流刑

 一人の学者が後ろ手に拘束され、二人の槍を携えた兵士に付き添われて道を歩いていた。ただの道ではない。ここを進むのは、罪を裁かれた者と、その逃走を防ぐための付き添いのみだ。二人の兵士は付き添い人だった。しかし兵士たちは落ち着きがなく不安気に周囲に目を走らせ、どう見ても恐れ慄いているようだ……手にした槍の穂先も震えている。彼ら三人が進む道の先は明るく、影が長く背後に伸びていた。こんなに黒々とした影を見るのは初めてだった。きっと悪魔はこんな姿をしているのだろう。どちらかの兵士が苦し気に呟いた。次第に空気が熱くなってきていた……流れる汗が地面に落ち、あっという間に蒸発していく。
 学者は兵士たちとは違い堂々と胸を張り、行く手に広がる強い光を見据えながら歩いていた。これが咎人の姿だろうか。だが、醜態をさらしている兵士たちのほうが普通なのだ。ここは女神の庇護が薄れる地。深き慈悲の影の端の端。こんな場所で冷静さを保っていられるほうがおかしいのだ。

 罪状は悪魔崇拝への誘惑とされた。人々の身を焼き、目をつぶすという大悪魔。世の中の半分を支配しているというその巨悪は、有史以来この星の人々を脅かし続けてきた。大いなる女神が哀れんで、人間たちを闇のヴェールで覆ってくれなければ、とうの昔に世界は滅んでいただろう。
「ワシはただ、世界の真理を人々に伝えようとしただけだ」
 法廷に引き出された学者は不敵にもそう言ってのけた。その場にいた全員がせせら笑ったのも当然だった。ある日突然空から落ちてきて世間を騒がせたあの鉄の槍が、天に瞬く星の間からやってきたなどと妄言を吐き、さらにその星々にも人間が住んでいると嘘で塗り固めた言葉で人々を惑わして回ったこの男が、言うに事欠いて世界の真理だと? 

 そもそも〝槍〟は、地の果てを取り巻いている輝く砂塵の壁の向こうから悪魔が投げ込んできたに違いというのが、他の良識ある学者たちの見解だった。大体この星以外に人間が住む地などあるものか。こんなことを吹聴して回る時点で、魔に魅入られているのは明らかだ。かの慈悲深き女神が世界を作り、人間を住まわせた……いと高き聖伝に記された歴史がそう定めている。たった一つの楽園であるが故に、大悪魔が嫉妬に駆られ、機会あらば誘惑の手を伸ばしてくるのだ。
「女神の慈悲が我々を守ってくださっているのは確かだ。その点については聖伝を疑う余地はない」
 さしもの罪人もそう言った。だが、その後に続いた言葉は到底受け入れられぬものだった。「悪魔のほうは正しく伝えられているとは言い難い。いいかね? 我々が悪魔と呼ぶモノこそが、世界の中枢なのだ。かの存在なくして世界は成り立たない……女神と同じ、あるいはより上の存在でなければ説明がつかん」
 この罪がとてつもなく重く、通常の刑罰ではとても足りないことに異議を唱える者はいなかった。執行される刑は追放と決まった。すなわち、女神の庇護の剥奪。よほどの大悪人しか適応されないこの重罰は、歴史を紐解いてみても片手の指に足りる人数にしか下されていない程のものだった。

 こうして彼は、女神の護りが失われる地へと放逐されることになったのだった。今や、優しい陰りは眼前の光によって薄まり、見たこともないような眩さが流刑者の道を照らしていた。
 兵士たちは立ち止まり、これ以上進むことはできないと泣き崩れた。二人を残し、学者は迫る砂塵の輝く壁に向かって歩み続けた。
 彼は幸せだった。彼が〝槍〟から回収した情報群には、確かに他の星とそこに住む人間たちについての知識が含まれていた……そう、同胞は宇宙に満ち溢れている。そして、人類の宿りである星々はそれぞれ異なる環境にあるのだった。宇宙はなんと多様で複雑なのだろう。この女神が護りし星もまた、そういった場所の一つにすぎないのだ。
 彼の心を鷲掴みにしたのは、人が住む星々が共通して抱く〝主星〟なる存在だった。最初こそ女神のことに違いないと考えたが、これが間違っているということはすぐに分かった。疑問は好奇心となり、彼はつかんだ事実を己の心にとどめておくことができなくなった。その結果がこれだ。しかし汚名と引き換えに、彼は道が開けたと確信していた……この先の光、砂塵の壁の向こう側を支配しているモノこそ、我々が長きに渡り大悪魔と呼んできた世界の中枢、〝主星〟に違いない!

 生まれて初めて晒される熱さの中、彼は巻き上がる砂の中へと踏み込んだ。信じられないほどに熱せられた砂が肌を焼き、吸い込む息が肺を干上がらせる……昼と夜、この星に住む人々には無かった概念を隔てる壁を抜けたその時、彼はこの星が巡る主星――すなわち太陽――を見ることになる。他の場所でなら恵みの光をもたらす存在。それはまるで彼がよく知る女神のようであった……しかしこの星において両者は近すぎた。ホット・ジュピター。どこで聞いた言葉だったか……そうだ、〝槍〟だ。遠い星の知識だ。
 万物の存在を許さず、一切を燃やし尽くす凶暴な火球。その巨大な姿が天の一点から微動だにせず空を覆いつくす様を見て、彼は全身を焼かれながら大望が成就したと感極まるだろうか? それとも、女神の庇護を懇願しながら悔い改めることになるのだろうか?  


戻る