地球とほぼ同じ大きさを持ち、長い間地球の姉妹星と呼ばれた金星。

 しかし、その素顔は厚い雲に覆われていた。
 神秘のヴェールの下に広がる世界を、多くの者が想像力豊かに語り描いたものだ……

 私は以前読んだことのある小説のいくつかを思い出した。
 アーチュスも頷く。

美男美女が優雅に暮らす楽園とかね。
仮面の下には美しい貌があると想いを馳せるのは古今東西、抑えられない衝動なのかも

 この惑星では地表の温度は460°にもおよび、分厚い雲によって昼も夜も全てが中和されている。
 自転は極めて遅く、1年が地球時間で225日弱。それに対して1日は1日のくせに約243日という世界だ。

1年よりも1日のほうが長い。しかも自転は逆回転、つまり南北逆立ちだし。
アベコベにも程がある……

何もかもが地球と違う。こんな似てない姉妹も珍しいね

人類が生き延びてたとしても、ここで暮らせそうなのは「反対側の国」で暮らしていた人たちだけね。
あの人たちなら、逆さまの星でもなんとかやっていけるかも

 アーチュスがそう言って笑ったので、私は球体ではなく真鍮の円盤が太陽の周りを回る星系儀を思い浮かべた。
 もちろんそれぞれの大地の裏側には、さかさまの人々が頭を下にして暮らしているのだ。

だとしても、ものすごーく頑張らないと。
この地獄じゃあっという間に死んじゃうよ?

 象や亀、輪になった蛇もそれぞれの惑星に用意するべきかもしれない。
 星々を支えるような動物たちであれば、金星の環境でもきっと悠々としていられるだろう。


第2惑星 「金星」

『美貌のヴェール』


 昔々あるところに姉妹がおりました。
 2人とも美しく、誰しもが彼女たちに惹かれましたが、その魅力は異なった性質のものでした。

 姉は煌びやかで派手な美しさを。
 妹は誰もに安らぎを与える慈愛の美しさを。

 そして姉は、妹が持つ魅力を妬ましく思っていたのです。

神よ……どうか私にも妹のような、
皆に愛されるような魅力を授けてください

 そこで神はうなずきました。
 たとえ神であっても、彼女の美しさには逆らうことなどできません。

神様
では、この金色のヴェールを纏うがいい……
お前は誰よりも美しく、遍く全ての者の視線を集めるだろう。

だが……百、千、万の眼差しに焼かれ続ける運命をも背負うことになる。
それでもよいのだな?

かまわないわ……!
既に妹への嫉妬で焼け焦げたこの身、どんな苦しみだって歓びが打ち消してありあまるはず

 こうして姉はヴェールを身に着け、ありとあらゆる眼差しを集めることになりました。

 もう誰も、妹のほうを見ようともしません。
 ただ1人、姉だけが1人ぼっちになった妹を見ていたのでした。

 そして……妹もまた姉を見つめていました。けれどもそれは、他の誰とも違う憐みの眼差しでした。

どうしてそんな目で見るの……?
やめて、私を見ないで!

ああ、今わかった。
私はただ、貴女に羨望の瞳で見つめてもらいたかったのだ……!

 絶え間なく皆の視線に晒され、姉はひどく焼け焦げていきました。
 しかしそのヴェールはますます眩く、美しくなっていくのです。

 誰も気が付きませんでした。皆が皆して、知らず知らずのうちに美しき衣だけに目を奪われていることに。

 ただ、妹だけは気づいていたのかもしれません……

 彼女は既に姉のほうを見ていませんでしたから。
 もうその瞳には、何も映っていなかったのでしょう……


輝く金星の大気の衣の下がどうなっているか、長い間知るすべもなかった……
それが、楽園なんて想像に繋がったのかもね

しかしその素顔は、硫酸の雨降る灼熱地獄だった。
見た目の美しさに反して、楽園どころじゃないね。

そこにはアーチュスの言う「認識の形」――皆が思い描いた金星はなかったってことだよね

 アーチュスは「それは私が言おうとしてたのに」という眼差しを私に向けて、小さく笑った。
 彼女は頭上から金星にあたる真鍮球を取り外す。これで金星も失われた。

残された妹はどうするのかしらね。
でも、そうか……地球は最初に消してしまったのだったわ

 すでに失われた地球のことはさておき、ここで1人残された妹はどうしたのだろうか?

GET READY FOR NEXT PAGE!

金星が失われたことを忘れずに記録しておくこと。

    A)燃え尽きた姉を追って死を選んだのかも ⇒ 冥王星

    B)いかなる者とも接触を断つべく、細かい星屑の中に身を潜めたに違いない ⇒ ケレス

    C)このようなすれ違いを仕向けた存在を問いただすに違いないと考えるのなら ⇒ エリス

次の星を選ぶ際、すでに失われた星を選ぶことはできないことに注意。
今の時点で、提示された星がすべて存在しないのならこちらへ進め。