わくわく歴史 1時間目 サルからヒトへ
◆モノ資料
@ 頭蓋骨アウストラロピテクスは、夏休みに紙粘土で製作。100円ショップの紙粘土1つでできる。
芯の部分に新聞紙を丸めたもの。歯や頭蓋骨のつなぎ目は油性ペンで着色。あごの骨の幅に注意。
A 現生人類頭蓋骨はネットで購入15000円。やや高価だが授業を盛り上げる効果は抜群。自分の
顔の横に持って授業を進めるといい。本物そっくりなので迫力が違う。
http://www.3bs.jp/model/skull/a20.htm
B アウストラロピテクス・北京原人・クロマニョン人の横から見た頭蓋骨イラスト 黒板に張っていろ
いろ活用できる。背骨と腰骨・大腿骨のつき方を、このイラストの下にチョークで板書する。
◆授業展開(中心部)
t:ヒトの祖先は何でしょう。
s:サル
t:じゃ動物園のサルはずーっとたったらヒトになるのかい?
s:??
t:(進化の系統樹を板書して)答えは「ならない」。進化の道筋を途中で分かれたのだから、正確に
言うと人間の祖先はサルなのではなくてサルと人間が同じ祖先。進化の道筋は後戻りできない。こ
れから先ずっと、ヒトはヒトの進化をたどり、サルはサルの進化をたどる。で、猿と人を分けた最大も
のは何だろう?
s:(自由に話し合い、意見を拾い上げる・・・道具・2本足で立つ・毛がなくなる・手を使う・頭が大きく
なる・火を使う・言葉をしゃべる・・・このくらいは最低でも出させたい)
t:(それぞれ板書して)その中の最大のものは何?一番最初に起こった決定的なことは何?これが
今日の課題。(板書)
t:(2つの頭蓋骨を見せながら)すごいだろ?
s:先生それ実物?
t:そう。(騒然)うそ。ごめんごめん、本物だったら警察沙汰だ。(といいながら、頭蓋骨を開いたり、あ
ごを動かして生徒の指をかんだりする)こっち(アウストラロピテクス)とどこが違う?何が違う?
s:そっちはサルでしょ?
t:違うんだな。分類上サルと人とを分けたら人の仲間。「人に近いサル」ではなく「サルに近い人」
なんだ。「人に近いサル」って、わかる?
s:チンパンジー、ゴリラ、あとオランウータンかな。
t:そう。それらは人に近いけど分類上サルだから「類人猿」。これ(アウストラロピテクス)は、それよ
りも人間に近くて、明らかに人間の仲間だから「猿人」。つまりもうサルじゃないんだ。サルと人を
分けたできごとの歴史の最も最初の化石人骨なんだ。(教科書を読む。挿絵の猿人→原人→新
人にも注目させ、化石人骨名を覚えさせる。旧人にも少し 触れておく。)
新人、僕らのことだよ。じいさんでも新人。10万年前だね。旧人と新人が同じ時代に住んでいた
遺跡も見つかるらしいよ。どんな気持ちだったんだろうね。原人は70万年くらい前。北京とジャワで
見つかる。焼けた土も見つかって るから火を使い始めたのは彼ららしい。北京料理とジャワカレーで
はない。それは次の授業で言うからね。
で、猿人。400万年前かな。最近はもっと古いのも見つかってるらしいけど。アフリカの南の一部でし
か見つからな いんだ。だからアウストラロ(南)のサルのような人(ピテクス)
「ルーシー」なんて名前の全身人骨があるんだよ。発掘した学者がビートルズが大好きでlucy's
in
the sky with the diamondsを鼻歌交じりに歌いながら掘っていてみつけたのでLUCYなんだって。
で、これはルーシーのレプリカね。
同じ人の仲間でも、新人と猿人とじゃこんなに違うわけだ。その違いの中でも、すべてに共通する土
台となったサルと人を分けるものとは何だろうね。
s:猿人と新人とでは頭の大きさはこんなに違うんですね。
t:そう。ということは頭の大きさはサルと人を分ける理由じゃないってことだ。問題は、人が頭が大きく
発達させることができた理由だよ。
s:うーん・・・(周囲と話し合わせると良い。因果関係をつかむことこそ集団思考の見せ場)。
s:頭のいいサルが人間になったんじゃないの
s:それじゃ僕はだめだな。
t:ちがうよ、なぜ頭が良くなったのかだよ。なぜ頭脳を発達させることができたか、が問題なんだ。サル
と人を分けた 決定的な?は何なのだろう。実は、答えは、みんな自身の人生の中にすでに経験し
ている。(受精卵〜胎児〜出産時の 赤ちゃんを板書して)、一人の人の人生は、実は生命の20億
年の進化の歴史を繰り返しているんだよ。「個体発生は系 統発生を繰り返す」っていうんだけど、
いずれ理科で習います。最初の受精卵は魚と同じだよね。次は犬や猫、で、だんだん人間らしくな
るけど、出てきたばかりの赤ちゃんは?
s:そういえばサルみたいって、お父さんが言ってた。
t:そう。赤ちゃんはまだ人間になっていないともいえるんだ。生まれて少しずつ成長していく。寝返り
して、歯が生え、はいはいして。
で、急にある時期に言葉も知恵も発達して、表情も人間らしくなってくるときが1歳頃。
あることを経験するとそうなる。さて何でしょう。
s:立って歩く、かしら。
t:そう!!うちの娘は、1歳の誕生日に先生が持っているバナナがほしくて歩いた。
s:先生の娘ってサルなの?
t:違います。何で立つと、知恵が発達するんだ?何で立つと急に言葉も発達するんだい?
s:ほしいものに手が届く。
s:手が使える。
t:そう。でも、寝ていた頃、はいはいの頃だって手は使えた。何で急に発達するのかな。赤ちゃんの
目線で考えてご覧よ。それまでと何が違うの。
s:見える範囲が違う。そうか!
t:そう。(頭蓋骨を示し)眼窩(眼球のある穴)の奥に小さな穴が開いているでしょ。これが神経の通り
道。どこへつながっていると思う?(頭蓋骨を開くと前頭葉の広がりとつながっているのがはっきりわか
る) 寝ているだけの赤ちゃんは、お腹がすいた、おむつが濡れた、寂しい、怖いという本能で泣く。
泣くと誰かが来て、自 分の顔をのぞき込んでくれる。自分から何かをつかむことができないんだよね。
はいはいし始めると、ほしい方向に 向かって進むことができるけどその範囲は限られる。で、立ち上
がる。すると・・・
s:そうか。そうなんだ。視野が広がる。首が回る。反対側も見える。知りたいこと聞きたいこと、さわりた
いことが いっぱい増える。
t:好奇心と言うんだよね。好奇心の赴くところ、行ってさわって考える。口に入れる。これはおいしい。
これは苦い。 これは痛い、これは柔らかい・・・経験を積む。判断をする。この力はすべて本能とは別
の大脳前頭葉新皮質という眼球 神経のターミナルの脳細胞につながるんだ。本能を制御する理性
とか美しいもを美しいと感じる感性の領域だね。
s:おでこがどんどん前に出てくるんですね。まゆ毛の上の出っ張りが減ってくる。
s:あごはなぜ引っ込んでくるんだろう。
t:いい質問だね。火を使った原人からあごが引っ込んでいくんだけど、この進化は今のみんなもその
途中にあるよ。先生はみんなより歯並びがいい。えへん。でもほお骨が発達していて、ジャガイモみ
たいな顔だ。みんなのほうが顔は スマートだけど、歯並びはどうだい。
s:わたし歯の矯正してるし・・・
t:そうでしょ。先生が子供の頃にはなかったな。口とあごが小さくなってるんだよ。何ででしょう。
s:かまなくなった。かむ力が弱くなったからかな。
t:何でかまなくなったのかな。
s:そうか、火の使用と調理だ。
t:ご名答。
t:先生も実は親不知が痛くてね。これも人類の進化で使わなくなった歯の残りだ。知恵を発達させ、
火を使い、包丁で 切って調理することで、あごが発達しなくてすむようになったんだな。猿人と新人
のあごの骨の幅を比べてご覧。
s:なるほど。おでこが前に出て、あごが小さくなると、今の人類ですね。
t:そう。だからSF映画の宇宙人や未来人は頭を大きくあごを小さく描くでしょ。毛が少なくなるのも同じ。
s:服を作れば、毛はいらないよね。
t:そういうこと。だから、人とサルを分けた決定的なできごとは何?
s:2本足で立って歩く。
t:そう、これを直立二足歩行と言います。背骨ののび方や腰骨と足の角度も、この頭の重さを支える
ためなんだ。背骨 が曲がると、頭を支えられなくなるんだよ。ルーシーを発掘した人類学者たちが、
骨の分類するときに重視するのは背骨と腰骨と大腿骨の角度なんだよ。手(前足)を使わなくても、
基本的に立って歩けるかどうかを見るんだね。
背骨がまっすぐになるのは、大脳発達の大切な条件なんだ。みんなはどうだろうね。人間は1歳
前後に大きく成長する第一次成長期、その後次にぐんと伸びるのがいま。12歳から15歳の第二次
成長期、今だよ。 ここで成長に失敗するとサルに戻っていくのさ。(不良のまねをする)こうなっちゃ
行けないんだ。1歳の時は周りの愛情で成長するけど、12歳の今は自分の意志で人間にならなく
ちゃ行けない。本能に負けない判断力と理性が必要なんだ。自分で進路を選び実現して人として
一生懸命背筋を伸ばして前向きに生きていかなければ行けないんだ。そし て人生の最後もまた、
腰と背骨が曲がって・・・命の原点に戻っていくんだな。これは意志の力ではどうしようもない生き物
の運命。
s:人間って不思議ですね。私のおばあちゃん、背骨と腰は曲がって顔はしわだらけだけど、人間と
しての知恵がいっぱいだわ。人はサルと同じ状態で生まれて、人間としていき、最後は命の元の
姿に戻っていくんですね。
t:そう。それは、授業の最初に行ったように、進化を後戻りしてサルに戻ることではない。人の進化
の最後の姿なんだ。人間として生きるというのは、ものすごく複雑な生命の発達の頂点なんだよ。一生
懸命意志の力で背筋を伸ばして 生きようと努力することは、ヒトであることの本質と言っていい。
s:背筋伸ばさなくちゃね。
t:では最後のクエスチョン。何で二本足で立ったのでしょう。
s:木から降りたから。
t:正解。では何で木から降りたのでしょう。
s:降りたかったんじゃないの。いや、落ちたのかな。猿も木から落ちるっていうでしょ。
s:ことわざだよ、それは。
t:誰が降りたんでしょう、落ちたんでしょう。なぜ、誰が降りたのでしょう。
s:そんなのわかるわけないじゃないですか。
t:予想するんだよ。もちろん、気候変動で森林が減少し、集団で木から降りざるを得なくなったので
はないかというという地球環境学からの仮説がある。そういう仮説の是非は置いておいて、どんなサ
ルが木から降りたのかあるいは 落ちたのか、予想してご覧。
s:頭のいいサル。
t:そうかな。木から降りるというのは、今までの人生、いやサル生のルールから外れると言うことだよ。
森林減少で集団で降りたにせよ、はじめの一歩があったはずだ。どんなサルかな。たとえば、臆病な
サルなのか、勇気のあるサルなのか。働き盛りのサルなのか、年寄りなのか。子供なのか。
s:勇気があるサル。
s:そうかな、いじめられていたんじゃないの。
s:落とされたって?そうか。
s:ほかの動物に食われちゃうでしょ。
s:でも、石を投げればいい。石を投げて、あっそうか、って気づいて。
t:一人、いや一匹か、で降りたのかな。
s:子供が落ちたときに親がいっしょに降りたかもね。
s:仲間で降りたのかもしれないね。ボスからにらまれていた若い猿が、いっしょに群れを離れたのかも。
s:何匹かで石を割ってとがった部分を使って、もっとうまく身を守って、今度は他の動物を倒して・・・。
s:木の枝の届かないむこうに何かあったのかもしれないね。
s:きれいな花とか。
s:離れていた木どうし、すてきな異性がいたのかもね。
t:逆に、どんな猿は木から降りなかったと思う?
s:ボスは降りないね。
s:いやボスが率先しておりたのかもよ。
s:ボスの考えにもよるよね。
s:今まで通りでいいと思ってれば降りないよね。
s:降りたやつを悪く言ったりして。
s:嫌なやつを落としたのかもしれない。
s:負けた群れが降りたのかもね。
s:降りた群れがみんなで協力して生き抜いたのかな。負けるが勝ちと言うこともあるかな。
s:力が強いだけじゃだめか。
s:知恵と協力性も力なのかな。
t:最後に、もう一度言うけど、木から降りるというのは、集団の伝統的なルールを外れると言うことだよ。
みんなの人生で言ったら、どういうことになると思う。みんなが猿なら、木から降りられたかな。何歳ぐ
らいの猿が、どんな 気持ちで降りたのかな。その後どうやって生き延びたのかな。それは、猿から人
へを考えることだけじゃなくて、思春期のみんなが自分自身の人生を考えることかもしれないよ。人が
人になったきっかけの中に、人の本質が入っているのかもしれないね。