父の骨

 フニオ・アリオカは窓の外を見た。船は先ほど亜空間航行を終えており、外には漆黒の宇宙が広がっている。遠くに地球のそれとは違う色の太陽が見えた。緑色の光を放つこの主星を持つアウハリックスは、つい数十年前に星交が開かれた惑星だった。未だ地球人が訪れることはほとんどない。
 船のアナウンスが、到着までそう時間がないことを告げる。アリオカはついに戻らなかった父の姿を思い浮かべた。彼の父は第一次アウハリックス友好使節団の一人だった。地球に戻った使節団のメンバーは、アリオ・アリオカはアウハリックスで事故死したと遺族に告げた。父は遥か遠くの星で死んだ。そこに事件性は無いと結論された。
「彼を連れて戻れなかったこと、いくら詫びても詫びきれない……申し訳ありません」
 父と共に星を渡った紳士はそう言って頭を下げた。今でも昨日のことのように思い出せる。

 緑の太陽を持つアウハリックスの大気は地球と似た成分をしていたので、アリオカはメット無しに行動することができた。地球人が珍しいのだろう。街を行くアウハリックス人が皆、こっちを見ているような気がする。ような気がする、というのはアウハリックス人の視線が読めないからだ。彼らの感覚器は地球人のそれとは構造も配置も異なっていたが、頭部以外の構造は大まかには同じだった。縦長の胴体に手足が二本ずつ。そして垂直歩行をしていた。
 だから町の造りも地球に似ていた。もちろん意匠はまったく異質だったが、足で歩き、手で掴んだり押したりするのは同じ感覚でできる。アリオカはアウハリックスの町を歩き、事前に星間通信でやり取りして決めていた場所を目指した。ロロネールという名前のアウハリックス人と落ち合う予定なのだ。

 待ち合わせの場所で彼はロロネールと出会った。正直、他のアウハリックス人とは見わけがつかない。だがあらかじめすり合わせていた通り、ロロネールは地球の地図を描いた布――おそらくは衣服と同じ機能を持つ――を身体に巻いてたので、地球人のアリオカにもそれとわかったのだ。ロロネールのほうでもアリオカを見わけたようだ。今現在アウハリックスにいる地球人は彼一人のはずなので、これは当たり前ではあった。
「こうして会えてうれしいです、フニオ」翻訳機を通じた音声でロロネールは言った。「私がXXXXXXXです」
 星間通信ではロロネールと翻訳されていた相手の名前は、直に聞いてみるとまったく違う響きを持っていた。
 彼はXXXXXXXと挨拶をかわし、XXXXXXXの住居へと向かった。

 途中、立派な橋を渡った。地球でもこんな大掛かりな橋はめったにない。
 アリオカが感嘆していると、XXXXXXXはこの橋は町長達の記念として作られたものだと教えてくれた。町長は代々最も偉大なアウハリックス人が務めるべしと法で定められているので、これからも橋は立派になり続けるだろうとXXXXXXXは誇らしげに語った。やがて彼らは、アウハリックス人の住居へとたどり着いた。やはり地球人から見るとどこか奇妙な建築物だった。

 XXXXXXXの親(翻訳機はそう解釈した)は、地球の使節団を迎えたアウハリックス人の一人だった。彼らの親はその昔、お互いの星の代表として相対していたのだ。アリオカの父親が不慮の死を遂げる前、家族に送った個人的な通信の中にXXXXXXXの親の名前があった。アリオカはそれを手掛かりにしてXXXXXXXと連絡をつけることに成功したのだった。
 父親の死について、彼は知りたかった。そして彼は日本人だったので、父親の遺体を、せめて遺骨だけでも地球へ持ち帰りたいと思っていた。(日本という国は火葬の習慣があり、焼いた後に残る骨を先祖が眠る墓に納めるのである)
 アリオカはその想いを打ち明けた。文化の違いはあるだろう。もしかしたらアウハリックスと地球では生死観が大きく異なるかもしれない。だが、そのために遥々アウハリックスまで来たのだ。
 XXXXXXXはアリオカの言葉を聞き、驚いた様子だった。少なくとも、感覚器のいくつかをピクリと痙攣させたのは確かだ。
「死体を? それは何故?」XXXXXXXは聞き返してきた。「いいえ、子が親の死体を必要とするのは普通です。ですが、どうして今なのです?」
 アウハリックスでも身内を葬る習慣があるのかもしれない。だが相手の言う通り、それは昔のことだった。父が死んでからもう十何年も経っている。だがアウハリックスへ来ることができるようになったのもまた、最近のことなのだ。アリオカは父を地球に葬りたいのだと相手に告げた。遺骨があれば、それを持ち帰りたいと。
 XXXXXXXは再び感覚器を震わせた。「葬る? それはどのような行為ですか?」
 アリオカはここまできたら全て説明すべきと考えた。
 アリオカの説明を聞き終えたXXXXXXXは頭(そう言えそうな部位)を捻った。「地球ではそうなのかもしれません、しかし私には埋葬という習慣は理解不能です。そう思えます」
 XXXXXXXは傍らの計器を示して言った。「あれは私の親の記念品です」
 アリオカは計器を見た。地球の置時計にそっくりだ。
「あれは私の兄弟の。そしてあれは私の親の親の。もっと前のものもあります」XXXXXXXは次々と家具や道具を示していく。
「死者は記念の品となり、生きている者の生活に役立つのです」
 アリオカは手にした容器を見た。飲み物が入っている。XXXXXXXはさっき、それも誰だかの記念品だと言っていた。
「貴方は死体を墓にしまうという。墓とはつまり倉庫のようなものでしょう? なんの役にも立たない。それは死者への冒涜ではないか?」
 思わず容器から手を離した。胃の中がぐるぐるしてくる。
「我々は違う。死者は今も我々の生活と共にある。皆、今も一緒。一緒に生きていく」
「私の……父の記念品もあるのですか……?」
 辛うじて声を絞り出した。父はこの星で死んだ。遺体は戻ってこなかった。帰って来たXXXXXXXの声は、翻訳機を通じていても明らかに笑っていた。
「もちろんです。アウハリックスが初めて出会った他の星の人ですから。あなたの親、アリオ・アリオカは我々全員の友。誰もが知る町のシンボルになっているのです」
 アウハリックス人が窓の外を示す。その先には頭一つ高くそびえる尖塔があった。
 そのとき、地球で言うところの音叉に近い響きを尖塔が発した。アウハリックス人はうっとりとその音色に聞き入った。
 アリオカは早々にアウハリックス人に別れを告げ、その住居から離れた。隠れるようにして、胃の中のものをすべて吐いた。幽霊たちがひしめく真っただ中にいる気分だった。

 その夜、一人の地球人が拘束された。町の尖塔から(地球の言葉では該当する単語が見当たらないが、音響装置の一種と推測される)を盗もうとしたのだ。
 一人のアウハリックス人がその地球人と既知だと申し出たが、地球人は何の反応も示さなかった。地球人が持っていた翻訳機は破壊されていたし、彼は頑なに何も言わなかったので、最終的に意志の疎通は不可能と判断された。
 盗まれそうになった(地球の言葉には該当する単語は無い)は異星――こともあろうに、罪を犯した者の故郷である地球だった――との友好の懸け橋のシンボルとみなされた記念品だったので、極刑が課せられることになった。犯した罪の大きさは計り知れなかった。

 フニオ・アリオカがその後いつまで生きていたのかは分からない。アウハリックスの記録にも死亡日時については何も残っていない。ただ判っているのは、彼の遺体はいかなる品にも還元されることを許されず、アウハリックスの大地に埋められ朽ちるままに放置されたということだけである。  


戻る