世界がいっぱい

超科学秘密結社「ネオメテオラ」

目指せ世界征服!

来たれ野心抱く若人!
共に世界を我が物としよう!

※特に怪人志望の方、歓迎します

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 その怪しげな広告看板をベランダに掲げたアパートメントの一室には、所狭しと太いコードがのたうちまくっていた。何本もあるコードは不格好な機械へと集まっていて、その機械はギィギィと音を立てながら意味ありげにライトを小刻みに点滅させていた。

「どうだろう、オルガノン。この実験がうまくいけばいくらでもシミュレーションが可能になる。何千通りもの作戦を試してみることができるってことだ。そしてうまくいったのがあれば、僕らもそれを実行すればいい。我々が目標に掲げる世界征服も現実的になってくると思うんだが」
 コードを部屋の隅々までのばして鎮座する世界最高峰の培養ニューロンサーキット(つまり人工頭脳だ)であるオルガノンは耳障りな合成音声で答えた。
「その通りです。ワイズ・ワイズマン博士。貴方の計画は、実に、実に意味のあるものです」
「君もそう思うか、オルガノン」ワイズマン博士は顔を輝かせたが、すぐにしゅんとなった。「けど、デゥーヴはそう言わないんだよ」
 デゥーヴ・ポポロット博士はコードの間から面倒臭そうに大柄な身体をゆすって起きあがった。彼はこの秘密結社の代表で、今はオルガノンに繋がるコードのチェックをしていたのだ。オルガノンは彼の最高傑作で、だからこそ彼はオルガノンのことを誰よりも知っていた。
「ダメだって言ったろう、ワイズマン。オルガノンもいい加減にしろ。お前、わかってて言っているな?」
 本日二度目のダメ出しをくらったワイズマン博士はおとなしく引き下がったが、夜遅くまでオルガノンと話し込んでいた。

 次の日ワイズマン博士は再び切り出した。
「あの後一晩中考えたんですがね、やはりこの方法なら様々なことがシミュレートできる……世界征服に効果的な一手が見つかるはずですよ」
「またその話か、ワイズマン。『ネオメテオラ』の責任者としてそんな実験は許可できんと昨日言ったろう」
 ポポロット博士はにべもなく返した。しかし今度はワイズマンも食い下がった。
「貴方が生み出したオルガノンの能力があれば、一瞬に限りますがこの世の全てをそっくり記憶することができるんです。オルガノンの記憶は要するにデータです。つまり、複製が作れるんですよ!
 あとはその複製が動き出すように刺激を与えてやればいい。複製されたデータはすでに新たな世界なんです。手を掛けなくとも勝手に存在していける。我々は慎重に観察していけばいいんです」
 ポポロット博士は昨日よりも大きなため息をついた。「とにかく、ダメなものはダメだ」
「オルガノン自身がこの方法でいけると言っています」
「だからこそだよ、ワイズマン」
 これで話は終わりだった。

 その夜、ワイズマン博士はこっそりと仕事部屋へと舞い戻った。ポポロット博士がすでに帰宅していることを確かめると、彼は培養ニューロンサーキットのところへ行った。

「オルガノン、ちょっとこいつの計算をしてくれ」
 ポポロット博士は自分が生み出した世界最高の思考機械に声をかけた。オルガノンは少し間をおいてからラジャーと返事をよこした。博士は眉をひそめた。
「反応が鈍いな。何か別の仕事をしているのか?」
「そうです、デゥーヴ。実は今、かかりきりの作業がありまして。でも必ずそちらもやりますから、もうしばらくお待ちください」
 ポポロット博士は嫌な予感がした。ワイズマン博士は今日はおとなしく自分の席で何か作業に没頭しているようだ。彼は同僚の近くへ行ってみたが、相手は特製ゴーグルをかけたままポポロットが来たことに気づきもしない。
「ワイズマン、お前……創ったろう?」
 ワイズマン博士はぎょっとしてポポロット博士のほうに顔を向けた。ゴーグルを外し、卑屈そうな目で見上げる。
「……そうです。デゥーヴ、貴方は反対しましたがね。ご心配いりません、うまくいっていますよ。今、3人ほど国家元首を暗殺してみたところです。この先どうなるか見物ですよ」
「今すぐ実験を中止し、その複製を破棄するんだ」
「なぜです?」
「良くない影響が出るからだ。下手をすれば現実が崩壊するぞ」
「それはいったい……」
 だがワイズマン博士が言い切る前に、もう一人の博士はオルガノンを問いただしていた。
「そうだな? オルガノン」
 世界最高峰の機械は即座に答えた。「まあ、その可能性は高いですね」

「一体どういうことだよオルガノン? 君、そんなこと一言も言わなかったじゃないか!」
「貴方に可能かどうかと聞かれましたので、可能ですと答えただけですよ」
 ワイズマン博士は今にも泣きそうな顔だ。
「……そんな危険だって知ってて、なんで薦めたんだよ」
 オルガノンは今度は答えなかった。ポポロット博士は慰めるように同僚の肩をたたいた。

「複製の消去が完了しました。存続時間は18時間と35分、22秒066です」
 部屋にオルガノンの声が響いた。ワイズマン博士は自らの創造物を覗き込み、それが確かに虚無と化していることを確かめた。
「バックアップなんぞ残してないだろうな、オルガノン」
「大丈夫です。残しておりません」ポポロット博士の言葉にオルガノンは即、返してよこした。

「この現実――世界とも言えるな――には許容量ってもんがある」
 オルガノンに次の仕事をさせながら、ポポロット博士はワイズマン博士に言った。ワイズマン博士は頭をかきながら恥ずかし気に答えた。
「いや、ああやって客観的に見ると僕って奴はどうにも愚かしいですね」
「今回消したもう1つ世界の君は、今ここにいる君と同じ発想を以て、同じ実験をしたってわけだな。
 複製とは言っても平行世界じゃない。それはこの世界の中に生み出されるわけだから、そのたびに世界に必要な大きさは倍々になっていく。つまり、そのうち世界の容量を超えてしまう羽目になる」
「ちょっとまってください、世界が世界でいっぱいになると言っていませんか?」
「今までは世界の中には世界は1つしかなかった。だから問題なかったんだ」
 ポポロット博士は頭をかいた。
「君がその原則を乗り越えたというわけだよ、ワイズマン」
 ワイズマン博士もまた、頭を一かきした。
「そうすると、世界が内側から圧迫されて……限界を超えた時に決壊するというわけですね。
 何もない部分――余白があると、そう考えているんですね?」
「宇宙が膨張していることは君も認めるだろう。全ての観測結果がそう示している。つまり増えていく容積を許容するだけの余白がある。そういうことだ」
「その余白に複製された世界がおさまる、そういうわけですか」
「だから際限なく世界を増やせば、当然いずれかの段階で限界を超える――もっとも、実際にその時になってみないと何が起きるかはわからんがね。だがまぁ、ろくなことにはならんだろうな」
「……すぐに止めてくれて助かりましたよ」
 ワイズマン博士は安堵の息をついたが、すぐに神妙な顔になった。「……でも今の、我々がいるこの世界も他の僕が作ったって可能性もあるんですよね」
「そうだ。君は天才だからな、ワイズマン。だが、その世界のワシが君を止めてくれるだろう。たった今、ワシがそうしたようにな」
「そうしたら、この世界も消されてしまうかもしれませんね。でもそうなったとしたら、そのとき僕たちはどうなるんですかね?」
「もし消されるのなら、それはワシらが複製品だってことだ。オリジナルがいるのなら問題は無い……はいそうですか、では大人しく消えましょうと割り切れるかどうかはまた別だがね。考えるだけ時間の無駄だよ」

 そこでワイズマン博士は考えるのをやめて、オルガノンのほうに目をやった。
「しかし、なぜオルガノンは僕に実験をするようにしむけたんですかね?
 ……そうか、1つや2つぐらいなら世界のバックアップがあったほうがいいかもしれませんね。ほら、世界情勢も色々あるじゃないですか。世界征服を狙う組織も我々『ネオメテオラ』だけじゃないですし……」
 ポポロット博士はため息をついた。
「いいや、どの世界にも君がいる。君がいれば世界を増やそうとするだろう。我々には、世界の数を2以上の値で安定させておくなんてことはできやしないんだ。増やした世界の君を殺して取り除いたとしても、ワイズマン博士を欠いた世界で効率的な実験結果が得られるわけもない。
 それに、こいつがそんなことを考えるものか。どうせ効率よく仕事ができるとでもふんだんだろう。複製世界はこいつを介して作られるんだ。複数の世界に存在するオルガノン同士でデータのやりとりも可能なはず。そうだな?」
「そんなことはありませんよ、デゥーヴ。世界最高のニューロンサーキットは私だけで十分です。それが何台もあるなんてイヤじゃないですか」

 だが、ポポロット博士は自分が産みだした機械の事をよくわかっていた。
 オルガノンほど信用のならないニューロンサーキットなんて、他の――それこそあらゆる世界を探してもありはしない。

 だから博士はぴしゃりと言ってやった。
「次やらかしたらお前の性能をおもいっきり下げてやるぞ。わかったな?」  


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