エデルはちょうど子供たちと出かけるところだった。
彼女たちは玄関でミレーニャと出会った。ミレーニャも子供たちを連れていたが、こちらは戻ってきたところだった。帰還したばかりの子供たちは心なしか大人びて見えたが、同じように引率の先生を信頼しているのがありありとわかる。
「お迎えお疲れ様」エデルは会釈した。エデルが今まさに出かけようとしているのを見てミレーニャも答えた。「また見つかったの? 休む間もないわね」
「本当、どこにでも蔓延るから困りものよね。子供たちも大忙しよ」
「少し待ってくれたら最新データを引き継げるけど?」
「うーん、そんなにのんびりはできないんだけど……でも、そうしようかしら」
まだ何も学習していない子供たちを見ながらエデルは言った。そこで、ミレーニャは連れ帰った子供たちと一緒に奥へ向かった。最も新しいデータを抽出するために。
こうしてエデルは少し遅れて出発した。その代わり、子供たちは最初から賢くなったわけだ。ミレーニャの帰りとタイミングが合えばこういうこともできる。長年の経験で、このほうが効率よく進むことを彼女は知っていた。
宇宙には、生命にとって適した環境になりえる惑星がごまんとある。それこそ毎日新しく発見されるぐらいだ。宇宙の広さを考えれば当然ではあったが、観測技術の進歩によるところが大きい。だが、一定の確率で汚染されていることがある。星を覆うほどに繁殖し、自らの営みのために毒の瘴気を吐き出しながら、自分ではその毒に適応しているという、そんな厄介な生命体が存在するのだ。エデルとミレーニャ、そして子供たちの仕事はこのような害性生物を一掃し、環境を浄化することだった。子供たちはこの仕事につくために、連中の毒に耐性があるように作られていた。だが、それだけでは足りない。戦うためには知識が必要だ。
「いいですか、よーく勉強して立派に働くのですよ。君たちの仕事は星を活かす大事な仕事。ゆっくりでも構わない、できるペースで無理なくね」
エデルは目的地へと到着するまでの間、子供たちの教育に努めた。ミレーニャからもらったデータは大いに役立った――何しろ、彼女が連れ帰った子供たちは仕事を終えてきた大先輩なのだから。
やがて楽しい学びの時間は終わり、エデルは子供たちを星に降ろした。これから子供たちは星を整備する作業に入るのだ。
「おかえり、エデル。こないだのデータは役に立った?」
「そうね……いつも通り、どうなるかはわからないけど。多分プラスに働くと思うわ」
一人で帰ってきたエデルは早速ミレーニャに捕まった。彼女は仕事を終えたまた別の子供たちを迎えに行くところだった。
「今度も聞き分けのいい子たちだと楽なんだけど」とミレーニャは言った。星を整えた子供たちは往々にして自分たちが万能の王になったと勘違いしていることがあるのだ。
「まあ、その背伸びもかわいいんだけどね」
「お仕置きしてる時の貴方、結構楽しげに見えるわよ」
「そんなことないって、人聞き悪いなぁ」
二人はそこで別れ、それぞれの仕事に向かったが、結局のところ、今回はミレーニャは子供たちを連れて帰ってはこなかった。
あの時連れて行った子供たちは着実に自分たちの力をつけていった。ミレーニャがくれた先輩たちのデータによる教育の賜物か、彼らは非常に効率よく物事を進めた。初めこそ敵の恐るべき瘴気の腐食力に抵抗できずにいたが、やがて順応した。そしてひとたび武器を得ると一方的に敵を蹂躙しはじめ、星のほぼ全域にその支配力を広げていった。彼らが使った武器は敵の瘴気が無ければ威力を発揮しないタイプのものだったが、一方的に相手を炭化させることができた。この効率の良さが、長年の経験の蓄積なのだ。この方法は15世代ほど前に発見された。いや、その間にもミレーニャが子供たちを連れ帰らないケースが6回ほどあったから、21世代前か。
「あまりよくないわね」
遠く離れた星で働く子供たちの様子を観察していたエデルは独り言ちた。幾つかの星で、子供たちに増長の気が見えてきたのだ。ここまで彼らは手にした武器を振りかざし、悪性種の駆逐に関しては良い成績を収めていたのだが、残念ながら己の領分を越えて成長していたのだ。こうなると、一定の確率でうまくいかないことがある。なまじっか毒に適応しているものだから、汚染された星のままでも暮らしていけるのである。そして自ら毒を発するようになる。これは駆逐すべき悪性種の瘴気とはまた別の毒だが、毒であることに変わりはない。たとえ敵を滅ぼしたとしても、星の環境がよくならないのでは意味がない。
彼女は現在子供たちが働いているいくつかの星の状況を整理し、まだ作業がさほど進んでいない星については最初からやり直すことに決めた。手遅れかどうか判断がつきかねた2、3の子供たちについては引き続き様子を見ることにした。そして、もう手遅れだと思われた子供たちのために祈った。彼女はミレーニャに手紙を書いた。
「さようなら、私のかわいい子供たち。あなたたちは教師のことを、私のことを忘れてしまった。かわいそうだけど、ここへ戻ってくることは許されない。
ああ、ミレーニャが出かけていく。あの子たちを迎えにではなく、あの子たちを殺しつくして浄化を完遂させるために行くんだわ」
手紙を受け取ったミレーニャは7つの武装を携え、反逆の子供たちを根絶やしにするために出立した。
そしてエデルも、やり直しをすると決めた星に水を注ぎこんだ。彼らが振りかざしていた炎は消され、間違った道を歩もうとしていた子供たちは粛清されて海の底。これまで積み上げてきた全てを失い、わずかに残った子供たちはまた一から仕事を始めるのだ。
「今度は間違えないで。でないと、そっちにもミレーニャがお仕置きに行くことになりますからね」
次こそはうまくやれますように。エデルは星から水を取り除きながら、生き残った子供たちに微笑みかけた。