2004年の秋に山岳レースに出ようと思い立ち、これがその初レースである。
山以外はやったことがなく、マラソンなども含めた「レース」経験は皆無だが、こと山を歩く力に関してはかなりの自信をもっており、きっと上位に入れるだろうとふんでの初出場となった。
スタート前、緊張しつつ前方から10mほどのところに立った。周囲の人を見渡す。結構たくましい脚をした人が多い。でも大丈夫、自分より速い人がそんなにいるわけがない。強気が勝負ごとの基本である。それにしてもランニングシューズの人が結構多いんだな。大丈夫なのだろうか、そんなシューズで山道を走っても。
◆7:00スタート。
先頭集団はあっという間に駆け出して見えなくなった。山道で追いついてやるさ。ゆっくり舗装道路を走る。つもりだったが、前に人がいると抜きたくなる習性がでてしまい、どんどん追い越しながら若干速いペースで進む。といっても脚を消耗させるほどでもない。
最初の山道に入る。歩いて進もうと思ったら、後続の選手はほとんど走って登ってくる。列のブレーキになるのも追い越されるのもいやだ、ピッチを上げる。とたんに汗が噴出してきた。速足の快調なペースで登るが、時折わきを走って抜いていく選手がいる。でも、その力ずくの登り方を見ると、ほとんどの選手は後で追い越せるななどと計算しているうちに尾根に出た。かるく下って再び一般道へ。民家を抜けると道は神ノ川キャンプ場への登り基調となる。谷を巻いて対岸をつづら折に登りあげる道を見上げる。と、そこに5〜6人の選手の集団が見えた。トップ集団だろうか。目算でその差3分くらいか。たぶんその間にもたくさんの選手がいるだろう。自分は今いったい何位なのか、不安になる。初めて走るコースのため、自信をもった計算が立てられない。
◆神ノ川キャンプ場
橋を渡っていよいよ本格的な山道だ。ここでの順位は21位。OK、ロードでこの順位なら上出来、第1チェックポイントまでにさらに順位を上げられるだろうと、自信満々で登りだす。
湿気に満ちた真夏の森の斜面の上方に、選手の集団が見えた。じりじりと接近し、なんとなく速足で抜き去る。が、ペースに大きな差があるわけではなく、一群の集団のようになって進む。そのとき、後ろからかなりのスピードであがってくる選手がいた。けっこうな登り坂であるにもかかわらず走ってぐんぐん距離をつめてくる、そして追いすがろうとする間もなく登り斜面の向こうへ消えていった。自分とは次元の違うこの走りまさに衝撃だった。この斜面を走って登りつづける?どうやって?疲れないのか?私にはできない!
遠ざかる選手の見事に発達したふくらはぎが目に焼き付いた。
私の位置する集団のペースは決して遅くなく、快調な速足ペース、少し立ち止まったら追いつくのが大変になるだろうといったペースである。逆に離してやろうと思ってスピードをあげると、ついてこられない選手もいるが、楽についてくる、いやその登りを見てると力をセーブしているのがありありの選手もいる。
コースは突然といった感じで左に90度折れ、急下降にはいった。転ばぬよう少しブレーキをかけながらも軽快なテンポで駆け下りる。さあ得意の下りでごぼう抜きだ!と思った次の瞬間、またもや衝撃が!
ダダダダッという感じで、急斜面をひとりの選手が追い抜いていった。その姿勢は前のめり、まるでここが平地であるかのようだ。すごい、あんな下り方ってあるのか?試しに体重を前方へシフトして真似をしてみる。だめだ、できない。そうこうしているうちに後ろからダダダダッという音。またか!
道を譲る。この選手もさきほどと同じ下り方だ。もう一度真似をしてみる。まったくできない。前方へ倒した体重により倍増するスピードを制御できるだけの力が自分の脚に備わっていないことが痛いほど身にしみた。
だめだ、完璧に打ちのめされた。井の中の蛙とはオレのことだったんだ。
登りでも下りでも自分は全然速くないということがよく分かった。それでも下りで数名の選手を抜く。自分だって決して遅いわけではないがそれにしたってあの抜かされ方は驚きだった。
気持ちを切り替えることにする。このレースに出たことは幸いだった、と。
◆第1関門 神ノ川ヒュッテ
15位で通過。犬越路への沢沿いの登りに入る。疲れた様子のランナーを数人抜く。やはり山は山やが強いようだ。快調に登りきって林道に入る。しかし下り基調の約8キロ、走り出して自分がかなり疲れていることが突然分かった。ペースがまったく上がらない。加えて左のお尻の筋肉が時折攣ったようになる。
登りで抜いたランナーたちにあっけなく抜かれる。まったく追いすがることができない。それにしてもランナーたちの林道の速さときたら、第2関門までにどれだけ差を広げられるのだろう。
◆第2関門 神ノ川園地
川を渡り、姫次への急登へ。疲れきってたびたび立ち止まる。脚が前にでない。前半がオーバーペースであったことはもう疑いようがない。あろうことか、この登りではランナーに次々と抜かれる始末。ここの登りは、終わった!と思ったら前にまだまだ高いピークが見えた・・・の連続で、もう余力も何もない。
ようやく辿りついた姫次。1時間18分かかった。17位とのこと。もう疲れすぎた。レースを甘くみていたことの痛烈なしっぺ返しをくらっってしまった。あとはだめなりになんとか頑張って下ってみよう。コースはなだらかで、ゆっくり走っているうちに失ったはずの体力が戻ってきたような気がする。よし、頑張って走ろう。といっても、自分とは異次元の下りの速さを見てしまった以上、もう恥ずかしくて爆走なんていえない。
しかし、不思議なことに2人の選手を捉える。周囲は自分以上に疲れているということか? どちらにせよ、「まだ抜ける」ということが競争心に火をつける。平丸分岐からの急下降路を、自分なりに全開で下る。また選手を抜く。最後、沢沿いからロードで出るところで一段スピードを上げて2人を抜く。ランナーという人たちは上りは速くて下りが苦手なのだと、このとき初めて知った。しかし、無理して抜いたその瞬間、両脚を攣る。思わず倒れそうになるが、颯爽と抜いて脚を攣ったんじゃ、あまりに格好悪いので必死にこらえてロードに飛び出した。
もうすぐゴール、というところで給水所だ。せっかくだから飲んでいきたいが、今にも追いつかれそうな気がしてそれどころではなく、突っ走る。
ようやく帰ってきた。5時間15分。総合12位でゴール。
◆試走の重要性
今回は明らかにオーバーペースが後半にたたった。レースコースはほぼはじめての場所であったため、事前に地図を眺めて様々な想定をしたのだが、ロード部分が多く、いったいどのようなペースで進めたらよいものか、さっぱり分からなかった。やはり試走は重要だ。この北丹沢は気軽に訪れられる場所ではないが、コースを知っていれば後半にどのくらいの余力を残すべきか、ある程度正しい判断ができたように思う。とは言っても、遅さの最大要因が体力不足であることは間違いない。
◆下りの筋力と技術の絶対的必要性
大室山で二人の選手―4位の許田さん5位の佐藤さんだった―にあっさりと抜かれた。そのスピードは、自分の想像をはるかに上回るものだった。彼らのような前のめりの走りを試してみたが、まったくできない。いかに体重を支える筋力が不足しているかに気がつかされた。「下りは筋力」というのはこのことだったのだろうか。
ただ、筋力だけでなく、あのスピードは技術がないと出せないことも想像がつく。なめらかな体重移動がきっと上手なのだろう。この大会に参加してよかった。このままだと何も知らないまま、本命レースである長谷川カップで衝撃を受けるところだった。
◆登りのふくらはぎ
最初の登りで強烈な印象を残して抜いていった選手―3位の原さんだった―のふくらはぎは自分の脚とはまったく違った。試走だペース配分だという前に、力強い登りを支えるふくらはぎを持てるようトレーニングしなければならない。彼らのような強さを身につけるには、と考えると、気が遠くなる・・・。
◆優勝者のタイム
4時間11分。長いとはいえぬコースの中で1時間の差がどうやったらつくのか。それほどまでに自分は力がないということか。この日最大の衝撃。
レースリザルト