吉見 頼実(よしみ よりざね) ?〜?  

通称  因幡守
居城  
   


興頼の八男、後の大井郷の地頭、陶謀反の後に黒川氏隆を匿い氏隆は頼実の庇護の元成長した、1556年の大内義長の撃退で本格的に吉見氏の支配下へ入る、大井郷水軍・三井弥左衛門と親密に関係を持ち、実質の吉見水軍の将、1555年に旧大内氏に働いた事を評し屋敷一反大を三井氏へ授ける、1570年に大井八幡宮の祭礼に吉見家重臣として筆頭に署名、益田藤兼が元祥に家督を譲る時には大井郷は益田氏が知行できず、依然、頼実の勢力の大きさが伺える、1592年に三井弥左衛門に感状を渡す。

吉見水軍として本格的に活躍できたのは頼実の実績が大きかった。

吉見氏
兄・高津氏の祖 吉見成世
7代 吉見成頼 8代 吉見信頼
次男・石塔ヶ原 吉見宗頼 次男・9代 吉見頼興 長男 吉見成興
三男・大野原 吉見弘景 枕瀬 岸田頼貞 次男・10代 吉見隆頼
広石 吉見成廉 三男・坊主 伝法寺威俊
朝倉 吉見頼安 四男・坊主 東光院周信
五男・11代 吉見正頼
六男・家老 吉見頼盛
七男・矢 富 吉見頼員
八男・指 月 吉見頼実
九男 吉見範弘
落胤・大 井 伊藤頼俊

12代・嫡男 吉見広頼 13代 吉見元頼
次男・14代 吉見広長
頼員の子 吉見隆宗 長女 吉見矢野子
吉川広家の三男、養子・15代 吉見就頼
頼実の子 吉見頼重

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