「月はその輝きで、近くの星を消してしまうの」誰かが言った。
「地球を独り占めしたいんだって」

 思わず、満天の星を仰ぎ見た。
 今宵はきっと満月で、白く明るく空を照らしているだろう。確かに、あの光で霞んでしまっている星はあるに違いない。

「隠された星かあ……見てみたいかも」

 別の誰かが応えた。
「月の他にも、地球を廻る星があるって聞いたことあるよ……すごい小さいらしいから、見えるかどうかはわからないけど」

 それ以上は聞けなかった。道が交わる場所――目的地に着いたのだ。
 私はベルも鳴らさずにドアノブに手をかけ、1年前と同じように回す。

相変わらず、時間ぴったりね。亜莉珠

 私がドアを後ろ手に閉めるなり、アーチュスはそう言った。脚立の天辺に座ったまま、こっちを見もしないで。

アーチュスに会うためだもの。当然でしょ。

それより……今年はなんか、ものすごいの作ったんだね

 振り返った彼女が満身の笑みを浮かべた。

 その背後に浮かんでいるのは巨大なオブジェだ。真鍮で作られたそれは、照明を受けて美しく輝いている。1つの大きな球体の周りに弧を描く同心円が多数重なっていて、それぞれの弧の上にも様々なサイズの珠がついている。それらの多くにはさらに小さな弧がしつらえてあった。

 そして全ての珠は例外なく自らも回転しながら、弧の上をゆっくりと音もなく滑っているのだ。

11の同心円ということは……ちょっと前に物議を呼んだ太陽系の形?
たしか……2006年だったっけ

わかる? 私、あの捉え方キライじゃないのよ。
もちろん、人間が地上からあれこれ言ったところで星々の何かが変わるわけじゃないわ。

……でも、認識によって生まれる形状ってあるでしょ?

 アーチュスは脚立から降りてきて、11重の同心円の真下へ進んだ。そこにはやはり真鍮でできた台座があって、ハンドルが1つ付いている。
 彼女がハンドルを回し始めると、中心の真鍮球とそれに近いいくつかの同心円が複雑に動きはじめ、やがて別の配置へと収まっていった。

……天動説にも対応してるんだ。力作だなぁ

これも1つの認識の形。
……個人的にだけど、人間らしさがより現れていると思えて好きなの

 この捉え方だと、私たちはどこにいることになるのだろう?
 私は、ここへ来るときに聞こえてきた会話を思い出そうとした。  
 彼らはなんて言ってたっけ……

 ……そうだ。「地球を廻る星は月以外にもある」
 そんな感じだった。

第2の月ってこと? そんなのあったかしら?

多分、私たちのことじゃないかな。
どっちかはわからないけど

 彼女――アーチュス・伊集堵原は、明らかに心外だという表情を浮かべた。
 私――亜莉珠・久留井神も、それにつられて思わず頬が緩む。

……事実に反してるわね。誤認してる

 先ほどの認識がどうたらいう持論をどこかへ投げ捨てて、アーチュスが唇を震わせる。自分が絡むとなれば、やっぱり私と同じように感じるらしい。

 そう、私たちは太陽をめぐる小さな星。月のように地球に従属しているわけじゃない。

 しかし地上からは、月と同じように地球の周りを廻っているように見えるわけだ。

確かに彼らにはそう見えるんだろうけど……錯覚もいいところだわ

地球の位置が悪いってね……いっそ、他の惑星に移住してもらうとかどうかな。
立地が違えばそんな風には見えないはずじゃない?

 私たちは部屋の窓からその青い惑星を見下ろしつつ、一体どんな理由があったら人間たちが真鍮の輪の真ん中にある金属球――宇宙の中心たる地球――から出ていくだろうかと、そんなことをとりとめもなく話しはじめた。


第3惑星「地球」とその衛星「月」

『お月さま戦争』


 昔々、地球は2つの帝国に分かれておりました。西の帝国と、東の帝国です。
 どちらも自分たちを「表側の帝国」と自称し、言うことを聞かない相手を「裏側」の人々と呼んでおりました。
 2つの国はお互い自分たちこそが地球の正統な支配者だと信じて疑わなかったので、どうにかして敵を倒して地球統一をしたいと考えておりました。

 さて、ある日のこと。
 表の国の皇帝がお抱え博士を呼び出しました。そして裏の奴らを駆逐する妙案はないかと御問い詰めになりました。

天文博士
おお、いと高き表面の支配者よ。
夜の空を飛ぶ、あの月を手中に収めなさいませ。

月は海の水を引き寄せまする……

 月を失った裏面では水が失われるはずだというのです。
 水がなければ生きていくことすら難しい。そうなれば、もはや敵ではない……

 それは中々に素晴らしい作戦だと思えたので、皇帝は許可を出しました。
 しかし、博士は言いました。

天文博士
しかしながら、この計画には1人の男が必要でございます。  
すなわち、月を捕えることができる凄腕の狩人が

 そこで皇帝は国一番の狩人を御召し出しになりました。

狩人
どうかわたくしに、天に銛を打ち込むための足場を御与えくだされ。
さすれば、見事あの月を捕えてみせましょう

 さすがは地球の半分を収める帝国でした。程なく天高くそびえる塔が造られたのです。
 皇帝はこれで大願成就間違いなしとばかりにお喜びになりました。

 博士は月が最も地上に近づく日を計算して割り出しました。
 そして、狩人は確実に月に突き刺さるようにと、丹念に銛を磨き上げました。

 なるべく近くへ寄れるようにと、高く高く積み上げられた塔の天辺で。
 鋭い銛は見事、月に突き立てられました。
 それは博士の計算通り、月が地上近くを通過する夜のことでした。

 今や毎晩、いえ昼間でも月は表の帝国の上空にありました。
 銛につながれた頑丈な鎖が、月が別の空へ飛んでいくことを許さなかったのです。

 その影響は程なく現れました。
 地平線から水が押し寄せ、愚かな帝国は沈んでしまいました。

 水を失った反対側の帝国はそれでもがんばっていましたが、やがてこちらも滅びました。
 あの博士が言った通り、水がなくては人間は生きていけないのです。

 ちょうどそのとき、月は水面に映る自分の姿に気づきました。なんと醜い傷でしょう。
 絶望した月は海へと身を投げてしまいました……


月と地球が衝突したら、どっちも無事じゃすまないよね

……そうね。
多分どっもバラバラになって混ざり合って、最後は燃え尽きてしまうんじゃないかしら

 ひとしきり笑いあったあと、アーチュスは再びハンドルを回した。私たちの目の前で、星の運行を表す形が天動説のそれから地動説を表す形へと戻る。そして彼女は、中心から第3の軌道へと戻った惑星とその衛星――2つの真鍮の珠――を星系儀から外して取り除いた。

 これで第3惑星は無くなったというわけだ。

でも、結構しぶとい種族だから、地球と一緒に全滅はしないと思うな。
生き残った人間は他の惑星に逃げるわね。きっと。

お隣は金星と火星。……どっちに逃げるかな?

きっぱり全員逃げ遅れてたってのもアリじゃない?

GET READY FOR NEXT PAGE!
母星を失ったその時、人類はどこへ向かうのか……

    A)太陽から遠ざかると思うのであれば ⇒ 火星

    B)逆に主星へ近づくと考えるなら ⇒ 金星

    C)ここで人類は全滅しているはずとしてもよい。
      そう決めたのなら ⇒ 冥王星

いずれを選ぶにしても、星系儀から地球が無くなったことを忘れないように注意。
しっかりとメモにでも記録しておくこと。