偉人製造の達人

 よう、そこのアンタ!
 そうそうお前さんだよ。不景気そうな顔してどうしたい? え? そんな顔してないって? まあそう言うなって。決めつけはよくないぜ? 大体人間だれしも心のどこかが不景気なんだって。100%能天気だったら、そりゃただの阿呆だろうよ。アンタだって阿呆じゃないだろう? な? ほら見ろ、やっぱり不景気そうな顔してるってわけだよ。俺ぐらいでないと気付かないだろうがな。
 でだな、そんなアンタにいい話がある。ああ待て待て、ちょっと聞いてくぐらいいいじゃねぇか。いきなり金をとろうてんじゃないんだ……もっとも、俺の話を聞いた後でアンタが商談に乗ってくるってんなら話は別だ。なあに、アンタの心にある不景気を吹き飛ばしてやろうって思ってね。

 アンタ、過去改変って信じるかい? 未来のことは変えることはできねぇよな。そりゃぁまだ起きてないモンは変えるもへったくれも無ぇわな。だが過去はもうすでに起きちまったことの集積体だ。これこれこういうもんだって決まってるから、変えることも簡単だ。俺はそれを生業にしてるってわけ。おっと、具体的なやりかたは企業秘密だ。聞いてくれるな。
 それはともかく、俺の先祖は有名な発明家でね、色々と一族だけに残してくれてたのさ。ちょいと変人でね、大事なことは残した膨大なメモの中に分散していたり、あるいは鏡文字で書かれていたり、はては描いた絵の中に暗号として紛れ込んでたりしてね。おっと、ついつい自慢じみちまうな。イカンイカン。ま、ようするに俺がその秘密を解いたってわけだ。
 ん? 先祖の名前かい? アンタだって絶対知ってるぜ。何しろ有名人だからな……ニッコロ・ダ・ヴィンチ。16世紀の偉人、「万能の人」って呼ばれてるあの御人さ。……なんだその顔は。ヴィンチ村のニッコロさんだよ、そこらのガキでも知ってる名だぜ? んん? レオナルドじゃないかって? ……ちょっとまってくれ。アンタ、レオナルド・ダ・ヴィンチを知ってるのか。いやいや……嘘だろ、まいったな……。

 どうもヘマをやっちまったらしいな。『ダ・ヴィンチの子孫たる発明家』ってのが俺の商売上の看板文句だったんだが……まぁ駆け出しのころの仕込みだからな、詰めが甘かったってことかね。だが今ならそんなヘマはしないぜ、漏れなく全世界の人間が認める偉人を作ってやれる。そうさ、アンタのご先祖様に、偉人を用意してやろうってのさ。すげぇ功績を誇る先祖を持つってのは、なかなかのステータスだ。
 ほら、家系図ってあるだろ。アレな、今も昔もそうだが金払ってそれらしいのを作ってんだぜ。家系図職人ってのがいるのさ。この俺も、似たようなもんだ。だが連中とは違う点が一つ。あっちは完全なでっち上げだ。疑う奴もごまんと出るし、本当かどうかも証明のしようがないって不確かな代物だ。ところが俺の商品はそうじゃない。過去改変で実際にお客のご先祖様を偉人にすることができるのさ。どうだ、少しは興味がでてきたか?

 あ? またレオナルドの話かい。そうだな、半分はネタがバレてるだろうからアンタには特別に教えてやるよ。誰にも言うなよ……俺の過去改変ってのは過去干渉機とかそういう類のモンを使うんじゃない。あえて言葉にするなら記憶と記録の改竄だ。言うのは簡単だが、実際にやるとなりゃ、かなりややこしい手順と手先の技術がいるんだぜ? 多くの客は俺が過去干渉機で未来の技術や発見を教えに行くと考えているようだが(まあ俺がそんな風に説明するんだが)、どこの馬の骨ともわからん奴を、歴史に名を残すような偉人に仕立てるのはリスキーだ。何を教えるにしても専門的な知識が必要だし、そもそもソイツが理解できないともかぎらねえ。第一、どんなバカかもわからねえんだからな。だから、俺は別のやり方をしてるってわけだ。
 アンタはレオナルドのことを知っていたな。そう、既にいる偉人の功績をのっとるのさ。これなら俺には一つだけの専門知識――歴史改竄さ――があれば済む。なにしろ人類の歴史には山ほど偉人ってやつはいるんだ。芸術家、思想家、発明家、文豪、科学者、それに冒険野郎とか、シンプルに英雄とかな。俺がちょいちょいといじくれば好きな人物にその功績を移せるのさ。いや、移すってのは正確じゃないな。名前だけ挿げ替えてやるってわけだ。レオナルドをニッコロにちょいちょいと代えちまったようにな。

 で、どうだ? アンタも偉人の先祖が欲しくなってこないか? 人生面白可笑しく快適に過ごそうと思ったら、何か一つでも誇れるもんがなきゃならねぇ。周りがちやほやしてくれる部分がな。血筋や家系ってのはでかいぜ? たとえどうしようもない奴でも、それだけでうまいこと世を渡ってる奴は結構いるぜ。新聞を開いてみりゃ4、5人はあっという間に見つかるだろう? 
 そうだな、アンタならお代はいらねえ。その代わり、俺の商売の秘密を言いふらしたりしねえでくれりゃぁいい。どうだ? 悪くない取引だと思うがな。どんな立派な先祖がお好みだね? 人類を疫病から救った医者なんてどうだ? 気に入らねぇなら、ピラミッドを造らせたファラオなんかもおススメだ。

 ……おっと、いけねぇ。何か見覚えのあるヤツが来るじゃねぇか。ちょいと前に料金踏み倒してくれたヤツだな。へへっ、腹いせにあいつの先祖を界隈で笑いモンになってるつまらん小悪党にしてやったんだが……報復に来たってわけだ。ゴロツキどもを引き連れてやがるが、まじめに付き合う必要はねぇわな。ちょうどいい、一旦看板を下げるとすっか。商売の話は忘れてくれな!

 ……ちょいちょいっと。これでよし。

 俺の先祖、ニッコロはただの田舎者だぜ。発明家の血なんて俺にゃ一滴も流れてねぇよ。もちろん過去改変なんて大それたことができるわけもない。ダ・ヴィンチが遺した秘密の遺産なんてなんのことやらだ。ヤツらも俺がなんのとりえもない男になっちまったんでポカンとしてやがら。
 アンタも知ってる通り、レオナルド・ダ・ヴィンチこそは世界中の誰もが知ってる偉大なる男さ。
 何もおかしいところはない、だろ?

 いや、今日はアンタに出会えてよかったぜ。それじゃこのへんでおさらばといこう……次はレオナルドなんて忘れさせてやっからな!  


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