人間うつし
- 母:勉強しようという意欲がぜんぜんない。
- のび太:面倒くさがり屋で根気がなくてだらしない。
- 母:注意力が足りないし、いつもぼんやりしている。
- のび太:あやとりばかりやってないで、たまにはスポーツもしなくては。
- 母:え?
- のび太:もっといろんなことにやる気を起こさないとだめだ。そう先生は言ったんでしょう。わかってるよ。いつも言われてることだから。ね、そんなことより、ママ、おやつまだ。
- 母:のび太!いったい誰のことだと思ってるの。すこしは反省なさい!
- のび太:はい。
- ドラえもん:あらら、だいぶしぼられてるみたいだ。ん?しぼられたわりに、落ち込んでない。
- のび太:僕は、いま叱られながらつくづく考えた。
- ドラえもん:えらい。やっとやる気になったんだ。なーに、がんばれば、君だってすぐみんなに追いつけるさ。
- のび太:ううん、そうじゃないんだ。僕がみんなに追いつくんじゃなくて、みんなのほうが僕と同じになればいいんじゃない。ね、グッドアイデアでしょう。
- ドラえもん:なぜか説得力がある。
- のび太:だいたいね、世の中、不公平なんだよ。同じ人間なのに、頭がよかったり悪かったり、力が強かったり弱かったり。こんなこと、許せないよ。
- ドラえもん:で、でも、それは…。
- のび太:みんなが僕と同じになれば、それがあたりまえになるでしょう。不公平がなくなって、平和で暮らしやすい世の中になる。だからさ、そんな道具があったら、貸してよ。ねえ。
- ドラえもん:そんなことしたら、町中がパニックになる。それに君のためにもならない。
- のび太:そんなことやってみなきゃわからんないじゃない。
- ドラえもん:もう、言い出したらきかないんだから。じゃ、やってみるか。人間うつし!その筒の中に指を入れてごらん。
- のび太:こうかな?
- ドラえもん:いま、この道具が君のつめの垢を集めている。
- のび太:つめの垢?なんか汚いな。
- ドラえもん:昔から偉い人のつめの垢でも煎じて飲ませたいって言うでしょう。まあ、要するに、君のつめの垢をばら撒いて、それを吸い込んだ町中の人たちが明日から君と同じ人間になる道具さ。
- のび太:へえ、それはすごいや。なんでマスクなんかするの。
- ドラえもん:僕までのび太くんになったら困るでしょ。さて、もういいかな。
- のび太:うまく町中にひろがったかな。
- ドラえもん:あとは明日のお楽しみ。
- のび太:うん。おやすみ。
- ドラえもん:おやすみ。
- のび太:たー、大変だ。また寝坊しちゃった。わあー、ママ。
- パパ:遅刻だ、遅刻だ。ママ、早く朝飯にしてくれ。早く。
- のび太の母:あー、朝ごはん食べるんですか。はあ、面倒くさいわね。どうして私だけ、こんなことをしなくちゃならないのかしら。あ、そうだわ。ねぇ、今、いいことを思いついたんだけど、どうせまたおなかすくんだから、食べるだけ無駄じゃないかしら、ね。
- ドラえもん:早くものび太化現象が始まったか。
- 先生:いやあ、みんな、遅れてすまなかったね。ええと、今日はなぜかやる気が出ないが、まあ、とりあえず教科書を開いて。はい、それじゃ、この問題が解ける人は手をあげて。昨日教えたばかりのとこじゃないか!いったい君たちは何を聞いとるんだ!それじゃ、先生がもう一度やるから、よく見ておくように。へ?へ、ええと、ええと、これ。
- ジャイアン:先生、どうしたんですか。先生もできない問題を…
- スネ夫:俺たちにできるわけありません。
- 先生:ああ、それもそうだな。ははははは。
- のび太:先生、それじゃ、全員で廊下に立ちましょう。
- 先生:あ、そ、そうだな。そうしよう。全員、廊下に出なさい。
- のび太:うまく描けないな。ああ、面倒くさい。先生。
- 先生:何だね、のびくん。
- のび太:今日は、お天気もいいし、教室に戻ってみんなで昼寝しましょう。
- 先生:おお、のびくんもたまにはいいことを言うね。よし、そうしよう。
- みな:賛成。
- のび太:はっはっは。もう愉快ったらなかった。算数の問題は誰もできないし、そのあとの授業もめっちゃくちゃ。いや、世の中、公平になって本当によかった。これで暮らしやすい世の中になるぞ。
- ドラえもん:そうかな。そんなことより、僕はおなかが減って目がまわりそう。
- のび太:そういえば、僕も。今日、給食もでなかったし、ママにおやつもらってこよう。
- ドラえもん:むだだね。さっきどっかに遊びに行っちゃった。
- のび太:ええ、そんな。ママったらまったく無責任だな。
- ドラえもん:まるで君みたい。
- スネ夫:助けて、誰か!助けて!しっしっ、あっちへ行けったら。あっちへ行けってのがわかんないの。あ。あ〜ん。
- のび太:はははは、弱虫だな。
- ドラえもん:本当。のび太くんそっくり。
- のび太:みんな僕みたいなんだから、僕も総理大臣にもなれるかもね。
- ドラえもん:うん、ちょっと怖い気もする。
- のび太:あ、ジャイアン。
- ジャイアン:おお、のび太、見てくれよ。やっと完成したんだ。ほら。
- のび太:え、ジャイアンがあやとり?
- ジャイアン:なあ、すごいだろう。ジャイアンバタフライっつうんだ。
- のび太:あら。
- ジャイアン:そうだ。スネ夫にも見せてやらなきゃな。じゃあね。
- ドラえもん:まるで、のび太くんそっくり。
- のび太:ちぇっ、僕だけの得意技だったのに。あ、ママ。
- ジャイアンの母:お嬢さん、お入んなさい。
- のび太の母:はい、ありがとう。
- みな:一、二、三。
- のび太:ママ、こんなとこで何してんのさ。
- のび太の母:あら、ドラちゃん、のびちゃん、楽しいわよ。一緒にやらない?
- のび太:ええ?
- ドラえもん:ママ、夕ご飯のしたくはどうするの?
- のび太の母:夕ご飯?そんなもの、知らないわ。
- のび太:そんな。朝もお昼もたべてないのに、おなかぺこぺこだよ。ご飯。ご飯。
- ドラえもん:ご飯、ご飯。
- のび太の母:ご飯、ご飯ってうるさいわね。そんなに食べたきゃ、自分で作ればいいでしょう。
- のび太:そんな。
- のび太の母:ご飯の作り方なんてわすれちゃった。
- ジャイアンの母:何してるのよ。早く、早く。
- スネ夫の母:そうざます。でないと、わたくしが先に飛んでしまいますざますよ。
- のび太の母:はい。それじゃ、もう一度はじめからやりますわ。
- みな:お嬢さん、お入んなさい。
- のび太の母:はい、ありがとう。
- みな:一、二、三。
- ドラえもん:のび太くんそっくり。
- のび太:そんなのんきなこと言ってないで、なんとかしてよ。ドラえもん。
- ドラえもん:しかたないよ。これが君の望んだ世界なんだから。
- のび太:ええ、そんな。これじゃ世の中、めちゃくちゃだよ。ね、お願い、ドラえもん、元に戻してよ。ねえ。
- のび・ドラえもん:ごちそうさま。
- のび太:ああ、おなか一杯。
- ドラえもん:よかったね。元に戻って。
- のび太:ほんとう。一時は、どうなるかと思った。つくづく反省しちゃった。僕のやり方は間違ってた。
- ドラえもん:やっとわかった。それじゃ、これに懲りて、これからはスポーツや勉強に励んで。
- のび太:そうじゃないんだよ。ぼくが考えたのはね、今度は先生のつめの垢を取って、僕が先生と同じ。そうすれば、今度こそバッチリでしょう。ね、ね、僕って頭いいでしょう。うふ、うふ、うふ。
- ドラえもん:あー、ちっともわかってない。だめだ、こりゃ。