人を大きく成長させるのに必要なものは何か。答える者によって様々な言葉が出てくるだろうが、自分としては一つ明快な回答を持ち合わせている。好奇心と希望だ。後者は都合のいい解釈と言い換えてもいい。自分はしがない芸術家だが、この仕事は人の成長を促すことができると思う。そう思ったからこそ、自分は長くこの仕事を続けてこれているというわけだ。
「先生、準備できました」
弟子の言葉に顔を上げる。そう、今まさに一仕事成そうとしているところだ。今日のために作り上げた巨大なダム、そして大地に刻んだ数多の溝。ダムを湛える特殊な液剤に仕込み済の珪藻類。これだけの材料と設備を揃えるのは初めてだったため、当初の予定よりも時間がかかってしまっていた。そのようなわけで、初期に仕入れていた珪藻類の維持には気を使うことになった。万が一にも変質しては、全てが台無しになってしまう恐れがある。それは望むところではない。だが、この点、我が弟子は良い仕事をしてくれた。実に優秀な人材だ。いずれ独り立ちするだろう……我が元で学んだことを堆肥とした彼が、独自に咲かせる花々を見る日が待ち遠しい。
「先生!」
おっと、ついつい余計なことを考えてしまう。最後の仕上げに取り掛かるときはいつもこうだ。人に夢を与える者なればこそ、自らも常に夢を求めるべきというのが我が持論だ。
では始めるぞ。ダムの上に上がり、全ての準備が万全であることを確認する。弟子のことは信頼しているが、やはり自分で確かめなければな。世の中には設計や基本理念だけを丸投げしておきながら、さも「自分の作品はすごかろう」という顔をする輩も多いわけだが、自分は違う。弟子に手伝いを頼むことはあれど、全ては自らの手で行うのだ……このように。
ボタンを押してから数秒。ダムの一部が開き、珪藻類が轟音とともに流れだす。先に延びている溝に沿ってダムの中身は広がっていき、この星の地表に見事な絵を描くだろう。珪藻類はそのまま溝に定着し、時間をかけて色彩鮮やかになっていく。そして鑑賞の眼に晒された後、一気に枯れて風化するのだ。一瞬の美。消えた後は、もうそこに地上絵があったことを証明することはできない。このダムも、そのころには土に還っている。ただ赤く乾いた大地だけが以前と変わらず残るのみだ。それでいい。それで十分だ。全てはそうなるように計画されている。環境破壊を伴う芸術など自分は認めない。
地平の彼方へと溶液が広がりゆくのを見ながら、細かい確認をしていく弟子の声。失敗した箇所はないようだ……我が芸術が成ったことを確信し、空を見上げた。夜空にひときわ強く光る青い星。隣の公転軌道を持つあの惑星には、今まさにレンズをこちらに向けようとしている者たちが生まれつつある。ひと時の幻想は、我が厳選された観察者たちを魅了し昂らせ、いつかこの地へと渡ろうと決意させる。一度芽生えたその想いは大きな波となり、世代交代を経てもなお消えることはない。そう遠くない未来、彼らは自らの力で揺り籠から這い出るだろう。
最高の夢を、最も適した者のために。優れた幻想は、それを見る者の好奇心を掻き立て、希望を持たせる。それは彼らの中で増幅し、突き動かされた人々は大きな一歩を踏み出す。かようにして我が芸術は、社会貢献事業の一端を担うというわけだ。