ただ純粋にうらやましい。そう思ったんだ。

幸せそうに笑う彼らが。満ち足りたように寄り添う彼らを。

自分にもそんな存在がいたら、なんてそんなつまらないことを考えてしまうくらい
彼らは眩しく見えた。


だから、だろうか?
今まで見ているだけだったあの店に、はじめて足を踏み入れたのは。


それは本当に、ただの気まぐれのように。















プランツ・ドール
彼 ら にミルクとたっぷりの情を 〜 膨れっ面の王子様 〜














+008:素直になれないけれど+







こうして

この店の前に立つのは、何度目だろう。




今住んでいるマンションからそう遠くない距離にあるこの店の存在は、以前から知ってはいた。

だがしかし、実際店内に入るのは初めてだ。

「なんでかな……」

何度も足を運びながら、その度に中に入れずに店の前で時間を過ごし、そして何もせずに帰る。

そんなことを何度も繰り返していたくせに、
ちょっと幸せそうな手塚を見たぐらいで入ろうと決めたのはどうしてなのか。


それは多分、例え入ったところで買えるはずのないプランツを見るのが嫌だったのだろう。

でもそのくせ憧れて、未練がましく店の前で佇んだりして。

「……本当にバカだな」

それで幸せそうな手塚たちを見て、羨ましいなんて思うのだから。


そんなことを考えながら、僕は店のドアを開けた。



ギィ……、扉の開く鈍い音。
それに涼しげな鈴の音を聞きながらあいた扉の中から漂ってくる、何ともいえない香り。

甘い。それはまるで、夏の夜に漂ってくるような花のような……

香りに気を取られていたら、いつの間に店の店主が側まで来ていた。



「いらっしゃいませ、お客様。お待ち申し上げておりました」



……さて、コレはリップサービスかな。それとも仕様なのだろうか?


「さあ、どうぞコチラへ」

「え。は、はい……?」

そうして僕は店の中をゆっくり鑑賞する間も与えられずに、店主に促されるまま店の奥へと入っていくこととなった。





中にあるさらに
重そうな扉を開くと、店に入ったときから漂う甘い香りがさらに強くなる。

「これは……この店の、お香ですか?」

「いえ。そういった時もございますが、コレはプランツから立つ香りです」

「プランツ、から?」

「さようでございます」


そもそもプランツの中にある香人形、つまりポプリドールは2種類あるらしい。

一つは香り玉により匂いを付加することの出来るもの。

コレはいわゆる飴玉みたいなもので、プランツは3回の食事と一緒にこの香り玉を飲むことにより
匂いを付加することが出来るのだという。

そして香り玉は、たとえ同じものを飲もうともプランツによってさまざまな香りに変わるらしい。

さらにこの香り玉、人間が飲んでも同じ効果が得られる人体無害のものだとか。
ほとんどの香るプランツは、このタイプらしい。

そうして店主は、もう一つのポプリドールについても説明してくれた。

それは自ら芳香を放つプランツだという。

風土や気温、そういったその土地特有の気象風土によって作られる香りであり、
他の地に行くと香りも変質してしまうらしい。

店主の話しぶりから今漂ってくるこの香りは、おそらくその自らが芳香を放つプランツのものだろうというのが推測できる。


「一概に香るプランツと申しましても、様々なのですよ」

「そうなんですか」

話をしながら

さらに奥へと奥へと進んでいくと、ますますその香りは強くなっていく。

そうして、ついに店主は一つの青いカーテンの前に立った。


「さて、お客様。実はこちらのプランツが、どうもお客様をお待ちしているようでして」

「?」


店主の言葉に反応するかのように、ゆっくりとカーテンが上がり……一人の少年が姿を現した。

黒髪の、とても意志の強そうな黒い瞳が僕を視る。
まるで吸い込まれるように、僕はすぐさまその瞳に囚われた。

「………………」

「この子は、リョーマと申します」

さらに香りが濃くなる。まるで眩暈がしそうなほど……
ああ、この香りには覚えがある。
夏の夜に、夢のように聞こえる香り。確か、コレは夜香木の……



「この子が、お客様をずっとお待しておりまして」

「ちょ、ちょっと待ってください!そもそも僕は、この店に来たのは初めてなんですが」

夢のように香りに意識を惹かれていた僕だったが、店主の言葉に一気に現実に引き戻される。

「存じております。ですが……この店の前を通ったことなどは?」

口早に言葉を遮った僕に、店主がゆっくりと問いかける。

「……確かに。それは、何度か」

そう。店の中には入らなずとも、見つめていたことは何度もある。

「では、その時などにウィンドーから見初めたかも知れませんね」

「はあ」

そんなことなんてあるのだろうか?
確かにプランツは不思議な生き物だし、そんなことがあってもおかしくはないのかもしれないけど。

――あれ、ちょっと待て。僕を待ってたって、さっき言ってたよね?

「もしかして、この子は」

「はい。お客様のプランツでございます」


そんなことをいきなり言われても、というのが最初の感想だ。

そりゃあ確かに、手塚たちを見て僕にもそんな存在がいてくれたらいいな…
なんてちょっと思ったりもしたけど。


「そんな……とても僕には買えません」


それでも、こんな高い人形を買う甲斐性はさすがにない。

実際値段を見せてもらってこそいないが、プランツの相場ぐらいは知っている。少なくとも手塚よりは。

それに一目見ただけだろうと、この子が普通のプランツより高価なものだというのはわかる。

……そういや手塚ってば、結局あのプランツの値段を教えてはくれなかったな……?



「さようでございますか。それは……困りましたね」

「?」

そんな風に少し現実逃避をし始めた僕の耳に、店主の困ったような言葉とため息が聞こえてきた。


「一度目覚めてしまったプランツは、そのお客様以外を見ようとしないのですよ」

だからこの子は、お客様の元に行けないのならば、どこにも行かないでしょう。

そんな風に続けられてしまったら、僕はどうしたらいいのだろう。

そんなことをグルグルと考えていた、そんな時だった、



「ねえ。俺、ずっと待ってたんだけど?」


突然に、そして静かに。
今まで一言だって話そうとしなかった彼から紡ぎ出されたその言葉に、体が震えた。

理由は何か分からない。でもその言葉は、確かに僕の意識を、身体を震わせた。

ゆっくりと僕の目の前に歩く彼。
不機嫌そうに見上げてくる黒い瞳。
さっきもこの瞳に吸い込まれそうになったな。

その瞳をもっとよく見たくて、視線を彼に合わせる。
そしてゆっくりと彼へと手を伸ばした。

「……温かい」

手に触れる柔らかな頬の感触。ほんのりと、それでも生きていることを伝えてくる暖かな体温。

「当たり前でしょ? 生きてるんだから」

何、当然のこといってんの?

そんな風に不機嫌そうに続く声。
そうだ、この子は生きてるんだ。
そして僕を選んで、僕の元へ来てくれた。



「僕を、選んでくれたの?」


「ちょっと!人の話聞いてないわけ?」


だから、さっきからそう言いってるじゃん。頭悪いの?

そんな風に言われて、腹が立つどころか
愛しさがこみ上げてくるのが凄く不思議で、でも悪くない。


「うん、そうだね。ごめん、ね?」

少し笑いながらそう謝ると、気恥ずかしそうに黙るこの子が可愛い。

ありがとう。僕を選んでくれて。




「この子を買わせてください」

そう言って彼を、リョーマを抱き上げる。

「!?な、なにすっ!!」

最初こそ恥ずかしそうに暴れたけれど、すぐ静かになって僕の肩にしがみついた。

大人しくなったところで、片手でリョーマの背中を、もう片方で足を押さえて店主の方へ向ける。
ちょうど、二人で向きあうような形にする。
人形だからね、人形抱きが一番いいよね。

すこし照れたように、それでも降りようとはせず、ぎゅっと頭にしがみついてくるリョーマに
愛しさがこみ上げてくる。




そんな僕達に、店主は微笑みながら
「ありがとうございます」
と一礼した。








その後、いろいろ説明を聞いたり、必要なものを買い揃えたりローンを組んだりして
僕達は帰途に着いた。



「さ、行こうか?」

「ったく。落とさないでよ?」

まったく、口の減らない子だ。でも、そこが可愛いところなのかもしれないけどね。

リョーマを腕に抱いたまま、赤く夕暮れに染まる道を歩く。





僕たちの家に帰るために。
























あとがき

この二人は私にとってカップリング性がとても曖昧です・・・
リョ不二なのか不二リョなのかなんとも・・・
まあそんな感じでリョーマ+不二という形式でこれからも行ってみたいと思います!!(何









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プランツ参考「夜来香」「ユメデアウマナザシ」






































































































+009:傍にいてくれるあなたが好き 〜おまけ・リョーマの小言〜+






ずっと待っていた。
いつもいつも店の前まで来るくせに、中に入ってこなくて。

俺はその度に目覚めて、またその度に眠らされてさ。
いつもいつも、どうして入って来てくれないんだって思ってた。俺は必要ないの?

眠りながら目覚めの時を、出会いを待つプランツにとって、また眠らされる辛さ。
分からないでしょ?

そりゃ、メンテナンスに出されてもう一回寝れば、その人のことは忘れられる。
また、新しい人に出会えるかもしれない。

でも俺は、何度も何度もアンタに目覚めて、その度にまた眠らされて。

そして今日も、またアンタで目が覚めた。



だから本当は結構ムカついてたんだ。

早く迎えに来いよって。





なのに、あの日初めて店の中に入ってきてくれたあの人は、凄く綺麗で。

今まで持ってた恨めしい気持ちなんて、一瞬でどっかにいった。

この人が俺の持ち主なんだって思っただけで、嬉しくてしょうがなくなってくる。

すぐにでも傍に行こうと思ったのに、

なのに「僕には買えません」
なんていわれて、俺、結構傷ついたんですけど?

だから思いっきり、不機嫌に言ってやった。



「ねえ。俺、ずっと待ってたんだけど?」






でも、ホントにずっと待ってたんだからね?

その顔を見るのを。その手が差し出されるのを、その瞳に映るのを。

だからそりゃちょっとは恥ずかしかったけど、抱き上げてくれるこの両手が凄く嬉しかった。




だからさ。
もう、絶対逃さないよ。
覚悟してよね、ご主人サマ?
























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