暴食の権化

「アレの様子はどうなっている?」
 王はいつもの質問を口にした。傍らでかしこまっていた大臣が、これまたいつものようにその話題には触れてほしくなかったという顔をして、玉座の反対側でのんびりとしている大魔導士に視線を向ける。蓄えた白いひげを指でしごきながら、魔導士は王の言葉に動じることなく静かに応じた。いつもと同じ答えだった。
「変わりありません、王。すなわち、ただひたすら食事に邁進しております」

 アレ――つまり、王の命令で創り出された魔導生物――は、今日も本能に従って生きている。というより、それしかできることがないのだ……腹が減っているから、食う。飢餓と結合された状態で創造されたこの生き物は、その食欲を満たすのに必要な身体を与えられていた。頑丈な上に再生能力を持つ歯と、何物をも消化できる胃袋とを。
 元々は際限なく出るゴミ問題を解決するためだった。国が豊かになり、民の生活が向上するに従い、この問題は明らかになってきた。燃やすにも限度がある。豊かな森を削ることは得策ではないと危惧した大臣が大魔導士に相談した結果、アレが造られたのだった。そういう意味においては、彼らは全員この現状に対して責任を負っていた。
「毎日、自身の高さの3倍程度掘り進んでいます……もう2年目に入りました」大臣は汗をぬぐいながら報告した。国中のゴミを集めても、アレの空腹を満たすには足りなかった。
「露出した鉱脈のほうは好調です。生産量も安定しており……我が国は潤っておりますな」大魔導士が続けた。確かに国はさらに豊かになった。だが、数日に一人は足を滑らせた者が穴に落ちる事故が起きていた……2年も食い進められた穴の底は見えないが、落ちた者がどうなるのかは想像に難くない。生きていたにせよ、死んでしまったにせよ、アレの胃袋に収まるのだ。
「万が一にも穴を登ってくることはあるまいな?」
 王が抜け目ない眼差しを2人に送る。何度こうやって確認しただろう。大臣はいつものように大魔導士に話を振り……そして、老人は自信たっぷりに言うのだ。「アレが嫌がる薬を穴の縁から流し続けてますからな……足元しか、進むべき道はありません」
 穴の底をひたすら掘り喰らう怪物。今となっては殺すこともできない。どんな武器も深い縦穴の底までは届かず、たとえ世界で最も屈強な戦士だったとしてもアレの前では文字通り歯牙にかけられてしまうだろう……

 地面の下の下の下、ずっとずっと深いところには何がある?
 王は答える。地面の裏側には別の国があって、逆さまになった人々が住んでいると。大臣なら、青白い死者たちが赴く冥府があると言うだろう。そして大魔導士はこう教えてくれるに違いない。星の中心は灼熱の世界で、そこでは岩も鉄も、何もかもがドロドロに溶けているだろうと。

 怪物は答えを知らないまま、本能のままに深淵へと落ち込んでいく。毎日毎日、自身の高さの三倍程度沈んでいく。

 血気盛んな王は、アレがさかしまの国へと攻め込む尖兵となるだろうと胸を躍らせている……そんなことになれば、きっと怪物はその地の全てを喰らいつくしてしまうだろうに。彼らには、怪物を止める手段はないのだ。しかし征服欲に囚われた王はそのことに思い当たらないようだった。冥府と地上が繋がってしまうと、死者があふれ出てくるのではないかと恐れている大臣は、己の信仰心の程をわきまえていない。神への祈りは全然足りていないのに、縋ることだけは人一倍だ。
 怪物の親にして宇宙の真理の一端を知る大魔導士は、逆に慎み深すぎると言える……自ら生み出した魔術の産物が、星の核によって焼き尽くされると確信しているのだ。だが彼は、贔屓目抜きに稀代の魔導士だった。その技術の粋であるアレが星の圧に耐えきらないとは限らない。もしもそうなれば、星がまるごと――そこに住まう全ての生命をも含めて――餌食となるだろう。その才能を差し引いたとしても、彼の計算は楽観的すぎた。彼は見誤っていたのだ。星が抱く生命の力を。ありとあらゆる存在が大地より生まれ、そして還り逝く。この幾度となく繰り返されてきた世界の営みそのものを怪物は臓腑へと納め、吸収し続ける……。その果てにアレが如何なる存在へと至るのか。星をすべて喰らい尽くしたその時には、アレは新たな星となり太陽の周りを巡ることになるだろう。

 それでもなお、渇きが治まることはない……際限なく大きくなるアレは、やがて太陽に、そしていつしか宇宙そのものになるだろう。その先のことはわからない。宇宙の外側に何があるのか……それが知りたいのなら、アレが星に焼き尽くされないよう祈ることだ。  


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