『おかけになった電話は電波の届かないところに……』
ぶぅ、もぉ三回目ぇ……お兄ちゃんバイト忙しいのかなぁ?
果鈴は頬を膨らませながら、携帯を折り畳む。
「ハァ、今日は何の日だか分かっているのかなぁ……」
六月二十三日、今日は果鈴の十六回目の誕生日なのだが、兄の満はバイトと言って飛び出して行ったままいつ帰ってくるか分からない。
もしかしてあたしって不幸かも……。
果鈴は何気なく携帯を開き、その待ち受け画面を見る。
「霧の晴れている摩周湖……お兄ちゃんが撮ってくれた写真、この写真に励まされて、勇気付けられて、そして……人を好きになった」
微笑みながら果鈴はその風景を見る。
お兄ちゃんは入院しているあたしのためにいろいろなところに行ってくれて、その雰囲気をメールで写真の送ってくれた……お兄ちゃんにはいっぱい元気を貰った、そして勇気をあたしにくれた……そして……人を想う気持ちをあたしに教えてくれた。
果鈴が頬を赤く染めていると玄関先から滅多に鳴る事のない呼び鈴が鳴る。
誰だろう?
果鈴は首をかしげながら小走りに玄関に向かう。
「白石果鈴さんにお届けものです」
玄関の除き窓から見えるのは宅配便の制服、いくら治安の良い北見の町でも、さすがに女の子一人というのはちょっと不安になる。
「はぁ〜い、ご苦労様です」
ホッと胸をなでおろしハンコを持ちながら玄関を開けるとその荷物は思いのほか大きく、やっと玄関先に置く事ができるほどだった。
「……大きな荷物、一体誰からだろう」
果鈴は荷送り人を確認すると、顔に笑顔が膨れ上がる。
「お兄ちゃんからだぁ!」
まるで大きな餌をくわえた子猫のようにその大きなダンボールを玄関先から引きずりながら自分の部屋に入り込んでゆく。
「はやく! はやく!」
はやる気持ちを抑えられないかのように果鈴はそのダンボールのふたを開ける。
「わぁ……大きなぬいぐるみ……」
そのダンボールの中から顔を出したのは黒いニットの洋服を着込んだちょっと大人っぽい感じのたれ耳ウサギ。
素直に喜べないのは何でなんだろう……やっぱりお兄ちゃんはこういうぬいぐるみが好きな女の子ぐらいにしか見てくれないのかな。
困ったような表情を浮かべながらそのぬいぐるみを見つめる。
「……本当はお兄ちゃんなんて呼びたくないの……ちゃんとあなたの名前を呼びたいの」
果鈴はそのぬいぐるみを抱きしめる、気のせいか彼の匂いがするような気がする。
「……さん……」
そうして果鈴はそのぬいぐるみに口をつけようとするといきなり果鈴の携帯が鳴り出す。
「わぁ、びっくりしたなぁ……誰よ……って」
顔を真っ赤にしながら放り出してあった携帯を見るとさっきまでつながらなかった人の名前が浮かび上がっている。
「お兄ちゃん?」
『はい?』
電話の向こうからは驚いたような声が聞こえる、果鈴にとってその声は誕生日プレゼントにしては最高な声だった。
「あっ、ごめんなさい、つい……」
素直に果鈴は携帯に向かって頭を下げる。
いきなり『お兄ちゃん』はないわよね? でも……声が聞けるだけで嬉しいかも。
「いやいや、こっちこそゴメンね? 何回も電話貰ったみたいで、留守番電話に果鈴ちゃんの声が入っていたからあわてて電話したよ」
電話の向こうはなんだかざわついた雰囲気が流れている。
「ううん、バイトだったの?」
その雰囲気に果鈴は気がつき電話の向こうに問う。
『ウン、今バイト先を出た所……そうだ、誕生日おめでとう! 今日から十六歳だね?』
彼は嬉しそうに話す。
「ウン、そうだよ……ねぇ、十六歳になるとできることがあるのを知っている?」
果鈴の質問に彼は沈黙する。
『……十六かぁ……バイクの免許が取れる歳とか?』
お兄ちゃん、男の子じゃないんだからぁ。
「ぶ〜、はずれ」
携帯を持ち替えながら果鈴はソファーに置いたぬいぐるみの頭を撫ぜる。
『ウ〜ン……なんだろう』
彼は長考モードに入ったようだ。
お兄ちゃん、十六になるとね……。
「ぶ〜、時間切れでぇ〜す」
果鈴はそう言いながら意地の悪い顔をする。
『アァ〜、わからないよ、なんなんだい? 果鈴ちゃん』
電話の向こうでは悔しそうに彼が呟く。おそらく歩いているのだろう、さっきまでの雑踏が途切れ、電話の周囲は静かな気がする。
「わからないの? もぉ……」
わざとらしく果鈴は頬を膨らませる。
『……ゴメン』
彼は申し訳ななさそうな声を上げる。
ちょっと意地悪しすぎたかしら?
果鈴はペロッと舌を出し携帯を握り締める。
「正解は……結婚できる年齢なの法律的にもね?」
顔が火照る……冗談で言ったつもりだったのにへんに意識しちゃうかも……。
『……果鈴ちゃん』
動揺した声が電話の向こうから聞こえてくる。
「いっ、嫌だなぁ、そんな黙り込まないでよ……」
半分は冗談だけれど、もう半分は……。
『いや、ゴメン、今一瞬果鈴ちゃんの花嫁姿が浮かんじゃって……』
お兄ちゃん?
「……」
言葉に詰まる……その隣にいたのは誰なの? あたしの花嫁姿の隣にいるのは……決まっているじゃない。
『ハハ、でも、改めてお誕生日おめでとう! 果鈴ちゃん!』
ぶぅ、なんだかはぐらかされたような感じい。
果鈴の頬が膨れる。
「……それだけ?」
なに言っているんだろうあたし……せっかくお兄ちゃんがこうやって電話してくれて、それにプレゼントまでくれたのに。
『果鈴ちゃん?』
戸惑ったような様子が電話越しに伝わってくる。
「……あたし嫌だ……やっぱり誕生日はお兄ちゃんと一緒がいい……だって……だって!」
そう、誕生日に足りないもの、それは彼の笑顔、いつでも優しく見つめてくれているあなたの瞳、いつでも受け止めてくれるあなたのその胸、そうして、あたしを励ましてくれるあなたのその台詞。
『……果鈴ちゃん』
わかっている、今年の夏は就活で会うことができないということを……でも。
「でも……逢いたいよ」
果鈴の頬には止め処もなく涙があふれ零れ落ちる。
彼を困らせたくない、でも……でも、これがあたしの素直な気持ちなのかもしれない……逢いたい、あなたに逢いたい。
『……俺もだ、果鈴ちゃんに逢いたいよ……待っていてくれるかな?』
お兄ちゃん?
『きっと迎えに行くから』
「!」
果鈴の視界が一気ににじむ。
今、お兄ちゃんなんて言ってくれたの? もしかしたらあたしの描いている物語と同じ物語をお兄ちゃんは考えていてくれているの? そうなら……もしそうならあたしの答えはもう決まっているよ!
「果鈴〜、いるのかぁ」
玄関先から満の声がする。
もぉ〜、ムードぶち壊し……お兄ちゃん三百八十五号まで格下げね?
『白石も帰ってきたのか?』
せっかく良い雰囲気だったのに……台無しかも……。
苦笑いが浮かぶ……情けなくって。
「ウン、今日もバイトだったの……よっぽど仕事が好きみたいね?」
果鈴の前に顔を出す満は疲れきったような顔をしているが、その手には可愛らしい小袋が持たれている。
「……なんだ、電話中か」
ちょっと落胆の色を見せる満に果鈴は微笑む。
やっぱりお兄ちゃんはお兄ちゃん二号かな? でも一号の座は変わらないと思うよ……二号には申し訳ないけれど。
「ウン、わかった、言っておくよ……じゃぁ、お休みなさぁ〜い」
後ろ髪を惹かれる思いで携帯を折りたたみながら満の待っているリビングに顔を出す。
「あいつからか?」
満はそう言いながら視線だけ果鈴に向け顔はテレビを見たままだった。
「ウン! 東京のお兄ちゃんからプレゼント貰ったし、お礼をね?」
意地の悪い顔をしながら果鈴は満の顔を見る。
「ふーん、そうか……それは良かったな」
座っている満のその腰元にはさっき持っていた小袋が置かれている。
そんな似つかわない物を持って帰ってくるのは恥ずかしかったでしょうね?
意地の悪い顔をしながら果鈴は満の顔を覗き込む。
「ねぇ、それは何かな?」
満の隣に座りながら果鈴は意地の悪い顔をしながら顔を覗き込む。
「こ、これか? バイト先で貰ってだな……その、お前にやるよ」
バイト先でこんなものを貰うわけがないのに、お兄ちゃん二号ったら、意地を張って。
微笑む果鈴の隣では満は照れたように顔をそむけながらテレビを見ている。
「それであいつからは何を貰ったんだ?」
無関心を装いながらも気にしているように満は果鈴に聞いてくる。
「エヘへ……婚約指輪だよ」
その一言に満の顔色が変わる。
「なっ、なにぃ〜!」
ウフフ、それはあたしの願望だよ……でも、近いうちに本当に欲しいかもしれないな? お兄ちゃんからの婚約指輪。
fin