美しい魚だった。チャパールと呼ばれるその魚が何よりも素晴らしいとされるのは、現地で虹を意味する名のとおり、見る角度によって色味が変わる鱗を持っていることだった。こんな適当なライトの下で見せる彩りだけでも十分素晴らしいのだ。しかるべき照明を施した場所――あらゆる意味で計算され尽くした設計による彼の店――で皿に載れば、その輝きたるや如何ほどであろうか。カルバーは再び惚れ惚れとした視線を魚に走らせた。ヒレの形も極上だ。複雑な流線が組み合わさったそのヒレはうっすらと透けており、鱗と同じように輝いていた。カルバーは、これほど見事なチャパールはかつて見たことがないと思った。
「その様子じゃ、問題ないみたいだな」
最高の素材を前に、彼が頭に描いていたイメージをかき消すような下卑た声で運び屋の男が言った。金の亡者め。だが、この男がいなければ、チャパールは手に入らなかったろう。地球から遠く離れたマグノリア星系第四惑星の、高度3500メートル以上、純度85~90nzz、水質はミノン型のARのみという極めて限られた水場にしか見られない魚なのだ。かつてスパイスの秘儀を学ぶために訪れたマグノリアで、彼がもっとも魅かれたのは数多のスパイスではなく、この魚だった。しかし、そのチャパールは禁輸対象に指定されていた……絶滅危惧種というやつだ。法的には獲ることすら許されていない。
カルバーはこの感動をこれ以上削られないうちにと金を払い、保存ケースを自分の荷物に移した。一見、誰でも持っていそうなこのバッグに、他星の至宝が隠されているなどとは誰もが思うまい。
数十分の後、カルバーは勝手知ったる自分の城、すなわち店の厨房でチャパールを俎板の上に載せていた。彼は使い込まれた愛用の包丁を手に、丁寧にその身を捌いていく。
先ずヒレを取り除く……次に鱗の美しさを損なわないよう切り分ける。気を付けなければならない。この魚はある種の寄生虫を抱えている。そいつを傷つければ最後、虫の体液が全てを台無しにしてしまうのだ。真珠のように滑らかな白身に文字通りミリ単位、いやもっと慎重に刃を入れながら、虫を一匹ずつ取り除く……やはり極上のチャパールだ。その証拠に、虫も大型で丸々と太っているではないか。マグノリアに滞在中、何度か法の目をかいくぐってチャパールを調理したことがあった。抱える虫がでかければでかいほど、その身の味は格別なものであった。この世のものとは思えぬ輝きにふさわしき、たぐいまれなる味……良き家に住む者は、豊かな暮らしを得て肥え太るというわけだ。そして台無しになった場合の味の酷さも、虫の大きさに左右されるのだった。
カルバーは丹念に虫を取り除いていった。内臓の裏を確認し、その身の内に、もう一匹も残っていないことを確信した彼は、改めてチャパールを確認した。鱗の輝きは損なわれていない。出来上がる皿のイメージは、密輸の手配をする前からまったくブレていなかった。彼は一流の料理人だ。店にはマグノリア産のスパイスも各種取り揃えてある。まもなく完璧な一品が出来上がるだろう……
だがしかし、カルバーはその夜、失意に塗れてベッドに入ることになった。
窓の外で馴染みの野良猫が鳴いている……店から出るゴミを漁りに来るのだ。いつもと同じように彼は窓を叩き、スカベンジャーを追い払おうとしたが、ついにベッドから起き上がることはなかった。何もかもどうでもよくなっていたのだ。
運び屋が失敗したのではなかった。カルバー自身が荷を受け取り、その質を確かめたのだから。調理したのがマグノリアの第四惑星であれば、この世で最高の味が保証されていたに違いない……今となっては確かめるすべもないが、地球の空気、あるいは水、でなければ土着の微生物かもしれない……とにかく、環境の違いがチャパールの味に影響したとしか思えなかった。
無知なる者が口にしたのであれば、食通気取りで結構な味だと評したかもしれない。だがカルバーはチャパールをよく知っていた。許せる結果ではなかった。危険を冒して大金を払ったというのに、全ては無駄に終わったのだった。彼はチャパールが今日ここに存在していたその事実さえも消してしまおうと、いつも以上に丁寧に後片付けをした。
その夜、カルバーはマグノリアの夢を見た。彼はそこで、チャパールの甘美な味を堪能していた。至高の皿を仕上げた己の技術は誇るべきものだった。
同じその夜、彼の店の裏手を縄張りにしている猫もまた、この星で新たに生まれた極上の味――魚と共に宇宙を渡った、あの丸々と太った虫――にありついていた。