日向の香
「綺麗だな」
「綺麗だねぇ」
春麗らかなある日。
河原の桜は咲き誇り、淡い桃色の暖かい吹雪を運んでくる。
堤には露店が出ており、美味しそうな香りに釣られて多くの町人が花見と洒落込んでいた。
ふわりふわりと舞い落ちる花びらと甘味を扱う露店から立ち上る甘い香りで、澄んだ水を運ぶ河原の土手は、幸せな雰囲気に包まれている。
学園からほど近いその場所で、作兵衛と数馬は貴重な休日を2人きりで過ごしていた。
帯刀している作兵衛に近づきたくないからか、周囲に他の花見客である町人は居ない。
おかげで、暖かい風が良い具合に吹き込み、桜も川もしっかり見える土手で、2人は2人っきりで美しい景色を独占できた。
座っている地面も暖かく、絶好の花見日和であった。
ちなみに数馬は、女装している。
出掛ける前、支度をしていた作兵衛に、男同士だと色眼鏡で見られかねないと数馬が直々に女装を申し出たのだ。
6年になった今でも数馬の柔らかい体の線とふわっとした優しい顔つきは相変わらずで、女装には打ってつけの人材であった。
支度し終わった数馬を見て、作兵衛は思わず、ほぅと淡い感嘆のため息を漏らしてしまった。
普段と違い下ろしたふわふわの癖毛、淡く自然に差された頬紅、ちょっと濃いめの口紅は、唇をよりふっくら艶やかに見せていた。
蜜柑色の白い蝶が舞う着物は、薄若葉色の柔らかい帯が蝶結びにされている。
喉仏を隠すための首巻きは、薄紫の更紗。
そのどれもが数馬に似合っていて、どう?と恥ずかしげに聞く数馬に、作兵衛はがくがくと首を縦に振るしかなかった。
良かった、と照れたように笑う数馬を思い出してぼーっとしていると、本人にどうしたの?と聞かれた。
「あ、いや、何でもねぇ」
ぼーっと川を見ていた目を数馬に向けて言うと、
「ほっぺがちょっと赤いよ、大丈夫?」
おもむろに作兵衛の頬に手を当て数馬は言う。
頭1つ分背が高い作兵衛を見上げる潤ったくるんと丸い瞳に、作兵衛はくらくらした。
ぷるんとした綺麗な唇が動くたびに、思わず凝視してしまう。
きっとこの陽気のせいだ、そうに違いないと自身を納得させ、作兵衛は言った。
「大丈夫だ。…団子でも買ってくる」
「ほんと?!良いの?」
ぱっと明るく晴れた数馬の顔を見、さらに赤みが増した自身の頬を自覚して、作兵衛はそそくさと立ち上がった。
「構わねぇよ。ええと、数馬は蓬団子が好きだったか?」
「うん。ありがとう、作ちゃん!」
ニコニコと言われ、本格的に頬がかっかしだしたので、ちょっと待ってろよと言い残して屋台の団子屋を探しに出る。
普段に輪をかけて可愛い数馬に、どうしたものかずっと心の臓が躍っている。
俺もまだまだ子供だなぁとぼやきつつ、見つけた団子屋で蓬団子を2つ買った。
団子を買って帰ってみると、数馬が居る辺りが何やら騒がしい。
団子を懐にしまい、作兵衛は、そっと近付いた。
桜の大樹の影に身を隠し様子を窺うと、男達が桜を背にした数馬を取り囲んでいた。
数馬の右手をがっちり掴み、引いているのが親分だろう。
「なァ姉ちゃん、遊び行こうや。天気も良いしよ、遊び行こうや、なァ姉ちゃん」
親分はしきりに誘っているが、男とばれては厄介なので数馬は喋れない。
大方演技だろうが、眉根を寄せて不安げな表情だ。
取り巻きの男達が、やんやと野次を飛ばす。
作兵衛は、男達の後ろにそっと移動した。
もちろん、男達は真後ろに誰かが来たなど気付かない。
忍者を目指す者、ましてや学園一の武闘派と名高い者になら朝飯前の行為である。
数馬は、作兵衛の意図を汲んで明後日の方角を向いている。
「お前ら」
「うおっ!急に現れんじゃねェ!誰だお前!」
ごく冷静な声で話しかけると、予想通り親分の男は素っ頓狂な声を出して驚いた。
周りの取り巻き連中もざわざわしている。
「そいつのツレだ。喋れねぇんだ、離してやってくれよ…」
鋭く男を睨み、チャキと腰の刀に手をかけた作兵衛を見て、男はチッと舌打ちをした。
「侍か。行くぞ野郎共!覚えとけよ、若造!」
明らかに武器を所有していない男は、捨て台詞を吐いて肩をいからせ去って行った。
取り巻きの男達も、めいめい何やかんや言いながら続く。
ふんと鼻を鳴らしてそれを見送った作兵衛に、近付いてきた数馬が笑いながらああ怖かったと言う。
「いざとなったらこてんぱんにやっつけるんだろ」
作兵衛は呆れたように言う。
数馬の薬学の知識は半端ではない。
ちょっとその辺の草を使って、あの男達をバタバタ倒す事など朝飯前なのだ。
「やだなぁ、数子はそんな事しません」
茶化すようにそう言った数馬は、ふわっと微笑んだまま続ける。
「だって、作ちゃんが助けてくれるでしょう?」
その言葉に、作兵衛は思わず目を見開く。
忍者としては相手の助けを期待するという事は危うい事だが、恋人としては何と嬉しい事か。
しばらく何と答えようか逡巡した作兵衛は、
「…おう」
とだけ言って、右手で数馬の頭を自身の胸にうずめさせた。
また火照りだした自分の顔を見せないためでもある。
「作ちゃんも、僕が助けるからね。頼りないなんて、言わせない」
右手を作兵衛の左手に絡ませながら、数馬はそう言った。
作兵衛は、返事の代わりに数馬の柔らかい髪に唇を落とす。
周囲の甘い香りより麗しい、日向のような暖かい香りがした。
−完−
あとがき
フカミ様、大変お待たせいたしました…!
6年富数で、ほのぼのです^^
ちょっと季節を先取りして、春にしました。
気に入って頂けたら幸いです!
あと、小説か絵か、指定がありませんでしたので小説にしたのですが、チキンな管理人は一応絵も用意しました…
よ、よろしければこちらもどうぞ!
改めまして、リクエストありがとうございました!(^人^)