帝国書院「歴史のしおり」2003年4月号掲載
私の授業実践産業革命の授業 〜欧米諸国の衝撃と日本の変革〜
   

1.はじめに 何を教え込むべきか

この単元は、今回の指導要領改訂に伴って教科書の構成が大きく変わったところです。今までは
「ヨーロッパの近代化」と「江戸幕府の崩壊」という2つの節(中単元)に分けられ、最低でも12
時間程度の時数で行うところでした。
 今回の指導要領改訂で週4から3へと時数が削減された結果、ルネサンス・宗教改革・イスラム
の歴史が大きく削られたこととあわせてヨーロッパの近代化に割く時数を削る構成に教科書が作ら
れています。こんなに減ってどうするんだ、歴史上の基礎基本のながれとできごとを知らないで思
考力も技能もあるものか。もうポイントをしっかり絞って教え込むしかない。という声が多く聞こ
えてきます。
 このことの是非はともかく、(実は学力観そのものに関わる問題だと認識していますが)たしか
に基礎基本を教え込むことは必要です。しかし問題はその内容だと思います。言語事項を暗記させ
る事は、社会事象に対する豊かな認識と社会を主体的・民主的に変革していく公民的資質につなが
るのでしょうか。
 膨大な量の言語知識を網羅的に学ぶことの苦痛から生徒(と教師も)を解放し、少ない時数でよ
り豊かな認識を獲得できるにはどうしたらいいかを考えてみました。ここでは、産業革命に例を取
って何を教え込むべきかを考えたいと思います。

2.繊維とは・・・たかが「綿」されど「綿」

イギリスの産業革命が綿製品の大量生産から始まったことは「基礎基本」事項でしょう。ではこ
の場合何をどう教え込むべきなのでしょう。私は綿の持つ歴史的意味を生活感覚からとらえること
こそ基礎基本であると考えています。
T 綿糸を見せ触らせて、これ何だかわかるかい
S 糸
T 何の糸
S 糸って・・・糸は糸だよ先生。
T 糸にもいろいろあるんだよ。(綿花を見せて)これからできる。もめんとわた、いっしょだよ。
S へえ
T (栽培条件などを説明し)この繊維が世界中の人々の生活を変えたんだ。どう変わったのかわかるかい 。教科書の資料から考えてご覧よ
S へえ

授業MEMO

綿は吸湿性に優れ、肌触りがよい上に破れにくく、染色が容易。色糸はできるが破れやすい絹(=貴族用)、丈夫だが肌触りが悪く色が付かない麻(=民衆用)という古代・中世的な服から人々のあり方に大きな変化をもたらしたことを気づかせる右記をプリントにして読んであげるとよい。  
柳田国男「木綿以前の事」より
木綿の若い人たちに好ましかった点は第一に肌触り、野山に働く男女にとっては絹はものやわらかく且つあまりにも滑らかで稍冷たい。柔らかさと摩擦の快さではむしろ木綿の方が勝っていた。第二にはいろいろの染めが容易なこと、これは今まで貴族階級の特典かと思っていたのに木綿も我々。の好み次第にどんな派手な色模様にでも染まった・・・・今まで目で見るだけと思っていた紅や緑や紫が天然から近寄ってきて各人の身に属するものとなった。心の動きはすぐ形に表れて歌うても泣いても人は昔より一段と美しくなった。つまりは木綿の採用によって生活の味わいが知らず知らずのうちに細やかになってきたことはかつて荒たえを着ていた我々にも毛皮をかぶっていた西洋の人た ちにも一様であったのである。

授業MEMO 
綿花 脱脂綿 綿糸 綿布を教室に持ち込む。綿花以外は容易く手に入る。綿花は実物教材セットを学校の備品などで購入し是非とも手に入れておきたい。趣味で栽培している保護者も割といるはずである。綿花の繊維を紡ぐ以前の状態が脱脂綿であり、よりをかけて紡ぐと綿糸になりこれを経緯におると綿布となる。地理の「工業」の授業か歴史のここで生糸(絹)・羊毛・麻・化繊とあわせてきちんと実物に触れさせておくべきである。


「生産力の発展」という言葉で置き換える前に、手触りの感覚から歴史を学んでいく事は、とても大切だと考えますがいかがでしょう。それは「快さへの欲望」が人類の歴史の大きな原動力になっているという真理に気づかせることにつながります。また、身の回りのあらゆる事物を歴史的にとらえる目を養うきっかけにもなります。転じてそれは、歴史を学ぶ事をある価値観の注入とする偏狭さから脱却させます。むろん受験知識の暗記の苦痛からも生徒を救います。

3.もうけと大量生産

 さて、17世紀以降世界各地で綿糸綿布の手工業生産がたかまってきていたことを背景にイギリス
で産業革命が起こったことを説明します。そして「早く安く大量に作って利益を上げようとする」
(帝国教科書P142)から、そのための機械が発明されるようになった。という説明が普通されます。 ところで、この「安く大量に作って利益を上げる」 ということは基礎基本以前のあたりまえの事としてさっととばされてしまいがちなのですが、実は大変難しいことなのではないでしょうか。
 まず、手紬・手織りの民芸品の布と機械織りの普通の布を比較させると、同一規格で大量生産さ
れる機械織りのすごさが理解されます。消費者にとっては、機械製の工業製品は安価で便利だと言
う事がよくわかります。
 ところが、生産する側からすると利益を上げるために大量に売り込む必要がある事が理解しにくいでしょう。そこで次のようなやりとりをします。

T 安く大量に作ってもうけをあげるってどういうことなの
S 安ければたくさん売れるでしょ
T でも安かったら、もうけはどうなるの
S 高く売ればいいのか・・・・あれ、うれないや
T じゃあ、次の問題をやってごらん
原価が70円のアイスを定価100円で売ったとき1日10個売れていたとすると、定価80円に下げたら1日何個以上売れればもうけがもっと増えるか
T 30個以上売れなきゃいけないんだよ
S たいへんだこりゃ
T イギリスの綿製品は大量に売れたのかな

ここから、朝貢貿易=海禁体制を引いていた中国への強引な市場開放=アヘン戦争など植民地獲
得のイギリスの動きにつながっていきます。保護関税をかけようとする相手国の対抗策に対して、
関税をかけられないようにすればいい=植民地にするという答えが出てきます。
「商品作物」とか「貨幣経済」とか、歴史の授業ではよくわからないことが当たり前の言葉として
素通りされているように感じます。実はその中に生活実感から歴史を考える大事な糸口があるよう
に感じます

4.動力とは・・・蒸気機関・内燃機関・化石燃料

 最後に手工業生産と機械工業生産の違いを考えます。私はワットの蒸気機関を生徒に見せ下記の
説明をします。(写真略)

授業MEMO Aの燃焼室で石炭を燃やしBのシリンダーで蒸気を発生させ圧縮蒸気がCでピストン運動を起こし、 これがDのクランクで回転運動に変わる

T これができるまでは動力は水車だった。といことは工場は・・・
S そうか、川近くだけだったのがどこでもOK。
T これを応用できないかい
S 船に積んだら蒸気船、馬車を引けば鉄道か。
S だから「馬力」で力を表したんだ。
T そう。ちなみにこれは20馬力。先生の車は何と 120馬力。
S ひょえー

授業MEMO ついでに内燃機関の説明をしてもいい。(これは帝国主義と第1次大戦で本格的に教え込む)水やレールと違い摩擦係数の高い道路の上を走ったり重力に逆らって空を飛ぶ事ができるのは蒸気機関では無理。19世紀末の内燃機関の発明が20世紀の機械工業の爆発的な発展をもたらした。イギリスは19世紀のせんい=蒸気機関中心の資本主義であり海軍力で世界を支配した。ドイツとアメリカが20世紀の機械=内燃機関であり、航空機や自動車の戦争となる

T ところで石炭って元はなんだか知ってるかい
S 植物の死骸。石油も同じ。
T そう。で、なぜ死骸が石炭になるの。
S ?

授業MEMO CO2だけだった原初の地球の大気が光合成でO2が増え、生物が体に取り込んだCが石炭となったことを説明する。これを地中から出して燃やす事は地球の大気を原初の状態にリセットしているということを教え込む。私はこの後よくマンガ「風の谷のナウシカ」の冒頭をOHPで示す

産業革命は21世紀の現代文明の出発点であり現在の地球の危機の原点そのものだと思います。
これを「資本主義経済の成立」「機械制大工業」「植民地獲得」という事項の流れとしてのみとら
えさせるのは、生徒の本当の生きる力になるのでしょうか。産業革命の学習から、生徒一人一人が
自分の生き方と関わって何かを学び取らなかったとしたら歴史を学ぶ意義はどこにあるのでしょう。
綿花のところで提示した人類の「快さへの欲望」が世界的な規模で不均等に暴走し始めた結果、様
々な矛盾が噴出し始めている事に生徒も教師も教室で思いを寄せるべきだろうと思います。地球環
境問題と超大国による戦争といういま現在の緊急の課題の鍵もまたここから見いだせるはずです。