ドゥンク。ドゥンク。ドゥンク。
太鼓の音が響きわたる。
いつも太鼓を叩いているのはなんでなの?
小さな男の子の問いに、しわくちゃに年老いた男が空を指さしながら、もごもごと答えた。
あれは鯨の鼓動なのじゃ。わしらの太鼓は、その心臓の音なんじゃよ。
だからな、止めちゃならん。太鼓を叩くのをやめたら、鯨はきっと死んでしまうだろう。
男の子は鯨の姿を見上げながら聞いたよ。
あの鯨はそんなに大切なの? いないと困るの?
だって、いつも空を泳いでいるだけじゃないか。
そうだな、お前はまだ小さいからわからないかもしれん。
いい機会だから話してやろうかね。
ドゥンク。ドゥンク。ドゥンク。
あの鯨の腹に、フジツボが並んでいるのが見えるじゃろう。
あのフジツボは鯨の口から流れてくる香気によって生きておる。
そしてフジツボもまた気を吐いていてな、鯨が泳ぐ周りには肥沃な空気が纏わりついているのだ。
そこには一匹の海蛇が住んでいる……
そして、蛇のしっぽの先に食らいつかんと、一匹のフカが追いかけているのだ。
貪欲なフカの口からはよだれが常に溢れておって、そのよだれを一匹のタイマイが啜っている。
タイマイの甲羅の上には、もう一匹の小さなタイマイが眠っていてな。
その甲羅の上にわしらが住む大地が乗っかっておるのだ。
ドゥンク。ドゥンク。ドゥンク。
わかるかね?
鯨が死んでしまったら、フジツボも死んでしまう。
そうなったら海蛇は飢えて死んでしまうだろう。蛇が死ねば、フカも獲物を失ってしまう。
大きいほうのタイマイも食べるものがなくなり、小さいタイマイともどもに弱っていく。
それはこの大地が干上がってしまうことを意味しておるのじゃ。
だから、太鼓を止めるわけにはいかん。
鯨にはこれからも、生き続けてもらわないとならんのじゃ。
男の子はしばらく考えていたけど、もう一度だけ質問した。
でもいつかは鯨も死んじゃうよね……
太鼓の音を鳴らし続けていても、だんだんおじいちゃんになっていくでしょ?
老人は男の子の頭をなでた。賢い子だ。
ドゥンク。ドゥンク。ドゥンク。
確かに鯨にも寿命はある。いつかは老いて、その香気から瑞々しさは失われていくじゃろう。
そうなれば、もうフジツボは栄養を得ることができない。
フジツボが弱れば、みんなそれに倣うしかない。
だが、心配は無用じゃ。
そうなる前に、別のもっと若い鯨に皆で引っ越しすればいいのだ。
ドゥンク。ドゥンク。ドゥンク。
わしらの太鼓は鯨の心臓の鼓動。この響きはいつまでも消えず、どこまでも伝わっていく。
この広い宇宙を泳ぐ、別の鯨にいつか届くのじゃ。
そうすれば、鯨は同胞を求めて近づいてくる。わしらは一人では生きていくことはできない……
仲間を必要としているのだ。わしも、お前さんもみんな力を合わせて生きておるじゃろう?
これでわかったかな?
わしらの太鼓のことが。
男の子はうなずいて、あらためて太鼓の音に聞き入っている様子だった。
ドゥンク。ドゥンク。ドゥンク。
お前も、もう少し大きくなれば太鼓を叩くだろう……鯨を、わしらの世界を存続させるために。
ドゥンク。ドゥンク。ドゥンク。
一つ一つ、心を込めて叩くことだ。
広大な宇宙に響き渡る心臓の音をな。