愚かしき星々

かつて神様が星々を創った時には、それぞれの星の伴侶にと四人の女王をも共に生み出したという。

春の女王はまだ幼く、しかしそれゆえに無限の可能性で眩く輝いていた。
夏の女王は生命力にあふれ、その瑞々しい肢体は何者にも例えることはできなかった。
秋の女王は豊満で、あらゆる祝福をその身に纏っていた。
最後の一人、冬の女王は年老いて痩せていた。血も通わぬようなその心は暗く陰気だった。

春の女王は多くの星にとって喜びだった。
夏の女王は数多の星の寵愛を受けた。
秋の女王もまた、様々な星々の慰めとなった。

しかし、冬の女王を愛さなかった星も少なからずあったのだという。
我らが地球は賢明にも彼女を愛した。
その結果、この星は生命に満ち溢れる楽園となり、六日目には人類を授かることになったのだ。
そして我らが巣立ったのちも変わらず、大いなる揺籠として今なお人類の末裔を育んでいる。

だが、瘦せ細った彼女を拒んだ星々はどうなっただろうか。
神は無意味を良しとはしない。
たとえそれがどのような姿だったとしても、どのような存在だったとしても
そこには必ず理由があるのだ……冬の女王もまた然り。

四人は誰一人として欠けてはならなかった。

「この宙域は一体どうなってんだ……!」
 セヴォーは絶望の声を漏らした。かつて彼と二人の気のいい仲間たち――マンセルとリントンという名だった――が一攫千金を夢見て乗り込んだ探査用宇宙船はもうボロボロだった。未だ人類による捜索が行き届いていない宙域を狙って、星を探す者たちがいる。彼らが狙うのは居住可能な惑星や、あるいはレア資源の塊だ。手ごろな大きさと設備を備えた宇宙船を安くリースし、宇宙で一山当てようというような輩は正規の宇宙開拓局員から正直良く思われていなかったが、なにしろ宇宙は底知れぬ深さを持っている。人手はいくらあっても十分ということはない。そこで欲望を餌にセヴォーのような連中をも駆り出し、人類総動員で地球の外を調べていこうというわけなのだった。
 こうして宇宙進出が本格化して数世紀。次々と全天から新たな惑星の情報が集まってきた。その中にはあらゆるデータを閲覧・照合できる開拓局員でさえも頭をひねらざるを得ないような報告も多数混じっていた。そういった惑星はほぼ例外なく地球型惑星で、いかにも生命体が存在していそうな星なのだが……見た目は当然として、大気成分にも全くおかしい所が無いのに、一切の生命反応が見られないのだ。そしていざ着陸してみれば、わずかな振動で地表が崩れてしまう。骨粗鬆症ならぬ星粗鬆症とでも言おうか。いくつかの事例では、星から離れるために宇宙船が起こす噴射で星そのものが砕けてしまっていた。

 そして今、セヴォーはそういった厄介な星にぶちあたっていたのだった。いや、もっと酷いものだった……しかも三連続だ。最初の星では乗組員のマンセルが地表に降り立った瞬間、その衝撃で星が崩れ去った。かわいそうなマンセルはバラバラになっていく星の残骸に巻き込まれて押しつぶされ、彼もまたバラバラになってしまった。宇宙船はそのまま星が存在していた座標に残された。全てはあっという間の出来事でどうすることもできず、セヴォーとリントンは次の星を探すためにエンジンに点火するよりほかにできることはなかった。何しろもうそこには得られるものは何も――仲間の命すらも――残っていなかったから。
 それで次に見つけた星もまたどうしょうもなかった。先の失敗で懲りた彼らは、今度は資源性の高そうな星に狙いを定めていた。小惑星で構わなかった。むしろ、小さいほうが宇宙船で牽引していくことができる。地球に持ち帰れば法外な値が付くだろう……期待しながら二人がサンプルを採取するためのドリルアームを伸ばしたところ、そいつは尾を引いてそれまでの軌道を離れて飛んで行ってしまった。表面が削れてできたわずかな傷から内部に充満していたガスが噴き出し、瞬時に彗星と化したのだった。有望そうに見えたのは表面だけで、中はスカスカだったわけだ。しかも宇宙船はガスの噴射をまともに(まともだって? こんなことが「まとも」であってたまるか……ふざけやがって!)浴びてしまう結果になった……セヴォーが生き残ったのは全くの偶然だった。哀れなリントンは一気に上昇した熱で宇宙服がいかれてしまい、そのまま血を沸騰させていた。
「しかしよ、今更手ぶらで帰れるわけねぇだろう!」
 仲間を失い、たった一人になってしまったセヴォーは己を奮い立たせるために叫んだ。虚勢だろうがなんだろうが、今の彼には必要な行為だった。彼ら三人は全財産をこの船につぎ込んでいた。何の収穫も無ければ、再び宇宙へ出る燃料すら用意できやしない。このまま帰るも、マンセルとリントンのように死ぬも同じだ。ならば、取るべき道は一つしかなかった。そして、彼は第三の星を見つけたのだ。
 青い海に白い雲が渦を巻いている。角度的に分かりにくいが、どうやら陸地もあるようだった。見た目は地球によく似ており、大気成分もほぼ同じだ。幾分赤道直径は大きいのがわかったが、彼にとって細かい数値はどうでもよかった。この星がもしも居住可能だったなら、一生遊んで暮らせるだけの金になるだろう。死んでしまった二人が地球に残してきたそれぞれの家族にも、十分な額を渡すことができるはずだ。……そう、全ては本当にここが居住可能なればだ。確かめる必要があった。それをせずに地球に戻るわけにはいかない。彼はボロボロの船を降下軌道に乗せた。

「この宙域は一体どうなってんだ……!」悲鳴混じりの声が船内に響く。誰も答える者は無い。一人はバラバラになった星に押しつぶされ、いま一人はガスの噴射で焼かれてしまっていた。もう一度セヴォーは同じ言葉を吐いた。
 地表に着陸するはずだった船は、今や地中に飲み込まれようとしている。星全体が波打ち、スポンジのようになった地表が窓の外を覆っていくのを彼は絶望の眼差しで見ていることしかできない。それはまるで死に瀕した生物が、何でもいいから呑み下して必死に命を繋ごうとしているが如くだった。星そのものの圧によって軋みながら崩壊していく船の中で、セヴォーは自分が今まさに喰われゆくことを理解した。

春から夏を経て秋には豊かな実りをもたらす自然。
そして冬にはその全てが失われる……
いや、それは喪失ではない。次の実りを育てるために必要な準備期間なのだ。

三人の女王のみを受け入れた星では、冬の休息をとる間もなく再び春が訪れる。
いかに豊かな土壌に恵まれようとも、収穫だけが繰り返されているのならば遠からず枯渇は訪れる。
死に瀕した星は少しでも命を繋ごうと足掻くだろうが、全ては無駄というもの。
その行く末は脆く乾いた屍か、内部のガスによって醜く膨れ上がるか……いずれにせよ碌なものではあるまい。

我らが地球は賢明にも彼女を愛した。
この星は循環する生命が満ち溢れる楽園となり、六日目には人類を授かることになったのだ。
そして巣立った者たちの前に、愚かな星たちが次々と姿を現している。

そうした時代だからこそなのかもしれないが……愚か者同士引かれ合うことも多々あるというわけである。

だが憂うことはない。不要な存在など神の業においてはありえない。無論セヴォーもまた然り。
彼は最後の抵抗として、残り僅かな燃料を全て使い船のエンジンをふかすだろう。その振動は小さな、だが確かな楔となって死にゆく星に衝撃を与えるだろう。

宇宙のあらゆる場所で繰り返されるこうした邂逅は、愚かさに凝り固まった塊を分解し、元素を再び宇宙へ還元するのに役立っている。  


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