ドリームブローカー

 どうしましたボウヤ? 何を泣いているのです?
 何々……バスケなんてやめて、勉強しろって親が言うのですか。時間の無駄だと……まあよくある話ですがね、ボウヤ自身はどう思う? 自分はバスケ選手になれると言い切れますか?
 即答はできませんか……ま、半端な覚悟ならやめといたほうがいいかもしれないですね。みんながあこがれるようなスター選手はほんの一人握りですから。どんなに頑張っても、どんなに才能があってもそうそう成れるものではありません。ボウヤが本当は練習嫌いなのは知っています……隠してもムダですよ。私にはわかります。プロですからね。
 そんな顔をしてもダメですよ……これはボウヤ自身の問題です。親であろうと、先生であろうとも、他の誰も関係ありません。よーく考えてみなければなりませんよ。

 ……おや、これはお恥ずかしい。仕入れを見られてしまいましたな。
 我ながら冷たい言い方だったと思いますが、あのままあの子が持っていても、大成し得ない夢ですからね……放っておけば数年で腐り落ちたでしょう。『バスケットボールのスター選手』……よりふさわしい者に渡るようにしてさしあげるのが世のためというもの。もちろん商売ではありますが、慈善事業の側面も持っていると個人的には思いますのでね。
 それはそうと、こいつはずいぶん年季が入ってますね。この色褪せ具合からして、あの子の前にも何人もの間を渡ってきたに違いない。残念ですが、大した値はつけられませんね……怪我であきらめたとか、そういう悲劇的価値が付随していると別の客層(無意識に相手を見下す輩や、創作作家を自称する連中なんかが世の中にはいるのですよ)に受けるのですが、どうしたものでしょうかね。あくどい同業人なら、あえてそういう運命の子を見つけて「加工」させるのがこの業界の定番なのですが、私としてはそれはしたくありません。
 仕方ない、この夢は廃棄するとしましょう。他のドリームブローカーの手に渡らないように気を付けないといけませんね。

 しかし、最近は良質な夢が少なくなっている気がしますね……私は思うのですよ。そもそもからして、子供たちが大きな夢を抱くことが減ってきているのだとね。
 今の世の中、あらゆることに茶々を入れる冷やかし屋が多すぎます。しかもそれを人に届けるための手段も充実しているものですから、夢自体が大きく育つことが難しいのです。冷めた大人たちが、自分たちが成しえなかった夢を追う姿を卑下し、矮小なものとしてラベリングして、その影響を子供たちが受ける……悪循環です。夢を追うことすらしなかった子供たちこそが、冷めた大人になっていくのですからね。市場の崩壊は避けねばなりません……したがって私たちは良い夢を、資質のある子供にあてがう必要があるのですよ。
 もちろんタダでは売りません。商売ですからね。
 私の取り分は、夢をかなえて成功したときに得られる活力というやつでしてね。そう、明るい世の中でないと得られない空気というのがありますでしょう。あれが我々の儲けというわけです。この商売の本質をわかってない輩は、子供の資質を無視してまで夢を転がして儲けようとするから情けない。確かに手っ取り早い方法ですが、決して夢そのものが大きく育つことはない……。夢の取引に関わる身であればこそ、大きい夢を見たいじゃないですか。私が抱くこれもまた、立派な夢であると言えるでしょう。

 これは私自身の売り文句でもあるのですがね。
 夢のことをよくわかってるブローカーのほうが、信用できるってものではありませんかな?

 そういうわけで、何か引き取れる夢がおありでしたら、ぜひ私に任せていただきたい。どんな夢でも構いません。すでに諦めた夢であるならね。
 ええ、大人でも真っ当な夢を必要とする人はいると私は考えておりましてね。もしも、未だ叶うことなく燻っている想いがあるのなら大事になさるといい。まちがっても私の恥ずべき同胞に唆されて引き渡してはいけませんよ。そういう輩は、嘆かわしいことに夢に対する敬意が皆無なのですからね。まったく、困ったものです。
 こんな時代だからこそ、より良い夢を。これがドリームブローカーとしての、私のポリシーというやつなのです。縁がありましたら、きっとまた会うことになりますよ。では失礼。


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