テテラテギ

 二つの文明が出会った話をしよう。なんだその顔は。歴史上、最も重大な出来事だぞ。少しは勉強しておけ。
 彼ら――ワシらのご先祖様たちだ――はある意味、真に文化交友を果たしたと言えるだろう。享楽と充実。肉体と精神。渇望と悔念。あらゆる面で彼らはお互いを味わいつくした……。ワシの意見を言わせてもらえればだ、これは実に画期的な事件だったと断言できるな。さて、では先ず彼らが出会ったその時まで遡るとしようか。

 『宇宙からの返信――アルルメッシュ反復記号は、異星人からのメッセージか?』
 ある朝、世界で有数のとある国家で絶大なシェアを誇る大手新聞の一面を飾った記事は、いつものようにくだらない政治家のどうとでもとれるスキャンダル疑惑に関するものだった。紙面を数枚めくったところにひっそりと挟まれていた記事のタイトルに興味を持った者は少なかった。異星人からのメッセージ? アルルメッシュ反復記号? 既に大多数の読者――彼らは毎朝届けられるスキャンダル記事だけでお腹いっぱいになるのだ。あと有用なのは番組のプログラム表だけで、積み上げられた新聞の束は数日後の廃品回収に出されるのを待つことになる――は脱落していた。新聞を隅々まで読むような余裕を持つ者だけが、この記事に気が付いたのだ。そんな連中ですら、この内容を理解できた者は稀だった。だが全てが終わった今なら、簡単に説明することができる……要するに、宇宙には地球の他にも文明が育った星があるに違いないと考えた一部の天文学者たちが、細々とした予算の中で電波を宇宙へ放ち、返事を待つということを続けていたわけだが、ついに待ち望んだ反応が返ってきたってことさ。アルルメッシュというのは反応を見出した学者先生の名前で、反復記号ってのは……本題からずれていくので、これぐらいにしていこう。つまりは、人類はついに宇宙人と遭遇したということだな。
 最初の報告にはぴんとこなかった大多数の人々も、続報が届けられるに従い徐々に事態を理解していった。宇宙人が住んでいると思われるのは遠くの太陽、別の恒星系にある惑星ではなく、宇宙を漂う自由惑星であるということ。その惑星は太陽系へと近づいてきており、遠からず遭遇するであろうということ。宇宙戦争による地球滅亡を恐れる声、逆に侵略することで人類は飛躍できるに違いないという声。地球の人々は実に様々な反応を示した。もちろん純粋にに異文化交流に夢見る者もいたが、あっという間にそれらの話題はしぼんでしまった。もうすぐ遭遇するとは言っても、それは天文学的な時間単位でのことであり、彼らが生きているうちには起き得ないことが知られたからだ。
 しかし、未知との遭遇は予定に組み込まれた。世代を重ねるに従い、来るべき遭遇は現実味を帯びていく。最初の反復記号のやり取りからこっち、時間はかかるものの確実に交流は続けられていた。「彼ら」は自分たちの星をテテラテギと呼んでいて、こちらのことをテテルテギと名付けていること。テテルテギの文化に興味を持っていること。そしてテテラテギの文化を紹介したくてしたくてしかたがないということ。
 これはどうやら友好的らしいということで、地球側でも期待と好奇心が恐怖感を打ち消していった。こうしてお互いの土壌が十分慣らされたところで、両者は邂逅を果たした。そのころにはもう宇宙航行技術も進んでいたので、地球人たちと惑星テテラテギの人々はお互い行き来して、それぞれの文化を紹介しあい、体験しあった。二つの文明はどちらも快楽と享楽を糧として成熟してきた、似た者同士だったわけだ。

 惑星テテラテギから地球へもたらされた物は、実に多彩だった。胎児の記憶まで遡ることができる瞑想技術――多くの地球人が、進化の過程で失って久しい尾を振る感触を楽しみ、太古の海で泳ぎ、揺蕩う経験を得た――に始まり、可聴領域とその外を反復しながら美しく囀る鳥――便宜上「鳥」としたが、実際のところ蜘蛛と言われても納得しただろう――とその飼育法、他者と精神を融合させて生み出す、新たな人格の体験――地球人同士だけでなく、テテラテギ人との間でも行われた。これはテテラテギの人々にも刺激的な新しい試みであり、あちら側でも大いに流行った。右脳と左脳の機能を入れ替え、普段使っていない脳の領域を刺激させるのは悦びでもあり、今まで体験したことのないリフレッシュ法でもあったし、それに天気に合わせて最適に調整された血液を取り換え、身体に循環させる快適さは誰も想像したことがなかった。これまでの文学史で記述されたあらゆるユートピアは、宗教が語った楽園は全て陳腐で矮小な存在と化した。想像を超える悦びとはまさにこのこと……テテラテギが持ち込んだ快楽と享楽は、人類を何段階も先へと押し上げた。それまで狭い惑星の中で行われてきた進化の試みをはるかに超えた一歩となったのだ。
 それはテテラテギの人々にとっても同じだった。地球からはアルコール、タバコ、コカノキ、芥子、大麻、ペヨーテ、ハスの実、ある種のカビ、キノコ、その他科学合成されたものやヴィジュアルドラッグ、サウンドドラッグを含むあらゆる麻薬、あらゆるギャンブル、性行為に付随する多種多様な性癖とシチュエーション、疑似体験技術、仮想空間などが持ち込まれた。競争や闘争、破壊にあたるものはすでに彼らは持っていたから、わざわざ紹介するまでもなかったな。
 双方の快楽手段を組み合わせた新しい刺激が連日のように編み出されては、紹介された。二つの人々は誰もが皆、それらの新しい試みに身をゆだね、充実した日々を送った。

 しかし彼らもただただ悦びに溺れていたわけでなかった。魂の充実を感じながらも、やがてくる別れを感じ取っていたのだ。もうすぐこの至福の時間は終わってしまう。誰もが理解していた。それに抗わないことは罪だ。天文学や地学、そして物理学者たちは二つの惑星がいつまでも近くに留まっていられる方法を探した。テテラテギが太陽の周りを巡る軌道に入ることはできないか。あるいは地球が太陽から離れ、テテラテギと共に放浪する道はないか……。その他大多数の人々も動いた。彼らは後悔をひとかけらたりとも残さないよう、日々の快楽に努め、その日その日を全力で楽しんだ。

 そして別れの時がきた。惑星テテラテギは太陽系を通過したのだ。優れた頭脳を持つ人々にも、この別れを食い止めることはできなかった……。再び離れ行く二つの文明を結ぶ宇宙航行技術にも限界があった。二者は再び宇宙で孤独な存在となるのだ。

 ここで地球人たち、そしてテテラテギ人には二つの選択肢が与えられた。すなわち地球に留まるか、あるいはテテラテギと共に旅を続けるか。片方は宇宙の一点で新たな出会いを待つ道。そしてもう一つは宇宙を放浪し、自ら新たな出会いへと飛び込んでいく道だ。第三の文明と出会う確率はどちらも似たようなものだが、二つの人々は大いに迷い、そしてそれぞれに決断した。こうして彼らは混じり合うことになったのさ。ワシは半分以上地球人だが、お前さんは見たところテテラテギの血が濃いようだ。だがワシらの魂が求めるものに差はない。そうだろう?
 草木が水を必要として育つように、ワシらには悦びが必要だ。ただそれだけのことだ。異論などあるまい。二つの文明の反応効果の恩恵にあやかる身なれば、誰もが知っている。実に単純で明快な答えだ。この広い宇宙で快楽こそは共通の価値観なのだ。

 だがな、ワシらはこの地球でもっともっと愉しみを追求していかなけりゃならない。銀河系が回転していることは知っているだろう。つまりワシらはめぐりめぐりて、これからも何度も出会うのさ。そう、これまでもテテラテギと地球は出会ってきた。ミッシングリンクというのがあるだろう。いわゆる、地球人類の進化における大きな溝だ。思い出すがいい、ワシらとテテラテギの出会いが何を産んだのかを。全ては一新された。同じことが過去にも起きていたとしたら、謎は解ける。
 太陽が銀河を一周するには2億と5000万年ほどかかるというが……所詮は現代の天文学者の計算だ。必ずしも合っているとは限らん。星を見上げ、化石とにらめっこしても何もわかりゃせん。
 いいか、テテラテギとの出会いが毎回進化をもたらすなんて安易に考えるんじゃないぞ。今回はお互い新たな快楽を分かち合うことができた。幸運な出会いだったと言える。だがもしも彼らが望むほどのモノが用意できていなかったら……起きうるのは一方的な侵略だ。奴らは戦いの楽しみ、狩りの楽しみ――それは過去に我々が与えたものかもしれないが――を知っている。一度ならず地球は壊滅的な被害を受けたに違いない。大量絶滅を知っているな? 知らないなら調べろ。無論、逆のケースもあったろう。つまり地球側が、テテラテギを蹂躙した過去がな。

 ワシがもっと精進せいと言った意味がわかったか?
 次の邂逅までに、もっともっと深い快楽を見出す必要がある。さあさあ、手に入れたばかりの玩具で満足しているのはやめて、新しい遊びを見つけるんだ。なにしろ時間はあっという間に過ぎゆくものだからな!


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