私は生まれたときから信者であり熱心な信者であり酔狂な信者であり文字通り信者の中の信者である、
    つまりは自らの本質が信者なのでありそれはつまりただ地面に突っ立っていても寝転がっていても
    何も無い空を見ていてもチョウチョが羽をひらりひらりとさせてどこかに飛んでいってしまうのを
    ポッカリ開いた眼で追いかけていても3段目になっていても1番下になっていても時々襲われる
    頭のあまりの重さにぐにゃりとしなだれてしまいもう起き上がれないのではないかという恐怖に襲われていても
    ただ単にやる気がなかったりしても、そこで自分が信者で無くなることはないということである。
     なぜなら自分は信じているからだ、我らが神、サイコ様を。


     自  分  と  い  う  存  在 



     自分は今ある生を喜んでいるのではない、この世界に悲しんでいるのでもない、信じない者を哀れんでいるのでもない、
    世の不条理に怒っているわけでもない、ただただ信じている、全ての感情は信じることによって生み出されているのだ。
    これは奇跡のように素晴らしいことではなくまったくなんでもないことでありもしそれが奇跡という言葉に表されてしまうのならば
    奇跡は信じることによって引き起こされるなどということは間違いであってただ単についてくるだけのものであって
    あくまで全ての起こりえることはサイコ様を信じるということからのみ生み出されていることに過ぎないのだ。


     自分は信じている、あの細くきゃしゃにもかかわらず私を軽々持ち上げる腕を信じている、身体に食い込む片手の親指から
    小指までを信じている、意外と手相の良い手のひらを信じている。凶暴なハムスターに投げられたときも信じている、
    あの一瞬の空を飛ぶ感覚を信じている、その後一瞬の落下する感覚を信じている、触れられた場所に残るかすかな熱を信じている、
    ぐっとふんばった足の筋肉を信じている、身体を支える太い骨から細い骨までの1本1本を信じている、土煙を上げる足のひらを信じている、
    大きく動いてもあまり揺れることのない胸元を信じている、中にあるものも信じている、「行ってこーい」というかけ声を信じている、
    相手に衝突する痛みを信じている。ハムスターにかじりまわされているときも信じている、ハムスターは信じていない、
    魔術師の哀れみも信じていない、人形遣いの笑みも信じていない、サイコ様だけを信じている、自分を見るサイコ様の特に
    何も思ってない表情を信じている、さっさと帰ってこいという目線を信じている、「ん」というたった一語のうなずきを信じている。


     力尽きて地にふすときも信じている、身体中に熱がごおっと押しよせそれがゆっくりと発散されていき手から腕へ足から下半身へ胸から頭へ
    力が抜けてもうピクリとも動けなくなったときに自分がサイコ様を信じているということを信じることができる、その一瞬だけ自分は
    サイコ様を信じている自分を信じてしまっている。果たしてその時自分はサイコ様を信じているのだろうか、自分を信じることはサイコ様を
    信じることが本質である自分に許されているのだろうか。


     自分が自分というサイコ様以外のものを信じるその一瞬に私はとてつもない不安と安心に襲われる、不安はおそろしく怖くて安心は
    おそろしく優しくてたとえばどちらかによりかかったとしてもきっと自分は信じる者ではなくなってしまうだろう、本質を失って自分は
    身体がバラバラになってしまうだろう、私は信者でありつまり信じなければならないのではなくて信じているから自分なのである。
    自分とは何なのだろうか、地面に寝そべった身体から熱が抜けていくときのあの一瞬に自分は信者ではなくなるのだろうか、
    信者ではなくなった身体がバラバラになってドロドロになって目の空洞はふさがてしまうから何も見えなくなっていくのだろうか。
    そんなことを考えていると閉じかけたせまい視界の中のサイコ様がこちらを向きすぐに興味が無くなったようにそっぽを向く、
    自分はそんな横顔を信じている。


     サイコ様は色々なものを信じていたりいなかったりする。
     サイコ様は仲間を信じている、自分より強いものを信じている、自分より弱いものも信じている、自分達と違ってあまり熱心ではない信者を
    信じている、信者ではないものも信じている、むしろなんだか偉そうにしている者達も信じている、自分より大きなものを信じている、
    自分より小さいものを信じている、手なずけた動物達を信じている、召喚した獣達を信じている。自分達をサイコ様が信じているかどうかは
    わからない、それでも自分達はサイコ様を信じている。


     自分にもサイコ様を疑ってしまうことがある、例えば自分達がキャンプ用のイスになっていたときに上から2段目ならまだしも5段目や
    6段目ともなると流石に自分の中に一応存在する臓器が、内臓が、内臓の中の調子が、自分以外の群集と群集と群集とサイコ様の重さで
    ぐにゃぐにゃと、良くなくなってしまうのだ、つぶれそうな内臓から疑念めいたものが黒いもやになって湧き上がってきて自分の頭の中を満たすと
    そこに小さなサイコ様がたくさん現れて黒いもやをバシバシと退治していくのだ、黒いもやも大きな竜になったり小さな天使になったり
    目からビームを放ったりしてそれなりに応戦してもさすがにサイコ様が相手では敵うはずも無くやがて追い返されて頭の中がすっきりとなって
    その中心で小さなサイコ様は自信満々の顔でブイサインをしている、そんなサイコ様を私は信じている。



    ★



    「……なんてことを考えていたら、面白いのですがね」
     わらわらと動く群集を見ながら、大神官マシュルーブはつぶやくのだった。





    「……で、ひとりで何をブツブツ言ってるんだ」
    「あ、ああこれはサイコ様、居たんですね」
     急に背後からかかった声に驚き、振り返って手をおおげさに広げる。

    「今さっき帰ってきた、で、信じる信じないとか、何の話」
    「声に出てましたかね……」
    「出てた、ってか相当ひまをしているように見えた」
    「サイコ様には負けますがな」
    「アタシは忙しいっ!現に買い物をしてたし、自分で」
     とさりと、食材やらが入った袋を下ろした。

    「まあそれは冗談として……サイコ様は、自分を信じてらっしゃいますかな?」
    「急に何の話を……?」
     突拍子も無い質問に不思議そうな顔をするが、すぐにキッパリ答えた。
    「もちろん信じているに決まってる、アタシは神だぞ!」
     神だぞといった所で、ドーンという音と共に後光がさしたような気がした。神演出だ。

    「はあ、まあそうですな」
     何となく予想どうりというように返答する。
    「……気の無い返事だな、まああれだ、自分を信じなければ何も信じられないと思うんだ」
     腕組みをして、目を閉じて話し始める。風が吹いてざわわと頷くように木がゆれた。<
    「アタシは自分を信じている、だからこそ私は自分の信じたいものを信じられる」
    「ふむ」

     目を開いて曇りかけの空を見上げる。そこから太陽の光がさして自称神を照らした。
    「たまたまアタシという存在が神だっただけだ、それ以外は何も変わらないぞ?」
    「……なるほど」
     そして楽しそうに、我らが神は笑うのだ。



     自らを信じるからこそ、全てのものを信じることができる。
     信じられているからこそ、自らのことを信じていくことができる。

     それを知ったうえで、地上の神としてふるまうことのできるこの人は、そんじょそこらの神様より、実に神らしいのかもしれない。



    「まあアタシが神様というのは決定的な違いだけどねっ」

    「……まあ、そうですな」

    「気の無い返事をするな」





    『文章が好きなんです、下手だけど』コミュ
    SS祭り参加作品

    お題 : No.32 「自分という存在」
    文  : Rf(1021) 
        [PL] 福々