海王星の近くまで人類の被造物が届いたのは、今のところただ1度きり。
 太陽系深淵を超えて漂流の旅に出るボイジャー2号だけが、すれ違いざまにその素顔を垣間見たのだ。

 その後は宙に浮かべた望遠鏡を使って、遠くから眺めている他なかった存在。

 冠した名にたがわぬ深い青色をした惑星で、その大気はあたかも荒れ狂う大海原の如く活発だった。

海王星は、水をたたえた深淵。
……そういうことにしましょう。そのほうが話が早いわ

 そう。大暗斑なる嵐は、きっと生まれては消える大渦の1つだったに違いない。
 それに湧き上がる雲は長く星を巻くほどの帯になることもある。その白い線はあたかも波打ち際のようではないか?

となると、地球の17倍もの質量をもつ大海かぁ……

……生命体も17倍の大きさまで育っちゃったりして?

 ……海王星の表面に映る巨大な魚影。いや、大海蛇か。
 彼女が何気なく口にした言葉から、海獣が水面を割って鎌首をもたげる光景が浮かんだ。

 そうか、大暗斑の正体は渦じゃなかったのだ。
 数年で消えてしまったのは、星の海の深淵へと潜って行ったということではないだろうか……


第9惑星 「海王星」

『月を喰む』


 その大海蛇は、常に挑戦する者であった。
 この海に生まれてこのかた、1日とて猛らない日は無く、口蓋からは常に咆哮が溢れていた。

 かつてこの海には、もっともっと力のある強者がひしめき合っていたが、彼は常に自分よりも強いものに挑み、喰らってきたのだった。

大海蛇
俺より強い奴はもういない。だがこの渇きは未だ満たせぬ。

この先、俺は一体何に挑めばいいのだ……

 大海蛇は、頭上に広がる水面を目指した。
 その先には未だ知らぬ領域が広がっている。ならばそこへ出向き、さらなる強者を求めるよりないではないか。

 蛇は大波荒れる海面を突き破り、大きく跳ね上がった。
 そこで蛇は見たのだ。空に大きく輝く満月を。

銀輪の月
空を見よ、矮小な者よ。
天はどこまでも広く、まさしく果ては無いのだ

 重力の鎖が彼を再び深淵へと引き戻す。
 蛇は考えた……何としても、あの月を喰ってやらねばならない。

大海蛇
だが、今の自分ではあの高さまで飛び上がることもできぬ。
もっと、もっと力をつけなければ!

 蛇は海を縦横無尽に奔り、出会う者の全てを貪った。
 己が眼中に存在するは強者のみ。弱者に用はない。その矜持は変わらなかったが、今は喰わなければならなかった。

 海は死の世界となった。
 全ての生き物を喰らいつくした時、蛇はついに月に挑む時が来たと感じた。

 蛇は一旦深き底まで潜り、そこから海面めがけて一気に駆け上がった。
 そして波打つ天蓋を突き破り、宙へと躍り上がる。

大海蛇
月よ。冷たく輝く銀の円盤よ。
今こそ我が糧となれ!

 蛇は月を吞み込んだ。
 そして蛇はそのまま天にとどまり、星を――これまで住んでいた大海原を――取り巻くように輪となった。

 蛇は空から自分が生まれた海を見下ろした。
 青く輝く見事な星だ。次に喰らうのはあれをおいて無い。

 そして……生まれ故郷をも喰ってしまったとさ。


ごちそうさまでした……
大喰らいにもほどがあるでしょ

 衛星トリトンは徐々に海王星に近づき続けている。
 たとえ今ここで失われずにいたとしても、36億年後にはロシュの限界を超えて海王星の潮汐力によって砕かれる運命。

 大型の衛星であるトリトンはさぞ立派な輪となるだろう……それこそ、巨大な海蛇の如く。

海王星もなくなっちゃったね。

……でも、海蛇はきっとまだ満足なんてしてないよね。
次に狙う星はどれかな?

逆行衛星のトリトンは、後から海王星に捕らえられたカイパーベルト天体の可能性が高い。
実際、1つ外側に軌道を持つ冥王星と組成も似ているしね。

トリトンを美味しく食べたのなら、冥王星でも満足できるんじゃないかしら

いやいや……冥王星は小さすぎるよ。

次は天王星でしょ。
その先には土星、木星と食べごろの星が並んでるしさ

 そこで言葉を切った亜莉珠は、指で波模様を宙に描きながら怪訝な表情を浮かべた。

……あれ?
もしかしてだけどコイツ、水がないと生きていけなかったりしない?

 宇宙を泳ぎだしたのだ。今さらそれはないということでいいのではないか。
 そう返しながら私は手を伸ばし、海王星の役目を終えた真鍮の珠を取り除く。

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海王星は喰われてなくなった。このことを記録しておくこと。

    A)蛇が向かった先が太陽系外縁域だと思うなら ⇒ 冥王星

    B)逆に主星方面へ去ったと考える場合は ⇒ 天王星

    C)やっぱり水の確保が必要かもしれないと思いなおすのならば ⇒ 水星

ただし、失われた星を選ぶことは不可能だ。
既に提示された星がどれ1つ存在しないのであれば、こちらへ進め。