銀盤の妖精とガラスのお姫様
「もっとあなたのことを知りたい。もっとわたしのことを知ってほしい。そう思うのならわたしは居場所を選べばいい。あなたを愛しています。だからわたしを・・・愛してもらえますか・・・。」
そこにはダイヤモンドダストの中、抱き合いキスを交わす二人の姿があった・・・。
数時間後・・・。
「行ってしまいましたね・・・。」
少しずつ遠ざかっていくフェリーをスオミは見送っている。数時間前までは彼が隣りにいて一緒にダイヤモンドダストを見ていたのが夢だったかのように感じられる。
スオミは両頬を手のひらでパンパンと叩いた。
「ダメですね。落ち込んでいては。せっかくアナタが好きだってわたしに言ってくれたのですから。遠く離れていても心はいつも近くにあるはずです。」
スオミは自分に励ましの言葉をかけると、さらに言葉を続けた。
「思い立ったが何とやらです!このまま帰るのももったいないので札幌にでも行って買い物でもしましょう。」
そう言ってスオミは走り出した。
同時刻、新千歳空港。
「行ってしまいましたね・・・。」
そこには彼の乗る飛行機を見送る女性の姿があった。
「今度また会えるのは夏なのでしょうか?」
肩を落として立ちすくむ彼女。しかし次の瞬間、彼女は胸を張って顔を挙げた。
「いけない。こんなことでは以前のわたしに逆戻りです。こんなことではアナタに笑われてしまいますね。わたし、頑張ります。」
彼女の顔に再び笑顔が戻った。
「そういえば紅茶を切らしていたのでしたね。札幌で買い物でもしていきましょう。」
彼女は空港を後にした。
そして数時間後・・・。
「う〜ん、困りました。札幌に来たのはいいのですが、ここへはどう行ったらいいのでしょうか?どうやら日本製の地図はわたしにはちょっと難しいようです。あれ?また同じところに戻ってきてしまいました。どうしたものでしょう。」
スオミは地図とにらめっこ状態だ。
「ホントに困りました。こういうとき地図が喋ってくれれば助かるのですが・・・。」
「そこならもう少し先の通りですよ。」
「えっ?地図が喋った?!」
スオミはびっくりしたが、そんなわけもなく後ろを振り返ると一人の女性が立っていた。
その女性はスオミと同じく日本人ではなかった。金髪でスラっとした綺麗な女性だった。
「あの、よろしければそこまで案内しましょうか?」
その女性は笑顔でそう答えた。
「いいのですか?ありがとうございます。これは棚からシュークリームですね。それではお願いします。」
「えっ、そうですね。それじゃ、行きましょうか。(シュークリーム??)」
ここは札幌駅から南西に約3kmほど行ったところの住宅街の中にある自家製チョコレート&ケーキの店“ショコラティエマサール”である。チョコレートも人気の一つだが、この店のチーズケーキを目当てに訪れる客も多い。30席のサロンも併設しているため、その場ですぐ食べられるというのも魅力の一つである。
「ここです。やっとたどり着けました。以前知り合いにここのケーキがおいしいと聞いたことがあったので是非行ってみたいと思っていたのです。あなたのおかげで助かりました。」
「見つかってよかったですね。それではわたしはこれで・・・。」
彼女はそう言うとその場を立ち去ろうとした。
「あっ、チョット待って下さい。よろしかったらご一緒にいかがですか?道を教えていただいたお礼もありますし・・・。」
スオミは立ち去ろうとする彼女を引きとめた。
「えっ、でもわたしそんなつもりで案内したわけじゃないですし・・・。」
「これも何かの縁です。それにきっと一人よりも二人の方がもっとおいしいですよ。」
スオミはニコリと微笑んで答えた。
「そうですね。それじゃぁ・・・、お言葉に甘えてご馳走になります。」
二人は店に入り、サロンに腰を下ろした。
「そう言えば自己紹介がまだでしたね。わたしはスオミ。北野スオミと言います。父が日本人で母がフィンランド人のハ−フです。今は訳あって旭川の叔母さんの家に住んでいます。」
「わたしはターニャ・リピンスキーと言います。わたしはロシアから12歳の時に北海道に来ました。今は小樽の運河工藝館というところで働いています。(スオミってどこかで聞いたことのあるような・・・。)」
ターニャはその名前をどこかで聞いたような気がしたがなかなか思い出せずにいる。どこで聞いたのだろう・・・・。
そんなことを考えながら無意識のうちにスオミの顔をジっと見つめる。
「どうしましたか?わたしの顔に何か付いていますか?もしかしてチョコレートが付いてますか?」
スオミはチョコレートケーキを食べながら聞いた。
「いえ、何でもないですよ。」
そう言ってターニャはフフっと微笑んだ。
「??何かおもしろかったですか?」
「いいえ、そうじゃなくて、わたし達って不思議だなぁって思って。だってお互い日本人じゃないのに日本語でお話してるでしょ。それがなんだかおかしくって・・・。」
ロシアとフィンランド、国籍の違う二人が日本語で会話している。確かに不思議な光景かもしれない。けれど、その光景はなんだかとても温かく、見ているとこちらまで和やかな気持ちにさせてくれるような気がする。
「そういえばそうですね。こういうのを同じ穴のムジナというのですね。」
「少し?違うと思いますよ・・・。スオミさんは日本のことわざがお好きなのですか?」
「はい、わたしの叔母がよく使うのでそれに影響されてしまいました。でも大抵の場合は使い方を間違っているようです。よくあの人に訂正されてしまいます。」
そう言ったスオミの顔は少し寂しそうだった。それを察したかのようにターニャが口を開いた。
「スオミさん、どうしたのですか?急にうつむいてしまったりして・・・。」
「はい、あの人というのは実は、わたしのその・・・、好きな人のことなのですが・・・。」
スオミが彼のことを話し始める。
「彼とは去年の夏、彼が北海道に旅行に来ているときに知り合いました。当時わたしは、あることで悩んでいたのですが、彼のおかげで立ち直ることができたのです。そしてつい数時間前まで一緒だったのです。今は彼を見送った帰りなのです・・・。これからまた当分会えなくなると思うと少し辛いです・・・・。」
寂しげな表情でスオミが話す。
すると、ターニャがまた微笑みながら答えた。
「スオミさん、わたし達って不思議ですね。実はわたしも今日ここに来る前は彼を空港に見送りに行っていたのです。しかも、彼とは彼が北海道に旅行に来ているときに出会ったのですよ。それに、スオミさんと同じでわたしも彼のおかげで大げさかもしれませんが新しい自分を見つけることができたのです。お互い遠距離恋愛ですね。」
「えっ?ターニャさんもわたしと同じ・・・。何だか少しうれしくというか、ホッとしました。心のどこかでわたしだけが不幸だなんて思っていたわたしが間違ってました。」
スオミの顔に笑顔が戻る。
「確かになかなか会えなくて寂しくなるときもありますが、会えないからこそ見えてくることや、本当の彼の優しさや温もりを感じることもできると思います。それに、会えたときの喜びはその分すごく大きいですしね。会えなかった期間を一瞬にして縮めてくれる、わたしはそう思います。」
スオミよりも遠距離恋愛歴の長いターニャも初めは今のスオミのように悩んだり、落ち込んだりもした。毎日が退屈と憂鬱な日々に感じることもあった。しかし、下を向いているばかりじゃなく、前を向いて歩き出さないといつまでたっても本当の幸せはやって来ない、このことをスオミにも分かってもらいたい、ターニャはそう思った。
「はい、ターニャさんの言う通りですね。遠く離れていたってきっと心はいつも近くにあるはずです。なんだか元気が出てきました。わたしをあなたの弟子にして下さい。こういうときはこうするのでしょうか?」
そう言うとスオミは立ち上がり両手で握り拳を作り、それを腰の近くに持っていった。
以前テレビで見た空手の挨拶というか、ポーズのつもりらしい。どうやら勘違いしているらしい。
「日本ではこうしてオッス!といってお願いというかあいさつをすることがあるようです。」
「・・・・・。フフフ、スオミさんはほんと楽しい人ですね。あなたの師匠になれるかどうかは分かりませんが、わたしでよければお友達になることはできますよ。」
ターニャはそう言ってニコリと微笑んだ。
「ターニャさん、うれしいです。お友達になってくれるのですね。」
「もちろんです。それに友達なんですからターニャでいいですよ、スオミ。」
「はい!ありがとう。ターニャ。」
二人はしばらくの間自分の国のことや、大好きな彼のことなど、お互いのことを話し合った。ゆったりとした時間がふたりの間に流れている。
その時だった。不意に客のひとりがこちらを向いて声を出した。
「ひょっとして、あれってスオミ・キタノじゃないか?ほら、あの一時期話題になったスポーツ選手だよ。」
「俺、雑誌で見たことあるよ。そういえば似てるかも。」
店内が騒がしくなる・・・。さっきまでのゆったりとした時間が一瞬にして消え去ってしまった。
心配そうにターニャがスオミの顔を見ている。
スオミは誰に向かってというのではなく言葉を発した。
「わたしとそのスケート選手とは全くの赤の他人です。」
「スオミ・・・。」
「行きましょう、ターニャ。」
二人は逃げるようにして店を後にした。
スオミはひたすら黙って歩いている。ターニャはスオミのやや後ろをスオミに合わせて歩いている。そして、意を決したかのようにターニャが口を開く。
「スオミ、やっぱりあなたは・・・。」
「違います、さっきも言ったようにわたしとそのスケート選手とは全くの赤の他人です。」
「そうでしょうか?それにさっきの人はスポーツ選手とは言いましたが一言もスケート選手だなんて言ってませんよ。」
「あっ・・・。」
スオミは“しまった”という様な表情で自分の口を両手で塞いだ。
「やっぱりそうでしたか。どこかで聞いたことのある名前だと思っていました。でもどうしてそんなに隠そうとするのです?何か理由でもあるのですか?」
「それは・・・。」
スオミはゆっくりと話し始めた。
「わたしがまだフィンランドにいたころの話です。わたしにはハンナという小さいころから仲の良い親友がいました。そして、彼女とわたしはフィギアスケートの強化選手に選ばれました。わたしたちは一生懸命練習してお互い支え合いながら頑張ってきました。しかし、ある時事件は起こりました。ハンナとわたしはいつもと同じように練習をしていました。その時にハンナがバランスを崩してわたしとぶつかってしまったのです。わたしはその事故で左足の前十時靭帯を断裂という大怪我を負ってしまいました。でもそれは事故なのです。それなのにまわりの人やマスコミはハンナが代表の座を奪うためにわざとやったんだって・・・。ハンナがそんなことするはずないのに・・・。それ以来わたしはスケートから逃げてきました。怪我の方はすっかり完治したのですが、またスケートを始めるときっとまたあの事故のことが話題になってしまう・・・。だからわたしはフィンランドを後にして父の故里である北海道に来たのです。」
そこまで話すとスオミは「ふぅ」と一息ついた。それはため息だったのかもしれない。
「そんなことがあったのですね・・・。つらかったですね。でもまわりが何と言おうときっと真実はスオミとハンナさんの胸の中にあると思います。二人の間には誰にも壊すことができない絆があるはずですよ。わたしはそう思います。スオミだって分かっているはずですよ。」
「ターニャ・・・、ありがとう。」
「それにわたしはスオミがスケート選手だから好きになったわけじゃないですよ。あなたがスケート選手でも、そうじゃなくてもあなただからわたしは友達になったのですよ。」
「うれしいです。ハンナとのこと信じてくれて。わたしは本当に北海道に来てよかったです。スケートをやめてただ何となく毎日を過ごしていたわたしに彼はスケートの楽しさを思い出させてくれました。そしてターニャ、あなたには親友がどれだけ大切なものかを改めて教えていただきました。ほんとうに感謝しています。これからあなたのことも親友って思ってもいいですか?」
「もちろんです。もうとっくに親友ですよ。」
ターニャは優しく微笑んだ。
「少し冷えてきましたね。それにお腹も減ってきましたね。」
「えっ、さっきケーキ食べたばっかりですよ。」
「あれはおやつです。それとこれとは別です。」
どうやら、ケーキやデザートは別腹らしい。
「それじゃぁ、わたしの知っているラーメン屋さんに行きませんか?少し歩かないといけませんが・・・。」
「ラーメンですか、いいですね。それに少し歩いてお腹を空かせた方がもっとラーメンもおいしくなります。行きましょう。」
「フフ、そうですね。それじゃ、行きましょうか。」
ターニャに案内されてやって来たのは札幌ススキノにあるラーメン横丁。
その片隅の『北海軒』と書かれた店の前でターニャは足を止めた。
「ここです。『ほっかいけん』というラーメン屋さんです。とにかく中に入りましょう。」
ターニャにすすめられて中に入る。
「いらっしゃいませ〜。」
女の子の声が店の中に響き渡る。
その女性はターニャと同じぐらいの年だろうか。すらっと背が高く、腰まで届きそうな艶のある長いロングヘアー。
「こんにちは。」
ターニャがその女性に向かって軽く頭を下げた。
「あれ、ターニャじゃないか。ひさしぶり。」
「はい。お久しぶりです。」
どうやら二人は知り合いのようだ。
彼女の名前は左京葉野香。ターニャとは札幌の地下街で三人組の男性に絡まれているのを助けたのがきっかけで知り合ったのだ。それ以来、手紙のやりとりをしたり、一緒に買い物をしたりする仲になっている。
「そっちの子はターニャの友達?」
「はい、初めまして。北野スオミといいます。」
スオミはぺこりとお辞儀した。
「あたしは左京葉野香。ターニャの友達さ。とにかく、こっちに座りなよ。きたないところだけどさ。」
二人は奥の席に案内された。
「きたないところで悪かったな。ったく、お前はいつも一言多いんだよ。」
この店の主であろう人物が口を開いた。
彼の名は左京達也。葉野香の兄でこの店唯一の料理人である。
「うるせーな、クソ兄貴、ほんとのことだろ。お世辞にもきれいなんて言えたものじゃないだろ。」
「何だと〜、こいつ、兄貴に向かってクソ兄貴とは何だ!」
「こんな時だけ兄貴面するんじゃないよ。バカ兄貴!」
スオミは二人の会話をきょとんとした表情で見ている。
ターニャに関しては別に驚いた様子もなく平然としている。
「ターニャ、止めなくてもいいのですか?」
「フフ、いつもこんな感じですよ。怒っているように見えますけど、これはきっと一種の愛情表現みたいなものです。喧嘩するほど仲が良いと言いますしね。それにそろそろ・・・。」
ターニャが言いかけたときだった。
「二人ともその辺にしておきなさいね。そちらのかわいいお嬢さんが驚いているじゃない。」
この優しそうな声の女性は左京清美。達也の奥さんである。
達也と葉野香の間に入って喧嘩を止める。おそらくいつもそうなのだろう。この状況を見ていると何となく毎回こういうパターンなのだと初めてこの店にきたスオミにも容易に想像がついた。
「ごめんなさいね、驚いたでしょう。いつもこうなのよ。でもまぁ仲の良い証拠かしらね。」
ニコリと微笑みながら清美はスオミに話しかけた。
「はい、でも何だかうらやましいですね。わたしは一人っ子だからこういう経験したことないですから。」
「こんな兄貴でよかったらノシつけてくれてやるよ。そのかわり返品はきかないよ。」
葉野香が悪戯っぽく答えた。
「おい、葉野香!何てこと言いやがる!」
達也が言い返す。
「もう、二人ともしょうがないわねぇ。そうだ、葉野香ちゃん、ちょっとお醤油買ってきてくれるかしら?切らしていたのを忘れていたわ。」
「わかったよ、清美さん。いつものでいい?」
「ええ、お願いね。」
さすがに清美は二人を扱い慣れているといった感じだ。
「じゃ、行ってくるよ。ターニャと、スオミさんだっけ?ゆっくりしていきなよ。」
「ありがとうございます。」
二人がそう言ったのを聞いて葉野香は手を振り店を出た。
急に店内が静かになった。まるで嵐が過ぎ去ったかのようだ。
「そういえばわたし、ターニャのこと良く知りませんでしたね。ここに来る前もわたしばかりしゃべってしまって・・・。今度はターニャのことが知りたいです。」
「そういえばそうですね。先ほど少し話したかもしれませんがわたしは12歳のときに北海道に来ました。それからはずっと小樽にある運河工藝館というところでガラス職人をしています。職人といってもまだまだ半人前ですけど。」
「ガラス細工を作っているのですか。素敵なお仕事ですね。」
「わたしもそう思います。亡くなった父がガラス職人だったのですが、父の仕事を見ているうちにわたしもこの仕事がしたいと思ったのがきっかけでした。それと、もうひとつは父が作り出したガラスの色“ツヴェト・ザカータ”夕焼けの赤という意味なのですが、この色がどうしても作りたかったのです。この色は唯一父が遺した色(もの)だから・・・。わたしは毎日仕事の合間に夕焼けの赤を出すために必死に頑張りました。でもうまくいきませんでした・・・。そんな毎日を過ごしているときでした。あの人に出会ったのは・・・。」
ターニャの顔が少し赤く染まる。
「フフ、それがターニャの彼ですね。」
ターニャはさらに真っ赤になりながらコクンと頷いた。
「はい。彼と出会うまでのわたしは職場と家とを往復するだけの生活を送っていました。人種が違うということで周りの人から何かを言われるのが嫌で自分から逃げてばかりいました。もともとわたしは心臓に病気をもっているのですが、ストレスが溜まったりすると急に胸が苦しくなったりしてしまいます。ですからなるべくストレスを溜めないようにしていたのですがその結果、あまり周りの人と関わりを持たなくなってしまって・・・。」
「身体の方は大丈夫なのですか?」
スオミは心配そうに尋ねた。左足に大怪我をしたことのあるスオミにとって怪我や病気はまるで他人事ではないのかもしれない。そのため余計にターニャのことが気になった。
「はい、ありがとう。今ではすっかり元気ですよ。」
「ホッ・・・。よかったです。」
スオミは胸を撫で下ろした。ターニャは話を続けた。
「でもそんなわたしに彼がこう言ったのです。『何か新しいものを作りたいと思ったらちょっとだけ冒険した方がヒントは見つかりやすい』と。その言葉を聞いたときからわたしは少しずつ自分を変えていくことができたと思います。そして、こんな言葉を思い出したのです。『アクトロイスワヨーセルツェ・オープンユアハート・心を開いてごらん』亡くなった父の言葉です。まさにその通りでした。それからわたしはストレスから身を守るために人を避けるのではなく、逆にみんなと出来るだけ接するように心がけました。そうすることでストレスの方から寄り付かなくなりました。それに、何といっても彼のおかげで父が遺した色、ツヴェト・ザカータも出せるようになりました。」
ターニャの瞳は涙で少し潤んでいた。
「素敵なお話ですね。それにターニャにとって彼はとても大切な人のようですね。」
「はい、でもスオミだって彼の話をしているときはとてもうれしそうでしたよ。」
二人は顔を見合わせると真っ赤になって照れ笑いをした。
「それじゃ、そろそろ出ましょうか。」
「そうですね。」
二人が席を立つと威勢の良い達也の声が飛んできた。
「おう、嬢ちゃん達、帰るのか。いつも葉野香が世話になってるみたいだな。これからもよろしく頼むよ。あんな性格だからどうも心配でさ。」
「いえ、こちらこそ葉野香さんにはお世話になっているんですよ。こちらこそよろしくお願いします。それでは、葉野香さんが戻ったらよろしくお伝え下さいね。」
「おう、伝えておくよ。また来てくれよ。葉野香も喜ぶからさ。」
二人は軽く会釈し、北海軒を後にした。
「さて、これからどうしましょうか?」
「そうですね・・・。わたしはターニャが働いている運河工藝館に行ってみたいですね。」
「運河工藝館ですか。そうですね・・・、でもこの時間からですと少し遅くなってしまいますね。」
空を見上げると辺りはすっかり薄暗くなっている。冬の北海道は日が暮れるのが早い。
「スオミ、明日は何か予定はありますか?」
「明日ですか。特に何もありませんよ。どうしてですか?」
「ならこういうのはどうでしょうか?今日はこれからわたしの家に泊まりにきませんか?明日はわたしもお休みなので一緒に小樽の街を観光しませんか?わたしが案内しますよ。」
「えっ、いいのですか?それはもっけの幸いです。でもわたし着替えをもっていませんし・・・。」
「それならわたしのを使ってくれていいですよ。見たところわたしたち同じぐらいの体格ですし問題ないと思いますよ。(もっけってどういう意味でしょう?日本語は難しいですね)」
「では遠慮なくお言葉に甘えさせてもらいます。こうしてお友達の家にお泊りするなんて久し振りでワクワクしますね。やっぱり夜は枕投げでしょうか。」
「いえ、それはないと思います・・・。」
二人は駅に向かって歩き出した。
札幌の街は今日も真っ白な雪が積もっている。北の大地の冬は長い。しかし、この雪でさえいつかは溶け、たくさんの花が咲く季節がやってくる。
そして、その頃にはまた大好きな彼と会うことができる・・・。二人はその日が来るのを今は待ち続けている。夏を待ちわびている草花のように・・・。
東京・・・。
「ふぅ、東京に戻って来たなぁ・・・。明日からはまたいつもと変わらない日常が始まるんだなぁ。これでまた当分スオミちゃんには会えないのか・・・。」
そんなことを考えながら車から降り、少し離れたアパートに向けて歩き出す。足どりは重い・・・。その時だった。
「あれ、先輩。そんなに荷物なんか持ってどこか旅行でも行って来たのですか?」
「ああ、○○じゃないか。ちょっと北海道の彼女に会いにね。そういうおまえも旅行か?」
見ると○○と呼ばれた男性の方も肩から大きなリュックを背負っている。
「先輩、奇遇ですね。実は俺も今北海道から帰って来たばかりなんですよ。」
「何だ、おまえも北海道に行ってきたのか。俺たちほんと昔から気が合うというか何と言うか・・・。まさか、おまえも彼女に会いにじゃないだろうな。」
「実はそのまさかですよ。しかもロシアの女の子で凄く可愛いんですよ!」
「なんと、そんなところまで似ているとは・・・。俺の彼女はフィンランドと日本人のハーフだよ。まっ、俺の彼女の方が可愛いだろうけどね。」
彼は自信満々でそう答えた。
「そんなことないですよ、僕の彼女の方が可愛いですよ!!ほら!これ彼女の写真です。先輩の彼女の写真も見せて下さいよ。」
「これが俺の彼女さ。可愛いだろ。何ていったって彼女は銀盤の妖精だからな。」
「そっちが妖精ならこっちはガラスのお姫様ですよ。」
彼らの写真には間違いなくターニャとスオミが写っていた。
このことをターニャとスオミが知るのはもう少し先のことである・・・。
終
あとがき(いいわけみたいなもの)
はじめに(あとがきなのに)このSSを読んでくれた皆様、ほんとうにありがとうございます。皆様あってのSSです。今回WIのターニャとDDのスオミという二人を中心としてSSを書かせていただきましたが何とも僕には難しかったです。(すでにいいわけですね)
まず設定ですが、ターニャとスオミの年齢は同じぐらいということしています。WIからDD発売までは5年(だったかな?)経ってますので本当ならターニャは二十歳ぐらいになるのでしょうか?
それとスオミですが、どちらかというとDDよりもDDDのスオミに近い感じになってしまったような気がします。「棚からシュークリーム」はないだろ!という声が聞こえてきそうです(笑)それに一体枕投げなどという日本のマニアックな修学旅行ネタをどうしてスオミさんが知っているのかも謎です。おそらく叔母さんに聞いたのです。そういうことにしておいて下さい。
途中で登場させた葉野香ですが、設定としては一応『北へ。いつか出会うあなたに』という小説を参考にしています。小説ではターニャと葉野香は知り合いなのです。
登場させたのはよかったのですが、一体どのようにスオミと絡ませていいのか困ってしまい兄との喧嘩ののち強制退場していただきました。まだまだ修行不足ですね。兄の達也ですがWIでは確かCVは関智一さんでしたが僕のSSのイメージでは上田祐二さんかなぁなどと思っています。(ちょっとマニアックな話になってしまいましたね)
今回は当初、主人公を登場させない予定でしたがいつもの行き当たりばったりで最後に登場させました。あんなのもアリかな?と・・・。
言い争ってる両主人公・・・、子供ですね・・・。(書いた僕が子供ということかも)
何はともあれ一応完成させることができました。これに懲りずにダメながらいろいろなキャラに挑戦できたらと思っています。もしよろしければ感想、苦情、意見、何でも結構ですのでいただけるとうれしいです。今後の参考にしたいと思います。
最後になりましたが、らっぴさん、この度はHPの開設おめでとうございます。これからもどうか末永くよろしくお願いします。
読んでくれた皆様、本当にありがとうございました。
say