第9回 北丹沢12時間山岳耐久レース(2007.07.01)

今回のレースは、あまり印象に残ったことがない。ロードを走って、山をひとつふたつ登って、林道を走ってまた山を登って降りたらゴールだった、という感じだ。

◆レース展開
なんとなくスタート。昨日まで雨が降っていたという山の空気は、これまでに増して湿気を含んでいるように感じる。ロード部分は思いのほか快調。ただし、望月さんら、私よりロードが速い人たちの前を走っているということは、たぶん適性ではないペースなのだろうと思いつつ、抑えることもなく鐘撞山の登りに入る。
登りの途中で望月さんが抜け出した。やはり相当抑えていたみたいで、みるみる離れていく。急傾斜よりも緩い斜面で突き放されていく感じで、あっという間に見えなくなってしまった。
大室山中腹からの急下降は、伊東さんと佐藤さんに追われ、ハイスピードで下ることになった。自分には速すぎると思ったが、そのまま下る。この下りがダメージを残すか残さないかを試してみたくもあった。

第1関門到着。バナナの皮をむいている間に後続の2人はあっという間にかわしていく。追いすがろうとするが出だしの急な林道部分で、まったくついていくことができない。前半のハイペース、そして先ほどの下りが、見事に疲労につながり、早くも脚が重くなっているのを感じる。まあでも今回のレースは作戦も何もなかったわけで、ごちゃごちゃ言っても仕方がない。今更ペースを落とすなど潔ぎ悪いことはせず、このまま進むことにする。
林道も自分のペースというより、前の選手が見えるスピードで走りつづける。第2関門、姫次への登りに突入。ここまで前回より4分のアドバンテージがある。少々ペースダウンしても自己記録の更新はなるだろう。
・・・と思っていたのが大甘だった。懸命に登っているつもりなのだが脚が回転しない。完全にばてている。急登の途中で後続の選手に抜かれる。ものすごいスピードだが、そう感じる一因にこちらのペースダウンがあるのは間違いない。貯金を使い果たすのなんてあっという間だ。
1時間5分かかって姫次に到着。最後の下りをなんとか頑張ろうと思うものの、ここももう力が入らない。風を切るようなスピード感が全然ないなと思っていたら、後から転がり落ちるようなスピードで選手が抜いていった。レースの最後にあのくらいの力がないとだめなのは分かっているつもりだったが、今日の私は常に見送るばかりで、何もすることができない。

4時間36分で7位。なんとなくレースは終わった。

◆記録について
今回はレースへのモチベーションをうまく保つことができなかった。どのように走りたい、どういう結果を出したい、という想いもなかったので、前回のペースを参考に走ることにした。結果は下のとおり。

2006 2007
キャンプ場 0:50 0:49
下降点 0:51 1:41 0:50 1:39
第1関門 0:19 2:00 0:17 1:56
犬越路下 0:21 2:21 0:22 2:18
第2関門 0:37 2:58 0:36 2:54
姫次 1:01 4:00 1:05 3:59
ゴール 0:34 4:34 0:37 4:36

とにかく愚かしいほど何も考えず、前回タイムしか見なかった。ということは走っている今現在の自分の状態には興味がなかった、ということでもあり、おそらく昨年より暑かったであろう気象条件の下、自分の体力が消耗していることにもほとんど気付かず、いや、考えるのが面倒なので気付こうとせずというべきか、それが後半のペースダウンにつながったと思う。
結果は満足ではないが納得のいくものだった。よくしたもので、適当な走りで好成績が出せるほど甘くもなく、かといって頑張らなかったわけでもない―そうした自分のスタンスにふさわしいタイムと順位だったろう。

でも出走したことは、自分にとってレースとは何なのかを、原点に戻って考えるよい機会になった。


◆自分にとってレースとは何か
そもそも私がレースに参加するようになったのは、山ヤである自分の力はどのくらいのものなのかを知りたかったからだ。2シーズン走って、その目的はすでにかなった。では今、なぜ自分は走るのか。レースは自分にとって必要なものなのか。
登山をスポーツとして捉えた場合、ランニングをはじめとする他の競技と明らかに違う点がある。「競う」という性質が極めて薄いのだ。一般的には順位や記録があるわけもなく、ひたすら内的な充足感に終始する。この点を考えると、山ヤである私はレースを必要とする度合いにおいて、マラソン大会に参加することが特別なことではないランナー系の人たちとは、根本的に違いがあるのではないかと思う。

それでも私は、やっぱりレースに出たいと思っている。この世に生まれたからには、一度は身体と精神のすべてを使って自分の限界にチャレンジしてみたい、そのためには今の自分の立場では、レースがもっとも身近な場なのだ。そして、私にはもう少しの余力があるように思うが、年齢を考えると、そのチャレンジに残された時間はおそらく多くはない。いつまでレースに参加するか分からないが、次のレースがラスト、という気持ちでトレーニングをし、悔いの残らない走りをしたいと思っている。

レースを知ってよかった、と思うことがある。トレーニングをはじめとする努力の幅が格段に広がった点だ。果たして自分に「限界」を口にできるほどのトレーニングを積める心の強さがあるかははなはだ疑問だが、それでも、何かをするためにこれだけのトレーニングをするということは、以前の自分には考えられなかった。自分が思っている「努力の常識的な量」は、レースを知ったおかげで、確実に増えたと思う。月30時間程度では笑われてしまうかもしれないが。