第1単元「お金作って千羽鶴」

 (経済の基礎・貨幣と経済4時間)

第1時間目  「お金を作ろう・・・貨幣の役割」

■授業の進行

  まず、本物の紙幣(1万円札)を私が示す。教室は「先生ちょうだい」などとにぎやかになる。で、これはいくらと質問する。額面としての1万円ではなく、紙幣の生産価格を聞くのである。「わずか原価数円の紙幣がなぜ1万円として流通するのだろう」と発問する。交換手段としての貨幣の本質に気づかせる。(ついでに兌換紙幣・不換紙幣・金銀本位制〜管理通貨制度という通貨の歴史の概略も分かりやすく説明する)。お金の交換手段にすぎず、本当の価値は生産財とその背景にある人間の有用な労働であることを確認するのである。生徒はお金を物神化したがる年齢なので、驚いて聞いてくれる。

 ここまでなら、多くの教師が実践している内容だと思う。私の実践の違いはここからである。「お金そのものには何の値打ちもないけれど、交換手段としてとても役に立つことがことが分かったね。では、お金の便利さを実感しましょう」と切り出して、別紙の授業用紙幣プリントを一人1枚ずつ配布する。教室は驚き、笑い声、興奮で騒然となる。まず、偽札がいかに大きな犯罪になるか、をしっかり説明する。

 

T: しっかり聞いてね。いいかい、このお札は、授業用として作ったんだが、本物をまねして偽札を作ってはいけないよ。本物のお札をコピーするだけで偽札の準備罪になるからね。あくまでも別の模擬紙幣だからね。偽札にならない工夫がしてある。

S: そうか、コピーもだめなのか。

T:そうだよ。先生の授業用紙幣は、一目で実物と違うという工夫の他に明らかに授業という有用な目的のためにやったと言うことが分かるようになっているからね。どんな工夫がして あるかもう一度よく見てごらん。

 

人物の顔だけでなく「授業用」・「三本銀行券」などに気づくと生徒は笑い声と驚きが起こる。ここで大切なことは、他人の労働をかすめ取る行為になるからこそ偽札が重い犯罪になるという理由をしっかり感じ取らせ、軽い気持ちでお札のコピーなどしないようにしっかり教えることである。該当刑法の条文・量刑をしっかり教え、書き取らせている。生徒は、おもしろさと同時にこの授業の真剣さに気づかせられるのである。生徒はしっかり教えられていれば、お金のコピーなど中途半端にまねることは絶対にしなくなる。

第2時間目   「売り買いしよう・・・契約とは」

■授業の進行

 宿題としてあらかじめ別紙のワークシートに商品カタログを作らせ、本時に教室で授業用紙幣を使って売買経験をさせる。鶴のシミュレーションの前段階となる生産消費・売買契約の授業である。

 生徒は作ってきた商品をお互いに10分間売り買いする。まず、商品を作って売る楽しさ、買うときの選択の緊張感とおもしろさを味わう。10分の売り買い終了後、総売上を計算し、これがこのクラスの市場経済の総生産=総消費=総所得であることを知らせる。再び10分間売買を行い1回目と比較する。総売上の増減を比較し、これが経済成長率になることを学ぶ。GNPなどの経済指標はこれで理解できる。そして、経済数値に表される豊かさは自給自足の精神的豊かさは反映されていないことも合わせて学び取ることができる。

 2回の売買体験をこうして整理した後、お金を元の持ち主に戻させる。(お金の裏に名前を書いておくのである)。生徒は思わぬ人からお金が返ってくる体験をする。これによって、通貨が交換手段として流通することこそその本質であることを実感できる。こうして、市場経済の循環と三要素についてもここで整理する。

 最後に、この時間に行った売買の会話を振り返って、どのように契約が成立するかを学ぶ。売買契約は、生産者と消費者の自由で対等な関係があって初めて成り立ち、だからこそ双方が誠意と責任を持って履行しなければいけないことを確認する。契約とは何かについてここで体験を通してしっかり学ぶわけである。「契約」=「市民社会の基本的な原理」=「大人になること」ということをしっかり学び取らせる。時間がある場合は「契約クイズ」を行って消費生活センター資料「契約とは」を読んでおくとよい。

 ここまでの2時間では、市場経済の基礎の枠組みとその中で生きる市民としての行動原理を体験を通して学ぶわけである。ミクロの視点とマクロの視点をともに経験できるのがこのシミュレーションの醍醐味である。

第3時間目   「鶴の売り買い」

■授業の進行

 ここから、折り鶴を作って売り買いするシミュレーション活動が本格化する。生徒には、これから3ヶ月間このクラスがひとつの世の中になって、お金を使って生産消費をする経験をしてもらうことを告げる。原料の折り紙の束を生徒に見せてこう話す。

「1枚千円で野島商事が売るから、みんなは自由に折り鶴を作って売って儲けてください。鶴を折って売ることが企業。一人でやってもいいし、友達と組んで会社を作ってもいいよ。そして、生活班が家計だ。班で儲けたお金を集めて鶴を買って千羽鶴を作りましょう。つまり、世の中を商品・サービスが鶴と言うことになるね。12月までに千羽鶴ができれば受験のお守りになるよ。きれいさも大切。クラスの経済が活発なら、12月頃クラスに6本くらいの千羽鶴の束がきれいに飾られるはず。もし、活発でないと干し柿かタマネギを干したようなみすぼらしい鶴になるでしょう。それから、鶴が売れなくて破産する人も出るかもしれないから、そうならないようがんばろうね。今日はサービスで野島商事が開店記念セール。折り紙1枚を全員にただでプレゼントしよう」

 教室は、折り紙の折れる人とおれない人とでわっとにぎやかになる。ふだん大人しく社会の授業で目立たなかった生徒が折り鶴がうまくて、他の生徒が教えてもらい始める。教師「ただで教えてもらうなんてずるいかもね。千円取れば。」などといったりする。こうして授業がスタートする。   

  これで一人5万5千円一クラス35人として約200万円の市場が誕生したことになる。野島商事は、必要に応じて紙幣を増刷し、自分自身も鶴を購入したりキャッシュバックサービスと称してお金をばらまき市場を刺激する。

  生徒は、はじめ一人で鶴を折り始めるが、折れない生徒は教えてもらったり、友達とチームを組むことを進める。生徒同士のコミュニケーションがとても大切で、孤立しがちな生徒がいる場合、声をかけ、グループを組ませてあげる配慮が必要である。

 また、これから本格化するシミュレーション授業と教科書の配列が違うので、全体指導計画をプリントしてしっかり示し、その時間の授業が教科書のどこに当たるかという全体構成を確実に説明しておく必要がある。受験を控えて最低限必要な配慮である。全体指導計画と評価基準さえしっかり示されていれば、教科書を離れた実践でも生徒は十分混乱せず学習できる。 

第4時間目 鶴の価格「鶴の相場はいくら」

■授業の進行

  前時から鶴の生産が始まり、休み時間などで売買が始まっているので、この時間の最初はできるだけたくさん生産し、売り買いするように伝えて体験を行う。(この単元の全授業を通して教師は、原料の売り上げ分をどんどん鶴の購入に当て利益を還元させないといけない。さらに紙幣を増刷して高価格で鶴を購入し、どんどん生産を刺激する。私は金・銀の原料色紙だけは1万円に設定し、付加価値をつけた高級鶴として扱い、質の良い金鶴には10数万の値段を付けて買い取ることにしている。これはやがて野島商事の高値街を当て込んだ金鶴の過剰生産=金鶴バブルが発生し、第15時間目以降に野島商事の倒産から恐慌へと事態が進む伏線となる。シミュレーション立ち上げのこの時期はとにかく野島商事はどんどん買ってクラスの景気を良くすることが大切である。)

 ある程度売り買いが進んだら、授業を開始する。「物の値段とはどう決まるのだろう。安い高いとは何だろう。」と投げかけ、2つの価格・・・生産価格と市場価格について説明する。そして、「市場価格はどう決まるのだろう」と問い、需要と供給の説明に移るところで鶴のシミュレーションを活用する。「鶴はいくらぐらいが相場だろう、その種明かしができるよ。」といって別紙ワークシートを配布し、価格ごとに売りたい・買いたい人に手を挙げさせてその挙手の累積をSD表に記入し、グラフにするのである。交点がその日のその時点の鶴の相場である。グラフをクラスごとに比較すると、経済活動の活発さが表れてまたおもしろい。その価格で売り買いしたい単純人数ではなく、累積人数であることがポイントである。

 このSD表は、最近は難しいとして教科書から削除されているが、鶴の実例をふまえていれば多くの生徒も理解しやすい。経済学習のすべての基礎になるのでしっかり教え込みたい。

 最後に、このSD表をもとに私的利益の公正な追究、自由競争による適正な市場価格の実現こそが、世の中全体の調和と進歩をもたらすという資本主義経済の原則をアダムスミスの顔と名前と共に生徒に教え込む。「いい鶴を作って利益を上げる」「きれいな鶴の安く買ってきれいな千羽鶴を作る」という体験知があると、多くの生徒がこの抽象的な原則も理解できるのである。

  「神の見えざる手」は、抽象的な思考であり、マクロ経済学理解の第一歩

であろう。やや難しいが、逃げないでしっかり取り扱いたいところである。

   第2単元「もうかりまっか」

   (企業の行動 6時間)

第5時間目  「もうかりまっか・・・企業家精神」

■授業の進行

 本時から、国民経済の3要素の第1として企業を学習する。教科書の配列は家計からとなっているが、経済の授業のおもしろさはなんといっても企業であるし、卒業後の進路を考える3年生という発達段階からも企業からの学習がふさわしい。

 鶴のシミュレーションが始まって、一人で作ったり友達と組んで作り始め、売り始めた様子をとらえて、授業に入る。企業は利益を目標に創意工夫を生かして自由に生産する。「企業を興す上で必要なものは何だろう」と投げかける。原料(折り紙)折り紙の技術と折ること(労働)など通り一遍のものがあがった後、本当にそれだけだろうかと再度考えさせる。

 アイディア・工夫・やる気・独創性などがあがり始めたら、本田宗一郎や松下幸之助の話をする。特に本田宗一郎をはじめ浜松はこのような事例に事欠かない。本田宗一郎と藤沢武雄にみられるように、成功の条件は本人の努力ともう一つ、よい友人が経営を担当してくれたことが大きい。「鶴の企業も同じだよ。友達と組んでやるというのも大切な方法だね。協力性だ。」仲間を英語で『company』だ。そして、companyは会社という意味があるね。」とまとめていく。

 これらを全部まとめて「企業家(起業家)精神」と呼び浜松には「やらまいか精神」という企業家精神がある、みんなもこの鶴の企業を工夫して大きくしてごらん」と結ぶ。企業家精神の楽しさ、おもしろさは何よりも経済の授業で実感させたいところである。

 自分たちの鶴の会社の名前を考えなさいというと、本当に楽しそうにアイディアを出し始める。

第6時間目 「儲かる会社・つぶれる会社」

■授業の進行

   鶴のシミュレーションを始める前に授業に入る。別紙ワークシートで企業の成り立ちを確認し、近代的な企業経営について教え、鶴の会社にそれを応用させるよう話す。生産には、アイディアを出すこと、アイディア通りに正確に製造すること、できた製品を売ってお金に換えること、お金や材料をきちんと管理することなどの仕事が必要で、役割分担すると効率がいいことを教える。これが会社組織である。

 シミュレーション活動に移って、自分の企業をきちんとした会社組織にし、(個人企業でもよい。その場合は役割を確認する)営業・経理・製造の3部門を作らせ、経理担当には会計簿を渡す。会計簿の付け方・見方は、全体に指導し、拡大再生産の流れを理解させ、そのためにどんな努力をすればいいか考えさせるのである。

  どのクラスも平均して8〜10程度の鶴の企業ができあがる。個人でやっている生徒もいるが、友人と組む生徒がやはり多い。中には、鶴が折れず、仲間も組めない生徒がいる。こういう生徒には、目立たない声かけなどの配慮が必要である。時々、「ホームレスのフリーター」だといって、鶴を折らずにぶらぶらしている生徒もいるが、授業を妨害するなら別として、本人がその気になるまで敢えて放っておいてもかまわない。

 7年間のうちで、問題行動をしがちな生徒も、例外なく鶴は友人に教えられて協力して折るようになっていた。つまり、授業に参加するのである。鶴を折ること、売り買いすることで級友とのコミュニケーションを否応なく取り始めるということの効果が大きいようである。また、学級全体が楽しそうにやっていると普段授業妨害やエスケープなど問題行動をする生徒もその雰囲気に飲み込まれ、授業に参加していくのである。

 この授業は、そういう生徒ほど、意外なほど目を輝かせて取り組んでいる。この授業がやめられない理由の一つである。 

 第7時間目 「カブと株」  

■授業の進行

   鶴のシミュレーションを行った後、市場を拡大し事業を大きくしていく具体的な手だてを考えさせる。前時で企業を大きくするにはどうすればいいかを考えているので、ここではヒット商品を生み出すアイディアはあるが、資本は不足しているときはどうすればいいかを課題とする。

 シミュレーションから場面転換して「ホンダスーパーカブ」の話をする

 (体験活動から一斉授業の講義に移るときはこういうぱっと雰囲気を切り替えるこつが大切である)

 

T:「発明家の宗一郎が生み出した革命的商品『カブ』、これは確実に売れるはずだが、大 量生産する資本が足りない。その時経理担当の親友藤沢武雄はどうしただろう」。

S:銀行から借りる

T:何億円もの金を無名の企業に貸してくれるかな。例えば先生が家を建てからと3千万 の借金を銀行に申し込んだら貸してくれると思うかい

S:うーん・・・くれる。くれない。

T:じゃあ、みんなが中学校を卒業してすぐ同じ借金を申し込んだらどう?

(「信用」の大切さを教えることも大切である。)

T:本田に対してほとんどの銀行は断ったんだ。じゃあどうする。

 

 やがて、生徒の中から、全国の無数の大衆に、この商品の革命性を売り込んで、少額づつお金を集めるという方法がでてくる。(実際の話を教師が細かく語ってあげたい。この成功物語は生徒に夢を持たせるとても楽しい話である。)

 本田は実際は全国の自転車やさんに直接手紙を書いて事前予約販売をしたわけだが、この考え方は株式会社の株の公開と同じ魂であろう。こうして、経営拡大の最良の方法としての株式会社を学ぶ。生徒は、ホンダのアイディアにビックリし、共感しながら株式会社のしくみを学ぶわけである。

 

第8時間目 「競争が進むと」

■授業の進行

 シミュレーション活動の後、企業ごとに売り上げを報告させ、市場のシェアを調べる。まず、経理簿の収支を報告させ、慢性的な赤字になっていないか、拡大再生産ができているかなどを分析する。一定の会計期間で収支を把握するやり方を教える。次に、班ごとに鶴の売れ行きを報告させ、そのクラスの鶴の売れた数を企業ごとの表にしてみる。時間があれば円グラフを作り、期間をおいて比較してみるとよい。

 この時期になると既に企業の優劣が生まれてきている。売れている鶴の会社は「クラスのブランドだな」などといってあげると生徒は喜ぶ。逆に売れない生徒は焦るわけである。

 そこで授業に入って、市場占有率と企業競争という言葉を教え、競争が進むとどうなるかを予想させる。授業では、別紙資料の浜松のオートバイ産業集中の様子を使って、50社あった初期企業群が産業の成熟と共にホンダ・ヤマハ・スズキの3社にまとめられていく様子、その過程で本社・下請けの系列が生まれたことを学ばせる。資料として企業名鑑はとても役に立つ。

 最後に、競争の結果独占という資本主義の反対物が生まれてしまうことを説明する。独占価格や禁止法、公取委についてもしっかり押さえる。

 生徒には、鶴の会社がうまくいかなかったら解散して、他の会社に雇ってもらってもいいと説明する。浜松は「やらまいか」精神で有名な産業資本家の町なので、具体例に事欠かないが、さらにこのシミュレーション体験を返ることで生徒は自分自身のこととしてよく事態を理解することになる。

 実際にこの時期になると、鶴の会社を解散して、他の企業に雇ってもらう生徒が現れ始める。中には、失業したままの生徒も出てきてしまう。相談に乗ってあげて、他の企業に雇ってもらうよう教師が斡旋することもある。

   盛り上がっているクラスは、休み時間なども積極的に鶴を折って売り始める時期である。受験勉強がおろそかにならないよう釘を刺すことも必要である。また、家から色紙を持ち出してきて原料として売り始める生徒もいる。こういう生徒には「シミュレーションの架空の世界と現実を取り違えている」と、しっかり注意し、冷静になるよう指導する。

 やはり、企業を作って、もうけをあげることはおもしろいのである。仲間と協力してやればなおさら楽しい。このおもしろさこそが資本主義の本質であることがよくわかる。「おもしろすぎて、のめり込んでしまう」ということを生徒に実感させることは、次の家計単元との関連上大切である。

第9・10時間目 「特別な企業・・・銀行」

■授業の進行

  前時までで企業の行動の学習は一通り終わり、ここでは特別な企業として銀行について学習する。シミュレーションをやった後、資金が不足したと起動すればいいと投げかける。そこで一斉授業に移り、市場経済の循環図をつかって、銀行の役割を講義するのである。

 通常の授業と同じように、銀行は預金業務の他に貸出業務があることに気づかせ、どんな健全な銀行でも預金の10%を残して後は貸し出していることを教える。銀行の信用創造機能は、生徒にとっては魔法のようなおもしろさである。

 この銀行の役割の学習は、シミュレーション活動はあまり関係なく、銀行の機能を教師の発問と説明で理解していくことが中心となる。シミュレーションの振り返りよりも、生徒自身が持っている貯金通帳(地元銀行・地元信用金庫・農協)を発表させ、なぜこんなに種類があるのかを考えさせるという、普段の生活からの授業になる。

 銀行が企業の資金調達のために大きな役割を果たしており、預け主のためにあるというより、むしろ貸出先の種類に応じていくつもの金融機関が成立することいることは、ふだん生徒の生活からは気づきにくく、またシミュレーションでも無理で、ここは教師の種明かしによって「へえ」となる場面である。

 しかし、流動していない通貨が市場にとって全く役に立たないということは、シミュレーションで偽札を扱っているほうが明らかに理解しやすい。「市場経済の循環のポンプ役」という銀行の本質は、シミュレーションで市場経済をマクロ視点から眺めることができるので、単なる講義よりも生徒にとっては大変理解しやすいのである。

 一通り説明が終わった後 日本銀行協会作成のVTR「魔法使いサリーの『もし銀行がなかったら』を見せる。これは大変分かりやすくおもしろい。

  この授業は2時間で、第10時では市中銀行の為替業務のからくりから日本銀行を説明にはいる。日本銀行の発券銀行としての役割と、公定歩合による景気調節機能の説明では、シミュレーションに帰って「このクラスで日本銀行は誰がやっていると思う」と生徒に問うことができる。各国の市場経済の信用の根本にあるものがその国の中央銀行であることは、このシミュレーションにおける「偽札」の存在を考えることで体験的に理解できる。ただし、金利政策の内容と効果については、第15時の景気変動のところで扱い、ここでは貨幣流通量の調節が景気循環に与える意味を触れるにとどめておく。でないと、「企業としての銀行」を超えた内容になってしまう。

   最後に再び市場経済の循環図に戻り、「これで企業の行動は終わり、次回からは家計の立場で物事を考える」ということを生徒に予告する。

   第3単元「ぼちぼちでんな」

       (家計4時間)

 

 第11時間目   「家計の立場」

■授業の進行

 シミュレーション活動は、企業の生産販売を早めに終わらせ、家(生活班)に帰らせる。そして、買った鶴を千羽鶴に整理させる。今までの時間は、作ること売ること中心で、そちらにばかり関心が行っていたため、買った鶴の整理し千羽鶴として糸を通す作業が遅れている。生活班で買った鶴をきちんと色ごとに整理し、見た目を美しく糸に通させるのである。集まった鶴の数、つるされた時の配色や形の美しさなどを意識させるのである。そしてこう伝える。

 

T:今まで、売ることばかり考えていたでしょう。でも、こっちも大切なんだな。鶴を作るのは、儲けるためじゃなくて、本当は千羽鶴のお守りを作ることだったんでしょう。

S:なるほど。

T:お金そのものは何の役にも立たない。生活が豊かになることこそが大切だったんだよ ね。つまり、鶴の市場経済で言ったら、会社を大きくすることはおもしろいけど、もと もと本当の目的は鶴を買ってきれいな千羽鶴を作る、つまり生活を豊かにすることでし ょ。みんな忘れていなかったかな。

S:たしかに。だって、会社をやってるとおもしろいもん。のめり込んじゃう。

T:家のことを忘れて仕事に没頭すると言うことだね。仕事仕事で体までこわしたり、家 庭が冷え切ってしまったり、子供が不良になったり・・・。同じじゃないかい。

S:そうかあ。

 

こうして、生産者=企業の立場から家計の立場へと、一転目を転じさせるわ

けである。生徒たちは、再生産=家計の立場をあまり自覚しない生活を送っている。専業主婦の母親に自分のこと一切を面倒見てもらって、受験勉強や部活動にいそしむのが当たり前という生活を送り、その前提を疑う視角を今まであまり経験していない。従来の学校教育の目標とくに進路指導、生き方指導の視野が生産の側に偏ってきたからである。企業戦士が単身赴任してカップヌードルばかり食べて死んでしまった話をする。この生徒の状況の背景は、現在の日本経済が生産側(供給側)優位のゆがみを持っていることにつながっている。そこに気づかせるのが本単元の目標である。

 

T:ここからは、家計=生活する立場から経済を見てみよう。家計と企業との関係は?

S:商品の購入と代金の支払いです。

T:そう、@生産者と消費者。もう一つあるね。

S:労働力の提供と賃金の受け取りだ。

T:そう。A使用者と労働者。この2つの関係があるよね。市民社会の市場経済では、こ の関係が対等で自由な契約関係と言うことが大原則でした。 で、ここからが大切なん だけど、今の世の中、企業と家計は本当に対等だ と思う?

S:対等なんじゃないですか?まてよ、お客様は神様ですっていうから、家計の方が強い んじゃないかい。

S:そうかなあ。買うお客様は神様だろうけど、お金のない人や買わない人はどうなの。

S:お姉ちゃん、大学4年なんだけど就職試験は、とても企業との間は対等なんていえな さそうだよ。

T:よし、じゃあ、次から家計の立場について、消費者と労働者という2つの側面に分け て勉強していこうね。

 

第12時間目「家計の管理」

■授業の進行

 前時に引き続き、企業よりも家計を中心に活動させる。班で集めた鶴をどんどん糸に通させ、教室に掲示させる。家計のシミュレーションに移ってもまだ鶴を折っている生徒がいる。「家の中まで仕事を持ち込んじゃだめだよ」というと、「内職だよ、先生」とかわす生徒もいるが、多くは先ほどまでの企業の活動を引きずっていて、鶴を千羽鶴のまとめるという家計の活動に意識を転換できないのである。班が「家庭」であるという自覚を持たせ、千羽鶴に近づくことを第一に考えなくてはいけないことを次のように強調する。

 「仕事が大変なのは当たり前。だけど、それを家にまでいつまでも持ち込んだら家庭はどうなる?みんなの父さん母さんは、家に帰って食卓を囲むときまで仕事の話ばかりしてるかい。本当に大切な物を見失っちゃいけないんだよ。」こう説明して、家計の管理の大切さの授業に入る。「やりくり」という言葉の持つ切実な響きが実感できればよいのである。

  「収入の範囲内でゆとりのある豊かな生活を作る努力をみんなの父さん母さんはしてるわけだ。仕事はおもしろい。寝食を忘れて没頭してしまいがちなんだよね。学校を卒業して就職したばかりのころはきっとそうなるよ。それはそれで悪いことではないかもしれない。そういう時期も必要だね。

 でも、独身の間はいいかもしれないが、結婚したらどうなる。ご飯はだれが作るの。子どもができたらどうするの。だれが世話をするの。そこで初めて気付かされるかもしれないね。家計の大切さと、それをやりくりしていく大変さが。みんなの父さん母さんは、毎日仕事と家庭を両立している。家計をやりくりする努力とこつこそが大人になるうえで本当に大切なことなんです。」

   このように説明して、家計管理の仕方の大切さに気付かせた後、収入の種類、収入と支出のバランス、消費支出の項目立てた管理の仕方、貯蓄・保険・税など非消費支出の意義など家計の基礎を説明する。

 最後に再びシミュレーションに戻り、次のように投げかける。

「千羽鶴を作るためには鶴の購入に相当の計画性が必要だよね。ぼんやりやっていたのでは絶対に無理だよ。班でしっかり収入を管理し、鶴の購入の役割分担と計画を立てなければいけないよ。班員のだれがどれだけ稼ぎ、班の収入はどれだけで、どの色をだれがどれだけ買うか、質の悪いものは買わない、というような約束を確認してごらんよ。これは家計管理そのものだよね。」

 

第13時間目「お客様は神様か・・・消費者の立場」

■授業の進行

シミュレーションは、会社を早めに終わらせ購入した鶴の品質を生活班でチェックさせる。

T:悪い質の鶴ってないかい。

S:あるある。これだまされたな。誰が買ったんだ?

こんな会話が必ずでてくる。でてきたところで授業に入る。

 生産者と消費者は対等かどうか改めて考えさせる。家庭科で1年生の時消費者教育を受けており、悪徳商法やクーリングオフ制度などは知っている。しかし、生徒だけでなく、教師や一般社会の中にも「クーリングオフ制度があるから、安心。」「PL法は消費者のわがままがアメリカ並みになった。」という程度の理解が少なくない。

 ここでは、資本主義経済のもとでは常に消費者が生産者に対し不利な立場に追い込まれやすいと言うことを理解し、そのために本来の市民社会の原理である自由・対等な契約関係を作る支援のしくみとしてクーリングオフもPL法もあることを理解することを目的とする。

T:お客様は神様かい?鶴の会社をやってみてほんとにそう思う?

S:そりゃ、買ってくれなきゃしょうがないもん。

S:企業が利益を上げるための、神様だよね。

T:やっぱりもうけががあがるようにすることが最大の前提だよね。たとえ

 ば歯磨きのコマーシャルは何であんなに歯磨き粉をつけるのかな?

 ここで、悪徳商法とまで行かない利益確保のためのさまざまな具体例を説明する。薄利多売の実例を実際に計算させ、現代の資本主義経済システムでは利益追求のため大量生産・大量消費にならざるを得ず、企業と家計は、対等な契約関係を外見としては確保しながら、実際には消費者は正しい情報を教えられずに、買いたい気持ちにさせられる事態が大変常態化していることを認識させる。そして、クーリングオフがあるから大丈夫なのでなく、きっかけが対等な契約行為でない通信・訪問販売契約にかぎってこの制度が有効であることを理解させる。さらに、事例のまとめとして、ベビーベッド事故の裁判資料を読む。PL法は、消費者のわがままを認めたのではなく、生産者の側に無過失立証責任が課せられたことで損害賠償訴訟の法廷で圧倒的に不利だった消費者がはじめて対等な立場に立てたという意味を説明する。

 日本の幼児番組のテレビCMの放任、PL法が整備されたのが大変遅かった事実、その後のPL法に対するネガティブキャンペーンなど、日本社会が供給サイド(企業)の側に優位に偏向した経済構造の性格が強いことを認識させ、最後に、ケネディ政権の消費者4原則を紹介し、資本主義の本国アメリカと日本の違いを対比させて授業を終わる。

第14時間目 「お父さんの会社がお倒産?!

        ・・・労働者の立場」

■授業の進行

 鶴のシミュレーションの最初に、「みんなの会社はまだるこしくってだめだ、今日は先生が社長をやる」といって別紙のような社長訓辞を行って、猛烈社員を疑似体験させる。大声で唱和させると良い。生徒はげらげら笑いながらも、楽しくなりきってやってくれる。

S:やってらんないよ。

T:そのやってらんないことを歯を食いしばって大人はやってるんだよ。

S:ちょっとこれ、早く来てお茶入れるって、何で女だけなの。

S:男女は別にして、早く仕事に出るってのは大切だと思うよ・・・

T:早くでれる人はいいけどなあ。子供を保育園に送ってとかいう人はどうなるんだろう なあ。

S:男は早く行くってことにしたらどう?

S:うちの父さんそうだよ。

S:だから男の給料は高いのか。

S:ねえ、女はどうなるの。仕事やらせてもらえないじゃない。

S:でも最近じゃ、中年の男の人がリストラされることが多いんでしょ。

S:女はいいよなパートで気楽に働けて。

S:違うと思うな。男女に関係なく仕事と家庭を両立することが大切なんじゃないのかな、ねえ先生、いつもそういってるでしょ。

というような会話が出ればしめたものである。1学期に憲法の平等権のところで男女雇用機会均等法、社会権のところで労働基本権は言葉としては学習してある。労働三権などの基本的な法律のしくみは確実に押さえておく。ポイントは、原理的に弱い労働者の立場を法的に対等にさせるこれらのシステムを実感させることをねらって、みんなで話し合って、鶴の企業に就業規則を実際に作らせるのである。その際、就業規則をめぐる交渉のシミュレーションそのものが労働基本権の正しい認識につながる。

 生徒が作る就業規則は、賃金は同一労働同一賃金が当たり前であり、さらに「お茶は入れたい人が自分で入れる」とか「宿題が大変な時は鶴を折るノルマを下げる=育児介護を抱えた人には早朝出勤や残業をわりあてない」というような規則を作ってくれる。実際の企業や労働組合で見習ってほしいところである。現実の社会での正社員とパートの差別待遇、サービス残業、その背景にある固定的性別役割分業などの実態(M型雇用曲線と男女別賃金など)も説明しておく。

   家計の授業を終わる締めくくりとして、労働基準法の前文をしらせ、泣き寝入りをする前に解決をする方法があること、しかも暴力的でない、理性的な解決が大切であり、どんなトラブルにもそれは可能であることを伝えておく。

  第4単元「小さな政府と大きな政府」

    (政府の役割  6時間)

 

第15時間目金鶴バブルの崩壊・・・景気変動と大恐慌」

■授業の進行

 ここから政府の役割に移るが、通常の経済の授業では、もっとも教師の一方的な話中心になるところである。政府・税の必要性を観念的にわからせるだけだからである。このシミュレーション授業では、市場経済をコントロールする存在の必要性を体でわからせることができる。

 原料の色紙を一手に供給してきた野島商事が、金鶴をバブル的高値で買いあさったあげく倒産するのである。公共性のある仕事を、一民間私企業が利潤追求で行った結果、市場経済が崩壊する。その中から、今度は生徒自身が選出して、公共性を自覚した新しい原料供給の組織=政府が登場する。そして、実際に税金を集め政府としての仕事を行う。その中で「小さな政府と大きな政府のどちらがいいか」を考えさせるのである。

 まず、シミュレーションの最初に野島商事倒産の新聞号外を見せる。それまで、金鶴の価格が暴騰しており、生徒の企業の中にももうけを当て込んで金色紙を多く買い込んで生産計画を立てていたところがある。野島商事倒産の報を聞き教室中は大パニックになる。この実践のもっともおもしろいところである。中には社長と社員がけんかを始めるところもある。「おまえが金をたくさん買えといったからこんなことになったんじゃないか」。いつものように、色紙を買いに来た生徒は野島商事破産の張り紙をみて呆然とする。「先生どうするよ」「どうするといわれたってどうもこうもあらへん。破産ですわ」「・・・」他のクラスにもすぐ噂が広がる。ほぼ同時期にどこのクラスも野島商事は倒産する。

  この時間は、このままシミュレーションを閉じて景気変動の授業に入る。通常の景気変動と、バブル景気・恐慌のちがいなどを過去の事例を挙げて説明する。18世紀オランダのチューリップバブルから始まって1929年世界恐慌、1990年代日本のバブル景気とその後の大不況を説明する。野島商事の倒産によって、金鶴をはじめすべての価値が紙切れ同然になっている現状こそ恐慌の追体験であり、歴史的な出来事を自分の感覚から捉えることができる。

 これからさきどうすればいい?と投げかけて授業を終わる。

第16・17時間目  「2つの政府」

■授業の進行

 野島商事が倒産して原料供給がないのでシミュレーションはできない。

 

S:「どうするの、先生。」

T:「どうすればいいの、みんな」

S:「誰かが先生の代わりをやればいいんじゃないのかな。」

S:「野島商事がやってきたことというのは、みんなの役に立つ、なくてはならない仕事 だったわけだよね。それを個人のもうけに走ったからこんなことになった。だから、今 度はそんなことがないように、野島商事がやった仕事をきちんとみんなのためにやれば いいんじゃないかい。」

T:「誰かやってくれる人はいるかな・・・。やる人がいなければこの鶴のシミュレーシ ョンはここで終わり、後は講義だけになる。別に先生はそれでもいいけど、もしやる人 がいれば鶴を続けられるね。」

 

こうして、政府が登場する。だいたいどのクラスも次の時間までには政府が立候補で選出されるのである。複数が立候補した場合は、選挙になる。経済単元の後は2学期後半からは民主政治の単元になるが、これはその伏線となる。また、1学期のうちに民主政治を学習した場合は振り替えりの具体例になる。

 ここから、政府のやるべき仕事の説明にはいるが、その前提として景気変動の社会的な意義についてのアダムスミスとケインズの考えを紹介する。前者は景気変動こそ、自立的な社会進歩の原動力であるとするスミス以来の19世紀的古典派経済学であり、これが「小さな政府」として現在の新保守主義・新自由主義の考え方を生み出し、小泉内閣の「痛みに耐えて構造改革」路線につながっている。一方、20世紀の巨大な生産力の発展を背景に世界戦争の破滅から救うため市場経済を理性的にコントロールすることを考えるケインズ経済学は、世界恐慌を回避するためのシステム=20世紀の管理通貨制度や福祉国家路線に結実し、少なくとも20世紀を通して次第に支配的地位を獲得したが、ここ20年間先進資本主義国では旗色が悪い。この2つの原理が対立したり相互補完しあったりして、様々に入り組んでいるのが現在の社会である。スミスとケインズの2つの対立する基本原理をここではっきり説明する。

 現在の教科書は、この対立する基本原理をはっきり説明することなく現代の政府の現象面の説明、つまり、福祉国家としての政府の役割を基本としながら、小さな政府論にたつ財政改革の必要性を説明するため、生徒には非常に理解しにくい。

 しかし、この授業では、生徒は自分たちで政府をつくる。そのとき、2つの考え方のどちらがいいかを現実の必要性から考えるため、実社会のわかりにくい経済と政治の問題を解きほぐし、かなり高度な内容もわかりやすく学ぶことができる。2年生の歴史の授業でケインズ経済学の背景にあったロシア革命やファシズムとの対決を学んだことも振り返りながら、政府に対する2つの考え方を、自分たちの問題としてどちらがいいかを真剣に考えることになる。次時は政府に仕事をしてもらうという予告をして授業を終わる。

 なお、教科書はこの単元で政府の経済政策としてエネルギーや環境を取り上げ多くのページを割いてているが、家計・企業の単元同様、経済理論でない現実的な問題は全て捨象して第6単元に回す。

第18 時間目「税を取ろう・・・(1)税の種類」

■授業の進行

 新しくできた政府に色紙を渡し、野島商事が買いあさった金の折り紙の山も渡す。そして生産を再開させるのである。政府のなり手がないクラスは講義として行えばよいが、今までそういうクラスはなかった。生徒の政府は、鶴の折り紙の原料価格を下げ、かわりに個人や企業から税金を集め、公共サービスを行ったり景気対策を行う。実際に折り紙の価格をいくらに設定し、どうやってどれだけ税金を取るか考えさせるのである。

 

S:先生、折り紙ただにしてもいいの

T:それでもいいけど、税金をある程度とって、そのお金でもっと世の中をよくできない かな。

S:そうか、みんなからお金を集めて、みんなの役に立つ仕事(たとえば鶴に糸を通して かける)を考えて、やってくれる人にその集めたお金を渡してやってもらうという風に すればいいんだ。

T:それこそ、税金と政府の仕事だよね。

S:どうやってお金集めようかな。

 

 こうして、実際の税のしくみの勉強に入る。この第18時は間接税と直接税・国税と地方税・個人税と法人税など税の種類を説明する。生徒の政府は、実際の税の種類を聞いて、このクラスでどんな風に税を取ったらいいか考えるのである。政府役の生徒に次の時間までに税の取り方の原案を考えてくるように行っておいて、第19時は、ポイントとなる税率の話しに移る。

 

第19・20時間目 「税を取ろう

   ・・・(2)税の取り方(3)租税教室」

  ■授業の進行

 まず、シミュレーションとして、前時の宿題にしたとおり、生徒の政府がどう税金を集めるのか原案を考えてきて発表する。それをもとに、公平で分かりやすい税とは何かを生徒自身が考えるのである。累進税率のあり方について、どちらが公平か、消費税のような税はどうかを考えさせるのである。、

 普通の授業だと、抽象的な説明に終わりやすいが、この実践ではこの後実際に政府が税を集めるのでとても真剣な議論になる。

 教師の支援として、累進税、消費税をめぐる議論の対立を補説し、公平とは何かに議論を絞っていく。その際、「政府」の単元の最初に説明した「小さい政府」と「大きい政府」の2つの考え方の対立に戻って話を深めることができるのである。どちらがいいかという結論は、生徒自身がこのクラスでどんな税率にするか、その税を使って政府は何をするかと言うことであり、生徒がそれを承認するかどうかである。納得しなければ政府が交代すればよい。これは、民主政治の単元で学習する「行政権と国民主権の関係」の生きた勉強にもなる。

 

S(政府):本当は個人税も企業税も全部累進税率にしたいんだけど、今はとりあえず、 個人税は分かりやすく毎週1000円ずつ、企業税は利益に 応じて課税率を上げるに しよう。儲けすぎて、お金を回していない企業は 迷惑なのでたくさん課税します。税 率は企業の収益10万円につき10% ずつ上げていきます。利益10万円の企業なら 10%の1万円。50万円は50%だから25万円にします。高い課税がいやなら給料 として従業員に配ってください。みんな、それでいいですか。

S:そんなに集めてどうするんですか。税は少なくたっていいじゃないですか。もうけが 消えてしまうのはいやだよ。

S(政府):集めた税金で、もうかっていない企業に仕事を回します。政府の仕事として 鶴を折ってもらいます。

S:その鶴どうするんですか。まさか、政府の人のものになるわけじゃないでしょうね

S(政府):千羽鶴が遅れている班に安く、またはただで渡します。

S:なるほど。でも、なんか納得行かないな。儲けている企業が損をするなんて。

T:みんなが納得することが大切だね。時間がないからとりあえず多数決。 やってみて、 これに反対ならまた話し合えばいいんだし、もう一度政府を選び直したっていいんだよ。

S:そうかあ。

S:それじゃあ、税を毎週月曜日に集めますので、各企業の経理の人は週1回金曜日に企 業のもうけをしっかり政府に報告してください

S:まてよ、利益をしっかり報告するかな。

S:利益を隠せば税金かからないのか。

T:それを脱税というんだよ。

 なお、このあとの1時間(第20時)は、私は国税局が行う税金セミナーを依頼し、税務広報官に実際に教室に来てもらって税金の話をしてもらう。現場の大人の世界がかいま見られ、生徒には好評である。

 

   第5単元 「鶴を輸出しよう」

     (国際経済 3時間)

 

第21時間目「貿易しよう・・・貿易のプラスマイナス」

■授業の進行

T:よそのクラスの鶴を買ったり、よそのクラスに売ったりしたいと思わないかい

S:そりゃそれができれば、たくさん売れるし、やすい鶴も手に入る。

 この時期になってくると、千羽鶴も形になってきてできるだけたくさんかって早く作ろうと生徒たちが乗ってくる。もうかる企業の生徒や、たくさん買いたい生徒から、貿易ができたらという声が先に上がることもある。こうして、国際経済の授業に入る。

 このように まず、貿易をした場合しない場合のプラスとマイナスをクラスで考えさせ、教師の補説で整理する。そして、貿易を始めるか、参加しないで自分のクラスだけで行くか多数決で決定させるのである。もちろん鎖国という選択もあり得る。自由貿易の拡大が世界経済の発展に貢献するという大局的な視点と、その結果、部分的には苦手な産業は淘汰されるというマイナス面も、鶴の比喩で認識できるのである。

T:貿易のやるとやらないとではどう違うかね。

S:たくさん売れるよ

S:それにやすい鶴がたくさん買える

S:でも、売れない会社はますます売れなくなるなあ

T:2組は1組より鶴の相場が高いから、やすい鶴がどっと入ってくるぞ。

S:うん、1組の山下たちがやってる「鶴エース」すごいんだって。

S:うちのクラスはみんなつぶれちゃうかな

こうして、多数決によって貿易が決定されたクラスは、貿易の準備に入る。他のクラスとの競争に備えて、生産力を強めたり価格を下げたりする工夫が始まる。次の時間には貿易用偽ドル=外貨を配布するのである。鎖国と決定したクラスは、講義での授業になるが、今までの授業ではどのクラスも貿易に果敢に挑戦していた。ただ、新指導要領になって時数が削減された後は、貿易をじっくりシミュレーションする時間が余りとれず、ドルを配布して、貿易を簡単にやって終わりということが多い。

 

第22・23時間目「円とドル・・・貿易の仕組み」

■授業の進行

T:貿易の準備をしよう。どうすればいい。

S:お金の交換の仕組みを作らなきゃ。

S:どのクラスでもお金が使えるようにすればいいんじゃないの

T:世界通貨だね。ユーロも同じだ。でも、今日はこのお金を貿易用に配るよ。もっと、 現実的な貿易用のお金だよ。 

 

 学年の各クラスの間ではクラス紙幣の色を変えてあるので、そのままでは貿易ができない。貿易用のお金としてドルが使われることが多いことを説明し、「授業用外貨」を配布するのである。授業用「ドル」を配布し、はさみで切るだけで1時間かかる。この時、ドルはアメリカの国内通貨であることを説明する。なぜ世界の国の貿易用のお金がドルなのか、という疑問を生徒は当然思う。はさみで切る作業をしながら、「これは第6単元の世界経済の現実のところで歴史的に説明するよ。」と伝えておく。

 

 授業用ドルは政府が管理し、そのクラスの通貨との交換比率を、とりあえずどのクラスも1ドル=千円に固定させ、休み時間に廊下で売り買いをはじめさせる。時間がとれれば、時間割を入れ替え、全クラスを体育館に入れ一斉に売り買いをさせてもよい。こうすると、政府の手持ち外貨の増減がはっきりわかっておもしろい。だいたい30分もやれば、輸入が多いクラスの政府が手持ち外貨がなくなり悲鳴を上げ始める。

 第22時間目は、その説明である。輸入が多ければ、その政府の外貨が不足し、やがて固定レートでは交換できなくなる。輸出が多ければ政府の外貨が増え、政府自身が外貨を使って外国の鶴を買い自分のクラスに配ることができる。こうして、変動相場制を説明するのである。

 為替相場の上下は、輸出入の鶴の価格の変動となって生徒自身が接するので、大変実感しやすい。円高・円安が基本的には貿易の不均衡からおこり、相場変動によって貿易不均衡を均衡状態に戻す作用をすることを、鶴の輸出入価格の変化によって具体的に説明できるのである。講義による円高円安の表面的な理解よりも、鶴を使うことによって国民経済と国際経済の相互補完性と為替相場の自動調整機能を具体的に説明できるのである。

  

    第6単元 鶴モデルを離れて

  (世界と日本の経済の現実10時間) 

 

   第24時間目から第33時間目

■授業の進行

   ここからは、経済の現実の問題点の授業に入る。教科書は、経済原理と現実の経済問題が混在した編集になっているのでとてもわかりにくい。たとえば、政府の役割のところに環境や福祉政策がはいり、企業のところに男女雇用機会均等の問題が入る。これでは、ただでさえ講義中心で退屈になってきているところへ、現実の問題を散発的に表面的に学ぶので、生徒は個々の問題の暗記にとどまってしまい、背景にある原理に思考が及ばなくなりがちなのである。

 鶴の実践では、今までのシミュレーション授業で経済原論をきちんと教え、具体的な問題は捨象する。そして、ここで初めて、現実の問題を日本と世界に分けて講義するのである。環境・エネルギー・福祉などの項目別に、いままでのシミュレーション授業の家計・企業・政府のところで捨象してきた具体的問題を説明していく。この時、生徒が混乱しないよう、教科書の何ページと何ページをまとめて扱っているか、指導計画表をしっかり確認させることが必要である。

 日本経済の問題として、別紙の日本経済の発展モデル図を示し、日本の資本主義経済の流れを歴史的に振り返り、その歴史的特殊性が生み出す問題点を具体的に説明する。後発資本主義国をして急速に発展を遂げた日本経済のもたらすさまざまな問題を、今までの鶴モデルで学習した市場経済の理念型と比較して学ぶことができる。

 世界経済の問題としては、各国の経済発展モデル図を示し、21世紀までの経済の流れを説明するのである。地球環境問題・南北問題・戦争とテロの問題・社会主義経済の問題などをじっくり考えることができる。特に20世紀から21世紀までの現在の流れを、世界通貨形成の歴史的過渡期として大局的につかむことは、この実践ならではの醍醐味だろうと思う。

 最後に、鶴モデルで培った市民社会の経済原理をふまえ、世界と日本の経済発展を理性的コントロールする可能性を考えさせて、経済の授業を閉じる。

 各クラスで、多いクラスは5〜6本の千羽鶴が見事に背面黒板に飾られて、2学期の晩秋の教室を飾るのである。

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