無限路線

[1-あ]

 今日も今日とて満員電車に揺られながら仕事場へと向かう。揺られながらというが、実のところ身動きできないほどの密度だ。誰もが隣の人に寄りかかり、一塊となって運ばれていく。ラッキーなことに目の前の席の男が一人立ち上がり、途中の駅で降りて行った。ひしめく人々の間から身をよじり、できた隙間に滑り込む。
 座席に落ち着き、目の前の人々を見あげながら揺られ続ける……ついさっきまで、自分もこの中にいたのだ。だが、今は違う。空間を感じながら軽度の優越感に浸っていると、ふと車内アナウンスが聞こえてきた。電車が止まってしまったらしい。
 いや、これはありがたい。最近ずっと忙しすぎたのだ。不意に訪れた日常の隙間。本を読むのもいいし、眠るのも悪くはない。つかの間の計画を立てながら、うきうきとする。このまま電車が止まり続けて居れば、今日の仕事は流れてしまうかもしれない……非現実的な妄想を走らせながら、心のどこかでそんなことはないのだと自答する。

[弐-A]

 今日も今日とて世界は変わり映え無いまま時だけが過ぎる。代わり映え無いというが、実のところどれほどの人間が自らの意志で動いているだろうか。誰もが日常に寄りかかり、黙々と日々を生きている。ラッキーなことに目上の者がいなくなる――リタイアなどで役職に空きがでる――ことがある。ひしめく人々の間で身をよじり、できた隙間へと滑り込む。
 新たな居場所に落ち着き、目の前の人々を見下しながら、誰が出しても変わらないような指示を下す……ついさっきまで、自分もこの中にいたのだ。だが、今は違う。軽度の優越感に浸っていると、ふと社内アナウンスが入ってきた。時間が止まってしまったのだという。
 いや、これはありがたい。日々無為に過ごしてきたのだ。不意に訪れた日常の隙間。もう仕事のことだけ考えて生きるなんてしなくてもいい。たっぷり時間はあるのだ……非現実的な計画を立てながら、うきうきとする。いや、無限の時間があれば、如何なる計画であろうとも非現実的であるものか。

[Ⅰ-乙]

 ……あれからどれ位時間が経っただろう。腕時計の針に目をやると、三時間程度といったところだ。未だ電車は止まっている。視線は文字列を滑るだけで本の内容など頭に入ってこないし、眠気もどこかへ消し飛んでしまった。最初の楽し気な妄想はどこへやら、今は進んでない仕事のことで頭がいっぱいだ。眼前で詰め詰めになっている人の壁が不満気にひしめき合う。苛立ちと不安のごたまぜを強制的に見せられながら、この席を立つことすらできずにいる。早く動いてくれと強く願いながら、いたたまれない気持ちで小さくなることしかできない。動いてくれ……いつもの日常に戻ってくれ……

[②-β]

 ……あれからどれ位時間が経っただろう。腕時計の日付表示に目をやると、三年程度といったところだ……馬鹿馬鹿しい。時は止まっている。三年なんて、ただ時計の機構による針の周回数の累積からくる錯覚でしかない。時が止まっているということは、変化もまた起きないということなのだ。最初の楽し気な妄想はどこへやら、今はかつての暮らしへ戻りたいと願う人々でいっぱいだ。無限の時を持て余し、結局何事もなせずにいる自分という存在を強制的に自覚させられながら、誰もがこの永遠に囚われ続けている。早く(早く? そんな概念すら今は失われているというのに、何を言っているんだ?)動いてくれと強く願いながら、いたたまれない気持ちで小さくなることしかできない。動いてくれ……あの日常に戻ってくれ……  


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