一日早いWhiteDay
=プロローグ=
「果鈴〜!」
学校の校門で友達の絵梨子が声をかけてくる。快活な彼女を象徴するようなショートカットの女の子は大きく手を振りながら走ってくる。
「どうしたの?」
小首をかしげながら果鈴は振り向く。
「ヘヘ、カラオケ行かない?」
絵梨子はにっこりと微笑みながらマイクを持つ素振りを見せる。
「カラオケ? 二人で?」
果鈴は周りを見渡しながら絵梨子を見る。周囲には同じ制服を着た女の子達がわいわい言いながら三々五々散ってゆく。
「ううん、明野と真美子も来るって言っていたよ、ねっ、果鈴も一緒に行こうよ」
ニコニコしながら絵梨子は果鈴の腕を引く。
うーん、カラオケかぁ……最近行っていないなぁ。
思案顔をしていたのは一瞬だけですぐに果鈴の顔に笑顔が浮かぶ。
「行こうか! カラオケ、進級祝いに」
終業式を終えみんな進級が決定している、まぁ中学で落第なんて聞いたことないけれど、でも、クラスが分かれる可能性だってあるわけだし打ち上げって言うやつかな?
「やったね! じゃあ北見駅に一時集合ということで」
絵梨子はパチンと指を鳴らし、待ち合わせ場所を告げる。
「らじゃ」
果鈴はそう言いながら絵梨子に敬礼する真似をする。
=ともだち=
「お兄ちゃん百八号、友達とカラオケ行ってくるよ」
制服を脱ぎ、私服に着替えて果鈴は兄である満に声をかける。
「あん? 友達とカラオケだぁ?」
眠たそうな顔で満が果鈴の顔を見る。
「そっ、絵梨子ちゃんと明野ちゃん、真美子ちゃんの三人と一緒」
にっこりと微笑みながら果鈴は玄関先で靴に履き替える。
「いつも同じメンバーだな……遅くなるなよ」
満はそう言いながら欠伸をして部屋の中に再び入り込んでゆく。どうやらまた寝るらしい。
「ウン、行ってきます!」
部屋を出ると冷たい空気が果鈴を包み込み、空を鉛色の雲が覆っている。
「……降ってきそうだなぁ」
果鈴はその空を見上げながらため息をつく。
今年は異常なほどに雪が多い、あたしが退院してから二回目の冬だけれどこんなに多いとうんざりしちゃう。
去年は雪自体が珍しくはしゃいでいた果鈴だが、今年の雪の多さには食傷気味なのであろう、道端にある雪の山を恨めしそうに眺める。
「果鈴こっちだよぉ〜」
北見駅の改札口付近には色とりどりのコートを着た女の子三人が談笑しており、その内の一人が果鈴に気が付き大きく手を振り呼ぶ。
「ごめ〜ん、待たせた?」
時間通り来たつもりでいたが、既にそこにはクラスメートが集まっていた。
「アハハ、みんな久しぶりだから早く来たみたい、気にしなくっていいよ」
絵梨子はそう言いながらケラケラと笑う。
「果鈴はレパートリー増えた?」
髪の毛の長い女の子が意地の悪い顔で果鈴を見る。
「ヘヘ、任せておいてよ今日は真美子とマイクの取り合いになっちゃうかな?」
果鈴は自慢げに微笑むと真美子は腰に手をやり受けて立つという姿勢を見せる。
「ダメェ〜、あたしだってやっと慣れてきたんだからあたしにも歌わせてよぉ」
今にも泣き出しそうな顔をしながら明野が果鈴と真美子を見つめる。
「エェ〜、明野の歌っていつもアニソンばかりじゃない……しかも古いやつ」
絵梨子がそう言いながら明野の顔を見る。
「うぐぅ……でも歌いたい」
抗議するような目で明野は絵梨子を見る。
「力技で持っていけば? さぁ、マイク争奪戦にしゅっぱぁーつ!」
マイク争奪戦って……カラオケがすごい事になりそう。
こぶしを突き上げて絵梨子が先頭に立ち歩き出す、その様子を果鈴は苦笑いを浮かべながら歩き出す。
「ヘヘヘ、リモコンはもらったぁ」
部屋に入るなり絵梨子はコートも脱がずにリモコンを操作する。
「あぁ〜絵梨子ちゃんずるいぃ〜」
明野は抗議の目で絵梨子を見るが、絵梨子はそんな事お構いなく入力を終え、袋のかかったマイクを握り締める。
「ヘヘ〜ん、早い者勝ち……じゃあ歌いまぁ〜っす! 曲は『GoNext』でぇーっす」
絵梨子ちゃん何も見ないでリモコン入力するって、覚えているの?
軽快な曲が流れ出し、絵梨子は振り付けしながら気持ち良さそうに歌いだす。
「……思い描く未来を〜……」
歌い終わった絵梨子はどーもどーもと愛敬をみんなに振りまきながらマイクを置く。
「次はあたし!」
膨れっ面で歌本を見ていた明野が手早くリモコン操作をし、絵梨子の置いたマイクを握る。
「はっぴでぇいず! こんな気持ちの……」
明野は照れくさそうにしていたものの、曲の後半になると振り付けを交えながら歌っている。
「アハハ、明野可愛い!」
果鈴の声ににっこりと微笑む明野は、同い年とは思えないほどのあどけない表情だった。
「果鈴は何を歌うの?」
隣から真美子が開いている歌本を覗き込む。
「うーんとりあえずいつものやつかな?」
そう言っていると果鈴の入れた曲のイントロが流れ出す。
「果鈴の十八番『厚底ブーツ』待っていましたぁ」
絵梨子が大げさに言う。
「……あたしの厚底ブーツ!」
歌い終わりテーブルに置かれたジュースに口をつける。
前にお兄ちゃんと一緒に言ったとき歌ったこの曲、あたしの中では一番のお気に入りになったよ。
「次あたし!」
隣に座っていた真美子がマイクを持つ、きっとこの中で一番大人っぽい彼女はバラード調の歌をチョイスしたらしくその歌が似合っている。
「……あなたに逢えてよかったぁ〜……」
ちょっとしっとりとした歌を真美子が歌う……あなたに逢えてよかった、かぁ。
果鈴は思わず歌に聞き入ってしまう。
「この歌なんていうの?」
リモコン争奪戦を繰り広げている絵梨子と明野を尻目に真美子に尋ねる。
「うーんと、確か『雲があるから』っていう曲、いい歌でしょ?」
にっこりと微笑む真美子に果鈴は黙ってうなずく。
「次は何にしようかな……そろそろレパートリーが……」
果鈴は苦笑いを浮かべながら歌本をパラパラとめくり呟くが、そのとき一つの曲が目に留まる。
「……『会いたい』かぁ」
果鈴はその曲のコードをリモコンに入力する。
歌ったことないけれど大丈夫かなぁ……。
マイクを握る果鈴の表情がちょっと緊張する。そしてギターの音と共にイントロが流れ出す。
「……会いたい、会いたいあなたの眼差し……」
歌詞を確かめるようにしっとりと歌い続ける果鈴を他の三人はおしゃべりをやめて聞き入っている。
「……だからすぐに会いたい」
一瞬の間のあと三人から拍手が沸き起こる。
「果鈴、すごいよ、なんていう歌なの?」
絵梨子がまん丸な目をして果鈴を見る。
「ウン、綺麗な歌……果鈴ちゃんのイメージがちょっと違ったかも」
明野は驚きの表情を浮かべている。
「なんだか心こめて歌っていなかった?」
意地の悪い顔で真美子は果鈴の脇を突っつく。
「そ、そんな事ないよ……多分」
不意に果鈴の頬が紅潮する。
「あぁー、赤くなった、いるんだぁそんな人!」
絵梨子の尋問が始まる。
「ア〜ァ、やっぱり降ってきた」
お店を出ると、空からは見飽きた白いものが落ち始めている。
「ウン、早く帰ったほうがいいわね?」
真美子の意見に一同がうなずきそれぞれの方角に散ってゆく。
「じゃぁねぇー」
手を振るみんなに果鈴は振り返す。
三年になってもみんなと一緒ならいいなぁ……そして、高校受験かぁ。
フッとつくため息が白く濁る。
「寒いぃ!」
寒風が果鈴の頬を撫ぜてゆくと身体を小さく縮めながら歩き出す。
「ただいまぁ……」
部屋に戻ると満からの返事がない。
「グゥ……」
返事代わりにいびきが聞こえてくる……まったく、疲れているのはわかるけれど、こんな昼間に寝なくたっていいじゃない。
時間は四時になる頃だった。
「さてと、夕飯の支度しようかな?」
果鈴はそう言いながらお気に入りのエプロンを取りキッチンに向う。
「会いたい……会いたい……フンフン」
果鈴はさっきカラオケで歌った曲が頭から離れず、つい口ずさんでしまう。
「なんだぁ、帰っていたのかぁ」
あらかたの料理が完成した所で満がキッチンに顔を出す。
「なんだぁじゃないでしょ? 寝てばっかりいると馬鹿になるよ」
果鈴は満の顔を睨む。
「ヘヘ……おっ、上手そうな肉じゃがだな、早く飯にしようぜ」
満ははぐらかすように果鈴の肩をぽんと叩く。
=Present=
「じゃあいってくるぞ」
玄関先で満が果鈴に声をかける。
「いってらっしゃい」
パジャマに上着を引っ掛けた格好の果鈴は眠そうな顔で日曜日というのに今日もバイトに出かける満を送り出す。今日から冬休み……テレビを見ながら果鈴は温めたミルクを飲み安堵の表情を浮かべる。
『北見地方の天気、今日は晴れます。お洗濯物もよく乾くでしょう』
キッチンで片付け物をしながらテレビの音に反応する。
洗濯しなきゃ、ここの所天気悪くってあまりできなかったからなぁ……。あと、童話の続きも書きたいし、今日はゆっくりしよう。
ピンポーン
洗濯機に衣類を入れていると呼び鈴が鳴る。
「はぁーい」
こんな時間に珍しいなぁ……なんだろう。
果鈴がパタパタと玄関に小走りに行く。
「……白石さん、お届けものです」
玄関先には宅配便の格好をした男性が大きな荷物を持って立っている。
「ご苦労様でした」
ハンコを押してその荷物を受け取る。大きさの割にはその包みは重くなく果鈴でも容易にもつことができた。
「誰から……わぁ、おにいちゃんからだぁ」
宛名は果鈴の名前になっており送り主の所に書かれている名前を見て果鈴の笑顔が膨らむ。
「早く、早く、早く」
はやる気持ちを抑えているつもりだけど……なんでこんなに開けにくいのよぉ。
果鈴の気持ちを逆なでするように手はなかなか思うように動かない。
「開いた! うぁ……可愛い……」
箱の中から出てきたのは大きめのウサギのヌイグルミだった。その箱の中にはメッセージカードが添えられている。
『果鈴ちゃんへ。バレンタインデーのお返しです、チョコ美味しかったよ!』
そうかかれたカードは彼の手書きであろう、あまり綺麗な字ではないものの果鈴はそのカードをぎゅっと抱きしめる。
おにいちゃん……ホワイトデーには一日早いよ……でもありがとう、だけどあたしはやっぱりおにいちゃんに会いたいよ。
不意に昨日の曲が果鈴の頭の中に流れる。
「会いたい……よぉ」
呟くのと同時に果鈴の目から涙が零れ落ちる。
どれぐらい時間が経ったのだろうか、果鈴はそのウサギのヌイグルミを抱きしめながらずっと彼のことを思い出していた、病院で出会ったことや厚底ブーツでデートしたこと、そしてあのダイヤモンドダストのことを。
ピンポーン
再び呼び鈴が鳴る。誰だろう……今日はよく人がくる日。
「はぁーい」
果鈴は涙を指で拭いながら玄関で返事をするも玄関先から返事はない。
「どちら様ですか?」
首をかしげながら果鈴はドアをそっと開く。
「!!!」
そのわずかな隙間から見た光景を果鈴は一瞬理解できなかった。
「……やぁ」
果鈴の視線は足元から徐々に上がりそして顔を見つめる、その顔を見た瞬間心臓をぎゅっとわしづかみされるような感覚が走る。
あたし寝ちゃったの? 夢よ……きっと夢を見ているんだ、だったら覚めないでもらいたい、だって目の前にあんなに会いたかった人……おにいちゃんがいる。
「お……おにいちゃん?」
果鈴は確認するように言葉を発するが、ひざがガクガクしているのが自分でも良くわかる。
「ハハ、ホワイトデーには一日早かったね? 勘違いしていたよ」
照れくさそうな表情で微笑むその顔は間違いない、あたしの大好きな人……あたしの運命の人。
玄関のチェーンをまどろっこしそうにはずし、今度は大きく扉を開く、その扉の向こうにはあたしを受け止めてくれる大きな胸がある。
「おにいちゃぁーん」
果鈴はためらいなくその大きな胸に飛びつく。暖かく落ち着くその場所を果鈴は確かめるように頬をすり寄せる、その様子に彼も目を細める。
一日早いWhiteDay、何よりものプレゼントをありがとうおにいちゃん!