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「ついに俺も秘密を見つけたぞ」
ギャーリィーは静かにそうつぶやいた。彼はつとめて平静を装っていたが、内心では興奮しまくっていた。
彼のおじいさんは魔法使いだった。いや、そう名乗っていた。その息子たちはもちろん、近所の人々はそんな老人をほら吹きだと思っていたが、孫であるギャーリィーはそうではなかった。幼い頃に、確かに彼はおじいさんの魔法を見せてもらったことがある。それは手のひらに乗るぐらいの大きさのポットで、おじいさんがポットの蓋をカチャカチャとやると、テーブルの上にあった皿――食べ残しの、まだ肉が少しこびりついていた鳥のガラが乗っていた――がいずこともなく消えてしまったのだった。驚きとともに幼いギャーリィーは、一体今何が起きたのか、さっきまでここにあった皿はどこへいってしまったのかと尋ねたものだ。魔法使いの老人は、ただ何も言わずに笑って孫を見返すだけだった。
そして今、彼の手の中にあのポットがあるのだった。おじいさんが何も言わずにいなくなったのは1年ほど前のことだ。自称魔法使いが住んでいた離れの小屋はガラクタでいっぱいだった。何しろ変わり者だったから、危険な品が混じっていないとも限らない。触らぬ神に祟りなし、くわばらくわばら……というわけで今までそのまま残されていたのだが、さすがに1年もたつと小屋を遊ばせておくのもどうかという話になってくる。
家族のだれもが小屋のガラクタに価値を見出してはいなかった。ギャーリィーはおじいさんの魔法を覚えていた。少なくともあのポットには価値があるはずだった。このままでは何もかも一緒くたに捨てられてしまいかねないと考えたギャーリィーは率先して小屋の片づけをに名乗りを上げ、数日前から小屋にこもっていたのだ。
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実に便利なポットだった。蓋をカチャカチャやるだけで何でも消えてしまう。元々怠け者だったギャーリィーはポットをうまく活用した。何をしても、後片付けに煩わされることはない。空いた時間を有効に使うことができるのだ。そう、いたずらである。物がいきなり消えることに対応できる人間なんていやしない。今まさにハンバーガーにかぶりつこうとしていた男の胃には、空気だけしか入らなかった。座ろうとした椅子を失った女は、無様にもひっくり返るしかなかった。いつだったか走っている車のタイヤだけを消した時には、危うく大事故に巻き込まれるところだった。彼はこっちへ向かってくる車にイタズラは二度とすまいと誓った。
どういうわけかギャーリィーに小言を言うと必ずひどい目にあうので、彼の家族はもう彼に何も言わなくなった。最初は清々しい気分だったが、遠巻きに変な目で見られているはどうにも気まずい。やがて彼は家をでた。
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独り立ちした彼は廃品回収屋を始めた。とはいっても、そこらにあるような廃品回収屋ではない。廃品回収というものは普通なら、まだ役に立ちそうなモノしか引き取りはしない。そりゃぁそうだ。役に立たなけりゃ、収入に結び付けることはできない。廃品の回収と修繕はセットなのだ。
しかしギャーリィーは違った。彼はもう役に立たないモノも引き受けた。元より彼は修繕など考えていなかった。ポットの蓋をカチャリとやるだけで、廃品は消え失せてしまう。当然コストもかからない。どれだけ安く請け負ったとしても儲けが出るのだった。
格安の値段で廃品を引き取るギャーリィーの噂はあっというまに広まった。
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最初に文句を言いに来たのは彼に仕事を奪われた廃品回収屋たちだった。彼らは業界価格を破壊したとギャーリィーに詰め寄った。最初は話し合いをと思っていたギャーリィーだったが、だんだん面倒臭くなってきた。ああ、うるさいな……こんなことは時間の無駄だ。それならいっそ……
カチャカチャ
さっきまでの喧騒は消え失せ、ギャーリィーは一人、静かな時間を楽しんだ。
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次にやってきたのは警察だった。廃品回収屋たちが行方不明になった事件を調べていて、消えた人々がギャーリィーのところへ抗議しにいくと言っていたことがわかったのだった。ギャーリィーは彼らは確かにここに来たが、その後どこへ行ったかは知らないと答えた。これは正直な答えだった。なにしろポットが消したモノがどこへ行ってしまうのか、ギャーリィーは知らなかったのだから。
警察は一旦引き揚げたが、すぐにまたやってきた。失踪者たちがギャーリィーのところから出てきた形跡がないのだから当たり前だった。問い詰められたギャーリィーはポットに手を伸ばした。
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これに懲りたギャーリィーは廃品回収屋を廃業した。もう十分稼いでいたし、何人も消してしまったことで常に彼は疑いの目で見られていたのだ。廃品回収屋たちの失踪事件はもちろん、警察が消えたことに対しても噂は消えなかった。さすがのポットも、実体のない疑念を消すことはできなかった。
店をたたんだ彼は遠い土地へと引っ越した。新たな街で新たな人生を始めるのだ。ポットがなくてもできる普通の仕事を選び、普通に暮らすのだ。
彼はそう決意したが、一度手にした便利な力を手放すことはそうそうできるものではない。結局、ギャーリィーは何かあるとポットをカチャりとして都合の悪いモノを消すのだった。時にはストレス解消のためにイタズラもやった。ただし、もう人間だけは消そうとは思わなかった。あんな面倒なのは二度とごめんだ。
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やがて彼は、ポットの使い方を改めた。自分のミスを隠すためだけではなく、同僚や上司の足を引っ張ることを覚えたのだ。重要な書類を紛失させ、大事な会合で恥をかかせる。彼らが信頼を失うたび、そのフォローをするギャーリィーの株は上がっていった。あらかじめどんなミスが起こるのかわかっているのだから、フォローするのも楽なものだ。彼は悪事の痕跡を残さないことに全力を傾けた。何か証拠が残ったとしても、ポットがすべてを消してしまうのだ。絶対にボロは出ないのだった。
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当然まわりはギャーリィーをできる男だと思っていた。それに秘密を隠し持ち、過去に人を何人も消したことがある彼にはどこか影があった。実にどうしょうもない男なのだが、知らなければ魅力的に見えるものらしい。
要するにギャーリィーはもてた。彼としても悪い気はしないが、それも度が過ぎると考えモノである。男たちにはやっかまられるし、面倒くさい女にも付きまとわれた。嫉妬というものは耐え難いものだった。
しかし、そんな彼の心を射止める女性が現れた。リータという名で、彼の部下だった。公平に見ればリータも他の女たちとそうそう変わったものではなかったが、ギャーリィー自身が惹かれたとなれば特別な存在にもなろうというものだ。リータを気に入った彼は何かと彼女の力になってやった。彼はこっそりと「幸運」を贈るしか愛を表現する方法を知らなかった。
ところで彼女のほうでもギャーリィーに魅力を感じていたものだから、やがて二人は結婚した。
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ギャーリィーはポットのことをリータにさえも話していなかった。ポットは常に彼の傍らにあり、誰にも触れさせなかった。もちろん妻も例外ではない。彼女が新しくて趣味の良いポットを用意しても、彼は古いポットを手放さなかった。質問してもいつもはぐらかされるので、やがて妻は夫の宝物は昔の女の持ち物だったに違いないと勘繰るようになった。何しろ夫はもてる男なのだから……。
ヒステリーを募らせたリータに気圧され、ギャーリィーはついに全てを白状するしかなくかった。言い訳や嘘は逆効果でしかなかった。しかし彼女は魔法など信じない普通の人間だった。ギャーリィーはポットを使って実演しなければならなかった。
その日から妻が夫を見る目は豹変した。知ってしまえば、思い当たることはいくらでもあったのだ。不当な手段で他人を陥れてきた男など嫌悪の対象でしかない。しかもそれが自分の夫なのだ。自分が掴んだ幸せも、その力でもたらされたものだったのだ。
ほどなく彼女は出ていき、愛するものに去られた彼は再び一人になった。
だが彼は、以前の彼に戻れたのではなかった。彼なりに彼女を愛し、彼女もまた彼の一部となっていたのだ。リータは彼の多くを引きちぎっていった。
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ギャーリィーはおじいさんを呪った。
彼のポットを、彼の魔法を呪った。
それを使った自分を呪った。
彼は床の一点を睨みつけながら、ポットを持った手を頭上高く掲げた……
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いずことも知れぬ場所で老人が一人、今日の収穫物を見つけてにんまりとしていた。
「まだ食える部分が残っている……もったいないことだ。もっとも、こいつをここへ送ったのはワシだったかもしれんがな。」
「爺さんニヤニヤしてどうしたい? おっ、鳥ガラじゃねえか! しかも肉がついてんのが降ってきたのか!」
近くにいた廃品回収屋が声をかけてきたが、老人はしっしっと追い払った。
「てめえのメシぐらい、自分でなんとかするんだな。」
「……こっちはもう何日もろくなもん食ってねぇってのに。うらやましいことだぜ」
腹をすかせた廃品回収屋は、こんな目にあっているのは全部ギャーリィーの野郎のせいだと悪態をつきながら去っていった。
「ギャーリィーがポットの主になったか……流石はワシの孫だ」
かつて自分を消したらどうなるかという好奇心に耐えられなかった魔法使いは、同じように消されたガラクタやゴミ、その他のあれこれが降り積もる場所で、どうにか生き延びていた。
「ポットは代々魔法使いの手にあった。ワシの師匠も、その師匠も、そのまた師匠も使ってきたものだ。いつかは魔法の品が見つからんとも限らん。そうなれば帰還することも夢ではない。
人間一度力を知ったら、そうそう手放せるようにはできておらん……ワシの血を引いているならなおさらだ。ま、気長に待つさ。これからもいくらでもこっちに送られてくるのだからな。」
彼は魔法を使うことに悪びれもしない、古いタイプの魔法使いだった。
追い払われた廃品回収屋は虚空を見上げながら、独りごちた。「何か食えるもん降ってこねぇかな」
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だが、もう何も降ってはこなかった。