‌再誕の日

 その男は聡明で慈愛に満ち、ありとあらゆる者から称賛された王。まさしく王の中の王であった。
 世界を統べた国の玉座にあること数百年。冠を擁く前の人生も合わせ、実に七百と八十八を生きた。

 しかし定命は人間の理。いかに優れた人物とて永遠を享受することは叶わぬ。
 王の命が潰えたとき、残された人々を底知れぬ不安が襲ったのは当然のことであった。
「王亡き今、我々は何に縋って生きればよいのだろうか」
「なぜ我らを置いて行かれた……我々は今や手に灯りもなく、暗闇の中に放り出されてしまったに等しい」
 その時、誰かが言った。皆の不安を拭い去る一言だった。
「あの王が、我々を見捨てるはずがない! きっと新たな命を得て、再びこの世にお生まれになっているはずだ!」

 そう、王の左肩には竜の形をした痣があった。王が死んだその瞬間、新たに生まれた赤子を探せば、かの竜を宿しているに相違ない。
 世界中の人間が、その赤子を探した。必ずやどこかにいるであろう、救いの子を。

「そんな赤子はおらぬよ」
 ただ一人、霊峰の頂に籠る隠者だけがそう言った。皆は隠者を責め立てた。世界から希望が失われたままでいいと考えているなんて、とんでもないやつだ。
 しかし隠者は人々の怒りを受けながら、静かに答えた。
「太陽を見るがいい。日が沈むと同時に次の朝が来るわけではない。
 恵みの秋を思い出すがいい。その後すぐに芽吹きの春が来るわけではない。
 日没と日の出の間には夜がある。秋と春の間には冬がある。
 王が再誕なされるためには、しかるべき時が必要なのが自然の摂理というもの……王は偉大であった。七百と八十八を生きた。かの者が戻ってくるには、それなりの年月がかかるであろう」

 誰もが納得せざるを得なかった。人々はこの隠者の見識に感心し、王が戻られるまでの間、代わりに国を治めてくれるよう頼んだ。
 隠者もそれを了承した。国がいつまでも悲しみに暮れたままにしておくのはよくないと考えていたのだ。

 やがて隠者もその命をお返しする時がきた。しかし、王は未だ戻ってきてはいなかった。
 そこで次の者が代理として立つこととなった。人々は力を合わせて王の帰還を待っていた……

 ……いつしか、偉大なる王が再び生を得るにはかの者が生きたのと同じだけの時間が必要だという考えが人々の間に染み渡っていった。すなわち、七百と八十八年。
 太陽と月が一日を半々にしているように、今は夜の時代なのだと。

 そして今、何人目の王であったか……その命の幕が閉じようとしていた。
 しかし、次の王と定められた若者は泣き叫んだ。
 そう、誰もが待ち望んでいたはずの日、伝説の王が戻ってくると考えられている予言の日まで、もう数年しかないのだった。若者だけはその日を恐れていた。だって、その時がきたら、自分は死んで王位をお返ししなければならない……こんな悲運があるだろうか。王位を預かるということは、死の宣告を受けるに等しいのだ!

 だが、玉座を空にするわけにはいかなかった。世界中の人々が常に王を求めていた。
 若者は王権に縛り付けられ、そして半ば正気を失ったまま、約束の日に退位させられた。

 ……竜の痣を持つ赤子は見つかったのだろうか?
 皆が皆して赤子を探していた。

 約束の日に合わせて子を産もうと、不自然な分娩が横行していた。生まれたばかりのわが子の肩に、痣を作らんとした親も数知れず。
 彼らは自分の子こそが本物で、他は皆あさましい偽物だと主張して憚らなかった。

 世には痣の子があふれかえったが、ついに本物と思しき王は現れなかった。

 良識ある人々は嘆き悲しんだ。希望は失われた。
 もうあの素晴らしき時代は巡ってはこないのだ。

 しかし人間という種は逞しくなったと言えよう。偽の赤子が世を埋め尽くすほどに。
 最早、不安を生真面目に受け止めて憂うのはほんの一握りの者だけだ……悲嘆に狂って死んでいった先の王のように。

 どんな時代であっても、彼らはしたたかに生きることができる。
 王はすでに必要なくなっていた。  


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