第七話 味方は……。



=市街戦=

「やばいんでないかい?」

 呼人の一言に頷く奈穂とらむね……あともう一人この経緯を静観している人物がいたが、今はそれが誰なのかを把握している状態ではないことは先般承知のうえだ。

「ねぇ、呼人君どうしたの? なんだか怖い顔をしているよ……」

 若菜は何も分からないようにそう言い、さっきまでの自慢げな表情は身を潜めている。

「そ、そうか? 気のせいだよ……」

 呼人はそう言いながらも何もないはずの空に視線を向けている。そこには以前見たのと同じような変なひずみが見え始める。

 何とかならないのか? ここにいる連中は関係ないだろうに!

 頭の中で呼人は叫ぶが、当然ながらそれに対する答えは返ってこない。

「ご主人様、警戒態勢はBになります、この前の奴よりも結構強力な奴です」

 そんなことは言われなくってもわかっている、ただこの前と違うのは状況を知らない人間が周囲にいっぱいいると言うことだ。

<結界を張ればいいだろう、この前と同じだ、呼人君がコマンドを実行すればそれができるはずだ、今回はこの前と違ってsoraでは無い、ほかのコマンドが必要になる……おそらく今回は……>

 頭に聞こえる慎吾の声はまるでラジオを聴いているように雑音でかき消される。

 なるほど、『ジャミング』って言うやつね? 知っている人間からの指示を妨害するって言うやつだろう……。

「らむね、警戒態勢Bを発令、ふぉっくすのマナーモードは解除、情報を最優先だ、ただ、一般の人間に対してはそれを守秘にするようにしてくれないか?」

 呼人の視線にもその変な色の帯が見え始めるが、他の人間が気ついているかまで気を配る余裕は無い。

「了解です、ふぉっくすマナーモード解除、状況を把握しオーナーに通達」

「イエス、マスター」

 既にアナウンサー声に変わったフォックスが状況を逐一テレパシーみたいな形で報告される。

 何だ? 今回は一体だけじゃないのかよ……、だったらどうすればいいんだ?

 ふぉっくすからの状況照会によれば一体だけではない、少なくとも二体以上がここに向かっていることになる。

<厄介だな、どっちが強大な力を持っているか……基本的にPHSという奴は自分より力の大きいものについてゆく習性がある、ゆえにその大きな方を倒せば小さい方は自然消滅するのだが、一つ間違えると二度手間になるだけでなく、形勢が逆転してしまう恐れがある>

 脳内の慎吾の声が聞こえたかと思った途端に周囲に、変な霞が広がってゆく。

「らむね結界を、なるべく人的被害が出ないよう細心の注意を払え」

 呼人は青い空にできはじめている変な色の染みを見つめながら指示を出しながら、近くにいた若菜と芽衣を探す。

「了解です、ふぉっくす結界を!」

「イエス、マスター」

 ふぉっくすがガラスの目玉から結界を照射している時、周囲の不穏な感じを察知した若菜と芽衣を見つけ、その距離がかなり離れていることに胸をなでおろす。

 これだけ距離があれば大丈夫であろう、いい塩梅に周囲の変な風に気をとられているみたいだし……ん? なんだ?

 ふぉっくすの結界が目の前を通過した途端、今まで風にたなびいていた若菜の髪の毛や、芽衣のスカートがまるで凍りついたように止まる。

「なんだ? まるで周囲の時間が止まったみたいだぞ?」

 動きを止めたのはその二人だけではない、交通量の多い交差点内では車がウィンカーをつけっぱなしでその動きを止め、走って横断歩道を渡っていた男性は器用に空中で止まっている。

「この結界の中だけは周囲の時間のおよそ数百倍のスピードで動いています、そのため周囲はまるで止まっているように見えますがわずかずつ時間は経過しています」

 らむねの表情から幼さが消え、臨戦態勢に入っている。

「ご主人様、コマンドをお願いします」

 そうだ防御コマンドをって……この前の奴しか知らないよ。

「――この場合はtsuchiかmizu……かしらね?」

 その声に呼人は愕然とする。

「な、何で未里まで……」

 しまった! 未里まで結界の中に取り込んでしまったのか? と言うよりもらむねの秘密がばれた。

 ポニーテール姿の未里はらむねと同じようにキリッとした顔をして結界の中央の変な色の滲みを見つめている。

「ほらそんなところで呆けている場合じゃないわよ? 相手のお出まし」

 未里が断言すると同時にその染みからは二対の『出来損ない』が姿を現す。

 前回の奴もシュールだったけれど今回の奴もなかなか……。

 唖然としている呼人の視線の先にいるそれは、粘土の塊に水をつけて溶けかかった所に無理やり手と足をつけたようなもの、ちなみに目は五個ぐらいつけちゃいました、みたいな物と、ブラックバスに人の足を生やして手は仕方が無いからその辺の枯れ枝をつけておきました風の魚チックな物。

「あたしが思うにここのコマンドはmizuだと思う、あの粘土細工はあまり動くことができないみたいだし」

 未里はヘキヘキした顔で粘土の山のようなものと魚人間風を代わる代わる見つめる。

「確かにそうかも……らむね防御コマンドmizuを実行!」

「はいご主人様!」

 らむねの瞳が濃緑色からエメラルドグリーンに変化したかと思うと、ポンと宙に飛び上がり、それまでらむねのいた地面がいきなり槍のようにつきあがる。

「うぁあ、な、何だ?」

 その衝撃で呼人がしりもちをつくと、近くにいた奈穂が手を差し出し呼人の事を引き起こす。

「ぼけっとしているとらむねの邪魔になるよ、あたしたちは離れた場所から見守るしかないんだ、それしかあたしたちにはできない」

 唇をかみ締め奈穂が言うその横顔は悔しさが浮かんでいた。

「そういうこと、あなたたちは見守り、コマンドを命令するだけしかできない、実際にあのPHSと戦うのはあいあんれでぃーにしかできない」

 未里はそう言いながら先ほどから粘土の塊もどきをジッと見つめている。

「あいあんれでぃーって、未里は何でそれを……」

「き、きゃぁ〜」

 いきなり隣にいた奈穂の身体が空高く舞い上がる。いや正確に言えば地面から生えてきた弦のようなものに巻きつけられ持ち上げられたと言った方が正しいであろう。

「奈穂!」

「奈穂さん! キャッ!」

 奈穂の悲鳴に気がついたらむねが一瞬視線をそっちに向けると、魚もどきがまるで泳いでいるかのように尾ひれを動かしながららむねに突進し、その体当たりをまともに食らったらむねは結界の光の帯に身体を打ち付ける。

「らむね! 畜生! もしかしたらあの粘土の塊がボスって言うことなのか?」

 粘土に設えられた五つある目は気のせいなのか、嬉しそうに吊り下げられている奈穂の姿を見ているようだが……なるほど、このスケベ出来損ない。

 呼人の見上げる先には宙吊りになっている奈穂、それは下から見上げるしか方法はなく、スカートを履いている奈穂を下から見上げると言うことは当然そういう事になる。

「呼人の馬鹿! 上を見るんじゃない! でも助けろ」

 奈穂はその姿を恥ずかしがるように足をばたつかせるものの、それがどうなるわけでもなく、無駄に体力を消耗させているだけだ。

 まさか馬鹿呼ばわりされるとは思っていなかったが、さてこの粘土の塊をどうすれば……らむねは魚もどきで精一杯だし……。

 呼人は周囲を見渡すが、だからどうできるというものでもない。

「呼人、あたしにコマンドを」

 フッと腕をつかむ未里に対して呼人は驚いた表情を浮かべる

「コマンドって、未里には関係ないだろ?」

「いいから早く!」

 未里の勢いに押されたように呼人がさっき候補に挙がっていたもう一つのコマンドを思い出しながら口にする。

「未里、防御コマンドtsuchiを実行!」

「りょぉ〜かい!」

 ニィ〜ッと笑顔を浮かべた未里の瞳はそれまでの漆黒からライトブラウンに変化し、宙に飛び上がったかと思うと手刀で奈穂を巻きつけていた弦の部分を切り落とし、器用に空中で落下する奈穂をキャッチするとゆっくりと呼人の隣に着地する。

「えぐ、えぐ」

 恐怖に震える奈穂の肩をそっと抱く呼人に対し、未里は再びニッと微笑み今度はその本体であろう粘土細工もどきに突進を始める。

 一体……未里もあいあんれでぃーなのか?

「ご主人様!」

 気がつくとふらふらになっている魚もどきと対峙しているらむねはうろこまみれになっており、なんとなく生臭そうではある。

「らむね! 最終コマンド実行」

 らむねの指先が光ると同時に魚もどきはその光の十字の中心で身動きが取れなくなっている。

「呼人こっちもよ!」

 粘土もどきと格闘していた未里はまるで粘土のぶつけ合いでもしたかのように顔や洋服にまで泥だらけになっている。

「未里! 最終コマンド実行!」

「りょ〜かいよっと」

 らむねと同じように指先を光らせ、その光は十字に光、それまで大きかった粘土の塊はその光に収縮してゆく。

「ふぉっくすフォロー」

「イエス、マスター」

 ふぉっくすの口から光の帯が吐き出され、二つの光の十字をそれが包み込みやがて消滅する。

「デリート完了、ふぉっくすは周囲をチェック」

 らむねが呼人の隣にきて、悠然と歩いて戻ってくる未里の姿をジッと見つめる。

「ご主人様、彼女は一体……」

 呼人の顔を覗きこんでくるらむねは首をかしげ、少し不満げな表情を浮かべている。

「――わからん……よ、しかし彼女もらむねと同じあいあんれでぃーということ以外は」

 悠然と歩いてくる姿は、正しくあいあんれでぃーなのであろう、泥だらけになっているが、その顔は任務を完了させたという晴れやかささえ持っている。

「あはは、らむねちゃん酷い姿ね、それになんだか生臭いかも……」

 未里のその一言にらむねは慌てて自分のなりを確認し、自分の腕の匂いを嗅いだりもしているが、すぐに我に返り、キッと未里を睨みつける。

「そ、そんなことよりも、何で未里さんはご主人様のコマンドで動くことができるんですか? オーナーのコマンド以外は受け入れないようプロテクトが働くはずですよね?」

 らむねの勢いなど何か目に見えない緩衝材で吸収しているのか未里は涼しげな顔をしながら自分の持っていたポーチの中からハンカチを取り出し、それで洋服についた泥を払う。

「気にしないで、あたしはマルチユーザータイプなの、あなたと違ってワンユーザータイプじゃない、ログインすれば誰だってあたしのオーナーになれるわ、今あたしにログインできているのは呼人だけだけれど」

 ウィンクしながら未里がらむねに微笑みかけると、今まで泥だらけだった洋服は何も無かったように綺麗に汚れが落ちている。

「ログインって、俺はそんなことをした記憶は無いぞ?」

 呼人は記憶をさかのぼるがそのようなことをした記憶に突き当たることは無かった。

「あら? あたしにはじめてログインしたあなたがそんなことを言うの?」

 未里はそう言いながらさくらんぼ色の口をすぼめ、人差し指をそこに当てる。

「呼人、あんたらむねだけじゃなくってこの女の子にまで対して……」

 呼人の隣で嗚咽を挙げていた奈穂の声がまるで下腹に響くような声に変わっている。

「ご主人様はあたしだけじゃなかったんですね?」

目を潤ませるらむねにアタフタしていると呼人の首根っこがむんずとつかまれる。

「ご、誤解だ、俺は別に」

「誤解も六階も無い、このスケベ大魔王がぁ〜!」

 次の瞬間呼人の頬にはまるで生命線の痕までついているのではないかと言う位に綺麗な手形が刻印され、生命線の持ち主のである奈穂のその瞳には涙が滲んでいる。

「な、何も引っ叩かなくたっていいだろ?」

 手形に沿って熱を帯びているそれに呼人が手をやると、冷えている自分の手の冷たさが気持ちよくそこに広がってゆく。

「うるさい! お前にそういう油断があるからいけないのだ、少しは反省しろ! 馬鹿!」

 奈穂はそう言いながら呼人に対して背を向ける。



=五稜郭=

「なんだかさっき変な風が吹かなかった?」

 らむねが言った通りだった。結界を解除したその時に経過していた時間はほんのわずかだったらしく、当然若菜や芽衣、直斗たちには何が起きていたのか知る由も無い。

「ウン、一瞬薄暗くなって、生暖かい風が吹いたような気がしたけれど、あっという間に元に戻ったわよね?」

 五稜郭タワーのお膝元にある函館限定のハンバーガーショップで、アメリカンサイズのそれをパクつきながら若菜と芽衣はしきりに首をかしげていた。

「俺はぜんぜん気がつかなかったよ?」

 大きなそれを口に放り込みながら直斗は満足そうな顔をしている。

 それはそうであろう、あの時お前はその風に翻っていた女子高生のスカートを見ていたのだからな?

 呼人は結界が置かれる前にその現状を把握するために周囲を観察しており、その時の直斗は鼻の下を伸ばしてそれを見ていたことを確認している。

「呼人君は?」

 若菜がいきなり呼人に話題を振ってきていたため、口に放り込んだハンバーグが喉に詰まる。

「げほっ、がはっ……、気がついたけれど、そんなに気にしなかったよ」

 らむねが慌てて呼人にお冷を渡し、それをグイッと一飲みする。

「らむねちゃんも?」

 お冷を渡すらむねにまで話が振られ、困ったような表情で呼人の顔をみるが、目線で促されコクリと頷く。

「はい、気にしませんでした、雪が降ってきそうなのであれば雪掻きの心配をするところでしたが、心配要りませんでした」

 うむ、うまい誤魔化しかただ。

「そっか……確かにそうよね? 今はこんなに天気がいいわけだし、これから五稜郭タワーに昇るんでしょ?」

 若菜が窓の外を見ると、まるでつくしの様に大きなタワーとそれの子供のようなタワーが二つ並んで建っている。

「そうね、あの低いのに昇るのはこれが最後になるかもしれないものね?」

 芽衣は四角い格好をしたチビタワーを見上げる。

「そうだな、来年から新しい方だし、昇り納めには良いかも知れないな? 個人的には中にある資料館が好きだぞ、色々な文献があったりしてだな、築城当時の事柄が……」

 どうやら直斗は結構な歴史オタクらしいな、生き生きしているぜぇ?



「こっちみたいね?」

 未里がみやげ物売り場を抜けたところで手招きをする、そこにはチケット売り場の文字。

「こちらからエレベーターで展望台に上がっていただきます」

新撰組の大きなポスターがかかっているエレベーターホールには何組かの団体客が既に列を作っていたが、そんなに待たされることはなさそうだ。

「直斗君よく割引券なんて持っていたわね?」

 十パーセント割引の割引券を直斗が提示したおかげでいくらか安くなった。

「フフフ、ネットを甘く見てはいけない、これだけではない、ほれ、ソフトクリームも割引になるらしい、後で食べよう」

 直斗は自慢げに鼻をひくつかせながらそれを見せると、ソフトクリームの一言に若菜と芽衣、らむねの歓声があがる……ん? らむねが歓声?

「らむねはソフトクリームも食べるのか?」

 呼人がヒソとらむねに声をかけると、満面の笑みを浮かばせながらコクリと頷く。

「はい、大好きですよ、寒い時だって食べちゃいます!」

 ソフトクリームを好むアンドロイドねぇ……。

 呼人は小さなため息をつきながら今度はチラッとその視線を列の先頭に立っている未里の後姿を見る。

 彼女はどうなんだろうか? 彼女もらむねと同じあいあんれでぃーなのだから基本は同じなんであろう。

「あたしはあまり甘いものが好きじゃないからね? みんなで食べれば良いでしょ?」

 まるで呼人の疑問が聞こえたかのように未里は振り向きもしないで答えると、その隣にいた奈穂もその意見に同調するように大きく頷く。

「あたしもパスだ、寒いときに冷たいものを食べるなんてナンセンス」

 奈穂は両手を高々と開けながら首を左右に振ると、正面にあったエレベーターの扉が開き、観光客団体がそれに乗り込んでゆく。

「お客様は皆様ご一緒ですか?」

 エレベーターガールになるのだろうか、チケットを確認しているお姉さんに呼人が呼び止められると、先に入っていた奈穂と未里が振り向く。

「はい、一緒ですが」

 どうやら団体でエレベーターの定員が一杯になってしまったようで、残されたスペースは未里と奈穂だけだったようだ。

「いかがいたしましょう、次をお待ちになられますか?」

 エレベーターガールに声をかけられ思案顔を浮かべる奈穂に対して未里はサバサバといった感じで奈穂の腕を引きエレベーターに向かって歩いてゆく。

「先に言って待っていましょうよ、お姉さん、みんなお先!」

 そういった途端に二人までも飲み込んだエレベーターの口が閉じられる。

「何だよ、せっかくここまで一緒に来たんだから待っていてくれたっていいじゃないかよなぁ、呼人そう思わないか?」

 直斗が口を尖らせながら呼人に対して文句をたれるが、直斗が納得いかないのは奈穂と一緒にいられないという一点だけであろう。

「まぁ、すぐに次が来るだろうよ」

 呼人はフッとため息をつきながらエレベーターの扉を見つめる。



「呼人!」

 エレベーターを降りた途端に奈穂にむんずといった感じで腕をつかまれる。

「な、何だよ……みんな見ているだろ?」

 まるで彼女が彼氏に抱きつくようにその腕をグイグイと引く奈穂、その呼人の腕にはあまり包容力があるように感じないものの柔らかい感触が。

 胸が……あたる。

「奈穂さん、そんな弟君にされなくとも不肖私めが……」

「うるさい!」

 その一言で奈穂とは撃沈するが、そんなこと関係ないように奈穂はグイグイとその窓に呼人を追いやる。

「何だっていうんだよ……って、これが五稜郭……」

 呼人が見下ろす景色は、写真で見たような星型がしっかりと見えるわけでなく、かろうじてその一角だけが見えるものだ。

「そうだ……あたしたちを悩ます元凶になっているものだ」

「そうは言っても、ここから見ても良くわからないよ……本当に写真のような形になっているかわからないし……」

 星の形がしっかりと見えることを期待していた呼人はちょっとがっかりした気持ちになりながら窓の外に広がる雪積もる五稜郭を望む。既に堀は凍りついている為か、白くなっているためその境界もわかりにくくなっている。

「だから隣に高いタワーを作っているのよ、新しいタワーはこのタワーのほぼ倍の高さ、全長は百七メートル、展望台の高さは九十メートル、今の展望台は四十五メートルだからこれは倍よね? 新しいタワーからはもう少しちゃんと五稜の格好が見えるわ」

 いつの間にか隣には未里が立ち、その隣にはらむねも立っている。他のメンバーはお土産の売店を覗いたり、綺麗なお姉さんの団体にフラフラとついていったりしている。

「そうして、PHSを呼び寄せているのが、あれよ……半月堡」

 タワーのちょうど足元、くさびの様な形をした台場を未里が見つめる。

「本当はこの半月堡は五箇所に設置される予定だったらしいわ、それが完全に出来上がっていればこんなもののけを呼ぶ代物になんてならなかったはず、このひとつだけの半月堡によってあんな『出来損ない』がこの函館の街に出現するの」

 まるで忌々しいものを見るように奈穂はそれ見つめながらいうと、それに同調したらむねと未里が頷く。

「何で奈穂はそんな事を知っているんだ? PHSの存在も知っていたみたいだし、親父たちは一体何をやっているんだ?」

 呼人は思わず奈穂の肩を強く握り締める。

 今の今まで奈穂はそんな事を一言だって言った事は無かったし、そんな化け物の存在なんかも話した事は無い、だったらなんで奈穂はその存在を知っていたんだ? そもそも親父たちの仕事って一体なんなんだ?

「――らむね、オーナー以外でもらむね任意で実行できるコマンドがあったよな?」

 奈穂の一言にらむねはコクリと頷く。

「対外遮断プログラムを実行します」

 らむねの指がポゥッと光ったかと思うと、呼人と奈穂、らむねと未里の四人を除いた他の空間がまるで切り取られたように無くなる。

「呼人は知らない筈だ、まだ小さかった時だと思う、あたしも記憶が曖昧なのだが、お父さん達が家にいる時にPHSに襲われたことがあるんだ、それを撃退したのが誰だったのかは覚えていない、気がついたらあたしはお母さんの胸の中で泣きじゃくっていただけだった記憶だけしかない、そうしてこの間らむねと一緒に送られてきた手紙に書かれていたのは……」

 奈穂は誰に対してなのか分からないため息を一つつき、まっすぐに呼人の顔をみる。

「――国家安全委員会、対PHS対策室室長、端野隆二発信、端野奈穂ならびに端野呼人は、対PHS迎撃担当として函館に移動を完了、デバイスにHALC社製あいあんれでぃー単体一とインターフェースを装備した物を装備させ、同地域に配置したあいあんれでぃーと連携を持ってこれを殲滅する任につかせた」

 奈穂ではなくその手紙を読み取ったのか、未里がまるで隆二と同じ声でそれを読み上げる。

「ちょ、ちょっと待ってよ奈穂、本当にそんなことが書いてあったのか? 国家公安委員会って、そんな訳の分からないことをしている場所なのか?」

 混乱する、確かに国家公務員であることは知っていたが、そんな機密部署にいたことなどまったく知らなかったし、その迎撃担当って一体なんなんだ?

「事実だ、お父さん……は対PHS対策室の幹部で、あたしたちがこの街に引っ越してきたことも作戦のうちと言う事とだ」

 奈穂は窓から見える雪の積もった五稜郭を眺めながら辛そうな顔をしている。

「その昔からこの函館という街は大きな火事が多い街でも有名です、その中で有名なのは昭和九年の函館大火です。死者二千百六十六人、焼失戸数二万四千百八十六戸は世界的に見ても未曾有の大火です、その他にも色々な大火にこの街は焼かれています、平成八年には函館でも有名な自由市場の火災によって全店舗が焼失するということがありました」

 らむねの一言に冬休みを自宅でテレビを見ていた親父の慌てた顔がよみがえってくる。

「あれも……奴らのせいなのか?」

 呼人の中では既に確定している事柄なのだが、確認するように未里に顔を向ける。

「あの時はまだ誰もその存在に気がついていなかったため、対策が遅れていたようです。あの後にあたしがここに配属されました」

 未里は視線を落としながらそういう。

「それもこれも、この出来損ないがPHSを呼び寄せていることは間違いがないんだ、これのせいで多くの人が犠牲になっているんだ……こいつのせいで……」

 未里はまるで自分を責めるように自分の肩に爪が刺さるような力で握り締める。

「できてしまっている以上は仕方がない、俺たちのできることをやるだけしかないだろう……自分を責めることはないよ」

 呼人はそんな未里の肩をそっとさすりながら微笑むと、未里は今まで堪えていたものを吐き出すように呼人に抱きつきながら号泣する。



「やっぱり呼人はいい人ね? あたしちょっと魅せられてしまいそうよ」

 未里は充血した目を呼人に向けながら頬を真っ赤にしながらその顔を見上げる。

「なに言っているだよ、お世辞はいらないよ……ただ俺たちが今やらなければいけないことはこの函館の街を守ること、そうして北海道をあんなわけの分からない奴らから守ることなんだろう、なっ、らむね!」

 呼人がらむねの顔を見つめると、らむねは嬉しそうな顔を満面に浮かべながらその腕に抱きつき、大きく頷く。

「はい! ご主人様とあたしはずっと一緒です」

 おいおい、なんだかそれじゃあ……。

「端野君!」

 らむねの結界が消えたのか、周囲には日常のように観光客に埋もれるように若菜と芽衣が逆流するように呼人に近づいてくる。

「良かったどっかに行っちゃったのかと思いました」

 芽衣は心配そうな顔をして呼人の顔を見上げる。

「そんなわけないよ、俺はいつだってここにいるさ!」

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