竜喰み行脚

 鉄の兜? いや、これは鍋だ。取っ手がついているだろう?
 鋼の鎧? こいつは焼き物用の鉄板さ。ちなみに肩当は俎板だ。
 こうなれば腰に下げた獲物が包丁だってことは言わずともわかるだろう。肉を切り分ける大振りのやつだけじゃない。当然小さなナイフも数本携帯している。
 そのでっかい荷物は何かって? 悪いが、そいつは秘密だ。何だい、まだあるのかい。質問ばっかりだな。
 ……こんな人里離れた僻地で何をしているのかって? この先に竜がいるのさ。巣立ったばかりの幼獣がな。
 常日頃から、各地のドラゴンの状態には気をかけているんだ。どこのどんな竜が卵を温めているか、あるいは子育て中か、でなければ成長しきって気ままに暮らしているか。すべてこの頭に入っている。なぜならば、俺は竜を使ったレシピ専門の野外料理人だからだ。王侯貴族の御偉様方に竜の肉を卸すのが俺の仕事なわけだが、真に美味いのは現地で調理したやつだ。こればかりは安全なお城の中に閉じこもっているような連中には味わいようがない。可能性があるとすれば勇猛果敢な戦士たちだが、まあ竜を相手にするのにそんな余裕はないわな。つまり、世界最高の味は俺が独り占めしてるってことだ。なんだ、竜に興味があるのか? まあ、ついてくるなら勝手にしな。ただし、自分の身は自分で守るんだぜ。

 さあ着いたぞ。この渓谷には巣立ったばかりの竜がまだいるはずだ。親の成竜には用はない……子育てを終えたばかりの竜は味が落ちる。竜は全てをかけて次世代を育むのだ。おそらく十数年……いや、この谷は肥沃の地だから、数年で味が戻るだろうがね。おっと、早速幼い竜を見つけたぞ。よーし、もう今回の仕事は半分終わったようなものだ。数日かけて追跡し、親から十分離れたところで仕込みに移るとしよう。

 ……というのがもう数日前の出来事だったな。あれからずっと俺の足について来てるんだから、お前さんの根性も大したもんだ。
 しかしまあ、なかなかいい土地を選んだものだ。竜の本能ってやつにはいつもいつも感心するよ。
 さて、特製のけむり草で燻して自由を奪うぞ。次に口蓋を開いて固定する。そうしたら、かねてより用意していた〝詰め物〟――秘密にしてた、例のでかい荷物さ――をその喉に仕込む。各地で採集し、厳選した薬効高いキノコや木の実、根菜などを不燃樹の香高き皮で包んだものだ。いずれも希少で値の張る品だが、ここは景気よくふんだんにいく。でないと、仕上がりが台無しになってしまうからな。
 それで口を閉じてやってから、けむり草の効果が切れるまで外敵から守ってやる……この手の作業をしていると、どうしても横から一口齧りに来る連中が現れるのが常でね。これからじっくり寝かせて熟成させるつもりだってのに、最初の手順から邪魔を許すわけにはいかん。俺が身にまとっている装備は基本的には調理のための道具だが、こういう時は武装としても役に立つわけだ。

 よーし、いいぞ……あと数刻もしないうちに竜は目覚め、飛び去るはずだ。
 これから数年かけて竜は成長していく。多くの敵と戦い、その炎の息を駆使して生き延びるだろう。あの詰め物はその度に熱せられ、ゆっくりと、だが確実に旨味を増していくのだ。つまり、数年後までお預けってわけだ。今ここで食えるわけじゃない……残念だったな。
 なんだ、ずいぶんがっかりしてるじゃないか。この数日で俺の秘密を大分教えてやったんだ……欲張りも過ぎると身を亡ぼすぜ?
 あ? 姫が居なかっただって? ……ははぁ、さてはどこぞの竜がどっかしらの姫様を攫ったってわけかい。で、お前さんはその姫を助けるために竜を追っていると。残念だが、さっきの奴はまだ巣立ったばかりだし、その親もずっと子育てにかかりっきりだったからな。どっちも姫を攫うようなことはなかったさ。当てが外れたな。
 ……俺についていけばいつか必ず遭遇するって? おいおい、そいつは確かに確率は高いだろうが、こちとら仕事の邪魔はされたくないんだ。さあ消えた消えた。あんまりしつこいと、この包丁で三枚におろしちまうぞ!

 まったく、俺としたことが失敗したぜ。慣れんことをして、妙な厄介ごとを抱え込む羽目にはなりたくないもんだ。
 ここは一つ、気分転換と行こう。何年も前に仕込んだ別の竜が一匹、いい感じに育ってるはずだ……そう、こいつは毎年のルーティンなのさ。

 おうおう、前に来た時とはずいぶん様変わりしてるな。あたり一面、炎が走った跡がついてら。どうやら外敵が多い環境にあったらしい。これなら十分に火は通っているだろう。
 いたいた……風の向きも悪くない。早速例のけむり草の用意といこう。こいつは成竜であっても効果覿面だからな……ようし、手早く仕上げに入るとするか。先ずは喉周りの血管に刃を入れる。溢れる血をこぼさないように、竜の体内に留める……ソースの下ごしらえはこれで良し。
 お次はいよいよ喉の詰め物だ。包んでいる樹皮を切り裂く……十分に火の入った厳選素材からあふれた汁が血と混ざりあってえも知れぬ香りのソースが完成するってわけだ……
 ……妙だな。香りがしない。何故だ?
 何だ? 喉の奥で何かが動いているぞ。どういうことだ!? え? 女ぁ?
「あなたが竜を退治してくれたのですね。命を救ってくれたこと、感謝してもしきれませんわ」
 血を頭からかぶって真っ赤に染まった女が竜の喉の奥から出てきやがった。さっき流し込んだ竜の血に違いないだろうが……そうか、こいつが件の姫か! この竜に丸呑みにされてたってわけだ……ちょっとまて、じゃあ俺が仕込んだ詰め物は……? まさか!?
「竜に食べられても、わたくし必死で生き延びようとしたんです。だって国では皆が私の帰りを待っているはずですもの。そうしたら、竜の中に食べ物が蓄えられていたんです。わたくし、これは神様の思し召しだと確信しましたわ」
 ああ、やっぱり! 何年もかけた仕込みが台無しだ……なんてこった!

 そんで、姫様は俺の様子を見て心配そうにお声をかけになられたってわけだ。「大丈夫ですか? お気分がすぐれないようですが」ってな。
 勿論、お気分がすぐれているわけがない。だが、長くこの稼業を続けて入れば、こんなこともある。俺はさっさと気持ちを入れかえた。他にも仕込み済の竜はいる。今年はダメだったが、なあに来年の楽しみが二倍になったと思えばいい。

 嫌なことはな、すぐに忘れちまうのが人生のコツさ。
 先ずはこの姫様を故郷まで送って、たんまりと褒美をいただくとしよう……ついでに竜の肉をたっぷりと持って行って、ひと儲けさせてもらうじゃないか。  


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