街の眩しい光り。夜も眠らずに、動き続ける街。
働いて働いて、働いて。そうやって働き続けても、決して手の届くことのない場所。
所詮俺みたいな貧乏人には、薄れ汚れたスラム街がお似合いなんだ。
そんなことはとうの昔に分かっていた。
それでも懸命に頑張っていれば、いつかあの光りに届くんじゃないかって夢を見て…
でも、結局俺には蜃気楼のように、儚い願いなのかもな…
プランツ・ドール
彼 ら にミルクとたっぷりの
愛
情を
〜白亜の光りのその向こうに〜
+017:守るべきもの+
気持ちが悪い。さっき殴られた腹が、じくじくと熱を放っている。
コレはちょっと、やべえかもしれねえな…
そんなこと思いながら、ゆっくりと街を歩く。
身なりのよさそうな人間が俺のことを蔑んだ目で見てるのが分かる。
バカにされるのにも蔑まされるのにも、もう慣れた。
いや、生まれてからずっとだから、もう当たり前になってるかもしれない。
結局、何でも生まれが物を言う世界。金が何よりも崇められてる世界。
昔は理不尽な扱いに、がむしゃらに吼えていたときもあった。
けれど今はもう、そんなことを考えるのさえ億劫になるほど…俺は疲れてるんだな…
不意に身体が傾くのが分かった。伸びた髪が視界を遮る。
ああ、このままだと地面に激突する…
激ダサだな… 自分。
「あっ!?」
その時そんな叫び声と共に、ふと目に飛び込んできた、泣きそうな顔。白銀のような髪が印象的な子供。
なんだ?お前。迷子か?
そんなことを思いながら、俺は意識を落とした。
「ん…」
ふと、この街特有の香の匂いで目が覚める。
うっすらと目を明けると、そこは見たこともない天井。
明りを絞ったぼんやりとした照明が、起き抜けの目に優しい。
泥のように重い身体を起こしてあたりを見渡せば、さまざまな美しい人形が並んでいるのが目に入った。
「…ここは…店か?」
「お目覚めになられましたか?」
不意に後ろから声がかかって、俺は驚いて後ろを振り返った。
お茶でもいかがですか?
そう続けたその男は、湯気の出ている茶器を手にしながらにこにこと俺のほうに歩いてきた。
「あの、俺…」
言いにくそうに、その男を見ると納得したように頷く。
「店の前で倒れられておりましたので」
ご気分のほうはもうよろしいですか?
そう告げられて、自分がどこぞかで倒れたことを思い出す。
「わりっ、迷惑かけたみたいで」
「いいえ、とんでもございません。さあどうぞ」
ふんわりと優しげに笑いながら温かいお茶を手渡してくれた店の店主であろう男に
礼を言い、そのお茶をゆっくりと啜った。
「…うまい」
「さようでございますか」
温かいお茶が身体の中に染み込んでくる。強張った体がゆっくり、ほどけていくようだ。
しかしなんていうかこの店主は…
こんな小汚いような男を店の中に入れてくれた上に、十分すぎるもてなし。
いわゆる、お人よしってやつか?
まあそんな失礼なことを口にして、店から蹴りだされれうのはご免なので心でつぶやくだけに留めるが。
「おかわりなどいかがですか?」
「おお、サンキュー!」
空になった湯飲みを見て、店主が急須を持ち上げたのでとりあえず頂く
もらえるものは何でももらう。今まで生きてきて染みるいた習慣だ。
……どうかと、自分でも思うがな。
でも、茶の一杯ぐらいバチはあたらないだろう。実際に凄く旨いしな。
「ところで、ここ店か?」
「さようでございますよ。プランツドールはご存知で?」
「…ああ、あの噂の」
金持ちの道楽主義のバカ高い人形。
てことは、もしかしなくてもここは金持ち御用達の店ってことか?
よく見たら店の中のどれもコレも高そうなんすけど…
つまりだ、俺みたいな貧乏人のくるとこじゃねえってわけか。
「お茶サンキュー」
「もうよろしいので?折角お茶菓子も用意しましたのに」
「ああ、旨かったぜ?」
お茶菓子として添えられたクッキーは心から後ろ髪を引かれる思いだが、貧乏人はさっさと退散するに限る。
物壊して弁償とかなったら洒落にならんからな、激マジで。
「お客様。折角ですし、見ていきませんか?」
帰ろうと席を立った俺に店主はにこやかに言ってきた。
「…いや、いい」
わかってるだろうに、そんなこと聞いてくる店主が少し腹立たしい。
俺はこの店の客じゃない。これからも客なんかにはなれない。
そう伝えると、店主は少し困った顔をしていたが、俺は気にせず店の扉に向かって歩き出そうと足を踏み出した、
その瞬間。
「あっ!長太郎!」
「ぐおっ!?」
店主の叫び声と共に、後ろから腰めがけて衝撃がきた。
前につんのめりそうになりそうなところを必死で耐えて、腹を見ると腕が巻きついていた。
改めて後ろを見る、そのかなり下の場所。腰の近くには白銀の髪。
「…?! っぐっ!!?」
とりあえず、振りほどこうと巻きついた腕に手を添えると、放すまいと腕の力がこもる。
背骨の軋む音が聞こえた気がして、少し意識が遠のきかけたその時。
「長太郎、少し落ち着きなさい。彼はまだちゃんとここにいますよ」
そんな風にやんわりと、店主が俺の腰に巻きついてる子供に話しかけると力が少し抜けた。
それでもその腕は一向に俺を解放してはくれないのだが…
とりあえずこのままでは埒があかないので、緩まったところで身体の向きを回転させる。
白銀の髪を持つ少年を腹に纏わりつかせている、この状況・・・なんかちょっと微妙な気分にさせてくれんですけど・・・
ってそんなこと考えてる場合じゃない!
「こいつ、何なんだ!?」
とにかくいま現状を一番理解してるであろう店主に向かって叫んだ。
「どうやらお客様を気に入ったようですね」
…簡単に言ってくれた。
って、ちょっとまて!?気に入ったってつまりこの子は…
「おっ、俺は激貧乏だぜ!?!」
お察しはしております…
って簡単に返すな?!ちょっとだけ…ホントの事だけどだけと、ほんのちょっとだけ傷付いたぞ、こら!
「分かってるなら話は早い、俺はっ」
「連れて行ってください!」
店主に反論しかけた俺の声をさえぎったのは、高い少年の声。
…え?
「俺を連れて行ってください!」
やっぱりこいつかよ!てかまてまて何なんだいきなり!?
「なっ何なんだよこいつ!!」
俺の腰にしがみついて離れない、このプランツは何回も何回も同じ主張を続ける。
思わず助けを求めて店主のほうを見ると。
「しかし、困っりましたね…
一度目覚めてしまったプランツはもう他のお客様には見向きもしませんので…」
って人の話聞いてねえ!!
…ってえ?
「ちょっと待て今なんて…」
待て。
まて、まてまて…それってつまり…!?
おそるおそる俺がその先を促すと、ほとほと困り顔で店主は続けた。
「ですので、お客様が買ってくださりませんとその子は他の誰にも売れない状態になってしまったのですよ」
そんなことを言われてもどうしろと!?
「っち…ちなみに…」
「お値段はこれほどに」
「!?!」
口ごもってた俺の疑問に適切に答えてくれた店主は、さらさらと色紙に値段を書いて見せる。
その瞬間、俺はホントに意識が遠のきかけた。
今までに見たことのないくらい、ゼロが並んだ値段。
あっ、なんか一瞬小さい頃に死んだばーちゃんが見えた気がした…ってここで意識落としてたまるかっ!
「無理だ!!!こんな!払えるどころか稼げるかどうかすらっ」
「連れて行ってください!」
てお前も空気読めよ!!何度も同じこと繰り返すな!!
「お手入れは簡単でございます。1日3回、愛情を込め人肌に暖めたミルクを与え、
週に一度の砂糖菓子」
「だからっ」
俺の抗議をさらりと無視して、店主はつらつらと説明を続けた。
衣服に基礎化粧品に入浴剤などなどやあと割引などもあわせまして、
これくらい
と出してきた金額は、やっぱり俺がどうやっても拝むことの出来そうにない金額だった。
なんかこの店の店主にしてこのプランツありだな…
いい加減人の話聞いてくれ……無理だっつてんだろうが…
思わずため息をついたその時、またぎゅっと少年の手に力がこもった。
目線を下に向けると今にも泣き出しそうな大きな瞳。
そ、そんな捨てられた子犬のような目で見るなよ…
「連れて行ってください…」
まだ言うか…
てか、コイツいつまでくっついてる気だ。おい。
「そういえば」
と俺とコイツの間に流れる微妙な雰囲気に気づいてるのか気づいていないのか。
とぼけた口調で店主が話し出した。
「実は以前、プランツが盗まれたことがありましてね」
人間というわけではないので誘拐罪にはあたりませんが…
と少し困ったような顔苦笑し続けた。
「なにしろ、プランツという生きものは」
自分が気に入った人間には、無条件でついていってしまいますので。
そう口にした店主の顔を、俺はきっと忘れられないと思う。
何故、あんなにも嬉しそうで愛おしそうに。
そして、悲しげに笑うのだろうか。
「あっ!大変!わすれてました」
「?」
「実は私このあとどうしても一本電話をかけなくてはいけなくて…」
困ったような笑みを浮かべたまま、店主はさらっととんでもないことを続けた。
「大変申し訳ないのですが、長太郎……ああ、その子の名前なのですがね。
しばらく相手をしてやってくださいませんか?」
「は?」
いきなりの発言に一瞬脳が追いつかない。
「長太郎も気に入ってるようです、あっソチラの貯蔵庫にミルクが入っております。
その棚には粉末タイプのものも用意しておりますし、その隣の部屋には色々とプランツの日常生活に必要なものもございますので」
「いや、ちょ」
「では申し訳ないのですが、よろしくお願いたします」
こらまて!!「お使いください」じゃねえよ!!
って本当に行きやがったし!!そそくさと!
なんだよその白々しさ。これじゃあまるで…
「いやいやいやいやいやいや!!!!」
それはない!そんなことはない!!
それにいくら何でも、それはやっちゃいけないだろうが!!!
というか…
こんなバカ高い人形と二人にするな!!!なにかあったらどうすればいいんだよ!!
思わず駆け巡った悲惨な末路に、思わず頭を抱え込んで屈み込む。
そんな俺の頭に、ふと温かいものが触れた。
顔を上げればそこには、泣き出しそうな顔のまま、それでも必死で笑おうとするプランツ。
「ごめんなさい…」
……ありえねえ。どんだけ激ダサなんだよ俺。
こんな子供、泣かせるなんて。
「ごめんな、長太郎?」
頭を撫でると嬉しそうに笑うこいつ。
…お前はまだ俺を求めてくれるのか?
連いていけというのか?それがたとえ、罪なことだったとしても。
それでもお前は、俺と共にいたいと言ってくれるのか?
あとがき
ってなんかコレは原作により過ぎた!!
ううっ、でもこのエピソードだけはどうしても鳳と宍戸でやりたかったのです…
もちろん2人はハッピーエンドになるよ!(あっそう
この後の2人の苦しいながらの幸せな生活とかも絶対書きたいですvv
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プランツ参考「スノウホワイトpart2」
+018:離れ離れの時間 その後〜四月一日の独り言〜+
長太郎が店から消えて、しばらく。店に毎月決まった額のお金が届くようになった。
それはとても微々たる額ではあるが、必ず決まったように。
「ああ、今日はこの日なのか」
今、彼らはどこで、どのように暮らしているのだろうか、
そんな風に思うこともあるが、きっと幸せなのだろう。
「気にせずに、店に来てくれてもいいんだけどね」
でも、きっと彼は、最後まで長太郎のために生きるのだろう。
真面目そうな人だったし。
連れて行かせるなんて、酷なことをさせてしまったのかもしれないな。
それでも・・・俺はあの子が、あの子の望む人と共にある幸せを何よりも優先してしまう。
きっと、彼がこの店にまた訪れることがあるとしたら、そのときは
『久しぶりだな!これが最後の金だ!!』
そんな言葉と共に、2人揃って笑顔で訪れてくれるのだろう。
それがいつになるかはわからないけれど、俺には無限に近い時間があるのだから。
だから、遠くて近いはずのそんな未来を夢見ながら、今日も俺はプランツたちにミルクを与える。
いつの日か彼らが、彼らの大切な人と巡り会う日を心の底から願いながら…
そう…この限りなく長い時を…
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