採光都市

 ミスタグリーンは今日も憂鬱だった。
 ここサンライトヒルの名誉市民であるミスタグリーンは、その地位に似合わぬしかめっ面をしながら、人々を避けるようにして歩いていた。日なたを歩く人々は背も高く、その髪は誇り高き緑色。髪だけでなく、あらゆる体毛を露出させる流行の服に身をつつみ、強い日差しを全身に受けながら優雅に歩を進めている。この街の日差しは、ミスタグリーンの都市設計なくしては実現しなかった。だがそのミスタグリーンは、上空に張られたギヤマン天蓋から注ぐ日光を避け、一人孤独に影の中で身をひそめているのだ。

「なんでこんな気分でいなけりゃならないんだ。俺は名誉市民なんだぞ。この街は俺なくしては成り立たなかったんだ」
 ミスタグリーンはもごもごと口ごもった。彼の才能は本物だ。彼はサンライトヒルに無くてはならない男だった。曇りの日でも太陽光を集める特殊な天蓋機構は彼の設計によるものなのだ。しかし、サンライトヒルが誇る採光設計士であるはずのミスタグリーンはいつも憂鬱なのだった。彼は周りの人々の哀れみと軽蔑を含んだ眼差しに耐えられないのだ。
 優れた都市と、健康な人々のおかげでサンライトヒルの空気はすばらしい。陽をより多く浴びるための髪型――扇形に広げる独特のファッション――の人々の自尊心は満たされていた。だが、ミスタグリーンは緑の茂みを戴いていなかったし、背も低かった。吐き出した酸素を路上で売るような女たちでさえ、彼には声もかけないのだった。皆が皆、彼を見下すのだ。彼の地位を、そして業績を知る者たちであっても同じだった。彼には痛いほどそれが判っていた。

 この星は酸素が薄い。人々は自ら光合成を行い栄養と酸素を生み出している。効率よく生活を営むために人々は集まり、都市を形成していた。一たび都市を離れると、そこは生活には向かない過酷な荒野が広がっているのだ。街から街へと渡り歩く旅人や商人はいるが、基本的に各都市はそれぞれ独自に機能している。サンライトヒルもそうした街の一つだった。

 活気に満ちた日中とは一転して、夜は静かでひっそりとしていた。サンライトヒルはその名に偽りなく、日光の街なのだ。健康的な住人たちは夜は家で眠りについており、月の光の下をうろつくなんてのは常識外れもいいところだった。日中を謳歌するためにも、夜は休息すべきなのだ。
 ミスタグリーンはコートの襟を立てて冷たい風を避けながら暗い夜を歩いていた。誰にも会わないで済む夜の散歩は彼の心を穏やかに保ってくれる。それに月の光もなかなかにおつなものだ。この素晴らしさを知らないなんてもったいない。だが、心のどこかではそれが負け惜しみであることもわかっていた。再び憂鬱な気分がむくりと頭をもたげたが、それは一瞬にして消え失せた。何か人影のようなものが見えたのだ。この時間に、このサンライトヒルで? 夜行性の動物――この街でも猫は多く飼われている――にしては大きいし、確かに二本足で立っていた。ちらりと見えたあれは間違いなく人間のはずだった。だが、例の流行の髪型はしていなかったようだが……。ミスタグリーンはその正体を確かめるべく走り出した。自分が設計したこの街、太陽の光と共に全ての喜びがあるはずの街。彼自身がその恩恵にあずかれなくとも、心のどこかでその恩恵を恨めしく思っているとしても、サンライトヒルという「作品」において、その恩恵を享受しない輩がいるなんて理解できない。彼は彼なりに、ゆがんだ愛情をこの街にもっていた。

 角から角へと静かな街を行く人影を追った彼は、次第に同じような人影があちらこちらで目につくことに気が付いた。いつしか彼も、その人影たちの一人となっているのだった。日の光の下では暗がりの隅で縮こまっている者どもが、月の光の下、眠る人々を避けるようにひっそりと裏通りに集う。彼らは皆、背が低かった。そして頭も禿げていた。
「見ない顔だな、集いは初めてかい?」
 不意に話しかけられ、ミスタグリーンは振り返った。自分と同じぐらいの背丈で禿頭をさらした男だ。
「ここはいい街だ。プライドを捨ててしまえば、こんなに暮らしやすい街もない。空気は旨いし、生活にも困らん。昼間の連中なんざ、ただの街路樹か鉢植えだと割り切ってしまえばいいしな。それに夜は奴らもいない。堂々と歩き、ここは俺の街だ! って気分になれる」
「ここにいる連中も皆、あんたみたいに考えているのか?」
「いや、俺ほど割り切ってるやつはあまりいないな。あいつらを見てみろよ」離れたところにいるフードをかぶった一団のほうを指して男は続けた。「頭を隠してるだろう? 光合成ができないってことが恥ずかしくてたまらんのさ。だがな、この街じゃあんな風に頭を覆っていることそのものが、既に劣等種でございと宣言しているようなもんだからな。精神のコンプレックスが肉体のそれに負けちまってるってわけだ。
 だが、俺は違うぞ。たとえ剥げてても、心までは干上がっておらん」
 ミスタグリーンは改めて集った人々を眺めた。サンライトヒルのことは何から何まで知っていたと思っていたが、思いあがりもいいところだった。堂々と開き直ったした奴も、劣等感に押しつぶされそうになっている奴も皆それぞれだったが、ともかく彼は一人ではなかった。

 ミスタグリーンの生活は一変した。夜の集いによって孤独から解放され、彼の心に新たな光が灯されたのだ。同じ悩みを持つ同胞たちと語らい、『ノッポで青々とした奴ら』をこき下ろすこのは大きな喜びだった。日中奴らの間で働いている時でさえ、心にどこか清々しいものを感じていることができた。所詮奴らが今の暮らしをできるのは、自分の都市設計あってのことなのだ。この才能がなければ、サンライトヒルは理想都市に成り得なかった! 俺の価値を理解できない愚か者どもは多いが、それで構わない。俺の才能は俺自身が知っていればそれで十分だ。
 彼は新たな仕事にとりかかった。サンライトヒルの創造主として、この街に住むすべての者に光を届けなければならない。そう、夜の同胞たちにも光を与えるのだ。たとえ光合成の効率が悪く酸素供給率が低くとも、そんなことは関係がない。皆等しくこの街で生きているのだ。
 サンライトヒルは人工的に高台として造られている。効率よく日光を浴びて暮らせるように、居住区は高所に据え付けてあるのだ。住人たちの足元には生産施設や空調設備、上下水道などのライフラインが埋め込まれていた。彼は街の横腹に注目した。この部分にも陽はあたる。利便性とその狭さから居住区には向かないということで、誰もここに注目していなかったにすぎない。ここに常緑の植物を育てるためのプランターと採光設備を儲けることを彼は提案した。サンライトヒルが緑の都市であることを街の外から見た時にもアピールしようというのが名目であったが、ミスタグリーンはこの新緑地が同胞たちが日中でも密かに集える場になればと考えたのだった。
 彼の提案は受け入れられた。採光都市の上役たちはサンライトヒルの名がより一段と輝くであろうこの計画を気に入ったらしい。計画は急ピッチで進められることになった。

「これはどういうことですか!?」
 ミスタグリーンは怒りに震えながら設計室長に詰め寄っていた。相手はチビで禿の、だが能力だけは折り紙付きの部下を見下ろしながら静かに答えた。
「君の提案は素晴らしいものだった。だからこそ議会で承認されたのだ。議会からの要請を取り入れた上で、この計画は進められている」そして例の眼差しと共に付け加えた。「これはサンライトヒルの一大事業だ。決して、君個人の計画ではないのだよ」
 ミスタグリーンは震えながら設計図に目を走らせた。彼が提案していたはずの緑地は居住区に姿を変えている。一般のものよりも明らかに高級な造りだ。幅広くとられた新エリアは、生産施設エリアに食い込んでいた。各設備はこれまで以上に隙間も無いぐらいに押し込められていて、そのぎゅうぎゅう詰めの間を様々なライフラインが血管のように走っているのだ。
「こんな大規模な改築は無理ですよ」図面から目を離さずに、彼はうめき声を絞り出した。
「資金なら問題ない。見たまえ、君が新たに提示した新たな日照地……都市の側面部は、新たなサンライトヒルの看板となる。見た目も質も上等な一等地となるのだ。ここに家を買えるのは上流階級だ。既に契約は始まっている……我々には法外な値段だが、連中にはちょうどいいのさ。サンライトヒルの一番ホットな話題、その中心にいるために金を出すというわけだ」
「だが、生産施設はどうなるんです? ライフラインは? 改築中は生活に大きな支障が出るのは避けられない……それにこんな無理な詰め込み方では、後々致命的な問題が発生するかも……」
「これはサンライトヒルが一段上の理想都市へと生まれ変わる計画なんだよ、グリーン君。全てのリスクを踏まえた上で検討されている。造るのは居住区だけではないんだ、サンライトヒル全体のリニューアルに等しい」
 設計室長はこの優秀な部下の唯一の欠点――頭頂部を見下ろしながら本能的な優越感に浸っていた。
「一介の設計屋に過ぎない君には、想像もできないスケールかもしれないがね。無理にでも納得してもらおう。さあ仕事に戻りたまえ。君には上水道の設計をしてもらうことになっている」
 ミスタグリーンはもう何も言えなかった。サンライトヒルそのものが相手では何も出来るわけがない。彼は枯れかけた立木のように、おぼつかない足取りでその場から引き下がった。

 存分に陽を浴びることができる新たなエリアは、その値段にかかわらず完売した。潤沢な資金とサンライトヒル議会の後押しの元で計画は順調に進み、街は生まれ変わった。
 議会は生まれ変わったサンライトヒルをより良い街にすべく、新たな政策を打ち出した。都市に貢献しない者への弾圧を推し進めたのだ。酸素を都市に供給できない者は、一部の例外――ミスタグリーンはここに含まれていた――を除いて皆、追放されることが決まった。緑の街を謳うサンライトヒルの景観に良くないというのだった。追放された者が外界でどう生き延びるかについては無視された。哀れな人々が街から追い出される中、難を逃れた者は入り組んだ地下へ逃げ込んで息をひそめた。夜ももう安全ではなかった。議会が編成した夜警団が街をパトロールしているのだ。日光を浴びれないというので、夜警団の連中は常にいら立っていた。街にふさわしくない者どもを全員追放できれば、この役目も終わると言わんばかりに荒々しく暴力をふるう彼らによって、さらに多くの者が都市から荒野へと放り出された。

 ミスタグリーンは常に名誉市民証明書を見える場所に掲げながら暮らすようになっていた。これまでに何度も通報された。以前とは比べ物にならないぐらいに、向けられる視線には敵意が込められていた。嫌がらせも増えた。今やサンライトヒルは地獄だった。しかもこの地獄を作り出したのは、他ならぬ自分なのだ。
 精神をすり減らす日々に、ついに耐えらなくなった彼は地下へ潜ろうと決心した。もう名誉市民なんてどうでもいい。こんな地獄で名誉も何もあるものか。
 都市計画に携わり、設計士として働いていた彼は、サンライトヒルの地下を知り尽くしていた。人の目に触れずに潜れる入口も、追いやられた人々が集まっているであろう場所もわかっているのだ。

 巡回する夜警団を避けながら、彼は暗い夜にまぎれて地下へと消えていった。空調整備用の通路を進み、ダクトに沿って梯子を伝い降りる。生産施設に沿って曲がりくねるパイプの上を渡り、都市の隙間を目指した。ここまでは日夜問わず外の光は届かない。計器類が放つ鈍い光を頼りに彼は進んでいく。もうすぐわずかな空間があるはずだ。追われた人々が暮らしているとしたらそこしかない。うなりを上げる大型の機械にそってあと一曲がりというところまで進んだ時、声が聞こえてきた。

 サンシャインヒルへの怨嗟の声だった。

 ミスタグリーンは足を止めた。サンシャインヒルへの恨みは、そのまま彼への恨みであった。彼はもう、裏切者なのだった。彼は足音を立てぬように引き返し、梯子に手をかけた。これを登っていけば、日の当たる地獄へ戻ることになる……。
 彼はそれ以上進めなかった。地上と地下の間で男はたった一人、動くこともできずにただ泣いた。  


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