第四話 寄るべく枝もないまま
実沼くんに会ってから二週間が経ち、練習に付き合ってもらうのがすっかり馴染んできた頃・・・
いつものようにあたしの演技を見ていた実沼くんが心配そうな顔をして、
「高原さん、大丈夫?」
「えっ!!ええ、大丈夫よ。突然どうしたの?」
突然のことに驚きながら聞き返すと、
「いや、なんとなくなんだけどいつもより動きが悪かったような気がしたんだけど」
「そうかな?気のせいじゃない?」
「そうかなぁ〜・・まあ、本人が言うんだからそうなのかな?」
小首をかしげながらも納得する実沼くんを見て、
実沼くん、鋭いなぁ・・・いつも近くで見ているせいかしら・・・
安堵のため息を気付かれないように吐いた。
個人練習を切り上げ実沼くんと別れて、今度は劇団での合同練習が始まった。
夕方に練習は終わり、公演の準備のために無料配布のチラシの束が入った紙の包みを運んでいた。
人が少ないとこういう雑事もやらないといけなくて大変ね・・・いつものことだけど・・・
などと思いながら廊下を歩いていると、
「高原せんぱぁ〜い!」
元気のいい声で呼びかけられた。
声のした方を向くと、白いTシャツに黒いスパッツを履いた、黒髪を頭の上のほうで結い上げたかわいらしい女の子がこちらに走って来ていた。
「ここにいたんですか。探しました」
「何、愛ちゃん?あたしに何か用かな?」
わずかに肩を上下させながら言った本宮愛ちゃんにあたしは笑顔でそう返すと、
「ふぅ・・・あのですね。もしよかったらですけど、一緒に帰りませんか?」
愛ちゃんは一息ついてから、あたしを見上げてもじもじしながら言った。
「うん、いいわよ。これを片付けたら一緒に帰りましょ」
「やった!」
小さくガッツポーズをとる愛ちゃんに自分もこんなときがあったなぁ、と高校を卒業して劇団に入ったばかりの自分と重ねて懐かしむように見つめていると、
「それ、重そうですね。私も一つ持ちましょうか?」
愛ちゃんが抱えていた三つの包みを見ながら言った。
「そんなことないわよ。全然平気!だから、愛ちゃんは先に着替えて待ってて、すぐに行くから」
本当は重かったけど・・・軽そうに包みを上下させて答えると、
「わかりました!早く来てくださいね」
元気の良い返事をして更衣室に走っていった。
一人廊下に残されたあたしは、
「ふぅ・・・さて、待たせちゃ悪いし早く片付けないとね」
包みを抱えなおして廊下を早足で歩き出した。
夕方の太陽が放つ橙色の光を浴びながら、決して立派とはいえない三階建ての劇団『Wings』事務所兼練習場兼倉庫の入口で高原先輩が来るのを待っていた。
「先輩、まだかなぁ」
そんなに待ったわけでじゃないけど、待っているだけで暇だった私はなんとなくそんなことを口にすると、
「愛ちゃんおまたせ、遅れてごめんね」
高原先輩がいつの間にか入口の扉に立っていた。
もしかして今の聞かれちゃった!!そう思った私は、
「いえ、そんな、全然待ってなんかいませんよ。ただ、待っていると時間の流れが違うというかなんというか、その、とにかく遅れてなんて全然ないです」
申し訳なさそうにする先輩にしどろもどろに言うと、
「うん、ごめんね」
頷きながらもやっぱり謝っていた。
う〜ん、何で私はこう余計なことを言っちゃうのかなぁ・・・気をつけないと・・・
「どうしたの、愛ちゃん?」
俯いて唸っていた私を先輩が心配そうに見ていた。
私は照れ隠しに頭を掻きながら、
「ハハハッ、何でもないです。それよりいつものところに行きましょう」
「うん、そうね。いつもの喫茶店に行きましょうか」
私が歩き出すと微笑ましそうに私を見ていた先輩も歩き出した。
喫茶店に向かう途中に通った買物公園で、
「あら、実沼くん」
高原先輩が茶パツの気が抜けまくっていそうな顔をした男に声をかけた。
なんかどっかでみたような気がする・・・
「ん?ああ、高原さんか。今日の練習はもう終わったのかな?」
想像どおりの気の抜けた声で実沼と呼ばれた男が言った。
「うん、その帰りでちょっと喫茶店に寄り道しようと思ってるの。実沼くんは?」
「俺はこれからコンビニでバイトだ、といっても客があんま来ないからほとんど何もする必要もないけどな」
それを聞いた時、思わず大声で、
「ああ〜〜!!あの時の態度の悪い店員!!」
最近、夜にコンビニへお菓子を買いに行ったときにレジにいた、やる気のない店員のことを思い出した。
「そういえば見かけたことがあったような気がするな」
そいつは意に介さないといった様子で頭を掻いていた。
「あれ?愛ちゃんも実沼くんのこと知っているの?」
「全然っ!!ただ会ったことがあるだけです!」
なぜだか力いっぱい否定していた。そんな私を見て、先輩は少し困りながら、
「そっ、そうなの・・・」
そう言ってから一呼吸置いて、
「じゃあ、紹介するね。こちらは実沼翔くん。一年位前から旭川に住んでいるの」
「よろしく」
相変わらずやる気のなさそうに挨拶するそいつを紹介して、
「それで、この子は本宮愛ちゃん。あたしと同じで高校卒業してからすぐに劇団に入団しているの」
「よろしく・・・」
私の紹介をされ、一応挨拶をすると、
「ふ〜ん」
そいつは関心なさそうに返事をして、ちょっとイラッとした。
「それで?あなたは何をしているの?」
定職についてなさそうだとは思ったけど、一応聞いてみると先輩が困ったような表情をして、そいつは、
「ニートだよ。バイトして金稼いでなんもしないでただ生きてるだけだよ」
吹っ切れたような感じで何の気なしにそう言った。
その時、何となく感じていらついた気持ちに納得がいった。
こういう何もしないでいる奴が許せないからいらついているんだ。
「そうなんですか。それってとってもかっこ悪いですね」
内側に潜んでいた感情を表に出してそいつに言ってやると、
「ああ、そうかもな」
こともなげに同意した。
そんな態度に更にいらついていると、先輩が間に入って、
「愛ちゃん早くしないとお店閉まっちゃうよ。だから、お話はここまで・・ねっ?」
諭すように優しく言って、更に、
「今日はあたしがチョコパフェおごっちゃうから早く行きましょ」
その言葉に私はすっかり気分が切り替わって、
「ホントですか?やった〜!」
軽く飛び上がって喫茶店に向かって早足で歩き出した。
しばらくして先輩が追い付いた頃に、
「あっ・・・」
しまった・・・またつられちゃった・・・どうしてこんなに甘いものの誘惑に弱いかなぁ・・・
甘いものをだされただけですぐにつられてしまう自分に嫌気がさしながらもどこかうきうきしている自分がいた。
喫茶店に着き、あたしはシーフードスパゲッティとコーヒーを、愛ちゃんはお母さんが夕飯を用意しているからとチョコパフェだけを注文して待っていると、
「そういえば先輩、あの・・実沼でしたっけ、あの人とはどんな関係なんですか?」
愛ちゃんがこちらをじっと見つめながら言った。
「えっと・・実沼くんは朝に常磐公園へ散歩に行くとよく会うってだけかな」
個人練習のことを知られないように適当に答えると、
「ふ〜ん、そうなんですか。それだけですか?」
更に追求してくる愛ちゃんに、
「う、うん、それだけ」
素早く答え、
「それよりも愛ちゃん、劇団に入ってもう半年は経つけど少しは慣れてきた?」
話題を変えるために質問を返すと、
「はい!もう大丈夫です。すっかり慣れました」
パッと笑顔に切り替わり元気良く言って、
「それも全ては高原先輩が親切に教えてくれたからです!」
キラキラと輝く尊敬の眼差しであたしを見ていた。
「それに・・・」
愛ちゃんは依然と熱っぽく、
「今回やる『暗闇の光』のとっっても難しそうな主役を任せられるなんて、ホントすごいですよ!私、尊敬しちゃいます」
「うん、ありがとう。確かに今回の劇の主役は難しいけど、ちゃんと演じられるようにがんばるからね」
「はい!期待してます!」
愛ちゃんがあたしのことを本気で尊敬しているのが伝わってくる・・・その期待には答えなくっちゃ・・・でも・・・・
「お待たせしました。チョコレートパフェです」
愛ちゃんの前にチョコパフェが置かれると、
「わぁ〜い!じゃあ、お先にいただきますね」
心底嬉しそうに、幸せそうにパフェを頬張る愛ちゃんがまるで幼い子どものようでとても微笑ましかった。
食事を終え、喫茶店を出て途中で愛ちゃんと別れ、家に着くとおぼつかない足取りでベッドに向かいそのまま倒れこむ。
「はぁ・・・疲れた・・・でも、公演までもう二週間しかない・・・だから、もっとがんばらなくちゃ・・・」
だけど・・・やっぱりつらいなぁ・・・主役を張るなんて・・まだあたしには早いのかも・・・
うとうとし始めた意識と共に弱気になっていく心を振り払うために頭を振りながら起き上がり、
「そんなこと考えたってしょうがないじゃない!」
自分を鼓舞して、
「さて、じゃあ、明日のためにまずはお風呂に入らないとね」
眠気にふらふらしながらもお風呂場に入っていった。