった。
「で、でも、あなたの一番大きな罪は3兆円で……でもそれは関係無くて……」
「閻魔さまが間違ってるとかじゃなくてー、私自身が納得いっちゃったんですー」
 別に狂った目はしていない。むしろとても柔らかな笑みを浮かべながら山野はそう宣う。佳奈美は混乱の極地だった。
「私、仕事の為とか理由付けて、何か他の大切なこと、ぜーんぶ無視してたんですよねー」
「それってどういう……」
「中出しさせてあげたおじさん達に、妊娠したけど中絶しときました〜なんて言ったら、もうみんなドン引きでー! それでいっぱい仕事貰ったんですけど、私、全然罪悪感も何も無いんですよねー。むしろ中絶すること……自分の赤ちゃん殺すことも、仕事を取ってくる武器にしてましたから〜」
「それは……」
「だから、そんな自分は地獄行きで確定! それがしっくりくる気がするんですよねー」
 佳奈美の混乱は、収まるどころか一層酷くなる。
「書記官さん〜〜〜」
「承知しました、閻魔さま」
 一体何をどう承知しているのか甚だ疑問だが、今この瞬間は非常に助かる状況であった。
「これもまた、彼女の魂の有り様です。被告人は確かに人生を全うし、この場に来ました。他人から見た被告人の人生は、評価するに値するものであったのでしょう。しかし人生を真摯に過ごした者の魂が、イコール優れているとは言えないのです。閻魔様は、先程人生は手段だと仰いました。つまり、魂としての格が非常に低いものであっても、手段として人生を上手くこなすことはいくらでも出来るのです。俗世の言葉を借りるならば、下心や打算、私利私欲というものでしょう」
「けど、そんな事言ったらみんなそうじゃない! 下心が無い人間なんていないでしょ!? そんなの神様や仏様だけじゃない! 人間じゃ無い!」
「仰るとおりです、閻魔様。しかし魂の本質として邪なる者は、真摯な人生すらも、自分自身の利益のみを追求する為に行ってしまいます。場合によっては人類にとって多大な貢献を成し遂げる場合すらあるでしょう。しかしそれは、己が目的の為だけ。本来人の魂は、基本機能として善性が顕在する様形作られています。通常、人は行動原理において、他人の利益も自然に考え行動するのですが、そうでない者は、他人の利益や都合、場合によっては命すらも全く考慮しません。むしろ積極的に無視します。善行に見える人生も、全て自己中心的な利益追求のみによって行われます。閻魔の法廷の存在意義である魂の精製を目的とする以上、そのような魂は地獄での再調整が必要になります。そしてそのような魂を持つ者は、えてして自ら地獄へと行きたがるのです」
「……つまり、あたしの審判は間違っていたの?」
「間違ってはおりません、閻魔様。確かに被告人の魂は善性であるとは言えませんが、かといって天国行きを否定されるほどのレベルではありません。天国において精製する事により、より上位の魂となる可能性は十分にあります」
 閻魔の権限を使って、山野を強制的に天国に送る事も出来る。しかし、多分それは彼女の望むことでは無いのだろう。佳奈美は決心した。
「だったら、あたしは山野さんの希望通りで良いと思う。魂の善性とかよくわかんないけど、あたしは山野さんが出した結果を良いものとして判断したから。……今から天国に行きたいって言っても、もちろんいいよ。全然軽蔑しない。どうする? ねぇ、天国に行こうよ」
「閻魔さまは優しいですね〜。でも、やっぱり地獄に行きますー」
「……分かりました。被告人を地獄行きとします。山野さん、もし次にまた生まれ変わるときが来たら、また真面目に生きてね。そして次は天国に行こうよ!」
「閻魔さま、ありがとうございます〜」

にっこり笑う山野

 にっこりと笑う山野のこの笑顔すら、彼女の打算だというのか。
 一体何信じれば良いのか、佳奈美は全然分からなくなった。
 そんな佳奈美が見送る中、山野は警備員に連れられ、法廷から出て行った。
「……意味が分かんない。何で自分から地獄に行きたがるのよ」
「魂の基本領域に、そのような働きがあるのです。魂自体は、その時点のステータスがどうであれ、精製を繰り返しより上位の存在に変わることを唯一の目的としております。いわゆる自己修復作用の一環として、霊格がある程度以下になった場合は、自ら地獄での再調整を望むようになります」
「さっきから言ってる、その地獄の再調整って何なのよ?」
「地獄の役割は、魂に最大限の苦痛を長時間にわたり与えることにより、その性質を強制的に変えることです。それこそ“魂が壊れる”ほどの苦痛を数万年にわたり加え続けることで、魂の本質をより良いものに変化させます。万が一悪化した場合には、魂ごと存在を消滅させられます」
 つくづく地獄には行くもんじゃねーなと、佳奈美は魂に刻んだ。
「にしても書記官さん、なんか大変な被告人さんばかり来るよね。これってゲームのレベルに例えれば、ハードモードかルナティックモードでしょ?」
 うら若くして死んだJK閻魔にはキツすぎる案件ばかりである。
「いえ、閻魔様。この程度はチュートリアル以前です」
「マジかよ……」
 書記官に言われた言葉も大概ショックだが、こんな下世話な言葉が通じるのもなんだか変な気持ちの佳奈美であった。

Case:03 第38552号飛航士の場合

「私は飛空軍第6師団第3方面軍第12飛空隊第38552号飛航士であります!」

敬礼する第38552号

「ふぁ?」
 またなんか変なのが来た。それこそSFのアニメだかに出てくる何かのパイロットみたいな格好で、よく分からないけどびしっと敬礼っぽい事をしている。だいたいよく見れば、何か肌の色が変。こいつそもそも人間か? 佳奈美はあまりのことに間抜けな声を出した。
「エンマ様におかれましては、ご任務とは言え私の為にお時間を頂きますこと、大変感謝いたします!」
「はぁ……」
 何かよく分からないけどやたら礼儀正しい。それとも半分嫌味なのか? 佳奈美はちょっとだけ疑心暗鬼だ。そもそもこいつ人間じゃないっぽいし。
「あの……この人どこの人? なんか……その、肌の色とか青いし……」
 佳奈美は昔見たSF映画を思い出しつつ、書記官に問い正す。
「彼は地球の人間ではありません、閻魔様」
 宇宙人キター! というか、宇宙人!? 宇宙人にも天国とか地獄とかあるのか!? 佳奈美の脳みそには疑問が溢れかえり、早速ワケが分からなくなった。
「っていうか!! 宇宙人とかマジ!? 何で!? どういうこと!? いつ地球は宇宙人に侵略されたの!?」
 あたしが死んでからどのくらい経ったかよく分からないが、ついに地球も国際デビュー……いや、何か違うか? そういえば前に軌道エレベータがどうとか言ってた変なのが来たけど、あいつは確か13年後とか言ってたからそれよりも余計に未来なのか?
「書記官さん〜〜〜」
 佳奈美は自分で考えるのを諦めて、書記官にすがる。確かに半分グレて見てくれは悪かったかも知れないが、これでもあたしそれなりに学校の勉強はしっかりしていたのだ。しかし花のJKがJKで死んである意味世間知らず、いくらなんでもこんなの自分で勝手に納得しろとかあり得ない! 佳奈美はプライドをさっさと捨てた。
「彼らは地球よりおよそ1500万光年離れた惑星に発生した人類です、閻魔様。今回は、彼らの惑星を担当する法廷のキャパシティーを超えたため、急遽我々の法廷で預かる事となりました」
「あの、さすがに同じ星の人じゃないとマトモに審判出来無いんじゃ……?」
 ぶっちゃけ、こっちは同じ星どころか同じ国の人間だっていっぱいいっぱいなのだ。星すら違う人に一体何を言えば良いの!? 佳奈美は素でむかついた。
「彼らの文化とは共通点が多いため、本法廷に招かれました。特に問題は無いので審判を行ってください」
 一体何処に問題が無いというのか! 宇宙人のことなどさすがにワケが分からんだろう! だいたい言葉だって通じないだろうに! 佳奈美は余計にいらついた。
「閻魔様に合わせて日本語での会話を可能としております。問題ございません」
 そういえばそうだった。何かやたら数字の多い自己紹介を礼儀正しい日本語でしていた気がする。未だキリッとした格好でこちらを見やる宇宙人に、佳奈美は取りあえず笑顔(引きつり気味)を向けた。
「よろしくお願いいたします、エンマ様!!」
「あー………じゃあ始めます……」
 佳奈美は色々諦めて、取りあえず審判を始めることにした。だいたい書記官が問題無いというなら問題無いのだろう。万が一問題が出たら、その時は書記官に全部何とかして貰おう。あたしはどうせお飾りみたいなもんだ。所詮グロ写真でゲロを吐く可憐なJK閻魔だ。佳奈美はちょっとやけっぱちになっている。
「えーと、お名前は38……552号さん? 何で数字なの?」
「私の星では、個体はそれぞれ番号で識別することが普通であります!」
「何かの固有名称とかないの?」
「原始時代ではそのような命名を行っていたようですが、命名法規制定以降では番号による呼称が一般化されました!」
「はぁ……」
 やっぱ余所の星は変わってんなーと、佳奈美は素で感心する。
「それであの、まず確認なんだけど、あなたの星でも天国と地獄があって、死んだら閻魔にどっちに行くか決められるって感じなの?」
「その通りであります!」
「閻魔は番号じゃないのねぇ……」
「はっ! 番号による呼称は主に同種類の生物、同型機器類が中心であり、種別、もしくはその他自然物などは固有名称を用いております!」
「ほぇ〜」
 彼の話はなかなかに興味深いものであるし、こうやって余所の星の人と面と向かって会話した地球人ってもしかしてあたしが最初じゃね? とか佳奈美は思うも、そろそろ真面目に審判しないと、書記官に「無駄話は不要です、閻魔様」とか怒られそうな気がしてきた。
「えーっと、じゃあ、審判を始めます……。あの、38552号さんのプロフィールをお願いします」
「承知しました、閻魔様。被告人のプロフィール確認を始めます」
 書記官の声と共に、38552号の前に空間投影のモニターが表示された。
「生前の名前は46532−38552号、享年は地球人相当でおよそ25歳。18歳相当時に飛空軍……日本における航空自衛隊のようなものです……に入隊後、才能を示しエースパイロットとして戦闘機の操縦に従事。隣国との戦闘に数多く参加し、多くの戦果をあげました。生活態度は生真面目。友人や良き同僚に恵まれ、彼の所属する国家の王族とも交友を持ち、信頼もされておりました。家族構成は独身、両親は彼の死亡時は健在。……被告人、相違ないか?」
「ございません、書記官殿!」
 なんだか、拍子抜けするほどスムーズに審判が進む。ちょっと肌の色は血色が悪すぎだが、とても礼儀正しい好青年である。
「38552号さんは、軍人さんとして働いていて、パイロットって事は、戦闘機に乗っていたの?」
「その通りであります、エンマ様! 我が国では、飛空攻撃機と呼んでおりました!」
「はぁ」
 まあ飛行機の呼び方なんでどうでもいいだろう。佳奈美は細かいことを気にしない様にした。
「続けて死に至る行動を報告します。38552号は隣国との戦争において、自国の王室より密命を受け、極秘作戦に従事いたしました。その作戦とは、敵国の王子と自国の王女との婚姻をもって停戦とするため、国内外の反対派に知られないよう、彼女を敵国領内に届けるというものです。被告人は自身の専用戦闘機に王女を乗せ、敵国に指示された地点まで送り届ける役目を負いました。被告人は、敵国に戦闘機を着陸させ、そこで待機していた敵国側の王室側近に王女を引き渡したところで、そういった事情を知らなかった一般兵により銃撃、頭部を破壊されたことにより脳機能を喪失、死亡しました」
 なんかどこかで聞いたことあるような話ではある。結局この人は勘違いによって殺されたようなものなのか。本人はかなり不満だろうなと、佳奈美は同情する。しかし、
「私は重要任務を全うでき、存外の喜びであります!」
 彼は胸を張って言ってのけた。
 多分宇宙人でもウソはつけないのだろうから、本気でそう思っているのだろう。佳奈美はある意味感心する。
「戦争が終わる前に死んじゃったけど、それでも満足だったの?」
「はい、エンマ様! 私の作戦完遂により停戦、それで国民が救われたのならば、軍人として、いや、私個人として、自分の命を賭したことに価値があったのだと考えます!」
 確かに、彼は国を救った英雄なのだろう。ましてや、軍人として、お姫様を敵国の王子様に引き合わせるために命を賭けたのだ。何かロマンチック。もしそこで、実はそのお姫様とは幼なじみで……とかあったら、もう盛り上がることこの上ない。佳奈美は夢見がちな乙女になっていた。
「あの、そのあなたが隣の国の王子様に届けたっていうお姫様、実は幼なじみで……とかあったりする?」
「はっ! 仰るとおりであります! 000132号姫とは同級で、大変良くして頂いておりました!」
 おおっ!! 何か盛り上がってきた! 佳奈美の鼻息も上がってきた。
「えとえと、それで、実はあなた、そのお姫様に淡い恋心を抱いていたりとか……??」
「滅相もございません、エンマ様!! 彼女はあくまで我が国の直系血統をもつ姫であります! 私如き軍人家系の末席がそんな感情を抱くわけにもいかず………!」
「……いかずって事は、やっぱり〜?」
「い、いえ!! 私はあくまで尊敬の対象として姫を見ており、そんな気持ちを抱くことは……!!」
「抱くってことは〜? ほれほれ、言うてみ? 閻魔の前だからウソついちゃダメだよ〜〜?」
「うぐぐぐ……す、好きでありました!!」
 うおおーっ!! きたきたきたー!! なんてロマンス! テンプレ! でもそれだからこそ余計にくる物がある。佳奈美はノリノリだ。
「それで、その好きなお姫様を、隣国に憎たらしい王子なんかにくれてやるもんかー!って、そのまま戦闘機に乗って逃避行しちゃおうとか思わなかった?」
「そんな事は!! 姫たっての願いでもありました! 彼女は「国民が幸せになれるこの結婚は、私にとっても嬉しいものだ」と仰いました! 私は1軍人として、その願いを叶える為にその作戦にご指名頂けた事で、我が思いは全て満たされたと考えております!!」
 なんてステキな人だろう。やっぱりこの人は天国行かなきゃダメでしょ。佳奈美の心は決まった。
「裁定を行います。被告人には、天国に行く権利を認めます。なお、本人の希望があれば、地獄行きでも今すぐ次の人生への転生も認められます。……どうしますか?」
「お待ちください閻魔様。まだ被告人の罪を精査出来ておりません」
 せっかくステキな戦士を天国に送り届けようというのに、佳奈美を遮る無粋な書記官である。
「でも、もう十分だと思うけど? どうせ親より先に死んだとか、他の戦闘で何人も殺したとかそういうのでしょ?」
 戦争だから仕方ないじゃない、と言う佳奈美に、
「被告人の罪はそのレベルにございません、閻魔様」
 書記官は持っていたタブレットを操作し、佳奈美と38552号の前に新たなモニタを表示させる。
 そこには、大きなキノコ雲と、焼けただれて、最早溶岩にしか見えない様な地面が映し出されていた。
「何これ?」
 そう問う佳奈美に、書記官はいつも通りに言う。
「被告人、38552号の今後を決める罪におきましては一点。先の作戦失敗により、自国民全員、およそ3億人が殺されたことが挙げられます」
 ………。
 しばらく、閻魔の法廷を静寂が支配する。もはや、息の音すら聞こえない。
「………な、なぜですかっ! なぜだっ!!」
 いち早く、ショックから立ち直った38552号が声を荒げた。
「私は確かに姫を相手方の特使に預けた! それでなぜ作戦が失敗で……我が国民が皆殺されなければならないのかっ!!」
「閻魔様、ご説明を」
 未だ固まっていた佳奈美に、書記官が命令を出す。
「はっ……あ、あの、説明って……」
「閻魔データベースをご確認ください」
 なんで、いつもなら書記官さん自分が言うじゃない……! 佳奈美は震える手で、タブレットを操作して彼の作戦の詳細を調べる。
「あ、あの……えーっと……あなたが預けたって言う、その使者? えーっと、その人、実は全然違う人みたいで……」
「どういうことだっ!!」
 38552号は、もはや敬語を使えなくなっていた。
「ひぅっ……あの、あのね……あなた、お姫様に騙されてたのよ……。あなたが最初に極秘作戦の指示を受けた時に指定された基地と、実際に行った所って違ったでしょ?」
「う、あ……確かに、離陸後に姫より作戦内容の変更指示が出されました。国内のスパイをあぶり出すため、事前に知らされていた作戦内容はダミーであり、正しい行き先は姫より直接指示を頂きましたが……」
「お姫様は、駆け落ちしたの。隣国なんかに嫁ぐのは嫌だって、あなたの国で元々好きだった人と……。その人は、一足先に敵の国に亡命していて、そこで使者を装ってお姫様を連れて行っちゃった。……それで怒った敵の王様が、お姫様と亡命した人を捕まえて処刑して、あなたの国に、核爆弾をたくさん落として、それで全土を焼き尽くしたって……」
「うあああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!」
 38552号の叫びが、閻魔の法廷に響く。
「エンマ様!! 私は後で地獄に堕ちてもいい!! だから、お願いだから生き返らせて欲しい!! そしてあの時、基地を飛び立つ前の我々を殺させて欲しいっ!!」
 まさに、38552号の魂の叫びであった。
「ごめんなさい! それは出来ない!」
 もうあなたは死んでいて、絶対に生き返れないの!! そう続ける佳奈美は、勝手にあふれる涙を止められない。
「なぜだっ!! 姫は、姫は国民の為だと私に言ったのに……! それすらがウソだったというのか……!!」
 膝から崩れ落ちた38552号は、床を何度も殴り続ける。
「あの……」
 そう声を掛けたはいいが、佳奈美には続く言葉など全く見つけられない。
 閻魔DBには、敵国による核攻撃の詳細な状況が克明に記されていた。38552号の国民は、たったの3分間の核攻撃で皆殺しにされたのだ。こんな状況だから、向こうの星の閻魔の法廷が溢れかえってしまった。彼が地球の法廷なんかに呼び出された理由が、ようやく分かった。
「私は何をしたのだ!! 自国のためと思って、生きて帰れない事を承知で飛んだら、あげく自分の国を滅ぼしたのか!!」
 私の人生は何だったのだっ!! そう叫んだ38552号の口からは、後は嗚咽がこぼれ出るのみだった。

 ほんの少しだけ、時が過ぎる。

「……あなたは自分の人生を、誇れますか?」
 既に涙が止まった佳奈美の口から、酷く残酷な質問が出された。
「エンマ様!! 貴方は自国を滅ぼした軍人にそんなことを聞いてどうするというのか!」
 聞くまでも無かろう! と、38552号は怒りを込めて佳奈美に向かい合う。
「もちろん結果を知っていたら、初めから作戦に従事しなかったでしょう。でもそれはあなたの落ち度ではありません」
「だったら何だというのだ! 結果的に私は国を滅ぼした! 友も親も、皆私のせいで核の光で焼かれたのだ!」
「あたしは結果論の話はしていません。その上で今一度問います。あなたは自分の人生を誇れますか?」
「誇ったら何だというのだ! エースパイロットだの何だのと浮かれて、好きだった姫に騙され、挙げ句の果てに自国の滅亡を引き寄せた死に神だったという事だ! 何処に誇れる要素がある!!」
「……38552号さん、国が滅んだときは、もうあなたは死んでたの。もっと言うと、あなたが死んだときは、敵の王様もあなたに平和を託して、停戦に向けて一生懸命動いていたの。ぶっちゃけその後のことは、あなたには関係無いの。そこの書記官が何か言ってても、閻魔のあたしは関係無いって言ってるの。……それでどう思うの?」
 38552号に、佳奈美が言いたいことが伝わるのに、ほんの少しだけ時間が掛かった。
「エンマ様は……。国を滅ぼした私のような人間に、自分を誇れと仰るのか?」
「だから国を滅ぼしたのはあなたじゃ無いって言ってんでしょ。やったのは敵の王様で、あなたは単に騙されて使われただけの軍人さんじゃん。単なる騙され損ってやつ?」
「つまりエンマ様は私をピエロだと仰るのかっ!!」
 この宇宙人の国も、ピエロという概念があるのか! 佳奈美はちょっとびっくりした。多分彼の本来の言葉を日本語に変換するときに、適当な単語を持ってきているだけなのだろうが……最近の自動翻訳システムは優秀だなぁと佳奈美はちょっと関係の無い事を考えた。
「あたしにピエロって言われてむかついたって事は、あなたは自分の人生に誇りがあるから怒ったんでしょ?」
「そ、それは……っ!」
「あなたの軍人としての誇りが、自分を許せないのはよく分かった。で、あたしはあなたを天国に送るか地獄に突き落とすか決めるのに、あなた自身が自分をどう思ったのか聞きたいの。軍人とか関係無く」
「私は……地獄に堕ちるべき人間です!」
「それを決めるのはあなたじゃ無い。あなたにはそんな権利は無い」
「っ……! 申し訳、ございません……!」
「裁定を行います。被告人には、天国に行く権利を認めます。なお、本人の希望があれば、地獄行きでも今すぐ次の人生への転生も認められます。……どうしますか?」
 佳奈美は、先程と同じ裁定を下した。今度は、書記官も何も言わない。
「なぜ、エンマ様は私に天国行きを認めるのか……?」
 全く理解出来無い、と言う38552号に、佳奈美は言う。
「だってあなたは自分の人生を真摯に生きたんでしょ? 所で、エースパイロットとか言ってたけど、実は操縦が超ヘタクソなのに、お姫様の友達だからって特別にユルい評価受けてたの?」
「そんな事は無いっ!!」
 目を剥いて怒る38552号に、佳奈美はにっこり微笑んだ。
「そこまで自分自身を誇れる人生は羨ましいよ。あたしは自分の人生にはそこまで強い思いは無いからなぁ。……もし次に人間やるなら、ほんの少しだけ肩の力を抜こう? 恋は盲目って言うけど、そんなだから悪い人に騙されちゃうの」
「私は……視野が狭かったという事ですか?」
「そー。でもそれはあなたの良いところでもあったの。一途でもいい。けど、ほんのちょっとは周りを見ようって事ね」
「分かりました……。それで、私はこれからどうすれば良いのでしょうか?」

憑き物が落ちた第38552号

 38552号から、張り詰めていたものがすっと抜けた。純粋な瞳で、佳奈美を見やる。
「天国に行きなさい」
「……分かりました」
 38552号は警備員に連れられ、閻魔の法廷を出て行った。
「閻魔様。彼の場合、天国行きは場合によっては罰にも相当しますが?」
 今まで黙っていた書記官が、何か言いだした。
「良いじゃん。真面目に生きてきて、それで自分の知らないところで悪事に加担しちゃったからって地獄行きとか、それこそ理不尽が過ぎる」
 それに、さっきはああ言ったけど、自分の国の人を全部殺すキッカケにはなったんだから、そこは天国でずっと覚えておこうって事よ、と、佳奈美は言う。
「そこまで仰るのでしたら、これ以上は」
 書記官は黙る。
「それにしても、こっちが天国行けって言ってんのに、喜んで行く人って案外少ないよね」
 私の代わりに閻魔様が天国に行ってください!ってステキな台詞を吐くヤツがなぜ一人も居ないのかと、佳奈美はつくづく疑問に思う。
「そもそも天国行きと聞いて喜ぶような霊格の低い者は、天国行きの裁定を受けられません」
 この世とはなんて理不尽なのだろう。天国行きを望む者ほど地獄に堕とされるということか。佳奈美は絶望した。
「所で書記官さん、なんかあたし、さっき自分の意思とは関係なく勝手に喋ってたんだけど……もしかしてあたしってどこからか勝手に操作されてるの?」
 閻魔を押しつけられてから、何度か感じた違和感。“思い出す”のは、それこそ自分の意思であることは間違いないのだが、たまに自分と意識と関係のないところで口が勝手に動き出すときがあるのだ。特に被告人と言い合いをしている最中など。
「それは閻魔様に与えられた基本機能の一部です。我々は機械ではなく、感情を持つ者。それ故被告人に直接対峙します。しかしその時、その感情によって魂が揺れ動き、その揺れ幅が一定以上になった場合には審議の進行に支障をきたす場合があります。この場合は、魂の正義や理性のみによって審議を進める様になっているのです」
 つまり感極まってグダグダになったら、口が勝手に適当なことを喋るのかと、佳奈美は理解した。
「その理解はあまり適当とは言えませんが、現段階ではそれで十分です、閻魔様」
 だから人の心を勝手に読むな! 佳奈美は突っ込み掛けたが、やめておいた。
 所詮自分は罰で閻魔をやらされているだけだ、どうせあたしには自由なんてないんだ……と、佳奈美は改めて事実を認め、そして拗ねた。

Case:04 佐久間俊助の場合

「殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる!!!!」
「ひぃっ!?」

殺してやると連呼する佐久間俊助

 佳奈美の前に連れてこられた被告人は、彼女の顔を見るやいなや、鬼のような形相で“殺してやる”と叫び始めた。
「な、なに………」
「殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる!死ね!死ね!死ね!!!!!」
「ちょ、ちょっと……いいから落ち着こう?」
「死ね!死ね!殺す!!殺してやる!!!死ね!!!!!」
「あぅあ………」
 今までの閻魔バイトを含めた短めの人生の中で、他人から面と向かって殺すだの死ねだの言われた事のなかった佳奈美は、恐怖で身がすくみ、自然に涙がポロポロ出てくる。
「書記官さん〜〜〜」
「これもまた、被告人の魂の有り様の一つです、閻魔様」
「殺してやる殺してやる殺してやる!!」
「あ、あの、だから、分かったから……お願いだからちょっと止めて……」
「死ね!死ね!死ね!殺してやる!殺してやる!殺してやる!!」
「うぅぅ……ぐすっ……うぇぇ」
 ついに泣き出してしまった佳奈美を見て、書記官が手を動かす。それと共に、被告人の声が止まった。正確には、彼はまだ叫んでいるようだが、彼の声だけが聞こえなくなったのだ。
「被告人の声を消しました。いったん心を落ち着けてください、閻魔様」
「はいぃ……ぐすぐす」
 なぜか法衣のポケットに入っていたハンカチで涙を拭き、ついでに一緒に入っていたティッシュで垂れた鼻水を拭った佳奈美は、改めて書記官を見やる。
「一体どうしたの……意味が分かんない……」
 確かに閻魔はある意味恨まれる立場でもあるわけだが(気分次第で他人に地獄行きを押しつけるわけだし)、しかし普通の人間が、こんな可愛いJKに出会い頭に死ねとか言うかと、佳奈美は色んな意味でショックを受けていた。
「彼は現状ウソをつけなくなっております。このため彼は、己が魂の叫びをそのままの形で声に表しています」
「だからって、普通はあんなに……まるで親の敵に出くわしたように言う!?」
「彼は生前より、あのような魂の叫びを心の内に秘め、人生を送っていました」
「そりゃ確かにあたしだって色々イライラしながら生きてきたけど……でも分それって他の人でも、レベルの差はあるかも知れないけど一緒でしょ? 今までの被告人さんで、あんなに死ね死ね言う人いなかったじゃない」
「彼の場合は、それほどに思いが強かった、というものではありません、閻魔様。彼は、彼の魂の初期設定として、他人に対して極めて強い殺意を抱くものとして生を受けました。つまり彼の“殺す”“死ね”という言葉は、それこそ彼にとっては自己の生存本能を凌駕する魂の願いと同等です」
「あの、意味が全然分からない」
「通常人の魂は、個人によって多少の差はあれど、いわゆる三大欲求に従い動くものとなります。つまり、美味しい物を食べ、疲れたら眠り、恋人を作り子を為します。これはもちろん生物の繁殖のための行動と一致し、人間の魂にも基本的な動作原理として定義されているものとなります。しかし彼の魂には、この三大欲求よりも高い順位の行動原理として、人を殺すことが定義されています」
「つまりこの人は殺人鬼ということ!?」
「本質的にはそうといえましょう。しかし彼は、生前人を殺めることはありませんでした。彼の抱く狂わしいくらいの“人を殺したい”という欲求を理性で押しとどめ、そのまま人生を終えました」
「えーっと……」
 つまり殺人鬼だったのに殺人をしなかったということか。うん、全く意味が分からない。佳奈美の混乱はより深まっていく。
「何かよくわかんないから、取りあえず審判を進めます……」
 そんな佳奈美の声に、しかし被告人の態度は全く変わらず、ただひたすら死ね、殺すと叫び続けている。もちろん書記官によって彼の声は消されているので、佳奈美の耳には聞こえないままではあるが。
「あの、じゃあ被告人さんのプロフィールの説明をしてください」
「承知しました、閻魔様。それでは、被告人のプロフィール確認を始めます」
 書記官の声と共に、被告人の目の前にいつものモニタ(浄玻璃鏡)が現れる。
「生前の名前は佐久間俊助(さくま しゅんすけ)、享年25歳。県立高校を卒業後、地元の建設会社に就職。生活態度は真面目だが人付き合いは無し。家族構成は独身、両親共に健在。趣味などはなく、自宅と勤務地を往復するだけの生活であった。……被告人、相違ないか?」
「殺してやる!殺してやる!殺してやる!!!」
 佐久間の返事を聞くために書記官が声を消す処理を止めたが、やはり彼の心の叫びは変わらなかった。せめて返事くらいはしてよ、と、佳奈美は一人呟く。
「続けて死に至る行動を報告します。佐久間俊助は死亡日当日も平常通り出勤。しかし建設現場での作業中、水分補給を怠り熱中症を発症。そのまま意識を失い転倒し、吐瀉物により窒息。酸欠により生命維持機能を損失、死亡しました。いわゆる事故死であります」
 そういえば前に建設現場で鉄骨に擂り潰されたヤツが居たなぁと、現場作業の難しさを改めて実感した佳奈美であった。
「えーっと、佐久間さんの勤務態度は?」
「遅刻、無断欠席などなく、極めて真面目でありました。なお、無愛想ではありますが、実直な態度と丁寧な作業が評価され、勤務先は高評価を得ておりました」
 ただただ、真面目に寡黙に仕事に打ち込む勤労青年。彼の生前はそんな感じだったのか。
 でも、目の前にいる今の彼はなんなのだろう。今でも血走った目をあたしに向けて、死ね、殺すと言い続けている。佳奈美は佐久間の生前との激しいギャップに、なんだか悲しみすら覚えていた。
「続けて、佐久間俊助の今後を決める罪におきましては一点。人付き合いをせず、生物としての基本原理である子孫繁栄に全く寄与しなかったことが挙げられます」
「そんなの当たり前じゃん……」
 もちろん佳奈美の言う当たり前というのは、彼の罪はその通りだ、という意味では無く、人付き合いなんてマトモに出来る状態ではなかった、ということである。
「だいたい、生まれたときからずっと人を殺したくてしょうがなかったんでしょ? それでどうやって人付き合いだの、恋だのしろっていうのよ、無理でしょそんなの」
 佳奈美はタブレット用いて、佐久間の生前の行いを記した閻魔帳データベースを事細かに見ていく。
「小さい頃は粗暴でケンカばっかり。けど中学生くらいになったら人が変わったように大人しくなって、けど全く他人と関わり合いにならなくなったって書いてる。それって自分の心にある殺意が、本来はあってはいけないものだって自覚したからなんでしょ? それで他人に危害を加えないように、自ら他人を遠ざけたって事でしょ?」
「それは被告人に問いただしてください、閻魔様」
 閻魔帳データベースは起きたこと、起こしたことなどの客観的事実は全て書かれてあるが、被告人の内心まで書かれているわけでは無い。だから閻魔の法廷で、なぜそのような行動に至ったのか、本人に問いただし、被告人の内心を聞き出す必要があるのだ。
 佳奈美は書記官に、佐久間からの返答の声のみ聞こえる様に指示する。
「ねえ佐久間さん、あなたが人付き合いをしなかったのは、他人の為を思っての事だったんだよね?」
「殺してやる!殺してやる!殺してやる!」
「そんな強い思いを人に知られること無く生きるために、ひとりぼっちを我慢していたんだよね!?」
「死ね!!殺してやる!殺してやる!殺してやる!!」
「あなたのためなんだから……お願いだからあたしの言葉に答えて!」
「死ね!!死ね!!死ね!!!」
「あなたの気持ちは分かるから……でも、今だけでもちゃんと答えてくれないと、あなたを正しく審判できないの!」
「殺す!殺してやる!絶対殺す!!」
「お願いだから、返事をして! あなたの心には……魂には殺したいって気持ちがいっぱいあるのだろうけど、でもあなたはしっかり人の言葉がしゃべれるのでしょう!? 死ぬ前だって、他人との受け答えは出来ていたのでしょう!?」
「死ね!死ね!死ね!!!」
 死ねだの殺すだの言われ続けるのは恐怖を感じずにいられないが、それよりも自分の言葉が全く彼に届かない悔しさで、佳奈美の目からはさっき拭ったばかりの涙が再びこぼれ落ちる。
「書記官さん、佐久間さんの魂に管理者権限アクセスを掛けて、ちゃんと受け答えできるようには出来ないの?」
「可能ですが、閻魔様の求める結果にはならないと推察します。現状彼にはウソをつけなくする設定が施されていますが、人の心に“ウソをつく”という単一の機能があるわけでは無く、自己保存に関わる一切の欲求を無効化することにより、結果としてウソをつく必要が無い、といった状況を利用しているに過ぎません。本件において彼の心の動きを生前の状態に戻したとしても、彼の口から出る言葉は彼の本心を一切反映しないものとなるでしょう。人としての受け答えは可能となりますが、浄玻璃鏡のウソ判定機能が常時発動する状態となりえます」
 それでは全く意味が無い。閻魔帳データベースには載っていない彼の本当の思いを聞き出さなければならない法廷で、それこそ“教科書通りの”受け答えをされても、そんなので彼の今後を決めることなど全く不可能だ。
 なんでこんな事になってるんだ? 佳奈美は改めて考える。
 もちろん自分の所為という事は無いし、書記官が何か意地悪しているわけでも無い。佐久間さん自身がそう叫びたいから叫んでいるのだ。こんな自分が天国に行くのか地獄に堕とされるかの瀬戸際で、普通の神経をしていれば死ねだの殺すだのは黙っておいて、自分は人生頑張って来たと言うはずだ。今まで何度も審判をやってうすうす分かってきたが、ウソをつかないというのは、イコール全て真実を話す、という事では無い。別に隠すことはウソにはならないのだ。こちらからピンポイントで聞き出せばちゃんと喋るが、そもそもこちらから聞きもしないことを勝手に喋り出す人はほとんど居なかった。
 けど、佐久間さんは、こっちが何も聞いてないのに殺す、死ねと言い続けている。一体どれだけの強い思いが彼をここまで追いやっているのだろうか。こんな天国と地獄の瀬戸際ですら、自分の今後の有利不利を一切合切無視してまで、閻魔の静止に逆らってまで叫び続けるこの思いの原因はなんなのだろうか。この思いには、そこまで価値がある物なのだろうか。佳奈美は書記官に尋ねる。
「書記官さん、佐久間さんの本当の思いはどこにあるの? 理性でちゃんと殺人衝動を抑えていたなら、そこに佐久間さんの本心があるんじゃ無いの?」
「彼の本当の思いは、先程から閻魔様がお聞きになられている彼の声、そのものです」
「いや、それは分かるけど! でも、だったらなんで理性なんて出てくるの!? 人殺しはいけないって思いがあったから、我慢してたんじゃ無いの?」
「それは被告人に問いただしてください、閻魔様」
「だから出来無いって言ってんじゃん!!」
 さっきからいくら聞いても殺すしか言わないのは、お前もそこで聞いてて分かってるだろうが! 佳奈美は融通の利かない書記官の態度にイラついた。
「出来る出来無いでは無く、やらなければならないのです、閻魔様。それが貴方に課せられた使命です」
 そりゃそうだろうけど……この際あたしに課せられた使命?とやらはヒマなときにでも考えるとして、そもそもあの性悪チビの口車にまんまと乗ってしまっただけな気もするけど、だからといって閻魔の仕事を放り投げるようなことはしないわよ、と、佳奈美は改めて自分のやるべき事を自分に言い聞かせる。
 それと同時に、この理不尽な状況、つまり被告人がなぜこんな状態なのかと、なぜ普通の人間の感情が吹き飛ぶほど強い殺人衝動を抱えるに至ったのかに思考が及び、そして佳奈美は一つの事実に思い至ったところで、背筋に悪寒が走るほどの怒りを感じた。
「ねえ書記官さん、あなたさっき、佐久間さんの魂の初期設定が、他人に対して極めて強い殺意を抱くものとしてって言ってたよね?」
「その通りです、閻魔様」
「何で? なんで佐久間さんはこんな風に生まれたの!? 一体誰が佐久間さんの魂をこんなにしたのよ!!」
 佳奈美の叫び声が、法廷に響く。
 書記官に八つ当たりしても仕方ないことは重々承知の上だが、しかし彼女は怒りを抑えることは出来なかった。罪はあくまで本人の意思によって魂が善と悪のどちらに傾いたかで判断されるべきであり、生まれる前に決まっていたことで断罪されるなど決してあってはならないと考えたからだ。
「それは魂の多様性を発現させる為に仕組まれた、この世界の理によります」
 しかし書記官はそんな佳奈美の感情など無視し、いつも通りに淡々と受け答えをする。そんな彼の冷静な態度が、佳奈美の感情を余計に逆なでする
「ワケが分かんない! そんなワケが分かんないのに勝手にこんな魂を作られて、それであたしが一体何を裁けるっていうのよ!」
 こんなの判断出来無いじゃない、と、佳奈美はあふれ続け続ける涙を拭いながら、言う。
「例え魂の初期設定がどのような状態であれ、閻魔の法廷による審判が必要です。審議の拒否は認められません、閻魔様」
「分かってるわよ!!」
 いちいち分かりきった事を言うな、もしここであたしが閻魔をほっぽり投げたら、どうせすぐに地獄行きでしょうに! と、佳奈美は怒りで震える手をぎゅっと握り、もう一度佐久間に問いかけた。
「ねえ佐久間さん!! お願いだから、今だけで良いからあたしの話を聞いて! あなたをちゃんと審判するために、お願いだから返事をして!!」
「死ね!殺してやる!殺す殺す殺す!!!」
「うぅぅ……」
 佳奈美は、今ほど自分の無力さを思い知らされた事は無かった。
 いくら彼の心の中で殺人衝動が暴れ回っていようと、彼は与えられた人生を懸命に生き、そしてそれを全うしたのだ。人を殺すこともなく、職場の仲間からは信頼を得て。
 その事実から分かることは、当たり前だが彼は生前、ちゃんと会話が行えたということだ。
 しかし、ウソをつけなくしただけでこの有様である。彼の人を殺したいという思いが想像を絶するレベルであるとともに、人としての最低限のコミュニケーションですらウソとなるほどに、彼の心は殺人衝動でいっぱいなのだ。
 こんな状態の彼を、このまま審判することは出来ない。なぜなら、彼が過ごしてきた人生の意味を、彼の言葉として聞く事が出来ないからだ。
 閻魔の法廷の存在意義は、閻魔帳データベースや浄玻璃鏡で天国行きや地獄行きを判断することでは無く、被告人の魂と向き合うことだと、佳奈美は今までの法廷で学んできた。
 それに人生は手段だ。だからこそ、人は悪意を持って善行を積むことすら出来る。なので客観的事実だけで、彼を天国行きや地獄行きを判断する事は出来無い。
 あくまで彼の魂の本質が、善か悪かによって天国行きか、地獄行きを決めなければならないのだ。
 そう、例え彼がどんな状態であろうと、今から天国行きか地獄行きかを決めなければならない。
 それが、あたしが自らやると言った閻魔の責務だ。彼の善悪を判断しなければならない。
 佳奈美は覚悟を決めた。
「書記官さん、佐久間さんの声を止める処理をやめてください」
「良いのですか? 閻魔様。円滑な法廷に支障が出ると考えられますが」
「いいの。だって今までずっと我慢してきたんだもん、あたしくらいは佐久間さんの本当の思いを聞かなきゃ、罰が当たる」
「承知しました」
 書記官の操作で、佐久間の絶叫が再び法廷に響き渡る。
「ねぇ佐久間さん。あなたはずっと人が殺したくても、それをずっと我慢してきたんだよね? それは辛かった?」
「殺す!死ね!殺してやる!!」
「そんなに強い思いを、小さい頃はまだ抑えきれなくて、幼稚園や小学校ではよく友達とケンカしたり、先生に八つ当たりしていたんだよね?」
「死ね死ね死ね死ね死ね!!殺してやる殺してやる!」
「でも小学校の卒業前に、ケンカした相手に怪我をさせてしまって、その時きっとあなたは何かがおかしいって思ったんだよね?」
「殺してやる殺してやる殺してやる!!」
「あたしが持ってるタブレットには、あなたが今までしてきたことが全部書かれているの。でもあなたの心の中までのことは書かれていないから、あたしはあなたの行動からあなたの心の中を想像するしかないの。もし違うって思ったら、ちゃんと言ってね?」
「殺す!死ね!殺してやる!!」
「あなたは、自分の心にずっとあった人を殺したいって思いが異常なことだと分かっていた。だからあなたは身近にいる人に危害を与えないように自分から離れていった。それはあなたの理性が善性で、正しく機能していた証拠だったの」
「殺してやる殺してやる殺してやる!」
「でもそうやってあなたが孤独に耐えて一人でずっと生きてきたことを、この法廷では罪だと言っている。悔しいよね?」
「死ね!殺してやる!絶対殺してやる!」
「あなたは人として正しく生きて、最後まで立派に人生をやり遂げた。普通の人よりも辛い人生を、でも間違いを犯すことも無く、頑張り抜いて生きてきた」
「死ね死ね死ね死ね死ね!」
「あたしは閻魔として、あなたの生き方を尊敬します。多分、あなたのような意志の強い人間でなかったら、あなたのその抑えきれない思いに負けて、絶対に殺人を犯していたでしょう」
「殺してやる!殺す殺す殺す殺す!!」
「だって、ウソをつけなくするってだけの処理で、返事も出来ない位に人を殺したい気持ちがあふれ出てくるんだもん。こんなの、普通の人じゃ抑えきれない。あたしだって絶対無理」
「死ね死ね死ね!殺す殺す殺す!!」
「でもあなたはこんな強い思いに……狂気とも言える程の魂の叫びに打ち勝って、人としての人生を全うした」
「殺してやる殺してやる殺してやる!!!」
「あたしは、そんなあなたの努力を素晴らしいものと評価します。あなたにとって人生はとても辛いものであったでしょうけど、しかしあなたが人生を賭けての出した結果は素晴らしい物であったと、閻魔が保証します」
「死ね!殺してやる!絶対殺してやる!! 死ね死ね死ね死ね死ね!!!」
 そこで佳奈美はいったん言葉を止めた。
 閻魔の法廷には、佐久間の叫び声だけが激しくこだまする。
 佳奈美は再びこぼれ出た涙を法衣の袖で拭うと、自分に死ねと言い続ける佐久間にしっかり視線を合わせて、再び口を開いた。
「……裁定を行います。被告人には、地獄行きを命じます」
「殺してやる殺してやる絶対殺してやる!!!」
「ごめんなさい、本当にごめんなさい……。あなたには何も罪は無いけど……でも、今のあなたの魂を、このまま天国には絶対行かせられないよ」
 佳奈美は叫び続ける佐久間に、頭を下げた。

やるせない思いで地獄行きを宣言する佳奈美

「殺してやる殺してやる殺してやる!!」
「そうだよね、あたしのこと、殺したいよね。折角死ぬまで我慢し続けて、でも死んでも魂の呪縛から逃げられないで、閻魔すら殺したいって思うくらいだもの。……でもそれはダメ。ここまで来て、罪を増やすことは無い。だから、地獄でずっとあたしを恨み続けても良いから、地獄の調整であなたのその狂おしい思いが消えて、もう一度普通の……平穏な人生が送れるようになることを、願っています」
「殺してやる!!」
 佐久間は警備員に連れられ、法廷を後にした。

 被告人がいなくなった法廷は、音を発するものが無くなった。そしてその静寂は、いつもよりもずっと深いように感じられる。
 佳奈美は目尻に溜まった涙を払い、書記官に向き直る。
「彼が地獄行きとか、ヒドすぎる。何とかならなかったの……」
「ご自分で地獄行きを決められたのではないのですか、閻魔様」
「確かにあたしは自分で決めた。でも、それは閻魔の職責として行った事よ。あたしはちっとも納得してない」
「貴方の審判は正しかった。ご自身の納得はそれで十分では?」
「どこが十分よ!! 世界の理だかなんだか知らないけど、あんなヒドい魂を押しつけられるなんて溜まったもんじゃない! 生まれる前から地獄行き確定じゃない、なんでそんなのいちいち人として生まれさせるのよ、そんな魂、出来た瞬間に初期不良で交換でしょ!?」
「魂は工業製品とは違います、閻魔様。有性生殖を行う生物における雌雄の遺伝子の混ざりあわせが確率的である様に、魂の発生においても様々なパラメータがランダム化して設定されます。またそもそも魂の発生は卵細胞の受精時に発せられるイオンパルスを契機に自動で行われ、かつ発生した魂はその瞬間に受精卵へ打ち込まれるため、それが持つ特性、特異性を評価して生殺与奪を行う事は出来ません」
「生まれるまで10ヶ月もあるでしょうに、その間に管理者権限アクセス掛けてパラメータの調整くらいできないの!?」
「理にはそのような機能はありませんし、我々閻魔庁の職務でもありません。それに、彼のような特異的な魂も、人類の発展にとっては有益になることもあり得ます」
「どういうこと?」
「可能性、または仮定にはなりますが、彼のような特異的な人間は、いわゆる乱世と呼ばれる社会不安が強まったときに英雄的行動を起こす可能性が高くなります」
「英雄? つまり10人殺せば殺人鬼だけど、100人殺したら英雄って、そういうの?」
「そのようなものです、閻魔様。人類の歴史で偉人とされる人間にも、彼と似た様な魂を持つ者が何人か居ました。世が世ならば、人を多く殺せる事が求められるのです。なので彼の魂は間違って作られたものでは無く、作られるべくして作られたのです」
「でも結局地獄に行くしかないじゃない。全然偉人と違うでしょ」
「いえ、偉人にも地獄行きだった者はたくさんおります。以前の山野由美がそうであったように、そういった者は自ら地獄行きを望むものです」
「もしもだけど、佐久間さんがちゃんと話せる状態だったら、何て言ったと思う? 自分で地獄に行くって言った?」
「言ったでしょう。魂の自己浄化機能は、他の初期設定では決して上書きの出来ない最上位の行動原理です」
 何が最上位の行動原理だ、そんなもんが正しく動くのなら、それこそ閻魔なんて必要無いだろうと佳奈美は思う。魂が勝手に自己診断して天国行きと地獄行きを決めるのならば、なぜこんな法廷をいちいち開く意味がある。意味が分からない。
「それは違います、閻魔様」
 だから人の心を勝手に読むな!と、佳奈美はイラついたが、取りあえず黙っておくことにした。
「魂が自らを導くのは地獄行きだけです。天国行きは、あくまで閻魔様による裁定が必要となります」
 つまり天国行きは、自分の魂の確信と閻魔の裁定があって初めて許されるという事か。あたしは今でも自分は天国行きが相応しいと思っているし、自分が自分の閻魔だったらのしを付けて天国行きにさせてやるところだ。ところが何で、こんなところで人様の人生にケチを付け続けているんだろうと、佳奈美はちょっと鬱になった。
「次の被告人が三途の川を渡りました」
 あんなヘビーな法廷が終わったばかりだというのに、休みも無しで次の仕事かよ。佳奈美は自分の頬をペチペチ叩き、次の被告人と正しく向き合うために、気分をリセットした。

Case:05 籠原正夫の場合

「……っす」
「……こんにちは」
 なんか無愛想な奴が来た。小太りで髪はぼさぼさ、髭もろくに剃ってない。そしてどんよりとした瞳であたしを見やがる。佳奈美は一応挨拶を返すも、正直ファーストインプレッションが悪すぎる。
 佳奈美が閻魔バイトを始めてから、裁定を下した人間は数百人は超えるだろう。最初は1人ずつ数えていたのだが、100人を超えた辺りからもう面倒くさくなってやめてしまった。だから彼女が裁定を下した正確な人数は分からない。
 ……しっかし、ここまで愛想の無い人間も珍しいわね。なんだかんだ言っても天国行きの掛かった場だから、大概の人間は媚びを売るわけではないけど、愛想笑いくらい浮かべるものなのだけど。まあ、数百人以上被告人を見てきたあたしなら、こういう手合いも一目で生前どんなだったか察しが付くというものよ。どうせ引きこもりを拗らせてそのまま死んだタイプね。年の頃は30半ばくらい。高齢化の進む日本で、この歳で死ぬ奴は割と珍しい。ちなみにブラック企業あたりで過労で死んだ人間は根っこがクソ真面目だから、もう少しキリッと締まった顔をしてるからすぐに分かるわ。
 いい加減閻魔バイトにも慣れてきた佳奈美は、いちいち被告人の情報を見たり聞いたりせずとも、初見で彼らの有り様が何となくわかる様になっていた。
「これからあなたの生前の行いについて、裁きを行います」
 佳奈美はもう何度言ったか分からない台詞を機械的に述べる。そしてこのあとは定例業務で死因あたりを聞き出せばいいだけだ。そして善悪を判断して行き先を決める。この段階からあれこれ被告人に感情移入してもしようが無い。あたしはこの与えられた仕事をさっさと片付けるだけだ。
 もう何百人を送り出してきた佳奈美にとっては、この程度の被告人はある意味日常茶飯事だった。
「………」
 特に反応もせず、ただ彼女を見やる視線に若干の負の感情が混じった被告人に、佳奈美はふんと鼻を鳴らす。

被告人を見やる佳奈美

「彼のプロフィールと死因の説明をお願いします」
「承知しました、閻魔様」
 いつも佳奈美をサポートしてくれている書記官が、いつも通りにタブレットを操作する。被告人の目の前に、空間投影の浄玻璃鏡が現れた。
「それでは、被告人のプロフィール確認を始めます」
「チッ……」
 被告人は悪態をついて浄玻璃鏡から視線をそらせるが、書記官はそのまま業務を続けた。
「生前の名前は籠原正夫(かごはら まさお)、享年38歳。高校1年の2学期より登校拒否となり、いわゆる引きこもり状態となる。以降登校せず中退。死亡時まで自宅自室に閉じこもり、生活の一切を両親に依存。生活態度は怠惰で自己中心的。家族構成は両親並びに弟がいる。本人は独身。……被告人、相違ないか?」
「ねーよ……」
「……籠原さん。こっち向きなさい」
 そっぽを向き続ける籠原に、佳奈美が声を掛ける。
「ここはあなたの人生の結果を問う場なの。今更良い子ぶらなくても良いけど、最後くらいは自分自身に真摯に向かい合いなさい」
「……っせーよ、死んだらもうどうでもいいじゃねーかよ、さっさと天国行かせろや」
「そんな口叩くなら、今すぐ地獄行きにするけど?」
「ざっけんなこのメスガキ! なんでテメーみたいなガキに指図されなきゃなんねーんだよ!」
「あたしは閻魔だから、あんたに指図できんのよ! 書記官さん、ちょっと首シメて」
「承知しました、閻魔様」
 書記官がタブレットを操作すると、遙か昔に佳奈美がやられたように、籠原の首が見えざる手によってキリキリと締められる。
「ぐあうぉうがああああああっ!!」
 見ようによっては、自分で自分の首を絞めているように見える籠原を、佳奈美はつまらなそうに見やっている。
「ふん……もういいです、書記官さん」
「承知しました、閻魔様」
 書記官が再びタブレットを操作すると、籠原の首を絞めていた力が消失する。
「て、てめえ! ざけんなクソガキ!! 今度やったら」
「次、あたしのことクソガキだのメスガキだの言ったら、その場で地獄に堕とす。口の利き方に気を付けろ」
 佳奈美は最近何となく使い勝手を覚えてきた“閻魔の力”で、籠原を強制的に黙らせた。 
「くそっ……」
 籠原はまだ何か言いたそうだが、閻魔の力がそうさせているのか、より負の感情が籠もった視線を佳奈美に向けるだけだ。
「単刀直入に聞くけど、何で引きこもったの?」 
「誰が言うか!」
「じゃあ聞き方を変えるわ。そこまでして言いたくない理由を言いなさい」
「っ!……どうせ俺はこんな見てくれだよ! テメーみたいなパリピにはわかんねーだろうけどよ、俺みたいなナリで、陰キャで、趣味がオタクだったら虐められんだよ!!」
「パリピって……そういう言葉はJK辺りが使うもんでしょうに……。ネットばかり見てて語彙を拗らせたの?」
 良い年こいてあり得ないわ、と、佳奈美はボソッとこぼす。
「うっせーよ!! だったらテメーは俺のこと何て言うんだよ!」
「キモヲタのヒキニーとでも?」
「死ねこのクソガキ!!」
「あたしももう死んでんのよ、お互い様よ。別にパリピでもなんでもなかったけどね」
 ついついクソガキと口走ってしまい、よもや地獄に堕とされるか!?と恐怖に引きつる籠原に、しかし佳奈美はつまんなそうに答えるのみだ。
「ちっ……だからってテメーみたいなビッチに俺の何が分かるってんだよ!」
「何でみんなあたしのことビッチって言うかなぁ……これでも躰は綺麗なまんまの花のJKだったんだけど?」
「うっせえよ! 俺はテメーみたいなナメたギャルが大っ嫌いなんだよ! 教室じゃあ俺の顔見て笑いやがる! 何してもバカにしやがる! 教室にいるだけで臭いだのキモいだの言いやがる!!」
「あなたはそう言われるのがいやだったの?」
「嫌に決まってんだろクソが!!」
「ふーん。で、あなたはキモいだの臭いだの言われないようにするために、何か努力したの?」
 そんな佳奈美の言葉に、籠原の威勢の良さが削がれた。
「う、うるせえよ! 何で俺がいちいちギャルのために……!」
「確かに、他人にヒドい事言われたら辛いし、あなたにそういう事言った奴らもロクなもんじゃないとは思うけどさ。もし言われるのがいやだってのが優先度高ければ、そう言わせないために身なりや行動を変えれば良い。もしあなたのオタク趣味の優先度が高ければ、他人に何を言われてもそれを貫き誇れば良い。それだけのことなんだけど、あなた、単にどっち付かずで逃げただけでしょ」
「っ!? に、逃げてなんてねーよ、こっちから出ていったんだよあんなクソ学校!!」
「クソ学校も良いけど、あなた38歳でしょ、一体何年前の話してんの?」
「うっ!?」
「さっきから聞いてれば、まるで昨日のことのように言うけどさ、あなたが高校生だった時って15歳くらいでしょ? それからもう23年経ってんの。アラサーどころかアラフォーで、高校生の時にクラスで虐められたからって、それで40手前でもヒキニーやってる理由になるのかって」
「うぅぅ、うるせえよ!! それからもバカ親共にも馬鹿にされて、俺が何したってんだよ!!」
「何にもしてないからヒキニーなんでしょ?」
「ざっけんな!! どいつもこいつもバカの1つ覚えみたいに働け働け言いやがって!!」
「あたしはそんな事言ってない」
「似た様なもんだろうがクソビッチ!!」
「もう死んだくせに、どうやって今更働けって言うのよ。ぜ〜〜んぶ手遅れなの。もしあなたが本気で働きたいって思っても、もう働けないの。あたしはねぇ、あなたが今まで何をしてきて、何をしてこなかったのかを整理しているだけ。それであなたが地獄に堕ちるか、もう一回人間やり直すか決めるのよ」
「何で天国行きがねーんだよ!!」
「はぁ? なんでヒキニーやってて天国行けると思ってんのよ?」
 バカじゃないの、と、佳奈美は言う。
「ざっけんなこのクソガキ!! てめえみたいなガキが大人おちょくってると承知しねーぞ!!」
「へーえ、あなた大人なんだ? あたしみたいな人生経験短めのJKに“自分は大人です”って言える程、ちゃんと大人の行動してきたの?」
「だから周りの奴らに何もさせて貰えなかたって言ってんだろうが!!」
「良い年こいて何もさせて貰えなかったって……どこが大人よ、そんなのガキの言い訳じゃない」
「うっせえよっ!!」
「そうよねうるさいよね、閻魔の審判っていうのは、そうやってあなたの人生を無理矢理省みさせられるからね。でもあなたの人生の責任は、自分自身でとるしか無いの。あなた以外にも、学校で虐められた人はいっぱいいた。もちろんそれで自殺したり犯罪者になった人もいた。そういう人は、あたしがみんな地獄に堕とした。でも、傷ついてボロボロになっても、自分の人生に、ちゃんと責任だけは取った人も何人もいた。そういう人には天国に行って貰った」
 佳奈美はここで、言葉を切った。
「……あなたは自分の人生に責任取ったって誇れるの?」
「ッ………!!」
「分かってんならいちいちうるさいって言うな」
「うっせえよっ!」
「……そういえば、何で死んだかって聞いてなかったわね。書記官さん、続きを」
「承知しました、閻魔様」
「う、あ、やめろ! うっせえよ、そんな事どうでもいいじゃんかよ!!」
 籠原が声を張り上げるが、書記官は無視して報告を続ける。
「籠原の死に至る行動を報告します。籠原正夫は死亡日当日、自慰行為中に窒息。その後酸欠による多臓器不全で死亡しました。いわゆる事故死であります」
「はぁ?」
 じーこーいちゅーにちっそく? 聞いたこと無い言葉だ。G行為? ヒキニーだからネットか何かゲームでもやって(GAMEのGね)、それで負けが極まって窒息したと?? 訳が分からん。佳奈美は改めて、タブレットで閻魔帳データベースを覗く。
「えーっと、自慰行為中に窒息……自慰!?」
 ぼん!っと音でもしたかのように、佳奈美の顔が真っ赤になった。所詮は経験皆無の処女JKだ。偉そぶって閻魔バイトをやっているが、この辺のネタにはまだ弱い。
「えええう、えと、その、ひ、独りでソロプレイ中に窒息しちゃったと??」
「余計に嫌な言い方すんじゃねーぞこのビッチ野郎!!」
「いい加減あたしをビッチとかいうな!」
 このヒキニー、今すぐ地獄に堕としてやろうかと本気で考えた佳奈美であったが、寸前でグッとこらえて議論を元に戻した。
 とは言っても。
「……あの、あたし、えーっと、カラダがキ・レ・イ!!なJKだから、大人な籠原さんに教えて貰いたいんだけど。……あの、窒息するってどんな激しいオナニー……あぅあぅ……えと、その、そんなに激しいやり方してたの?」
 真顔で「あそこ、痛くないの?」と聞く佳奈美に
「うっせえよ!! っつーか、ネットで窒息オナニーってのが死ぬほど気持ちいいって見たから、それをやってみたんだよ!!」
 ちっそくおなにー。また聞いたこと無い言葉が飛び出した。やはりネットで無駄知識ばかり溜め込んでるヒキニーは知識の量が違うなぁと、佳奈美はちょっとだけ認識を改めた。
「えーっと……その、窒息おな……おな、にぃ……とは?」
 未経験の花のJKにとって、ソロプレイと窒息という関係性が全く理解出来無い。佳奈美は真面目な顔で問いかける。
「うっせえよっ!! 自分でググれば良いだろうがよ、カス!!」
 カスはどっちだ! 閻魔の法廷で此岸の検索サービスが使えると思うな馬鹿野郎!! 佳奈美は素でイラつくも、しかしウィキ程度の情報量がある閻魔帳データベースは使えるので、そっちで調べてみることにした。
「えーっと……脳が酸欠になった時にイクと死ぬほど気持ちが良い……なるほど、自分で首締めて酸欠にするんだ。全く理解出来ない。で、籠原さんは、そうやって死ぬほど気持ちよくなる前に、リアルに死んだと」
「知らねえよ!!」
「残念ながら、イク前に逝ったみたい。閻魔帳データベースそう書いてある」
 可哀想に、と、佳奈美は本当に可哀想な人を見る目で籠原を見やる。
「そんな顔で俺を見るんじゃねーよクソビッチ! 殺すぞ!!」
「だからもうあたしは殺されてるんだって……」
 あと地獄に堕とすぞ、と、佳奈美はため息をつきながら言った。
「その、窒息おな……えーっと、そのプレイがどんなのだかよくわかんないけど……てゆーか、もうあんまり関係無いからイイや、どうでも」
「だったら初めから聞くんじゃねーよ!!」
「知らないわよ、あなたがそんな面白い死に方してたなんて! まぁ、さぞかしご両親は悲しんだでしょうねぇ……息子のそんな情けない死に様を見せられて」
「うっせえよ!! テメーだってどうせオナニーしてんの親バレしてたんじゃねーのかよ!!」
「あたししてないし」
「ウソついてんじゃねーよ!!」
「何でウソだって思うのよ……?」
「テメーみたいなヤリマンは毎日やってんだろう!?」
「だからあたしは処女だって言ってんでしょ!! だいたいあんたみたいに盛った男は知らないけど、女の子はそんなにしないのよ!」
 良い年こいて、どんだけネットのバカ記事に踊らされてんだと、佳奈美はいい加減悲しくなる。
「あのさあ、あんたみたいなヒキニーが、何で女の子が毎日おな……オナニーしてると思ってんのよ!」
「そんなのいくらでもネットに書いてるからだよ!! ヒキニーバカにしやがって、情報はいくらでもネットで仕入れられるんだよ、その辺のパンピーよりもよっぽど博識なんだよ!!」
 はぁ〜〜っと、佳奈美は頭を掻きながらため息をつく。
「思った通りネットのウソ記事に騙されてるばっかりじゃん……実際女の子に聞いたことでもあるの?」
「俺のこと馬鹿にするクソ女なんかと口をきくかってんだよ!!」
「きくもきかないも、自分で女の子に馬鹿にされるようなことばかりしてたんでしょーが! 何が博識よ、何も分かってない。もういいわよ、書記官さん、この人の罪を読み上げて」
「承知しました、閻魔様。籠原正夫の今後を決める罪におきましては一点。人付き合いをせず、生物としての基本原理である子孫繁栄に全く寄与しなかったことが挙げられます」
 当たり前だ、と、佳奈美は思う。だいぶ前に、ひたすら殺す殺すと言い続けてた人がいたけど、その人と同じ罪でも中身が全然違う。彼は人付き合いがしたくても到底出来ない状況だったのだけど、こいつは単に自分のコミュ障を棚に上げて他人を拒絶してただけだ。同情の余地もありゃしない。
「裁定を行います。被告人には、地獄行きを命じます。なお、本人の希望があれば、今すぐ次の人生への転生も認められます。……どうしますか?」
「お待ちください、閻魔様。それは貴方の正義に基づいた裁定ですか?」
「その通りよ。少なくとも天国行きを許可する理由が何も無い」
「承知しました」
「ちょっと待てよ!! 俺は犯罪も何もしてねーぞ!! 事故死じゃねーか! ずっと引きこもって辛い思いしてきたのに、何で地獄に行かなきゃならねーんだよ!! ふざけんなこんなの認められるか!!」
「だから、今すぐ転生しても良いって言ってんのよ。地獄行きよりマシじゃないの?」
「知るかよ!! 俺は天国に行きたいんだよ!! 理不尽だろこんなの!」
 喚き必死な形相の籠原とは対照的に、佳奈美の表情は冷め切っている。
「最悪、本当に事故死なら、もう少し考える事もあっただろうけど、窒息おな……にーとかって、結局自殺と一緒でしょ? 自殺した人は基本地獄行きだから」
 残念ね、と、佳奈美は言う。
「そんなの知ったことかよっ!! 自殺じゃねーよ、たかがオナニーしてただけじゃねーかよ!!」
「それで失敗して自滅したんでしょ。敢えて聞くけど、もしあなたが閻魔をやってたとして、目の前にいるオナニーやりすぎて死んだ40手前のキモいヒキニーに、笑顔で天国行けって言う?」
「ッ……!! うっせえよ!!」
「自分でも分かってるじゃない。どうすんの? あとがつかえてるからさっさと決めて」
「うるせえ決められるかよ!! どっちも嫌に決まってんだろうがクソが!!」
「だからあたしが地獄行きって決めてあげてんじゃん、それが嫌なら自分で決めろ」
「……転生だよ! 地獄よりかはマシだよ!!」
「そう。では、あなたに新しい命を与えます。次もより良い人生となる様、頑張って来てください」
「くそっ! 冗談じゃねえこんなクソ人生!!! 呪ってやる!!」
 籠原の台詞と共に、彼の体はふっと消えた。
「……その人生を良くも悪くするのも、あなた自身でしょうが」
 そんな佳奈美の呟きに、
「その言葉は遅いです、閻魔様」
 送る前に語るべきです、と書記官は言った。しかし佳奈美はふんと鼻を鳴らしながら言う。
「あたしが言わなくても、あの人は自分で分かってるでしょ。引きこもりは自分が一番辛いんだから」
 それに考える時間はいっぱいあっただろうからね、と、彼女は続けた。

佳奈美と書記官

「閻魔様。彼は次の人生をより良いものに出来ると思われますか?」
「出来るも出来ないも、自分自身で決めていくしか無いんじゃないの?」
 いちいち他人の来世まで面倒みきれるわけないだろう。あたしは今の、自分自身の仕事でいっぱいいっぱいだ。佳奈美はため息をつく。
「次の被告人が三途の川を渡りました。準備を願います、閻魔様」
「分かったわよ……」
 佳奈美はひとつ深呼吸すると、意識を次の審判に向けた。

Intermission:01

「……それであなた、そんな人生、自分で誇ってるって言えるの?」
「無理っすかねぇ?」
「無理でしょ。……まぁだからといって地獄に行くほどでも無いし、もう一回人間やってくれば?」
「そうっすかねぇ?」
「自分で決めなさいよ。自分の人生でしょ」
「人生、もう終わったんじゃないっすかねぇ?」
「これからの、でしょ。空気読みなさいよ」
「やっぱ空気、読めて無いっすかねぇ?」
「読めてたら天国行きだったんじゃないの?」
「そうっすかねぇ?」
「そうでしょ、きっと。で、どーすんの?」
「どうしましょうかねぇ?」
「取りあえず、地獄行きたい?」
「それだけはマジ勘弁っす」
「じゃあ生まれ変わりね。もう決めたから」
「……うっす」
「では、あなたに新しい命を与えます。次もより良い人生となる様、頑張って来てください」
「うっす」

 佳奈美はもう何百人目か、それとも千人を超えたか、被告人に閻魔の裁定を下していた。
「まったく、自分のことくらい自分でさっさと決めなさいよ……」
 既に被告人は転生のために消滅しており、閻魔の法廷には彼女の他に、顔なじみの書記官しかいない。
 次の審判までにはどのくらいの休憩時間があるのだろうか。閻魔バイトを初めて以来、実は脳も体も疲れ知らずの佳奈美ではあったが、生前の習慣がそうさせるのか、ひと作業後にはいつもため息と共に愚痴が出る。
「次の人生の方向性を指し示すのも、閻魔様に与えられた大切な業務となります」
 そんな佳奈美のどうでもいい愚痴に、書記官はいつも愚直に返事を返してくる。
「いつもしっかりやってるじゃない……」
「そうですか」
 何か言いたいことがあるならさっさと言えや!と、佳奈美は思うも、彼女は黙っておいた。だいたい思った瞬間に勝手に返事を返してくる連中だ。何も言わないと言うことは、これで良いということなのだ。たぶん。
「佳奈美さんは、だいぶ閻魔の業務に慣れたようですね?」
「ッ……!?」
 もう何年ぶりだろうか。時間の感覚が良く分からない閻魔バイトのおかげで、自分が閻魔をやらされるようになってからどのくらいの時が過ぎたのか全く見当も付かないが、しかし佳奈美にとって、この声だけは忘れるわけにはいかないものだった。
 なんせ、自分に地獄行きをちらつかせて、こんなブラックな仕事を押しつけた張本人のものだからだ。
「性悪チビ……」
「何か言いましたか?」
「いや、なにも!!」
 きゅっと自分の首を手で覆いながら、佳奈美は声のした方を向く。
 案の定、そこには佳奈美が閻魔バイトをやらされる元凶となった、昏い目をした小柄な少女が立っていた。
「お久しぶりですね? 佳奈美さん」
「……そうね、もうどれくらい時間が経ったかよくわかんないけど、あなたのことは忘れてないわよ」
「覚えて頂いていて、ありがとうございます。そういえば私、自己紹介をちゃんとしていませんでした」
 だから性悪チビなんて呼び方されちゃうんですね?と、少女はニヤリと意地の悪そうな笑みを浮かべる。
「ひぃっ!?」
 佳奈美はもう一度自分の首を押さえるも、
「私は生前は純奈(あやな)という名前でした。よろしければ、覚えてくださいね?」
 自らを純奈と名乗った少女は、そんな佳奈美を昏い笑顔のまま見やるだけだ。 「あ、わ、わかった、純奈さんね、ちゃんと覚えたから……!」
「別に首を絞めたりしませんよ?」
 そんな純奈の言葉に、佳奈美はへへへ、と笑いながら手を下ろすも、
「そんな事せずに今すぐに地獄に堕とせますし?」
「ひぃぃっ!!」
 佳奈美は頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。
「冗談ですよ?」
 お前の顔はちっとも冗談に見えないんだ次から自分のツラを鏡で見て出直せ!と、佳奈美は思いかけたが、すんでの所で思いとどまることが出来た。思ったが最後、次の瞬間に地獄行きである。間違い無い。
 そして「思いとどまる」という言葉の使い方はこれで合っているのか?と、こんな時につまらぬ疑問をいちいち考える、自分の集中力の無さにちょっと嫌気がさした佳奈美であった。
「多分違うと思いますが。それと、私はちゃんと自分の顔くらい見て、皆様に失礼のない様に身支度を調えておりますので、ご心配なく?」
「ひぃぃぃっ!!!」
 三度、法廷に佳奈美の悲鳴が響いた。

しゃがみ込む佳奈美

「ところで実際どうです? 閻魔の仕事は?」
 なんとか立ち上がった佳奈美の顔を見上げながら、純奈はそんな事を言う。
 やっぱりこいつは背が低いなぁと佳奈美は改めて思うも、首をプルプル振って雑念を頭から追い出す。また何を言われるか分かったもんじゃ無いからだ。
「……どうも何も……自分じゃソツなくこなしてると思うけど?」
「そうですか? ちなみに今までで何人裁定を下したか、覚えていらっしゃいます?」
「え、いや、もう数えてないから分かんないけど……」
 多分数百人はいってると思うけど……と、何をされるか分からない恐怖にビクビクしながら、佳奈美はボソボソ答えた。
「そうですね、先程の方で1384人です。もちろん数を数えていなければならないなんて決まりはありませんので、そんなに恐縮されることはありませんよ?」
 違いますー! あんたに地獄に堕とされるのが怖くてビビってんですーっ!!と思いたくなったが、佳奈美は慌てて頭の中を空っぽにした。
「そんな素直な佳奈美さんに質問ですが、先程転生された方、どんな人でした?」
「はぁ? そんなのあたしに聞かなくても分かるでしょ?」
 この性悪……純奈さんだって、閻魔帳データベースを見れば分かるでしょ?と、佳奈美は思うも、取りあえず純奈の問いに素直に答えることにした。
「さっきの人の名前は下高泰宏(しもたか やすひろ)48歳独身サラリーマン死因は過労死、社畜し過ぎて死んだっぽい」
「そうですね、なんで社畜してたんです?」
「はぁ?」
 えっと、データベースデータベース、と……などと佳奈美が呟きながら手持ちのタブレットを操作しようとした途端、その電源が勝手に落ちてしまった。
「……電源落とされたら調べられないんですけど?」
「なぜ、今調べないとならないんです?」
「はぁ!? あんたに言われたからでしょーが!」
 何言ってんだこの性悪チビ! と佳奈美は思ったが、どうやら彼女はそのNGワードに気が付いていない。
「もう一度問います。なぜ今調べているんですか?」
「えっと………」
「なぜそんな事も知らずにその人の審判を下せるんでしょう?」
「………」
「彼はなんで独身だったんです?」
「し、仕事に忙しくて……」
「違います。アニメ好きが高じて現実の女性に興味無かったらしいですよ?」
「うあ、マジ引く……」
「で、彼はずっと貴方にどうすれば良いか聞いていましたが、何でそんな物言いだったんです?」
「えっ……えっと、だからアニメばっかり見てて人生経験足りないから判断出来なかったとか?」
「違います。過干渉なご両親に育てられたために、自分で判断するのが苦手だったようですよ? ただし、職場では優秀な現場のリーダーとして働いていたそうですね?」
「えーっと、そう、なんだ?」
「彼はどうして天国に行けなかったんです?」
「あ、えーっと、だから、独身で子供もいなかったし、立派な功績を残したわけじゃないし、自分自身で人生を誇ってなかったし……」
「それは天国に行く為に必要な要件ですか?」
「え……? えーっと、別にそういう要件とかは無かったと思うけど……」
「ではなぜ独身だった、立派な功績を残さなかった、自分自身で人生を誇らなかったから天国行きを否定したんです?」
「いや……だから、何の結果も出してない平凡な人生だったから……」
「平凡だと天国には行けないんですか?」
「いや、そういうわけじゃないだろうけど……」
 フフフ。純奈がまた意地の悪い笑みを浮かべる。
「佳奈美さん。貴方は私と比べて大変頭が良いので、被告人のプロフィールをぱっと見ただけで大体のところは理解されるのでしょう」
「……いや、褒めても何も出ないけど……?」
 佳奈美は何かの嫌味か?と身構える。
「事実ですよ? 私は佳奈美さんが着ていた制服に憧れていたのですが、自分の学力では全く太刀打ち出来なくて悔しい思いをしておりました」
「は? 制服??」
「いえ、これは失言でしたね。忘れてください。……佳奈美さんは記憶力、思考力共に大変高いです。これは事実です。だからこそ、様々な事象の表面のみを見て判断してしまう事も多いでしょう」
「えーっと?」
「率直に申し上げましょうか? 審判が雑で、到底評価できない、ということです」
「!?」
 いきなりのだめ出しの上にリストラか!? と、佳奈美から血の気が失せる。
「うぁ、で、でも、あたし一生懸命やってるし! さっき1300人くらい審判したって言ってたし……その、何でよ!!」
「確かに、致命的な審判の誤りは今までありませんでした」
「だったら良いじゃない! 十分でしょ、だいたい天国地獄転生って3つから選ぶだけじゃない! あたしだって真面目に考えて判断してるわよ!」
「ええ、別にふざけているとは申しておりませんよ? 雑、と申しております」
「雑……?」
「それに、閻魔の職務はその後の人生を決めるだけではありません。佳奈美さん、貴方は書記官に教わったはずです。閻魔の言葉は次の人生において抗いがたいその人の正義になると。それに、審判をするにあたり、被告人からよく聞き、よく考え、より良い裁定をくだせ、と」
「………」
「佳奈美さん、さっきの審判……それだけじゃ無いですけど、貴方は被告人の次の人生の指標や正義を申し伝えていますか? そして、彼らの話をよく聞いていますか?」
「……………」
「何も言えませんね? ですよね、貴方は被告人の上っ面だけ見て身勝手な判断をして、被告人のことを何も理解せずに審判を下していましたよね? 閻魔庁では全ての審判において、閻魔の職務の評価を行っています。自分にいい成績が出ていると思いますか?」
「……少なくとも、間違った判断はしていない、つもり、だもん」
「閻魔の仕事を、つもり、如きで行える程甘いものだと思っているんですね?」
「いや、そういうことじゃなくって……!」
「佳奈美さん。貴方の今の成績は±100点中、−89点です。このままでは、まもなく自動的に地獄行きですよ?」
「ひぃっ!?」
「自分で何人も地獄行きを宣言しておいて、自ら地獄行きを言われたらその狼狽えようですか? 恥を知るべきですね」
「……だったら、天国行きを増やせば良いっていうの!?」
「違います。毎回の審判に全身全霊を込めろと言っているのです」
「そんな毎回とか……仕事だってぶっ通しじゃない、休みもありゃしないのに、そんなに根詰めて出来るわけ無いじゃない!」
「疲れますか? そういう機能はありませんが。貴方だって気が付いているでしょう? 我々にはそんな人間じみた感覚なんて初めから付いていません。なんなら1億年だって連続で審判しても、一切疲れることはありませんし、精神が摩耗する事も無いのです」
「そりゃそうだろうけど! でもこっちにだって気持ちってもんが……」
「それは貴方が人間だった頃の習慣の残滓がこびりついているだけで、貴方自身が勝手に思い込んでるだけのものです。もう消しても良い頃ですよ?」
 それとも地獄でゆっくり何万年もかけて疲れを癒やしますか? と、純奈が昏い笑みを浮かべる。
「わ、分かったわよ!! 一生懸命やればいいんでしょ!?」
「分かってないようですね?」
「分かってるってば!!!」
「もう一度、書記官にどうすれば良いか聞きてくださいね? そして彼の言うことを魂の底から理解出来るまで何度も反芻してくださいね?」
「分かったわよ……」 
「佳奈美さん。最後に1つだけ。私のことは性悪チビと侮って貰っても全く構いません。でも、閻魔の仕事だけは決して侮らないでくださいね?」
 純奈はそう言うと、佳奈美の返答も聞かずに閻魔の法廷から出て行った。
「何なのよ、あいつ……」
「忠告されに来られたのでしょう」
 今までずっとだんまりを決め込んでいた、書記官が佳奈美の愚痴に答える。
「あたし、どうすれば良いの?」
「先程、純奈殿が仰っていた通りです。被告人からよく聞き、よく考え、より良い裁定を下すこと。そして、被告人の次の人生の道しるべとなるべき言葉を、相手が納得するまで贈ることです」
「……あたしは、それが出来ていないと?」
「出来ておりません」
「……そっか、あたし、ダメな閻魔だったんだ」
 最初は、今更失うものなんて無いなどと調子の良いことを言っていたが、実際は0点どころか、採点がマイナスになるまで落ち込んでいたのだ。あの性悪チビが言うとおり、このままでは閻魔をクビになってその瞬間に地獄行きだ。そしてその時は多分直前まで迫っている。佳奈美は改めて自分の置かれた状況を理解した。
「閻魔様。今から体感時間で24時間ほど閻魔業務より離れて頂きます」
「うそ!? もうクビで地獄行きなのあたし!?!?」
 何が直前だ早速クビになったじゃねーかと、佳奈美はパニックに陥った。
「違います、閻魔様。自省のお時間をご用意致します」
「つまり24時間以内に自分で死ねば許してくれると!?」
「違います。貴方は既に死んでいる」
 なんかどこかで聞いたことあるような台詞を吐かれたぞ、と、また無駄な事を考えた自分に佳奈美は腹を立てる。いや、このあとおなかが立つのでは無く“ぴーぷー!”とかいう効果音と共にはじけ飛ぶんだっけ? 佳奈美のパニックは続行中である。
「閻魔様には休暇を取って頂き、その間に今後の閻魔業務について深く考えて頂きたい、という事です」
「は? 要は1日くれてやるから死ぬ気で反省しろってこと?」
「大体そのようなものです、閻魔様」
 どうやら今すぐブチ殺されるわけではない事は理解出来たので(そもそも死んでいるわけだが)、佳奈美はようやくパニックから脱した。
「業務開始時にお呼びしますので、それまでは事務所おくつろぎください」
 事務所なんぞでのんびりできるわけねーだろうと思うも、よくよく思い出してみれば、そもそも性悪チビに閻魔を押しつけられて以来24時間365日閻魔バイトをやり続けているので、自分の部屋などというものが全く無かった!と、佳奈美は今更そんな衝撃的事実を思い知った。
 どんだけブラックな職場かよ……過労死すらさせて貰えない。むしろこれって、既に地獄の調整の1パターンなんじゃね?と、佳奈美は自分の境遇に疑問を覚える。
「違います、閻魔様。地獄の調整には全神経に対する受容範囲を超えた苦痛が常時加えられますので、今の自分の状況を認識出来るほどの思考力は持ち得ません」
 だから人の心を勝手に読むな!と佳奈美は苛つくも、つくづく地獄には行くもんじゃねーなと改めて心に誓った。
「じゃあ、休憩はいりまーす」
 そういえば事務所に入ったのも、前にこの先のロッカー室で着替えをしたとき以来じゃん、と、佳奈美は部屋の様子をじっくり伺う。
 オフィスデスクや雑多な事務機が並ぶ部屋であったが、他の人間?は誰もいない。応接セットも無いから、ソファーにごろんと寝転がるのも出来なそうだ。仮眠室とかあるのかも知れないが、実際全く眠気も疲労感も無いので、特に寝転がる必要性は感じられなかった。
 佳奈美は取りあえず近くにあった椅子に座って、先程純奈や書記官に言われた事を思い出し、自分の今までの審判を省みた。

机に突っ伏す佳奈美

Case:06 鈴木多枝子の場合

「我が名はセイントの騎士、カランドリエ・サー・ビューゲルアイゼン! 閻魔に召喚され今ここに見参……!」
「………っ」
 また変なのが来やがった。反省開けでいきなりこれかよ、何の嫌がらせだよ思うところがあればはっきり言いやがれ! 佳奈美は素で苛ついて書記官を睨む。
「これもまた被告人の魂の有り様の一つです、閻魔様」
 それ言ってたら何でも納得すると思うな!! 佳奈美は余計に苛つくも、ため息一つ付いて色々諦めた。
 というか。
「………。あの、名前が濃すぎて全然頭に入ってこないんだけど?」
「だから、我が名はセイントの騎士、カランドリエ・サー・ビューゲルアイゼン! くっ! ここは霊圧が高すぎて、今まさに我が右目に封印された暗黒竜が復活しようとしている!!」
 ゴスロリで武装した女子……にしてはちょっと妙齢過ぎる気もしなくも無い女が、お約束の眼帯を押さえて何か喚いている。

中二炸裂の多枝子

「あの。その一生懸命考えただろうイタイ名前だけどさ……」
「イタイとか言うな小娘!」
「あぁんっ!? 閻魔に向かって小娘と?」
「ひぃぃっ! すみませんイキってましたマジ許してください……」
 すぐ謝るほど根性入ってなければ最初からイキがるな、と思うも、佳奈美は審判?を続ける。
「……あなたのその名前、どういう意味?」
「意味!? ふはははは! 我が名の意味を問うたか小娘……いや、閻魔様」
「……続けて」
「意味、えっと……取りあえず格好いいかなーって」
「色々言葉の使い方が間違ってるから皆まで言わないけど……カランドリエってフランス語でカレンダー、ビューゲルアイゼンってドイツ語でアイロンって意味。なに、あなたカレンダーをアイロン掛けする聖戦士なの? ずいぶん特殊な職業だったのね」
 大体どこの人よ、言語すらバラバラじゃん……と、佳奈美はぼやく。
「アイロン!? カレンダー!?!?」
 顔面蒼白になったカランドリエ・サー・ビューゲルアイゼンが、膝から崩れ落ちた。
「そんな、格好いい語呂だったからもっとステキな意味があると思っていたのに……!」
「ちなみにサーは英語で男性に付ける尊称。あなたそんな格好して、自分が男とでも思っていたの?」
 見てくれはそれなりに美人なのに残念ねーと、佳奈美は何とも言えない目でカランドリエ以下略を見やる。
「ひぃぃぃぃっ!」
 追い打ちを掛けられ、カランドリエ以下略は床に突っ伏して泣き始めた。
「うぇぇぇぇ〜〜 はずかしい〜〜〜っ!!!!!」
 ああ、こんなんでも一応恥ずかしいって感覚は持っていたのね、と、佳奈美はまだ言葉が通じそうな部分があって一安心だった。
「で、カランドリエ・サー・ビューゲルアイゼンさんは……」
「すみませんもうその名前で呼ばないで……! えっと、確かネタ帳にセカンドネームがいくつかあったから……あの〜、今から自室の寝床に隠してたネタ帳持ってきて良いですか?」
「無理。それにそのネタ帳、既にあなたのご両親が発見して、号泣しながら見ていたみたい」
「ぎゃあああああああああっ!!!!!」
「一体どういう意味で泣いてたのかねぇ……」
「やーめーてーっ!! もう死ぬ! 殺して!! もう無理、死んでやる〜〜〜〜ッ!!!!!」
「だからもう死んでるんだって……。あ、そういえばどうやって死んだか覚えてる?」
「!? 何ヤダ私、転生しているの!?」
「まだよ」
「えっ!? でも、次の人生はチート属性たくさん付けて貰って、田舎の町で無双したい放題が良いんだけど……」
「知るか。あなたが今まで生きてきた世界にそのまま送りつけるだけよ」
「いや、それだと転生した意味が……」
「だから転生してないって。死んだだけよ。えーっと、野外のコスプレ会場で熱中症にやられてゲロを喉につまらせて死んだらしいわね」
 そういえば吐瀉物で窒息する奴が多いなぁと佳奈美は思う。そういえば自分も似た様なもんだったし、え? なに、あたしってゲロ死専門の閻魔なの? 佳奈美はちょっと悲しくなった。
「ゲロまみれで尽きた我が命……! なんてこと、前世で共に暗黒竜を倒そうと誓ったカセグレン・クレチアン姫との約束が……!」
「あなた一体どれくらい設定重ねてるのよ……もう意味が分からない」
 オタクもここまで極まると芸術的ねぇ、と、佳奈美はまたため息をついた。
「じゃあ、取りあえず審判を始めるけど……なんか転生したいらしいし、チート無しでもう一度人間やるって事でいいかな?」
「閻魔様」
 書記官が何か言い出したが、佳奈美は手で制す。
「分かってるわよ。冗談よ。では、被告人のプロフィールを確認してください」
「承知しました。それでは、被告人のプロフィール確認を始めます」
 書記官の声と共に、カランドリエ以下略の目の前に浄玻璃鏡が表示される。
「ふおおっ! 何これ未来の技術が……! これどんな原理なんだろ!? この空間投影どうやってんですか!?」
 なんかいきなり目を輝かせたカランドリエ以下略が問うてくる。
「いや、あたしもよくわかんないから……取りあえず未来の技術ってことにしておいてください……」
「続けます。生前の名前は鈴木多枝子(すずき たえこ)、享年26歳。22歳で大手民間企業に入社後、エンジニアとして従事。趣味ではカランドリエ・サー・ビューゲルアイゼンと称して全国のコスプレ会場を行脚。一時期露出が多すぎて警察に書類送検される。生活態度はやや自堕落。職場と実家の往復がほとんどで、家に居るときはコスプレをするか酒を飲むかのどちらかであった。家族構成は独身、両親は健在。……被告人、相違ないか?」
「すみませんもう趣味の名前は呼ばないで頂けましたら……」
「ああ、じゃあ多枝子さんね」
「その名前で私を呼ぶな下郎!!」
「あぁん!? 閻魔を下郎呼ばわりと?」
「ひぃぃっ! すみませんマジイキってましたもうこのような事は二度と……!」
「……で、おタエさん」
「なんてむごい呼び方を!?」
「折角ご両親が付けてくれた名前でしょうに……」
 うぜえ……佳奈美の頭の中はその感想で一杯になった。
「えーっと……取りあえずいくつか質問させて貰うけど。なんでそんな死んでまでコスプレするほどのめり込んでたの?」
「はい? 確かにコスプレ中に死んだようだけど、さすがに命がけでやるほどのパッションは無かったんだけど……?」
「いや、言い方が悪かったわ。ここに来た時にその人がしてる格好って、その人の魂が一番しっくりくる格好で来るのね。例えば仕事命だった人は仕事着で。引きこもりは下着姿で。頓着無かった人は生前一番良くしていた服装で。あなたはその格好でここにいるって事は、ゴスロリが人生で一番大切なことだったってね」
「何かそう聞くと、私の人生相当アレの様だけど?」
「どうせその辺のコスプレ会場で尻やパンツ丸出して歩いていた干物女だったんでしょ? アレもいいところよ」
「そんな破廉恥なマネしてないからっ!」
「ケーサツにとっ捕まったくせに何を言ってるのよ……」
「それは周りにいた連中が私よりももっと酷い格好してて〜〜」
 毛ェ剃れば分かんないとか言って股間丸出しで歩いてたバカも居てですね?とか多枝子は言っているが、佳奈美は無視する。
「同じ穴の狢よ」
「なんて理解の無い! 人の趣味とか認めるのが多様性って言ってですね?」
「知るかそんなもん。少なくとも自分に害が無ければスルーする程度で良いのよ、他人の趣味嗜好なんて」
 いちいち理解してたらそれだけで人生終わるわと、佳奈美は自分の人生の短さを棚に上げて愚痴を垂れる。
「えーっと、だから改めて聞くけど、何でそんなイタイ名前付けてイタイ格好してイタイ台詞吐いてたの?」
「いちいちイタイとか言わないでください〜〜」
「それ以外に何て言えば良いのよ?」
「くっくっく……我が身振り身ごなしを正確に語れるほど、人類共の言語能力は進んではおらぬわ!」
 ばちこ〜ん☆!そんな効果音が聞こえてきそうな身ごなしである。
「そーね、そこまで待ってたら人類滅びてるわ」
 くそうっぜぇ、と、佳奈美は思う。
「え〜〜、ちょっとノリが悪くない? 閻魔ちゃん」
「いきなりちゃん付けかよ……」
「だってあなた私より若いでしょ? 私の方がおねーちゃんだし!」
 そりゃそうだ。あたし花のJK、向こうは一応社会人。まあ事実だからちゃん付けで良かろう。佳奈美は細かいことを気にしない様にした。
「で、三度聞くけど、おタエおねーちゃんはなんでそんなイタイ事してたの?」
「ぐっ……姪っ子に言われてたその呪われし呼び名をまたここで聞くとは……!」
「良いからさっさと答えろ。今すぐ地獄に堕とすぞ」
「いやすみませんマジ勘弁してください……えっと、まぁ、閻魔ちゃんが言ってるそのおタエちゃんって名前で色々と厳しい思いをしてですね? いじられたり、イジメっぽいコトされたりで……それで自分を変えたいというか、生まれ変わりたいというか、取りあえず別の人生見つけたいって言うか、そんな感じでSNS見てたら、前世共に暗黒竜に戦いを挑んで非業の死を遂げた魂の友を見つけてですね?」
 最初はマトモっぽかったのに、早速訳分かんねーこと言い出したぞと、佳奈美はちょっとウンザリした。
「それが何だっけ、カセグレン・アンドロメダ姫だっけ?」
「貴様姫の名前を違えるとは万死に値するわっ!!」
「やかましいもう死んでるっつーの」
 てゆーか閻魔ちゃんを貴様呼ばわりと? と、佳奈美はすごむ。
「すみません言葉のあやで少々勘違いをさせてしまったようで……」
 しかしこの多枝子のたまに出る会社員のような口調は何なんだろうか?と、佳奈美は呆れかえる。果たしてどっちが彼女の本質か。まぁ両方だろうけど。
「……続けて」
「はい……で、カセグレン・クレチアン姫と出会ってお互いの魂の交わりを確認してですね、その後来世には必ず光の騎士として生まれ変わって、銀河を飲み込まんとする暗黒竜を倒しこの世界の平和を我々で築く為の前段階として、我が魂を高次元にアセンションさせるために魂の浄化と、ブライシュティフトシュピッツァー騎士団結成のために我ら聖騎士との魂の交わりがある物を聖別する為に全国各地で光の騎士の格好をして、魂のレゾナンスを測定して回っていたのですが」
「はいはいおタエねーちゃんちょっと待ってねー」
 タブレットで単語を調べつつ、苦虫をかみつぶしたような顔の佳奈美が多枝子の台詞を止める。
「貴様聖騎士団結成の伝承を愚弄するとは万死に」
「うるさい黙れ」
「すみません今後はこのような事がないように……」
「それももういい。……えっと、まずおタエねーちゃんはセイントの騎士じゃなかったっけ? 何で途中から光の騎士とか聖騎士になったの?」
「あ、セイントの騎士は私の魂の血液型から割り出したジョブネームでして、光の騎士はその職業名と思って頂けましたら幸いです」
 ……ジョブネームと職業名って何が違うんだ?と、佳奈美には意味がさっぱり分からない。それに魂に血液型ってあるのだろうか?
「……あと、ブライシュティフトシュピッツァー騎士団って何?」
「それは我が銀河を喰らわんとする暗黒竜を倒すために来来世くらいに結成される、全国の光の騎士によって結成される騎士団の事です! 選りすぐりの超絶技を持った美女聖剣士ばかりで構成される、銀河一凄い騎士団です!」
「なるほど〜! ちなみにブライシュティフトシュピッツァーってドイツ語で鉛筆削りの事ね。そっかー、鉛筆削るのが超上手い騎士さん達を集めるのね。ステキ〜(棒読み)」
「ぎゃあああああああああっ!!!!!」
 多枝子は再び膝から崩れ落ちた。
「鉛筆! 鉛筆削り、だと!?」
「………一体どこのバカがその名前考えたの?」
「私ですぅ……」
「設定、舐めんな」
「一回死んで来ます……」
「もう死んでるって。まだカセグレン・クレチアン姫の方がマトモねぇ」
「それってどういう意味?」
「いや、カセグレンもクレチアンも、反射式望遠鏡の形式の名前だから。その姫は星とか好きなんでしょうねぇ」
「はい、プラネタリウムの解説員です〜」
「ああ、本職か」
 まぁ鉛筆削りも刃物の一種かも知れないから、剣を持ってる騎士団の名前としては悪くは無いのかもねぇ、などと佳奈美は思ったが、言わない。やっぱり鉛筆削り騎士団は何かがおかしい。
「で、おタエねーちゃんはその姫と一緒にあちこちで猥褻なコスプレしていたのね」
「だから私は猥褻物になる様な格好はしてないと…!」
「ところで姫の本名って知ってる?」
「本名!? それは我らが魂に刻みつけられたソウルネームの事!?」
「住民票に書いてる方よ……」
 こいつマジクソうっぜーと思ったが、佳奈美は我慢した。
「えーと、そういえば聞いてなかったっけ……」
「聞いてないんじゃ無くて、教えて貰えなかったんでしょ」
「それってどういう?」
「おタエねーちゃんは姫のこと魂の友達〜みたいなこと言ってるけど、向こうはどう思ってたんでしょうね?」
「もちろん我らは来世まで誓い合ったソウルメイトよ!」
「姫、今度結婚するんだけど、知ってた?」
「は!?」
 多枝子は素でびっくりしているようだ。
「知らなかったんだ。で、別の言い方をすると、教えて貰えなかったと」
「い、いや、でも! ほら閻魔ちゃん、私がもし死ななかったら、すぐに教えて貰えてたでしょ!?」
「いえ、教える気なんて全然なかったでしょ。だって姫、あなたと知り合う前から旦那と付き合ってたのよ?」
「……え?」
 ちょっと待ってよ……と、多枝子は自分の眼帯を握る。
「この眼帯だって、姫がくれたのに」
「ああ、別にだからといってあなたのことを騙そうとかそういうのでも無いし。単に気晴らしのコスプレ仲間だったんでしょうね」
「ちょっと待ってよそれってどういう!?」
「だからそのまんまだって。向こうは遊びの付き合いだったのよ。で、あなたが死んで、もうそれっきりコスプレとか全然やってないみたいね」
「何でそんなことが分かるのよ!」
 適当な事言ってたら許さないからっ!と叫ぶ多枝子に、佳奈美は冷たく言い放つ。
「閻魔帳にはそういうことが全部書かれているのよ」
 佳奈美がギャルピースを横に振ると、多枝子の前に新たなディスプレイが表示される。
 そこには姫がコスプレ衣装をゴミ袋に突っ込む様子が映し出されていた。
「彼女にしたら、せいせいしたって感じね」
「そんな……一緒に設定考えて……衣装だって二人で作ってたのに……」
「まぁ、あなたの趣味に付き合わされて面倒くさかったけど、あなたがいなくなってほっとしたって感じでしょうね」
「何でそんな事を言うのよ!!」
「おタエねーちゃん。ここは、閻魔の法廷は、そういうことをつまびらかにする場だからよ」
 だからって……!と、とうてい納得していない多枝子に佳奈美は声を掛けず、
「書記官さん、彼女の罪について説明してください」
 横に立つ書記官に命令を出す。
「承知しました、閻魔様。鈴木多枝子の今後を決める罪におきましては一点。他人の都合を考えずに行われた行動により、周りの人間に多大な負荷を掛けたことが挙げられます」
「そういうことよ」
 趣味も限度が過ぎると、他人には迷惑になるって事よ、と佳奈美は付け加えた。
「でも!! 姫だってあんなに楽しそうにしていたのに……!」
「そりゃ楽しく思ってたことだっていくつかはあったでしょうけど。でも、姫はあなたのおかげで結婚がだいぶ遅れたのよ?」
「どういうこと!?」
「空気読まない女友達に引っ張り回されて、一時期だいぶ彼氏とケンカしてたみたいだし。それに光の騎士は処女じゃなきゃとか抜かしてたんでしょ?」
「え、そりゃもちろん大切な設定で」
「姫はあなたと知り合う前から非処女だし。それに初体験は別の男で中学生の時だって。……ビッチねぇ」
 中学生でヤるかふつーとか、佳奈美は顔を赤くしてブツブツ言っている。
「そんな! 姫だってバージンだって言ってたもん!」
「……目の前にいる、押しの強すぎるウザい女が“自分処女っす!”とか鼻息荒くしながらキモいカミングアウトしてきたら、ウソでも話し合わせるでしょーが……」
「そんな言い方してない!」
「人とのコミュニケーションは、自分が何を言ったかじゃなくって、相手にどう思わせたかでしょ。姫にとっちゃ、あなたの存在はそういうのだったって事よ」
「酷いよ……! 何でそんな事言うの……」
 だったら私は何も出来無いじゃない……と泣き出す多枝子に、佳奈美は言う。
「別に趣味に走ることは悪いなんて一言も言ってないし、カレンダーにアイロン掛けしながら鉛筆削ってても良いけど」
「だからもうそれはやめて〜〜〜!!」
「うるさい聞け。あなた、そのイタイ趣味で他人に迷惑掛けた分、どれだけの人を逆に喜ばせたのかな?」
「え……?」
「まぁ、おタエねーちゃんそれなりに美人だから、何人かファンが居たみたいだし、それにパンツの写真いっぱい撮らせて貰って喜んでたしょーもない連中もそれなりに居た様だし。……それも正直どうかと思うけどねぇ、そんな奴があたしの法廷に来たら速攻で地獄に堕としてやるけど……そういう連中の夜のお楽しみのネタに使われたくらいには役に立ったって事なんでしょうねぇ」
「私の光の騎士の御姿が、カメコ共のズリネタに使われてたと!?」
「あなた女子なんだから、そういう単語を臆面もなく吐かないでよ……」
 こっちが恥ずかしい!と、下ネタに全く慣れない佳奈美は顔を赤らめる。
「そんなのやだぁ〜〜〜! そんな役目はビッチ臭い閻魔ちゃんがやるべきよ〜〜」
「あたしはビッチじゃ無い!!」
 なんでどいつもこいつもあたしをビッチというのだ!と、佳奈美は怒り上げる。
「え〜〜、だって閻魔ちゃんそんなエロい躰して、なんかもうクラスの男子の半分とヤったって感じじゃん!」
 おっぱいとか大きいし〜とか多枝子は言うが、
「ばっ!? む、胸とか関係無いし!!」
 火を噴くくらいに真っ赤になった顔の佳奈美は、自分の躰を抱きしめ涙目だ。

自分を抱きしめる佳奈美

「なになに閻魔ちゃん、もしかしてそんなナリして実は処女なの!?」
「悪かったわね!!」
「くっくっく……ウブな小娘よ、貴様もどうやら光の騎士の素質がある様だな……!」
「ねーわそんなもん!!」
 あと急にキャラ変えんなその前にそのキャラ光の騎士ではなく暗黒騎士じゃないの?と、佳奈美は律儀に突っ込んでおいた。
「これは私の右目に宿る暗黒竜の影響で魂の言語野に悪影響が出ているという設定で……」
「だからなんで光の騎士の目の中に暗黒竜が居るのよ……」
 そんな設定だと、あなた最後に鉛筆削り騎士団に殺される立場じゃないの?と思ったが、佳奈美はもう突っ込むのをやめた。どうせロクな設定では無い。
「じゃあ最後に聞くけど」
「え!? もう私判決言い渡されちゃうの!? まだ色々言い足りないのだけれど!! あの、やっぱり今からでも良いから、寝床のネタ帳持ってきても良い?」
「無理。あれは葬式に来た親類みんなに回し読みされて、終いには子供らの落書き帳になったから」
「ぎゃあああああああああっ!!!!!」
 多枝子は三度、膝から崩れ落ちた。
「なんてヒドい人生!! 私は死んでも恥をかいたというの……!!」
「自分で望んでそんな人生歩んだんでたんでしょーが」
 もういいから審判を進めさせてくれ、と、佳奈美は神に祈った。
「で、最後に聞くけど」
「ハイ……」
「あなた自分自身の人生の中で、一番嬉しかったことは何?」
「はい?」
「だから、一番嬉しかったこと。充実感があったことでも良いし、何でも良いけど」
「えっと……仕事のことなんだけど、私が開発したスマホに接続するデバイスがあって、それって結構たくさん売れたんだけど、それを私が作ったのも知らないで、親が喜んで使ってたのが嬉しかったなって。それが一番かどうかよくわかんないけど、でも、それを思い出した」
「なるほど。その製品、色んな雑誌とかWebのニュースで紹介されていたみたいね」
 革命的だなんて書かれてあるね、と、タブレットを見ながら佳奈美は付け加える。
「どうだか知らないけど……でも、作ってて楽しかったし、たくさん売れて良かったなって」
「その製品のおかげで、たくさんの人が幸せになっているね。で、どうしてそれを作ったの?」
「そりゃ仕事だからって話だけど……そういうことじゃ無いよね。まぁコスプレ仲間の愚痴とかを参考にしてたんだけど、やっぱり、どうせ作るなら、少しでも人の役にたつ物にしたいじゃない? いろいろ認証とか取るのが大変だったし、世の中のトレンドが分かってないジジイ共に稟議決済させるのは本当にキツかったけど、でも、私はこれが出来ればみんな笑顔になるのが分かってたから、がんばった」
「大したものね。そういえば書記官さんはエンジニアとして従事って言ってたけど、本職はIT系の研究員だったんだって?」
「うん、これでもリケジョですし、私!」
 なんでそういうITリテラシーに強そうな奴がワケの分からん騎士だのにうつつを抜かしていたのだろうかと、佳奈美には多枝子の人生が理解出来ない。
「さっき言ってたスマホの機械以外にも、たくさんの製品開発に従事したって閻魔帳データベースに書いてる。趣味じゃ相当アレだけど、会社では優秀な人だったみたいね」
「いえいえ、まだまだ若輩者ですので〜」
 そう謙遜する多枝子の笑顔は、とても柔らかいものであった。
「……分かりました」
 佳奈美の声と共に、多枝子の周りに表示されていた浄玻璃鏡が全て消える。
「多枝子さん、あなたは自分の趣味が高じてずいぶん他人に迷惑を掛けたけど、それを上回るほどの社会貢献もしてきました。それに趣味自体をどうこう言うつもりもありません。あなたは最後まで真摯に趣味を貫いたのだから、それもまた価値があることでしょう。誇って良いです。……ただ、あなたの人生の結果として、現状までの成果はどう思った? 満足? やりきりった感はある?」
「……足りません」
「物足りなさを感じてるよね?」
「仕事はやり残したプロジェクトはたくさんあったし、もっとたくさんの仲間とコスプレしたかった。もっと良い製品を開発出来る確信があった……」
「えーっとね、ほとんどの死者は皆、まだ生きていたかった、まだやりたいことがたくさんあったとか言うんだけどさ。けど、あなたはそういうのとは違うでしょ?」
「うん、なんかもう、自分の生前に未練とかは無いけど、でも、純粋に、役目を果たしてないまま、間違ってこっちに来ちゃった感じがする。責任を果たしてないというか、宿題を忘れたみたいな……」
「ということであれば、あなたがこれから選ぶ道は、自ずと分かるでしょ」
「……また人として生まれ変わって、やり残したことを、託されたことを、しっかり終わらせてきたいです」
「書記官さん。あたしは多枝子さんの思い通りにしてあげたいと思うけど」
「それは閻魔様が決めることです」
「決めた。……おタエねーちゃん。生まれ変わって、やり残してきたことをしっかり片付けて、またウザいドヤ顔でここに来てください。けど、くれぐれも他人を趣味に引き込むのはほどほどに。あなたが最初に言ってた多様性の意味を、しっかり調べてくださいね」
「うん、それって、転生って事でOK?」
「そう。チートは無いけどね」
「えー!! そこはオマケで何か付けてよ閻魔ちゃん!!」
「やかましい! まぁこれはあたしの根拠の無い直感だけど、おタエねーちゃんは来世も地頭良くて普通に無双出来そうな気がするわ。多分またダサい名前は付けられるだろうけど」
「なんて酷い呪いを!! それが閻魔のすることか!」
「親なんて選べないものでしょ。それが嫌なら地獄に行っとく?」
「すみません今後はこのような事が無いよう誠心誠意努めると共に」
「それももう良いから。じゃあ、つまんない事にめげないで、今度こそ納得いく人生を歩んでね。……それではあなたに新しい命を与えます。次もより良い人生となる様、頑張って来てください」
「ありがと、閻魔ちゃん! 行ってくるね!」
 多枝子の躰は強い光に包まれ、そして次の瞬間、閻魔の法廷から消滅した。
「彼女の霊格が上がりました。来世ではより多くの人を導く立場を課されることとなるでしょう」
「ふーん、それも大変だけど、頑張るしかないわね。自分で転生を望んだんだから」
 多枝子を見送った佳奈美は“それで今の審判て点数いくつ〜?”などと書記官に聞きたくなったが、すんでの所でグッとこらえた。
 あたしはいちいち良い点取るのが目的じゃない、ちゃんと閻魔バイトをやり抜いて、威張って天国行くのが目的だ。点数などは、そうやってれば勝手に付いてくるもんだ、と、佳奈美は自分自身を戒める。
 それと同時に、そんな自分自身を面倒くさい奴だなぁとも思ったが、どのみちそんな自分を上手く使えるのも自分だけなのだから、このまま突っ走ってやる!と、改めて決意した。
 そもそも、点数の事なんて気にしてたら、それだけで余計に点数が低くなるだろう。結局はあの性悪チビが言ってた様に、毎回気持ちを込めて審判するしかないのだ。
 それが天国への一番の近道なのだとで考えて、けどやっぱり、気分的には疲れるなぁと、佳奈美はいつも通りにため息をついた。

Case:07 ぽめの場合

「きゃふん」
 犬が来た。
「……あの」
 ついにゲロ死から格下げして犬かよ、何か言いたいことがあるならちゃんと言えよ、今更自分のことを100点満点のJK閻魔ちゃんとか思ってないけど、いい加減こっちだって反省通り越してヤサグレるっつーの! あぁん?
 佳奈美はギリギリと歯を食いしばりながら書記官を睨む。

ぽめ

「!?」
 しかしその睨まれた書記官も、なにやら動揺しているようで。
「……こ、これもまた魂の有り様です、閻魔様」
「もっとマシな言い訳は?」
「……申し訳ございません、何か手違いがあったようで」
「ハァ………。」
 佳奈美は思いっきりため息をついた。
「きゃうん?」
 そんな彼女の様子を、犬はクリクリとした瞳で見やる。
「ああ、そうね、別にあなたが悪いんじゃないからね……とか言っても、言葉わかるの?」
「平易な言葉でありましたら、理解出来るように設定されております。また、彼の言葉は私の方で翻訳いたします」
「前の宇宙人は自分で喋ってたじゃない……」
「犬の声帯構造は言葉を喋るようには出来ておりませんので」
「なるほど……」
 そういえば生前に見た死後の世界を扱った映画では、主人公らと一緒に死んだ犬は最後に人間の言葉を喋っていたなぁなどと思い出すも、所詮あれはフィクションだったのかと佳奈美は理解を深めることが出来た。
「頑張っても喋れない?」
「ひゃふっ」
 犬は返事はする物の、やはりそれは犬の鳴き声であった。
 佳奈美は改めて、目の前にちょこんと座る犬を見やる。たしかこいつはポメラニアンだったっけ? ぬいぐるみみたいなナリで、舌をたらんと垂らして笑ったような顔をしているやつだ。
「……で、あたし、犬の審判とかどうやれば良いか良く分かんないんだけど?」
「それは人間と同じです、閻魔様。あなたの正義に照らし合わせて、彼の魂を審判して下さい」
 なるほど、さっぱり分からん事だけはよく分かった。大体あたし、生前に犬とか飼ったこと無いからこいつらの事よくわかんないし? そんなんで犬の人生……犬生?を審判していいのだろうか、などと佳奈美は悩むも、しかしよくよく考えてみれば、今まで他人の人生なんて知りもしないのに審判はやっていたので、多分それと似た様なものなのだろうと、取りあえず自分に言い聞かせることにした。悩んでいても話は進まない。それに悩んでいても、犬の正義とか“思い出す”事も無いだろう。
「えーっと、じゃあ、貴方の生前の行いについて、裁きを行います」
「きゃふん」
 佳奈美に声に、犬は律儀に返事をしてくる。書記官が言っていたように、どうやら言葉は通じるようだ。
 そういえば、普通?だったら犬の審判は誰がやるんだ? やはり犬が閻魔としてやっているのだろうか? 佳奈美は自分と同じ様な格好をした犬がワンワン言いながら審判するのだろうかと想像したが、
「動物の審判も人間の閻魔が行います、閻魔様」
 いつも通りに佳奈美の心を勝手に読んだ書記官が突っ込みを入れてくる。
「なお、動物の場合は全ての魂に対して行われるのでは無く、霊格が高まり次の人生が人である事が望まれる場合や、多くの命を奪ったなどで罪が大きいもののみに行われます」
 なるほど〜、つまりこのポメラニアンはこんな可愛い顔をしながらも、何人もの人間を殺し回ったワルなのね、まったく犬は見かけによらないわ! と、佳奈美は素で感心する。
「それは違います、閻魔様」
 だからいちいち人の心を読むな! 佳奈美は常々そう思うも、たまに楽なこともあるので黙っておいた。
「じゃあ、被告人……被告犬?のプロフィールと死因の説明をしてください」
「承知しました」
 書記官の声と共に、ポメラニアンの前に浄玻璃鏡が表示される。
 システム的に自動で表示されるのだろうけど、こんな画面を犬に見せても何か分かるのか? と、佳奈美はちょっと疑問に思う。
「生前の名前はぽめ(オス)、享年5歳。民間のブリーダー宅で誕生後、ペットショップ経由で死亡時の飼い主に元に行く。生活態度は勤勉。家族構成は独り暮らしの飼い主と共であった。……被告人、相違ないか?」
「きゃうん!」
 ぽめはちゃんと返事をしているが、佳奈美にはそれがYESなのかNOなのかよく分からない。
「その通り、とのことであります、閻魔様」
 なるほどそうですか。
「ん? 享年5歳? 犬の平均寿命ってもっと長くなかったっけ?」
 佳奈美がタブレットでポメラニアンの寿命を調べると、およそ13年と出た。
「だいぶ若く死んだのね……」
 人間が若くして死ぬのは色々と理由があるが、大体は過労死か自殺が原因だ。ある意味自業自得とも言える。しかしペットが若く死ぬというのは、どうも良い予感がしない。まぁ結局死んだことには何一つ良い事は無いのだが。
 そんな佳奈美の心の動きを読んでか、書記官は説明を続ける。
「続けて死に至る行動を報告します。ぽめは飼い主が自宅で孤独死した後も、その遺体の傍らでずっと飼い主を守り続けました。しかし近隣住民による飼い主の死亡発見が遅れたため、食料の摂取が行えずに全身が衰弱。加えて水分の摂取も行えなかったことから生命維持活動が困難となり、多臓器不全により絶命。いわゆる餓死であります」
「……。」
 そして死因の中でも、とびっきり辛いのが出てきた。
 実際、佳奈美が審判した被告人でも、餓死で死んだ者は魂に変な負荷でも掛かったためか、人格がおかしくなっている者がほとんどであった。
「自分がおなかが減って辛くても、死んでしまった飼い主にずっと尽くしていたのね」
 そりゃ生まれ変わったら人間やる価値のある魂だ。しかし、すぐに生まれ変わって面倒くさい人間やらされる前に、いっときは天国に行っても良いんじゃないか? 何ならあたしが一緒に天国に連れて行ってやろう、今すぐに。佳奈美は本気でそう思った。
「動物の魂は天国行きは無く、転生か地獄行きのみです、閻魔様」
 それとあなたの付き添いは必要有りません、と、書記官は間髪入れずに突っ込んでくる。
「ちっ」
「きゃふ?」
「ああ、別にあなたに毒づいたわけじゃ無いから安心してね?」
 ぽめに引きつった笑顔を向ける佳奈美であった。
「きゃん!」
「了解、とのことであります、閻魔様」
「ハイハイ……えっと、じゃあ、死ぬ前に餓死だなんて地獄を思い知らされたんだから、もうこのまま転生で良いんじゃないの? いちおう罪は聞いておくけど、別に人を殺したとか無いだろうし」
「どのような生き方や死に方をしようとも、罪に対する審判は必要です、閻魔様」
 そりゃそうだ。ちょっと前までその辺テキトーにやっていたから、-89点の閻魔ちゃんが出来上がってしまったのだ。
「分かってるわよ。……被告犬の今後の罪について説明してください」
「ぽめの今後を決める罪におきましては一点。己の身勝手な正義感により、周りの人間や飼い主に多大な苦痛を与えたことが挙げられます」
「きゃふん……」
「ふぇ? それはどういうこと??」
 佳奈美は慌ててタブレットを操作し、その多大な苦痛とやらを調べる。
「えーっと……無駄吠えが多く、騒音トラブルが原因で飼い主と近隣住民との間に軋轢が生じ、飼い主の孤立化を誘発。結果として飼い主が病で倒れたときや死亡時の発見が遅れることとなった……」
 無駄吠えとはなんぞ。佳奈美はタブレットで調べる。
「元々ポメラニアンは無駄吠えが多くて、近隣住民とのトラブルになることもある、か……。確かにあなたみたいに甲高い声で四六時中キャンキャン鳴いていたら、周りからウザがられるわね……」
「ひゃふん」
「我は無駄になぞ吠えていない、と申しております、閻魔様」
 なるほど? 犬の分際で閻魔ちゃんに抗弁するか。是非とも理由を聞いてやろう。佳奈美は問いただす。
「あなたどんな時に鳴いてたの?」
「きゃうわん!」
「不遜な輩が主人に近づいたときや、主人が何か行動を起こそうとしたときに鳴いた、と申しております」
 “きゃうわん”のどこにそれだけの情報量があるのか甚だ疑問だが、今ここで情報理論に思いを馳せてもしょうがないので黙っておくことにした。
「彼の声ではなく、彼の魂からの情報を言語化しております」
 だから黙ってやってたんだからお前も黙っておけや!と佳奈美は思うも、やっぱり黙っておいた。たまに便利だし。
「えーっと、さっきはちょっと聞き方が悪かったのだけど、あなたはどういう事を考えて鳴いていたの?」
「ひゃうん!」
「主人の安全の為のみを考えていた。ヒトの体の事は良く分からないが、我が主人は犬の自分から見ても身体構造に障害があると考えられた。このため不遜の輩からの攻撃事象に対して、防御においてかなりのハンデが予想されることから、予備防衛として牽制を行った。加えて主人の自律行動時においても高頻度で危険が予想される事象があったことから、常に警報を発していた、と申しております、閻魔様」
「その堅苦しい言い方はどうにかならないの……」
「ご主人が心配だったワン、ではいかがでしょうか、閻魔様」
「ごめんなさい、元に戻して」
「承知しました」
 つまり、体が弱っていた主人が心配で心配で、何かある度、何かする度にずっと気を付けて気を付けてと叫び続けていたと言うことか。ところでワンって何だ、と佳奈美は思う。
「ちなみにあなたのご主人がよその人と話をしていたときとか、その人達が喋っていた内容は理解出来た?」
「きゃふっ」
「犬の身ではそれは叶わなかった、しかし主人が困っている事は何となく感じたので、不遜の輩を排除すべく全力を尽くした、と申しております」
 例えば、犬の鳴き声がやかましいとクレームを付けに来た近隣住人にもひたすら吠えまくったわけか。佳奈美はうなずく。
「あなたはさっきから不遜の輩と言っているけど、不遜じゃ無かった人は居た?」
「きゃん!」
「そんな者は居なかった、我と同等の忠義を尽くさぬ者は全て不遜であった、と申しております」
「なるほど……。所詮あなたは動物だった、って事ね」
「きゅん?」
「あなたにとってご主人は絶対的な忠義の対象だったのだろうけど、人間社会にはそれは通用しないの。あなたのご主人は人間の中では雑多にいる多くの人の1人に過ぎない。つまり、人間社会では特別何の価値も無いと言える」
「きゃうん!」
「それは違う、と申しております」
「分かってるわよ。でも聞きなさい。あなた自身の考え方は何一つ間違っていない。だからそれは誇って良い。でも、その考えを我々人間に押しつけることは絶対出来ない。なぜならそれが人間社会の最低限の礼儀でもあるし、あなたの主人は人間だからよ」
「ひゃうん?」
「なぜ主人に忠義を示すことを咎められるのか、理解出来ないと申しております」
「あなたのご主人は、他の人にとっては単なる1人の人間であって忠義の対象では無いからよ。あなた、他の犬の主人にも忠義を示すの?」
「ぴゃん!」
「我が主人は1人のみ、他にあらず、と申しております」
「あなたは、自分じゃ他の犬の主人に忠義を示さないクセに、他の犬やヒトにはそれを押しつけるのね。それっておかしくない?」
「きゃん!」
「我が主人は絶対的な存在であって他の輩とは格が違う、と申しております」
「だからその格はあなたにしか通用しないのよ。それを通用すると思っているのが、あなたの罪。つまり身勝手な正義感というヤツね」
「ひゃふん……」
「主人に忠義を尽くす思いを否定されるのが理解出来ない、と申しております」
「そこは否定していない。もう一度言うわ。あなたが忠義を尽くすご主人は、他人にとってはその対象では無い。それは、あなたが他の犬の主人に忠義を尽くさないことと一緒、という事よ」
「きゅん?」
「我は不遜の輩が我が主人に忠義を尽くすよう求めて来たが、これは当たり前の行為ではなかったのか? と申しております」
「ふん……」
 どうも根本的なところでコミュニケーションエラーが発生しているように思う佳奈美であった。多分このままでは会話が成り立たないし、ぽめの本当の気持ちを推し量ることも出来ない。それはつまり正しい裁定を下すことが出来無いと言うことだ。
 佳奈美は考える。
「……えーっと、あなたの言うその忠義って、具体的に何?」
「きゃん!」
「主人に尽くすこと、主人に付き従うこと、主人の身の安全を確保すること、と申しております」
「不遜の輩ってどういう意味? あなたのご主人に忠義を尽くさなかった、以外の意味はある?」
「ひゃうん」
「我が主人を困らせる様な行動をした者、と申しております」
「あなたのご主人は、何で困っていたの?」
「……きゅーん」
「犬の身では理解出来なかった、と申しております」
 ぽめの無駄吠えの原因は、この辺にある様な気がしてきた佳奈美である。
「あの、書記官さん、ぽめのご主人の事を調べるのはアリ?」
「彼女の閻魔の法廷での結果については極秘事項であるが故にこの場での発言を禁じますが、被告人の審判に必要と思われる生前の事項についてはその限りではございません」
 つまりはぽめと飼い主が一緒にいた頃の話はOKと、佳奈美は理解した。
 彼女は早速閻魔帳データベースでぽめの飼い主の事を調べる。
「えーっと、名前は晴子さん、享年89歳。結婚するも子宝には恵まれず、亭主の没後は独り暮らし。84歳で寂しさのあまり近所のペットショップで売れ残っていた犬を買い取り、死亡時まで共に過ごす。人付き合いが苦手で、行政や近隣住民からの援助にも応じず、晩年は部屋に閉じこもり、栄養失調により衰弱死する……か」
 さっきまでは、何となくぽめの鳴き声がうるさくて近隣住民とトラブルを起こして、その結果飼い主が周囲から孤立してしまったと思ってたけど……これはちょっと違うわね。佳奈美は声には出さず、飼い主の他の情報を頭に叩き込んでいく。
「ねぇ、ぽめ。もしあなたの言う不遜の輩が、あなたのご主人の生活を助けてくれるのだとしたら、それは不遜の輩なのかしら?」
「きゃふっ!」
「それは忠義であるので、不遜の輩ではなく友である、と申しております」
「では、その友を、あなたのご主人が自らの意思で拒絶していたとしたら、それは不遜の輩になるのかな?」
「………ひゃふ」
「それは違うだろう、と申しております」
「ご主人が、忠義を尽くすことを拒否していて、それでも忠義を尽くそうとすることは、主人に付き従うことじゃないよね」
「………きゅん」
「結果的に主人の意にそぐわない行動をしていた者は、不遜の輩となるだろう、と申しております」
「あなたのご主人が困っていた理由はね、だいたい7割くらいがあなたの鳴き声がうるさくて、そのクレームが来ていたこと。残りは、あなたのご主人の健康を心配して来てくれた人のことを、単に鬱陶しいと思っていた事よ」
「………ぎゃうん!!」
 ぽめの悲痛な悲鳴が、法廷に響いた。
「そういうこと。あなたは確かにご主人のことを思って色々やっていたのかも知れないけど、結果としてあなたはご主人にメチャクチャ迷惑掛けていたのね。それで、改めて問うけど」
 ここで、佳奈美は一旦言葉を切る。
 小刻みに震えるぽめが、佳奈美を見る。
「あなたは忠義だったの? そしてあなたが不遜の輩という人達は、皆不遜の輩だったの?」
「………………………………きゅん」
「我は忠義では無かった、と申しております」
「他の人は?」
「きゃうん」
「忠義の者もいた、と申しております」
「……分かりました。裁定を行います。被告人には、ヒトとしての転生を命じます。なお、本人の希望があれば、ヒト以外の動物への転生、または地獄行きも認められます。……どうしますか?」
「……きゃふん」
「我はどうすれば良いか分からない、と申しております」
「ぽめ。さっきは色々言ったけど、あなたは飼い主に最後まで添い遂げたという、ペットとしては十二分の行動をしました。それは忠義そのものです。あなたは自分の命を賭して忠義を尽くしたと、閻魔が認めます。誇って良いことです。それに、ペットの無駄吠えは飼い主に責任があります。あなたのご主人は、あなたに吠えさせないようにする義務がありましたが、それを履行しませんでした。また近所とのトラブルや行政と連携しなかったことについて、あなたは原因の1つではありましたが、責任はありません。その責任もまた、あなたのご主人のものです」
「きゃふっ!」
「我が主人を貶めるな、と申しております」
「うるさい聞け。あたしはあなたのご主人よりも偉いのよ」
「きゃん!」
「小娘が世迷い言を抜かすな、と申しております」
「あぁん? たかが5歳で死んだ奴が、17年生きたあたしに小娘とか言うな!」
「ひゃん!!」
「我の年齢は人間相当でおよそ35歳だ、と申しております」
「はぁ!?」
 佳奈美はタブレットをいじって閻魔帳データベースで調べる。
「うぐぐ、確かに小型犬の5歳は人間の35〜6歳と書いてあるわね……」
 犬にまでガキ扱いされるJK閻魔ってなんなんだろうと、佳奈美はちょっと悲しくなった。
「もうあたしのことはどーでもいいわよ、所詮あたしはJKの閻魔ちゃんよ。まぁそれはそれとして、閻魔のあたしが次は人間ヤレって言ってんのよ。いい年こいた大人だったら、その意味分かるよね?」
「きゃん」
「役目を尽くすのみ、と申しております」
「そーそー。あなたは忠義を果たせる一途な魂なのだから、次の人生も同じ様に頑張ってね。ただし、もう少し周りの状況も見て、引くところは引く器の大きさを見せなさい。人間の世界じゃ、自分の事だけ考えてる奴はクズ扱いされんのよ」
「きゃうん」
「小娘の態度を見て良く分かった、と申しております」
「あぁん!? てゆーか書記官さん、こいつ本当にそんな事言ってんの!?」
 翻訳にかこつけてさっきから人のことディスってね!? と疑う佳奈美に、書記官は、
「言い方を変えれば、反面教師にするワン、ではいかがでしょうか、閻魔様」
「……もういいから元に戻して」
「承知しました」
 だからワンって何だよと、佳奈美はつくづく疑問に思う。
「……あと、余計な事かも知れないけど。あなたの次の人生は、誰かに忠義を尽くすだけでは無くて、自分自身に対しても責任が発生するのだからね。人のことより、まずは自分自身が人としてしっかり生きられるようにしなさい」
「きゃん!」
「了解した、と申しております」
「ん。では、あなたに新しい命を与えます。より良い人生となる様、頑張って来てください」
「きゃうん!」
 ぽめの体はまぶしく光り、その後法廷から消滅した。
「彼の霊格が上がり、次は人としての生を受ける事になります」
「……何か頑固者になりそうだけど、頑張って欲しいわね」
 佳奈美は笑みを浮かべながら、先程までぽめが座っていた床を見ながら、そう呟く。

佳奈美

「なお、彼の場合はもう一度動物としての転生もあり得ました。彼の忠義の大半は犬としての本能から顕現しているもので、彼自身の意識はそこまでの高みに達していない部分もあったかと思われます」
「飼い主が孤独死した場合、その遺体がペットに食べられる事も多いって閻魔帳データベースに書いてあるけど、ぽめは飼い主に一切そういうことをしなかったでしょ」
 初めは動かない飼い主を心配して舐める動作が、やがてペットの空腹と遺体に腐敗によって組織が舌にまとわりつくようになることから、ついついそれを食べ始めてしまうことが多いのだ。しかしぽめは、飼い主の遺体のそばにうずくまるだけで、それに歯を立てたりすることは全く無かった。彼はそのまま飢餓感を押し殺し、息を引き取ったのだった。
「つまりぽめが飼い主を大切に思っていた気持ちは本物だったという事。それで十分では?」
 それともあたしの審判は間違っていたの? と問う佳奈美に、
「あなたの審判は正しかった」
 書記官は簡素にそう答えた。
「そう、ならよかった」
 なんか、いつもよりも学ぶことが多かったなぁと佳奈美は思い、そして次の審判もしっかり出来るよう、彼女は気持ちをリセットさせた。

Case:08 秋坂結希の場合

「……一体どこよ、ここ……」
 開口一番、なんだか不機嫌そうな女子校生がつまらなそうに呟く。見てくれは、なんだか純奈に似た感じの子供っぽい髪型であるが、中身はそうでも無いらしい。
「ここは閻魔の法廷よ。死んだ人間は必ずここに来て、天国に行くか地獄に行くか、それとももう一回人間やらされるか決められるところよ」
 佳奈美は閻魔の法廷についてごくごく簡単に説明しつつ、内心ちょっとウンザリしていた。
「ふーん……どうでもいいわ、どうせ私なんて地獄行きでしょーし」

結希

 やっぱりなー、と、佳奈美は思う。こういう斜に構えたJKの類は面倒くさいのだ。なんせ自分とそっくり。ぶっちゃけ同族嫌悪で今すぐぶち殺したくなってくる。まぁこいつも死んでるけど。
「あなたが天国に行くか、お望みどーりに地獄に行くかはあたしが決めるのよ。あなたに決める権利は無いから」
 そう答える佳奈美は、言ったそばからちょっと言葉がきついなー、あたしも器が小さいなーと思うも、やはり何かむかつくので反省する気持ちは全く起きない。
 だいたい、このお下げ頭を見てるだけで、あの性悪チビを思い出すから余計にむかつくのよね。まぁだからと言って、あたしはそれで判断におかしなバイアスを掛けるようなことはしないけど。佳奈美は敢えて、自分に言い聞かせるようにそう考える。
「分かったわよ、さっさと決めてよ」
「ちっ」
 やっぱ速攻で地獄に堕としてやろうかこの女、と佳奈美は反射的に思うも、握った拳をブルブル震わせながら懸命にこらえる。
 こちとら一応閻魔である。こんな死んだばっかりの頭の悪そうなJKが悪態ついてる如きに、いちいち本気で腹を立てるのが筋違いなのだ。とにかく上に立たなければならない。佳奈美は怒りを抑えてとにかくそう念じた。
 だが、端から見れば、似たり寄ったりなJK同士のつまらないマウントの取り合いである。そして残念ながら、佳奈美はそれには気が付いてはいなかった。
「ハァ……じゃあ、これからあなたの生前の行いについて裁きを行います」
 佳奈美は盛大にため息をついて審判を始めようとするも、
「ねえ、何で貴方みたいな子供が閻魔をやってるの? まともに審判とか出来るの?」
 どうせならもっとまともな大人が良いんですけど、と、被告人はそっぽを見ながらそんな事を言う。
「あぁん!? こっちはもう5000人近く審判してんのよ! あんたみたいにふてくされたガキの相手なんていくらでも出来るわよっ!!」
 早速ブチ切れた佳奈美が喚くも、
「閻魔様、落ち着いて下さい」
 速攻で書記官にたしなめられた。
「うぎぎぎぎぎ〜〜〜〜〜!!!!」
「うわ、だっさ……」
 クスクス笑う被告人を見て、佳奈美は握った両拳で思いっきり演台を叩く。
「やかましいっ!!!!!」
 最早涙目を通り越してボロボロ涙をこぼしながら、佳奈美は痛さで痺れきった自分の拳を見て本気で泣きたくなった。何でこんなにむかつくのか……目の前にいるどんくさいJKにここまで心を乱される理由が、彼女にはいまいち分からなかった。そして同族嫌悪とは根が深いんだなぁと、冷静な部分の佳奈美はそんな余計な事を考えている。
「うるさいのは貴方の方でしょ? そんなんで閻魔とか出来ると全然思えないんだけど。やっぱり他の人に変わってよ、今すぐ」
「くぅっ!!」
 今すぐここから飛び降りて、このクソガキの首を絞めて頸椎をへし折ってやる!!と、被告人を睨む目に殺気を漲らせた佳奈美は、しかしある意味被告人の台詞はド正論である事はなんとか認識出来たので、すんでの所で殺人閻魔にならずに済んだ。閻魔が死人をもう一度殺せるかは疑問だが。
 佳奈美はひとしきり呼吸を落ち着け、審判を再開する。だいたいこのままじゃこのクソガキを地獄に送る前に、自分の点数がステキな事になって速攻で地獄行きである。そう思う彼女は、落ち着け落ち着けと必死に念じた。
「……こんなあたしに閻魔をやられるほど、あんたの生前の行いが悪かったって事よ。グズグズ言わずに諦めなさい」
 自業自得ね、と、佳奈美はちょっと大きめの声で言ってやった。
「どうでも良いわよ、さっさと始めたら?」
 つくづくムカツク。何がムカツクかと言えば、微妙に向こうに主導権を取られているところだ。佳奈美はギリギリと歯を食いしばりながら、なんとか怒りを静める。
「……被告人のプロフィールの確認をお願いします」
「承知しました、閻魔様」
 書記官の声と共に、被告人の前の前に浄玻璃鏡が現れる。被告人はびっくりして何歩か後ずさった。
「なにこれ……?」
「浄玻璃鏡よ。あなたの今までのことが全部書かれているわ」
 そう佳奈美が説明するも、返事は返ってこない。
「生前の名前は秋坂結希(あきさか ゆき)、享年17歳。都立高の2年生で、成績は偏差値50程度。家族構成は両親と弟が健在。生活態度は基本真面目なるものの、同じ高校の男子生徒と交際中に素行不良となり、加えて避妊せずに妊娠。その直後にトラブルになり事故死。……被告人、相違ないか?」
「……ありません」
 そう目を伏せるながら返事する結希に、
「何よ妊娠って。あなた見た目と違ってビッチなのね」
 避妊しないとかマジ信じらんない、と、佳奈美はわざと聞こえる様に言ってやった。
「あんたに関係無いでしょ」
 結希は結希で、佳奈美に視線も向けずに、そう言うだけだ。
「まぁカンケー無いけど、でもそういうのを根掘り葉掘り聞くのがあたしの仕事だし。で、なんで避妊しなかったのよ。それともカレシにレイプでもされたとか?」
「うるっさいわね……あんた、避妊避妊って、男がやってくれなきゃどうにもならないじゃない!」
「はぁ?」
 佳奈美は結希の言っていることが良く分からない。
「何、あんたそんな見てくれしてて男とやった事無いの?」
 心底バカにしたような目で、結希は佳奈美を見やる。
「か、関係無いじゃない! 別に経験なんてここでは関係無いし!」
 大体何でいつもみんなあたしの事をビッチか何かと勘違いするのか! ぶっちゃけ髪の毛ちょっとだけ薄めの色にしてるだけなんだけど!? 佳奈美は恒例のビッチ扱いをされて腹を立てるも、
「あんたみたいなガキに、私の事なんて分かるわけ無いじゃない!」
 ついでにクソガキと言っていた相手にガキ扱いまでされる始末である。
 確かに享年で見るとこの女は1歳年上ではあるが、高2ということである意味タメだ。そしてあたしはJK閻魔ちゃんを体感時間で2年くらいは続けているので、細かく言うとあたしの方が年上。少なくとも年下にガキと言われる筋合いは無いはず。佳奈美はそんなつまらない計算をする。
「ヒトのことをガキって言うな!」
 あたしの方が年上だ!と佳奈美は言うも、
「何が年上よ、処女のクセして大きな口叩かないでくれる!?」
「うぐっ」
 完全にトドメを刺されて、すぐに言い返すことが出来なかった。
 改めて思い起こしてみれば、事ある度に“ビッチのクセして処女だ”と言われ続けた閻魔バイトである。あたしがセックスしたこと無いのがそんなにいけない事だったのだろうかと、佳奈美はなんだか悲しくなってきた。
「……悪かったわよ、どーせあたしはあんたと違って処女のまんまよ! だからセックスとかよくわかんないから、全部事細かにしっかり教えてくれる!? ヒトのことガキ扱いするくらい大人だったら、さっさと全部言いなさいよ!」
「ホントにウザいわね……」
「いいから言え! 何で避妊しなかったのよ!」
「……ったく、本当にサイアク。……大体あんた、避妊って具体的にどーするか知ってんの?」
「え?」
「え、じゃないわよ、偉そうに閻魔やってるなら、それくらい知ってんでしょ? それとも処女のガキはそんな事も知らないで閻魔やってるのかしら?」
 ふふっと、結希が笑う。
「うぐぐ……えーっと、コンドーム付けたり、体温を見たり、ピル飲んだりだと思うけど?」
「それ、高校生でなんとかなるのはコンドームとか基礎体温くらいなものだけど、ピルとかどうやって手に入れるの? あんたみたいなギャルは平気な顔してお薬屋さんでピルが買えるんだろうけどさ、私にはそんなの無理」
「だからあたしはギャルでも無い!」
 ついでにピルなんか見たことも無い!と言い張る佳奈美に、
「だったらコンドーム付けて貰うしか無いけど、もうこの時点で避妊なんて男がしてくれなきゃ、女じゃどうにもならないって分かんないかな!?」
 ここまで言わなきゃ分かんないガキが閻魔なんてやってんじゃないわよと、結希は冷たく言い放った。
「………。」
 佳奈美はうなだれる。相手は同じ位の歳なのに、経験不足がここまで顕著に露呈してしまう状況は、さすがに自分には荷が重すぎる。
「書記官さん〜〜〜」
 佳奈美は調子が良いなと思いつつも、書記官を頼った。
「承知しました、閻魔様」
 一体何をどう承知したのか今回も全く分からないが、しかしそれでも佳奈美にとっては心強い返事だった。
「閻魔の法廷は、あくまで閻魔様の正義に照らし合わせて審判を行うべき場です。閻魔様の知識は必要有りません。あくまで、被告人からよく聞き、よく考え、より良い裁定をくだす事のみです」
 なるほどその通りだ。もう何度聞いたか知れない「よく聞きよく考えより良い裁定を下せ」という言葉。そこには「自分の知識を使え」なんて全く入っていない。むしろ、その知識は色眼鏡となり、審判を歪めてしまう。そしてその結果が-89点閻魔ちゃんだった。それに被告人には管理者権限アクセスでウソをつけなくしてあるのだ。相手の挑発の相手などする必要は無く、こっちから嫌がることでも何でも聞きだしてやれば良い。それでもって、そいつのことをしっかり考えてやるのみだ。
 佳奈美はようやく落ち着いてきた。
「……つまり、貴方のカレシが避妊してくれなかったから、そのままやらせて妊娠したってことね。そこは分かったけど、なんでそんな奴にセックスさせたの? 別れれば良いじゃない」
 高校生の分際で女の子に妊娠させるとかクズにも程がある、とこぼす佳奈美に、
「だって好きだったんだから!」
 結希は目に涙を溜めて答える。
「あなた、JKのクセに、好きだからって子供なんて作って良いと思ってんの?」
 ガキ以前にバカか、と、ついつい佳奈美は本音を吐いてしまう。
「子供が出来たら、良い彼氏になってくれると思ってたのよ!」
 結希はついに、泣き出してしまった。法廷の中に、結希のすすり泣く声が響く。
 ま、もしもあたしが優しいイケメン男子だったら、この辺で優しい言葉の1つや2つ掛けるところだろうけど、しかしあたしらJK同士。ここは誠心誠意、真心込めて遠慮会釈無しにぶっちめていくわよ。佳奈美は容赦を捨てた。
「高校生の分際で避妊しないでセックスしたら、生活力もクソもないのに子供が出来ちゃうなんてこと、良い年こいてりゃ分かるでしょうに。そんな事も分かってない単なる発情バカに、妊娠しました〜なんて言ったら、なんでそれですっきり改心するだなんて調子の良いことどうして思うのかな?」
 妊娠するまでやりまくったビッチのクセに、頭の中だけは乙女かよ、と、佳奈美は続ける。
「うるさいわよ!! 私だってそんなセックスしたくなかったわよ! でも、私みたいな何にもない人間に、あの人は甘えてくれたんだから! 求めてくれたんだから!! 自分が必要って言ってくれたんだから……断れなかったのよ……」
「ふーん。そんな事まで他人の所為にするんだ。自分で何も考えない。判断しない。状況に流されてばっかり。マジバカね、妊娠して苦労するのはあたしら女の方でしょーが。何が私を求めてくれたんだっつーの。そんなモン、スケベ野郎があんたの身体目当てに言い訳してただけじゃない」
 あんたはただのサセ子じゃねーか、ばーか! と、佳奈美は切って捨てた。
「そんな言い方しなくていいじゃない!! 私だって分かってたんだから!! でも逆らうと怖かったし! いくらヤダって言ってもちっとも言うこと聞いてくれなかったし!!」
「うんうん大変だったね。で、そうやってさっきっからカレシの所為にしてるけど、あんた、してる時、感じてた?」
「えっ!?」
「だから、気持ちよかったのかって。あたし処女だからそういうの分かんないけど〜、あんたみたいに赤ちゃん出来るまでやりまくった位だから、もういつもイキまくりであそこから愛液垂らしまくってたのかなって」
「そ、そんなの関係無いじゃない!」
「うるさい言え。答えろ。感じてたのかよ」
「……感じてたわよ! でもそうでもしないと辛かったのよ!!」
「なるほど。じゃあ一方的なレイプでは無いのね」
「……無理矢理っぽいのは毎回だったけど、でも、どこか私も許してた。結局逃げなかった」
「じゃあ妊娠したのはあんたも悪いって事ね」
「そうよ、私は自分が悪くないなんて言ってないし」
「責任も取りきれないくせによく言うわ、ガキ」
「うるさいわよ」
「あんた、もし死なずに子供産んでたら、一体誰が育てんの? あんたみたいな何も考えないバカ女が「私働くから!」なんて言って、子供1人養うくらいの稼ぎが出来る仕事なんて、そんなの絶対無いからね。結局あんたの親が死ぬ気で育てるしかないのよ、どんだけ親に迷惑掛ける気よ、バーカ!」
「うるさいわよ!」
「ま、そんなご両親にも、孫の顔すら見せること無く、見せたのはあんたが死んだ姿ってんだから、本気で親不孝者ね」
「うるさいわよ!!」
 まぁそれはあたしも同じだけどね、と佳奈美は思うも、それは黙っておいた。
「では、如何に自分がバカだったかって理解して貰ったみたいだから、死因の説明をして貰いましょう。書記官さん、お願い」
「承知しました、閻魔様。秋坂結希の死に至る行動を報告します。秋坂結希は死亡日当日、交際相手に妊娠を打ち明けたところ、その相手に逃げられたため、後を追いかける中で道路に飛び出しました。その時走行してきた自動車に接触し、腹部を損傷。多くの臓器を損傷した事と、失血による多臓器不全で死亡しました。いわゆる事故死であります」
 書記官の説明と共に、佳奈美と結希の目の前に、車に轢かれて腹の中身を道路にぶちまけた結希の姿が浄玻璃鏡の中に映し出される。
「うげっ! またグロ画像!!」
 瞬間的に口を手で覆い、佳奈美は慌てて視線を余所に向ける。
「こんなの酷い……」
 自分が思っていたよりよっぽど激しい体の損壊状況を目の当たりにして、結希の顔は青ざめる。
「書記官さん、もう消して……」
「承知しました、閻魔様」
 書記官の返事と共に、結希の死体写真は消える。佳奈美は息を整え、呆然と立ち尽くす結希に視線を合わす。
「あんたの家族がそんな姿見せられて、どう思うかよく考えておく事ね」
「うるさいわよっ!!」
 泣きじゃくる結希に、冷たい視線を送る佳奈美は審判を続ける。
「確認するけど、あんたを妊娠させたバカカレシに、妊娠したからちゃんと養ってねって迫ったワケだ」
「……そうよ」
 実際にはそこまで会話が進まないうちに逃げられたけど、と、結希は泣きながら続ける。
「で、当たり前だけど、そんなん知ったことかとか言われて、そんでカレシが逃げて、周りも確認しないで道路に飛び出したってわけね。車の運転手の方がよっぽど災難ね。あんたみたいなバカ女が勝手に飛び出してきて轢かれたのに、殺人者扱いじゃない。あんたその人の人生にどう責任取るつもりよ?」
「もうわかんないよ! もうやめてよ!!」
「自分の人生から逃げるな。考えなさいよ」
「もうやだあ! もう消えたいよ、地獄でも何でも良いからもうやめて!!」
「逃がすか。地獄は逃げる場所じゃ無いッつーの。あんたみたいなバカはそれで地獄に行った途端に、閻魔が悪いとか言って泣き叫ぶのがオチよ。結局自分が悪かったなんて言って、実はちっともそう思ってないんでしょ。私可哀想な女の子で、悪い男に騙された悲劇のヒロインです〜〜って言いたいわけだ」
「そんな事言ってない!」
「思ってんでしょ、言いなさいよ、全部他の人が悪いんだって」
「……その通りよ!! みんなが悪いの! 私も悪かったかも知れないけど、でもみんな周りが私のこと勝手に弄んでセックスして妊娠させて轢き殺したの!! それでいいでしょ!!」
「ふん、ようやく認めたわけだ。つくづく浅ましい人間ね。でも事実は、全部あんたが悪い。バカな発情野郎は蹴飛ばしてでも別れれば良かった。万が一レイプされたならケーサツにでも通報すれば良かった。道に飛び出す前には、周りに車が来ていない事を確認して、どうしても何かとぶつかりたかったら1人で電柱にでも突っ込めば良かった。そうしてれば、今頃は処女で人生経験少なめのJK閻魔に嫌味も言われる事無く、家族と一緒に仲良く晩ご飯でも食べてたでしょうね。そうならなかったのは、全部あんたが悪いのよ」
 いい加減、男にのぼせて沸いたその脳みそに染み込ませろや、と、佳奈美は言う。
「悪かったわよ……」
「分かったなら、これ以上あたしに悪態つくな」
 結希は返事はしなかったが、佳奈美は肯定と受け取った。
「じゃあ、被告人の罪について説明してください、書記官さん」
「承知しました、閻魔様。秋坂結希の今後を決める罪におきましては一点。身ごもった子供を事故により殺したことが挙げられます」
「その通りよね」
 身勝手に作られて、そして身勝手に殺された子供の立場になれば、これ以上の理不尽は無いだろう。恐ろしい事に、中絶されたり死産になった子供も閻魔の法廷に出てくるのだ。生まれても無い人間に何の罪を求めれば良いのか。佳奈美はそういう場合は、よっぽどの事由でもない限り生まれ変わりを申し渡す。まずは人として生きてみようという事だ。
「……私は、子供の父親が……良夫がどんな人だったかは関係無く、自分で子供を産めるのが嬉しかった。こんな自分でも母親になれるんだって、誇らしかった」
「母親は、ちゃんと子育てできて母親よ。生むだけではその資格は無い」
「わかってるわよ!! でも、それでも嬉しかったの本当の気持ちなんだから!」
「そう……」
 こんなバカ女でも、時期と相手を間違わなければ、きっと立派な母親になったんだろうなと佳奈美は思う。閻魔をやり始めてすぐの頃に出くわしたキャンギャルの変な女は、それこそ中絶しまくりでちっとも子供の事なんて考えてない奴だった。そんなのに比べたら、女という視点に於いては、こいつの方がまだマシな部類か。
「もし生き返れるなら、私の人生なんてどうなっても良いから、ちゃんと生んで育てたいよ……」
「その気持ちはあなたの本心だって分かるけど、でも人生どうなってもいいなんて、はっきり言って綺麗事の極致だからね。そんな自分の人生を犠牲にするなんてこと、普通の人間には絶対無理。結果的にそうなったってだけで、常に自分の欲望を叶えられない不満に押しつぶされそうになるだけよ。あと、人間は何があっても生き返れないから、もう諦めて」
「……え? でも私、一度生き返ってるけど?」
「はぁ?」
 いきなり何を寝とぼけたこと言ってやがんだと、佳奈美は素で思う。
「どういう意味? 今際の際で変な幻覚でも見たんじゃないの?」
 人間の脳は、体が危機的な状況に陥ったときにはとにかく過去情報を記憶野から引っ張り出して、その状況からの緊急離脱を試みる。それが死ぬ前に見るという走馬燈の実際なのだが、ごく稀に記憶を「創り出してしまう」輩がおり、何度か生き返っただの神様と会っただのとワケの分からないことを言い出すのだ。
「違うわよ。……えっと、何かの本にニンゲンを創る方法が載ってるとかで、それで私、死んだ直後にそれで生き返って、一ヶ月くらい私の体を作った人と暮らしてたし」
「はぁ???」
 ワケが分からん。こいつ単なる斜に構えたクソガキかと思ってたけど、実は脳みそおかしい電波ちゃんだったのか? 佳奈美は改めてタブレットで結希の事を調べる。
 しかし彼女の生前には特段電波を受信している様な記述も無ければ、17にもなって中二病だった様子も無い。
 ただ、死後に関しては、今まで見たことの無い特記欄が付いていた。
 結希はいわゆる禁書扱いになっている反魂の法によって、死後一ヶ月ほど受肉していたというのだ。
 余計にワケが分からん。佳奈美はさっさと諦めた。
「書記官さん〜〜〜」
「承知しました、閻魔様」
 いつもながらに心強い返事であった。
「人類の有史以降、死人を生き返らせることは禁忌でありますが、しかしその実例はいくつか存在します。ただ、その方法は世界の理によって秘匿扱いされ、やがては歴史の闇に葬られることとなります。しかし、本件ではその方法が載った書籍が抹殺を免れてしまい、術者への入手とその実行が為されることとなりました」
 なるほど全く分からない。しかし、死んだ人間を生き返らせる方法はあるにはある、という事かと、取りあえず佳奈美は自分を納得させた。
「その認識で間違いございません、閻魔様」
 良かった良かった、今回は心を読まれても素直に喜んでおこう。
「なるほど。またずいぶんとレアな経験してたのね。まぁでもここであなたを生き返らせることは無いから、そこは納得してね」
「そうね。多分あれは奇蹟だったのね……」
 そう呟く結希の表情は、今までにないほど柔らかなものだった。
「……何か良いことでもあったの?」
「うん。裕一って人に生き返らせて貰って、1ヶ月一緒に暮らして……いっぱい迷惑掛けちゃったけど、でも、最後には相思相愛だったなぁ。いっぱい愛して貰った」
「……相思相愛って、どこまでやったのよ」
「もちろんセックスしたわよ」
「あ、そ……。」
 やっぱこの女単なるビッチじゃねーかと、佳奈美は本気でそう思った。
「ふん……まぁその時は特に何も無かった様だし、あなたの審判には特に関係無いわね」
 佳奈美は閻魔帳データベースで結希の生き返った1ヶ月間の生活を調べるも、単に新しいカレシ?とイチャコラしている描写しか無いので、さっさと審判を進めることにした。何かむかつくし。
「後は、何か思い残すことは無い?」
「……特にないわ。自分が結希だった頃は嫌なことも多くて辛かったけど、ユキになった時にはそのぶん優しくして貰って、最後に幸せを貰って本当に嬉しかったから」
 幸せ、ねぇ。
 この女と、裕一、だっけ? 閻魔帳データベースには、その新しいカレシとケンカしまくったあげくに仲直りして、後はひたすらセックスばっかりしている記述しかない。
 確かに躰を重ねることは幸せの1つではあるのだろうが、もっと他に何かねーのかと、処女の佳奈美にはいまいち実感が湧かなかった。
「結希さん。あなたの罪は先程言ったとおり勝手に作った子供を殺したことだけど、それは表面的なこと。本当にあなたが悪かったことは何か、分かってるよね?」
「……自分で自分の責任を取らなかった事よ」
「そー。あなたは何でもかんでも他人任せで状況に流されまくり。そんな態度だったから、つまらない男に引っかかって人生ぶっ壊したのよ。そして家族も含めて大勢の人間を不幸にした。最悪にも程があるよね」
「……分かってるわよ」
「けど、この世の中のことが全て書かれているって言う閻魔帳データベースにはね、あなたの新しいカレシをちゃんと立ち直らせたって記述もある」
「そうなのかな。うん、確かに裕一って何でもかんでも自信なさげで、おどおどしてたから初めはそれでイライラすることも多かったんだけど、でも、それって実は相手のことをすっごく気遣ってるってわかって、そしたらなんか、もう嬉しくて」
「今更のろけてんじゃないわよ……」
「羨ましいでしょ」
「ちっ」
 なんだこの女、ホントにむかつく! こちとら男に優しくして貰ったことなんで全くねーよ! 終いには毒飲まされて殺されたっつーの!! 佳奈美はまたもやイライラし始めたが、グッとこらえる。
「……まぁ、そうやってバカップルがバカみたいに盛っていちゃついて、男の子1人なんとかしたってのはいいことね。彼はその後、新しいまともな彼女見つけてシアワセになったくさいし」
「わあ。裕一新しい彼女作ったんだ、やるじゃん!」
「……そこは嫉妬に狂って呪ってやる!とか言うんじゃないの?」
「何言ってんのよ、私みたいに死んだ女が生きてる人相手に嫉妬してどうするのよ。私の愛はそんなに腐ってないわよ」
 ワケが分かんねえ。なんだ、あたしは未だこいつのノロケ話に付き合ってるって事か? また微妙にマウント取られつつある佳奈美は、やっぱりむかついた。
「ええ、そうね、あんたの愛は腐ってないけどだいぶ爛れて愛液まみれよこのクソビッチ。まぁ別にセックスが好きだろうとなんだろうとどうでも良いけど、今度は人としての責任だけはちゃんと取りなさいよ。自分自身を守るのは自分しかいないの。あんたにヤらせろって言ってくる男の顔をよく見なさいよ」
「分かったわよ……。ホント、やり直したい。自分が弱かったから、みんな優しかったのに、それにも応えられなくて」
「バカな男とちゃんとした人達。優先順位を間違うなって事ね。いくらあなたにとっては辛い正論でも、それは正論なんだから」
「言われなくても分かってるわよ……」
「ふん。裁定を行います」
 佳奈美のその一言で、結希の顔から表情が抜け落ちる。真摯な瞳で、佳奈美を見やる。
「被告人には、新しい命を与えます。再び人の世に行き、そこで今生で出来なかった事、やり抜けなかったこと、与えられた使命を完遂してください。なお、本人の希望があれば、地獄行きも認められます。……どうしますか?」
「……地獄行きじゃないの?」

結希

「別にそこまで悪い事してないし。客観的に見れば、バカな男にレイプされて妊娠させられた可哀想なJKじゃない、あなた」
「今まで散々私のことバカだのビッチだの言ってたじゃない……」
「それも本当だけど、別にビッチだからって地獄行きじゃないし」
 ビッチでも天国行った人はいっぱいいるわよ、と佳奈美は言う。
「……あの、本当に生まれ変わっていいの? 私、やり直すことが出来るの?」
「そうよ。まぁどうしても地獄に行きたいってなら、さっさと堕としてやるけど」
「やだ、やり直したい!!」
「あとね、やり直すってのは、あくまで新しい人生で人間をやり直すって事だからね。あなたは生前の結希とは何の関係も無いところで生を受けて、もちろん今の記憶なんて全く引き継げない、まったく新しい人生を歩むんだからね。それに言っておくけど、次は男だか女だかも分からない。それでもいいわけね?」
「うん……。出来れば女に生まれて、今度はちゃんと子供を産んで、ちゃんと育てたいけど……」
「そうね。そうなるように、あたしも願ってるわ。それでは、より良い人生となる様、頑張って来てください」
「……はい。ありがとう」
 結希の体は一瞬光り、次の瞬間には閻魔の法廷から消滅した。 
「彼女は人としての生を受け、これから十月十日の後人の世に生まれ出ることとなります。……これは余計な事ですが、彼女の宿る受精卵にはX遺伝子のみ顕現しました」
「そうなんだ。今度こそはちゃんとした母親になって欲しいわね。男ウケしそうなタイプだから、また変な男に引っかからなければ良いけど」
「それは大丈夫でしょう。閻魔様の言葉が彼女を守ると思われます」
「んん?」
 何かよく分からないことを言われたが、佳奈美は取りあえずスルーしておいた。
 そして改めて今回の審判を省みるに、ちょっと自分の器の小ささが露呈してしまったなぁと、自分の至らなさに凹む佳奈美であった。それによくよく思い出してみれば、自分が被告人としてやってきたときも、あの性悪チビ相手に散々悪態をついてしまった。純奈はよくもまぁ、そんな自分にキレもせずに淡々と審判をやったものだ。
 やっぱあの性悪は筋金入りだなと感心すると共に、ちょっとだけ反省しておこうと思った佳奈美であった。

Case:09 木場守人の場合

「ビッチ来たアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!」
「ひぃっ!?」
 被告人のいきなりの雄叫びに、佳奈美は悲鳴を上げてのけぞった。
 なんだこいついきなり訳の分かんないこと叫びやがって! 大体あたしはビッチじゃねーって何度も言ってんだろこいつは知らないだろうけど!! 佳奈美は呼吸を落ち着けつつ、改めて被告人を見やる。

木場

 年の頃は30代半ばの男性。テンプレ的なアキバ系ヲタ(強烈)である。脂ギッシュな頭にバンダナを巻いて、背中にはポスターか何かがバズーカだか迫撃砲だかのように突き出たリュックサックを背負い、よく分からんアニメ?のキャラTシャツを着こなし両手には紙袋を持っている。どうせ中身は同人誌かエロマンガだろう。
 さすがに5000人以上の色々な人間を相手にしていると、生前はヲタ趣味なんて全く無かった佳奈美ですら、それぞれの業界の趣味人の生態も大体分かってくるというものである。 
 しかし、なんであたしの法廷にはこんなのしか来ないかな〜? いい加減人としての立ち位置が濃すぎというものだろう。だいたい死んだ分際で法廷に趣味の小物を大量に持ち込むなんて、こいつの物に対する執着はハンパねーな、普通は服くらいなのに! 佳奈美は自分に割り当てられた被告人の偏り?に、ちょっとイラッとした。
「……あの。いきなり女子に向かってビッチとか言うな」
「なんだとこのビッチがあ!! ビッチにビッチと言って何が悪いんじゃい!」
「だから何であたしをビッチと決めつけるんだ!」
「じゃかぁしい! 見てくれからしてビッチじゃねぇかこのビッチ!! もちろんワシぁビッチも好物だけどなっ!」
 なんだいきなりコクられたのかあたし!? しかし好物ってのがどうも違う気がするなぁ……? 佳奈美は“くっくっく………”だのと不敵な笑みを浮かべる被告人にちょっと引いた。
「わかったわよ、もうビッチでもなんでも良いわよ……。とにかく、この可愛くて純粋で体も心もキレイなJK閻魔ちゃんが今からあんたのヲタ人生を精一杯捌いてやるわよ」
「なんだとこのビッチがあ!! ビッチのくせに自分で綺麗とか抜かすなこのビッチがあ!! そういうこと言って良いのは身も心も綺麗なバージンの女子だけに許されとんじゃいこのビッチがあ!!!」
「やかましいあたしはまだそのバージンだって言ってんだこのヲタ野郎!!」
「ウソつくんじゃねえこのビッチがあ!! 貴様みたいなビッチは出会った男全員に股開いてヤリまくっとるんじゃろうがこのビッチがあ!!」
「何でウソだって言うんだこのヲタ野郎!!! あたしはセックス以前にキスすらしたことねー!!」
 ついでに言うと恋すらしたこと無いんだー!っと、佳奈美は泣き出した。
「泣けばいいと思うなこのビッチがあ!……ん!? 貴様さっき、自分のことをJKだのと言ったか、お゛ぉん!?」
「あたしはビッチじゃない普通のJKだーっ!!」
「J・K来たアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!」
「ひぃぃっ!?」
 被告人のいきなりの雄叫びに、佳奈美は再び悲鳴を上げてのけぞった。
「なっ! なんだって言うのよ!?」
「じゃかぁしいこのビッチがあ!! 我が人生、際(キワ)にJKと邂逅せり………!!」
 ガッツポーズを決めて、なにやら良い笑顔の被告人である。
「あの、だからなんなのよ……」
「JKなんぞと全く縁がなかったワシの人生、しかぁし最後の最後にJKとまぐわれるんじゃいっ! これを喜ばずに何を持って喜ぶと言うんじゃボケェ!」
「誰がてめーとまぐわうかこの馬鹿野郎!!」
 閻魔ちゃんをなんだと思っとんじゃゴルァ!! と、佳奈美もつられてガラが悪くなる。
「じゃかぁしいこのビッチがあ!! 貴様らビッチは男とあらば股開くもんじゃろうがこのビッチがあ!!」
「だからあたしはビッチじゃねーっ!!!」
 ただの処女のJKだーっ! と、佳奈美は泣き続ける。
「泣けばいいと思うなこのビッチがあ! くっくっく、ビッチとはいえJKじゃいっ!! 悪くない、悪くないぞ我が人生、はよJK閻魔とやらを始めんかいこのビッチがあ!!」
「てめーが始めさせてくれないんだろうがこのヲタ野郎〜〜〜!!!」
「じゃかぁしいこのビッチがあ!! ガタガタぬかさんでさっさとJK閻魔やらんかいっ!!」
 さっさとJK見せんかいボケェ!と喚く被告人に、握った拳をブルブル震わせる佳奈美は、すんでの所で「地獄に堕ちろ!」と叫ぶのをこらえた。こんな頭のおかしいヲタに乗せられて雑に閻魔をやれば、こっちが先に地獄行きだっつーの! 佳奈美は一生懸命息を整える。
「……これからヲタ野郎の審判を始めます」
 佳奈美は歯を食いしばりながら、被告人を見やる。
「こんボケがあっ!! JKは女子校生の制服着てやらんかいこのビッチがあ!!」
「やかましい閻魔はこの服でやるって決まってんだいい加減にしねえとぶち殺すぞてめー!!」
「じゃかぁしいこのビッチがあ!! ワシぁとうの昔に死んどるんじゃボケェ!!」
 ちくしょうこのヲタ案外自分のことがわかってんなと、冷静な部分の佳奈美がそんな余計な事を考える。
「JK閻魔ちゃんだからってJKの格好はしてないのよ!! でもちゃんとスカート履いてんだからそれで良いでしょ!」
「こんボケがあっ!! 演壇が邪魔でこっちから見えンのじゃこのビッチがあ!!」
 スカート見せんかいボケェ!と喚く被告人に、佳奈美はうるせーなーと喚きながら演壇から出て、
「これで満足かヲタ野郎!!」
 足で床をダンッ!と鳴らし、佳奈美はさっさと元にいた場所に戻った。
「ヴォケがあ!! ビッチはビッチらしく、ミニスカで太もも見せながらやらんかい!!」
 パンチラはどうしたこんボケがあ!と、佳奈美のせっかくのサービスも被告人にはちっとも喜ばれていない様だ。
「やかましい!!! これ以上ガタガタ抜かすとソッコーで地獄にたたき堕とすぞ馬鹿野郎!!」
 いい加減叫びすぎて喉が痛いなぁと、またまた冷静な部分の佳奈美は余計な事を考える。
「……これからこのクソヲタ野郎の審判を始めます。邪魔したら地獄に堕とすから黙れ」
「さっさと始めんかい!!」
「黙れって言ってんだろ!! ……書記官さん、このヲタ野郎のプロフィールを説明してください」
「承知しました、閻魔様」
 書記官はいつも通りにすました顔で作業を進める。この人が動揺したのって、間違ってわんこが来たときくらいだなぁと佳奈美はしみじみ思った。
「それでは、被告人のプロフィール確認を始めます」
 書記官の声と共に、ヲタの目の前に浄玻璃鏡が表示された。
「おおう! AR(拡張現実)か何かかい!? 閻魔の法廷マジすげー!!」
 ヲタは目を輝かせて浄玻璃鏡を見ている。理系のヲタは男女問わずだいたいこのような反応だ。佳奈美は取りあえずドヤ顔をしておいた。誰も彼女の顔など見てはいないが。
「生前の名前は木場守人(きば もりひと)、享年37歳。実家近くの工場に勤務するフリーター。大学在学時に就職先を見つけられず、卒業後よりフリーターとして就労。なお勤務で得た賃金は全て趣味のために用い、生活はほぼ実家に依存する。生活態度は真面目ではあるが、趣味以外のことには一切関知せず。家族構成は両親健在、独身。恋人も無く異性との接触も全く無し。……被告人、相違ないか?」
「くっくっく! 我ながら気合いの入ったヲタ人生なり! むしろすがすがしさすら感じる!!」
「……それはあたしの台詞だっつーの。自分ですがすがしいとか言うなキモヲタ」
「じゃかぁしい!! 貴様が如きビッチ無勢に、道を極めたワシの生き様に文句を言う筋合いなど全く無いじゃボケェ!!」
「やかましいのはどっちだキモヲタ!! あといちいちヒトのことをビッチとか言うな殺すぞ!」
 あたしのことはJK閻魔ちゃんと呼べこの馬鹿野郎! と佳奈美はすごむが、木場には全く通じていない。
「じゃかぁしいこのビッチがあ!! 女子校生の制服も着ねえ! スカートもぱんつも見せねえ! ついでに可憐さのかけらもねえ!! これのどこがJKじゃボケがあ!」
 鏡見て出直してこんかいクソビッチがあ! と木場は佳奈美の2倍の声を張り上げる。
「ちくしょうこいつマジうぜー!! ……大体なんであんたはあたしのことビッチと思うのよ!」
「見た目も中身も存在自体も全てビッチだからビッチだと言っとんじゃボケェ!! だいたい、清楚な黒髪で大和撫子で優しくて慎み深くて包容力があって穢れの知らないバージンの女の子以外はみんなビッチなんじゃい!!」
「そんな女どこ探したっていやしねーよキモヲタ! ドーテーがドーテー拗らせてんじゃねーよマジクソうざいんですけどー!!」
 妄想の産物と現実のJK閻魔ちゃんを比較すんなゴルァ! と佳奈美が喚けば、
「じゃかぁしいこのビッチがあ!! 貴様みたいに朝から晩まで男の前で股広げてるビッチが身体を汚すこと無く逝ったワシを揶揄するんじゃねえボケがあ!」
 せめてビッチはぱんつ見せながらやらんかい! と、木場は喚く。
「だからあたしはビッチじゃねー!! さっきっから処女だって言ってんだろうがこのドーテーキモヲタ! ぶち殺すぞ!!」
「じゃかぁしい!! 貴様如きビッチは膜があってもバージンなんかじゃねえんじゃい!! てめえで股ぐらの中見てから出直して来んかいボケがあ!!」
「膜があっても処女じゃないとか意味の分かんねえこと言ってじゃねー!!」
 だったらてめーの言う処女って何なんだー! と佳奈美が問えば、
「だから清楚な黒髪で大和撫子で優しくて慎み深くて包容力があって穢れの知らない女子がバージンなんじゃいっ」
 それ以外は膜の有無に関わらず股の緩んだビッチじゃボケがあ!! などと木場は宣う。
「あんたそこまで言う!? 今ので世の中の女子の9割5分を敵に回したわよ!?」
 ドン引きする佳奈美に、しかし木場は、
「じゃかぁしいこのビッチがあ!! 極めし我が道に交わらぬビッチ共を敵に回したところで何の問題があるんじゃい! そもそもワシぁもう死んでるから全く関係ねえわボケ共があ!」
 ケタケタ笑う木場に、佳奈美は絶句していた。 
 ここまで極まったバカもそうそう居ないわ……。ヲタ以前にこいつどんな人生送ってたんだ!? 喚きすぎて喉がヒリヒリする佳奈美は、もう木場のことを無視してタブレットで閻魔データベースをいじり始めた。
「……ワケが分からん」
 そして彼女は速攻でそんなぼやきを漏らす。
 目の前の完全に狂ったこの木場という男、しかし生前では特にトラブルを起こすことも無く、節度あるキモヲタとして粛々とアキバ通いをしていたらしい。トラとメロンで同人誌を漁り、ドンキの8Fでアイドルに萌え狂い、TSUKUM○の近くのもえもえきゅーん!なお店でコーヒーを嗜む。何が節度だ、マジ訳が分かんねえ。けど、街中で喚き散らしてケーサツにとっ捕まったとか、道行くオシャレ系女子にビッチがあと暴言を吐いたとか、パンピーの皆様の面前でエロゲやエロ同人誌をおっ広げて猥褻物陳列罪でしょっぴかられたとか、そういったお茶目は全く無かったとのこと。職場でも黙々と真面目に仕事をこなすタイプだったらしい。この閻魔帳データベースは合ってんのか?と、佳奈美の心にちょっと不信感がわだかまった。
「……書記官さん、このキモヲタが死んだ理由をお願いします」
「承知しました、閻魔様。木場の死に至る行動を報告します。木場守人は死亡日当日、横断歩道を歩行中に手に持っていた紙袋が破損し中身が散乱。それを一冊一冊丁寧に集めている最中に信号が変わり、そこに走行してきた自動車に轢かれ脳を破損。その後脳死並びに出血性ショックで死亡しました。いわゆる事故死であります」
「ちなみにその紙袋の中身は?」
「18禁同人誌がおよそ50冊であります、閻魔様」
「……エロ同人誌が命を賭ける程の宝物だったわけだ?」
 サイアクにも程があるわ、とこぼす佳奈美に、
「当たり前じゃいこのビッチがあ!! 全て今期のコミケで出た珠玉の新作じゃい! それを道にぶちまけてしまうとは、我が人生唯一の失態!! 絵師様達に申し訳がたたんのじゃこのビッチがあ!!」
 木場は目を剥いて喚き散らす。
「うるせーばーか!! お金で買える程度の物に命を賭けていいわけないでしょーが! 自分が描いた同人誌の所為で、あんたみたいなキモヲタがみっともない死に方しただなんて聞かされた絵師さん達の方が、逆によっぽど気の毒だってのよ!」
「じゃかぁしいこのビッチがあ!! ワシが自分で稼いだゼニで賜った珠玉の本に身体をどう張ろうと、貴様が如きビッチにとやかく言われる筋合いなどねえんじゃボケがあ!」
「ボケはどっちだキモヲタ! だいたいあたしは閻魔だから、あんたが体張ってくたばった理由にケチ付けられンのよ! むしろ閻魔の法廷はそういうところだキモヲタ!!」
「ビッチがガタガタ騒ぐなボケェ! 貴様なんぞはそもそも閻魔の資格なんざ無いんじゃい! 貴様は股の緩んだビッチ閻魔じゃボケがあ!!」
「あたしは身も心も股も綺麗で緩んでないJK閻魔ちゃんだって言ってんだろうがキモヲタ!! なんでてめーがあたしのこと股が緩んでるって言えるんだキモオタが!!」
「じゃかぁしいこのビッチがあ!! 自分で鏡見て分からんのかビッチがあ!!」
「分かるか馬鹿野郎!! 死ね! 今すぐ死ねーっ!!」
「じゃかぁしいこのボケ閻魔があ!! ワシぁもう死んでンじゃこのボケがあ!!」
「うわああああんっ!!!」
 佳奈美は頭を抱えてもう一度泣き出した。悔しくて仕方なかったのだ。何が悔しいかと言えば、こんな頭の狂った木場に、微妙に主導権を取られているところがだ。
 もうこいつは速攻で地獄に堕として次の審判に移りたい! 佳奈美は心の底からそう願うも、しかしここで審判を投げ出したらこのキモヲタと一緒に地獄送りは確定である。ただでさえ、聞いた限りじゃとても辛そうな魂の調整。それを、こんな頭の狂った奴が隣にいて延々「ビッチがあ!」と罵られながら地獄の苦しみを味わわされるなんて、地獄にも程があるというのだ。絶対に魂がぶっ壊れる。それか洗脳されてビッチになってしまうかも知れない。けど、そういえばエロマンガのとあるジャンルには処女ビッチとかいう理解に苦しむジャンルがあったなぁと、以前審判したエロマンガ家に教わったことをちょっと思い出した冷静な部分の佳奈美がいた。 
 木場は案外、その処女ビッチとかいうジャンルが好きなのだろうか? 佳奈美の冷静な部分がそんな余計な事を考えるも、しかし冷静な部分ですらこんな有様なのだから、彼女の心境は推して知るべし、である。
「……もう良いわよ、あたしは所詮JKビッチ閻魔ちゃんよ。ついでにゲロ死専門よ」
 一体いくら属性を付けられれば良いんだとこぼしつつ、死んだ魚の目をした佳奈美はじろりと木場を見やる。
「それであんたは地獄行き確定だけど、何か言い残す事はある?」
「なんだと貴様さっきから人が大人しく聞いてやりゃあ、ちっとも審判してないだろうがこのボケがあ! 真面目に審判やらんかいこのビッチ閻魔があ!!」
「一体誰のせいで審判できてねえと思ってんだこのキモヲタクソ野郎!!」
 てめーが全ての台詞にいちいち“じゃかぁしいこのビッチがあ”って付けるから話が進まねえんだいい加減にしやがれ! と、佳奈美は言い返す。
「だったらワシが感動するような審判して見やがれこのビッチがあ! それが出来ないならせめて女子校生の制服を着るか、ちゃんとしたバージン閻魔を寄こしやがれこのビッチがあ!!」
「なんでてめーの趣味にいちいちこっちが合わせてやる必要があるんだキモヲタ野郎! ガタガタ抜かさず大人しく審判されやがれ!!」
 それとも貴様が好きそうな性悪ロリ閻魔の純奈でも呼ぶか!? てめーなんざ3秒で地獄に堕とされるぞクソが! と佳奈美は言うが、
「彼女なら貴方と違い、最後まで審判するでしょう」
 木場と佳奈美の低レベルな罵詈雑言の応酬に顔色1つ変えない書記官が、チクリと釘を刺してくる。
「うぐぐ……」
「こんボケがあ!! ワシぁロリよりおっぱいのあるJKが好きなんじゃい!! だからさっさと巨乳JK閻魔をよこさんかいビッチがあ!!」
「だからあたしがそのJK閻魔だって言ってんだろうがどたま腐ってんのかてめーっ!!」
 それにお胸はちょっとは大きめなんだぞー!とこぼす佳奈美に、
「JKなら制服着れこのビッチがあ!!」
 木場は完全スルーである。
「だからこれが閻魔の制服だって言ってんだろうがクソが!!」
「JKの制服っつったらチェック地のプリーツだって決まってんじゃボケェ!! そんな無地のフレアスカート如きでJK気取ってんじゃねえ! 股に膜張ってから出直してこんかいこのビッチがあ!!」
「だからあたしの股には膜があるって言ってんだろこの腐れキモオタ!!」
「じゃかぁしいボケがあ! 貴様の膜はちぎれたコンドームがこびりついてるだけだろうがビッチがあ!!」
「そんなもん見たことも触ったこともないわこの腐れキモヲタマシ今すぐ死ねーっ!!」
「だからワシぁもう死んでるんじゃこのビッチ閻魔があ! さっさと真面目に審判せんかこんボケがあ!」
「さっきからさせてくれないのはどっちだぼけ〜〜〜!!」
 ゲホゲホと、佳奈美は咳き込んだ。こんな叫び続けたのは生前も含めてあっただろうかと、ずきずき痛む喉を手でさすりながら、木場を睨む。
「……いいから審判を続けるわよ! いいか、とりあえず黙れ! いちいち喚くな! あとあたしのことをビッチと言うな!」
「分かったからさっさと進めんかいボケェ!!」
「大体何であんたはあたしにそんなに突っかかるんだ!」
「ワシぁ貴様みたいな上から目線ですました顔したビッチが大っ嫌いなんじゃいっ!!」
 ビッチはビッチらしく短いスカート履いてぱんつ見せながら男に媚び売ってろや! と、木場は床をばかばか踏み鳴らしながら喚く。
「あぁん!? キモドーテーがドーテー拗らせて訳分かんねーこと言ってんじゃねー!! そんな女どこ探したっていねーよばーか!」
「じゃかぁしいわいボケェ! 貴様みたいな自分が一番正しいとか勘違いしてるバカビッチほどむかつく物はねえんじゃい!! 貴様ら勘違いビッチはワシらが趣味を貫き道を求めんとする崇高な行為をキモいだのウザいだのと、己の矮小な価値感だけでほざきよる! ワシらが何してようが勘違いビッチ共には関係無いんじゃ、ほっとけボケぇ!!」
「キモい奴にキモいって言って何が悪いってのよ!」
「ビッチにビッチと言って文句言うビッチ如きがようさえずる! ワシらがいつ貴様ら勘違いビッチ如きにちょっかい掛けたか! いちいち貴様らビッチ如きに話しかけた事も無ければ半径3m以内に近づいた事もねえ! わざわざ同人誌を見せつけた事もねえ! 貴様らビッチ如きが視界に入らないところで話をしてれば、いちいち寄ってきてはいちゃもん付けて人のことをキメーだのクサいだのとほざきよる!! 貴様らビッチ如き、他人の領域に土足で踏み込む奴らの方がよっぽどキモいんじゃい!! いちいちケチ付けんなボケェ!! 貴様らの方が訳分かんねえ香水たらふく付けやがって、よっぽどくせえんじゃい!!!」
「……つまりは、そういうウザい女共から離れたところでヲタ仲間でエロ同人誌囲んでエロ談義してたら、向こうからわざわざバカ女が近寄ってきて悪口言いまくったと?」
「そういうことじゃい腐れビッチ閻魔があ!! 特に貴様はワシの学生の頃に散々突っかかってきたあげくに、ワシのことを痴漢扱いして停学させてくれたあの腐れビッチにそっくりなんじゃいっ!! ボケエ!!」
 なんて酷い言いがかりだろうか。20年以上前のウザいクラスメートに似ているというだけで腐れビッチ扱いである。
「そんなのあたしにカンケー無いしー? だいたいあたしは学校で男子がエロ同人誌でハァハァしてるの見てもシカトしてたし! あんたのクラスメートのバカ女と一緒にすんなばーか!」
 万が一そんなのがあたしの法廷に来たら地獄に堕としてやるわ、と佳奈美は言う。
「じゃかぁしい!! ワシら求道者は我が道が世間一般の皆様にとって不愉快なのは重々わかっとんじゃクソが!! だから関わり合いにならないようにしとったのに、ヤレ視界に入るだの声が聞こえるだの同じ空気吸ってるだのといちいち騒ぎよってバカにしくさって、それで貴様らビッチ無勢に散々嫌な目に遭わされたおかげで貴様ら女ども全員が信用出来なくなって、ついでにバージン女子にも近寄れなくなって乾ききった悲しい人生を送る羽目になったんじゃい!!」
 こんなワシだって清楚なバージン女子とまぐあいたいくらいの性欲はあるんじゃいこの腐れビッチがあ!! なんだワシら求道者が二次元に萌えたらバージン女子に恋する事も犯罪なんかボケエ!! と、木場は床をドカドカ蹴飛ばしながら叫び散らす。
「そんな事言ってないってば……」
「何がJK閻魔じゃボケエ!! 人のことキモヲタだのバカだのとほざきよって、貴様如き腐れビッチ閻魔は脳みそに男の精液しかつまってない分際でワシらを十把一絡げにバカにしよる!! 誰も貴様ら腐れビッチ如きに認められたいともなんも思っとりゃせんのじゃボケェ!! ワシらはワシらの仲間内だけで楽しんでただけじゃい!! ビッチ共がくだらねえアイドルによだれを垂らそうとワケの分からん服にうつつを抜かそうとわざわざブスな化粧塗りたくって見苦しい汚ギャルになろうと一切無視して一言ったりとも文句を言った覚えもねえ!! なんでそれでワシらを馬鹿にするのがさも正しくてさも当然みたいな面しとるんじゃ貴様ら!! 何様のつもりじゃいこの腐れビッチがあ!!」
「だからあたしはあんたの言ってる腐れビッチと違うって言ってんでしょーが!」
 あたしは別にヲタが二次元に萌え狂ってキモい生き方してるからって、いちいちこっちから“あなたキモいです〜”とか言ったりしないわよ、と佳奈美は言うも、
「さっきっから聞いてりゃ散々ワシの事をバカだのキモいだのとほざいとるじゃろうがこの腐れビッチがあ!! ワシがいつ貴様が如きビッチ無勢に我が道を押しつけたかボケェ!!」
 ワシの求道はワシのためだけにあるんじゃいこの勘違い腐れビッチがあ!! 言い訳するなら股にサ○ンラップでも貼り付けて出直してこんかい!!と、木場は言い返す。
「あたしはサラ○ラップを貼るまでも無く生身の膜があるんだー!!」
 大体膜の有無関係無くビッチだったら膜貼っても意味無いだろうがー! そう叫ぶ佳奈美は既に、いつもの下ネタ系の羞恥心が完璧に失せ飛んでいる。
「閻魔様、被告人を黙らせましょうか?」
 そろそろ審議に悪影響が及びます、と、書記官は極めて冷静に述べる。
「……良いわよ別に。どうせここにはあたしとあなたしか居ないんだし、今まで我慢してきた分だけの罵詈雑言は聞く義務はあるわよ」
「承知しました、閻魔様」
「大体てめーが言いたいことは分かったわよこのキモヲタ! 結局自分の趣味が悪くて女の子に縁がなかったのなんて自業自得じゃないのよ!」
「それを言ったらおしまいじゃろうがこの勘違いビッチがあ!! それでもワシら趣味人は、何かの間違いで清楚な黒髪で大和撫子で優しくて慎み深くて包容力があって穢れの知らないバージンの女の子と恋仲になる可能性を信じてるからこそ息が出来るんじゃボケエ!!」
「だからそんな女この星のどこにも居ねーってさっきっから言ってんだろこの拗らせドーテー野郎!」
「そんなコタァ百も承知だこのボケクソビッチがあ!! ワシらは貴様らが如きビッチみたいに股を開くだけの即物的な生き方はしとらんのじゃボケェ! ただ真摯に、可能性を信じているだけでいいんじゃクソがあ!! 結果的に清いまま死んだって構わんのじゃ! 貴様らビッチの如き性欲まみれで生きてるわけじゃ無いんじゃいい加減分からんかぃこの勘違い腐れビッチ閻魔があ!!!!!」
「やかましい!! 誰がてめーにヲタ趣味やめて顔面整形してイケメンになれとか言ったか!! ただ自業自得だって言ってんだろーが!」
「貴様らビッチ無勢の言うことなんざ、大体イケメンがそうじゃ無いかのどっちかだろうがボケェ! 何やっても“但しイケメンに限る”だろうが腐れビッチがあ!!」
「そりゃそーでしょうが、あんたら男だって可愛い女子ばかりちやほやしてんでしょーが!! 外見で勝負できなきゃ内面を磨けば良かったんだ、それを放棄してヲタに人生費やしたなら女の子が避ける人生でも仕方ないでしょーが!!」
「うるせぇんじゃボケがあ! 腐れビッチ閻魔無勢が分かりきったような口訊くなボケエ!! 貴様らビッチ如きが、ワシらヲタがどれだけ惨めな生き方してたか知らんだろうが!!」
「知るか馬鹿野郎!! 知ったところでどうするってんだ! なんだ“趣味に生きて格好いいですぅ〜”とでもちやほやされたいんか、それとも“ヲタって内面がピュアでステキ〜”とでも妄言吐いてもらいたいんか! そんなもんエロゲのヒロインだって言いやしねーわこのクサレヲタ野郎! ばーかばーか!!」
「じゃかぁしい腐れビッチ閻魔があ!! 貴様みたいにカースト上位のビッチ無勢が、実際にワシらを街中で見たら指さして笑ったあげくにスマホで写真撮ってツ○ッターに上げるじゃろうが!!」
 それで何度ワシの顔でバズったか貴様には分からんだろうが腐れビッチがあ!と、木場は目から涙を流して喚く。
「だからそれはあんたが悪いんじゃ無くてツイ○ターに上げたバカ女が悪いんだっていい加減理解しなさいよ!」
 なんでそんな事までいちいち自分の所為にしてるんだ、と言う佳奈美に、
「貴様らがワシらにそう言いまくるんだろうがボケエ!! 生まれてきたことすら自業自得だのと言いやがって!! ワシらが何か悪い事したんか!! ヲタは犯罪者か!! どいつもこいつも人を見るなり犯罪者扱いしやがって!! ワシらがいつ三次元の女子に悪さしたんじゃボケエ!! ヤリサー辺りの連中の方がよっぽど女子に有害だろうがクソがあ!!」
 そんな木場の台詞に、佳奈美は一瞬固まった。
「……そうよ、その通りよ。少なくともあんたらヲタは、あんな連中に比べたら全然ましよ……。」
「じゃかぁしいこのクソビッチがあ! それでも貴様らビッチ無勢はそいつの頭の中なんて関係無く“但しイケメンに限る”じゃろうがあ!! ワシらがそんなのよりも犯罪者扱いされてどれだけ辛い思いしたのか、貴様らビッチ如きに分かるわけが無いじゃろうが!!」
「分かるわよ、少なくともあんたらヲタは、女の子に全然無害だって分かってるわよ!」
「分かるかボケエ!! ワシら貴様らビッチに延々蔑まれてきたんじゃボケがあ!!」
「分かってるって言ってんだろこの馬鹿野郎!!」
「何がわかっとんじゃいこの腐れビッチがあ!!」
「だからこのJKビッチ閻魔ちゃんが、頭の中で女の子レイプすることしか考えてないヤリサーのクソ共よりも、あんたら趣味を貫いた人間の方が誇れるって言ってんだ、ちゃんと聞けよヲタ野郎!!」
「なんだとこのビッチ無勢が!! 分かったような口をきくな一瞬でも嬉しかったじゃないかいこのボケがあ!!」
「素直に喜べこのキモヲタクソ野郎!! 地獄に叩き堕とすぞ!!」
「じゃかぁしいわいこの勘違いビッチクソ閻魔があ!! 何が言いたいんじゃボケェ!!」
「ヲタ趣味を貫いて満足してたなら、それで良いって言ってんだ腐れヲタ野郎!! それで可愛い女の子とお付き合いできなかったのはてめーの自業自得だって言ってんだ!! だいたいヲタだって恋人がいたり結婚した奴はいっぱい居るんだ、単にてめーがドーテー拗らせてちっとも女の子にアプローチしなかったのが一番悪いんだこの腐れドーテー野郎!! 悔しかったら次の人生でキモヲタやりながら彼女作る位の甲斐性を持ちやがれ腐れキモヲタ野郎!!」
「クソがあ!! 正論ばっかり言い腐りやがってビッチ閻魔があ!! ワシらは貴様みたいに整った顔してないから女子に近づいただけで泣かれるじゃボケェ!!」
 だったら貴様はワシが好きですって言ったら応じてくれるんか腐れビッチがあ! と、木場は佳奈美に問うた。
「好みじゃ無いから無理」
「正直すぎるだろうボケがあ!! 際の人間に情けくらい掛けるのがビッチ閻魔の役目じゃないんかい!!」
「無理な物は無理」
 あたしイケメンが好きだから、と、佳奈美は続ける。
「くそう所詮貴様は腐れビッチじゃあ!! 恋は無理でも優しい言葉の1つくらい掛けんかビッチがあ!!」
「やかましいわ! あたしはウソであんたらを騙して喜ばせるようなことはしないのよ!」
「だったらビッチはビッチらしくビッチな喜ばし方せんかい!! 折角人生の際で当たったJKじゃいっ!! はよビッチJKを見せんかい!!」
「さっきから貴様の目の前に可愛いJK閻魔ちゃんがいるだろうが目ン玉腐ってんのかキモヲタ、あぁん!?」
 それともアニメの見過ぎて現実の女の子を認識出来ないくらいに脳みそ腐ったのか! と、佳奈美は言う。
「じゃかぁしい腐れビッチがあ!! 貴様らビッチJKはぱんつくらい見せて初めて存在価値が認められるんじゃいっ!! ぱんつ見せろやビッチがあ!!」
「何であんたにそんなモン見せなきゃならないのよ!」
「じゃかぁしいビッチがあ!! 貴様自分がJKの自覚あるならぱんつくらい見せろやボケエ!! ワシぁ清楚な黒髪で大和撫子で優しくて慎み深くて包容力があって穢れの知らないバージンの女の子のぱんつはおろか、JKのぱんつですら……! ビッチ如きのぱんつも見たこと無いまんまくたばったんじゃいっ!!」
「そんな事知るか!」
「じゃかぁしいビッチがあ!! 38年、世間の皆様の害悪にだけはならないように生きてきたワシの際じゃあ!! そこでJKのぱんつも見ないでこのまま死にきれるかボケエ!! 誰も本気でまぐわわせろだの言ってねえ!! ぱんつくらい見ないで死にきれるかボケエ!! JKがぱんつ履いてるならぱんつくらい見せろボケエ!! それくらいのことがあっても良いじゃないかいボケエエ………!!」
 木場はその場でうずくまり、床をボコボコ叩きながら慟哭し始めた。
「ぱんつくらい見ないで死にきれるかボケエ!! ワシの人生なんだったんじゃクソがあ……!!」
「……あー、もう本気でクソうざい!! 今すぐ泣き止めクソ野郎!! 地獄に堕とすぞてめー!」
「じゃかぁしいビッチがあ!!」
 がばっと顔を上げた木場の前で、いつの間にか演壇から出てきた佳奈美が言う。
「これで満足がキモヲタ! JK閻魔ちゃんのパンツだ良く見とけ!!」
 佳奈美ははそう叫ぶと、自らのスカートをたくし上げた。
「バージンの生ぱんつ来たアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!」
「ひぃぃっ!?」
 いきなり立ち上がった木場が、拳を天に突き上げ咆哮する。

木場

「ワシの人生、今まさに完成せり!!! もう思う残す事など微塵も無いわ!!」
 まさに感涙に噎ぶ、そんな感じで1人浸っている木場の迫力?に押され、佳奈美はスカートをたくし上げたままであることを失念していた。
「一体何なのよ……」
「閻魔様、サービスが過ぎるかと」
「ひゃあっ」
 書記官の声に、佳奈美は慌ててスカートから手を離すと、そそくさと演壇の中に戻る。
「こ、これで満足したでしょキモヲタ!」
「じゃかぁしいクソビッチがあ!! しかし我が道は極まった! 後は煮るなり焼くなり好きにせえ!!」
 ワシぁ満足だ!! そう言い放つ木場に、佳奈美は初めて笑顔を向けた。
「……じゃあ、裁定を行います」
 佳奈美のその言葉で、木場の表情から感情が抜けた。彼は姿勢を正して彼女を見やる。
「被告人には新しい命を与えます。また人の世で趣味に没頭してもいい。間違ってイケメンに生まれたら面食いな女と好きなだけいちゃつきなさい。女に生まれ変わったらせいぜいバカにしてたビッチになって今生の憂さ晴らしでもしなさい。けどあなたは今生で自分を貫き通す強さを見せつけました。それは誇って良いです。来世でもその強さを武器に、より良い人生を歩んでください。でも、あなたの今生は視野狭窄であったとも言えるでしょう。人に何か言われたからってそれを真に受けること無く、受け流すだけの器を持ちましょう。悪意を受け流して自分を守る強さも身につけて」
「……ビッチ如きがよく言う。しかし理解した。ワシぁ自分の際に、貴様に会えて良かった」
「最後まで人のことビッチって言うのね……」
「貴様はワシの人生で一番むかついたクソビッチにそっくりなんじゃい。……そしてワシぁ、そのクソビッチの悪口にずっと人生を縛られていたのかもしれんな」
「ついでに聞いておくけど、なんでそんなにその女のこと引っ張ってたの?」
 さっさと忘れれば良いじゃん!という佳奈美に、
「……ワシはただ、そいつの綺麗な顔が忘れられんのじゃ。学校で、たまにその顔を遠目で見る事が出来れば、それで十分満足だった。だからそのクソビッチに悪し様にされたのが、本当に悔しかったんじゃボケェ……」
 木場は遠い目でそう語る。
「つまり好きだったと?」
「じゃかぁしいビッチがあ!! そんな事あるかいボケェ!!」
 好きと憧れは違うんじゃビッチ! と、木場は言う。
「拗れたドーテー野郎はワケが分かんねぇ……あ、そういえば地獄に行きたければすぐに行けるけど、取りあえず行っとく?」
「行くかボケェ!! ワシぁ生まれ変わったら小悪魔系女子になって、野郎共にたらふく貢がせるんじゃい!」
「やっぱりこいつ地獄行きだったかな、書記官さん?」
「閻魔様がそう思うなら、それで」
「じゃかぁしいわいビッチがあ!! ワシは生まれ変わる! 次は可愛い女子の人生じゃい、ボケエ!!」
 木場がそう叫んだ瞬間、彼の体は閻魔の法廷から消滅した。
「……勝手に行っちゃったけど……。あの、もしかして地獄行きになっちゃった?」
「いいえ、閻魔様。彼は人としての生を受けました」
「そう、それは良かったわね……」
 はぁ〜〜〜〜っと、佳奈美は大きなため息をつく。
 ついぞこの間こそ、同族嫌悪なJKと散々悪態付き合ったばかりだというのに、その反省もしないうちにまた酷い言い合いをしたもんだ。全く自分の器の小ささに辟易する。
 佳奈美がまた自己嫌悪に浸っていると、
「あなたの審判は間違っていなかった」
 書記官は一言、そう述べた。
「そう、それだったらよかったわ……」
 とは言いつつな〜、もう少しスマートに出来無いモンかな〜っと、佳奈美はやっぱり反省する事にした。喉も痛いし、なんだかガラも悪くなった気がするし。

Case:10 六宮木星の場合

「こんにちは」
「……こんちわ、閻魔様」
 佳奈美の前に連れてこられた若者は、佳奈美の挨拶には普通に応じた。
 年の頃は20代半ば、やせ形の男性、無精髭がそのままで、着ている服も、服と言うより単なる下着だ。

六宮

 佳奈美はそんな彼をじっと見やり、敢えて先入観と色眼鏡でもってプロファイリングを行う。以前の彼女はこのプロファイリングの結果そのままで審判を行い、-89点閻魔ちゃんに成り果てた。
 だから彼女はこの事前のプロファイリングの結果と真面目に審判をやった後の正しいプロファイルを比較して、如何に自分が“人を見る目が無いか”を自分自身に突きつけ自省するために、このプロファイリングをルーチンワークとして行っているのだ。
 ……格好や仕草、目力の具合を見るに、引きこもりか女のヒモね。多分社会とまともに関わっておらず、生活全部を他人に任せていたタイプ。しかし、それで何でこいつ死んだんだ? 少なくともヒキニーの類は親が生きてれば死ぬことは無いし、自殺するくらいの根性があるヤツはもっと緊張感のある目をしているわ。こいつにはそんなのは無い。今だって、なんだかこっちに甘えるような視線を向けている。良くいる無気力な若者というやつか。佳奈美の独善的なプロファイリング結果はこんな感じだった。……さて、あたしの見立てはどれだけ間違っているかな? 佳奈美は審判を開始した。
「これからあなたの生前の行いについて、裁きを行います」
「ねぇ閻魔様、オレ、天国行けるかな?」
 佳奈美の言葉に返事もせずに、いきなり自らの天国行きを問う被告人の甘えた目が、如何にも「その通り」と言って欲しいのだと彼女にはよく分かる。佳奈美はそんな彼を一瞥して、敢えて事務的に答える。
「……それを決める為に、今から貴方がどういった人生を歩んできて、どんな結果を出してきたのか、審判するのよ」
 しかし被告人は冷たい佳奈美の態度から空気を読むこともせず、
「オレさあ、こんなんでも結構頑張ってきたって思うんだよね、なんていうか、自分自身を褒めてやりたい!とか」
 などと、妙に自信満々に言い放つ。
 ……自分で自分のこと頑張って来たなんて言う奴は、少なくともここに来るときに下着姿じゃ来ないものよ。佳奈美はこの手の自信過剰系は星の数ほど応対してきたので、目の前の男が典型的な口先野郎だというのはこの時点で看破出来た。
「なるほどね。全部事細かに聞いてあげるから、焦んなくて良いわよ」
 時間はいくらでもあるしね、と、佳奈美は事務的口調のまま続けも、
「でもオレ早く天国行きたいし……」
 審判なんていちいちやる必要無いじゃん、と言う被告人に、佳奈美はついついため息を漏らす。
「あのね、まだ誰も天国行きとか言ってないし。まぁ天国に行けるか、地獄に堕ちるかは、ぶっちゃけもう決まってるようなもんだけどね」
 ここはジャッジする場ではあるけど、貴方が一生を掛けて何をやってきて何をやらかしてきたのかは、もう決して変えられないのよ。……あたしはそれを確かめるだけ。佳奈美は書記官の方を向く。
「書記官さん、彼のプロフィールと死因の説明をお願いします」
「承知しました、閻魔様」
 書記官は淀みなく返事すると、手で持つタブレットを操作し被告人の前に浄玻璃鏡を表示させた。
「うわ、何これ……」
 被告人が特に喜ばないところを見ると、こいつは理系のヲタでは無いのか。佳奈美は1つ事実を確認した。
「それでは、被告人のプロフィール確認を始めます」
 いつもの書記官の言葉に、しかし被告人が口を挟む。
「ねぇ、その被告人ってオレのこと!? 別に悪い事してないし、被告人とかちょっとちがくない?」
「ちがくない。ここは貴方の罪を裁く場だから貴方は被告人なのよ。そしてその罪っていうのは、今まで貴方が生きてきた世界の法律とは関係は無い。貴方が人として正しくあったのかを判断する事象のことよ」
 そんな佳奈美の説明に、けれども被告人は理解が出来ていないようだった。何か小声でブツブツ何か言っているが、佳奈美はスルーする。
「書記官さん、続けてください」
「承知しました、閻魔様。被告人の生前の名前は六宮木星(ろくみや さたーん)、享年26歳」
「はぁ!? ちょっと待って……」
 佳奈美は慌ててタブレットを操作し、被告人のプロフィールを確認する。
「あの……六宮さん、変な勘違いしないで欲しいのだけど、ちょっと貴方の名前について確認させて欲しいのだけど……木星って書いて、サターンって読むの?」
「え? あー、何かそうみたい」
「……あの、木星ってジュピターで、サターンって土星なんだけど……なんで?」
「なんか親が間違ったみたいで……サターンって木星だと思ってたらしい」
「……役所で何か言われなかったのかな?」
「自分の子供にゲーム機の名前付けるバカ親だもん、どうでも良かったんじゃん?」
「うわぁ……」
 こりゃ色々めんどくさいわ……佳奈美は早速ウンザリした。こういった輩は、外的要因が悪すぎて素行不良に陥る事が多いが、それを全て本人の責任とするのは、佳奈美はちょっと納得いっていなかったのだ。
 結果として彼の今後を決める罪が、彼の本質によるものなのか、そうでないものなのか、慎重に見極めなければならない。佳奈美は姿勢を正す。
「書記官さん、続きをお願いします」
「承知しました、閻魔様。被告人が大学2年の時、両親が事故により他界。その後学費の支払い不能により退学、妹と共に生活を始めるも就業等せずに半ば引きこもる。以降、生活は全て妹に依存するも、妹の蒸発により生活基盤が絶たれ、そのまま自宅で衰弱。死因は薬物の過剰摂取によるショック死。生活態度は怠惰で他者への依存が強く、自己中心的。家族構成は本人独身、3等親以内の親族は無し。……被告人、相違ないか?」
「え? あー、そういえば居なくなった妹は結局どうなったんすか?」
 六宮は書記官の質問に答えず、佳奈美に問うた。
「……あの、書記官さん、こういう場合は教えて良いんだっけ?」
「被告人の罪を判断する為には、死亡時の状況までは開示して頂いて問題ありません」
 そういえば前に犬のぽめを審判したときも、飼い主については教えてあげたっけ。佳奈美はタブレットで彼の妹のことを検索する。
「……貴方の家から出たあとすぐに、近くの踏切から電車に飛び込んで亡くなってる」
 六宮の妹が飛び込んだという踏切は、自宅からわずか30mのところにある物だった。
「あー?……全然気が付かなかったわ。何だあいつ死んでたんだ……ったく、オレのことほったらかしかよ」
 好き勝手やってんじゃねえよと呟く六宮に、佳奈美は、
「……ねえ、それっておかしくない?」
 と、問うた。
「え? 何?」
「なに、じゃないわよ!! あんた、自分の妹が自宅の目と鼻の先で自殺してんのよ、何でそれが分かんないとか言ってんの!?」
「え? だって、誰も何も言ってこなかったし……」
「ケーサツに届け出を出だすとかしなかったのかよ!!」
「何でオレがそんなこと……」
「自分の妹だろ!!」
「え、だって……え?」
 素で分かってないような顔をする六宮の態度に、怒りで涙がにじんだ佳奈美は歯を食いしばりながらタブレットで妹の自殺の状況を調べていく。
 彼女は飛び込み時に身分を示す様な物を何一つ持っていなく、加えて遺体の損傷が激しく顔も分からない状態だった。また歯科の治療痕も無かった(虫歯が多く、通常なら歯科医に掛かっているレベルであったにも関わらず)事と、捜索願も出されていなかったことから六宮の妹であることが分からず、結局身元不明のまま処理された。
 その後も踏切付近に事故の概要や自殺者の情報を求める看板が多く立つも、情報は全く寄せられなかった。
 閻魔帳データベースには、このような記述が残されていた。
「……ねえ、貴方にとって妹さんって何だったの?」
「え? 妹って……妹?」
「妹よ。貴方、お兄ちゃんだったんでしょ?」
「あ、そういうの良くないんじゃないの? 男が守るとか女が守られるとか、男女差別だって言うし」
 多様性とかエスイージーズ? そういうのが今の時代のトレンドだしー、と、六宮は胡散臭い起業家がやるような大げさな身振り手振りで説明するも、
「そんな此岸の屁理屈はここでは関係無い! だから貴方にとっての妹って何だったのよ!」
 佳奈美はそんな物をバッサリ切り捨て同じ質問を繰り返す。
「なんだったって……オレの飯持ってくるのと、暇つぶしの相手?」
「自分は家でゴロゴロしてて、妹働かせてご飯の面倒まで見て貰うとか……人として恥ずかしくないの?」
「だからそれって男女差別っしょー! だいたい、あいつは女だからカラダでいくらでも金稼げるけど、オレそんなの無いし。あー、オレの頭で金稼げれば良かったんだけど、仕組みっつーか、オレの頭をビジネスに結びつける奴がいなかったから……あー、だからあいつにそういうの用意しろって言ってたのに、結局何もしなかったなあいつ……」
「……あいつって?」
「だから妹のたまご」
「たまご?」
「あー、なんかたまごが生まれた頃に流行ってたちっこいゲーム機で……」
「分かったもういい」
 はぁ、と、佳奈美はため息をつく。
 自分の法廷に出てきてない人に文句付けるのも何か違う気がするけど、こいつの親も相当なバカね……。子供らにゲーム機の名前付けて喜ぶ親が居るとは信じたくない。そう思う佳奈美は、もちろん六宮に言うつもりは無いが、彼の妹と両親の行く末を調べてみた。結局彼らは皆、地獄行きの裁定を下されていた。両親は事故死と言うが、実際には酒酔運転で他人を何人も巻き込んで死亡。妹は自殺したのだからそのまま地獄行き。まぁ妥当なところだろうと、佳奈美は思う。
 あとは、自分の目の前にいるこいつの罪を見極めるだけだ。佳奈美は改めて六宮を見やる。
「……貴方の両親が事故で亡くなった時、貴方はどうした?」
「え?」
 六宮はきょとんとした顔で、佳奈美を見ている。
 ……さっきっからちょこちょこ不自然なのを感じるんだけど、こいつ認知能力に何かしら障害があるのか? こいつの罪を調べる前に、現状を把握しなきゃ。佳奈美はタブレットで六宮の死因を調べていく。
「質問を変えるわ。貴方、妹が居なくなってからご飯も食べられず、その後死ぬまで何やってたの?」
「腹減るのがウザかったから、前に買った葉っぱ吸って寝てたんだけど、もう色々面倒になったから、残り全部一気に喰ったら、なんか死んでた」
「なるほど……普通はひもじい思いをしながら餓死したりすると、ここに来た時もその時感じた苦しさが溢れかえって、もうメチャクチャになる人が多いのだけど……貴方はそんな辛い思いもしないでクスリでキメて、脳みそがバカになったまま死んだからそんななのね」
 さっきから半分ボケてる意味がよく分かったわ、と、佳奈美は言う。
「いきなり人のことバカとか言うなよ!」
 六宮は目を剥いて怒るも、佳奈美はスルーする。
「……そういえばさっき、貴方の超良い頭を使ってビジネスするとかなんとか妄言吐いてたけど、実際に何かのビジネスのネタとかアイデアとかあったの?」
「内緒に決まってんじゃん、パクられたらオレ困るし!」
「大丈夫パクらないから。それにもう死んでるから関係無いでしょ。……だからどんなアイデアがあったの? いいから言ってみ?」
 佳奈美はちょっとニヤニヤしながら聞いている。
「えー? あー、オレのアイデア……うん、そう、オレの頭の中にある」
「うん、どうせ無いの分かってるけど、説明してみ?」
「だからー、オレの頭の中にはあるんだけど、それを上手く外に出せないから困ってんじゃん」
「困ってないから、外に出してみ?」
「いや、だから、閻魔様が出してよ、それってオレにお願いしてる閻魔様の役目じゃん?」
「うん? 貴方の頭にあるアイデアは、あたしが出さないとダメと?」
「そうだよ! オレの頭にあるすっげーアイデアを引き出すのが他の奴らの役目だし、オレはアイデアを考えるのが役目だと思ってるし」
「そっかー。典型的なプライド高いだけのバカの発想ね。もう良いわ。じゃあ改めて聞くけど、貴方の両親が亡くなったとき、貴方はどうした?」
「え?」
「だから、親が死んだとき、貴方は何をやったの、って聞いてるのよ」
「あー、何か警察とか色々来たけど、面倒だから妹に全部やらした」
「……妹って、その時貴方の妹はJKでしょ、大学生だった貴方は何もしなかったの?」
「だから! 面倒だって言ってんじゃん……あんなバカ親のこと、オレが知った事かよ」
「で、全部妹に押しつけたわけだ」
「ちげーよ、オレだって大学やめさせられたし、最悪だったよ!」
「貴方の通っていた大学には、そういう時に奨学金を受けて卒業できる仕組みがあったみたいだけど?」
「え? 知らねーよそんなの」
「誰の意思で大学やめたの?」
「え?」
「だから、誰が貴方を大学やめさせるって決めたのよ?」
「あー、そりゃ大学の方で、知らないうちに退学になってたから、もう来んなって言われて……」
「知らないうちじゃ無くて、学費の督促とかあったでしょうが」
「だから知らないって、妹にやらせたし」
「自分の学校だろ! 理由になるか!! 良いからよく聞け。あんたは大学からの督促やら奨学金の申請やら、何度か連絡が来てたのを全部無視してほったらかしてたのよ! だから学費未払いで退学処分になったの! 妹とか関係無い!」
「なんだよ、もうあんなFランの学校とか、別にどうでも良かったし……」
「行かせて貰ってただけありがたく思え! ……それで、学校やめた後、何でバイトするなり働こうとしなかったの?」
「何でオレが働く必要あんのよ?」
「ご飯食べるためでしょ」
「だからオレばビジネス担当だったから、働くのとか妹の仕事だったし」
「それで妹を働かせて、自分は遊びほうけていたわけだ」
「だから違うって、オレのビジネスを引き出す奴が居なくて」
「それはもういい。……で、妹って言っても、当時JKだったわけでしょ、どうやって2人がご飯食べて生活出来る様な仕事が出来たのよ」
「あー、あいつ見てくれ良かったから、歳ごまかしてフーゾクで働かせたけど」
「……クソが」
「え?」
「なんでもない。……あの。フーゾクって言っても、万が一にでも未成年働かせてたら店の奴らはケーサツにとっ捕まるのよ。だからその辺の身分チェックはそれなりに厳しくやるんだけど、なんで働けてたのかな?」
「え? 知らないけど……」
「フーゾクって言っても、まともな店じゃ無いところで働いてたんでしょ」
 佳奈美は生前の六宮の妹について、タブレットで調べていく。
「……違法なデリヘルで、チンピラ崩れの経営者に借金全部返してやるとか騙されて、コキ使われていたみたいね。……一体いつの時代の話よ」
 しかし普通のJKじゃ、こんな風になってしまうのは仕方ないのか、と、佳奈美はタブレットに映る六宮の妹の写真を見ながら呟いた。
 彼女は六宮が言うように、いわゆる普通の美少女だった。しかし彼同様ロクな教育を受けていない為か、世間知らずで常識が欠けたところもあった様だ。
「兄貴が妹をフーゾクに売り飛ばすとか、最悪にも程があるわ。あんた妹の将来とか何か考えたことあったの? それにあんたその時20才超えてんだから、保護者だったわけでしょ」
「え? よくわかんないんだけど?」
「分かんなきゃ分かんないままでいい。……それであんたの妹は、何で家から逃げて自殺しちゃったのかな?」
「だからー、あいつの事なんて分かんないってー」
 もしこんな返答を返す六宮が機嫌悪そうにでもしていれば、少しは妹の事を意識していたとも言えるが、彼の態度はずっとあっけらかんとした物だった。分からなくて当然のことを、わざと質問されていると思っている様だ。佳奈美はそんな彼の様子に、イライラが募っていく。
「じゃあ、今から分かろうか。あんたのその超良い頭でよく考えようよ。家じゃ働きもしない兄が遊びほうけてて、自分は毎日デリヘルでボロボロになるまでセックスさせられて、ついでにあんた達の親が事故ったときに作った賠償金が8千万円あって、それで毎日楽しく暮らせる人っているのかな?」
「え? あいつ楽しそうだったけど?」
 何言ってんだこいつと、佳奈美は素でびっくりする。
「いつ? どんな時に?」
「あいつが家にいるときは、いつも暇つぶしに一緒に遊んでたんだけど、その時楽しそうな声出してたし」
「何やって遊んでたのよ?」
 あんたらの名前の由来通りにテレビゲームでもしてたの? と問う佳奈美に、
「え? 普通にセックスしてたけど?」
 六宮はさも当然、という感じで答える。
「……普通は兄妹でそんな事しないでしょ」
 頭沸いてんのか?と、佳奈美は思わず呟いた。
「だってあいつ仕事でいっつもやってんじゃん! それに比べてオレなんか、金無いからフーゾクにも行けないし、だったら妹でいいじゃん」

レイプ現場と佳奈美

「良くねーよクズ野郎!!」
「え?」
「何がえ、だ? チンピラ崩れに騙されてデリヘルやらされたあげくに、家じゃ延々兄貴にレイプされて、それでまともな精神保ってられるかよ!!」
 佳奈美は自らの拳を演壇に叩きつける。
「違うって、レイプとかじゃないし! あいつ全然嫌がらなかったし……」
「何が嫌がらないだ、全部嫌になって諦めてたんだろうが!! お前はそれにつけ込んで毎日妹をレイプしてたんだよクズ野郎!」
「だ〜か〜ら〜! 別に無理矢理ってないし、それにあいつ顔見ながらやると泣くから、ちゃんとバックでやってたし」
「あんた、自分で何言ってるか分かってる? それ以前にどうして兄妹でそんなことが出来るのかな?」
「え? ああ、オレ、妹好きとかじゃ無いから、そんな変態と違うし! だってオレ、オナホとか無理だし、本物の女のあそこが良いし、だったら妹のあそこでも入れたら気持ちいいから、それでいいわけじゃん?」
「いいわけないだろうが!!」
「だって、あいつ家に居たって部屋の隅で泣いてるだけだったし、それでオレがバックでやってやれば、アンアン言って喜んでたからあいつだって良かったワケじゃん? こういうのビジネス用語でWin-Winって言うんだけど」
「知るか馬鹿野郎!」
「だ〜か〜ら! 前からやると泣くから、わざわざバックでやってやったんだから、それで良いじゃん。さっきから何1人で怒ってんの、閻魔様さ?」
 六宮のちょっと馬鹿にしたような顔を見て、佳奈美の怒りは一周して逆に冷静になる。
「……怒って悪かったわね、あたしは人生経験少ないからそのぶん器が小さいガキなのよ。で、改めて聞くけど、貴方の妹はなんで自殺したのかな?」
「だからさっきから分からないって言ってるんだけど……」
「そう。……妊娠したからよ」
「え? 仕事で避妊しなかったの、あいつ?」
 バカじゃね?と言う六宮に、
「違うわ、あんたの子供よ」
 佳奈美は心底軽蔑した目で彼を見やる。
「そんなわけ無いじゃん、あいついつも仕事で避妊してたんじゃないの?」
「仕事、仕事ってね……あんたの妹は自殺する3ヶ月くらい前から、もうデリヘルとか行ってなかったの。あんたの妹は鬱になってて、お客が付かなくなったから捨てられてたのよ」
「え? だってあいつ、ほとんど家に居なかったし?」
「家に居たら、バカ兄貴にレイプされるから、近所の公園でずっと時間を潰していたんでしょうよ。で、暗くなって帰れば帰ったですぐにレイプされて、それで終いには妊娠して、もうどうにもならなくなったから衝動的に線路に飛び込んだ。……まだデリヘルで妊娠したってなら、ギリギリ思いとどまることも出来たかも知れないけど、自分の兄貴に妊娠させられたとか、誰にも相談出来ないでしょうが! でもそんな中、線路に飛び込むその前に、あんたの妹はあんたにこう言ったのよ、“お兄ちゃん、どうなっても私を守ってくれる?”って。……さて、その時あんたはなんて答えたかな?」
「え? なにそれ?」
「うん、覚えてないならいい。その時あんたはこう言った。“面倒だ、知るかよ”って」
「ええ? 覚えてないんだけど?」
「うん、だから覚えてないならいいって。さて、ここであんたの超良い頭で考えてみようよ。ビジネスだよビジネス。いつも通りアイデアひねり出していこう。……どんな理由であれ、その時のあんたの妹はあんたの為になることが、自分の人生の全ての理由だった。あんたの役に立つのならば、大概の辛いことは我慢出来た。わがままの1つも言わなかった。で、それにつけ込んだクソ兄貴はクソ兄貴で妹に全部押しつけて甘え腐って、まぁこれって共依存って全然良く無い状態なんだけど、そんな妹がついに限界を迎えて、でもその中で、はじめて心の底からのお願いを1つ、兄貴にしたわけだ。助けて、って。そしてその答えが“知るか”なワケだ」
 佳奈美はここで、一旦間をおいた。
「……分かんないとか言うな、そんな権利はお前には無い。閻魔が聞く。絶対に答えろ。そんな妹の最期のお願いに、“知るか”とか答えた兄貴には、一体どんな罰を喰らわせてやれば良いかな?」
 佳奈美の問いに、口をぽかんと開けていた六宮は、
「あー……。知らなかったんだから仕方ない?」
 手をポコンと叩きながら、誰にも解けない難問を解いてやったぜ!みたいに笑顔すら浮かべていた。
「そう。……では最後に聞くけど、妹が居なくなって、ご飯も食べられなくなって、その時貴方何してたの?」
「え? あー。あいつがオレの飯買ってこないし、まぁしばらくの間は仕方ないからコンビニに飯買いに行ってたけど、金も無くなったし、後は前に買ってた葉っぱで時間潰ししてたけど、もう飽きたから残り全部喰って、それで何か死んだっぽい?」
「……ご飯食べられてた間くらい、妹のこと探しに行こうとか思わなかったの?」
「え? だって勝手に出ていったのを、なんでオレが探さないといけないの? オレのせいじゃないのに」
「あんたは四六時中妹のことを抱いていたクセに、居なくなったらそれで良かったんだ?」
「だ〜か〜ら〜! オレ、妹に恋愛感情とかキモいの無かったから! たまたま若い女のあそこがあったからやってただけで、無けりゃ葉っぱ喰ってオナニーしてればまだ何とかなったし」
「実の妹を使い捨てのオナホ扱いかよ。クズにも程がある」
 佳奈美は持っていたタブレットの電源を切って、演壇の上に置く。
「え?」
「いやもういい。……書記官さん、被告人の罪について説明してください」
「承知しました、閻魔様。六宮木星の今後を決める罪におきましては一点。自己保存を怠り、自ら自滅したことが挙げられます」
「その通りね、貴方は他人はおろか、自分自身の人生も軽く扱って、自分自身で何もしてこなかった。自分の人生に対しても責任を取らなかった。それは人として全く評価できません」
「え? いやちょっと、それおかしくね!?」
「何がおかしいの?」
「だからオレはちゃんと自分でビジネス考えてたし! それを引き出せなかった周りが悪いし、妹だってオレを活かせればバカみたいに自殺とかしなくて良かったし!」
「あんたの妹が自殺したのは、あんたに妊娠させられたからでしょうが」
「だから知らないってそんなの! 避妊しない方が悪いじゃねえか! オレのせいじゃない!!」
「あんたの所為よ。全部あんたが悪いとは言わないけど、でも、あんたが一番悪い」
「だから違うって言ってんだろ! 何でオレの言うことが理解出来ねーんだよ! 大体お前みたいなガキに何で色々言われなきゃいけないんだよ!」
「あたしは閻魔であんたは被告人。それだけよ」
「そんな法律とかあるのかよ! 誰が決めたんだよそんな事!!」
「此岸の法律なんて関係無いって言ってんでしょ。この閻魔システムは、世界の理が構築したのよ。そこには人間の意思も思惑も何も関係無い。人間がこの星に生まれる前からあった仕組みなんだから。むしろ、その仕組みによって人が創られたとも言える。今更あんな如きが反抗したって、何も変わりはしない。それとも、あんたの超凄いビジネスアイデアでこの仕組みをひっくり返してみれば?」
 出来るもんならやってみろと、佳奈美は言う。
「分かるかよ! そんな仕組み知るか!!」
「何でもかんでも知らん分からんで通せば良いと思うな! そんな程度で何がビジネスだ、いい加減自分の地頭の悪さを自覚しろ!」
「オレはお前よりも頭が良いに決まってるんだからな!!」
 そんな六宮の言葉を、佳奈美は完全にスルーする。
「裁定を行います。被告人には、地獄行きを命じます。それ以外はありません」
 佳奈美の裁定の言葉に、六宮の声のトーンが一段上がる。
「ふざけるな!! 何でオレが地獄に行かなきゃならないんだよ! どいつもこいつもオレの価値がわかんねえからそんな間違った判断をするんだ! オレは認めないからな!!」
「認めなくて結構。裁定には被告人の了承なんて必要無い。閻魔が閻魔の責任で地獄に堕とすだけだ」
「お前の責任なんて関係あるか!! お前にそんな権利があるとか認めないからな! さっさとオレを天国に行かせやがれ!!」
「だから、あんたに認められるとか、それこそ関係無いから。あんたに抗弁する権利は無いの。だってあんたが地獄に行かなきゃならない原因は、全てあんたが生前作ってきたんだから」
 あたしは自分の思いつきで、あんたを地獄行きにしたわけじゃ無いのよ、と、佳奈美は言う。
「オレは人殺しも何もしてない!! 何の法律違反もしてないんだからな!!」
「だからここでは此岸の法律なんて関係無いって何度も言ってるでしょ、いい加減その悪い頭でも理解しなさいよ。でも、あたしも昔はあんたと同じ世界で生きてたから、その“よしみ”でいくつか言っておくわ。あんたは親の相続放棄してないから、民事訴訟で支払い命令受けてる8000万円を踏み倒してるし、大学の学費だって退学までの未払い分を踏み倒してるし、妹には強姦罪が適用されるだろうし、違法薬物の所持・使用で確実にケーサツにとっ捕まるしって、はっきり言ってあんたは立派な犯罪者よ」
「そんな事知らないって言ってんだろ! 何だよさっきからオレには関係無い事並べまくって!!」
「知らなきゃ許されるのって、子供くらいなもんでしょ。あんたは良い年こいた大人なの。それに、最悪知り得ない情報があったのならばそれは仕方ないけど、さっきあたしが言ったことは、全てあんたの妹から聞かされてたことばかりよ。あんたが聞く耳持たなかっただけ。本来自分で背負わなければならないことを全部妹に押しつけて、なにも見ぬ振り聞かぬ振りで、独り被害者ヅラしてたクズ野郎があんたよ。ね? 地獄に堕ちて然るべきだと思わない? それともあんたのいうビジネスとやらで、この状況をひっくり返してみなさいよ。あたしはそのビジネスが素晴らしいものなら、ちゃんとあんたを天国に連れて行く。さあ、見せてみろ」
 佳奈美に言葉に、しかし六宮は唸るだけで何も言えない。
「そういうことよ。自分の分に応じたプライドを持つことは素晴らしいこと。自分に何かがあると希望を持つことは素敵なこと。自分を誇ることは大切なこと。でもそれらを正当化するには、人に認めて貰うには、それらを裏打ちする実力が必要なの。あんたにはその実力がない。そしてその実力を付けるための努力をした痕跡も無い。ただ自分の欲望を垂れ流して妹の尊厳を踏みにじり、死に追いやったクズよ。地獄でその魂の歪みを、徹底的に直して貰うことね」
「ふざけんなオレはそんな事絶対に認めないからな!! オレこそが天国に行くに相応しい人間だ離せこのバカ野郎離しやがれ………」
 六宮は警備員に連れられ、法廷から出ていった。
 佳奈美は彼を見送りながら、彼の初見でやったプロファイリングと、審判の結果を比較してみる。正直なところ、自分の見立てよりも実際の方が酷い感じだった。それでついつい声を荒げてしまう失敗もしてしまった。結局、やっぱり自分には見る目が無いから、しっかり審判しろという事がよく分かったわけだ。この結果はとても正しい。佳奈美は自省する。
「書記官さん、あたしは彼にもう一度人生をやり直すチャンスすら与えなかったけど、それって許されることだと思う?」
 佳奈美が珍しく、審判の評価を書記官に問うた。
「貴方の正義感に照らし合わせて、それが正しいと思った事ならば正しかったのです、閻魔様」
「けど、人は間違いを犯すでしょ。正義感だって絶対的なものじゃない。もしあたしの正義感が歪んだ物ならば、それは直さなきゃならないでしょ? だからあたしは貴方の正義感に問うているのよ」
「書記官には己の正義を行使する権限はありません」
「行使とかしなくていい。あたしは貴方の言葉が聞きたいの」
「承知しました、閻魔様。私の見解としては、今回の審判も正しかったと言えましょう。閻魔様の裁定には疑義はありませんし、被告人の魂は生まれ変わってもより良い存在になる可能性は無かったと言えます」
「うん、わかった。ありがとう」
 とは言っても、ぶっちゃけ-89点って今どーなってんだ? どうせ書記官に聞いても答えてくれないだろうし、性悪チビに聞いても何かはぐらかされそうだし、大体あいつどうやって呼べば良いかわかんねーし、と、佳奈美はちょっと悩んでしまう。
 もちろん純奈に言われたとおり、実際には疲れ知らずの体であるのでこれからもいくらでも一生懸命閻魔をやるつもりだが、さすがに点数なんて気にしません勝つまでは!などと言える程自分自身が人間出来ているとは到底思えない佳奈美である。
 彼女はいつも通りに大きなため息をつくと、気持ちをリセットして次の審判に臨んだ。

Case:11 鷺宮情也の場合

「私(わたくし)は真の『愛』を、探求して参りました」

 イ・ケ・オ・ジ! キターーーーーーっ!!!!!
 佳奈美は色々と爆上がりだった。
 もう閻魔バイトを押しつけられてから何年過ぎたのやら。1万人以上の死者の審判を下してきた佳奈美の前に、ようやくまともな見てくれの死者がやってきた。
 なんせ格好いい。イケオジである。超あたしの好み♪
 思い返せばあたしのJK閻魔ちゃん人生、キモヲタやヒキニー、宇宙人やワンコみたいなイロモノ?ばかりで、まともに人生終わらせてきたような人は少数派だった。
 そして何か知らないけど、ゲロを喉につまらせて死んだ奴がやたら多い。
 そりゃあたしも似た様な死に方したけど、それにしてもこの恣意的な偏りは本当にどうかと思う。
 でもその苦労も、今日この時のための下積みであったと言えるだろう! イケオジー!! 
 年の頃は40半ばだろうか、基本は線の細い感じであるが、若干ワイルドに整えられた頭髪に、浮かべる表情は少々やんちゃな感じ。
 佳奈美の好みド直球の外見を持つ死者が閻魔の法廷に連れてこられた。
 そして吐いた言葉が“愛の探求”である。もうどうして良いのか佳奈美は分からなくなっていた。その瞳にはハートマークも浮かんでいる。

イケオジに心躍る佳奈美

「ふあああああ! 愛の探求……!」
 完全に乙女モードになってしまった佳奈美である。どこぞのキモヲタ相手に「ドーテーがドーテー拗らせてんじゃねーよこのキモヲタ!」とか言っていたいつもの彼女はどこに行ってしまったのだろうか。
「ええ、愛の探求です、お美しい閻魔様」
「おっ!? お美しい!?!?!?」
「もし私が生きているときにあなた様に出会うことがあったのならば、必ずや愛を囁いていたでしょう……!」
「はうあーーーーーっ!!!」
「生きている間にあなた様に出会えなかったことが、私の唯一の心残りです、閻魔様……!」
「あうあーーーーーっ!!!!!」
「閻魔様、被告人を黙らせましょうか?」
 審議に悪影響が及んでいます、と、書記官は舞い上がる佳奈美に冷静に述べる。
「うるせー馬鹿野郎!! あたしは今人生ではじめてコクられてんだ、少しは空気読んで黙っときやがれ!!」
「……承知しました」
 多分、他のあらゆるタイミングであるならば、一発レッドカードでそのまま地獄行きの事案であったが、佳奈美の深層意識を全て含めた魂の底からの言葉であったのだけはよく分かったので、書記官は大人しく従うことにした。
 まぁたまにはこんなサプライズもあって良いだろうという、情状酌量でもあるわけだが。
「こほん、ちょっと取り乱しちゃいました♪ あのあの、あたしって貴方みたいな、その、イケメンのおじさまから見ても綺麗?」
「綺麗ですとも! お若いのに凜とした佇まい、流れるようなお美しい髪、そして我々男性を魅了する大変整った身体………。笑顔も苦痛に歪む顔も、さぞかし魅力的でしょう! 全人類の男性を代表して、貴方の存在自体に感謝いたします……!」
「嬉しすぎて死にそう……!」
 なんてよく分かった人だろうか。あたしのことをガキだのビッチだの股が緩んでいるなどと言わないどころか、当たり前の事を当たり前として褒めてくれている。実はもう死んでるけどさ。
 佳奈美の心は決まった。事前のプロファイルとかもうどうでもいい。彼女の中で天国行きは確定である。
「閻魔様」
「分かってるわよ冗談よ」
 そんな事を言いつつ、佳奈美はうっとりとした瞳のままで審判を開始した。
「これからステキなおじさまの審判を始めます……。書記官さん、おじさまのプロフィールと死因の説明をお願いします」
「承知しました、閻魔様」
 書記官が返事すると、佳奈美曰くステキなおじさまの目の前に浄玻璃鏡が表示される。
「ほお、これはすごい」
「えへへ、あたしも原理とかよくわかんないけど、未来の技術なんですって」
 佳奈美は自分が褒められたわけでも無いのに、テレながら浄玻璃鏡の説明をするも、
「いえ、私が今まで愛を分け与えてきた女性達の数に、改めて感慨を覚えているところです」
「あ、そ、そうね……」
 勘違いした〜〜〜!! 佳奈美は一気に泣きたくなった。
「……あの、じゃあ、審判を続けます……書記官さん〜〜」
「承知しました、閻魔様。被告人のプロフィール確認を始めます。被告人の生前の名前は鷺宮情也(さぎみや じょうや)、享年47歳。有名大学卒後、企業コンサルタントを起業。その傍ら、自ら愛の伝道師を名乗り、主に女性向けに恋愛サポートを行う。生活態度は勤勉。家族構成は両親健在、独身。恋愛サポートの中で自ら恋人役になる事も多く、異性関係のトラブルは多数あるも、女性に向けた姿勢は常に真摯であった。……被告人、相違ないか?」
「ございません、書記官殿。仰せの通り、私は数多くの愛に悩む女性を救うべく、活動して参りました。むしろ企業コンサルはそのための資金調達手段であり、本業は愛の伝道と自負しております」
「あの……コンサルが資金調達と言うことは、その、恋愛サポートでの収入は?」
「ございません閻魔様……! 愛に悩む女性から金銭を受けるなど言語道断! ボランティア等と言うと大変おこがましい限りですが、全て私の持ち出しで行っておりました」
「はうあー……」
 なんて格好いい人なんだろうと、佳奈美は心の底からそう思った。見てくれだけで無く、心の中身もだ。
「人は全て女性から生まれるものです。私は男として生を受けましたが、その事実からしても女性に対する畏敬の念を感じずにはおれません……! 私はそのような女性が思い悩むことが許せないのであります。常に幸せを感じて欲しい。そして幸せを感じる女性は美しい! 私は美しい女性がより美しくある為に、主に恋に悩む女性のサポートをして参りました」
「なるほど……具体的にはどんなサポートを?」
 あたしもヤリサー共に殺される前にこんな素敵な人に会っていたら、どうでもいいイケメンなんかにうつつを抜かさず長生きできたのだろうか? 佳奈美は今更であるが、そんな事を考えてしまう。
「女性の愛の悩みは多種多様でした……。私はつどその女性に合ったサポート、つまり相談相手であったり、恋人として振る舞ったり、セックスで女性としての悦びを感じて頂くなど、あらゆる事をして参りました」
「せ、セックス……その、身体の繋がりもあったと?」
「それはもちろんです、閻魔様……! セックスは、愛の1つの究極の形であると言えましょう。むしろ大変大きなウェイトを占めます」
「はあ〜〜」
 やっぱり処女だとこういうの良く分かんないなぁと、佳奈美はちょっと寂しくなった。
「おお、閻魔様……! なぜ故そのような悲しいお顔をされるのか! 何か私に至らぬ事があったという事でしょうか!?」
「うぇ!? い、いや、そういう事は全然なくて……!」
 むしろ貴方の素晴らしさに比べて自分なんてダメだなーって思ったくらいで、と、佳奈美は苦笑いをする。
「そんな事はありません閻魔様! 貴方はお美しい! 私は貴方の美しさを、より良いものにしたい!」
「うえぇ、そんな、美しいとか……恥ずかしいですぅ」
「恥ずかしさなど感じる必要は無いのです閻魔様! 貴方はより美しい存在になれると、この私は確信いたします! もしこのような場ではなく、生前に貴方とお目にかかることが出来たのなら、私は自ら貴方の元にひざまずき、貴方により崇高な愛を、私の全身全霊を持ってお渡ししたでしょう! それが出来ないことが、今の私にはとてもとても悔しい!」
「う、うわあああああ」
 これはガチな告白なのか!? 佳奈美の顔は火を噴く勢いで真っ赤っかである。
「もし生前に出会うことが出来たなら、私は自分の男を抑えきれなかったでしょう! 率直に言いますと、私は貴方の身体を感じたい!」
「ひゃわあああああ!」
 イケメンに“やらせろ”って言われたー!! あたしの処女って、もしかしてこのときのために取っておいたのかも!?
「あ、あの……あたし、その、まだ経験なくて……」
「それは素晴らしい!! しかし、貴方のような美しい女性の心を射止めなかった男共の不躾さ加減、なんと嘆かわしきことか! いや、気後れしてしまうと言うのならば、私も大いに共感できるという物でしょう……!」
「そんな……あたしなんか、全然モテなかったし……」
「見る目の無い男共よ、つくづく情けない……!! このような素晴らしい女性が身近に居ながら、何か思うところは無かったというのか! 私は想像できる! 貴方と共に肌を合わせるときの幸福感を! オルガズムに沸き立つ神経の高ぶりを! 命の炎が消える瞬間に見せる本当の輝きを!! 私は貴方と、結ばれたかった……!」
 もうこれは精神的壁ドンの一種だろうか!? 処女で恋愛経験なしで実は男性への免疫も大して無い佳奈美は、完全に相手のペースに飲み込まれている。
「あうあ〜〜〜!! で、でもぉ、そんなコクられても、あたし閻魔だから……」
「いえ? 閻魔様、これは告白ではありません」
 いままでの熱量ある台詞とは打って変わって、なにか冷たい感じのする返事であった。
「へ?」
 あれ? あたしまた何か変な勘違いして独りで舞い上がった!? 今までの幸せな気持ちが一転して、そのままネガティブな羞恥心に変わる。佳奈美の目から涙があふれてくる。
「私は愛の伝道師。全ての美しい女性に真の愛を伝えることが私の生きる道。それ故、我が心全てを特定の女性に向けることは叶わないのであります……! おお、泣かないでください閻魔様! 少なくとも、貴方の愛の気持ちは、私は全身全霊を持って受け止めましょう!」
「あぅ、えっと、あの、何かまた勘違いしちゃった、みたい……へへへ」
 勘違いしたというのが勘違いだった、という事だけはなんとか理解出来たので、佳奈美の涙はすっと引っ込んだ。我ながら現金な女だなぁと、佳奈美の冷静な部分がそんなことを考える。
「おお……! 貴方にはそんな悲しみの涙は似合わない! 女性の涙は、悦びの際に果てる瞬間に沸き立つ、その涙こそが美しい!」
 鷺宮は確信を持ってそう述べる。そんな彼の真摯な顔を見ながら、佳奈美はただただ感心するばかりだった。
 けどまぁ、所々で出てくる、ちょっとえっちな台詞が何とも恥ずかしいけど……。悦びの際に果てるって、要はセックスしてイク時に出ちゃう涙とかが綺麗って言ってんのかなぁ、経験豊富なイケメンは言うことが違うわーと、処女で実感が持てない佳奈美はちょっと気後れを感じる。
 実際イッたこととか無いし、独りで……その、弄ったこととかちょっとしか無いし。
「あの、すると、貴方は色々な女性から好きとか言われて、それを全員受け止めていたと?」
「もちろんです閻魔様……! 美しい女性達の気持ちを受け止めずに、どうやって私から真の愛を伝える事が出来るでしょう!」
 そりゃそうだと佳奈美も思う。まぁ女の方だって相談相手って事で付き合ってたんだろうから、他のクライアントがいるとしても、そこは疑問に思わないだろう。
「でも、独占欲を漲らせた女とか居なかった? もう本気で貴方のことを、その……好きになっちゃった人とか」
「はい、閻魔様。そのような女性も数多くいらっしゃいました。しかし私は全ての美しい女性に愛を伝える身。それは叶わぬ事と、努めてお断りしましたし、真の愛を伝えればその問題はなくなります」
 なるほどなるほど……
「要はちゃんと説得して、本当の恋人にはなれないって納得させたのね」
「納得したかどうかは、さすがに私も人の身、女性の本当のお気持ちまで理解が及びません。しかし多くの方には、最期には綺麗な涙を流して頂けた。それだけは間違いございません」
 要は最後にセックスして、しっかり失恋したのかと、佳奈美は理解した。
「えっと……そういえば死因とか聞いてなかったっけ……書記官さん、お願いします」
「承知しました、閻魔様。被告人の死に至る行動を報告します。鷺宮情也は恋愛サポートの業務においてクライアントの女性と喫茶店にて応談中、他のクライアント女性によってナイフで腹部を刺され、病院に運ばれるも大量出血のために多臓器不全となり死亡しました。いわゆる失血死であります」
「私の人生において最大限の失態、そして2人の女性に迷惑を掛けた、恥ずべき事態でありました……。出来れば死なずに、私に刃を突き立てた女性も救いたかった。真の愛を伝えたかった。彼女は悪くないのです。私がより彼女を理解していれば、綺麗に終わらせることが出来たのでしょうが……」
 鷺宮は、この法廷に来て始めて涙を流す。
「閻魔様、どうか彼女をお許しください……! 私の失敗です、私は彼女を止める事が出来たにもかかわらず、このような凶行を及ぼすに至らせてしまったのです……!」
「ごめんなさい、それは出来無い。他人の閻魔に審判には一切干渉できないの。その人がもし今後ここに来たときは、きっと貴方を殺した事を大きな罪として断罪されるでしょう。けど、その貴方を殺すほどの狂おしい気持ちが、もしも彼女の魂すらあらがえないとても強すぎるものだったとしたら……その、貴方とっても素敵だし、そういうのだったら、いきなり地獄行きって事は無くなるかも」
 だから貴方は、今は自分のことだけを考えて、と、佳奈美は言う。
「おお……! 閻魔様はお優しい……。今の言葉で十分です、きっと彼女も救われるでしょう……!」
 自分を殺した相手を救いたいという被告人は、ごく稀だがいることはいる。大概は恋人同士や親友同士で、ケンカや何かのミスをしてしまい、誤って死に至らせてしまった場合だ。
 しかし今回は痴情のもつれが原因。鷺宮にとってみれば、完全に勘違いで殺されたのだ。このような状況で相手に無罪を願う死者はなかなか居ない。何が鷺宮をここまで人格者たらしめるのか。佳奈美はきっとステキな理由があるのだろうなと思い、聞いてみることにした。
「貴方がとても立派な魂を持っている事がよく分かりました。そこで改めてお伺いしたいのだけど、貴方をそこまで突き動かす動機ってなんなんですか?」
 なんでそこまで無償の愛を他人に分け与えられるのか、と、佳奈美は問う。
「いいえ、私は無償で愛を伝えているわけではございません! あくまで私にとっては、見返りがある事なのです」
「それは?」
 お金も取ってないでしょうに、どうして? と、佳奈美は疑問をぶつける。
「お美しい女性と時を共に過ごせることが、私にとって何よりの見返りとなります。私とて男、美しい女性と会話し、時にはデートをし、またセックスをして快楽を得ることに、悦びを感じられずには居られません」
 なるほどなるほど……今まで聖職者か何かか?と思っていたが、ある意味この人も人間だったという事なのね。まぁそれで女の方も満足するというなら、それはそれで男女の話だから他人のあたしが無粋なことを言う事も無かろう、と、佳奈美は納得した。
「つまり、お金のやりとりは無かったけど、相手の女の人から得る物はあったって事なのね」
「仰るとおりです、閻魔様……! もちろん、全ての女性に真の愛を伝えられたわけではございませんが、できうる限りのことはして参りました。おかげで私も、何度も悦びを得る事が出来ました」
「生きていた頃の自分を誇れる、と言う訳ね」
「ええ、ええ、その通りです。……しかし、敢えてわがままを言わせて頂ければ、もっとより多くの美しい女性に真の愛を伝えたかった。美しい涙を見たかった……」
「それはわがままではありません。死者は皆、おんなじ事を考えています。ほとんどの人が、まだ死にたくないって思うもの。やり残したことがあった、まだ生きていたかったって」
「今、痛烈にその思いにとらわれております……。まだ相談を受けている途中の女性が何人もいらっしゃいました。彼女らには、是非とも真の愛を伝えたかった。最期のわななきをこの身で感じたかった。美しい涙を流して頂きたかった……! きっと私が死んでしまって、辛い思いをされたことでしょう……」
「そうよね、例えばどんな人が相談相手だったの?」
「はい、私が刺されたときは、5名の女性から相談を受けておりました。中学生が2人に高校生が1人、社会人が2人です」
「……へ? 中学生!?」
「はい。一人は小学校の頃の彼氏と学区が別れてしまい、辛くて仕方がないと。もう一人は高校受験で大変なプレッシャーを受けられていて、精神的に頼る人が欲しいとのことでした」
「……確かに悩み多いお年頃なのは分かるけど……しかし貴方みたいなおじさまに頼るにはちょっと早すぎじゃないかなぁ??」
「そんな事はございません、閻魔様……! 美しい女性の笑顔が曇ることは、私は許せないのです!」
「それは分かるけど、そのガキ共、将来が心配だわ……」
 若いウチからこんなステキなイケオジに優しくされたら、クラスメートの男子なんて単なるはな垂れのクソガキにしか思えないでしょうに……と、佳奈美は要らん心配をする。
「……ちなみにその子達、具体的にどうしたの?」
「二人とも相談相手として接しておりました。もう少しで真の愛を伝えられるかと思っていましたが……」
「……ちなみにセックスとか、してないよね?」
 別に此岸の法律とかどうでも良いけど、中学生女子とヤルのは何か違うと思う、と、佳奈美はぼやく。それにこんなイケオジと初体験しちゃったら、もう二度とクラスのはな垂れ男子なんか視界に入らなくなるわ、と、佳奈美は余計な事も考える。
「ええ、まだしておりません。彼女らはとても辛そうな表情をしておりました。私にとっての最優先事項は、彼女らに笑顔を取り戻して貰うことでした。美しい顔をして貰わないとだめなのです」
「なるほど……ちなみに貴方が刺されたときに一緒に居た女性っていうのは、社会人の方?」
「いえ、小学校の彼氏が、との相談をしていた中学生でした」
「うわあ……で、刺したのはやっぱり社会人?」
「いえ、高校生でした」
「うわあ……」
 殺人なんて歳は関係無いかも知れないけど、しかしこれはこれで修羅場だわ、と、佳奈美は思う。
「彼女の将来が心配です。私がもっと早く彼女を終わらせておけば良かったのですが、私の言葉を受け入れて貰うのに時間が掛かってしまい……。そして偶然にも喫茶店で鉢合わせしてしまい、私の制止を聞き入れて貰えず、手にしたナイフで」
「……もしかして、そのJKって、貴方のこと自分の彼氏かなんだかって勘違いしていたとか?」
「仰るとおりです、閻魔様……。私は、なんとか彼女に納得して頂きたかったのですが、彼女との関係性を話題に出すと怒り出すことが多く話が出来ない状態となり、また、関係を強くして真の愛を伝えようとすると、逃げてしまい……」
「なんか面倒くさい女だったのねぇ……」
 確かにこんなステキなイケオジとお話ししてたら、そりゃ独占したくなるのも分かるけど……でもこの人ちゃんと相談に乗るって前提で応対してるのだし、何で勝手にのぼせ上がった上に他の相談相手といたからってだけでナイフなんて持ち出すんだ? まぁまともに人を好きになった事も無い自分には訳が分かんねーし、そもそもここはそのナイフ女の法廷じゃ無いんだし、と、佳奈美は思考を若干放棄して、神経を鷺宮に集中する。
「えっと、ちなみにそのJKってどんな悩みだったの?」
「はい、彼女の恋人と、上手くいっていないことを悩んでらっしゃいました」
「ほうほう、それで恋愛相談を」
「その通りです。恋人は、早く身体の関係を持ちたがっているようでしたが、彼女はそれを潔しとせずに」
「まぁ、それはその通りでしょうねぇ」
 妊娠したら困るし、と佳奈美は思ったが、
「女性の美しさは、躰を重ねるときにより顕在化すると言えましょう……! 私は、早く関係を持つことを勧めました」
「ん? そ、そうなんだ?」
「はい、閻魔様……! 躰を重ね、己がものを女性の体内に挿し入れたときに浮かべる女性の顔は、大変美しい……! それが快感によるものであれ、苦痛に歪むものであれ、まさに命の煌めきが其の表情に表れるのです」
「はあ……」
 やっぱこの辺は、男と女じゃ考え方の根っこが違うのかなぁ、と、経験のない佳奈美はよくわかんないので、あまり深く考えないようにした。
「なので、私自ら、そういった女性に対して男性をお教えすることも多くございました」
「えっと……つまり、その、実際にセックスして、自分のカレシとやる時に上手く行くように、みたいな?」
「おお、閻魔様はご理解が早い……! その通りです、それで異性との交わりに自信を持って頂ければ、女性達の悩みも大きく減らせるというものです」
「なるほどー……確かに慣れた人に手ほどきを受けておけば、お互いワケわかんない状態でやるよりもましな状況なのかも……?」
「私は、そうやって多くの女性の悩みを少しでも解消すべく、努力して参りました。またより深い悩みを抱えていたり、今以上に美しい表情を出せるのに出し切れていない女性には、真の愛を伝えることで、彼女らの持つ美しさを十二分に引き出すことも行って参りました。その時に流れでる涙の味は大変甘美で……私も、美しい女性をより高みへと誘うことが出来、男としての悦びをより多く得られる事が出来ました……」
 うーん、何かエロス!って感じ事を言ってるんだろうか? それとも何かステキなプレイなのか……まぁ、相談を受ける中でたくさんの女性とセックスしてきたのだろうから、何かしらその中でこだわりみたいなのがあったのかなぁ、と、佳奈美は思う。
 もしあたしがこんなステキなおじさまに、ゆっくり性の手ほどきを受けて、優しく初体験されちゃったりしたら……やわやわと体中を優しくタッチされて、あたしのサ○ンラップでない膜を、ゆっくり溶かすように少しずつ広げちゃったりして……
「は、はふう……」
 佳奈美の顔が、再び火を噴く。
「!? どうかされましたか、閻魔様……!」
「あ、いや、なんでもないですぅ……」
 まさか目の前のイケオジでえっちな想像をしたなどとは言えない。言わないのはウソでは無いぞ、だから赤くなるな浄玻璃鏡!
 佳奈美は冷や汗を流しながら、へへへと笑ってごまかす。
「えっと、そしたら審判の結果を出したいと思います。貴方は数多くの女性の悩みを解決してきて、それは大変に評価できることです」
「お待ち下さい、閻魔様」
 何じゃこのステキなイケオジに天国行きを申し渡そうとしているのに! 佳奈美はあからさまに不機嫌そうな目で書記官を見る。
「この人の罪のこと? どうせ不特定多数の女性と肉体関係を持ったとか、不倫だったとか、ネトラレだったとか言うんでしょ? それを含めて判断してるけど」
「いいえ。被告人、鷺宮情也の今後を決める罪におきましては一点。己が欲望のために、58人の女性を殺した事が挙げられます」
「………え?」
 佳奈美の顔が引きつる。
「えっと……え? ちょっと待ってよ、58人殺した? どういうこと!?」
「その表現は承伏いたしかねます、書記官殿!」
 鷺宮はとても真面目な顔で、佳奈美や書記官を見やる。
「そ、そうよ、なんで悩み聞いてたのが、殺したとかになるのよ……。あ、もしかして悩みが消えて人が変わったくらい変化したから、それを生まれ変わったみたいに言ってるとか?」
「閻魔様。今までの15624回の審判で、私がそのような迂遠な物の言い方をしたことがありましたでしょうか」
 そろそろご理解下さい、と、書記官は言う。
「っ」
 佳奈美は鷺宮に顔を向ける。
「あの、鷺宮さん、どういう、こと?」
 そういった佳奈美の声は掠れていて、彼女の喉はカラカラに乾いている。
「私は彼女らを殺してなどおりません……! 真の愛を伝えただけです……!!」
「あの、殺してないって言ってるけど?」
 ここではウソはつけないんでしょう? 佳奈美は書記官にすがるような目を向ける。
「被告人は、嘘は申しておりません。ただし、その言葉が、我々が通常思い浮かべるものと違う場合があります。……閻魔様、被告人からよく聞き、よく考え、より良い裁定をお下し下さい」
「わ、分かってるわよ……」
 佳奈美はつばを飲み込み、とにかく乾ききってひりつく喉を無理矢理潤した。
「あの、鷺宮さん、ここでは嘘はつけないって知ってるよね?」
「ええ、閻魔様。そのように調整されております。私はいっぺんたりとも、嘘は申しておりません……!」
 そう答える鷺宮の顔は、真摯そのものであった。
「あの、そしたら何で、殺したとか言われちゃうのかな……」
「ふむ……なるほど閻魔様、確かに第三者的にはそのように見える事があるのかも知れません」
 鷺宮は続ける。
「確かに、私が真の愛を伝え終わった後、女性達は結果的に死に至ると言えましょう」
「は……?」
 それってどういう? と、またもや掠れた声で佳奈美が問う。
「私の定義する愛とは、つまり悦び。女性としての悦びでございます。私は女性に悦びを伝えたい、悦びを感じて貰いたい。ずっと悦んでいて貰いたいのです」
「そうよね、ずっとそう言ってたもんね」
「その悦びには、命が等価交換となります。彼女らは自らの命の輝きで悦び、美しい表情を手に入れ、そして私はその美しさと重ねた身体から彼女らの悦ぶわななきを得る事で見返りとします」
「うん、そうなんだけど……なんか良く分かんないって言うか、あの、それで何で死んじゃうの?」
「閻魔様。これをご覧下さい」
 書記官が手に持つタブレットを操作すると、佳奈美の前に空中投影の写真が映し出される。
 そこには、乱暴にセーラー服を脱がされ、股間から血を流し、口から泡を吹き出した小柄な女生徒が、どこかのホテルのベッドに横たわっている様子が映し出されていた。

凄惨な写真に口を押さえる佳奈美

「!?」
 佳奈美は瞬間的に口を手で押さえ、こみ上げる物を必死で我慢する。
 よく見れば、彼女の細い首は真っ黒に鬱血し、おかしな曲がり方をしている。
 既に光を失った目からは涙が流れ落ち、丸い髪飾りで結ったお下げを濡らしていた。
「あ、純奈……!?」
 写真に写る女生徒は、佳奈美曰く性悪チビ、純奈にそっくりであった。
「閻魔様、被告人のいう愛を伝えるというのは、こういうことです」
 ふーふーと、押さえる手に隙間から息をこぼす佳奈美は、もう我慢しきれずかがみ込んでその場で嘔吐する。
「おお、大丈夫ですか閻魔様……!」
「うるさい……何が愛を伝えるってのよ……」
 吐瀉物でべとべとになった手で口元の汚れを払い、佳奈美は鷺宮を見やる。
「これのどこが愛なの!? どう考えてもレイプして首を絞めて殺してるじゃない!!」
「それは事象の一部のみをあげつらっているに過ぎません、閻魔様……!」
「どういうこと!?」
 佳奈美がそう叫ぶ間に、書記官がタブレットを操作し、彼女の吐瀉物を消し去っていく。
 佳奈美は書記官に礼を述べ、演壇に戻る。
「……私は、女性には常に美しい顔でいて頂きたいと考えております!」
 鷺宮は佳奈美が自分に視線を合わせたのを確認し、言葉を続けた。
「それはそうだけど……だったらなんで殺すの!?」
「女性が亡くなってしまうのは副次的なことなのです。美しい顔をして頂くには、命を賭ける必要があるのです……!」
「だから意味が分からない! 命を賭けるって、殺してるんでしょ!?」
「殺してなどはおりません、閻魔様……! 女性に美しい顔を、最期の命の煌めきを、わななきを……そこに至る時に死んでしまうこともあるということです」
「つまりこれは事故だって言いたいの!?」
 確か以前に窒息オナニーとかで勝手に死んだヒキニーがいたけど、あれと似た様なプレイだったという事か? 佳奈美の頭の中は疑問で一杯になる。
「事故などではありません、閻魔様! 私は常に最善の手順を尽くしておりました……!」
「だったらなんで死んでるの! 1人や2人ならともかく、58人とかおかしいでしょ!?」
「ですから、命を奪うことは必然では無く、副次的に起こってしまう事象なのです、閻魔様!」
「訳が分からない……」
 どうも重要な部分で、彼とのコミュニケーションが成り立っていない。
 さっき書記官さんが言ってた“その言葉が、我々が通常思い浮かべるものと違う”と言うのがキーになるのだろうか?
 佳奈美は改めて鷺宮に問うた。
「あなたがさっきから言ってる“女性の美しい顔”って何なの? 具体的に言って」
「はい、閻魔様。それは笑顔、悦びに蕩けた顔、苦痛に歪む顔です」
「ちょっと待って……なんで美しい顔で苦痛とか出てくるの!?」
「美しさとは、命の煌めきが現れる瞬間です。強い感情に突き動かされ、理性を超えた先に浮かぶ表情は皆美しい。特にその中でも、命の炎が消える瞬間に浮かべる表情には、その女性の人生で得られた全ての美しさが宿ります……!」
「……つまり、死ぬ寸前に見せる顔が良いって言うんだ……?」
「いいえ、閻魔様。死は関係ありません。あくまで命の炎が消える寸前に浮かべる表情に、崇高な美しさが宿るのです……!」
「意味が分かんない……」
 そんな佳奈美の呟きに、鷺宮は大きくうなだれる。
「私の語彙力が足りないばかりに……閻魔様にご理解頂けないこの状況に、本当に申し訳なく思います……!」 
 字面だけ見れば狂人の嫌味か何かにしか思えないが、しかし鷺宮の態度は真摯の一言に尽きる。彼は本気で佳奈美に対して申し訳ないと詫びているのだ。
「……つまり、あなたの言う美しい顔っていうのは、首絞められて死ぬ寸前に浮かべる苦痛に歪んだ顔って事なのよね」
「その通りです、閻魔様……!」
 鷺宮は顔を上げ、良い笑顔を佳奈美に向けた。しかしその笑顔に、佳奈美が好意を寄せることは二度とない。
「それでもう一つ聞くけど、“真の愛を伝える”って具体的には何をするの?」
 あなたが一番大切にしてる事よね、と佳奈美は言う。
「はい、閻魔様……! 私は美しい女性に真の愛を伝える為に生きて参りました……!!」
「ええ、それは分かってる。だから具体的に何をするの?」
「真の愛とは、すなわち女性に永遠の幸せを感じて頂くこと、それに尽きます……!」
「……あなたの概念ではなくって、実際にどういう行為を行うか、それを聞いているのよ」
「おお、行為、ですか……。私が真の愛を伝える対象は、特に心に大きな負担を抱え、なかなか美しい表情を……笑顔になれない女性達となります。彼女らには、是非とも美しい表情をして頂きたいがために、女性としての悦びを感じて頂く事で、少しでも美しさを取り戻すお手伝いを致します」
「回りくどい説明はやめて。もっとわかりやすく、直接的な説明をして」
「申し訳ございません閻魔様……! なるべく閻魔様にご理解頂ける様、改めて説明いたします……! 悩みを抱えられた女性達には、カウンセリングや相手が望まれましたら擬似的な恋愛関係となり、笑顔を取り戻して頂くことに専念いたします。しかし心を病んだ方や、自信が無く酷く落ち込んだ方など、到底笑顔を取り戻せない方々には、セックスを行い快感を感じるか、または強制的にペニスを挿入することで膣に走る痛みで苦痛を感じる事により、より美しい顔を手に入れて頂くことになります。さらにその美しさを彼女にとっての永遠とすべく首を絞め骨を折ることで、彼女らはその時浮かべる最高の美しさを固定する事が出来るのです。その時、私は、彼女らの美しい顔を間近で拝見すると共に、絶命の瞬間に膣が激しくわななく尋常ならざる快楽をペニスに受け、精を放つのです……! この快感は、通常の性行為では決して得られぬ至高の悦楽。そしてこの瞬間、サポートの依頼者たる女性と私の間に成果と報酬がそれぞれ分配されることとなるのです」
「……つまりレイプして首を絞めて、今際の際に震える女の中に射精するってのね……」
 また強い吐き気が胃袋からせり上がってくるも、グッと我慢して佳奈美が言う。
「おお、閻魔様……それは事象の表面をなぞった言い方に過ぎません……!」
「だったら事象の中身はなんだって言うのよ」
「私も男として生を受けた以上、美しい女性の体内に精を放つことは大きな悦びとなります……! 私の恋愛サポートでは金銭を頂くことはありませんが、彼女らが最高の美しい表情を得たその“おこぼれ”を授かる事で、よりモチベーションを向上させて参りました。つまりより多くの女性が美しい顔をして頂く為には私のサポートが有用であり、そしてそれには私自身も男しての悦びを得なくてはならないのです……!」
「だからあなたのお悩み相談を受けるには、対価としてセックスさせて、最期には首をへし折られて死ねという訳ね」
「閻魔様、一部違います……! 先程も申しましたとおり、死は必然では無く副次的な物です……!」
「おんなじ事よ。……ねぇ、あなたに相談を持ちかけた女は……そもそも向こうから相談してきたかも怪しいけど、命を賭ける程の悩みだったのかな?」
「ええ、それは間違いございません閻魔様……! 私に相談をしに来てくれた女性達は皆、辛そうな顔をして、そして言葉でも辛い、と申しておりました」
「死ぬほど辛いって?」
「その通りです閻魔様……! 彼女らは皆辛さによって美しい顔をどこかに置き去りにしておりました」
「そう……。あなたの言う美しい顔ってのは、普通の生活してればほとんど見せない類の物だったんじゃないかな?」
「閻魔様、それはどういうことでございましょう……?」
「大好きな男にコクられてメチャクチャ喜んでいる顔とか、好きな男とセックスして本気で感じてる顔とか、あなたの概念だったら死ぬほど辛くてどうにもならない、断末魔の雄叫びをあげる顔とか……」
「ええ、ええ、閻魔様、それはどれも美しい!」
「そんな顔、一生で何回するんでしょうね……。ふつーは、みんな普段の生活で精一杯で、そんなはじけた笑顔やらイキ顔やらは出しはしないわよ。みんなつまんなそうにしてるのが普通なのよ」
「そうです閻魔様! 私は、そんなつまらなそうなお顔をした女性が多くいるのが本当に許せなかった! だからより多くの美しい顔を……」
「それはお節介なのよ!」
「お節介? 閻魔様は、私の女性を救う行いが、女性にとってお節介だ等と仰るのですか……?」
「……ごめんお節介じゃ無いわ。あなたの本心はよく分かった。本気で女性の事を想い、大切にしようとしていたことは認めます。でもあなたの行いは、第三者的に見たら快楽殺人者と同じよ。それに合意があったのかも知れないけど、途中で首絞めたら強姦殺人と同じ。到底許されるものじゃ無い」
「快楽殺人者!? 私はそんな下劣な者共と一緒ではございません!!」
「もしあなたが、単に女をレイプしたあげくに首絞めて死んだ瞬間に射精するのを喜ぶ変態だったら“地獄に堕ちろゲス野郎”って速攻で地獄に堕としたでしょうけど、でもあなたはずっと真摯な態度で自分自身の良識に従い人生を全うしたことがよく分かりました。だからあたしは、あなたの人生が自分自身で誇れるものであったと認めます」
「おお……閻魔様は私を認めてくださるのか……!」
「ええ、閻魔として認めます。あなたの魂は完全に狂っています。このままでは人類にとって大きな害悪となるでしょう。だからあたしはあなたに地獄行きを命じます。生まれ変わりも許しません」
「なんと!? 私は懸命に女性に愛を伝える為に努力して参りました、それをなぜ地獄行きなどと……!」
「残念だけど、今のあなたにはその理由は分からないでしょうね……。何万年後か、もし奇跡的に魂の調整が完了したら、その時に“レイプされて首を折られて死んだ女が幸せだったか?”って考えてみてね」
「それは今でも分かる! 美しい顔を出来ていれば幸せであったと……!」
「うん、だから地獄行き。さようならイケメンのおじさま。あなたに殺された女達の恨み、せいぜい地獄の苦痛で思い知る事ね!」
「理解頂けなかったこと、残念です……!」
 鷺宮はそう言い残し、法廷を出て行った。
 やがて法廷は静寂で包まれるも、しかし間を置かずして、すすり鳴く声が響き出す。
「あたしは……また思い込みで……あんな殺人鬼を天国行きにしようとした……!!」
 全然分かってない! と、佳奈美はそう叫んで演壇に拳をぶつける。
「しかしあなたは結果として正しい審判を行った。問題はありませんが」
「どこが問題無いのよ!! あなたが純奈の写真を見せてくれなきゃ、あたしはきっとあんなやつを、調子に乗って天国行きにしてたわよ!!」
 だいたい写真の前にもあいつの言葉には変なところがいっぱいあったのに、それを全部都合が良いように捉えてた、と、佳奈美は後悔の念で押しつぶされそうになる。
「あの写真を純奈殿と言った覚えはありませんが?」
「はぐらかすな! どう見てもあの性悪チビでしょ!!」
「確かに生前の姿ですが、今の彼女の在り方とは直接的な関係はありません。同一視せぬように」
「訳が分からない……」
 純奈が昔、“男の人は大っ嫌いです”と言っていた意味が、身を切られるほどによく分かる。騙されたんだかはたまた自分で行ったのかは知らないが、一度は信じた相談相手にメチャクチャレイプされたあげくに首をへし折られたら、そりゃ男なんて大嫌いになるだろう。
 チャラ男に毒盛られてゲロで死んだ自分なんて、なんてお気楽な死に方したのだろうか。大体睡眠薬で眠らされたから、苦痛なんてちっとも感じなかったし。
「前にあいつに-89点だって脅されてたのに、あたしは結局全然反省出来てないのよ。地獄行きはやだけど、でもそういう意味で悔しいんじゃ無い、あたしは自分でしっかり閻魔をやろうって決めたのに、それが全然履行できてないのよ……」
 イケメンにつられて死んだくせに、またイケメンにつられてとんでもない誤審をしかけた。
 何度同じバカやってんだと、佳奈美は悔しくて悔しくて、やがて大声を上げて泣きだした。
 広く昏い閻魔の法廷に、佳奈美の泣き声だけが響く、
 その傍らにいる書記官は、佳奈美が泣き止むまで何も言わず、ただじっと、彼女を見守っていた。

Case:12 伊井場忠自の場合

「キミが私の担当かね?」

 演壇に立つ佳奈美の前に連れてこられた老人は、彼女に一瞥くれてそう尋ねた。
「……担当と言えば、そういうものでしょうね」
 そう答える佳奈美は、いつも通りに自分の前に連れてこられた被告人のプロファイリングを始める。

佳奈美を見やる伊井場

 背格好は小太りで、80代くらいに見える男性。多分普通に老衰か何かで死んだのだろう。彼女の担当にしては珍しく?人生ちゃんと終わらせてきた系である。
 けど、何かこっちを見る目が人のことバカにしてるなー。まぁあたし可憐なJKだから、お年寄りからしてみたら人生経験の量は違うし、ちょっと不安に思うのは仕方のない事ね。なのでここは一発、デキる閻魔って奴をしっかり見せてやろう。
 なんだかんだ言いつつ地獄直行便のレッドカードを喰らうことだけは回避し、なんとか被告人を5万人くらい裁いてきた佳奈美である。もうどんな人間が出てきてもある意味へっちゃら、JKと聞いていきなり全裸で股間に血を滾らせ襲いかかってきた奴も何人か居たが、そんなのも軽くあしらう程度の経験値を積んでいた。
 しょうもない下ネタで顔をいちいち赤らめる可愛い佳奈美はもう居ないのだ。けれども所詮、耳年増を拗らせただけの経験なし処女である事には変わりないのだが。
「ならばさっさと進めたまえ、人を待たせるのは失礼なのではないかね?」
「……そうですね、お互いさっさと終わらせたいですね」
 そんなに早く地獄に行きたいのだろうか? 黄泉路を急ぐ老人に、佳奈美はいつも通りイラッとする。
「あのね、キミ、ちょっと口の利き方がなってないんじゃないのかね?」
「は?」
「は、じゃないよ。キミ、学生か何かだろう? だったら目上の人間に対する口の利き方を考えたらどうなのかね?」
「そりゃまぁ見たまんまのJKですけど、でもあたし閻魔なので」
「それは単なる役割であって関係無いだろう、年上に対する敬意とか、学校で習ってこなかったのかね!!」
「此岸の道徳とか、死んだ時に身体と一緒に捨ててきたんで忘れたし。それと、ここでは閻魔のあたしが一番偉いので、楯突かないで」
 あと、実は一番の権力者はそこの書記官さんです、と、佳奈美は書記官を指さす。所詮は罰としてやらされている雇われ閻魔だ。少なくとも本当に偉い存在では無い。
「キミみたいな子供が私よりも偉いだと? ふざけるのも大概にしたまえ! 私は会社では役員までやっていたんだ、口の利き方に気を付けたらどうかね!」
「……審判進まないから仕方ないわね。……ではこれからあなたの審判を進めますので、どーぞよろしくお願いします」
「お願いしますでは無くお願いい・た・し・ま・すだろう!! それに私のことはちゃんと名前で呼びたまえ!」
「はいはい、伊井場さん、お願いいたしますねー」
「馬鹿にしているのかキミは!!」
「ごめんなさい、いちいち馬鹿にするほど伊井場さんに思い入れはありませんので。あと、先程も言ったとおりここでは閻魔の言うことに従ってください。そうしないとソッコーで地獄に堕としますよ?」
 ここで伊井場さんを地獄に突き堕とすか叩き堕とすかを決めるのは私の役割ですからね〜、と、佳奈美はにっこり笑いながら言った。
「……だったら早く進めたまえ!」
「ふん。これからあなたの生前の行いについて裁きを行います。書記官さん、被告人のプロフィールを説明してください」
「承知しました、閻魔様」
 書記官の声と共に、伊井場の目の前に空間投影の浄玻璃鏡が表示される。
「生前の名前は伊井場忠自(いいば ちゅうじ)、享年73才。高校卒業後に実家の近所にある町工場に就職し、55歳で定年退職。死亡時まで自宅で隠居生活を送る。生活態度は自堕落であり、自己中心的。家族構成は妻子あるが、家庭内では孤立状態であった。……被告人、相違ないか?」
「何だそのいい加減な説明は! 私は役員だったんだぞ、その説明が抜けているではないか!」
 伊井場が書記官にくってかかる。
 今まで数多くの審判を見てきた佳奈美であったが、書記官に突っかかる被告人は初めてだったので、おおっ等と声を上げて目を輝かせた。あんなに見てくれが怖い書記官に楯突くとか、この人気合い入ってるわ〜〜、さてさて書記官さんはどう対応するのかな? 佳奈美は完全に他人事としてこの事態を見守っている。 
「閻魔様、これ以上の説明は必要と判断されますか?」
 ちっ、やっぱりこっちに振って来やがったか。
 今までの審判において、書記官は命令することはあれど、被告人と会話する事は一度も無かった。
 よく分からないが、そんな決まりでもあるのだろうか? 佳奈美は疑問に思うも、その答えを“思い出す”ことは出来なかった。
 まあいい、振られたらこっちで捌くのみだ。佳奈美は伊井場に視線を向ける。
「さっきあなたから役員やってたって聞いてるから、いちいち言わないだけよ。それにあなたの目の前には浄玻璃鏡っていう空間投影のモニタがあるでしょ? それよりも詳しい情報はこのタブレットで見てるから良いのよ」
 佳奈美は手に持つタブレットをヒラヒラ振って見せる。
「それが礼儀の無い態度だと言ってるんだ! 何かね、それとも君たちは私が何をやってきたのかろくに確認もせずに裁きを行うつもりかね!? これだから子供は困るんだ! 仕事というものの本質がわかっとらん!」
「そう……じゃあ聞くけど、仕事の本質って何? あたし花のJKで死んだ人生経験短い人間だから、仕事なんてバイトくらいしかしたことないし」
 バイトって言っても、年賀状の仕分けとかコンビニの店員さんくらいだからな〜、仕事なんて小遣い稼ぎくらいにしか考えてなかったけど、と、佳奈美は思う。
「仕事をバイトなんかと一緒にするな! そういうところが人を馬鹿にしてると言うんだ!」
「バカになんてしてないし。だから仕事の本質って何?」
「そんな事は自分で考えたまえ!!」
「なるほど、確かに本質なんていうものは自分で見いだすものね」
 私にとっての仕事の本質は、お金を稼ぐこと。佳奈美はそう結論づけた。
「……じゃあ、伊井場さんの死因について説明してください」
「待ちたまえ!! だから私が生前にやってきたこととか、もっと説明すべきだろう! 私は役員として会社を回してきたんだ!!」
「それは後で聞くからちょっと黙ってて」
「さっきから聞いておれば、君たちは私に対する敬意を全く感じない! 本当に失礼だよ!! こんな無礼者にまともな審判など行えるわけないだろう! 担当を変えたまえ!! 君たちの上司はどこにいるんだ!」
「上司!?……書記官さん、あたしの上司っているの?」
「おりません、閻魔様」
 そう淡々と答える書記官は、無礼者などと言われても、顔色1つ変えずに職務を継続中である。
 被告人の台詞にいちいち腹を立てるあたしとは器の大きさが違うなぁ、けどだったらあたしの事を管理してるのは誰なんだ? 世界の理か? それともあたしをこんなブラックバイトに引きずり込んだ純奈が上司みたいなもんか? あの性悪チビ、たまに出てきてチクチク嫌味言いやがるし、と、佳奈美はそんな余計な事を考える。
「……残念だけど上司はいないらしいから、あたしがそのまま続けます。書記官さん、伊井場さんの死因の説明をお願いします」
「承知しました、閻魔様」
 伊井場はまた何か言い出したが、もう無視した。
「伊井場忠自は定年退職後、暴飲暴食を重ね、糖尿病を発症。それが原因で視力が低下し、外出時に自動車の接近を認識出来ずに道路を横断。走行中の自動車と接触し、外傷性ショックで死亡しました。いわゆる事故死であります」
「そうだ! 私は若者の暴走で殺されたんだ! 全く酷いものだよ!」
「……あなたを轢いた人は67才のタクシー運転手ね。まぁ、年上のあなたからしたら若者かも知れないけど」
「っ!? 運転手ならプロ意識が欠落していたんだろう!」
「そうね、この道40年のベテラン運転手ね。幹線道路で横断歩道も無いところで、いきなり飛び出してこられたらどうにもならないわね」
 変な避け方して対向車線に飛び出したら、載せてたお客さんも怪我させたかも知れないし、と、佳奈美は続ける。
「そんなのは私の知ったことじゃない! タクシーだか何だか知らんが、そんな馬鹿者に私は殺されたんだよ、役員の私を何だと思ってるんだ!!」
「少なくとも、後ろに乗せてたお客さんに比べたら命が軽そうに思えたんじゃないの?」
「どういうことだ!!」
 伊井場の声が、法廷に響く。
「……あなた、さっき書記官さんが言ってた説明聞いてた?」
「知るか! 私のことは私が一番よく分かっているんだ!!」
「よく分かってないから説明してるんじゃない……あのね、あなたは交差点でも無い、横断歩道でも無いところから車道に入り込んで、それで轢かれたの。此岸の法律はここでは関係無いからあたしの審判には一切加味しないけど、ケーサツは完全にあなたの自殺行為って判断して、運転手さんも過失致死で送検される事は無かった。つまり、あなたが一方的に悪いのよ。勝手に死んだの。無関係の人を巻き込んで、他人の人生を大きく歪めて」
「何を言ってるんだキミは!! 私は殺されたんだぞ、なぜそれを非難されなければならないんだ!」
「死因は、確かに車に轢かれたって事なんでしょうけど、ロクに周りを確認しないで、道路に飛び出したんでしょ?」
「ふざけるな! 人が歩いていたら、車が止まるのが当然だろう!! そんな事も分からずに閻魔をやっているのかキミは! 道交法を勉強し直してこい!」
「だからここでは此岸の法律なんて関係無いって言ってるでしょ。そもそもあなた、自動車の免許持ってないじゃない」
「持ってないじゃない、取られたんだ!!」
「事故起こして免停食らっただけでしょ、あなたこそ道交法とか理解してないんじゃないの?」
「キミだって免許じゃ持っていないだろうが!」
「免許取れる年齢になる前に死んだからね」
「そんな子供に何が分かる!」
「少なくとも、あなたが身勝手に死んだって事くらい分かるわよ」
「免許も取ったことない、ロクに仕事もしたこと無い子供が、大人に対して言っていい言葉だと思っているのか!」
「そう思ってるから言ってんでしょ、そしてあたしは閻魔だから」
 そしてここはそういう場所なのよ、と、佳奈美は続ける。
「馬鹿にするにも程がある!! 私は帰らせて貰う!」
 伊井場は佳奈美に背を向けると、先程入ってきた法廷の入口に向かおうとした。
「被告人は勝手な行動を慎むように!」
 法廷に響く書記官の声と共に、伊井場の身体は激しい衝撃を受け、佳奈美の居る演壇に向かって吹っ飛ばされてきた。
 彼の体は見えない大きな物体によって弾かれ、強制的に元いた場所に戻されたのだ。たまに被告人の首を絞める見えない手と同じような現象である。
「子供が大人を何だと思ってるんだ、こんなことをして許されると思っているのか!!」
 なんとか起き上がった伊井場がそう言うも、
「あたしは閻魔だから許されるのよ」
 佳奈美は冷たい視線でそう返す。
「ねえ伊井場さん。そろそろいい加減にしないかな? そりゃあたしは見たまんまJKよ。人生経験少ないガキよ。でもね、あたしは閻魔としてここに居て、あなたはそれに捌かれる被告人としてここに居るの。この場は閻魔が取り仕切っている法廷なのよ。自分の立場を理解して貰えないなら、もうあなたを地獄に堕とすけどいいの?」
「キミのような子供がそんな判断をして良いわけが無いだろう! 私のことは私が判断する! キミはもう帰りたまえ!!」
「帰る家なんて無いんだけどなぁ?」
 そもそも休憩所すら無いブラックバイトの閻魔である。帰れと言われてどこに帰れば良いんだろう? 佳奈美はまたも余計な事を考えた。
「そんな事は、私の知ったことでは無い! もうキミとは話すだけ無駄なようだ、さっさと終わらせて天国に連れて行き給え!」
「それは無理。少なくともあなたを天国行きと判断する理由が何も出てきてない。ねえ伊井場さん、もう本当に二度と言わないからよく聞いてね。天国に行きたいならあたしの質問にちゃんと答えて。あなたの勝手な意見なんて聞く気は無いし、聞いても無いことで何を言われても天国行きの考慮にすることもしない。逆にこれ以上逆らうなら、もうあなたは地獄行き決定。……どうする?」
「ッ!! だったらさっさと進めたまえ!!」
 さっきから審判の進行の邪魔してる奴は誰だ! と思うも、佳奈美は取りあえず我慢しておいた。
「……じゃあ改めて聞くけど。あなたは自分が前に勤めていた会社で役員をやっていたんだ!なんて言ってるけど、具体的にはどんな役職だったの?」
「何を言っているんだ、役員と言えば役員だろう!」
「聞き方が悪かったかな? まぁ会社によっても違いはあるかも知れないけど、社長とか副社長とか専務とか常務とか、または執行役員とかあるじゃない?」
「はぁ? 役員といったら役員だろう! 大体社長は役員じゃ無いだろう、これだから子供は何も分かってないんだ!」
「まぁ字面だけだと合ってるんだけど……此岸の法律なんて関係無いって言ってて申し訳ないとは思うけどさ、日本の会社法で曰く役員っていうのは、例えば取締役とか監査役とかの事を言うのね。で、伊井場さんは、昔の職場の名刺の肩書きに何て書いてあったのかなって」
「肩書き!? だから役員だと何度も言ってる!」
「違うでしょ、役員とは書いてなかったはず」
 あたしはもう分かってるんだからさっさと言え、と、佳奈美はタブレットを振りつつ続ける。
「肩書き……たしか、相談役だったか?」
「そうね、相談役ね。ちなみにそれは会社法じゃ役員とは言わない」
「何を言ってるんだ、仕事もしたこと無い子供が、一体会社の何が分かるというんだ!」
 全く背伸びした子供はこれだから困る、と、伊井場は1人で笑い出す。
「人のこと笑うのも結構だけど、じゃあ伊井場さん。法律上での役員っていうのはどういうものなのか、説明してくれるかな?」
「キミは学生なんだろう? 自分で勉強したまえ!」
 なんでもかんでも人の聞けば良いと思ったら大間違いだ、と、伊井場は言う。
「これはあなたに教えを請うているんじゃ無いの。閻魔の質問なの。被告人として答えなさい」
「む……役員は役員だろう。会社の中で、社長や副社長の下にいる役職だろう。一般の社員とは違うものだ」
「そうね、世間知らずのJKに説明するからってそういう簡単な言い方はしてくれなくて良いから、ちゃんと会社勤めした大人らしく、正しく説明してくれないかな?」
「正しくとはどういうことだ!」
「会社法で曰く役員の定義よ」
「そもそもその“かいしゃほー”とは何だッ!! 大人にわかる様に説明したまえ、最近の若者が使う言葉は訳が分からん!」
「……。会社法ってのは、日本に於ける会社の定義や運営方法なんかを決めた法律よ」
「!? いつそんなモノが出来たんだ、私は知らん!!」
「まぁ比較的新しい法律だから知らなくても良いけど……西暦2005年に出来たのよね」
「ッ……! 私の業務には関係の無い事だ!!」
「会社勤めしてたなら関係無くは無いんじゃないの? まぁもうそれはイイや。あのね、もう面倒くさいからはっきり言うけどさ、あなたは自分のこと役員だって言ってて、あなたの元の職場の人もあなたのことを役員だなんて呼んでたけど、会社にとったら、あなたは役員でもなんでもない、単なる従業員だったって事よ」
「会社で働いているのだから、従業員だろう!」
「違うって! あーもう、本当に何も分かってないのね……。じゃあ別のことを聞くけどさ、あなた、会社でなんの仕事をしていたの? 確か会社は町工場で、主に旋盤で金属加工をしていたんでしょ?」
「それは現場がやる事で、私は役員だからそんな事はしない! そんな職人連中と一緒にしないでくれたまえ、失礼だろう!」
「物作りの会社で現場の職人さんにそういう事言うんだ?」
「当たり前だ、私は会社の全体をまとめていたんだ、現場でワケの分からん機械を弄ってるようなのとは見ている部分が違うんだ!」
「けど、あなただって入社直後は旋盤加工してたんでしょ」
「くだらない! あんなの馬鹿馬鹿しいだけの作業だよ! だから私は会社の本体の仕事に移ったんだ!」
「それで、会社の本体の仕事って具体的に何をしたの?」
「全部だよ全部! 現場の連中が問題ばかり起こすから、私が全部処理してたんだ!」
「だから具体的には?」
「とにかく全部だ! いちいち細かいことまで覚えてられるか、馬鹿馬鹿しい!!」
「じゃあ、たくさんやってきた会社の仕事で、一番自慢できることは?」
「む、それは役員になる前に安全部長をやっていたんだが、その時に仕事の効率を高めるために、毎日朝と夕方に全社会議を行って、1人ずつ他人の悪いところを指摘させたんだ」
「ほうほう、理由は?」
「自分の欠点なんて、自分じゃ気が付かないものだろう。だから他人に指摘させることで気付きを与える事にしたんだ」
「つまり、朝と夕方に会議を開いて、1人ずつ“誰々さんはここが悪いと思いまーす”なんて発表させたわけだ」
「そうだ。おかげで仕事中は誰も無駄口を叩かなくなったし、不良社員も減って人件費が半分近く削減出来たんだ。その功績を認められて、社長からは是非とも相談役になってくれと懇願されて、以降は役員として社長や副社長にアドバイスを行う職務に就いたのだ」
 伊井場はドヤ顔で佳奈美を見る。
「なるほど、会社での業務革新に努めたと」
「そういうことだ。私がどれだけ役員として働いてきたか分かっただろう」
「ええ、よ〜く分かりました。ところで、何でその会社に入ったの?」
「それも自慢では無いが、社長から懇願されたのだ」
「具体的には?」
「良くは知らんが、どこかで私の高校での才能を聞きつけたのだろう。社長が自宅に来て、是非とも我が社に入社してくれと言ってきたんだ」
「なるほど。ちなみにその社長さんって、あなたのお父さんと知り合いって事は知ってるよね?」
「そうだが、だからなんだと言うんだ?」
「なるほどねぇ……」
 佳奈美はタブレットを弄りながら、伊井場の言ったことを反芻する。
「……まぁこんな話を今更しても仕方ないとは思うけどさ、冥途の土産に真実って奴を聞いて置いた方が良いと思うのよ」
「何が真実だと言うんだ、私は嘘は言ってない!!」
 そう設定されているんだ!と言う伊井場に、佳奈美は続ける。
「確かに真実っていうのは人の数だけあるかも知れないけどさ、あなたの場合は認識違いが甚だしい。折角の機会なんだからさ、自分が何者で、何をやってきたのか、改めて他人の口から聞いてみようよ」
「自分のことは自分が一番分かってるんだ、他人に何が分かる!!
「さっきあなた自分で言ってたじゃない、自分の欠点なんて自分じゃ気が付かない、って」
「それは私では無くて他の連中のことだ!」
「同じよ。良いから聞きなさい」
「くだらない、私は自分の事はよく分かってるんだ!」
「いいから。まずね、社長が入社してくれとか言ってきたってヤツ? あれ、あなたのお父さんが社長さんに頼み込んで、あなたを会社に入れて貰ったのよ」
「は!? そんな事は聞いてない!!」
「だから知らなかったんでしょうね。まぁコネ入社って奴だけど、それはそれでいんじゃないの?」
 コネも実力のうちよ、と言う佳奈美に、しかし伊井場は納得していない。
「違う! 向こうから是非と持って言ってきたんだ!!」
「そりゃ社長さんはまともな大人だからさ、“お前の親父に言われたから、しぶしぶ入れてやる”なんて言わないでしょ。いい大人が、世間知らずで大学にも行けないバカな高校生相手に、リップサービスで言っただけでしょ」
「ふざけるな!! そもそも私は会社に入ったから大学には行かなかったんだ!!」
「社長さんが入社してくれって言った時期、いつよ?」
「……確か3月位だったが?」
「普通はその頃は、試験も終わって合否判定出てくる頃でしょ」
「知るか!!」
「そりゃ受験すらしてないんだから、知るわけ無いよね。試験を受ける以前に、ロクに高校にも通って無くて。それでお父さんが将来を心配して学校の後輩だった社長さんに頼み込んだんでしょ。なのに大人のリップサービスをそのまんま受け取っちゃって、鼻高々で会社入ってさ、周りの人達は全然いい気しないよね」
「そんな事は無い! やつらは私の才能より劣ってただけだ!!」
「現場に入って仕事をしても、不器用だしそれ以前に不真面目で向上心も無い。機械を壊しまくってどれだけ他の人にメイワク掛けたか覚えてないんだ?」
「壊したんじゃ無い、壊れた機械を使わされてただけだ!!」
「それで現場が耐えられなくなって、でもあなたを辞めさせるわけにもいかないもんだから、無理矢理安全部とか作って、そこに追いやられたわけよ」
「私は社長から懇願されて」
「だからリップサービスって言葉を覚えよう。そしてそこで大人しくしてれば良い物の、何を勘違いしたか他人の悪口を言う会議なんて作ってさ。それまではみんな和気藹々としていて職場の雰囲気も生産性も高かったのに、優秀な若い人達がほとんど辞めちゃって、会社の経営はボロボロ。だからあなたに何もさせないために、相談役なんて適当な役職付けて、もう一切現場や会社の経営に口出し出来ないようにしたってわけ」
「何を知ったような口を叩いているんだキミは!! 我が社の何を知っていると言うんだ!」
「全部よ全部。閻魔はみんな知ってるの。ところであなたが会社に居た頃、一番年取ってた人はいくつだったかな?」
「現場のじいさんが80超えてたが、だからなんだと言うんだ!」
「じゃあ、なんであなた55才で辞めたのかな?」
「55才で定年だと言うから、仕方なくだ!」
「あなたが勤めてた会社には定年なんて制度無いし。今まで55才で辞めた人なんて居なかったでしょ」
「どうせ生活出来ないから働かざるを得なかったんだろう!! 私は退職金まで貰ったんだから、もう働く必要が無かったんだ!」
「その額も、普通の1/3位だったみたいだけどね。要は適当な事を言って、会社から追い出されただけよ」
「嘘を言うな!! 社長は今までありがとうと頭まで下げてきたんだ!! それのどこが追い出されたと言うんだ!」
「だからそろそろリップサービスって言葉覚えよう? あなたは会社にとって役員としてなんて雇われていない。単にあなたのお父さんへの義理で放逐できなかった、問題社員よ。役員はおろか、管理職ですらなかった」
「安全部長だったといっただろう、何を聞いていたのかキミは!!」
「あなたの給料明細に、管理職手当とかあった?」
「ッ……そんな昔の事は覚えていない!!」
「そりゃずっと一般職だったんだから、覚える以前に知るわけ無いよね。あなたが勤めていた会社では、管理職になるには試験を受けなきゃならないけど、そんな事すら知らなかったでしょ?」
「適当なことを言うな! そんな制度あるわけ無いだろう!!」
「試験受ける権利も無い人は、そういうことも教えられなかったって事でしょうね。そろそろ理解しようよ、あなたは会社にとって最悪な疫病神だったってだけ。あなたを追い出してから、会社もだいぶ業績を元に戻して、ようやく元通りの売上になったようだしさ。あとさ、会社追い出されてから20年くらい経ってんだから、いい加減我が社とか言うのやめようよ。もうあなたはあの会社とは何の関係も無い人間なんだから。あなたのこと知ってる人なんて、もう一人も居ないし」
「っっっっ!! ふざけるのも大概にしたまえっ!! 私が自分の人生を賭けて努めていた会社なんだ!」
「あなたは所詮雇われであって、経営者じゃ無い。雇用されてたことに勝手に価値を見いだすのは構わないけど、今更自分の所有物みたいに言うのは違うでしょ。で、ここからが本題なんだけど。あなたが言ってた役員云々は実際には完全に勘違いなワケで、それにやった事は同僚を見下して散々な迷惑を掛けただけだったんだけど、それ以外に何か自分の人生で誇れる事ってあったかな?」
「男は仕事をするもんだ! キミみたいな女子供を喰わしてやるために仕事をしているのに、他に何が出来ると言うんだ!!」
「その仕事も、真摯にやってきたって言える? 行動原理は、自分の稚拙な価値感で見下した現場の職人さん達に嫌がらせすることだけだったんじゃないの?」
「勝手なことを言うな! あの職人達は私に壊れた機械ばかりあてがって、私が仕事をしてやろうというのにあれこれ意味の分からないことを言って邪魔してきただけだ! そんな不良社員は会社から追い出すのが正しいだろう!!」
「職人さんたちは、真面目に仕事を覚えようとしないあなたにちゃんとした機械の使い方を教えようとしていただけなんだけどね。使い方を覚えようともせず、勝手な操作ばかりしていたから機械が壊れたんでしょうが。自分の未熟さを機械に押しつけるな」
「まともな機械だったら壊れるわけは無い!!」
「まともな機械だからこそ、あなたみたいな不真面目な人間が触ると壊れるんでしょう。……もうそれはどうでも良いわよ。で、会社追い出されてから死ぬまで18年あったけど、その間何やってたの?」
「ずっと働いていたんだ。それでようやく持てた自分の時間だ。自由に使って何が悪い!」
「自由に使っても良いけど、その自由を行使するためにあなたはちゃんと義務を果たしたのかな?」
「何の義務があると言うんだ! 嫁や子供のためにずっと働きづめだったんだ、義務などその時に全てこなしたはずだ!」
「働きづめだなんて言う勤務態度じゃ無かったでしょう、新聞すら読まずに、テレビばかり見てたようだし。それはいいとしても、仕事もしないで家に居るなら、奥さんの家事の手伝いとかすべきでしょうに」
「ふざけるな!! 誰がそんなこと出来るか! 家事は女のやる事だ!」
「最悪、家の中で置物か粗大ゴミになってるだけならまだしも、昼間から酒呑んで、DVまがいで奥さんや子供に散々悪態ついて暴言浴びせまくってたんじゃないの?」
「私は今まで喰わしてやったんだ、私の言うことを全て聞くのが当然だろう!!」
「職場じゃロクな仕事もせず、家じゃ仕事を口実に家事や子育てもせず、老後は家族にメイワク掛けてわがまま言いたい放題か」
「冗談じゃ無い!! 私は一家の大黒柱としてその辺の連中よりも遥かに正しくやってきたんだ!! 他の連中を見たまえ! 子供を殺してしまうような連中だっているじゃないか!」
「そんな下を見たらキリが無いでしょうに。まぁ確かに、あなたの奥さんも相当頑張ってパートしたりして家計を支えてたから、あなたのやっすい給料でも子供を栄養失調にさせたり学校に通わせられなかったりという事は無かったけど。でもそんな程度、普通の家庭の普通の父親に比べたら、相当程度が低いわよ。当たり前以下のレベルよ」
 まぁそんな偉そうな事言ってるあたしには、育ててくれた父親なんて居なかったから実際全く分かんないけどね、と、佳奈美はついついそんな余計な事を考えたが、ややこしくなるので黙っておいた。
「私は父親としても最高レベルの事をやってきたんだ!!」
「少なくとも最高レベルなんて言うなら、子供の学生服を全部中古で済ますような事はしないものね。あなたの子供はそれでだいぶグレてたんじゃないの?」
「親のありがたみも分からん子供だ、学生服なんてどうでもいい!!」
「ありがたみが分かるなら、子供だって中古の学生服でもグレはしなかったでしょうけどね。給料の大半を酒だのギャンブルだのに使ってたんでしょ」
「私が稼いだ金だ、何でそれをキミみたいな他人に文句を言われる筋合いがある!!」
「さっき家族のために人生捨てた働いてた!みたいなこと言っときながら、そのお金を家族のために使ってないじゃない。別に自分のお小遣い0円にしろとか言わないけどさ、親が子供に“お前のために働いてやってんだ”とか言って叱りつけてるそばから家計も省みずに酒ばかり飲んで、学校の制服すら買ってくれない。子供からしてみたら、少なくとも尊敬出来る大人には見えないでしょうね」
「そんなのはどこでも一緒だろう!!」
「じゃああなたのお父さんはどうだったの? あなたに学生服買ってくれなかった?」
「親が勝手に用意してたんだ、私は頼んだ覚えは無い!!」
「そうね。……うん、もういいわ。じゃあ書記官さん、伊井場さんの罪について説明をお願いします」
「承知しました、閻魔様。伊井場忠自の今後を決める罪におきましては一点。自己中心的な行いにより、多くの人間に多大な負荷と不幸を与えたことが挙げられます」
「承伏しかねる! 私は常に正しかった! 役員としても父親としても最高レベルだったんだ!!」
「折角雇ってくれた会社を潰しかけて、多くの職人さんの才能と将来を潰して、そして家族も全然大切にしていない。常に自分のことばかりが最優先で、他人の利益なんてこれっぽっちも考えない。あなたの人生はそういうものよ。73年掛けて出した結果ね」
「それは違う! 周りが私に従えば良かっただけだ、周りが愚かだから私が正しい事を言っても理解出来ないんだ!」
「そうね、あなたは自分がバカだから、周りの人を正しく評価することも出来なかったのね」
「人を馬鹿にするな! 少なくとも私はキミよりも年上だ! 年上の言うことには従いたまえ!!」
「あたしは少なくとも生きてきた年月だけに敬意を示すことはしない。その人の精神性に敬意を示すのよ」
 そしてあなたの精神性に敬意を示すことは絶対無理ね、と、佳奈美は言った。
「裁定を行います。被告人には、地獄行きを命じます。もし一言でも自分に至らぬ点があったと言えば……自分の人生を反省したのならば、生まれ変わりの選択もあり得たでしょう。しかし、あなたのその他人を全く省みない態度は、魂そのものの有り様において善性の顕現が全く無いと判断せざるを得ません。つまりあなたの魂は人類にとって害悪にしかなりません。このため地獄での調整が必要と判断します」
「待ちたまえ!! キミみたいな子供にそんなことを決める権利は無い! 今すぐその失礼な態度を改めて、取り消したまえ!!」
「既に裁定は下りました。これ以上の議論は必要有りません」
「私が自己中心的というならば、キミはどうなんだ! 人の苦労も知らないくせに、勝手に他人に地獄を押しつけているではないか! それが自己中心的な行いでは無いのかね!!」
 ハァ……佳奈美はため息をついて、頭をボリボリと掻く。
「あのね。あたしだってちょっと前まで人間やってた、人生の苦労もホントは分かってない世間知らずのガキよ。でもね、あなたはそんなガキのあたしから見てもダメな人なのよ。そしてさっきあたし言ったよね? 一言でも反省すれば、生まれ変わりだって。でもあなたは今だって反省の言葉を出さない。何でかな? それは魂の底から反省する気が無いからだよね。そんな人は天国はおろか、此岸にだって行かせられない。本当はね、今だって反省してるって言えば、さっきの取り消してなんとか生まれ変わりにするわよ。書記官さんに怒られたって、そうしてあげる。でも、それでも反省しないよね」
「反省する事など無い!! 私は正しい事をやってきたのに、なぜ反省などする必要があるんだ! そんな物は馬鹿者のすることだ!」
「自分が思う正しさが他人にとっても正しい事であること確認するために、反省は必要なんじゃないの?」
「なぜ全てに他人の事など気にしなければならないんだ! 私の人生は私の物だ! 全て他人の都合に合わせるなんて自分の人生を生きているとは言わん! そんな奴隷みたいな生き方が出来るわけ無いだろう!!」
「別に全て他人に合わせろ何て言ってないでしょ。逆にあなたはたった1つのことすら他人の事情を考慮せず、わがままを通し抜いたのよ。そんなのは社会性が要求される人間の生き方とは言えない。そこまで言っても分からないかな?」
「知るか!! 私は正しかったんだ!! 君たちが間違ってるだけだ!!」
「……そういうところよ」
 佳奈美は目を伏せながら、後ろを向いた。

諦め、後ろを向く佳奈美

 その瞬間、伊井場の両腕は警備員らによってがっちり固定される。
「待ちたまえ!! これはえん罪だ! 到底許されることでは無い!! こんな理不尽な事があってたまるか! 女子供がやって良いことでは………」
 喚き散らす伊井場は、そのまま警備員に連れられ閻魔の法廷から出て行った。
 やがて彼の声も聞こえなくなり、法廷は静けさを取り戻す。
「今の人の“人としてのだらしなさ”って、魂の形なのかな?」
 佳奈美の言葉に、
「そうとは言い切れない部分もあるでしょう」
 書記官はそう返す。
「もし環境要因でああなったのならば、生まれ変わればまともな人としての人生を歩んだ可能性もあるって事かな?」
「それは今更考えても意味はありません、閻魔様」
「えん罪って可能性は?」
「あなたは自分が下した裁定に疑義を唱えるのですか?」
「何度か言ってるじゃない。PDCAを回す為に、フィードバックが必要なのよ。私は完璧じゃ無い。間違ったら反省しなければならない」
「あなたの裁定は正しかった。……その言葉が欲しいのですか?」
「……今日はなんだか意地悪ね」
「あなたの発言は、それだけ重いという事です、閻魔様」
「だからこそ、その発言の元になっているあたしの正義とやらが正しくあるのか、チェックが必要でしょ? それはあたし1人が背負わなければならないものなのかな?」
「少なくとも閻魔とはそのようなものです」
「此岸の文章にある閻魔様は、自分で裁定の責任取りたくないから、曖昧な判断しかしないなんて書いてるけど?」
「以前はそのような状況もあったようですが、現在は違います」
「地獄まで世知辛いのねぇ……。で、今の審判はどうだったの?」
「……少なくとも、自己中心的な判断ではなかった、とだけ申しておきます」
「そう、これからも精進するわ……」
 佳奈美は全然抜けないいつものクセで、大きなため息を1つついて、次の審判に臨むこととした。

Case:13 麻倉勝歩の場合

「お母さん!?!?」

 佳奈美の前に連れてこられた被告人を見ての、彼女の第一声だった。

被告人となった佳奈美の母親

 被告人の顔や佇まいは、佳奈美の記憶にある母親そのまんま。つまり佳奈美が死んだ時から大して時間が経っていないことを意味している。
「? 私にはあなたの様な子供は居ません」
 被告人はしかし、佳奈美のよく知る声で、懐かしい声で、けれども無愛想に……それは生前も大して変わりなかったが、言葉の通りの態度で素っ気なく返した。
「いや、でも………!」
 書記官さん!!
 佳奈美の叫びにも似た声が、法廷内に響いた。
「職務を遂行してください、閻魔様」
 だが、そんな佳奈美に対し、書記官はいつも通りの事務的な態度を崩さない。
「でも!! この人あたしのお母さんでしょ!? なんであたしなの! こんなの無理!! 自分の親なんて裁けるわけないじゃない!!」
 佳奈美は閻魔を押しつけられてからの体感時間は優に20年以上経過していたが、しかし生前の記憶も意識も思い出も、まるで数分前のように思い出すことが出来る。魂の時間が完全に固定されているために、時間経過による忘却は一切出来ないのだ。
「被告人は生前の閻魔様の縁者だったのかも知れませんが、それはこの場では関係ありません」 
 被告人には平等に接してください、と書記官は突き放す。
「無理よ!! 何でよ……普通の裁判とかだって、被告人の親類は裁判官とかから外すでしょうに!」
「此岸の法律はここでは関係ありません」
 閻魔様はよくそのような事を被告人に告げていましたが、それをお忘れですか、と、書記官は全く態度を変えずに続けた。
「忘れてなんて無いわよ……!」
 自分が閻魔をやらされているのは、良くあるラノベのチート転生物では無く、罰のためだというのは良く理解している。けどこんな罰って無いんじゃないの? こんな痛めつけ方して、あたしを一体どうしたいのよ! 佳奈美はそう思うも、やはりこれは罰なのだということだけはよく分かった。とても理不尽な罰だということも。
「……わかったわよ、いつも通りに始めるわよ」
 佳奈美は流れ出る悔し涙を乱暴に払いつつ、改めて被告人を見やる。
 審判の前の偏見に満ちたプロファイリングだ。
 そして佳奈美には、自分が純奈に審判を受けていたときに見せられた、彼女が自分の死体にすがって泣いていたシーンばかりが目の前にちらつき、“彼女は自分の母親である”以外に何も考える事は出来無かった。
 どうしてだろうね、あたしはこの母親が大嫌いで仕方なかったのに。顔も見たくない母親だったのに。そんな彼女の冷静な部分が自分自身を批評するも、そんなもの、単に親に甘えた子供が中途半端に親に反感持ってたくらいだったというのは、もう佳奈美には十分分かりきっていたことなのだ。
 別に好きな人間でもない。でも、母親。バカな自分をしっかり育ててくれた。親としては、全く問題無い施しをしてくれた。そしてそんな母親に、自分の葬式まで出させてしまった。子供としてどれだけの不義理をしたというのだろうか。もう死んで詫びなければならない。死んでるけど。……そんな思考が佳奈美の頭の中をぐるぐる回っている。
「閻魔様、審判を進めてください」
 混乱のただ中にいる佳奈美に、しかし書記官は無慈悲な言葉を投げつける。
「……分かってるわよ」
 佳奈美は本気で書記官に腹を立てたが、それはお門違いな感情であることだけは良く理解していたので、自分の頬をペチペチ叩き、改めて審判を開始した。
「これからあなたの生前の行いについて、裁きを行います。被告人のプロフィールと死因の説明をお願いします」
「承知しました、閻魔様」
 書記官の声と共に、被告人の目の前に浄玻璃鏡が現れる。被告人は特に驚きもせず、それを黙って見つめている。
「それでは、被告人のプロフィール確認を始めます」
 プロフィールも何も、そんなもん他人に言われるもまでも無くあたしがよく知ってるわよ。だって自分の母親だもん。お母さんはあたしを身ごもってすぐに父親が事故で死んでしまって以来、女手1つであたしを育てた。今じゃ……もう死んだから生前になるのか、それなりの大手企業でバリキャリとして活躍してた。佳奈美は被告人として立つ母親が、生前の記憶通りにしわ一つないスーツに身を包みキリッとした立ち姿でいることにより、被告人である母親が自分のイメージ通りである事を再確認する。
「被告人の生前の名前は麻倉勝歩(あさくら まさほ)、享年40歳」
「はあ!? ちょっと待ってよ!」
「いかがしましたか、閻魔様」
 書記官が尋ねるも、佳奈美はそれに無視して被告人に……母親に言った。
「お母さん、何でそんなに早く死んだのよ!!」
「閻魔様、私にはあなたのような子供はおりません」
「何でそんな事言うのよ、自分の子供の顔も忘れたっての!?」
「私には娘がおりましたが、あなたとは違います」
「どういうことよ……」
 嘘がつけないはずの被告人が、事実と違うことを言っている。同姓同名で顔もそっくりなんてあるわけが無い。目の前に居るのは自分の母親で間違い無いはずだ。
「書記官さん!」
 一体どういうことよ! 佳奈美は書記官に疑問をぶつける。
「閻魔が被告人にとってゆかりのある者という事は、審判に悪影響を及ぼす可能性があります。このため今回の被告人には管理者権限アクセスによって閻魔様を自分の子供であると認識出来なくしております」
 だからお母さんはあたしを見ても自分の子供じゃ無いと言い放つのか。だったらあたしだって、自分の母親が分からない状態にしたら良いじゃないのよ! 歯をギリっと食いしばる佳奈美に、しかし書記官は、
「閻魔様にはそのような操作は必要有りません」
 これまで通り審判を進めてください、と言った。
 やはりこの審判自体が自分にとっての罰の一つなんだと、佳奈美は悔しくて仕方がなかった。
「……書記官さん、続きをお願いします」
「承知しました、閻魔様。被告人は大学を卒業後、大手企業に就職。その後妊娠により産休、出産後は子供を親に預け復職、キャリアを積み死亡前には部長職として勤務。しかし子の死亡により飲酒過多により重度の肝機能障害を起こし、それが要因となって死亡。生活態度は勤勉であるが自己中心的。家族構成は本人独身、両親は健在。……被告人、相違ないか?」
「ございません」
 佳奈美の記憶にあるとおりの人生だった。もちろん飲酒過多に関しては初耳ではあったが、容易に想像が付く。自分が死ぬ前からそもそも酒量が多かった母親は、いつも遅い時間に家に帰ってきて度数の高い酒をたらふく飲み、そのたびに悪酔いして佳奈美に八つ当たりのごとく絡んでいた。だからこそ佳奈美はこの母親が大嫌いで仕方なかったのだ。高校を卒業したらさっさと就職して家を出てやる!と息巻いていたことは、じゅうぶん記憶に新しい。そして半分グレてダラけた格好していたくせに、学校の成績だけは良かった佳奈美は、高校の教師には勿体ないから大学に行けと散々言われていたし、当の母親にも絶対大学に行けと四六時中言われていた。
 結局大学云々の前に死んでしまった我が身を省み、少なくとも自ら死んでまで親に反抗する気なんて全く無かった佳奈美は、申し訳なさで一杯になる。
 別に家を出て行ったって、親子の縁まで切る気は無かった。大嫌いな母親だったけど、だからといって育ててくれた感謝は忘れていない。自分が今まで裁いてきた被告人の中には、自分の子供を殺したりレイプしたクズ親がたくさん居た。そんなのに比べたら、このお母さんは十分立派な親だった。少なくとも、余所に出しても恥ずかしくない。頭も良いし、美人だし、自分の筋をしっかり通せる、尊敬出来る人間でもあったのだ。酒呑んだら本気でくそウザかったけど。
 そして、少なくとも、酒を飲み過ぎて身体を壊すような愚か者では無かったはずだ。それがこんなに若く死んでしまったのは、どう考えても自分の所為。
 またもや以前に純奈に見せられた写真が頭の中をぐるぐる回り、目からボロボロ涙が出てくる。
「ごめんなさい……」
 つい、そんな言葉が佳奈美の口からこぼれた。
「私は閻魔様に謝られる様な事はしておりませんが?」
 そう言う母親に、
「あなたがそんな若く死んだのは、あたしの所為なの……!」
 佳奈美は泣きながら懺悔する。
「それは違います、閻魔様。私が死んだのは、酒の飲み過ぎで身体を壊したことが原因です」
「だから、あなたがお酒を飲み過ぎたのは、あたしが……あなたの子供が早く死んでしまったからでしょう!?」
「いえ、子供が居なくなったことではなく、私の復讐が出来なくなったことが原因です」
「へ……?」
 復讐とは??
 母親の口から出そうに……いや、会社の同僚への聞くに堪えない悪口はいつも言っていたから、そういう意味で気性の激しい人だってのはよく知っていたから、復讐したい奴はいっぱい居たのだろうけど、だからといってなぜあたしが死んだことが復讐できないって事になるんだ? と、佳奈美の頭は疑問でいっぱいになる。
「あの、復讐ってどういう意味?」
「あの人への……子供の父親への復讐です」
 子供の父親って事は、つまりはあたしが生まれる前に事故で死んだって言う父親の事だ。その父親に対する復讐ということは、要は子供を自分1人に押しつけて死んでしまったことへの当てつけなのだろうか?
 佳奈美は、1人親だったのにお金には一切不便をさせなかった母親の、鬼気迫るまでの頑張りの理由を垣間見た。
「でも、その父親だって好きで死んだわけじゃ無いんだから、復讐ってのはちょっと言い過ぎなんじゃないの?」
「は? 閻魔様、あの人は死んだんでしょうか?!」
 佳奈美の母親は、びっくりした目で佳奈美を見やる。
「え、だってあたしが生まれる前に事故で死んだんでしょ?」
「閻魔様のことは知りませんが、私が死ぬ前には死んでいなかったはずです」
「へ???」
 死んでない? どういうことだ?? なぜか自分が知ってることとちょくちょく食い違う。実はこの人お母さんと同姓同名で顔が似てるだけの別人なのか? 一瞬佳奈美はそんなことを考えるも、しかし書記官は確かに目の前の被告人は佳奈美の縁者だと言っていた。そして管理者権限アクセス掛けて自分のことを分からなくしていると。
 となると、事実はちょっと昼ドラなのか? 実は死んだと教えられていた父親は生きていて、単に離婚しただけだったとか。そして子供に離婚したと言うのがはばかれるから、事故で死んだと教えたという事なのだろうか?
 佳奈美は自分の父親に関する新たな情報に、ちょっとワクワクしてきた。
「あの、じゃあ、実はお父さんってまだ生きてると?」
「少なくとも私が死ぬまでは、あの人が死んだとは聞いておりません」
 なるほど……つまりあたしのお父さんはまだ生きていたのか。でもそしたら何で教えてくれなかったのか。あたしも死ぬ前には良い年だったから、いい加減その辺で取り乱したりはしないわよ? 佳奈美はそんな事を思うも、そもそも自分の素行不良で母親とはまともに口をきいてなかった事も思い出し、結局自業自得だったのかとちょっと悲しくなった。
 お互い生きてたときに、もう少し話をしておけば良かったね……
 佳奈美の目にまた涙があふれそうになったが、きゅっと目を閉じてそれをこらえた。
「……あの、そしたらなんでお父さん生きてるのに、あたしが……あなたの子供が死んだら復讐できないって事になるの? そもそも復讐って何よ?」
 そしてさっき母親の口から出た復讐という言葉の意味を、改めて問いかける。
「それは……あの子が立派に生きていることが、あの人への最大の嫌がらせになるからです」
「は? それって養育費を取るとかそういうこと?」
「違います、そんなものは貰っていません。あの人はあの子を妊娠したとき、散々堕ろせと言ってきました。認知なんて絶対出来ませんもの。私にはずっと別れるなんて言ってたくせに、結局そんな気持ちは全く無くて、単に私を火遊びで抱いただけの最低な男です」
「えっと……??」
 いまいち、母親の言わんとすることが佳奈美には理解出来ない。
 なんであたしが出来たら堕ろせとか言うの? あたしいらない子だったの? ていうか認知できないって、その前に別れるとか、どういうこと??
「ごめんなさい、あの、言ってることよくわかんないから、整理したいのだけど……」
「はい」
「……あの、なんでお父さんはあたしのこと堕ろせ何て言ったの?」
「だから閻魔様の事は知りませんが、浮気で子供が出来たなんて、周りに絶対知られたくなかったのでしょう」
「浮気!?」
「ええ、私は独身です。今まで結婚したことはありません」
「はあ!?」
 じゃあ何、あたし浮気で出来ちゃった子供だったの!? てゆかお母さん独身だったの!? そりゃシングルだってのは知ってたけど、そもそも結婚したことすら無いと?
 佳奈美は新たな事実に驚愕するばかりである。 
「えーっと……あの、そしたら、お父さんは浮気って事は、別に家庭があったという事?」
「私が知っている限り、離婚していません。私が妊娠したときにも、本妻も妊娠してたそうですし」
 という事は、少なくとも本物?の奥さんが嫌で浮気してたって感じじゃないわけだ。
「あの……そんな男の子供とか、育てるの逆に辛くなかった?」
 自分で言うのもどうかと思うけどさ、と、佳奈美は心の中で続ける。
「辛いどころか、疎ましくて仕方なかったです。さっさと死ねば良いのにと思った事も何度もありました」
「あぅ……」
 確かに、少なくとも好かれているとは思っていなかったけど、そこまで嫌われていたなんて思ってもみなかった……佳奈美は自分の手足が冷たくなっていくのを感じる。
「……あの、でも、あたし……じゃなくて、あなたの子供が死んだとき、あなた泣いてたでしょ!? その涙は何だったの?」
「折角16年も我慢して憎たらしい子供を育ててきたのに、結局復讐すら出来なかった自分の不運に泣いていました」
「それ本当なの!?」
「ええ、嘘はつけないでしょう?」
 そう設定されていますから、という佳奈美の母の顔は、何の感慨も無い極めて“普通の”表情であった。
「そんなのあんまりじゃない………!」
 自分の審判の時に、性悪チビに写真を見せつけられた時に感じたあたしの申し訳ない気持ちは何だったんだと、結局あの時自分が言った“そんなもんでしょ”という言葉が実は正解だったのかと、佳奈美はもう悲しくて仕方がない。
 けどしかし、あの純奈がそんな程度のブラフをかますのだろうか? 確かにこの母親はあたしのことを憎くて仕方なかったのだろうけど、その憎さの中に親子の情は無かったのだろうかと、佳奈美は気力を振り絞って母に問う。
「……ねえお母さん、あたしが死んで辛かったのは、あたしのお父さんに復讐出来なかっただけなの!? あなたは自分の子供のことを本当はどう思っていたの!?」
「閻魔様の事は知りませんが、私は自分の子供が嫌いでした。赤ちゃんの頃は別としても、物心ついたときから私になついていない事は分かっていましたし、大きくなるにつれてあの人に似てきましたからね」
「それだけなの!?」
「人を憎むなんて、それだけで十分でしょう? 私はあの子を当てつけで産んで、しっかり育てて大学まで行かせて、卒業した頃にあの人に合わせてやろうと思っていました。あの人の向こうの子供は成績が悪くてロクな高校に行けなかったなんて聞いていましたし、そこでいい学校を出た私の子供を見せつけて、ざまあみろと言ってやるつもりでした」
「そんな事のためにあたしを育てていたの!?」
「閻魔様を育てた覚えはありませんが、子育てのモチベーションはそれしかありませんでした。愛情なんてこれっぽっちも感じてませんでした」
「そんな事言っても!! おかあさん、いっつも会社から帰ってきて酒呑んで、あたし相手にブツブツ他人に聞かせられないようなこと愚痴ってたじゃない! あたしはあなたの家族じゃ無かったの!?」
「そんなもの、犬に喋っているのと一緒でした。目の前に居れば、犬でも人形でも何でも良かったんです。私には家族なんて居るつもりはこれっぽっちもありませんでしたし。単に保護者としての責任を果たしているだけでした。虐待で逮捕されるのだけは勘弁でしたから」
「そんなの酷すぎる……!!」
 半分グレて、大嫌いだった母親であったが、それも家族と思った上での意思表示であった佳奈美にとって、彼女の母親の言葉はあまりにも辛いものであった。
 彼女はもう我慢が出来ずに、声を上げて泣き出してしまった。
 それを興味なさそうに見つめる被告人に、ただただ見守るだけの書記官は、声を発することも無い。昏くて広い閻魔の法廷に、佳奈美の泣き声だけが響いていた。

「……もしあなたの言う復讐が完遂された後は、どうするつもりでしたか?」
 いつしか佳奈美は泣き止み、けれども感情のこもっていない声で問いかける。
「もうその頃には子供も大人になっているので、家から追い出して私1人となって、私自身の人生を送るつもりでした」
「復讐は為せませんでしたが、あなたが望んでいた“子供が死んだ”状況が手に入ったのです。そこであなたは先程言った、自分自身の人生を生きる事が出来たはずです。しかし実際にはそうならなかった。復讐が出来なかった事を悔やんで飲酒に溺れ、自滅した。あなたの復讐とは、自分の命を賭けてまで行うものだったのですか?」
「よく分かりません。男に捨てられ、子供にも愛情が持てず、ただただ社会人としての責任を果たすだけの人生。そこに私自身の意思がない状況に思えました。その意思を、復讐をなすことで代替しようと思って辛い人生を送って来ましたが、それすら叶わないとなり、そのむなしさで酒に逃げました」
「ならば、あなたは自分の弱さで自滅したという事ですか?」
「そうかも知れません。結局何の成果も結果も残せない人生でした」
「人の人生の価値とは何だと思いますか?」
「自分の生きた痕跡を歴史に残すことだと思います」
「しかし、そんな痕跡を残せない人も大勢います。むしろ歴史に痕跡を残せる人はごくごく少数でしょう」
「私はそんな“その他大勢”にはなりたくなかった。そのために努力をしてきました」
「その努力は、愛していない子供を生んで、自分の欲望を押しつけて当て馬にするという事ですか?」
「社会人としては、他の人間よりも社会貢献してきたつもりです。それに、少なくとも保護者としての責任は果たしました。衣食住に不自由させた覚えはありません。それで十分ではないのですか?」
「手段としては十分かも知れませんが、目的が間違っている事には気が付きませんか?」
「私の人生の目的は、あの人に復讐することが全てでしたから」
「先程の、歴史に痕跡を残す、という言葉は?」
「それは一般論として申しました。私にとっては、復讐することの優先度の方が遙かに高かったのです」
「あくまで復讐するための人生であった、と」
「私の人生は私のものです。自分の人生の目的は、自分で決めるべきだと思います。それに私は自分が有能であると自覚していましたから、社会人の義務として、それに見合うだけ社会貢献もしてきました」
「会社での働き方を言っているのですか?」
「そうです。社会人として恥ずかしく無い実績を積んできました」
「あなたが死ぬ前の直属の上司は、元の浮気相手ですよね。そんな人の下で勤勉に働き続けるのは辛くなかったですか?」
「私が有能であればあるほど、あの人にとっては避けたい私が仕事上では手放すことの出来ない戦力となります。こんな面白い状況は、私の復讐にとって好都合以外の何物でもありませんでした」
「あなた自身は、その状況が辛くはなかったのですか? 遊びで抱かれたあげくに子供まで産まされ、その子育ても1人で行わなければならない。その一方で、向こうは絵に描いたような幸せな家庭を築いている。不倫関係が壊れても忠実な部下で有り続けたあなたには、そんな彼の状況が手に取るように分かった事でしょう。通常では到底耐えられない環境では無いのですか?」
「その辛さに負けては、私は私の復讐が完遂できませんでしたから。むしろ復讐を成し遂げるためのモチベーションですらありました」
「そしてそのストレスを我が子にぶつけていたのですね。愛さないことで、我が子と思わないことで」
「ええ、愛せるわけがありません。親子の情など感じたことは一切ありませんでした」
「その当てつけで生かされている子供の気持ちを考えた事は?」
「少なくとも衣食住には不自由させませんでした。教育も受けさせました。感謝はいりませんが、恨まれる筋合いもありません」
「あなたの子供は、少なくともあなたのことを母親だと思っていたようですが、あなたはどう思いますか?」
「気持ちが悪いです。見ず知らずの子供が急にしがみついてくるのと同じ位に」
「分かりました。書記官さん、被告人の罪について説明してください」
「承知しました、閻魔様。麻倉勝歩の今後を決める罪におきましては一点。自己の欲望のために、自らを含め多くの人間の人生を歪ましたことが挙げられます」
「浮気相手への復讐としたあなたの人生の目的自体、到底評価できるものではありませんが、それ以上に手段が悪すぎました。最悪復讐を成し遂げても良かったでしょうが、そこに子供に情を掛けない事は関係ありませんでした。子供が死んだあとは、別の復讐の手段を考え実行すれば良かったのです。でもあなたは全ての選択肢を間違え、自分の人生の目標を成就すること無く、自滅の道を歩みました。これは全く評価できません。あなたは自分の人生に納得していますか?」
「残念ではありますが、少なくとも後悔はしておりません」
「反省は?」
「反省するとすれば、義務感にとらわれすぎてしまい、あの子を健康に育ててしまったという事でしょうか。大きくなってからは、うかつに殴ることも出来ませんでした。弱く育てていれば、殴ってもやり返されるような事も無かったでしょう」
「病弱な子になれば、そのぶん育てるのに手が掛かったかも知れませんが?」
「だったら病気で死なせて、その死体でもあの人の家に送りつけてやれば良かったかも知れません。あなたの子供をお返ししますなんて手紙を添えたら、どれだけ面白かったでしょうね」
 被告人は、クスクスと笑い出す。
「それは立派に育てて浮気相手に自慢するという、あなたの復讐と矛盾していませんか?」
「方法は何でも良かったのです。たまたま学校の成績が良かったので、良い大学に入れて自慢する方法を選択していましたが、万が一小さい頃に死んだらさっきみたいなやり方になったかも知れません」
 あの人の家庭が壊れれば何でも良かったのです、と、被告人は言う。
「そうですか。……裁定を行います。被告人には地獄行きを命じます。あなたの魂はあまりにも自己中心的で、他人に与えた悪影響が大きすぎました。社会人としては有能であり社会貢献も多かったですが、あなたにとってそれは単なる手段であって、そこに魂の善性を認めることは出来ません」
 佳奈美の言葉に、被告人は俯いた。
「……結局私は何のために生きていたんでしょうね」
「結論から言えば、地獄に堕ちるためでしょう。あなたはそのような生き方をしていました。あなたの努力は歪んだ目的のために払われてきた対価だったのです」
「なんて酷い人生、生まれてこなければ良かったわ」
「自分が産んだ子供に愛情を注がなかったあなたには、そんな事を言う権利はありません」
「だったら! 私は何のために生きてきたのよ! あの人に人生をメチャクチャにされて、佳奈美も死んだ! 一体どうすれば良かったというの!」
 法廷に、初めて被告人の叫び声が響いた。そして彼女の口から、佳奈美という名前が出た瞬間、演壇にいる佳奈美がびくっと震える。
「……?! ……お母さん! 佳奈美よ! あたしが佳奈美なの!!
「私の子供はあなたではありません、閻魔様」
 私の子供はもっと憎らしい顔をしていました、と、母親は言う。
「違うの! あの頃のあたしは……お母さんに甘えて拗ねてただけなんだから!」
 だからあたしのことを思いだして! と佳奈美は言うも、その言葉は母親には届かない。
「閻魔様、裁定に関係のない言動は慎んで下さい」
 母親に問いかける佳奈美に、書記官が制止の声を上げる。
「でも!! ねえお母さん! あたしのこと、そんなに憎かったの!? 本当に自分の子供だって思ってなかったの!!?」
「閻魔様の事は知りませんが、もちろん自分の子供という認識はありました。しかしそれは血が繋がっているだけという認識で、社会通念上求められる保護者としての役割以上に親である自覚はありませんでした」
「あたしが死んでも、ちっとも悲しくなかったの!?」
「閻魔様の事は知りませんが、少なくとも損失感は感じませんでした」
「閻魔様、裁定は下っています。被告人は地獄行きが決定しました。審判を終了して下さい」
「そんなのやだ!! おかあさん!! お願いだから子供が死んで悲しかったって言ってよ! 子供が居なくなって寂しかったって……!」
「ここでは嘘はつけません。そう設定されていますから」
「閻魔様、審判を終了します。被告人は退廷せよ」
 書記官の言葉で、後ろに控えていた職員によって、佳奈美の母親は法廷の外に連れられていった。
「お母さん! おかあさん! おかあさんっ!!!」
 演壇から手を伸ばし、自分の方をちっとも見ない母親に、佳奈美はずっと叫び続ける。

手を伸ばし、叫び続ける佳奈美

「うああああああああっ!!」
 佳奈美はその場に崩れ落ち、大声を上げて泣き始める。
 書記官は佳奈美が泣き止むまで、ずっと彼女を見守っていた。

「……最悪」
 声も涙も涸れ果てて、泣く気力すら消え失せた佳奈美は、ゆっくり立ち上がって生気の無い目でそう呟いた。
「少なくとも、審判に問題はありませんでした」
 彼女を思いやってかそれとも最大限の嫌味なのか、書記官は冷静にそう返す。
「うるさいっ!! 何が問題が無いよ! 人の母親を地獄に堕とさせるなんて、何でこんな酷いこと出来るのよ!!」
 佳奈美は演壇を殴りつけながら、書記官に言い返した。
「それがあなたへの罰だからですよ、佳奈美さん」
 いつしか純奈が法廷にいて、佳奈美にそう返す。
「ふざけんな!! 他にもっとやりようがあるでしょうよ! 何でこんな意地が悪いことするかな! ホント性悪だわあんたたち!」
「ええ、世界の理は意地が悪いです。だから人は人生で苦労が絶えないのでしょうね?」
「人生終わった分際で何言ってやがんだ!」
「あなたの人生の罰ですから、死んだあとも苦労が続くのです」
 それとも今すぐ地獄に行って、もっと苦労しますか? と、純奈はいつも通りに意地悪な笑みを浮かべて言った。
「今ならお母さんにも会えるかも知れませんね?」
「ふざけんなてめーっ!!」
「ええ、ちょっとふざけてしまいました。もうあなたのお母さんは魂に還元されていて、お母さんと呼べる意識は存在しません」
 ですから気に病む必要は無いのですよ? 純奈は笑みを浮かべたままそう続ける。
「意味が分かんない……」
 気持ちも感情も怒りも何もかがぐちゃぐちゃになって、佳奈美はうなだれる。
「佳奈美さん、少なくともあなたは閻魔の職責を果たしています。先程の審判も何も間違いはありませんでした」
「そんなの、あたしの自動音声が勝手に喋っていただけじゃない!!」
 佳奈美は、自分がグダグダになった時に口が勝手に喋り出すことを自動音声と呼んでいる。
「あの声は、佳奈美さんの理性の声です。他の存在が喋っているわけではありませんよ?」
「そんなの知ったことか! 何が理性よ、だったら何よ、あたしの理性は自分の母親を地獄に堕とすのかよ!!」
「現に堕としていましたね?」
「うるさい!!」
「私は佳奈美さんを責めても無いし、馬鹿にしてもいませんよ? ただ、あなたが閻魔をやっている理由を改めて考えて貰いたいだけです。あなたは閻魔の仕事を望んでやっているのですか?」
「分かってるわよ!!」
「だったらあなたは、自分の親も正しく裁く必要があります。性悪な私たちに抗い、自分を正しく持って、閻魔の職責を全うして下さいね?」
 あなたのお母さんは、地獄行きに相応しい仕打ちをあなたにし続けていたのですから。
 純奈はそう言い、法廷を後にした。
「何なのよあいつ!」
 佳奈美は純奈が出ていった方を向き、そう吐き捨てる。
「閻魔様を慰めに来られたのでしょう」
 書記官は冷静な声でそう言った。
「何が慰めだってのよ……いい加減ムカツク」
「……あなたはそこまで母親が好きだったのですか?」
「え?」
 書記官が、珍しく佳奈美に質問をしてきた。
「閻魔様は、母親のことが嫌いだと仰っていました。あなたの言動には矛盾があります」
「嫌いだったわよ。でもお母さんが言ってたじゃない、衣食住には不自由させた事は無かったって。アレは本当だから。お母さんは仕事を頑張って、お給料いっぱい貰っていたから。あたしは少なくとも人間としては尊敬してたわよ」
「あなたの母親は、手段としてあなたを立派に育てられました。しかしその目的は人の道を踏み外したものです。あなたの母親に対する敬意は本物で有り誇るものでしょう。それと同時に、あなたが下した審判もまた、あなたの母親に対する真摯で正しい評価なのです」
 誇るものです、と、書記官は続けた。
「……慰めてくれてるの?」
「それは閻魔様でご自由に認識して頂ければと」
 ふん、ツンデレかよ。佳奈美は本気でそう思った。
「純奈に言われたことだって、ちゃんと分かってるわよ。あたしは罰で閻魔やらされてるんだもん、辛くて当たり前でしょう。……まぁ訳の分かんない他人じゃ無くて、自分で母親の最期を見送ったと思えば、少しは親孝行ってもんになるのかな?」
「それは被告人にしか分かりません。……ただこれは余計な事ですが、被告人は納得して地獄に行きました」
「そう……」
 佳奈美にはそれが良い事なのか良くない事なのか全く分からなかったが、少なくとも母親に不本意な思いをさせなかっただけでも良しとした。

Intermission:02

「それであなたは自分の人生どうだったって思ってる?」
「イケイケでヨユーヨユー! うぇーい☆」
「ずいぶんヨユーかました人生送ってたのね、羨ましいわ。でもあなたまだ二十歳でしょ? まだまだやりたかったこととかあったんじゃないの?」
「特に予定なんてなっしんぐぅ〜! それより閻魔チャン、これ終わったら茶でもしない? うぇーい☆」
「閻魔ちゃんをナンパすんな。あたしはこれでも予定がつまってんのよ」
「即フラレうぇーい! 人生キビシー!」
「もう人生終わってんのよ……でもお茶かぁ、死ぬ前に誘われた事なんて一度もなかったわ……」
「そんじゃ一緒に人生やり直しツアー行こうぜ、うぇーい!」
「あたしは天国に行くから。やり直したければ1人で行って」
 うぇーい、と、佳奈美はそろそろ被告人の罪の精査を始めようかと書記官に声を掛けようとしたとき、
 バチッ
 そんな音がしたかと思えば、被告人の前に表示されている浄玻璃鏡や、佳奈美の周りにいくつか表示されていた空中投影のモニタが全部消えてしまった。
「あれ?」
 佳奈美はギャルピースを振り回す様に空中投影システムにジェスチャーコマンドを送るも、モニタは一向に表示されない。
「あれ? あれ??」
 半ばパニックになりながら、一生懸命ピースサインをふりふりしている佳奈美を見て、
「うぇーい☆ うぇーい☆」
 何を勘違いしたのか、被告人も両手でピースをして一緒に踊っている。
「いや、だからそういうのじゃなくてね?」
 書記官さん〜〜〜、と佳奈美が書記官を見ると、
「!?」
 彼もまた、焦った顔で懸命にタブレットを弄っている。
 あー、書記官さんがあんな動揺してるのってここにわんこが来た時以来か。となると、結構想定外のことが起きているのね、これ、と、佳奈美は何となく察した。
「うぇーい☆」
「あの、ちょっとここの機材がぶっ壊れたみたいだけど、続けるわね?」
「うぇーい☆」
「……うぇーい。あの、書記官さん、この人の罪って言えます?」
「……承知しました、閻魔様。被告人の今後を決める罪については一点……」
 浄玻璃鏡は消えたままだったが、佳奈美はどうにか審判を終わらすことが出来た。
「人生やり直しうぇーい!」
「はいはい、うぇーいうぇーい」
 元気よく手を振りながら転生していった被告人に、佳奈美はあきれ顔で手を振っている。
「人生楽しそうで何よりだわ……」
「閻魔様。大変申し訳ございませんが、機材トラブル故、今から体感時間で24時間ほど閻魔業務より離れて頂きます」
「ひぃっ!?」
 なんだとまさか浄玻璃鏡をぶっ壊した罪で24時間以内に地獄に突き落とすというのか!? 佳奈美は一瞬で戦慄した。
「あたしが壊したんじゃない!!」
「違います、閻魔様。設備の修理が終わるまで、待機頂きたいという事です」
 故障の状況によってはより長い時間待機を頂く事もあります故、改めてご連絡します、と続ける書記官に、佳奈美はなんとか冷静を取り戻した。
「じゃあ、休憩はいりまーす」
 佳奈美はそう言って、演壇の後ろにある事務所に入っていった。
 そういえば、前回ここに来たのは性悪純奈にいびられたときだったなぁ、と、佳奈美は以前と全く代わり映えのしない事務所の中を見渡して考える。
「で、24時間も何をすれば良いのよ……」
 お菓子とお茶が用意された応接セットも無い、テレビゲームも無い、ネットゲームが遊べそうなPCも無い、雑然とした単なるオフィスである。呆然とたち尽くす佳奈美は、視界にドアがいくつかあるのに気が付いた。
 ドアがあるということは、部屋の外があるということ。おお、これは冒険だぜうぇーい!と、佳奈美のテンションがちょっとだけ上がった。
 彼女は早速目の前のドアを開けてみた。
 そこは小さなシンクに冷蔵庫と電子レンジが置いてある、普通の給湯室だった。
「誰が弁当なんて暖めるのよ」
 次に、その左隣のドアを開けてみた。すると外は廊下になっていて、左右にとても長い通路が続いている。向こう側は暗くて全然見えない。
 なるほど、これは遠くまで行ってはダメな奴ね。そう“思い出す”ことが出来た佳奈美は、冒険は近場までとした。
 早速廊下に出てみる。事務所もそうだが、全く人の気配が無い。
 ところであの性悪チビはどこで何やってんだ? 別に会いたくは無いけど。この長い廊下を歩いていけば、別の法廷に繋がっているのだろうか? しかしそれを確かめてはダメだという事は強く“思い出した”ので、佳奈美はその考えをさっさと頭から追い出した。
 佳奈美は自分がいた事務所から、右方向に十数歩歩いてみた。するとまたもやドアがあり、そのプレートには「浴室」と書いてあった。
 風呂か〜。そういえばここに来てから一度も入ってないわねぇ。別に入る理由も無いんだけど。そもそも入る暇も無いし。
 佳奈美が閻魔バイトを始めてから、身体の代謝は完全に止まっている様に感じられた。匂いもしないし服もちっとも汚れない。たまに吹き出すゲロも、書記官が綺麗さっぱり消し飛ばしてくれる。とは言いつつ、場合によっては人の三大欲求すら凌駕する日本人のお風呂好きという遺伝子に刻み込まれた特性は、死んだ我が身にも染みついたまま。お風呂を目の前にして軽くスルーできるほど、あたしは完成された人間じゃ無い。
 そしてこの浴室を自分が使っても怒られないという事を“思い出した”佳奈美は、それがもう閻魔の当然の義務といった趣で浴室のドアを開け、そこに入っていった。
 部屋の中は、良くある旅館の共同浴場といった趣だった。
 『女』と書かれた大きなのれんをくぐると、中は小さな棚がたくさんある板の間の脱衣場になっており、その奥が浴室になっているようだ。
 脱衣場にもうっすらと暖かい湯気が充満しており、お風呂の準備は出来ている、という事なのだろう。
 佳奈美は手近の棚のドアを開け、さっさと法衣を脱ぎ始める。
「おふろおふろうぇーい」
 やはり身体は全然汚れていない。一度も取り替えた記憶がない下着も、染み一つ付いていない。
 脱いだ法衣を棚の中に入っていた籠に放り込みつつ、佳奈美は脱衣所の壁に作り付けられている大きな鏡に映る自分の身体を改めて見た。
 生前と変わらない自分の身体。どこにでも居る普通のピチピチJKである。
 しかしちんちくりんな性悪チビなどと比べると、親からの遺伝か、大きめな胸に腰のくびれもソコソコ締まっており、結果として被告人達からエロいだのビッチだの散々な言われようであったことは記憶に新しい。
 にしてもこのおおきめのおっぱい、結局肩こるだけで何にも使われなかったなぁ……。

自分の胸を触る佳奈美

 佳奈美は母親譲りの大きいおっぱいを自分で揉みながら、そんな事を考えた。所詮は耳年増の処女ビッチである。男に揉まれた事も無ければ、もちろん赤ちゃんにお乳を与えた事も無い。それに佳奈美はソロプレイはほとんどしなかったので、自分で触ったこともほとんど無い。たまに女友達が悪ふざけ(但し若干のやっかみを含む)で揉んでくるくらいだった。ちなみに高校のクラスメート(男子)共からいやらしい視線でジロジロ見られていたことは日常茶飯事で、彼らのソロ活動のおかずに使われ彼らの妄想の中ではちぎれるほどに執拗に揉んだり吸われたり挟ませられたりした事はあったかも知れないないが、もちろんそんなもんはノーカンである。
「ハァ……」
 佳奈美は完全にクセになってしまった大きなため息をひとつつくと、籠の中に入っていたタオルを持って浴室に入っていった。
 そしてそこはやはり、旅館の浴室そのものだった。
 手前にいくつか身体を洗う洗い場やシャワーがあり、その奥に大きめの浴槽がしつらえてある。もちろん浴槽にはお湯がたくさん張ってあるようだ。
 佳奈美は早速髪と身体を洗い、浴槽に身を沈めた。
「いきかえるわ〜〜〜」
 そういえばこんな大きなお風呂に入ったのは中学校の修学旅行以来だわ〜〜などと、自宅の狭い浴槽では体育座りをしながら縮こまってお湯に浸かっていた事を思いだし、手足を伸ばしてバタバタ暴れてみた。
「うぇーい☆」
「楽しそうですね、佳奈美さん?」
「!?」
 広い風呂を1人貸し切りだと思ってお茶目をしたら、ソッコーで人に見られた! 佳奈美は慌てて声のした方を向くと、そこには中学生くらいのセミロングの少女が立っていた。もちろん浴室なので、服は着ていない。
「……あんた誰!?」
 佳奈美が問いかけるも、少女は何も言わずに洗い場にある椅子に座り、シャワーを頭から被る。そして軽く身体を洗うと、浴槽の佳奈美の隣に座った。
「わかりませんか?」
 湯船に浸かり、ふぅ、と一息ついた少女は佳奈美に問いかける。
「……え?」
 佳奈美は自分の隣に座り、どこに隠し持っていたのやら、アヒルのオモチャを湯船に浮かべて遊ぶ少女をじっくり見やる。
 背丈は小学生と言っても良いくらいだが、胸の大きさやら腰回りの肉付きを見るに多分中学生くらい。髪は黒のストレートで肩くらいまで伸ばして、なんだか締まりのない笑みを浮かべている。
 顔はなんだか微妙だが、この背格好のちんちくりん……というには微妙に女っぽい体つきなので認識を改める必要があるようだが、こうして自分の名前を知ってる奴はやっぱりあいつしかいない! という事で、佳奈美は改めて確認する。
「もしかして純奈?」
「ええ。どうしてすぐに分かりませんでしたか?」
 そう答える純奈は、風呂場の湯気がそうさせるのか、いつもの輝きの無い、底なし沼の様な昏いを目をしておらず、普通の少女のようにしか見えない。
「いや、あの、髪下ろしてるところ初めて見たし、何かいつもと雰囲気違って……」
 だいたいてめーの顔なんて気分が悪くなるからじっくり見たことねーよ!などと思いかけたが、この至近距離でそんな事を考えればどんな物理攻撃がくるか分かったものではないので、彼女は速攻で心を空っぽにした。
「私は何の特徴もありませんし、そういう事もあるかも知れませんね? あと長湯をすると気分が悪くなるので気を付けた方が良いでしょう」
「ひぃっ!?」
 佳奈美は慌てて自分の首を手で覆う。
「ここは法廷じゃないので私は何も出来ませんよ?」
 つまり法廷だったら首締めるって事だなよく分かった!! 佳奈美は熱い湯に入ってるくせに顔を青くして、ガタガタを震え出す。
「せっかくのお風呂なので、リラックスされた方が良いでしょう。……さっきみたいにうぇーいってバタバタしてても良いですよ?」
「いやもうやりません……」
 もういっそのこと殺して。佳奈美は本気でそう思った。

 しばらく後。
 まだ2人仲良く?湯船に浸かっている佳奈美は、
「それにしても生き返るわ〜〜」
 死んでるからちょうどいいわ〜〜などと、湯船の中で半分溶けて独り言を垂れ流している。
「染みますね〜」
 そして純奈も、なんだか溶けているようだった。

溶ける佳奈美

 佳奈美は、そんな彼女を改めてじっくり見やる。
 確かにいつも、法廷に嫌味を垂れに来る純奈本人である。しかしこいつこんなボケ顔だったっけ? いつもは良い感じのレイプ目のクセして、なんだか瞳の輝きは当社比3倍。そして体つきも、自分みたいにメリハリはついていないが、なんだか丸いところはしっかり丸いので、別の意味でエロさというか、むしろ犯罪的な趣すら感じる。ぶっちゃけおっぱいも中学生としたら標準以上の大きさだし、良いカタチしてるわ〜などと、佳奈美は自分の中にオッサンが芽生えたのを感じていた。
「……私は佳奈美さんの身体の方が格好いいと思いますけどね?」
 大きいおっぱいは憧れます、と、純奈が言う。
「ぶっ!?」
 数十年ぶりの風呂で溶けて、ついつい思考を垂れ流しにしてしまった! 佳奈美は慌てて頭の中を真っ白にするも、しかし今までこいつに思考を読まれなかったことがあるのか?という、恐ろしい疑問が心の片隅にわだかまる。
 そしてその答え如何によっては最悪の結果も想定しなければならなくなるため、その疑問自体を頭から消した。考えちゃダメだ。考えたら死ぬ。もう死んでるけど。
 佳奈美は思考を切り替える為、とっさに思いついた質問を純奈に問いかける。
「あの。……あなた、何で閻魔やってるの?」
 佳奈美が純奈について知っている事と言えば、シリアルキラーにレイプされて首をへし折られて殺されたということだけだ。
 そしてそんな死に方した人間には、この話題はもしかして地雷だったのでは無いか? そうでなくとも、あまりにも良識に欠けた質問だったのではないかと瞬時に思い至り、佳奈美は失敗したー!という後悔の念で押しつぶされそうになる。
「自分の罪が理解出来ないからですよ?」
 しかし純奈はそんな彼女の気持ちを知ってか知らずか、いや、確実に分かっているのだろうが、あっけらかんに答える。
「罪!? えっと……でも、あなたは……その、悪くないでしょ?」
 だって殺されたんでしょ、とは、さすがに言わない。
「殺されたとしても、殺されるに値する原因があるということでしょうね?」
 それは佳奈美さんも同じでは?と、純奈は結構辛辣な返答を寄こした。
「そう、ね……。あたしもまだよく分かんないや」
「佳奈美さんはこの間、私を殺した人の審判をやったんですよね? だったら私のことも分かってるんじゃないですか?」
「……ごめん、ぶっちゃけショックで。あなたのことまでは調べてない」
「そうですか。私は友達からあの人を紹介して貰って、それで相談相手になって貰いました。そして“もっと美しい表情になれる”と言われてホテルに付いていったんですけど、そこで初めはメチャクチャにレイプされましてね」
 その辺は審判でも聞かされたところである。
「……その美しいっていうのは、強い感情から出る表情の事だったよね」
「正確に言えば、苦痛に歪む顔です。だから前戯とか無しで、そのままねじ込まれました。もう痛くて痛くて、血がいっぱい出て、でも全然やめてくれなくて。でもそのうち痛さも痺れてよくわかんなくなってきたら、今度は首を絞めてきて。その時に、その人はとても真面目なお顔をして、“美しい”って言っていました。次の瞬間には頭の奥で変な音がして、後は気が付いたら薄暗い森を歩いていました」
 男の人に美しいなんて言われたのはそれが最初で最後でしたね、と、純奈はクスクス笑いながら言う。
「……苦痛に歪んだ顔が綺麗なんだったら、私の普通の時の顔なんて醜いって事ですかね?」
 純奈のそんな言葉に、しかし佳奈美は、
「そんな事無い!! 純奈は可愛いよ!」
 なぜか反射的にそんな声を上げてしまった。
「あっ……その、何て言うか……」
「佳奈美さんは優しいですね」
「あぅぅ……」
 佳奈美は何でここまで純奈を気遣ってしまうのか、自分自身でよく分からなかった。
「それから後は、佳奈美さんと同じです。私が死んだ時の閻魔に、自分の罪が理解出来るまで閻魔をやって考え直せと言われました」
「ええ!? でも、あなたはあたしなんかと違って、不可抗力みたいなもんでしょ?」
 自分でヤリサーのバカ共の所に行って殺されたのと、騙されて殺されたのでは根っこが違う、と、佳奈美は思う。
「私は自分の審判の時に、ずっと騙されたのだと、泣き叫んで抗議しました。レイプされて殺されたのに、なんでそれが罪なんだと」
「そりゃそうでしょう……うぷっ」
 佳奈美はついつい鷺宮の審判の時に見せられた純奈の殺害現場の写真を思い出し、胃の中身がせり上がってくるのを慌てて押さえ込む。
「ここでは出しちゃったものがすぐに綺麗に無くなるとかありませんので、我慢して下さいね?」
 こんな浴槽の中でリバースとか地獄絵図にも程があるだろうと、佳奈美は喉まであがってきた物を精一杯飲み込んだ。
「結局私は、自分の罪を理解するまで閻魔をやらされることになりました。……もちろん頭では理解していますよ、怪しい大人についていった自分が悪いんだって。でも心の底から……魂の底からそうは思ってないのでしょうね。だから私はずっと閻魔のままです」
 佳奈美さんは早く解放されると良いですね?と、純奈は立ち上がり、湯船から外に出る。
「お先です、佳奈美さん。またいつかご一緒しましょう」
 純奈はそう言うと、浴室から出て行った。
「……私も、まだ分かってないわよ」
 自分に比べてかなりまともに閻魔をやっている純奈を持ってしても、まだ閻魔の仕事から解放されない事を目の当たりにすると、こりゃあたしの天国行きはまだまだってことね、と、佳奈美はウンザリした。
「あたしも上がるか……」
 そう呟き佳奈美は浴槽から出て脱衣所に向かうも、そこには既に純奈はいなかった。
 あのチビは着替えがやたら速いのか、それとも裸のまま外に行ってしまったのか。
 しかし余計なことを考えるとまた純奈に何をされるか分かったモンじゃ無いので、佳奈美は三度頭を真っ白にして、さっさと法衣を着込んだ。
 そしてそこで改めて、少なくとも24時間はやる事がないのを思い出し、なんだかんだ言っても風呂に1時間も入っていないのだから、まだ相当ヒマである事を再認識したので、彼女はその辺の椅子に座って取りあえずぼーっとすることにした。
 目をつぶると、佳奈美の頭の中には純奈の裸や彼女が言ってたことがぐるぐる回り、色々な感情が湧いては消えていった。
 けれどもただ1つ、いつまでも消えなかったのは、自分の境遇を語るときに見せた純奈の、なんとも人間くさい、寂しそうな彼女の横顔だった。

Case:14 加古新猫来の場合

 佳奈美の前に連れてこられた中学生くらいの被告人の少女は、生気のない瞳でうつろな視線を、壇上にいる佳奈美に向けた。
 それを見て、佳奈美はすぐに分かる。
 これはヤバい死に方したヤツだ、と。

佳奈美を睨む加古

「……こんにちは」
 とりあえず挨拶をするも、被告人からの返事は無い。佳奈美を見やる視線に、負の感情が増すだけだった。
 そんな様子に若干げんなりしつつも、佳奈美はいつも通りに自分勝手なプロファイリングを行う。
 見てくれは中学生くらい。来ている服は普段着なので中二病やらでは無いようだが、それにしても汚れが酷い。
 そして“脱いだら凄いんです”とまではいかないでも、なかなか良い物を持っていた同世代の純奈とは違い、体つきは妙に貧相。
 いや、貧相なのでは無く栄養失調でやつれているだけだ。髪はぼさぼさ、本来ならば年相応に色つやがあるべき肌は血色も悪く、張りも無い。
 そして何が一番マズいのかというと、意思の光が見えない瞳が宿す、闇の深さだった。
 ここに来る人間は、程度の差はあれ皆死んだことに不満を抱いているのが普通である。魂の底から“前向きに”死んだ人間などいやしない。自殺した人間だって本当は死にたくなかったのだが、死ぬことしか出来なくなって、結果死んだだけなのだ。だから皆、閻魔を見やる視線に不満や負の感情が現れているのは当たり前のこと。そしてその感情の現れは、自分の事をちゃんと認識出来ている、魂の正しい活動の発露なのだといえるだろう。
 しかし、佳奈美の目の前にいる少女が滲ます負の感情は、そういった“死んでしまった事への後悔・不満”などでは無い、より根源的な部分から漏れ出ている様に見える。
 つまり彼女の瞳に宿る暗い闇には、狂気に近い感情が見え隠れしているのだ。
 ならば、それはどうしてなのか。
 ちなみに、閻魔の法廷に現れる被告人の外見は、別に死の直前の状態を正確に表した物ではない。個々の魂が最もしっくりくる外見・服装をしている。だから被告人が病気でやせ細って死んだとしても、魂自体がその病気に飲まれてやせ細っていない限り、病気になる前の健康な姿で出てくる場合も多い。逆に魂が死因に強く影響されて変質してしまった場合は、死ぬ直前の姿、もしくはより酷い格好をして出てくる場合もある。
 被告人は酷くやつれており、服装もかなり汚い状況である。
 となると、想像できるのは長期間拉致監禁されて、餓死したのか。特に股間の付近が血や何かの液体で汚れているところを見ると、彼女が生前にどんな待遇を受けていたのかは、もう考えるまでも無い。
 はあ、と、自然に佳奈美の口からため息が漏れた。
 正直、とても面倒くさいパターンの被告人である。多分、何かしらの犯罪の被害者であろう。それだけを捉えると、自分も似た様な物であった佳奈美は非常に同情したくなるも、しかしこの手の被告人は魂自体が摩耗している場合も多く、いくら本人に落ち度は無かったとしても、そのまま天国には、到底行かせられない状態なのだ。特に若くて不本意に餓死した人間は、狂おしい程の飢餓感に長期間晒されてしまって魂が変質してしまい、自分の思いを正しく言語化出来なくなって、まともな審議が行えない状態がほとんどだ。
 佳奈美は一度深呼吸し、覚悟を決めた。
「これより被告人の生前の行いについて、裁きを行います。書記官さん、被告人のプロフィールを説明してください」
「承知しました、閻魔様」
 書記官の声と共に、被告人の前に空間投影の浄玻璃鏡が表示された。しかし被告人の少女はそれには全く反応すること無く、暗闇に落ちくぼんだ瞳を佳奈美に向けるままだ。
「被告人の生前の名前は加古新猫来(かこ みゅーくる)、享年14才。公立の中学2年生であり、死亡時は不登校。成績は偏差値40程度、性格は大人しいが他責傾向が強く、また他人に流されるまま行動する事が多い。両親の離婚を期に実父に自宅内に監禁され、性的暴行を受け続ける。なお、死亡時は両親健在。……被告人、相違ないか?」
「……ねえどうして私がこんなことされなきゃいけないの何で私だけこんなことされなきゃならないの何で私だけご飯食べられないの私なんか悪い事したのねえどうしてよ何で私こんなにおなか空いているのにお父さんのおしっこしか飲めないのねえどうしてよ答えてよ私何したのねえどうしてよ!!」
 書記官の問いかけに、被告人はいきなりの大声で叫びだした。
「ひぃっ……」
 その鬼気迫る被告人の様子に、佳奈美は思わずのけぞった。 
「私何か悪い事したの!何がが悪かったっていうの!お父さんとお母さんが別れた事なんて私関係ない!なんでそれでお父さんに毎日なぐられて酷いことされるの!なんで私がお母さんの代わりにお父さんとセックスするの!なんでおなか空いてるのにご飯食べられないの!なんで私がお父さんのちんちん毎日舐めなきゃいけないの!何でこんなにおなか空いているのに誰もご飯をくれないの!私が何か悪い事したの!私何にも悪くないのになんで毎日殴られるの……!!!」
 やつれて華奢な身体のどこにこんな大声で叫びを続ける体力があるのか、被告人はただただ昏い瞳に怒りの涙を流しながら、佳奈美に向かって叫び続ける。
「……その疑問に答えてあげるから、一旦落ち着こう!? そこで叫んでいても、あなたに取ってメリットは何も無い!」
「……っ!」
 佳奈美は閻魔の力を使って、被告人を強制的に黙らせる。
「あなたが死ぬ前にとても辛かった事はちゃんと分かったから! 閻魔が分かっているから、そんな自分を傷つけるように叫ばなくて良いから、少しづつあなたのことを聞かせて?」
 佳奈美の言葉に、しかし被告人の少女の瞳には憎悪が膨れあがる。
「……閻魔様みたいに綺麗な格好して私のことが分かるわけ無いおなか空いてて頭が壊れてお父さんのちんちんなめつづけてまずいしょっぱいの飲んで吐いてそれでもおなかが空いて吐き出したの舐めとって余計に吐いてお父さんに殴られてずっと痛くて息も出来無くてそれでも殴られておなかが空いて殴られておなかが空いて痛くておなかが空いて痛くて痛くて痛くてかゆくてかゆくていたくていたいいたいいたいいたいいたいいいたい!!」
「だからあなたの辛さは分かっているから、黙りなさい!」
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!」
 そう叫びながら演壇に向かって走り出そうとする被告人を、警備員が羽交い締めにして取り押さえる。
「警備員さん、乱暴にはしないで」
「私のことなんて分かるわけが無いそんな綺麗な格好した閻魔様に分かるわけは無い誰も私のことなんて分かってない助けてくれない泣いても叫んでも助けてくれない殴ってセックスするだけで助けてくれないおなか空いてるのに助けてくれないたすけてくれない〜〜〜〜!!!」
「だからそんなに叫ばないで! 一旦落ち着いて! 閻魔の言うことを聞いて!!」
「おなか空いてるのに何も食べられない誰も助けてくれない殴るだけいたい助けてたすけてたすけてなかないからなぐらないでいたくしないでごはん食べさせて水が飲みたいちんちんじゃいやもうなぐらないでもうセックスしたくないたすけていたいいたいいたいいたい!!」
 被告人は佳奈美の閻魔の力にも刃向かい、ずっと叫び続ける。彼女の怨念によって、自らの魂の変質が取り返しの付かない状態まで進行してしまっている証拠だ。
「書記官さん、この子に管理者権限アクセスをかけて黙らせる事は出来無いの!?」
「先程から何度か試みておりますが、被告人の魂側でコマンドを受け付けません。被告人に対する、嘘をつけなくする機能も正常に機能しているとは言えず、被告人の言葉は正しい応答を行っている保証がありません。加えて浄玻璃鏡の嘘検知システムも動作不能です」
 つまりは理性でフィルタの掛かった被告人の「言い訳」を元に審判を行わなければならないということだ。そしてその理性は到底まともな状態とは言えない。
「これじゃあ、審判が行えないの? このタブレットの情報を元に審判を行うのは?」
「閻魔帳データベースの情報は客観的事実のみであり、罪の判断を行う上での情報としては不足しております。あくまで審判には魂の真の声、つまり真実を見極める必要があります」
 そりゃそうだ、と佳奈美は思う。閻魔帳データベースは三人称視点でしか記述が無い。例えば被告人が何かしらの罪を犯した場合に、彼・彼女が「何を思って」それに至ったのかは全く書かれていないのだ。閻魔の審判においては、その「何を思って」が一番大切だ。そこに正義が在るのか無いのかが、審判結果に大きく影響する。
「ねえ、あなたの苦しかったことはちゃんと受け止めるから! だから今だけはあなたの本当の声を聞かせて欲しい! そうやって自分の思いを一方的にぶつけても、それはあなたにとって何もメリットが無いのだから! だからあたしの言うことを聞いて!!」
「みんな私のこと聞いてくれないのに聞けない私だけこんな酷いことされてるのに聞けない助けてくれないのに聞けないご飯くれないのに聞けないセックスされてるのに聞けない殴られてるのに聞けない泣いたら殴られるから聞けないおなか蹴られるから聞けない私だけこんななのに聞けない!!」
 必死の形相で、自身を取り押さえる警備員に抗い、叫び、手足をばたつかせながら、佳奈美に手を伸ばす被告人。到底佳奈美の声が届いているとは言えない状況だ。
 ……前にあたしに“殺す”しか言わなかった人が居たけど、あの人でも少なくとも管理者権限アクセスを受け付けて、その上で自身の魂の叫びを必死に訴えていた。けど今目の前にいる被告人は、この場で必要な最低限のやりとりすら行えないくらいに壊れてしまっている。
 餓死した人は大体こんな感じだけど、それにしても酷い。普通はここまで閻魔の力に逆らったりしないのに。
 どうやって彼女を審判したら良いのか、佳奈美は自分の無力さに絶望を感じるも、必死に考え続ける。
「お願いだから、あなたをちゃんと裁くために、今だけは私の言うことを聞いてよ! 閻魔の言うことを聞きなさい!!」
 佳奈美は全身全霊を込めて、被告人に閻魔の力を行使する。
「いやだ殴らないでおなかが痛いたすけていたいいいたいいたいいいたいおなか蹴らないで血が出ちゃうおなか痛いごはん食べたい誰か助けていやだいやだいやだいやだいやだあああああああああっ!!!」
 しかし、被告人の態度は全く変わらず、ひたすら叫び続けるだけだった。
「……閻魔様。これ以上の審議の続行は不可能と判断します。被告人の魂は管理者権限アクセスを受け付けていませんので、地獄の再調整すら行えません。既に強制消滅をすべき状況となっております」
「何言ってるのよ。あたしに散々被告人からよく聞きよく考えより良い裁定を下せって言ってたクセに、あんなに必死に思いを伝えてくる人の言葉も聞かずに消滅しろとか、バカ言ってんじゃ無いわよ!」
 佳奈美は書記官に一喝した。普通ならば、それだけで自分が地獄に堕とされる十分な理由となる暴言でもある。しかし佳奈美には、この審判だって最期までしっかり終わらさなければならない信念があった。
 今まで何度も審判で失敗してきて、性悪チビの純奈に散々だめ出しを喰らった佳奈美である。その度に彼女は“失敗しない”では無く、“より良い審判をする”と常々自分に課してきた。もちろん自分が天国に行きたいという根源的な理由を忘れた訳では無いが、しかし彼女は彼女自身で、閻魔の仕事を単なる天国行きの手段では無く、今の自分自身の存在理由であると定義していたのだ。
 だから、理性的に考えれば、書記官の言うとおりさっさと審議を止めて、次のもっとまともな被告人の相手をすれば良いのは分かりきった事ではあるのだが、しかし、佳奈美がいつも偉そうに被告人に対して語っている“抗いがたい正義感”こそが、彼女にとってはこの審議の続行であった。
「しかし閻魔様。被告人の魂は審判を受け付けられる状態にありません。本件においては、閻魔様の責任はいっさいありません。閻魔様は十分に審議を尽くしたと判断します」
「あたしが全然出来てないって言ってんのよ。それとも、この審議の続行はあたしを地獄に堕とすことと同義なワケ?」
「……承知しました、閻魔様。審議を続行ください」
 可能な限りサポートを致します、と書記官は言った。
「ありがとう、書記官さん。……ねえ、加古さん。あなたはさっきあたしのことを綺麗な格好してるとか言ってたけど、あたしも死んだ時は、ヤリサーのバカ共にレイプされる前に毒飲まされて、それでゲロまみれで死んだのよ。全然綺麗じゃ無いわよ」
「……綺麗じゃ、ない?」
 先程までは手足をばたつかせて叫び散らしていた被告人が、佳奈美の語りかけにようやく反応した。
「そうよ、私もあなたと同じで、ちっとも綺麗じゃない」
「でも閻魔様は綺麗で私は汚くてお風呂にも入って無くておしっこ飲まされて吐いたのそのままにして殴られておなか蹴られてあそこから血がたくさん出て殴られて掃除しろって言われたのに手を縛られて自分で舐めてまた吐いて殴られて痛くていたくて泣いたら殴られておなか蹴られておなかが痛くて血が出て舐めて吐いていたくていたくて!」
「私もゲロ吐いて血だらけになっておしっこ漏らして死んだのよ。……今はまともな服を着せて貰ってるけど、あなたと同じで汚れて死んだの。だから、あなたのことを何も理解してないなんて言わないで欲しい。そしてあなたのことをちゃんと理解したいから、色々教えて。わかる?」
「……わかり、ました」
 加古はやっと佳奈美の問いかけに答えた。瞳は未だ闇に沈んだままであるが、少なくとも佳奈美に意思を持って視線を向けている。
「やっとこっちを見てくれたね。……あなたの事、あなたの言葉でちゃんと教えてね。それで加古さん、あなたは中学生って聞いたけど、学校ではどんな生徒だった?」
「……学校は、行ってない」
「でも1年生の頃は通ってたんでしょ?」
「変な名前って、虐められた」
「……そうね、辛かったよね」
 佳奈美はタブレットで名付けの理由を調べるが、想像通り母親が見ていたアニメからとったものだった。理由は、可愛くてその辺に無い名前にしたかった、だそうだ。産後のハイテンションで付けるキラキラネームの典型である。子供の将来など何一つ考えていない。
 ……そういえば、あの母親はどんな思いであたしに佳奈美という名前を付けたのだろうか? などど佳奈美は思うも、その母親はもうすでに居ない。加古の情報同様、今自分が持っているタブレットで調べられるだろうが、そんな事くらい親の口からちゃんと聞きたかったと、彼女は今更ながらに思う。
「学校には、それで行かなくなったの?」
「……違う。クラスの男子に無理矢理セックスされて、怖くなった」
「っ!?」
 佳奈美は慌ててタブレットを操作し、加古の不登校の理由を調べた。彼女の言ったとおり、名前を理由にしたクラスでのイジメがエスカレートし、やがてクラスの男子生徒のほとんどが加担して集団レイプを行ったそうだ。
 今でこそボロボロの格好をしているが、まだ虐待行為が激しくなかった頃はそれなりに美人だった加古は、イジメを受けてもずっと大人しくして耐えていたために、バカな男子生徒共の悪意に付け入られてしまったのだ。
「辛いことを聞いてごめん。でも、それを含めてあなたの人となりを知る必要があるの。……でも、私はあなたのことを虐めようなんてこれぽっちも思ってない。これは閻魔である事を掛けて本当のことだから、信じて欲しい」
「……はい」
「ありがとう。……それで、そのあとずっと家に居たんだ?」
「……違う。親が離婚して、それでお父さんが私を家に閉じ込めた」
「どういうこと?」
「……男子にセックスさられたこと、親に言ったら、凄く殴られた」
「いやちょっと待って……なんでそうなるの!?」
「お前が悪いって言われた……だから殴られて、それで親がケンカして、離婚した」
 ちょっと意味が分からない。何で我が子が酷い事をされたのに、その子を殴りつけるんだ?
 万が一、加古本人が原因でイジメを受けたならば話は違ってくるのかも知れないが、閻魔帳データベースを見る限り彼女には何の非も無い。バカな名前を付けた親が悪いだけだ。
 けれど、本当にそうなのかは、やはり本人の口から聞くべきだろう。佳奈美は問い続ける。
「あなたがイジメにあったこと、あなたの親はどう思ってたか分かる?」
「……よく分かんない」
「あなたの親は、躾に厳しかった? 殴られたとかじゃなくって、礼儀正しくしろとか、女子はこうあるべしなんてことを口うるさく言ってたとか」
「……知らない。……早く働けって、穀潰しって」
 何が穀潰しだというのか。自分らで勝手に子供を作っておいて、一体どの口でそんなことをほざくと言うのか。
 確かに、躾に厳しい父親とかだったら、「お前がふしだらなことをするから男に付け入られるんだー」とか言ってひっぱたくようなシチュエーションは考えられなくも無いが、どう考えてもそんな父親では無いだろう。
「あなたの家って、お金持ちの名家だったりする?」
「……違う。お金無くて汚かった」
 ならば「お前は家の名を汚したんだ、もう二度と家から出るなー」なんて自宅に幽閉していたのでも無いだろう。ところで比較対象?が一体どこの古くさいドラマだとか自分で思うも、しかし親には自由にさせて貰っていた佳奈美には、そんな家柄だのなんだのくだらない理由で子供を家に閉じ込めるとか、全く理解出来無い事象であることは変わりなかった。
 そして親がそんな理解出来ない事をしでかした理由も、本来ならば加古の口から聞くことによって加古の本当の思いや考えを知ることに繋がるのだろうが、しかし今回の場合、これ以上本人に根掘り葉掘り問いたせばまた嫌な思い出に支配されて、さっきのように半狂乱に陥り暴れ出すのだろう。それは審判にとって何のメリットも無いし、それよりも加古本人が一番辛いことだ。これ以上、彼女の魂がねじ切れた原因をほじくり返しても仕方ないだろう。
 佳奈美は先程までの過去の言葉を踏まえて、閻魔帳データベースでこの辺の事を調べてみた。
 クラスの男子達から集団レイプにあった加古は、そのまま家に帰って母親に泣きつくも、元々まともな子育てなどしていなかった母親はただただ彼女をなじって殴った。それで両親は自分の娘がこんな事になったのはお互いの所為だとケンカを始め、父親まで彼女を殴り怪我を負わせた。その後加古を病院に連れて行くこともせず、彼女を放置。元々不仲で、加古の母親の妊娠がきっかけで結婚したに過ぎない両親はあっさりと離婚。加古は父親に引き取られたが、もともと定職に就かずフラフラしていた父親は風俗に行く金もないという理由で加古をレイプし、逆らえば殴り続けていたという。
 そんな境遇の彼女は見た目でネグレクトを受けていることが分かる状態になったため、父親は彼女の手足を紐で縛って自宅内に監禁、結局彼女が餓死するまでロクに食事も与えず、レイプや暴行を加え続けたのだった。
 佳奈美はいい加減胸くそが悪くなり胃の中身がせり上がってくるも、グッとこらえて質問を続ける。
「……あなたのお母さんはどんな人だった?」
「……ほとんど家に居なくて、家に居るときは酔っ払ってた」
 なるほどそれはあたしの母親と一緒である。
「お母さんは仕事で家を空けていたの?」
「……よく分かんない。でもたまにお父さんが居ないときに友達って男の人を連れてきて、セックスしてた」
 なるほど浮気しているのも自分の母親と似た様な物だろう。こいつはあたしか?……でも、なんか違う気がするんだよなぁ、と、佳奈美は加古の両親のことを、改めて閻魔帳データベースで調べてみた。
 加古の両親は同級生で、高校在学中に母親が妊娠。特に恋愛関係は無くセフレみたいなものであったが、無責任な周りの勧めもあってそのまま結婚。しかし両者が高校中退し独立した後も、父親は定職に就く事も無くたまにバイトをするが長続きせず収入はほぼ皆無。結局実家の勧めもあり生活保護を受けて生活を維持することとなり、その後加古が生まれるも、育児放棄ギリギリで何度も児童相談所の指導を受ける有様であった。ちなみに加古の母親は言葉の通り毎日男友達と遊び回り、たまに自宅に帰るときは昼から酒を飲んで加古に暴力を振るう状態であった。
 ウチの母親も悪酔いして散々あたしに突っかかってきたけど、少なくとも手を上げた事はなかったなぁ。それに服とか身の回りとか、ちゃんと良い物を買ってくれてはいたし。……ちっとも愛してくれなかったのは悲しいけど、でもあたしをちゃんと人間として育てた事は立派なことなのよ。ついつい佳奈美は、自分の母親のことを考えてしまう。
 いけないいけない、ちゃんと審判に集中しなきゃ! 佳奈美は改めて加古に向き合う。
「親が離婚した後は、どんな状態だった?」
「……お父さんは離婚したのは私の所為だって、だから責任とれって私をセックスさせた。いやだって言ったら私を殴った」
 つくづくろくでもない父親である。
 大体別れたのは自分たちの都合だろうと。それでなんで実の娘を手込めに出来るのか。本気で頭がおかしいと思う。
 佳奈美は両親のその後を調べてみた。加古が死んだときには両親は生きていというが、しかし両親とも閻魔の審判結果が載っていた。つまり加古の死後すぐに相次いで死んだということだ。
 死因は、父親は死刑である。加古が自宅で亡くなった後、彼女を餓死させた証拠隠滅のために自宅アパートにガソリンを撒き放火。結果他世帯の4人を巻き添えに焼死させて逮捕され、死刑判決の後に執行された。また母親は友人関係での痴情のもつれから刺殺されている。両方とも地獄行きだった。
 親は選べないと言うが、ホント、どうにかならないものか。こんな親でまともに育つ子供は居ないだろう。少なくとも、かなり霊格の高い魂がより霊格を高める為に敢えて修行に行ったくらいでないと、まともな人間として成長できないことは自明である。
「……あなたは自分の親のことを、どう思ってた?」
「……よく分かんない」
「分かんないっていうのは、つまりあなたに判断材料が無いってことかな?」
「……よく分かんない」
「ああ、聞き方が悪かったよね。えーっと、だからあなたは自分の親に色々酷いことをされてきたけど、そういうのも全部含めて、親に対してどういう感情を持っていたのかなって」
「……分かんない。分かんないっていうのは、親ってそういうものだと思ってるだけで、何かとにかく殴ってくるから、痛いから、殴られないように我慢してただけで」
「あぅ……うん、ごめんなさい、当たり前の事聞いちゃったね。……あの、そしたら、あなたは自分のことをどう思っていたのかな?」
「私……? 私は……私は悪いことしてないのにみんなで私のこといじめて殴ってセックスしてご飯くれなくておなか空いてるのに泣いてるのに誰も助けてくれない痛いのに止めてくれない助けてくれないいたいいたいいたいいたいかゆい止めてもう私が何したって言うのよ誰も私のこと分かってくれないもうやだみんな私のこと守ってくれないみんな殴ってくるちんちんを口に入れてくる舐めないと殴ってくるいたいいたいいたいいたいいたい!!」
「あ、あの、ごめんなさい、もういいから、もうあなたが辛い事受ける事は無いから! だからもう昔のことは忘れて良いから……!」
「忘れるわけがない!忘れられない!どうしたらあんな辛いこと忘れるの何でそんな事言うのもう殴らないで!もうやだこんな人生みんなで私のこと虐めるおなか空いてるのにちんちんをくちにいれてくるもうやだ怖い赤ちゃん出来ちゃう止めてよ私が何悪い事したのもうやだもうやだやだやだやだやだやだいやだああああああああああーっ!!!!!」
 加古は頭を抱えて叫び出すと、また演壇に向かって走り出した。警備員は再び彼女を取り押さえて、演壇から引き離そうとする。
「いやだあああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!」
 手足をメチャクチャに暴れさせ、加古は必死に警備員に抗っている。
「加古さん、大人しくして!! もうあなたを殴る人は居ない!! お願いだから叫ぶのを止めて!!!」
「がはっ……はぁ、はぁ、はぁ……げぼっ」
 加古は自身の身体の限界を考える事無くあまりにもヒドい叫び方をしたためか、声帯が限界を超え、荒く息をつく彼女の口から血の泡があふれ出てくる。
「加古さん、もうあなたの辛い人生は終わったんだから、そんなに自分を傷つけることはやめて! もうあなたを殴る人は居ない!」
「うそだみんなそうやって私を殴るんだみんなよってたかって私の服を脱がしてセックスするんだもうやだおなか空いてるのに誰も助けてくれないんだ泣いてるのに殴ってくるんだいやだいやだいやだいやだ!!」
 そう叫び続ける加古は、警備員達の制止に抗い手足をばたつかせ、さっきから何度も佳奈美の方に走り出そうとしていた。
 彼女はあたしに何がしたいんだ?
 なせ今も血を吐きながら、あたしに向かって手を伸ばしているんだ?
 警備員達に羽交い締めにされている加古は、血走った目で佳奈美を睨み続けている。
「警備員さん、加古さんを放してください」
 佳奈美はそう言うと同時に、演壇から降りて加古に向かって歩いて行く。
「閻魔様、危険です」
 書記官がそう言うも、どうせ一度死んだ身だ。いくら怪我させられても何とかなるだろう。
 佳奈美は腹を決めて、飛びかかってくる加古をその身で受け止めた。
 そして殴ってくるか、つかみかかってくるか、それとも噛みついてくるか、グッと目をつぶって待ち構えていたが、一向に身体に激痛が走ることは無い。
 もしかして痛みを感じるまでも無く瞬殺されたのか? 閻魔が死んだらどうなるんだせめて2階級特進で天国行きが良いなぁなどと思っていると、何か身体にブルブルする物が触れているだけだ。
 改めて目を開けると、何か戸惑ったような顔をした加古が、佳奈美に抱き留められている状態だった。
「……どうしたの?」
「……よく分からない」
「あなたは今、どうしたいの?」
「……よく、分からない……」
 ちらっと加古の手を見ると、佳奈美の背に手を回すまでも無く、空中でフラフラさせているだけだ。
 もしかして、この子、今まで人と抱き合ったこととか無いのか?
 ほとんど育児放棄されて育った加古である。物心ついた頃からは親に抱かれたことなど無いだろうし、大きくなってから人と絡んだことと言えば、無理矢理レイプされたことだけだろう。人の温かさを感じる抱擁など、経験したことは無いのだろう。
 佳奈美は自然に、加古をぎゅっと抱きしめた。未だぶるぶる震える背中を優しく撫でた。精液がこびりつくぼさぼさの頭も撫でた。ちょうど自分の胸の高さにある彼女の頭を、自分の胸で優しく包んだ。
 初めはただただぶるぶる震えているだけの加古だったが、やがて自分の手を佳奈美の背中に回して、自分がされているのと同じ様に、佳奈美の背中をさすっていた。身体の震えも収まり、自ら佳奈美の胸に顔を押しつけていた。
「あなたの好きにしていいからね」
「……よく分からない……」
 そう呟いた加古の声は、震えていた。やがて彼女の息が荒くなってくる。
「うぅっ…ぐす……」
 そして彼女が鼻をすすった途端、びくっと震えてまた暴れ出した。慌てて佳奈美から離れようとする。
 しかし佳奈美は、反射的に加古を強く抱きしめた。
「いやだ殴らないでもう泣かないからやめてやめてやめて泣かないからやめてやめていたいいたいいたいいたいっ!!」
 またメチャクチャに手足を暴れさせる加古によって、佳奈美は何度か顔を殴られたり、彼女の爪が肌に当たってそこから血が流れる。
 けど、もしもここで加古を放してしまえば、もう二度と彼女と会話が出来無い気がしていた。彼女がとても遠くに行ってしまう気がしていた。
「もう泣かないからやめてご飯いらないから止めて泣かないから泣かないから泣かないからやめてかゆいかゆいいたいいたいいたい蹴らないでいたいおなかが痛いもうやめてーーーーっ!!!」
「加古さん、あたし殴らないでしょ、だから落ち着いて! 殴ってないでしょ、あたし殴ってないでしょ!!」
「ああああああああああああああっ!!! ごぼっ!! がはっ」
 再び血の泡を吐きだし始めた加古に、佳奈美は必死に訴えかける。
「もう殴らないから! だからもう落ち着いて! 安心して! ここにはあなたを痛めつける人は居ないから!!」
「ごほっ! ごぼっ……はぁ、はぁ、はぁ……」
 佳奈美の声がなんとか届いたのか、加古はやっと暴れるのを止め、荒い息をつく。そんな彼女の汚れた顔を、佳奈美は持っていたハンカチで優しく拭いてやった。そしてもう一度、加古をぎゅっと抱きしめる。
「安心して。ここにはあなたを殴る人は居ないから」
 ……さっき、この子は泣き出した瞬間に暴れ出した。そして泣かないから止めてと何度も言ってた。となると、餓死した辛い思いと共に、何かしらこの辺にもトラウマがあるのだろうか。佳奈美は荒い息をしたままの加古を頭を自分の胸に押しつけながら、もう片方の手でジェスチャーコマンドを送り、浄玻璃鏡で両親から受けた暴行を調べていく。すると思った通り、何かが原因で加古が泣き出すと、両親はなお一層酷い暴行を加えた事が書かれてあった。
「今まで辛くても、ちっとも泣けなかったんだね。……もういっぱい泣いて良いから。あたしはあなたが泣いても、殴ったりしない。好きなだけ泣いて良いからね」
 佳奈美のその言葉に、またもやびくっと身体を震わせる加古。佳奈美は加古を優しく撫でながら、何度も言った。

加古を抱き寄せる佳奈美

「泣いても大丈夫。好きなだけ泣いて良いからね」
「うぇぇ……うわああああああ…………!」
 加古は佳奈美にしがみつくようにしながら、顔を佳奈美の胸に押しつけて、大声で泣き始めた。
「やっと泣けたんだね、今まで辛かったね……」
「うわああああ!」
 しばらくの間、法廷には加古の泣き声が響き続けていた。

「もう大丈夫?」
「……よくわかんない……ぐすっ」
 閻魔の法衣を涙でびしょびしょにしながら、加古は鼻をすする。
 その顔は、法廷に連れてこられたばかりの時と違い、瞳にいくらか明るさが戻って居た。
「審判はもう少し続くけど、でも、辛くなったら好きなだけ泣いて良いからね。誰もあなたを殴らないから、泣きたいときに泣いて良いからね」
「……うん、ぐすっ」
 加古はまた佳奈美の胸に顔を埋めて、そして彼女をぎゅっと抱きしめた。
「じゃあ、そのままで良いから、審判を続けるね。……あなたの両親は、はっきり言って人間のクズよ。ろくでもない奴らだった。……その、クラスの男子に酷いことされる前も、たくさん殴られてたりしてたんでしょ?」
「……うん」
「その時、あなたは誰かに相談した?」
「……してない」
「どうして?」
「……お母さんに言うなって言われたし、待ってたのに助けてくれなかった」
「誰を待ってたの?」
「だれか、助けてくれる人」
 ……助けてくれる人、だ? 最初はなんのこっちゃと思う佳奈美であったが、加古の叫んでいた内容を思い出すと、何となく見えてくるものがあった。
「あなたは、周りの人があなたのことを勝手に助けてくれるって思ってたんだ?」
「だって、大人ってそういうものでしょ」
「そう、ね……。」
 本来であれば、児相や学校の教師がそういった役割であったのだろうが、彼女の場合はそれが上手く機能しなかったのだろう。
「でも、本当に辛かったら、あなたの方から助けを求めるべきだった。これは分かる?」
「……よく分かんない」
「虐められたり殴られても、我慢してればいずれ誰かが助けてくれるって思ってたの?」
「……助けてくれないとおかしい」
「えーっと、おかしいって事は、あなたの見た目でみんなの酷い事されてるって、周りの人が分かる状態だったの?」
「……よく分かんない。でも、お父さん、服着ると分からないところだけ殴ってきた。おなかばっかり殴られて、あそこからいつも血が出てて、いつもおなかが痛かった」
「っ!」
 佳奈美は加古の頭を撫でながら、浄玻璃鏡を操作する。どうやら父親が顔を殴り始めたのは自宅に監禁してからで、それまでは腹ばかり殴っていたらしい。彼女の内臓は強いダメージを負っており、血尿や血便が出続け、子宮も破壊され妊娠する機能は喪失していたようだ。既にそれだけでも致命傷であり、例え食料を与えられていたとしても、食べ物を消化吸収する機能が失われているため、結局死亡していただろうとのこと。
「辛かったね……」
 結局、この子が周りに助けを求めなかったのは、親に言われたと言うのもあるのだろうが、書記官さんも言っていたとおり依存傾向が強いので、自分が困ってたらば周りが勝手に助けてくれると頭から信じ込んでいたのだろう。佳奈美はそう結論づけた。そもそもロクな躾も受けてないのだろうから、人に助けを請うという手段すら知り得なかったのかも知れない。
「……書記官さん、審議の続きをお願いします。被告人の死因を説明してください」
「承知しました、閻魔様」
 加古は佳奈美に抱きしめられたまま、書記官の説明を聞く。
「加古新猫来は自宅監禁後に受けた暴行が元で消化器官を損傷、食事を摂れなくなったことから栄養失調状態が続き全身が衰弱。内臓破裂による敗血症、ならびに栄養失調や脱水を元とした多臓器不全で死亡。一般的には餓死と言われる状況でした」
「……閻魔様、なんで私そんな死に方しなきゃいけなかったの?」
「っ……」
「……私、自分で吐いたのとあそこから出てくる血でいっぱい汚れてて、ハエが周りをいっぱい飛んでて痒くて、それでお父さんが余計に怒っておなか蹴飛ばして、それで最期には口からいっぱい血が出て」
「……もう良いから、もうそういう辛い事をされる事は無いから!」
「……閻魔様、いいにおい」
「えっ!?」
「お母さんはいつもお酒と変な香水の匂いで臭くて……でも閻魔様はいいにおい」
「えっと……」
 それはこの間数十年ぶりに風呂に入ったからとか余計な事を佳奈美が思っていると、
「私は臭かったけど、閻魔様はこんないいにおいで……」
 さっきまでは淡々と喋っていた加古の声に、少しずつ震えが混ざってくる。
「……私もおしゃれとかしてみたかった。私の髪は他の女子と違って綺麗なストレートだったから、みんな古くさい髪型とか言ってたけど、ちょっと自慢だった。長くて綺麗な髪は、私の唯一自慢だった」
 そう呟く加古の髪を改めて見ると、とてもでは無いが綺麗なストレート等と言える状態では無い。ぼさぼさで艶は無く、乱暴に髪を引っ張られた結果なのか、毛先は縮れて長さもまばらである。血や吐瀉物や精液で汚れ、悪臭を放っている。そして頭皮をよく見ると、小さなウジ虫が所々蠢いていた。
「ひっ」
 佳奈美はついつい小さな悲鳴を上げてしまう。
「……閻魔様の髪は綺麗。私も髪の毛染めたりして、おしゃれしてみたかった」
 加古は佳奈美の髪を手ですいていたが、その手をぎゅっと握った。
「いっ!?」
 おかげで髪の毛を思いっきり引っ張られることになった佳奈美は、何事かと加古の顔を改めて見る。
 その彼女の瞳は、底なしに暗い闇がわだかまっていた。
「私だって、閻魔様みたいに、綺麗にしたかったのに……! なんで私だけ臭いまま死ななきゃならなかったんだっっっ!!」
 加古の手が、また乱暴に振り回されるかと佳奈美が身構えた一瞬、その手はするりと佳奈美の首に巻き付いた。
 そして佳奈美が首を絞められているのかと認識した次の瞬間には、佳奈美の首を掴んだままの加古の手が法廷の床に叩きつけられ、佳奈美は後頭部と背中を激しく床に強打する。
「うえ゛っ!?」
 あまりの急な展開に理解が追いつかず、しかし何かこのままではいけないと思った佳奈美は、さっきから視界がぼやけてまともに見えなくなった目を懸命に動かして加古の顔を見やるが、自分の首に全体重を掛ける加古の顔が、まるで鬼のようだと思った瞬間、
「あ゛ああああああああっ!!」
 加古の腹の底から絞り出されるような絶叫が耳朶を打つと共に、頭の奥で生木をへし折るような嫌な音が聞こえた。
 そして、佳奈美の意識は消失した。

「うあああああああっ!!!!!」
 佳奈美は悲鳴を上げながら、ベッドから飛び起きた。

悲鳴と共に飛び起きる佳奈美

 ベッドだと!? 一体どこだここは!
 佳奈美は脂汗がボタボタと垂れる自分の顔から汗を乱暴に振り払いながら、周りの様子を確かめる。
 病院だか、学校の保健室のような、白を基調とした部屋の中。
 ベッドの周りを白い布を張ったパーティションで囲まれ、それらの隙間から事務机やら戸棚が見えている。
 どう考えてもその雰囲気は、佳奈美の生前?の世界のままであった。
 という事は、なんかさっきまで延々やらされていた閻魔バイト云々は単なる悪夢であって、あたしはヤリサーのバカ共に毒を盛られて気を失った後になんとか病院に担ぎ込まれ、結局死なずに済んだのか? という事は、気ィ失っている間にヤられちゃってもうあたし処女じゃ無いのか? ていうか処女損失がレイプとかマジ無いわーとか、あとで処女膜がどんな事になっちゃったんだか確かめないとでもその前に膜がある時に見たこと無いから変化が分かるのかとか、代わりにサラ○ラップ貼っとけば何とかなるか?とか、まるで堰が崩れたダムの水のように、とめどない思考が頭の中をぐるぐる巡っていた。
 でも、人生生きてりゃそれだけでめっけもの! 死んだらワケの分からん閻魔に散々嫌味を言われるのだから、とにかく死ななくて良かった〜〜などと安堵のため息をつく。
 それにしても、なんであんな変な夢を見たのだろうか。
 一般的に、夢は自分の短期記憶を長期記憶に変換するために、脳みそが記憶のリプレイやら再構築をする時に見える映像だとかなんとかいう記事をどこかで見たことがあるが、それにしてもあたしが知らない事ばかり出てきたよなぁと、自分の記憶のどこにあんなにたくさんの他人の人生が詰まっていたのだろうかと、佳奈美はまだ思考の渦でぼんやりしている頭でそんな事を考える。
 まぁ、ともかくこれからは慎ましく生きよう。あと母親には本当に父親が死んだのか聞いておこう。
 そこで改めて佳奈美は自分の格好を確かめるも、やはり病院で着せられるようなガウンを羽織っており、そして中は下着も何も着けては居なかった。続いて身体の調子を確かめて見るも、特におかしな所は一切無かった。ヤリサーに変なジュースを飲まされたのだから、少々胃の調子が悪いくらいはあってしかるべきなんじゃないかとも思ったが、自分が気を失ってる間に綺麗に胃洗浄とかしてくれたのだろうか?
 そういえば、今はいつなんだ? どれくらい気を失っていたのか?
 佳奈美はベッドから降りて病室内をうろつくも、残念ながら時計やカレンダーに類するものは置いていなかった。
 と言うか、部屋の中にはベッドが一つしかない。病室の個室と考えても、この保健室風の様子は何かが違うと思う。何で事務机やら棚やらが置いてあるのか。そして改めて自分の身体を確認するも、意識が無くなっていたのだったら、せめておしめやら尿道カテーテルやらあてがわれてても良いはずだが、そんなのも無くパンツすら履かされずベッドの上に放置である。
 という事は、ここは医療機関ですら無く学校の保健室で、あたしは例えば授業中だかに気を失ってゲロを垂れたり失禁したりして制服を汚したので、身ぐるみ剥がされてベッドに放り込まれた、とか?? とすれば、ヤリサー共にカチコミに行ったことすら夢だったというのか……
 一体誰が自分の制服を脱がしたのだろうかとちょっと気になるも、まぁゲロ臭いまま廊下に寝かされたままとかに比べたら遙かにマシ、と色々諦めて、佳奈美はベッドに戻って腰掛けたのだが、その時保健室のドアが開いて誰か入ってきた。
「書記官さん〜〜〜」
「承知しました、閻魔様」
 何が承知しただよあたしの書記官さん〜〜はそんな意味じゃねーよがっかりしたんだよ結局まだ地獄に一丁目だか三丁目にいるじゃねーかよ誰だよあたしの服を脱がしたのはよなんでまだ閻魔バイトやってんだよ一体あたしはどーなったんだよ〜〜〜〜
「うえぇぇぇぇぇ〜〜〜〜」
 佳奈美は泣きだした。
「ごもっともです、閻魔様」
 だから何がごもっともなのか。
「閻魔様は加古新猫来の審判中に、被告人に首を絞められ頸椎を破断。一時的に死亡状態に遷移しました。その後体機能の自動修復が済みましたので、意識を回復されました」
「……最悪過ぎる」
 色々思い出した。結局あたしは失敗した。加古さんのトラウマを開いてしまって、結果、彼女に殺されたのだ。
「あの後、加古さんはどうなったの?」
「閻魔様の首を折った直後に警備員により拘束、その後代行された純奈殿によって魂の強制消滅を実施しました」
 自分で決着を付けられなかったあげくに、純奈にまで手を煩わせてしまったわけだ。最悪にも程がある。
「ごめんなさい………」
「閻魔様が謝罪される状況にございません」
 ごく稀に起こることです、と、書記官は続ける。
「違う!! あたしはあなたたちの言うことを聞かないで、それで自滅して色々迷惑掛けたの! あたしのミスなの!!」
「閻魔庁は閻魔様の審議継続を正式に承諾しました。つまりこれは個人に帰す事象では無く、システム上の問題と言えます。閻魔様はむしろ被害者としての立場となります」
 此岸で言うところの労災に当たります、と、書記官は言う。
「そんなんじゃ無い……あたしは自分のわがままで続けたのよ、何が自分の地獄行きと同等よ……結局あたしは自分でケジメすら付けられなかったじゃない!」
「閻魔様は、ご自分の命と引き替えにケジメを付けられたとも言えます」
「死んで無いじゃない! そもそも閻魔なんて死なないでしょうに!」
「死にます。ただ復活するだけです。死の苦痛は生前と同じ物を受けられたはずです。あなたは後頭部を床に叩きつけられ脳挫傷を負い、その後頸椎の破断ならびに気管を損壊されて多臓器不全で絶命しました。その死に至る肉体の苦しみは確実にあなたの魂に負荷を与えました。あなたは加古の人生の苦しみを、自分自身に引き継いだのだと言えます」
 そしてあなたの審判は正しかった、と、書記官は言った。
「……そう、分かりました」 
 何が分かったかと言えば、状況だけは理解した、という事だ。けど、あたしは全然納得していない。だけどもう審判は終わってしまった。加古さんの魂はこの世に存在すらしていない。ただのエネルギーに還元されてしまったのだ。だからあたしは、せめて今回のことも反省材料にして、今後の閻魔バイトに活かしていかなければならない。せめてそれが、加古さんが生きてきた人生の意味を世界に残していくことになるんだ、と、佳奈美は思う。
「……加古新猫来は、閻魔様の審判で救われたと考えます」
 書記官が何か言った。
「え? どういうこと??」
 しかし佳奈美の言葉に書記官は、何でもございません、とだけ返した。

「うあー、結局閻魔バイトは継続かよ〜〜」
 その後24時間の休暇を与えられた佳奈美は、更衣室で礼服一式(勝手に自分のロッカーに戻されていた)を手に取ると、この間見つけた風呂に入って、早速くだを巻いていた。
 今日は性悪チビは来ないだろうか?
 佳奈美は耳を澄まして風呂に誰も入ってこないのを確認し、
「うぇーい☆」
 改めて湯船で手足をばたつかせた。
「はふ〜〜〜〜」
 そして精一杯大きなため息をつく。やっぱりお風呂は良い物だ。誰かがお風呂は魂の洗濯だと言っていたけど、本当にそう思う。
 特にこの手足を伸ばせる大きな浴槽が良い。身体の芯まで温まる湯温が良い。そして他人の目が無いのが良い。
「うぇーい☆」
 ばちゃばちゃ。
「佳奈美さん、楽しそうですね?」 
「ぎゃあ!!」
 いつしかと同じく、いつの間にか入ってきた純奈に生暖かい視線を送られた佳奈美は、素で悲鳴を上げていた。

Case:15 三野瀬恭子の場合

「カナミじゃん、マジウケるー!」

 被告人が佳奈美の前に連れてこられてからの、彼女の第一声であった。
「キョーコ!?」
 ちょっと待て色々突っ込みたいところはあるけど何でこいつあたしのこと分かってんだ!?
 佳奈美と被告人がお互いの名前を言い合った通り、彼女は佳奈美の生前の知り合い、正確には生前で一番仲の良かった友人であった。
「書記官さん!!」
「本事案では、閻魔様と被告人の関係性において特段の問題はありませぬ故、特に記憶操作などは施しておりません」
 通常通りの審判を続行ください、と、書記官はいつも通りの事務的な態度で佳奈美に言った。
「前のお母さんの時はあたしのこと分からなくしてたじゃない! 何でよ!!」
 家族じゃないけど友達だったんだから! 佳奈美は書記官に抗議するも、
「それを含めて問題ございません」
 お続けください、と、書記官の態度は全く変わらない。
「えー、カナミ私の審判してくれないんだ? マジ冷たくなーい?」
「だからそう言うんじゃなくてね?」
 ああもう本気でウザい! あたしは生前こいつといっつもつるんでたんだから、私情が入りまくっちゃうじゃないのよ!!
 つまりはそういうことも含めての“罰”なのかと、佳奈美は苛つく感情をグッと抑えて被告人に向き合った。
 見てくれは、佳奈美が生前一緒に居た頃と同じ。彼女が初めてここに連れて来られた時に着ていた、同じ高校の制服の姿であった。
 そしていつも通りに“独りよがりプロファイリング”をしようにも、ある意味親よりもよく知った間柄だ。とても仲良かった友達。それこそ学校での授業や昼食やトイレなど、いつも一緒に居た仲である。プロファイリングなどするまでもなく、もしかすると閻魔帳データベースよりも細かいことを良く知っている相手である。
「……ところで聞きたいんだけど。なんであんた死んでんの?」
 その格好、あたしが死んでからあまり時間経ってないでしょ? と、佳奈美は最も強く感じた疑問をぶつける。
「はぁ? そんなの閻魔様なら知ってんでしょうが」
 いちいち言わすなや、と、恭子はそっぽを向いて言う。
「そういうのを含めて、あんたらに人生を省みさせるのがあたしの仕事なのよ」
 そっちこそいちいち言わすな、と、佳奈美は恭子を睨みながら言った。
「ハイハイ、カナミは偉くなったのねー! てゆーか、そんなダサい服着てて恥ずかしくないの〜?」
「閻魔の服にダサいもイケてるもねえっつーの!」
 いいから質問に答えろ! と、早速苛つく佳奈美は声を荒げる。

恭子にムカつく佳奈美

「折角久しぶりにトモダチに会ったのに、つくづくつれない奴ねー」
 良い子ぶってんじゃねーよ、と、恭子はまたもやそっぽを向く。
 それを見て、佳奈美は大きなため息をつく。
 ほれみろ、相手が友達なら閻魔の箔もなんもあったもんじゃない、ちっとも言うこと聞かねーじゃねーかまぁこいつ前からこんなヤツだったけど、と、佳奈美は早速ウンザリした。
「だから仕事だって言ってんでしょ、いいから教えてよ」
「分かりましたよ、カナミは偉い偉い閻魔様だもんね〜」
 なんだか言い方に妙なトゲがあるなぁ、こいつここまで口が悪かったっけ?
 佳奈美は生前の恭子を思い出しつつ、彼女がさっきからこちらに向ける軽蔑が籠もってそうな目つきを見やる。
 ……あたしが生きてたころのキョーコは、いつもヘラヘラしててあたしと同じくダラけた生活を送っていた。そもそもあたしが殺されたヤリサーのパーティーだって、こいつが話を持ってきたのだ。むしろあたしはこいつをスケベ野郎共から守ろうとしてあの場所に行ったわけで。ん? あたしが毒飲まされて殺された原因って実はこいつじゃね?
 佳奈美は今更苛ついたが、それをグッと押さえ込む。
「だからなんで死んだのよ?」
「カナミが死んだパーティってあったじゃない? あのあと仕切り直し!ってまた呼ばれてさー、行ったらもう超サイアクー!」
「てゆかあんたらあたしがあそこで毒飲まされて死んだの見てたでしょ!?」
 なんであいつら逮捕とかされてないんだっ!!
 佳奈美は恭子に怒鳴りつける。
「うるさっ! だってカナミが自分で勝手に薬飲んだことになってんだもん」
 なんだそりゃ!? あたしが毒飲んだのは、あいつらに”取りあえずジュース飲んで落ち着こうぜ”なんて言われたからであって、自分で変なクスリなんか飲むかっての!!
「あんた、あたしが騙されて睡眠薬飲まされたの知ってるでしょ!?」
「だから?」
「だからじゃねえっつーの! おかしくない!? ケーサツとかに聞かれなかったの??」
「だって私らカナミがゲロ吐いてからすぐに逃げたもん。そしたら次の日テレビのニュースで変死体!なんて言ってんだもん、超ウケた!」
「ウケてんじゃねーよ友達が死んでんでしょあんた頭おかしいの!?」
「なによカナミひとりで大騒ぎしてただけじゃん、別に来なくても良かったし!」 
「そういう問題じゃねー!! 何で!? 意味が分からない!! 何であんたあたしのことほったらかしにしたの? 救急車呼ぶとか考えなかったの!?」
「えー、そんな事したら警察に捕まるじゃん」
「あんたが毒飲ませたわけじゃないから捕まるわけないでしょうが!!」
「親とかにパーティー行ったとかチクられるのウザいし〜」
「だからって……!!」
 なんだあたし、こんな程度の奴の為に死んだのか!?
 佳奈美は今更出てきた新事実に、絶望以外の感情を持ち得なかった。
 彼女は以前、自分が死んだ辺りのことを閻魔帳データベースで調べたことがあったが、自分に関する記事だけがすっぽり抜け落ちていた。どのみち彼女は罰でやらされている“雇われ閻魔”である。閻魔バイトが終わった後に再開されるであろう彼女の審判に関わる情報は、全て隠蔽されているのだ。
 ……結局何だったんだあたしは……。これじゃ純奈が言っていたとおり、こいつらほったらかして家で勉強でもしていた方が良かったって事じゃない……
 佳奈美の目から、涙が溢れ出る。
「なに、カナミ泣いてんの? 私が死んだからって同情してくれてるとか〜?」
 恭子はマジウケる〜などと、ヘラヘラ笑っている。
「違うわよ!!……もうあたしのことはいいわよ、バカなガキがイキがって自滅しただけってのがよく分かったのよ。……それで、あんたはなんでそんな人殺しするような連中の所にわざわざ行ったのよ?」
「だって、イケメンが会いたいっていうんだもん、フツー行くでしょ?」
「フツーは行かねーよ!……自分も殺されるって思わなかったの!?」
「別にー? だってカナミ自分で空気読まないで死んだんじゃん、私らそんな事しないし」
「……でも結果的にあんた死んでんじゃん、どういうことよ?」
「それが超サイアクでさー! 行ったらイケメンはいなくて超キモいデブとかキモヲタばっかりで! 文句言って帰ろうとしたらもうボコボコにされてレイプされまくりで。そんで私と一緒に来てたアサコって知ってる? その子が警察呼ぶとか騒ぎ出して、それでみんな首締められて殺されちった☆」
「ちったじゃねーよ馬鹿野郎!! なんでそんな命を粗末にしてるのよ!!」
「はぁ〜? 死ぬって知ってたら行かなかったし!」
 イケメンとだったらサイアクヤっても良かったし〜と続ける恭子のあっけらかんとした態度に、佳奈美は愕然とした。
「……そうね、結局あたしも同じよね」
 あたしの死んだ言い訳も、他人からしてみたらこんなモンなのか。
 友達の貞操を助けるだのも、所詮は単なる言い訳。結局はリスクヘッジが出来てなかったから、愚行の末に必然的に死んだだけだ。
 キョーコを攻める資格は、あたしには無いのか。
 佳奈美はため息を一つ付き、改めて恭子に向かい合う。
「……あんたが死んだ理由はよく分かったわ。それで一つ聞きたいんだけど」
「な〜に〜?」
「あたしらが行ったヤリサー達のこと、あたしが殺されたの見て普通の連中じゃ無いって思わなかったのかな?」
「はぁ? どゆこと?」
「普通はさ、友達が死んだ原因になった様な連中とは二度と関わり合いにはなりたくないモンじゃないの? あたしと同じ目に遭わされるとか、考えなかったの?」
「別にー? だってカナミが悪いんじゃん?」
「あたしが悪い?」
「そーよ。折角みんなで楽しもうって時に空気読まないでひとりで正論ぶってさ、超シラケてたじゃん」
「……シラケる以前に、もしもあたしがあの時止めなければ、あんたらどうなってたと思うの?」
「サイアク、レイプされるくらいじゃん?」
「……なんでそんな簡単に考えるかな? レイプとかあり得ないでしょう!?」
「はあーん? そっか、カナミはバージンだからビビってんだ。私らパパ活とかしまくってたし、大学生のヤリサーとかもう慣れっこなんだよねー」
 あんなの1、2回出せば大人しくなるからヨユーよ、それよっか絶倫オヤジなんて一晩中ねちねちヤられるからそっちの方がウザいわ、と続ける恭子に、佳奈美の目に再び涙が浮かぶ。
「今更だけどね、あたしは本当にあんたのこと大切に思ってたのよ?」
 そう涙声で言う佳奈美に、しかし、
「超ウザー!」
 ケラケラ笑う恭子は辛辣だった。
「カナミはさ、いつもそうやって自分は偉いんですー、自分が正しいんですーって、超ウザかったんだよね」
「そんな……そんな事思ってない!」
「あんたの自覚なんて知ったこっちゃ無いけどさ、いつもウザい正論ばかり押しつけてきて、もう私らウンザリしてたんだよね」
「だったらなんでいつもあたしと一緒に居たのよ……」
「カナミってガッコーのセンセー達にウケが良かったじゃん? だから一緒のグループにしてれば、センセー達にウザい事言われないからね」
「……なにがウケが良いのよ、あたしなんて大学行かなくて働くなんて言ってたから、それこそ先生達にはウザがられてたでしょうよ」
「そういう風にいちいち頭イイの自慢してくるのもウザいんだよねー」
「だからそんなつもり無いって!!」
「みんなカナミのこと嫌ってたって分からなかった? あの日だって、パーティー連れてってヤられちゃえば少しは大人しくなるとか思ってたんだけどさー、思った以上に大人しくされちゃって〜」
 別に死ななくても良かったのに〜、と、恭子はまた笑っている。
「……ねぇ、あんたにとってあたしって何だったの? 単なる便利な道具? 死んでも良かった程度の相手だったの?」
「えー、それ聞いちゃう? カナミこそ私のこと何だと思ってたのよ?」
「友達でしょ……」
「閻魔様。そろそろ審判を開始してください」
 そんな書記官の声に、佳奈美は今までの会話で十分に審判になってるだろうがよ!と思うも、彼の声に従うこととした。
「私語が過ぎました。……これからあなたの生前の行いについて裁きを行います。書記官さん、被告人のプロフィールの確認をお願いします」
「承知しました、閻魔様」
 書記官がタブレットを操作すると、恭子の前に浄玻璃鏡の空中投影画像が表示される。
「へ〜、カナミ本物の閻魔様みたいじゃん」
「……バイトみたいなもんだけど一応本物よ」
 いいから黙ってて。佳奈美はそう告げる。
「被告人の生前の名前は三野瀬恭子(みのせ きょうこ)、享年17歳。県立高校の学生であり、成績は偏差値50程度。生活態度は素行不良であり、いわゆる援助交際などで不特定多数の男性と関係を持つ。家族構成は母親が3才の頃病死、弟があり。死亡時には父親、弟とも健在。……被告人、相違ないか?」
「ありませーん」
「……あんた、お母さん亡くなってたの?」
「んー? そうだけど」
「そういうこと、全然教えてくれなかったじゃん」
「カナミに教えて何か良いことある?」
「それは……」
「続けて死に至る行動の報告ですが、先程の閻魔様と被告人の会話の通りとなります。具体的な殺害方法は扼殺、死体は他県の山中に遺棄されましたが、翌日にはハイカーによって発見、犯人は逮捕されております」
「あのキモデブたち、ボコボコに殴りやがって! マジ地獄に堕ちれば良いって!」
「……万が一あたしの法廷に来たら、ソッコーで地獄行きにしてやるわよ」
「カナミ頼もしー!」
「……なにが頼もしいよっ!!……なんで死んじゃうかな? これじゃあたしが死んだ意味なんて全く無いじゃない」
「別に私悪くないし? アサコが警察呼ぶとか言ったのが悪いのよ」
 あんなキモデブ1回出せば黙るんだから、後から警察にチクるとかすれば良かったのよ、と、恭子は続ける。
「そのアサコって子、どうしてケーサツ呼ぼうとしたのかな?」
「しらなーい」
「そもそも誘ったのあんたでしょ、ちゃんとヤリサーだからレイプされるって説明したの?」
「てゆーかあいつらのことヤリサーとか言ってんのカナミだけじゃん!」
「実際そうじゃない」
「そうと決まったワケじゃないし! 私は普通のサークルって思ってたけどー!」
「……あたしに変なクスリ飲ませた時点でおかしいって思わないの!? もしあたしがアナフィラキシーショックとか起こさないで普通に寝入ってたら、どうなってたと思ってんのよ!」
「カナミがレイプされてたんじゃないの?」
「あたしがじゃ無くてあんたらがよ!!」
「だからさっき言ったじゃん、やらせりゃ大人しくなるんだから、その程度でしょうよ」
「何がその程度よ! 結果的に殺されてんじゃん、あんた今になっても全然分かってない!!」
 なんでちゃんと考えないかな! と、佳奈美は言うも、
「もういいじゃん、どうせ死んだんだし!!」
 私は被害者ですー、と、恭子は拗ねたように言う。
「良くそんな事言えたわね!! あんた、レイプされた上に首締められて殺されて、素っ裸で山の中に捨てられてんのよ!? あんたのお父さんとか弟があんたのそんな姿見てどう思うとか、考えたことあるのかよ!」
「……しるかよ」
「知れよ!! 考えろよ!! あんたが死んで、周りの人がどれだけ悲しんでるのか、考えなさいよ!」
「何言ってんのよ! そんなのカナミ、あんただって一緒でしょうよ!」
「一緒だから言ってんじゃない! 少なくともあたしは自分の友達にこんな惨めな事になって欲しくなかったわよ! あたしみたいに自分がバカだってこれっぽっちも分かってなくて、あたしみたいに罰で閻魔を押しつけられるような事になって欲しくなかったわよ!」
「そんなの分かるわけないじゃん! 大体私は悪くないって言ってんでしょ、アサコが騒いだのが悪かったんだって! 私は殺されただけじゃん、被害者じゃん!!」
「それが分かってないって言ってんのよ!! もうあんたの人生は終わっちゃったんだから、今更後出しじゃんけんみたいにああすれば良かっただの言わないわよ! でも反省はしなさいよ! あんたは自分の判断ミスで自ら死んだのよ!」
「マジウザ!! 偉そうなこと言うな! 本当、カナミのそういうとこマジウザい! もうはっきり言っとくけど、私あんたのこと大っ嫌いだったんだからね!」
「そんな事はどうでもいい!! 自分のミスだけは反省して! 悔いて自分を恨んで自覚しなさいよ!!」
「言われなくても分かってるわよ!」
「分かってないわよ!」
「分かってるって言ってんでしょ!! カナミに私の何が分かるってのよ!」
「悪いけどあたしは閻魔よ、全部分かるのよ! あんたはこれっぽっちも反省していない。ぶっちゃけ自分が死んだ実感すら持ってない! これ言ったらあたしこそ地獄行きかも知れないけど、あんたそんな態度だと地獄行きにするしかないのよ!?」
 地獄に行きたくなければ今すぐ反省しなさいよ! と、佳奈美は覚悟をもって言う。こんな言い方は、はっきり言って私情丸出しの公私混同である。相手が友人だからといって、決して言って良いことでは無い。
 佳奈美はそれは十分に分かっていたが、しかし、その言葉を我慢することは出来なかった。
「お願い、分かってよ……!」
「何を分かれって? 私は嘘もなにも言えないんでしょ?」
 ニヤニヤ笑う恭子に、
「キョーコ!!」
 佳奈美は悲痛な声で彼女の名前を叫んだ。
「閻魔様」
 書記官に呼ばれ、びくっと震える佳奈美は歯を食いしばった。今回の審判は、公平性を逸している。自分の友人だからと不用意な発言が多すぎた。このまま地獄に堕とされても仕方ない。彼女は全身の血が凍る思いで、しかし、覚悟を決めた。

自分の失敗に覚悟を決める佳奈美

「審判を続行してください。……被告人の今後を決める罪について報告を続けますが、よろしいでしょうか?」
「は、はい……」
「承知しました、閻魔様。三野瀬恭子の今後を決める罪におきましては一点。状況判断を誤り、自己並びに他人の生命を滅したことが挙げられます」
「……ねぇキョーコ。あんたは自分の命を無駄にしただけじゃ無くて、他人の命も奪ったことになるのよ」
「どうしてよ、超意味わかんない! 私キモデブに殺されたって言ってんじゃん、何テキトーな審判してんのよ、それともさっき私がカナミのこと嫌いとか言ったから、その仕返しってワケ?」
 サイアク!と喚く恭子に、佳奈美は、
「だから、そんな事関係無いって言ってんでしょ!!」
 バン! 演壇を叩きながら、そう返した。
「……あのねキョーコ、確かにあんたを直接殺したのはキモデブかも知れないけど、その原因を作ったのはあんた自身だって事くらい分かってるよね?」
「だからあたしは悪くないって言ってんじゃん!!」
 何でわかんないんだ!と、恭子は叫ぶ。
「分かるか! いい、よく聞きなさい。あんたは自分の友達が毒飲まされて殺された原因を作った。その友達がゲロ吐いて死にかけてたのをほったらかして死なせた。友達が殺されてるのに、また同じ奴らのところにホイホイ出かけて自分も死んだ。そのとき他の友達も連れて行って、その子達も全員殺された」
「だから私の所為じゃ無いって言ってんでしょー!!」
「あんたの所為よ。少なくともそのキッカケを作った。イケメンだかなんだか知らないけど、人を殺すような連中に何を言われても拒否ればよかった。なんならケーサツにチクれば良かった。サイアク二度と合わなければ良かった。そうしたら、今頃あんたはあたしみたいな大っ嫌いなヤツに嫌味を言われる事も無く、家でのんびりご飯でも食べていたんでしょうね」
「うるさい!! どうせもう死んだんだ、今更知ったことか!!」
「いいえ、ちゃんと知りなさいよ。あんたはあたしの命と引き替えに、このどうしようも無いパターンを回避するチャンスを手に入れたはずだった。なのにそれを活かすことも無く、周りの人間を大勢巻き込んで自滅した。……到底地獄行きは免れないよね」
「ふざけんなーっ!! 私は殺された人間でしょ! 私を天国に連れて行けカナミ!!」
「……ねぇキョーコ。例えばあんたが閻魔をやってたとして、あたしのことどうする?」
「ハァ? いきなり何よ!」
「立場を入れ変えて考えてみよう。あたしはね、友達がヤリサーに騙されて呼び出されたって思ったのね。で、それを止めるか、または現地に行って、友達がレイプだのされる前になんとかしようと思った。でも結果は全然違って、自分が騙されて毒飲まされてゲロを喉に詰まらせて死んだ。……で、キョーコ、あなたはそんなあたしの審判をする閻魔様なのよ。何の損得も考えなくていい。自分が閻魔だったら、そんな死に方したJKにどんな審判を下すかな?」
「そんなの私が分かるわけ無いじゃん!」
「そうそう、分かる分からないの話じゃ無いのよ。もちろん知ってる知らないでも無い。あんたの正義感に照らし合わせてさ、こいつ天国行く資格あるか? それとも地獄に堕ちて後悔した方が良いのか? もしくはもう一回人間やって反省した方が良いのか? 直感的にどう思う?」
「……何それ。私に恩を売りたいっての?」
「そういう難しいこと考えなくて良いって。もしもの話よ。軽く考えてみよう?」
「ええ? ……少なくとも、友達の為に何かしようとしたんだから、天国行きで良いんじゃないの?」
「答えてくれてありがとう。でもね、そんなあたしでも地獄行きなんだってさ。親より先に死んだ罰だって」
「何それワケわかんない!!」
「そういうことよ。少なくとも、命を軽んじたヤツは地獄行きって事なんでしょうね。最悪、他人を蹴落として自分が生きながらえても良いのよ。長生きした方が絶対に得なんだからね。……それで、あんたは自分のことどう思うかな? 命を大切にした?」
「……っ! ……今更そんな事言われたって、もうどうにもならないじゃない!!」
「ようやく反省出来たんだね」
「してねーよ!!」
「じゃあ、あんたの目からこぼれてる涙は何かな?」
「!! ……うるさいわよ!」

涙をこぼす恭子

「……裁定を行います。被告人には、地獄行きを命じます。なお、本人の希望があれば、今すぐ次の人生への転生も認められます。……どうしますか?」
「なによ、カナミは私に地獄に堕ちろって言うんだ!?」
「そうよ」
「友達なのに、サイアクなヤツね!」
「あんたあたしのこと嫌いなんでしょ? でも友達って言うんだ?」
「何それ、閻魔なのにそういうところで公私混同するんだ!?」
「してないわよ。もししてたら友人サービスで天国行きよ」
「だったら天国に行かせてよ! もう人間なんてやりたくない! 地獄にも行きたくない!!」
「それはダメよ。あんたには天国に行く資格は無い」
「だったら何よ、カナミが死にかけたときに警察でも呼べば良かったっていうの!?」
「そうじゃ無いわよ。あんたは自分も他人も全然大切にしてないじゃない。パパ活だかなんだか知らないけど、そんなことして自分を安売りするような人間は天国に行けないのよ。なんであんたそんなに自分を雑に扱ってたのよ?」
「そんなのカナミには関係無いわよ!!」
「いいから言いなさいよ。閻魔が言えって言ってんだ、逆らうな」
「……サイアク!! ……私んちはね、カナミの家と違って貧乏だったのよ! だから大学は姉弟でどっちかしか行かせらんないなんて言われて、そしたら弟に行かせるしか無いじゃない!!」
「……それで?」
「だったら勉強なんてする意味無いし、高校卒業したら働くしか無いじゃん!」
「奨学金で大学に行く方法もあるけど?」
「カナミみたいに頭良ければそんな事言えるでしょうよ! 私には無理だもん!!」
「やってもしないで無理って決めつけるな。それにあたしは頭良くない。その代わりちゃんと勉強してたもの」
「うるさいっ!! 自慢すんな!!」
「事実よ。それで? もっといっぱい言いたいことあるでしょ?」
「あるわよっ!! カナミの家は美人なお母さんが居るから、色々相談出来たでしょ!?」
「全然。親にはキモチワルイ他人の子供なんて思われてたらしいし」
「そんなの関係無い!! 生理とかブラとか、そんなの男親に相談出来ないでしょ!!」
「……確かにそういうことはちゃんと世話してくれたけど……学校に保健の先生がいるでしょうに」
「所詮は他人じゃない! ガッコーのセンセーなんか綺麗事しか言わないから信用出来ない!」
 ちゃんと父親に報告しろとか言って、マジ信じらんない!と、恭子は続ける。
「それはデリカシーの無いヤツね。養護教諭の資格は無いわね」
 でも、友達とかには相談出来なかったの? と佳奈美は言う。
「出来るか! 余計に自分が惨めに思えるじゃない!! だから私はさっさと独り立ちしたかったの! お金を稼いで、自分で自分のことをちゃんと出来る様になりたかったのよ! だからパパ活でも何でも良くて、とにかくお金が必要だったの!」
「それで自分のカラダを大安売りってワケだ」
「上から目線で偉そうなことを言うな!!」
「上だからね、仕方ないわよ。あとね、あたしはあんたと違ってパパ活とかしなくていい位には、親のすねをかじって生きてきたわよ。でもそんなあたしにだって分かる事はある。ぶっちゃけパパ活してお金を稼ぐとか、あたしはそれに対して良いも悪いも判断しない。はっきり言ってどうでも良いわよ。それで地獄行きにする事は無い。でもね、そうやって自分の境遇を自分で勝手に悪いもんだと決めつけて、それに甘えてだらしない生活を自ら行っていたことに関しては軽蔑するわ。それで地獄行きって判断する」
「カナミ自分で親のすね囓ってたとか言ってたじゃん!! そんなヤツにあたしの苦労が分かるか!!」
「分からないわね。そして万が一分かってても、閻魔としての判断にはな〜〜〜んにも関係無いわね」
「だったらカナミは閻魔様の資格なんて無い!! 何を根拠に他人のこと審判できるって言うのよ!」
 他人の気持ちも分からないヤツに、地獄行きだの言われる筋合いは無い!!と、恭子は叫ぶ。
「それはあんたの人生が出した結果よ。結局自分自身を大切にしなかったから、あたしみたいな閻魔の資格が無い閻魔に裁かれる羽目になったんでしょうに」
 自業自得だ、と、佳奈美は言った。
「うるさいうるさい!! 地獄とか嫌だ! 転生とか私じゃない他人の人生なんて想像できない! 私は私のままがいい!!」
「無理よ、諦めなさい」
 何があっても今更どうにもならないのよ、と、佳奈美は続ける。
「だったらどうすれば良かったのよ! カナミ閻魔様でしょう!? 一生のお願いだからなんとかしてよ!!」
「あんたに一生はもう無いの。死んだからね」
「そんな事言わないでよ!!」
「無理よ。それにあんたが巻き添えにした人達……あんたの友達も、皆あんたと同じ状況になってるんだからね。その辺、どう責任取るつもり?」
「分かんない!! そんな事私に言われても困る!!」
「あたし含めてあんたは6人の友達が死ぬ原因を作ったのよ? 困るどころでは済まされないよね」
 責任取って地獄に行ったら? と、佳奈美は冷たく言い放つ。
「いやだいやだいやあああああ!! 地獄は嫌だあ!!」
「友達6人を地獄に堕とすようなことして、何がいやよ。あんた自分がしでかしたこと、改めて考えなさいよ」
「うわあああああああっ!!!!」
 恭子は法廷の床に座り込み、大声で泣き出した。
「……やっと自分が死んだこと、取り返しの付かないことをしてしまったのに気が付いたのね」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい………!」
「謝るんだったら、自分自身に謝りなさいよ。あんたは自分に対してそこまで酷い仕打ちをしたんだからね」
「うあああああああっ!!」

「……で、これからの身の振り方は決めたの?」
 涙が涸れ果てるまで泣き続けた恭子は、グスグス言いながらなんとか立ち上がった。
「地獄はヤダ」
「じゃあ大人しく転生しなさい」
「……新しい人生とか、怖い」
「大丈夫よ、あんた前回死んだ時もそうやって生まれ変わったんだろうから。……今回の人生はそこまで怖がるものだった?」
「……そうでも無かった、と思う。……パパは優しかったし、弟も甘えてきて可愛かったし……カナミと一緒に居て、楽しかった」
「そう、良かったじゃない」
「良くない。こんな良い人生、無駄にしちゃった。私マジで大バカだ」
「それが分かっただけ、あんたの人生は無駄じゃ無かったんでしょうね。次は自分を大切にしなさいよ。境遇にめげるな。あと友達も大切にしろ」
「……うん、わかった。カナミが閻魔様でよかった。カナミのことマジで大嫌いだけど、でも、私の一番の友達」
「そう……あたしもあんたが一番の友達よ」
「ありがとう、カナミ」
「どういたしまして。……じゃあ、次の人生も、頑張って来てね」
「うん、またね」
 恭子の身体は一瞬光り、その場で消えた。
「彼女は人としての生を受けました。閻魔様の言葉に守られ、より良い人生を送るでしょう」
「……ねぇ書記官さん。今回の審判だけど……」
「被告人を誘導したのは己の行動の正当化ですか? それとも貴方に酷い仕打ちを行った友人を、本気で案じてのことですか?」
 問いかけた佳奈美に、しかし書記官は問い返した。
「……案じてたなんて分からないけど、でも、あいつにはちゃんと反省して欲しかった」
「それは貴方の正義の発露ですか?」
「分からない。でも、理性ではこんな公私混同しちゃダメだって分かってたけど、でも……どうしても抗えられなかった。……それが正義か単なる癇癪かなんて、あたしには分かんないよ……」
「もし貴方の審判の結果が天国行きだったら、止めていたでしょう」
「さすがにそれないと思う」
「なら、あなたは正しかった」
「そういう物なの!? 今回は絶対に私情が入っていたと思うし!」
「我々は閻魔様に機械的な判断は求めておりません。それは閻魔システムの否定です。表現の仕方はあれど、貴方の心の底からの思いを元に出した審判結果ならば、それは貴方の正義と定義しても問題無いでしょう」
「ワケが分からない。そしたら閻魔の身内とか知り合いとか、罪が軽くなるんじゃないの?」
 そんなのえこひいきじゃない、と、佳奈美は言う。
「貴方は先程の被告人の罪を意図的に軽くしましたか?」
「そんな事してないけど……」
「ならばそれで良いのでは?」
「良い物なの?」
「それは貴方の正義に問うてください。貴方の正義は、今回の審判結果をどう考えますか?」
「……少なくとも、地獄行きだったから間違いじゃないと思う。でも、結果として転生させた」
「閻魔様がいつも言う、PDCAを回す事は良いことです。結果的に閻魔庁は貴方の審判結果を認め、被告人を転生させました。今回の審判もその点を考慮しつつ、己の反省材料とされれば良いと考えます」
「本当にそれで被告人に対してベストな対応になっているのかな?」
「貴方はベストな審判をしていない、という事ですか?」
「違う。あたしはなるべくベストになる様に努力はしているけど……でもその結果が被告人にとってベストかは分からないじゃない……」
「それは誰も分かりません。それに被告人は自らの責任において自分の人生をベストな物にしなければなりません。貴方の責任はそこまで及ばない。少なくとも、先程の被告人は納得して転生しました。それで良いのでは?」
「良いのかなぁ……」
「閻魔様は、三野瀬恭子が法廷より退出する際に浮かべていた表情を見ておられましたか?」
「……どうだったっけ?」
「彼女は笑顔を浮かべていました」
「そっか……」
 ならば、もうグズグズ言ってても仕方ない。
「ありがとうございます、書記官さん」
「礼を言われる事はしておりません」
 常に私は事実を述べるだけです、と、書記官は言った。
 ふん、やっぱりツンデレかよ。
 佳奈美はそう思い掛けたが、慌てて頭を真っ白にした。

Case:16 富名津広人の場合

 佳奈美が閻魔バイトを始めてからおよそ50年経った頃。
 既に彼女は審判した被告人の数を数えることも諦め、自分がJK閻魔ちゃんになってからどれくらい時が経ったのかも考えなくなっていた。ただただ毎回毎回黙々と閻魔業務に勤しむ日々。もちろん24/365で働かされているので一日の概念すら無く、たまに機材トラブルや気合いの入った被告人に殺されたりして休暇を貰う事があるが、それ以外は延々閻魔バイトである。
 昔、コンビニで夜勤バイトをしたことあるけど、まだあっちの方がまだマシだったわ……。
 佳奈美に偽らざる本音である。
 腐っても夜勤バイトは時間が来たら終わる。しかし今やらされている閻魔バイトはちっとも終わりやしない。
 別に身体も精神も全く疲れてはいないが、それでもたまには街に繰り出しておしゃれな店を冷やかし羽を伸ばしたいもんだと、死んだ直後で記憶を固定されたままの佳奈美は、生前に友達の恭子と一緒に時間を潰していたことを思い出す。
 先程被告人を天国行きに処したばかりだが、早速次の被告人が目の前に連れてこられる。
 色々諦めちゃあいるけど、一体いつまでやらされるんだろうね……
 佳奈美はまた大きなため息を一つつくと、相対する被告人に対して勝手プリファイリングを開始した。

佳奈美と富名津

 見た目は40代後半くらいの疲れたサラリーマン。
 スーツを着たままという事は、良い感じの社畜人生を貫いてきたという事ね。
 ちなみにあまり外見に気を遣っていない感じなので、独身なのだろう。若干寂しくなった髪の毛はぼさぼさだが、目つきはなかなか鋭い物を感じさせる。こういうのは、結構仕事が出来たタイプだろう。
 という事は、社畜を拗らせて過労死した感じか?
 こんな感じで佳奈美の勝手プロファイリングの結果、今回の被告人は過労死した仕事一筋の社畜サラリーマンということになった。
「お疲れ様でーす」
「あ、お疲れ様です!」
 佳奈美がサラリーマンっぽい挨拶をすると、被告人は元気よく返事を返した。
 やっぱり死んでも社畜はサラリーマンだなあと、佳奈美はなんだか微妙な気分になる。
「これからあなたの生前の行いについて裁きを行います。書記官さん、被告人のプロフィールの説明をお願いします」
「承知しました、閻魔様。これより被告人のプロフィール確認を始めます」
 書記官のいつもの台詞と共に、被告人の目の前に浄玻璃鏡が表示される。
「おお、空中投影!?」
 被告人が浄玻璃鏡を見て喜んでいるので、多分こいつは理系人間と、佳奈美は勝手プロファイリングに追記する。
「被告人の生前の名前は富名津広人(ふなつ ひろと)、享年47歳。大学院卒業後、中堅企業に入社。会社では顧客向けシステム開発に従事するシステムエンジニアであり、管理職として部をまとめる。生活態度は勤勉であり、職場での評価も高かった。なお、やや自責傾向にある。家族構成は独身、両親は健在。……被告人、相違ないか?」
「は、ありません」
 なるほど、見てくれ通りの典型的なサラリーマンである。けれどあたしの審判にしてみたら、むしろかなり特異。いつもいつもやたらめったら濃ゆいのばっかり来るのに……! そしてあたしはゲロ死専門のJK閻魔ちゃんである。
 という事は、もしかしてこのおっさんも相当濃ゆいタイプか!? こんな人畜無害そうなツラして、実は夜の帝王として歓楽街でぶいぶいイワしてきたとか! それとも極烈気合いの入ったヲタクで、アキバあたりの地下アイドルのコンサートで最前列でサイリウムを10本くらいぶん回して叫び散らしてきたのか!?!?
 佳奈美はちょっとテンションが上がった。
「それではいくつか質問をしていきます」
「あ、どうぞ!」
「えっと、趣味は何ですか?」
 ん? なんかお見合いみたいだぞ? と一瞬思った佳奈美であったが、取りあえず続けた。
「趣味……。趣味って特に無いんですよね」
「はぁ? アキバの地下アイドルでオタ芸とかは?」
「? オタ芸って何です?」
「……すいません忘れてください」
 何だよ趣味人じゃ無いのかよ〜〜と、佳奈美は顔を赤らめてちょっと俯いた。
「……えっと、趣味は無いってことですが、そしたら休日とか何やってたんですか?」
「大体会社で仕事してたか、家で酒飲んで寝てただけですね」
「夜のお店でフィーバーしてなかったの?」
「ああ、そういう店はあんまり興味無くて、ほとんど行ったこと無いですねぇ」
 何だよ夜の帝王じゃ無いかよ〜〜と、佳奈美は顔を真っ赤にして凹んだ。
 勝手プロファイリング、早くも大外れである。
「えとえと、じゃあ、貴方の人生って、仕事するか酒飲んで寝るだけだったの? 何か他にしていたこととかは?」
「スマホでニュースとか見てたくらいですかねぇ。あ、そういえば、新しい技術とか探す事はありましたね」
「それって実はソシャゲで廃課金ってこと?」
「ゲームも興味無いから全くやりませんでしたねぇ」
「ギャンブルとかFXで盛大にお金を溶かしたとかは?」
「取引先の付き合いで少額の株式投資とかはしてましたが、大して儲かりませんでしたねぇ」
 そういえば手数料とか取られたままだなぁ、と、富名津はぼやく。
 むぅ、本気で無趣味なのかこいつ……!? だったら、なぜあたしみたいなイロモノしか割り当てられない閻魔のところに来たのか!
 これは閻魔システムとやらの盛大なバグではないのか!!
「書記官さん〜〜〜」
 佳奈美は本気でパニックになる。
「承知しました、閻魔様」
 いつもながらの心強い返事である。
「単なる割り当てです。審判を続けてください」
 ホントかよ? だったらなんで今まで濃ゆいのばっかり割当たってきたんだよと佳奈美はかなり疑心暗鬼だったが、長年の付き合い?である書記官が嘘を言ったことは一度も無いので、きっと簡単には分からない濃ゆいところがまだ隠されているのだと自分に言い聞かせて、審判を続けることにした。
「……えーっと、そしたらあなたにとって会社の仕事って何だったんですか?」
「仕事ですか? まぁ生活の為、ですかねぇ」
「確かにそうだろうけど……でもあなた、休みの日まで仕事してたんでしょ? そんなに仕事が好きだったの?」
「別に好きではありませんでしたねぇ。でもそれしかする事もありませんでしたし」
「ところで独身って事だけど、実は彼女が50人くらい居てウハウハとか?」
「いや〜、女の子には全くモテませんでしたねぇ。おかげでこの通り独身っすよ、うへへ」
 そこは笑うところじゃないだろうと思うも、しかし笑うことしか出来無いよなぁと、佳奈美は余計に微妙な気持ちになる。
「えーっと、学生時代にハマってたこととか、最悪部活で一生懸命やってた事とかは?」
「んー、学生時代はパソコンばっかり弄ってて、フリーウェアとか良く作ってネットに上げてましたねぇ」
 就職してからは仕事が忙しくて止めちゃいましたけど、と、富名津は続ける。
「それでITの知識を磨いて、そのままシステムエンジニアになったと?」
「自分はPGが好きでしたけど、配属先の部署が運用業務ばかりで、あんまり知識を活かすことも無かったですね」
「えーっと、PGって?」
「ああ、プログラマーのことです。設計書を見ながら実際にプログラムを打ち込む仕事ですね」
「ふむふむ、なるほど」
 よくわからん、と、佳奈美は思うも、それは口には出さなかった。
「……じゃあ、続けて死因の説明をお願いします」
「承知しました、閻魔様。被告人の死に至る行動を報告します。富名津広人は死亡日当日、休日出勤として会社オフィスで業務に従事。しかし深夜に脳内出血により社内で昏倒、意識を喪失。休日明けに同僚に発見される前に脳死状態となり、呼吸中枢も停止。多臓器不全により死亡しました。脳内出血の原因は過労による高血圧と長年の不摂生による血管の老化が挙げられることから、いわゆる過労死と言えます」
 実に典型的な社畜の散り様である。
「ちなみに死んだ時の残業時間ってどんなもんだったんですか?」
「管理職なんで残業なんて関係無かったから、数えてませんでしたねぇ」
 佳奈美は閻魔帳データベースで調べたが、月の半ばだというのに既に残業時間が150時間を超えていた。
「あなた一体どんだけ仕事が好きだったのよ……」
「そんなに好きでは無かったですねぇ」
「いや、だからってここ数ヶ月の残業が300時間超えてるじゃない、あなたいつ寝てたの?」
「会社でプ○○チにくるまって寝てました。結構暖かくて良いもんですよ」
「あれは布団じゃ無いから……」
 梱包材は人を包む物じゃ無い。一体どんだけ酷いブラック企業だというのか。佳奈美は閻魔帳データベースでその後の会社の事を調べてみたが、彼の死亡は全くニュースになっていなかった。会社としては、退職後の社員が勝手にオフィスに入り込んで寝たまま死んでいたという体で処理したとのこと。
 良し分かったこの会社の経営陣や総務あたりがあたしの法廷に来たら、問答無用で地獄に堕とす。
 佳奈美は自分の魂に刻んだ。
「あの。こんな死人にむち打つ様なことはしたくないんだけど、あなた、死んだ前日に自主退職したことにされてるけど……」
「あー………。同期が死んだときもそんな感じでしたからねぇ」
 諦めてます、などと、富名津は平然としたままである。
「ちょっとは怒ろうよ……あなた、自分の人生何だと思ってるのよ……」
 何のために生きてきたのよ、と、ついつい佳奈美の口から本音がこぼれる。
「何のためですかねぇ……。それを知る為に生きてきたようなもんですけど、それで分かったことと言えば、全てにおいてタイミングが悪い人生でしたねぇ」
「……何かもう、色々ごめんなさい」
 もう本当に何を言って良いか分からなくなった佳奈美の口から、魂からの本音が噴き出した。閻魔が言って良い言葉では無い。
「いえいえ、所詮自分の人生ですから気にせずに」
 被告人に慰められてどうする、と、佳奈美は余計に凹んだ。
「……あの、言いたくなければ言わなくて良いけど……人生の中で最高にタイミングが悪いって思ったのはどんなことだった?」
「そうですねぇ……。昔一度だけ、ソープランドに行ったんですよ」
「ほぅほぅ」
 なんだやっぱり夜の帝王じゃないかと佳奈美は思ったが、一度だけなら帝王では無いなと改めて思い至る。
「取引先の人が割引券をくれてですね」
 言い訳はいい。JK閻魔ちゃんはそんな事で評価を下げたりしない。
「で、行ったら看板のおねぇさんとは全然違うベテランのご婦人が出てきたと?」
「いや、指名無しで頼んだら、今日初めてですなんて可愛い子が出てきまして」
「ほぅほぅ、それで恋に落ちたと?」
「落ちる甲斐性があるなら独身してないですよ……」
 富名津はちょっと凹んだ。
「あぁ、ごめんなさい、続けて」
「……。で、個室に通されて、そこで体を洗ってくれる事になったんですけどね」
「ほぅほぅ、なんかヌルヌルしたやつであちこち洗って貰ったのね?」
「いえ、洗ってくれようとして、そのヌルヌルしたのを準備中に、女の子が足を滑らせて頭を床に叩きつけてですね」
「ほぅほぅ……何ですと?」
「そのまま白目剥いて動かなくなったから、店員さん?を慌てて呼びまして。で、警察が来て、取りあえずお前が殺人の犯人だと」
「はぁ!? えーと……」
 佳奈美は慌てて閻魔帳データベースを見るも、事実は富名津が語ったとおり、転倒事故は女性従業員の過失であった。経験の浅い従業員がミスでこぼしたローションに足を滑らせ転倒、後頭部をタイル敷きの床に強打して脳内出血を起こし、ほぼ即死であった。
「……で、その後ケーサツはなんと?」
「お前みたいな童貞野郎がイキって女の子と押し倒したんだろうとかなんとか言いたい放題言われましてね。3日拘留されましたが、結局証拠不十分という事になりました」
 ひでえ言いがかりもあったもんだ。良し分かったそのケーサツがあたしの法廷に来たら、問答無用で地獄に堕としてやる、と、佳奈美は再び魂に刻んだ。
「……あたしはあなたの言ってることが正しいって分かってるからね」
 あなたは悪くない、と、佳奈美は言った。
「ありがとうございます。そう言って貰えただけで嬉しいです」
 富名津は頭をポリポリ掻きながら、恥ずかしそうに俯いた。
「……ただ、たまに思うのは、もし自分があの場に行かなかったら、あの子も死ぬことは無かったんじゃないかと……。自分、恨まれてないですかねぇ……」
「それはお門違いでしょう、あなたはお客として行って、その子は従業員として働いて、自分のミスで死んだわけだし。最悪勘違いであなたを恨んでいても、その思いはあなたが背負う物じゃない」
 閻魔が保証する、と、佳奈美は言う。
「そうだったら良いんですけどねぇ……」
 富名津のちょっと悲しそうな顔を見て、佳奈美は書記官に尋ねる。
「書記官さん、富名津さんの言ってる女の子が死ぬ前に何を思っていたか、伝えてもいい?」
「それが閻魔様の正義に照らし合わせて必要と考えられるならば、構いません」
「そう、ありがとうございます。……富名津さん、その子はね、死ぬ前にあなたに申し訳ない気持ちでいっぱいだったのよ」
「そんな事、分かるんですか?」
「分かるわよ、この閻魔帳データベースには此岸の全てが書かれてあるからね」
 佳奈美はタブレットをふりふり振った。
「その子は、初めてのソープランドでの仕事があなたみたいな優しい人でとても感謝していた。だから一生懸命サービスしようとして、焦って足を滑らせてしまった。まるで恩を仇で返す様な事になって、自分自身が死ぬ後悔よりも、あなたに対する申し訳なさいっぱいで亡くなったのよ」
「そんなに優しかったですかねぇ……。自分も初めて行ったので、緊張して良く分からん事をたくさん喋っていたかも知れません」
「そういうときにこそ、その人の本質が漏れ出るからね」
 ここに来てからのあなたの対応で、その子がおかしな勘違いしてないことだけは分かるわ、と、佳奈美は続ける。
「じゃあ次の質問だけど……人生の中で一番嬉しかったことは?」
「嬉しかったことですか……。あまりはっきりした物は無いですけど、地元の良い高校に受かったことですかね」
 親が喜んでくれましてね、と、富名津は言う。
「良い親孝行が出来たのね。ちなみに社会人になってからは?」
「ただただ慌ただしく働いていただけで……案件もひっきりなしに来るもんで、プロジェクトの終わりだから乾杯!とかいうのも無くて、延々納期とクレーム対応をしていた感じですね」
「……その、システムエンジニアってことは……自分が作ったシステムがお客さんに使って貰って喜ばれたとかいうのは?」
「ああ、ウチの会社は孫請け以降ばっかりなので、エンドユーザーの名前も分からない仕事ばっかりでしたよ」
 富名津はヘラヘラ笑っているが、佳奈美にはいまいちその笑いのポイントが分からなかった。
「えーっと……じゃあ、一番後悔していることは?」
「後悔、ですか……。まぁ有り体に言えば、親よりも先に死んだこととか、今やってるプロジェクトをほったらかしにしたことですかねぇ」
 自分以外に回せる人間がいないから、もう間違い無く炎上してるなぁ、と、富名津はこぼす。
「あなたのこと使い潰しただけの会社がどんなに困ったって知ったことじゃないわよ。そんな会社潰れれば良いでしょ」
「そうは言っても、そこで働いて給料貰ってる奴らも居ますからね」
 それでも世間の水準から言って相当低い給料じゃない、と言いかけるも、それを富名津に言う事はお門違いである事は分かったので佳奈美は黙っておくことにした。
「そうよね、おいそれとそんな事言っちゃだめよね」
 ごめんなさい、と、佳奈美は謝罪する。
「いやいや、閻魔様の言うことが正しいですよ、ウチの職場がマトモじゃないのはよくよく分かっていますので」
 うへへ、と笑う富名津に、やはり佳奈美は笑いのポイントがよく分からなかった。
「……じゃあもう一つ聞くけど、自分の人生の中で一番誇れる事は?」
「誇れる、ですか?」
「そう。自慢したいことでも良いし、これだけは言いたいってことでも良いけど」
「誇れる、ですねぇ……」
 う〜ん、と、富名津は考え込む。
「……自分は学生の頃とかほとんど遊びもせずにパソコンばっかり弄ってて、まぁ自分自身でも幅の無い人生だと思ってたんですけど……そんな自分でも死ぬまで勤め抜いたって事ですかね?」
「でも学生の頃はちゃんと勉強してて成績だって良かったでしょう?」
「確かに成績は悪くはありませんが、学校の勉強が出来ることと、社会人として仕事が出来ることは違うんですよ」
 なるほど、JKで人生終わらせてしまった未熟者のあたしには分からない概念だ、と、佳奈美はうなずく。
「そういった意味じゃ、コミュ障を拗らせて半分家に引きこもっていた自分が、社会に出てマトモに働けるとは思っていなかったのですが、思い返してみれば会社で管理職になって働けてたというのは、やっぱり誇れる事だと思います」
「つまり、人生の節目節目で自分の人生から逃げずに、しっかり戦ってきたという事ね」
「戦ったというのはちょっと誇張しすぎかも知れませんけど、まぁ、自分自身でも良くやったと思いますねぇ」
「なるほど、あなたの事はよく分かりました。……書記官さん、富名津さんの罪について説明をお願いします」
「承知しました、閻魔様。富名津広人の今後を決める罪におきましては一点。親より先に死んだということが挙げられます」
 そりゃその通りだと、佳奈美は思う。本人もそう言ってたし。
 そして自分が閻魔の審判で告げられた罪と同じだが、根っこが全然違う事もよく分かる。自分は勝手にバカやって自滅した。この人は全てが会社が悪いとは言えないけど、でも現代ならば当然受けて然るべき社会保障を会社から受けられずに、会社に人生を搾取されて死んだ。
 同じ言葉ではあるが、全く意味が違う。だからこそ、閻魔の審判が必要なのだと、佳奈美は改めて自覚した。
「富名津さん、他に何か言っておきたいことはありますか?」
「そうですねぇ……さっきも言われましたけど、親には迷惑掛けただけだったなぁと」
「けど貴方は生前、ご両親の生活費とか家の建て替え代金とか、ほとんど出していたじゃない。おかげでご両親の年金はほとんど貯蓄に回せて、老後も安泰よ?」
 少なくとも迷惑だけじゃ無い、と、佳奈美は言う。
「それは実家暮らしとして当たり前なので……。それよりも、親に自分の葬式あげさせたってのがやっぱり辛いですねぇ」
「そうね……」
 若くして死んだ“マトモ”な人間は、だいたい似た様な台詞を言う。“そんなモンでしょ”などと吐き捨てた自分が如何にバカだったのか、何度聞いても辛くなる。佳奈美は凹んだ。
「……裁定を行います。被告人には、天国行きを命じます。なお、本人の希望があれば、地獄行きでも今すぐ次の人生への転生も認められます。……どうしますか?」
「へ? 天国行き??」
「ええ、貴方を地獄に堕とす理由は無いし、最期まで人生を真摯に生き抜いたことはあたしが認めます。確かに貴方は自分の命を雑に扱って過労死したのだけど、でもそのおかげで会社の多くの人が助けられました。貴方の頑張りで品質の良いシステムがたくさん世の中に出て、それで会社が潰れずに貴方の同僚の雇用を確保出来ました。……ぶっちゃけ貴方が普通に働いていたら、貴方の勤めていた会社はとうの昔に倒産してたのよ。それにバグだらけのプログラムがあちこちに残って、10年以上色々な人が不利益を被るコトになったっぽい」
「ウチが取れるような金額だと、ロクな外注使えないですからねぇ。納品されてくるプログラムもバグだらけで、結局最後は自分で修正してつじつま合わせているような感じでした。でもバグが残ったまま納品しても結局後で自分たちに返ってくるから、一生懸命直していたのも結局は自分が楽したい為だけですよ」
 閻魔様が言うような高尚な理由じゃありませんねぇ、うへへ、と、富名津は頭をポリポリ掻きながら言った。
「その理由は貴方の評価を下げるような物じゃ無いわよ。逆に“他人の役に立ちたいです!”とか言って過労死する様な奴の方が人として異常。貴方は今生でとても大変な思いをしてきたのだから、天国に行ってじっくり休むべきね」
「そうですねぇ……生き急ぎすぎたんですかねぇ……」
 富名津の目に、涙が溜まる。
「じっくり休んで、その次の人生は、もう少し肩の力を抜こう。そしてもう少し自分のことも大切にね」
「ええ、分かりました……ありがとうございます」
 富名津はにっこり微笑むと、警備員に連れられ法廷を後にした。
「行ってらっしゃい」
 手を振りながら、佳奈美は彼を見送った。
「佳奈美さん、閻魔の仕事も慣れてきたようですし、ちょっとシミュレーションをしてみませんか?」
「!? 純奈??」
 いきなり後ろから声を掛けられ、佳奈美は慌てて後ろを向く。
「ここではお久しぶりですね?」
「ええ、そうね……」
 たまに風呂で出くわすが、前に法廷で会ったのは何年前のことか。また何の嫌味を言いに来たのだかと、佳奈美は自然に構える。
「ふふ、そんなに睨まないで下さい。別に佳奈美さんに小言を言いに来たんじゃ無いですよ?」
「……だったら、どうしたのよ?」
「佳奈美さんがどれだけ閻魔の業務に慣れてきたか、ちょっとしたテストを兼ねて、AIが作った被告人にいつも通り審判をして頂きます」
「はぁ?」
「だから、審判のシミュレーションですね。本物の被告人ではないので、遠慮なくやって下さいね?」
 もうそこで待ってますよ、と、純奈が法廷の方に手を伸ばすので、佳奈美が前を向くと、
「!?」
「一体どこよここ、超ワケわかんないんですけどー!?」
 佳奈美の前には、もう一人の佳奈美がいた。

自分を見やる佳奈美

Case:17 麻倉佳奈美(AI)の場合

「ハハハ……」
 壇上の佳奈美はついつい堪えきれず、笑いをこぼしてしまった。
「何よ! ヒトの顔見て笑うとか、マジウザっ」
 被告人の佳奈美が何か言っているが、壇上の佳奈美は無視する。
 つくづく意地が悪い。何がテストだ。こんな物は嫌がらせ以外の何物でもないだろう。そしてあたしの目の前に居るこの頭の悪そうなJKは、きっとあたしのことを自分自身だなんて全く認識出来ていないのだろうね。しかし自分の姿とは言え、同族嫌悪か本人嫌悪か、魂の底からイライラするわね、マジで。
「確かにくそウザいわね……それは同意するわ」
「??」
 相手の言っている意味が分からないといった趣で、被告人の中身は首を傾げる。
「ふん……これから貴方の生前の行いについて、裁きを行います」
 ため息を一つつき、色々と諦めた壇上の佳奈美は、気を引き締めていつも通りに閻魔業務を開始した。
 所詮あたしは自分自身の閻魔の法廷も終わっていない中で仮保釈されて、閻魔バイトを押しつけられているだけの立場だ。どんな意地悪されても文句は言えないだろう。しかしこの対応はあまりにもムカツク。何がムカツクと言えば、目の前に居るのがあたしだからだ!
 昔、なんか頭の悪そうなJKと酷いののしり合いをした記憶があるけど、あの時よりも余計に腹立たしいわね。なんせ相手は自分と同じ顔。そしてあたしの顔って、こんな頭悪そうに見えたっけ?? べつにあたしは自分自身を賢こ可愛い清楚な美少女(はぁと)とか思っちゃいないけど、少なくとも頭悪そうには見えない……よね?
 しかし思い起こせば、閻魔バイト始めてから延々処女ビッチと言われ続けた閻魔人生?である。一回たりとも頭良さそうとか言われた事は無い。実はあたしって他人から見たら、結構良い感じにバカっぽく見えるのだろうか?
 今更ながら、中途半端にグレた格好などせずに、黒髪ロングの美少女でも演じておけば良かったと、他人??の振り見て我が振り反省な佳奈美であった。
「……裁きって何よ! てゆーかあんた誰!?」
 そういえばあたしも、純奈にいきなり裁きだとか言われたときは、ワケが分からなくてそんな事言ってたわねぇ。壇上の佳奈美はちょっとだけ懐かしさにとらわれる。
「あたしは閻魔よ。あんたが生前どんだけバカやってきたか、底意地悪く裁いてあげる存在ってワケ」
「はぁ!? 訳わかんねーし! なんであんたみたいなJKくさいのが閻魔とか言ってんのよ!」
 そういうのは大人の仕事なんじゃないの!?と喚く被告人の佳奈美に、壇上の佳奈美は冷めた視線で言う。
「見た目の歳とか関係無いし? それにあたし、もう50年以上閻魔やってるから良い年こいてんのよ」
 見てくれが一緒だからってなめんな、と、壇上の佳奈美は続ける。
「超ワケわかんないんですけどー? で、その閻魔様がどうするってのよ、てゆーかここどこよ、あたしいい加減家に帰りたいんですけどー!?」
「残念ね、あんたはもう家には帰れない。死んだからね」
「はぁ? あたし死んでないし! てゆーかさっきからワケ分かんない人に何度も死んだとか言われたけど、あたしのどこが死んでんのよ!! いい加減に帰してくれないと、ケーサツ呼ぶけど!?」
 被告人の佳奈美は制服のポケットに手を突っ込み、自分のスマホを取り出そうとする。
「確かにあんたは自分が死んだ時の記憶が無いから実感無いだろうけど、もうしっかり死んでんのよ。それにここに来る前に、でっかい川渡ったでしょ? それが三途の川よ。それにあんたが持ってるそのスマホ、一つでもしっかり映ってるアイコンはあるかな?」
「えぇ? ……なんかアイコンとかボケてるし、壊れてんのこれ? それに圏外とかワケわかんない! ドコの田舎よここ、一体何なのよ!」

スマホを弄る佳奈美

「ここは地獄の閻魔庁の法廷よ。そしてそのスマホの画面はね、あんたの生前の記憶が作りだした幻覚みたいな物よ。すぐにスマホの形すらも思い出せなくなる」
 あんたは死んだんだからね、と、壇上の佳奈美は改めて言った。
「だからあたしは死んでないって言ってんだろ! ふざけんな!! 人の話聞けてめー!!」
 癇癪を起こしたように喚き続ける被告人の佳奈美を無視して、壇上の佳奈美は書記官に告げる。
「書記官さん、アレのプロフィールの確認をお願いします」
「承知しました、閻魔様」
 書記官がいつも通りにタブレットを操作すると、まだ大声で喚きつづける佳奈美の前に、空間投影のモニタが現れた。
「はぁ? なによこれ!?」
 初めて見る空間投影の浄玻璃鏡に、被告人の佳奈美は口をぽかんと開けて凝視する。
「被告人のプロフィールを説明いたします。被告人の生前の名前は麻倉佳奈美、享年16歳。県立高校の学生、成績は偏差値65程度、生活態度は素行不良。男性経験無し、異性の交友関係はほぼ無し」
「ちょっとなんでそんなことまでいちいち知ってんのてっていうかひとが処女とかこんなところで言うなこのセクハラ野郎〜〜っ!!」
 顔を真っ赤にして怒る被告人の佳奈美に対し、壇上の佳奈美は苦虫をかみつぶしたような顔をする。
「……事実でしょ。それにそんな中途半端にグレたカッコしてるくせに、頭の中はお花畑の耳年増のガキでしょうが」
 しかし改めて言われるとなかなかに辛いわねぇ、と、壇上の佳奈美はこぼす。
「うぐっ!! ……っていうか、何よこの画面とか! それになんでタブレットとか持ってんの!? 閻魔とかうそっぱちじゃん!!」
「ウソじゃ無いし。あたしは閻魔よ。バイトだけど」
「閻魔のバイトとか超意味が分かんない! だって閻魔様とか昔からいて、ここって地獄の一丁目だか三丁目だかなんでしょ!? それでなんでバイトとか現代の概念が混ざってくんのよ、あたしそこまでバカじゃ無い!!」
 ヒトを騙すならもっと頭の良いやりかたしろやばーかばーか、と、被告人の佳奈美は喚き続ける。
「やかましい!! よく聞け耳年増!」
「ヒトのこと耳年増とか言うな!!」
「だったら拗らせ処女ね!」
「拗らせてねーし!!」
「だったらあんた、どうやって股の処女膜ぶち抜く気よ?」
「はぁ!?」
「初体験はどうする気なのかって聞いてんのよ」
「そ、それは……!」
「どーせステキなイケオジに優しく抱いて貰おうとか、そんなキモい妄想してんでしょうが」
「う、うるさいわよ!!」
 何でそんなこと知ってんだーっ!!と悲痛な声を上げる被告人に佳奈美に、壇上の佳奈美は、
「閻魔は何でも知ってんのよ」
 と、ウソを言った。
 よし、閻魔がウソをついても浄玻璃鏡は赤くならないのね、その前にあたしにはウソをつけない管理者権限アクセスは無いのかと、壇上の佳奈美は一安心だった。だいたい閻魔とか関係無いし。あたしの事はあたしが一番よく分かってるのよ。
 しかしそんな強がる?壇上の佳奈美も、実は自分自身の傷をえぐっているだけなのでは? と、ちょっと不穏な考えが頭の隅にわだかまるも、意図してそれを脳の中から追い出した。誰も幸せにしない真実には存在価値など無いのだ。
「あたしが持ってるこのタブレットには閻魔帳データベースが入ってて、それには此岸の全ての事が書かれてる」
 壇上の佳奈美は、タブレットをひらひらさせて被告人の佳奈美に見せてやる。
「だからなんで閻魔様がそんな機械持ってるのよ!」
 だいたい三途の川渡るのにモーターボートとかあり得ない!などと続ける被告人の佳奈美に、壇上の佳奈美はウンウンとうなずいた。
「たしかにあればどうかと思うわ……情緒も何もあったもんじゃ無い」
「だから意味が分かんないんですけどー?」
「ああ、そうね。ここは死者の世界よ。だからもう人は死なない。するとこういう機械を創る人は延々作り続けるでしょ?」
「だから!?」
「分かんないかな、ここはあんたが今まで生きていた世界よりも科学技術が進んでるって事よ。だからそんな空中投影なんかも出来たりするのよ」
「……」
 被告人の佳奈美はとても不服そうではあったが、こくんと首を下げる。
「やっと現状が分かったようだから、書記官さん、そいつの死因の説明をお願いします」
「承知しました、閻魔様」
 書記官がそう返事をすると、被告人の佳奈美の目の前に、彼女がゲロをのどにつまらせて死んだ状況を写した映像が展開された。
「!?」
 初めはその映像が何を意味しているんだかよく分からない、といった顔をしていた被告人の佳奈美であったが、やがてだんだんと顔色が青くなっていく。
「なによこれ……! 超意味がわかんない!!」

写真を見て叫ぶ佳奈美

「分かりなさいよ、あんたがイキってバカやった結果でしょ」
 まぁあたしのバカやった結果でもあるけどね、と、壇上の佳奈美は思うも、ややこしくなるので黙っている。
「こんなの知らない!!」
 こんなのあたしじゃ無い! と、被告人の佳奈美は悲痛な叫びを上げる。
「ふん、いい加減認めなさいよ。あんたが自分で死にに行った結果でしょうが。友達のため〜とか格好付けてワケの分かんないヤリサーに行ったあげくに変な飲み物飲まされて、それでゲロをのどに詰まらせて転がってるのがその写真に映ってるあんたの死体よ」
「なんでジュースで死んでるのよ!?」
「腐った睡眠薬でも飲まされて、アナフィラキシーショックでゲロ吐いたんでしょ? そうで無くてもヤリサー共によってたかってレイプされて、首締められて死んでたかもね」
 リスクヘッジも出来ないバカのなれの果てよ、と、壇上の佳奈美はトドメを刺す。
「……そ、そんな事言ったって!! 近くのFランの大学生のヤリサーだもん、行ったってどうせヤラれるだけじゃない! それでもイケメンがいるからとか言って全然人の言うこと聞かないし、友達を守ってあげられるのはあたしだけだったのよ!!」
「なーにが“守ってあげられる”だっつーの。自分の技量ぐらいわきまえろばーか! あんた、男共相手に格闘出来るほど何か鍛えてたりするの? 自分よりも体のでかい男にのしかかられて、それでどうやってレイプされずに済むと思ってんの?」
「そんなの、やってみないと分かんないじゃん!」
「やった結果がその写真で転がってる死体だって言ってるでしょうが。ここまで分かりやすい証拠を見てもまだ分かんないかな?」
 度し難いバカね、と、壇上の佳奈美は呟く。
「あたしはバカじゃ無い!! 変なジュース飲まされなければ死んでなかったっつーの!」
「ジュース飲まなくたって、どーせあんたみたいなロクに体も鍛えてない非力なJKなんて、男共にボコボコに殴られたあげくに散々マワされて、最後には殺されるのがオチよ」
「なんでそんなに決めつけるかな!? あんた何様だっつーの!!」
「閻魔だって言ってんだろばーか! 友達以前に自分自身を守れって言ってんのよ、そんな事も分かんないかな? あんたは勝手にイキって自滅しただけの大バカよ」
「訳分かんない! 友達守ろうとして、何が悪いって言うのよ!!」
「自分に責任取れるまともな人間はね、まずは自分の身を守った上で人助けをするのよ。けれどもね、場合によっては自分の命を投げ出しても事を進めなければならないこともある。だからあたしは結果的に死んだからって、それだけで批判したりはしない。でもあんたのは単なる自滅よ。勝手に死に行ったのと同じ。到底評価できないわね」
「だから死ぬって決まった訳じゃ無いし! これって事故じゃん、あたし毒飲まされて殺されてんじゃん、あたしは悪くない!!」
 スケベ野郎を2〜3発蹴っ飛ばしてやるくらいしか考えてなかったもん!と続ける被告人の佳奈美の言葉に、しかし壇上の佳奈美は冷たい視線を送るだけだ。
「……で?」
「で……って……?」
「で? 何?? あんた自分でミスって死んだ分際で、自分はちっとも悪くないとか言うんだ?」
「違うって言ってんでしょ! 友達の事を考えてたんだってば!!」
「その友達に助けてとか頼まれたわけでも無いでしょうが、今更友達に責任押しつけてんじゃないわよ。それにあんたがバカやって死んだことと、友達の事とか全然関係無いし」
 あんたの友達なんてどうでもイイ事よ、と、壇上の佳奈美は続ける。
「友達の事でしょ!? どうでもいいわけないじゃない!!」
「どうでもイイって言ってんでしょ。ぶっちゃけその友達だって、あんたが死んだってニュース見て“マジウケるーwww”って笑ってるでしょうよ」
 あんちくしょうやっぱり地獄に堕としておくべきだったか? と、壇上の佳奈美は今更イラッとするも、関係無い事なので努めて忘れる努力をした。
「そんな事無い!! キョーコは親友だもん!!」
「向こうはそんな事思ってないって」
「だから何でてめーに分かるんだ!!」
「閻魔だから何でも知ってるって言ってんだ、何度も同じ事を言わせんな」
「ウソばっかり言ってんじゃねー!!」
「ウソじゃねーし! ついでに答え合わせしてあげるとね、あんなパパ活ばっかりやってる股の緩い女なんて放っておいて、あんたは家で勉強でもしてれば良かったのよ。最悪ヤリサーに殺されたって、あんたの罪には関係の無い事だったわけだし?」
 だいたいレイプされても屁とも思ってねーヤツだから、気に掛けるだけ大損だったわ、と、壇上の佳奈美はこぼす。
「ふざけんなてめーっ!! あたしの友達をなんだと思ってんだ!! お前なんかにあたしの友達を揶揄する資格は無いのよ!!」
「あるって。閻魔はそういう存在よ。それに揶揄しているのはあんたの友達じゃなくて、あんたの友達の見る目の無さね」
 どうせあんたは頭の抜けてるキョーコとつるんで、事ある毎に自分の中でマウントとってるだけの性悪でしょうが! 壇上の佳奈美は我が身を振り返りつつ、そう言った。
「そんな事無い!!」
「あるって。まぁでも、別にそれは悪いことじゃないとは思うけどね?」
「はぁ?」
「所詮友達づきあいなんて、打算と下心があっても構わないって言ってんのよ」
「あたしはそんな性根の腐った人間じゃねーっ!!」
「腐ってるって閻魔が断言してやってんだ、いちいち否定すんな!」
「あたしのことはあたしが一番よく分かってるのよ!!」
「ちっとも分かってないわよ。だからあんたはこんなところであたしみたいなJK閻魔ちゃんにボロクソこき下ろされてんでしょーが。万が一分かってたら、もっとマシな閻魔の法廷に行ってたんでしょうね」
 諦めろばーか、と、壇上の佳奈美は笑いながら言った。
「あともう一つ聞いておくと、あんたヤリサーの所に行ったのって、本当に友達のことだけなのかな?」
「うっ……そのヤリサーにすごいイケメンがいるって聞いたから、ちょっと見てみたいなーって……。出来れば知り合いとかになれば、良いかなって……」
 今までの剣幕はどこへやら、被告人の佳奈美は顔を赤くしながらそう答える。
 なるほどこいつにも管理者権限アクセスが掛かっているのか。あたしはこの辺で浄玻璃鏡を赤くしたもんなぁ、と、佳奈美は思う。
「素直なのは良い事ね。それで結局そういうところが下心って事よ」
 まぁ気持ちは分かるけどね、と、壇上の佳奈美は言った。
「あ、もしかしてあんたもイケメン好き?」
 被告人の佳奈美は、にやりと笑って壇上の佳奈美を見る。
「……何か痛い目ばかり見てきた気はするけど、イケメンは好きよ」
「なんだ偉そうなことばかり言ってるクセに、所詮俗人じゃない」
「誰があたしは自分自身で聖人君子だって言ったか! 所詮あたしもあんたと同じ、頭の中がお花畑のお馬鹿なJKよ」
 だからゲロ死専門のJK閻魔ちゃんやらされてんだ、と、壇上の佳奈美は苛つきながら呟いた。
「……あとは何か言いたいことはある?」
 壇上の佳奈美が、被告人の佳奈美に問う。
「別に? そもそもあたしは被害者なんだから、認めたくは無いけど死んだってんなら天国行きだし!」
「そう、そうだと良いわね。じゃあ今からあんたの今後を決める罪を説明するわ。書記官さん、このおばかJKに説明してあげて下さい」
「承知しました、閻魔様。麻倉佳奈美の今後を決める罪におきましては一点。親より先に死んだということが挙げられます」
「はぁ!? そんなの当たり前じゃん!!」
 それの何が罪だっつーの!と、被告人の佳奈美は喚き続ける。
「あんたは良い年こいてるから賽の河原で石積みしないでここに来たけど、親に葬式出させるほどの親不孝ってなかなか無いわよね?」
 普通は親の葬式を挙げるもんだろ、と、壇上の佳奈美は言う。
「それでも罪とかおかしくない!? あたし悪い事してないし!! あたし殺された可哀想なJKでしょ!?」
 死んだら親族が葬式出すのは当たり前じゃん!と、被告人の佳奈美は続ける。
「あんたが母親のこと嫌いだってのはよく分かってるけどさ……少なくとも申し訳ないって気持ちは無いのかな?」
「そりゃ、お葬式とかお金掛かっちゃっただろうけど、そんなもんでしょ!?」
「そう……じゃあ、今度はこれを見てみようか」
 壇上の佳奈美がギャルピースを横に振るジェスチャーをすると、被告人の佳奈美の前に新しい空間投影モニタが表示された。
 そこにはどこかの病院の霊安室で自分の死体に縋り付いて泣きじゃくる母親、誰もいない火葬場で独り焼却炉の扉の前で座り込む母親、小さな仏壇におかれた骨壺をただただ見やる母親、自分の部屋を掃除して死んだ時に来ていた制服を綺麗に畳んで涙を流す母親が順々に映されていた。
「……………」

母親の社品を見る佳奈美

「どうよ? 親にこんなコトさせて、まだ“そんなもんでしょ”なんて言えるかな?」
 少なくとも、あたしはこの時点で結構心が折れた。何が良いのか悪いのか、もうよくわかんなくなっていた。
 壇上の佳奈美は、昔純奈にやられたことを思い出し、心がきゅっと痛くなるのを感じていた。
「……言えるかよ……」
「少しは申し訳ないって思うんだ?」
「思うわよ!! でも仕方ないじゃない、あたし死んだんでしょ!? あんたがさっきからそう言ってんじゃん! そんなに人のこと攻めるなら、あたしのこと生き返らせてよ! それで良いでしょ!!」
「ダメね、いったん死んだら生き返らない。あんたはもう取り返しのつかないことをしたのよ」
「……だったら、どうしたら良いのよ……どうすれば良かったのよ……」
「だから言ってんじゃん、家で大人しく勉強してりゃ良かったのよ」
「違うって! どうやってあたしが死なずにキョーコ達を助けるかって事よ!」
「ふーん、まだ分かんないんだ、ここまで言っても」
「分かるか!! あたしが失敗した事は分かったけど、でも友達を放っておくことなんて出来るわけ無いっつーの!!」
「そうね、別に何でもかんでも友達なんか放っておけとか言わないけど。でもあんた、自分の命よりも他人の命の方が大切なんだ?」
「はぁ?」
「だから、あんたの屁理屈だと、友達の為なら簡単に命を賭けても……例え失敗して友達のために死んでも良いんでしょ?」
「!? ち、違うわよ!」
「何が違うのよ。さっきから言ってること矛盾してない? ちゃんと説明してよ」
「だから! 友達は大切なのよ! だからそのために行動するのの何が悪いのよ!」
「論点はそこじゃない。あんたが考えなきゃいけないのは、友達のために自分の命を簡単に危険にさらしても構わないのかってことよ」
「友達のこととあたしの命は関係無いでしょ!!」
「あるわよ。少なくともあんたはそれで死んだんだからね」
「大切な友達だったら、ちょっとは危険な事でも行動しなきゃならないでしょーが!! 常識でしょ!?」
「そんな常識知らないわね。危険があるなら行動しない。最悪ケーサツにでも任せれば良い。これが世間の常識じゃない?」
「知るか! あんた友達居ないでしょ、だからそんな冷たい事言うんだ、そんなヤツにあたしのこととやかく言う資格なんて無い!」
「少なくともあんたと同程度には居たけど?」
「うるせー! あたしは間違ってない! 友達のために行動してそれで事故で死んだだけだ!」
「あんたは自滅しただけよ」
「違う!! あたしは殺されたの! あたしはちっとも悪くない!!」
「ハハハハハ……」
 壇上の佳奈美は、被告人の佳奈美の言葉を聞いて、思わず笑い出した。
「ここまで言って分かんないかな……。こんなバカ、地獄に行くしか無いじゃない……」
 壇上の佳奈美の目から、涙がこぼれる。

泣き笑いの佳奈美

「……それでは裁定を行います」
 壇上の佳奈美が被告人の佳奈美に判決を述べようとしたとき、
「佳奈美さん、判決が出たようですね?」
 背後から聞こえた純奈の声に、佳奈美が反射的に振り向こうとした。そしてその瞬間、彼女の視界から演壇を照らす灯りが消えた。
「!?」
 そして一瞬意識が途切れる様な、もしくは雑な編集のビデオを見たときの様な、時間の連続性に違和感を感じた直後、目の前に、自分の視線よりも高いところに、演壇に立つ純奈がいた。
 慌てて周りを見渡すと、佳奈美は初めて閻魔の法廷に連れてこられたときのように暗い法廷に立たされており、後ろには書記官では無く、彼女をここに連行してきた警備員がいて、そして彼女は既に閻魔の制服を着ておらず、生前の高校の制服になっていた。
 これではまるで、閻魔バイトをする前の、被告人のあたしじゃないか!
 佳奈美が自分の置かれた状況に、血の気が下がってまるで氷水を頭からぶっかけられたようにおののき震え始めた瞬間、
「ご自分が出された判決の通り、佳奈美さんを地獄行きとします」
 壇上の純奈が、まっ暗な瞳で、だけれども口には少しだけ笑みを浮かべながら、そう宣言する。
「いや、ちょっと待って!!」
「何を待つと? 佳奈美さんは自ら地獄行きしか無いと仰いましたよね?」
「それはそうだけど、でもこれは違うでしょ!?」
「何が違うのかよく分かりませんね?」
「だからさっきの自分は地獄行きなくらいバカだったけど、でもあたしはもう違う! 自分が間違ってたことは分かってるし!」
「間違ってたならその罪を償わなければなりませんね?」
 貴方はそうやってこの50年、一体何人を地獄に叩き堕としてきましたか? と、純奈は言う。
「それはあんたらがあたしに閻魔をやらせたからでしょうが!! あたしだって好きでやったわけじゃ無い!!」
「ふふ、さっきまでそこにいた佳奈美さんも、似た様な事を言ってましたね?」
 覚えてませんか? 私は悪くないって何度も言ってましたね?
「それとこれは違う!!」
「同じですよ。先程の佳奈美さんは、ちょっと前に貴方の魂から複製した物でしたからね。結局ヒトは本質は変わりませんね?」
「だったら何でこんな回りくどいことをしたんだ!! こんなの、あまりにも酷すぎる!!」
「少なくとも、自らの過ちを認めて貰わないと、そのまま地獄に行っても何も理解して貰えませんし?」
「ふざけんなてめー!! お前ら本当に性悪が過ぎるだろう!!」
 佳奈美がそう叫んだ瞬間、彼女の手には手錠が掛けられ、いきなり地面が消失した。
「ご自分が出された結論です。地獄を味わってくださいね? ……人生という名の地獄を」
「いやああああああああっ!!!!!」
 彼女はそのまま重力に引かれて地獄の底へ、真っ暗闇のトンネルを延々と落ちていった。

Epilog: 麻倉佳奈美のその後

「うあああああああっ!!!!!」
 あたしは悲鳴を上げながら、ベッドから飛び起きた。

悲鳴と共に飛び起きた佳奈美

 ベッドだと!? 一体どこだここは!
 涙や脂汗がボタボタと垂れる自分の顔を乱暴に振り払いながら、あたしは周りの様子を伺う。
 雑然と物が置かれた個人の私室。見慣れたカーテンの隙間から、朝日が差し込んでいる。
 どう考えてもその雰囲気は、あたしが生前生きていた世界のままであった。
 というよりも、この部屋はあたしの部屋! 机の上には、昨日寝る前に雑に置いた鞄がそのままで、壁にはちょっと襟が曲がった制服が掛けられている。
 昨日!? そんなバカな! そもそも朝も昼も夕方も夜も無く延々働かされ続けた閻魔バイトに昨日なんて概念はなかったが、一応?24時間前の事を思い出しても、普通に被告人の審判をやっていた。
 ……そういえば、前にもこんなことがあったなぁ。
 あの時は被告人に首をへし折られて、ついでに法廷の堅い床に頭を叩きつけられて脳挫傷で死んだんだっけ。その後生き返ったけどさ。生き返ったあげくに普通に閻魔バイトやらされたけどさ。
 という事は、今回もまた似た様な事案なのだろうか? あのドアの向こうから、いつも通りにいかめしい顔をした書記官さんが「承知しました、閻魔様」とか言いながら入ってくるのか。今回は何を承知してくれるんだろうなぁ……
 けど、なんでこんな事になったんだ?
 あたしはここに来る前の事を思い出してみる。
 確か、あの性悪純奈にAIの自分を捌いてみろとか言われて、勤勉なあたしはしっかりきっちり自分(AI)を地獄送りに処した。あんなバカチンは地獄送りが相応しいのよ。
 そしたらなぜか、あたしも地獄に堕ちろとか言われたんだっけ。何て理不尽!
 となると、実はここは地獄なのか!?
 けど、確か純奈か書記官さんに聞いた地獄とは、そもそも思考が保てないほどの凄まじい苦痛を24時間365日加え続けられ、言葉通り魂がぶっ壊れるところだという。
 であるならば、なぜ故自分はこの寝慣れたふかふかベッドの上で、嫌な脂汗びっちょりのパジャマを着てへたり込んでいるのだろうか?
 そうよ、あたしはパジャマを着ている。前みたいに入院患者が着るようなガウンじゃ無い。そしてこのパジャマはあたしが死ぬ前にいつも着ていたものだ。
 というよりも、あたしの記憶がおかしな感じに改ざんされていない限り、ここはあたしが生前住んでいた部屋そのまんま。
 時計もあるし、カレンダーも掛かっている。全くおかしな所は無い。 
 そして枕元には、普段からそうしておいたとおり、あたしのスマホが置かれていた。
 あたしは慌ててスマホを手に取り、電源ボタンを押し込む。
 そこには見慣れたアプリのアイコンがぼけもせず整然と並んでおり、全てのアイコンの用途や意匠を思い出すことが出来た。
 そうだ、今日はいつなんだ!?
 こんな、過去だか未来だかに飛ばされたラノベの主人公が叫びそうな台詞をまさか自分が言うことになろうとは! と、若干感慨深い物はあったけど、そんな思考は頭の隅に寄せておいてまずは現状確認!
 時間は朝の7時23分、日付は……あたしが死んだ日!?
 という事は、なんかさっきまで延々やらされていた閻魔バイト云々は単なる悪夢であって、あたしはヤリサーのバカ共に毒を盛られて気を失った後になんとか病院に担ぎ込まれ、結局死なずに済んだのか!?
 ……いやそれは違う。今は朝だ。つまりここはあたしが死ぬ前だ。死ぬ日の朝だ。これから死ぬんだ。
 うあー、また死ねって言うのかよ〜〜
 そりゃ確かに地獄じゃん……。前は死ぬこと知らないで死んだからよかった?けど、今回は死ぬの分かってて死ぬんじゃん。それで死んだらまた閻魔をやれって言われるのか? どんだけ性悪なんだよあいつら〜〜〜!
 うあああああ〜〜〜!!!!!
 あたしが頭を抱えながら、自分の人生の悲惨ッぷりを嘆いていたら、
「佳奈美!! 起きなさい!」
 ドアの向こうから、母親の怒鳴り声が聞こえてきた。
 ちっ、うるせーなぁ……
 なんだ、単なる保護者の義務感だけであたしを育てて、イイとこの大学出たあたしを浮気相手に見せつけてやるなんてしょうもない事考えてるダメ母親め。
 人のこと怒鳴る前に、自分の人生を見直せというのだ。アル中で死んだくせに!
 ……いや、この知識は本当なのか?
 それともあたしが見た、壮大な厨二的な夢だったのか?
 ワケが分からん……。ぶっちゃけ閻魔バイトで捌いてきた被告人達の記憶とか、結構鮮明に残ってるんですけど? 夢ってここまでリアルに記憶が残るものだっけ?
「佳奈美!! 遅刻しても知らないわよ!!」
「分かってるわよ!!」
 取りあえず生前の頃と同じ様に返事して、なんか学校行かなきゃならない感じだからさっさと着替えよう。
 これが閻魔バイトの続きなのか、それとも単なる夢だったのか、これからきっちり検証していこう。あと、母親には本当に父親が死んだのか聞いておこう。
 あたしは50年ぶりか、それも1日ぶりだか混乱する頭で、着慣れた制服の袖に手を通したのだった。

 その後母親といつも通りに口げんかして朝食を摂り、学校に行った。
 50年ぶりに授業を聞いたはずなのだけど、やはり記憶は薄れること無く残っており、特に問題無く授業を受ける事が出来た。
 ……やっぱり閻魔バイトって夢だったのかなぁ?
 でも閻魔バイトの時に色々な被告人から教えて貰った知識とか、一体どこから来たのだろう?
 あたしはそれなりにニュースとか見ているJKだけど、しかしコンクリートの建物はRCとかS造とかある事なんてさっぱり知らなかったし、鉛筆削り騎士団なんて想像する予備知識なんて全く無かったはずだ。そもそもドイツ語なんて知らんし。
 何人かは未来?からきた被告人だったけど、そうするとあたしは未来のことを知っている人間なのか? 何か金儲けのネタに出来ないかなぁ。まぁしたらしたらで、性悪閻魔に「チートしましたね?」とか言われて地獄に堕とされるんだろうけどさ。
 分かってるわよ守秘義務は守るわよ。歴史の改ざんとかしないわよ。
 あたしはそんなラノベの主人公みたいな事はしたくない。そもそもラノベなんて読んだこと無いけど、濃ゆ目の奴らに散々教わったからなぁ。そんな知識を使う事すらチートとか言わないよね?

 そんな感じで、授業を真面目に受けてるんだか考え事してるんだかよく分からない時間が過ぎ、あっという間に放課後になった。
 結局今のあたしが元の世界に戻ったんだか、閻魔バイトの続きなのかは全く判断付かず。正確に言うと、閻魔バイトの続きである事を示唆する事象は全く感じられなかった。
 しかし、ここで「元の世界に戻ったうえーい☆」とか喜んだ瞬間、あの性悪チビに「残念でしたね佳奈美さん?」とか言われるような気もするので、まだ気を緩めてはいけないのだ。
 いつでも書記官さんに承知しましたと言われる覚悟はしておこう。
 あたしがそんな事を考えつつ荷物をまとめて家に帰ろうとしていると、
「ねーカナミ、今晩行くでしょー?」 
「んー?」 
 何か声かけてきた奴がいたから振り返ったら、そこにはキョーコがいた。

佳奈美に声を掛ける恭子

 50年ぶり……いや、こいつは確か最近会ったわね。結局ヤリサーのバカ共に殺されたもっとバカな奴だ。
「ほら前に言ったじゃん、超イケメンが来るパーティー!」
「あー、イケメンは良いわね」
「そうよ、今日の7時半に駅前に集合ね! 私はちょっと準備があるから、先に行くからねー!」
「んー、わかった」
 幹事は大変なのよー!とか言いながら、キョーコはさっさと教室を出て行った。忙しそうなことで。
 なるほど、確かにここまではあたしが死んだときと全く一緒ね。50年間の今日と寸分違わぬ事象が繰り返されている。
 あたしは鞄を持って、教室を出る。
 そして50年間と同じ様に寄り道せず、そのまま家路についた。
 ところであたしが死んだ50年前の今の時間は、実はクールを気取りつつも内心るんるん気分で家に帰ったものだ。
 なんせイケメンが来る。やっぱりイケメンは良い物よ。そして今日のパーティーにイケメンが来るのは間違いが無い。だって50年前はちゃんと来てたもん。
 そんで万が一キョーコ達が変な事されそうになったら、あたしは颯爽と男共を蹴り倒して、彼女らを守らなければならないのだ。そんな事を考えていたっけ。それでイケメンだけには優しく注意して、あわよくばちょっとステキな関係になる、と。
 あの時のはなんの根拠も無い馬鹿馬鹿しい妄想だったけど、しかし今のあたしには閻魔バイトの知識がある! 確かに今日は、50年前にあたしが殺されたなかなかにハードな日だけど、その知識があればこのしょうもない結末は無事回避できるはず。
 チートでは無いわよ? これくらいは役得というものでしょ、50年も閻魔バイトをやらされた報酬としてはちょうど良い。インサイダー取引みたいに不当な利益を得るわけでも無いし。
 あたしは50年前とは別な意味でるんるんしながら、家路を急いだ。

 さてさて色々準備しましょう。あたしは自室に入ると制服を脱ぎ、ぱっぱと部屋着に着替える。
 これから50年前に死んだ惨劇を回避するのだ。それから先はどうなるかは分からないけど、しかし今この瞬間は、今生き残ることだけに専念すべし! むしろ悩むだけの未来があるだけマシ、生きているだけでナンボというものである。
 そうそう、あの時ヤリサーのバカ共に騙されて毒を飲んでしまったのは、浮かれて水も飲まずに現場に行ったから、のどがカラカラに渇いていたからなのだ。
 だからあたしは、まず台所に行き、冷蔵庫にあったジュースをじっくり味わいながら飲んだ。
 ふとテーブルを見ると、簡素な夕食にラップがかかっていた物がいくつか置いてある。
 これは母親が私に作っていったものね。結局あの日はこれに手を付けること無く現場に行って、そこで死んでしまったのだ。
 だからあたしはこの料理の味を知らない。
 私の母は大概酷い母親だけど、けどその間違った義務感は本物で、料理だってちゃんと美味しい。
 あたしは炊飯器からご飯をよそると、お皿からラップを外してさっさとご飯を平らげた。もちろんお皿や茶碗は洗って食器棚にしまっておく。
 ちゃんと腹ごなししないと、勝てる戦も負ける物よ。
 あたしは自室に戻り、机の上にこれからの作業に必要な物を並べていく。
 如何に生き残るか。全てはこの難題に収束されているのだ。
 ふと時計を見ると、7時を過ぎていた。急がないと。
 あたしは自室の勉強机に向かうと、ノートを広げて計算問題を解き始めた。
 純奈に言われたもんね、アホな友達なんて放って置いて、勉強してれば良かったって!
 イケメンのサークル? 誰が行くかそんなもん、ばーか!

 一通り勉強が終わり一息ついていると、自宅のドアがやかましい音を立てて開けられた。
「帰ったわよー!!」
 また呑んで帰りやがったな、バカ母親め。
 あたしがイライラしながら玄関に迎えに行くと、
「佳奈美!! ちゃんと勉強しなさい!」
 自宅の玄関に寝転がった母親が、さっきまで予習復習に汗水垂らしていた現役JKに向かって暴言を吐きやがった。
「うるせー酔っ払い! どの口で言ってんだ!!」
「何がうるさいよ! あんた育てて貰ってる親に向かって何て事言うの!」
 ふん、酔っ払いが良くほざく。あんた、その口から“まるでキモチワルイ赤の他人”だの言われた実の子の気持ちが分かってんのか?
 ここで一発“不倫相手との子供にマトモな親と思って貰えるのか!”なんて言ってやろうと思ったけど、それはちょっと我慢。
「だったらあたしをどういう風に育てたいってのよ、死んだっていう父親と何か決めたことでもあるの!?」
「!? そ、そんなの一人前の人間にするって事よ!!」
「ふん、何が一人前よ! 私の父親、実は生きてたりしてんじゃないの!?」
「!!」
 母親め、あからさまに動揺してやがる。
「まぁそんな事どうでも良いわよ、さっさと部屋に上がりなさいよ!」
「分かってるわよ!!」
 何が分かってんのかこの酔っ払い母親め。少なくとも玄関に寝っ転がって言う台詞じゃ無い。あたしは母親に肩を貸して立ち上がらせると、とりあえず台所のテーブルに連れて行った。

「ったくあのクソ役員、早く死ねって言うのよ! 佳奈美!! 水!!」
 母親は空になったコップをテーブルに叩きつける。
「それくらい自分で注げばーか」
「何ですって!!」
 あたしは何も言わず、コップをひったくると台所の蛇口から水を出してコップに注ぎ、その底を母親に目の前でテーブルに叩きつけた。もちろんコップが割れない程度の力でね。
「なによその態度は!!」
「いつもの態度だ酔っ払い!」
「あんた誰のおかげでご飯食べられてると思ってんのよ!!」
「あんたの経済力のおかげよ感謝してるわよ!」
「……何よその言い方!」
「事実だけど? それとも何、あんたあたしに“母親にたっぷり愛情注いで貰ってます”なんて言わしたいわけ? 自分でその実感あるの!?」

母親と口げんかをする佳奈美

「……どういうことよ!!」
「はっきり聞くけど、あんたあたしのこと自分の子供だって思ってるわけ?」
「当たり前でしょ!」
「あんたあたしのこと好き?」
「はぁっ!? 何であんたなんか……ぁっ!?」
 またあからさまに動揺してるわね。
「別に恋愛的な意味じゃ無いけど。自分の娘だって愛情持ててるのかって話よ」
「あ、当たり前でしょう!?」
「ふーん」
 あたしは母親に近づくと、いきなり彼女に抱きついてやった。
「!? 嫌! やめなさいよキモチワルイ!!」
 母親は必死の形相であたしを引き剥がす。
 しかし次の瞬間、母親は目を見開いて自分の手を見て、そしてガクガクと震え出した。
「ふーん、あたし気持ち悪いんだ?」
「っ!! ち、違うわよ、いきなりでびっくりしたのよ!!」
「あのさ、もうそういうの良いから。あんた今まで相当無理してあたしの事育ててきたんでしょ?」
「いや、違うって! 子育ては大変なのよ!!」
「あたし、高校卒業したらこの家から出てくから。大学は自分で奨学金でも貰って行くからお金もいらない」
「!? 何をいきなり……! だめよ、まだここにいなさいよ!!」
「あたしはね、あんたのこと大っ嫌いだけどね、母親としてはちゃんとソンケーしてんのよ」
「なんなのよいきなり!?」
「あたしはガキだから、あんたの大変なこと何にも分かって無くて、単に親に甘えて反抗してるだけのおバカなJKなのよ」
「だから一体何が言いたいの!」
「でさ、あんたはあたしの事、本気で自分の子供だって思ってんの? 自分のそういう態度が、本心が、我が娘に伝わってないとでも思ってんのかよ!!」
 いい加減にしろ、と、あたしはついつい怒鳴ってしまった。
 母親からしてみたら、何が何だか分からない娘の癇癪に付き合わされたような物ね……
「……悪かったわよ、私は母親失格なのよ!!」
「あたしはあんたのこと母親失格だなんて思ってない。あたしをしっかり育ててくれた。服も食べ物も何でもくれた。あんたは保護者としてはちゃんと義務を果たしているわよ」
「何よ! あんたどこまで知ってるのよ!?」
「何も知らないわよ、単に母親から愛情が感じられませーんって、そんな話よ」
 あたしはウソをついた。当たり前だけど、全部知ってる。何から何までね。だってあんたに直接教わったんだから。
「まぁでも、もしもあたしに話したことの無い事があるなら、あたしはいくらでも聞くし、いくらでも受け入れるわよ。あたしはガキだけど、そのくらいの分別が付くまではあんたに育てて貰ったのよ」
「……何よ、訳が分からない……!」
 母親はそのままテーブルに突っ伏し、いつしか嗚咽を上げ始めた。
 あたしは母親の前の席に座り、泣き止むのをずっと待った。
 数十分後、母親は涙を振り払って立ち上がると、一言風呂と言って台所を出て行った。
 あたしはそれを見送ると、自室に戻ってさっさと寝た。

 翌朝、目が覚めて台所に行くと、いつも通りにつまらなそうな顔をした母親が朝食を作っていた。
「おはよう、佳奈美」
「!? お、おはよう??」
 実は朝なんかほとんど挨拶もしない仲だったので、あたしはちょっとびっくりした。
「……なんか昨日、あんたに怒られたみたいね」
 ちゃんと覚えてないけど、でも怒られて良かったのかも知れない、なんて母親は言う。
「別に怒ってないけど? あ、そうだ、飲み過ぎるなって言ったかも?」
 またあたしはウソをついた。別にあたしの父親が生きている事とか、そいつにあたしを自慢してやりたいとか、そんな事をつまびらかにするつもりは全然ない。もちろん向こうが言ってきたら聞いてやるけど、これはあたしの口から言い出す事では無いのだ。
「そうね、気を付ける。記憶が無くなるまで飲むのは、何か違うわ……」
 ごめんね、と、母親の口から信じられない言葉出た様な気がした。こいつがあたしに謝る事など、正直あたしの記憶には全く無い。
「……健康第一よ。体壊すまで飲んじゃダメ」
「分かってる」
 その朝は、母親との会話なんてそんなもんで、あたしはご飯を食べてさっさと学校に行った。
 さて、キョーコはどうなったんだろう? ちゃんと生きてるのか?

 その日の放課後。
「でさー、超サイアク〜! イケメンは居たけどさっさと帰っちゃうし、後に残ったキモデブとかキモオタと王様ゲームとかやったんだけど、もう適当に難癖付けられて、結局ヤられまくりでさ〜〜www」
 まだ股がヒリヒリするわ〜wwwとかなんとか、キョーコはいつもと変わらずケラケラ笑ってやがった。

いっしょに下校する佳奈美と恭子

 はいはい、よく分かります。あたしが命を賭した救出劇は、結局こいつの緩い股がヒリ付くかヒリ付かない程度の事だったんですね結局そんなもんだったんですよね。大変よ〜〜〜〜く分かっております!
 あたしはニコニコしながら、キョーコの細い頸椎をへし折ってやろうかとマジな殺気を漲らせていたのだけど、取りあえず想像の中で10回くらいぶっ殺してやる程度で納めておいた。実力行使に出たらあたしがケーサツに捕まるだけである。折角生き延びた意味が無い。
「それで結局マワされただけだったんだ?」
「何よその言い方! カナミ酷くない!?」
 親友がレイプされてんのに笑ってんじゃねーとかキョーコは言ってるけど、ん? あたし笑ってる?
「いやいや、キョーコが無事で安心してんのよ?」
「無事じゃねーし! あ、でもでも、奴らに“レイプされたって警察に言ってやる!”とか言ったらさー、マジでびびってお金いっぱいくれたのよ」
 結構儲かったーwwwとかキョーコは言ってるけど……
「死にたくなければ、相手を見てからそれ言うのね」
 たまにお前ら殺して口を塞ごうとするバカがいるからね、と、あたしは心からの忠告をしてやった。
「分かってるって〜! あたしら経験豊富だもん、ヤバそうな連中だったら黙っておくし〜」
「あんたは分かってても、そうで無い奴が騒いだら一緒でしょうが!」
 だからそういうのに初心者は連れてくな、と、あたしは言った。
「なるほど、確かにそうね……気を付けとくわ〜〜」
 キョーコはヘラヘラ笑ってるけど、本当にこいつ分かってるんだろうか? こいつ地味にバカだからなぁ。
 まぁあたしも色々と学んだので、こいつにはこいつ自身で自分の命を守って貰うことにする。もう自分の身を危険にさらしてまで人助けなんてしない。少なくともこいつにあたしの命を賭ける価値は無い。今のところは。
 あたしはヘラヘラ笑うキョーコの屈託無い笑顔につられて、一緒にニヤニヤ笑っていた。
「……なによあんた、私のことバカとか思ってない?」
 ご明察です。
「そんな事思ってないわよ、あたしら親友でしょ?」
「そーそー、カナミは私の親友だからね!」 
 ふん、ウソばっかり。おまえあたしのこと本当は大嫌いなんだろうが。まぁ大切に思っているのは本当らしいけど。
「だから今度は一緒にパーティーに行こうよー!」
「嫌よ、どうせレイプされるだけじゃない」
「なんでそんな事ばっかり言うのかな〜?」
「昨日のパーティーだって、結局そうなったでしょうが」
「別にいつもヤられるって訳じゃ無いし〜 まぁ昨日はたまたまよ、たまたま」
「あんたのたまたまって10回中何回よ?」
「ん〜、8回くらい?」
 これだからバカは困る!
「それは“たまたま”ではなく“いつも”って言うのよ。良く覚えてきなさい」
「何よその言い方! カナミってばいつもそうやって優等生ぶる!」
「違うわよ。あたしは優等生じゃ無い。ただレイプされたくないだけよ」
「カナミはまだバージンだからそんな事ばっかり言うのよ、さっさと経験しちゃいなよ!」
「嫌よ、あたしはステキなイケメンのおじさまにゆっくり手ほどきして貰うの」
「そんな事言ってたらすぐにアラサーになって、誰も相手してくんなくなるだけだっつーの!」
 カナミはオコサマだなーwwwとかキョーコは笑ってるけど、こいつにオコサマとか言われると無性に腹が立つな?
「……あ、見てカナミ! あそこにあんたの好きそうなイケメンがいるじゃん?」
 キョーコはそう言って誰かを指さしているけど、やめろ人のこと指さすのは!
 あたしはキョーコの手を掴んで下にさげさせたけど、取りあえずイケメンだけは確認しておく。
「どこよ?」
「ほら、あそこ! あ、でも隣にJC連れてんじゃん、うわー、超絶犯罪の予感www」
 JC連れてるおじさまは親子じゃないの? あたしはキョーコが指さす方(だから人を指さすな)に視線を向けると、確かに超あたし好み、線が細めで若干ワイルドな感じのステキなイケオジが居た。
 うあ、これはステキ! たしかにこんなイケオジに手ほどきして貰いたい……!
 あたしは何となく下半身に力がこもる物を感じるも、しかしその隣には確かにセーラー服を着たJCがいる。
 しかしこのイケオジ、どこかで見た顔だな? 何か「真の愛を探求しております」とか言い出しそうだな……?
 あたしはそこまで思考が至り、そして次の瞬間、心臓がバクンと跳ね上がった。これは決して恋に落ちたり、あまつさえ発情した訳では無い。
 そしてその隣に居るJCを見やれば、しまりのない顔にお下げ頭だった。

鷺宮に連れられる純奈

 その2人組は、そのまま歩いて道を曲がる。
「わーお、あっちってホテル街じゃん!」
 これはますます犯罪の匂いじゃんね〜www! なんてキョーコはケラケラ笑っているけど、あたしは自分が何か考える前に既に走り出していた。
「ごめんキョーコ、あたし用事があったわちょっと急ぐね!!」
「はぁ? じゃあばいばーい」
 キョーコはあたしに手を振っているけど、その相手をするだけの心のゆとりなんて無かった。
 チートはしない。歴史を改変しない。閻魔バイトの知識は自分の為だけに。
 これは大切なことだ。あくまで他人は、その人自身が自分の人生に責任持つべき。あたしはいちいち他人の人生には干渉しない。
 そんな事は分かってるんだけど!! でもあの顔は……! あの2人は……! スルーなんか出来るかッつーの!!
 あたしはイケオジとJCの2人組が曲がった角に走って行く。
 今の時間は16時過ぎ。さすがにホテル街だけあって、今の時間は周りに人はほとんど居ない。だからいざという時に助けも呼べないかも知れないが、でもそんな事は知ったことか。
 あたしは前に居るイケオジに向かって声を上げる。
「何やってんだ鷺宮!! そいつを連れて行って何をする気だーっ!!」
 ぜぇぜぇと息が上がるも、しかしあたしの声はイケオジにしっかり届いたのだろう。いきなり名前を呼ばれた彼は、さすがにびっくりして後ろを振り返った。
「!? ……これは美しいお嬢様、いかが為されましたか?」
 鷺宮は嫌味も何も無い、本気であたしのことを心配したような声でそう尋ねる。
「いかがも何も無いわよっ! その子をどうするつもりよ!?」
「ああ、彼女は私のクライアントです。私、女性の悩みに関するカウンセリングを行っている者でして、ただいま彼女の悩みの解決に……」
「そんな事は分かってる! けどあんたの言う悩みの解決は全然意味が違うでしょうが!!」
「!? いえ、彼女の真の美しさを具現化する為に……」
「うるさい!! 純奈! あんたそいつがどんなヤツか分かってるの!?」
「はわわっ!?」
 いきなり名前を呼ばれたJC……純奈はびっくりした顔であたしを見た。
「あ、あの、お姉さん、なんで私の名前を?」
「それはあとででいい!! 鷺宮、今すぐ純奈を開放して二度とそいつ近づかなければ、あたしはあんたにこれ以上何も言わない! 今後近づきもしない! でも拒否したら、あんたのこと全部ケーサツに言ってやる!」
「お待ち下さいお嬢様、私は彼女の悩みを解決する義務がございます……!」
「あんたの言う悩みの解決ってのは、そいつの首をへし折ってレイプすることでしょうが!!」
「ひぅ!?」
 純奈はびっくりして、慌てて鷺宮から離れた。
「それはだから違うのですお嬢様、それは事象を表面的に捉えたもので本質は……」
「うるさい殺人鬼!! そんなもん他人から見たらただの強姦殺人なんだよっ! いい加減人呼ぶぞ、いいから消え失せろーっ!!」
「ッ……! 失礼いたします……!」
 鷺宮はそう言うと、走り去っていった。
 なんだよ、結局自分が殺人してるって分かってんじゃねーかあのイケオジ!
「あ、あの、お姉さん、鷺宮さんが人殺しって……?」
「純奈!!」
「は、はわわ!?」
「なんであんたあんな男に引っかかってんのよ!! あんたこれからその辺のホテルに連れ込まれて、いきなりレイプされて首へし折られて殺されるところだったのよ!?」
「は、はわわ〜〜〜!?!?」
 何かトボケた声出してるけど、純奈はガタガタ震えだした。
「あ、あの! だって私、勉強頑張ってても全然成績が良くならなくて、それで悩んでて、そしたら友達が紹介してくれて……」
「だったら家庭教師でも何でも雇えば良いでしょうが! なんであんな詐欺師に騙されてるのよ……!」
「だ、だって……」
「あんたホントにヤバかったんだから……! もしあたしが気が付かなかったら、もうあんた今頃首折られてたかもしれないのよ!?」
「はわっ……ふええええっ!」
 純奈は恐怖が限界を超えてしまったのだろう、ついに泣き出してしまった。あたしはついつい彼女をぎゅっと抱きしめる。
 なにがはわわ〜だっつーの! こいつ生前はこんなボケ顔で、そんで閻魔になったら良い感じのレイプ目で人のこと散々見下して来やがって……!
 どんだけ閻魔が辛かったんだよ、こんな可愛いやつがあんなになるまで何があったんだよ……
「ふええええ〜〜〜〜っ!!」
「好きなだけ泣きなよ、生きてるだけでめっけもんなんだから。死んだらいきなり閻魔やらされて、目からハイライトが消えちゃうんだから……」
 あたしはしばらくの間、ビービー泣く純奈の背中をずっと撫でてやった。

純奈を抱きしめる佳奈美

「あの、お姉さん、その……ありがとうございます?」
 だからなんで疑問形?
 ホテル街でJKとJCが抱き合っていると、色々と百合百合しい憶測を呼ぶ事態になりかねないので、あたしはとりあえずその辺のファストフードのお店にこいつを連れ込んで、ジュースでも啜らせておいた。
「あの、お姉さん、なんで私の名前を知ってるんですか?」
 どこかでお目にかかったことあります? とか純奈は言うけど、“先日まで閻魔庁では上司として大変お世話になっておりました〜”とか言っても全然分かんないだろうしなぁ。一体どうやって説明すれば良いんだ? 勢いでここまで来ちゃったからなぁ、もう!
「……えーと、多分信じてくれないだろうけど、あたし少しだけ予知能力があってさ……」
 取りあえず口から出任せを並べておいた。
 正直に言っても、高2にもなって厨二をこじらせたイタイ奴だと思われて、色々な意味で信用がマイナスになる。となると、またこいつが鷺宮の所に行ってしまうかも知れないので、とにかくそれだけはなんとしてでも阻止しなければならないのだ。
「はわわ、予知能力ですか?」
 格好いいです〜とか、純奈は何か目をキラキラさせて言う。

目を輝かせる純奈

 どうでも良いけど、こいついちいち可愛いなあ!!
「別に格好いいことなんて。で、それで街中であなたたちを見て、あなたが殺されるシーンが浮かんでね……うぇっ」
 そんな余計な事を言ったのが悪かったのか、昔書記官さんに見せて貰った純奈の惨殺シーンの映像が頭に浮かび、あたしは上がってきた胃の中身を一生懸命飲み下した。
「あの、私ってどんな殺され方されちゃうんですか?」
 それ、聞きたいの?
「聞かない方が良いと思うけど……」
「でもでも、せっかくお姉さんが助けてくれたので、知っておくべきだと思うんです?」
 だからなぜ疑問形なのか。
「……ホテルで前戯も無くメチャクチャにレイプされて首折られて中出しされる」
「はわわっ!!」
 ほれみろ、聞くもんじゃない。
 早速真っ青になった純奈の頭を優しく撫でておいた。
「もう大丈夫。あいつに近づかなければ、向こうから来る事は無いから」
「あ、ありがとうございます〜〜」
「だからもう本当に関わったらダメだからね。なんかさっき悩みがあるとか言ってたけど、あたしで良いならいくらでも聞いてあげるから」
 聞くしか出来無いけど、でも悩みなんてのはそんなもんだ、と、あたしは言った。
「あの……私、お姉さんの学校に行きたくて……」
 そういえば、あたしはこいつに名乗ってなかったなぁ。
「あたしは麻倉佳奈美。だからお姉さんじゃ無くて佳奈美で良いわよ」
「あの、じゃあ佳奈美さんで?」
 そういえばあの性悪純奈もあたしのこと佳奈美さんって言ってたなぁ。まぁどうでも良いけど。
「あの、私は波音純奈と言います」
 なみおと、ねぇ。そういえばこいつの名字って初めて聞いたわ。
「で、あたしの学校に行きたいって?」
「はい、だから勉強一生懸命してるんですけど、偏差値が足りなくて……」
 なるほど……確かにあたしの通ってる学校はこの辺じゃ進学校扱いだから、地頭良くなきゃ厳しいわね。
 そしてこのボケ顔純奈ちゃんは一体どうなんだろ?
「あなたの学校の成績ってどんななの?」
「えっと……あの、全国模試だと偏差値60くらいで……」
「それくらい取れてればあともう一息じゃない。あんた確かまだ中2でしょ? まだ大丈夫だって」
 ぶっちゃけあたしも中2の頃はそれくらいだったし。
「でも、心配ですし〜」
「だったらあたしが勉強教えてあげるわよ……」
「でも……?」
「何よあたしの見てくれがこんなだからって、成績悪いとか思ってるわけ?」
「はわわ! そんな事思ってないです! あの……佳奈美さん綺麗だから、私なんかが一緒にいるのが恥ずかしくて」
 ちくしょう何だこの生き物! いちいち可愛いなあ!
「気にしなくて良いって、とにかく志望校受かる方が大切でしょーが!」
「あの……是非ともよろしくお願いします?」
 だからどうして疑問形?
「ビシビシ行くから、覚悟しておくように」
「はわわ……」

純奈に勉強を教える佳奈美

 そんな感じで、あたしはJC純奈の家庭教師になった。まぁ無給のボランティアだけどさ。ていうか単に友達だね、これ。
 とりあえず閻魔時代に散々虐められたので、これを機にその仕返しをしっかりやっておこう。
 ……うそよ、そんなことしないわよ。
 とにかく、ふたりとも死なずに良かったんじゃ無かろうか?
 正直今でも、これがあたしの元いた世界なんだかそれとも閻魔バイトの現地実習かよくわかんないけど、取りあえず元の生活に戻れただけででも良しとしておこう。
 そして今後も今まで通り、清く正しく生きていこう。
 そもそも生きてるだけでめっけもんだ。ヘタに死んだら嫌味な性悪閻魔にネチネチ小言を言われたり、最悪閻魔バイトを延々やらされかねないからね。
 そうならないためにも長生きしてやろう。命大切。友達のためとか、そんな甘えたことは言わないで自分の人生の責任は自分で持つ。
 あたしは純奈の可愛いボケ顔を見ながら、改めてそう心に誓ったのだった。

おわり