女性が腰に手を当てて肘を横に張って立つしぐさを英語で akimbo という。挑戦的な態度を示すこのポーズをとってみればわかるが、自然と胸を前へ突き出すことになる。その女性の威勢のよさや、気勢の上り具合もおのずと解ろうというものだ。男性だって例えばショープロレスなどで胸を張り、体を反らせて上から相手を見下ろすようにしながら精神的優位に立とうとするのはよくあることだった……性別関係なく人間というものはそうやって相手を制圧しようとするものらしい。
自然界においても、様々な動物が威嚇するときに自らをより大きく見せようと肢体を張るのはごく当たり前のことだ。また求愛行動においても、己の優勢性を示すために身体の一部を誇示する行動は定番と言える。軍艦鳥のオスのごときは真っ赤な喉袋を膨らましてアピールするわけだが、これはまさに胸を突き出しているように見えないだろうか?
akimbo なる、この姿勢を表す専用の英単語があることがまず注目に値すると思う。どうやらこれは皆、同じように思っていたらしく、そんなわけで Akimboxing なるスポーツが興ったってわけだ。聞いたことがない? そうか……もっと世間の話題に気を配ったほうがいいぞ。あと歴史にもな。
それはともかく、最近の技術の発達には目を見張るものがある。実際便利な世の中になってきてはいるが、サイボーグ改造による選手の強化はあまり趣がないと言う人も多い。だから、リーグが分かれているわけだ。改造有と、生身の二つだな。まあ公平に見て、やはり盛り上がっているのは生身のほうだろう。改造有リーグはもう内臓兵器やら自動防衛機能やら何でも御座れで、素人には見ていてわけがわからない試合も多いから仕方がない。古今東西、闘争は鍛え上げた身体のぶつかりあいであるほうが、血が沸き肉も踊るというもの。これはもうローマ時代のコロッセオから変わらぬ人間の性というやつだ。
通称、乳ボクシングなんて言われたとおり、初期は長乳をしならせて鞭打を繰り出すのが主流だった。腰に手を当て、肘を横に張りながら胸を突き出す akimbo スタンスは今も昔も違いはない。お互い一歩も引かずに打ち合うのは凄絶の一言だった……並みの男じゃ、ブルっちまって十秒も保たないだろう。強靭な体躯を誇るような奴でも一分耐えられるかどうか……女ってのはおっかないんだ。しかも恐ろしく粘り強いし、プライドも高い。そんな連中が鎬を削るんだ。高揚しない奴は人間じゃないね。男Ver.にあたる Penis fencing なんかもあるにはあったが、盛り上がりはいまいちだった。一部の奥様方には大うけだったらしいが。
Akimboxing の話に戻そう。初期の名選手としては、まず誰よりも齢九十という驚異、オールド・ジェシカを挙げなければならない。若いころには長身かつ超乳のスーパーモデルとして名を売ったジェシカは、脂肪が抜けて皺くちゃになった胸を振り回して Akimboxing 界に乗り込んできた。年老いてもその上背はそこらの選手よりも高く、したがってその胸もずば抜けて長かった。マフラー代わりに首に巻いてリング・インする姿は今でも語り草だ。しかも当時はまだシリコンを禁止するルールがなかったので、遠心力を利用した打撃力はすこぶる極め付きで、肉体、生気で勝っているはずの若い選手が次々と熨されていくのは凄まじい光景だったよ。
だがそれも長くは続かなかった。同じようなことを若い者が真似すれば、当然圧されてしまう……やはり老いという壁は髙かったというわけだな。
そこからは様々なテクニックが一気に開花した。akimbo スタンスからの鞭打一辺倒ではない、多種多様な戦い方をする選手が何人も現れた。Akimboxing が真の意味で、闘争とエンターテイメントの融合を遂げた時代だ。
固めたガードの下であらかじめ胸を螺旋状にして抑えておき、相手のすきを見て叩き込む一撃必殺のスプリング・ショットで一世を風靡したメディア・ハミングトン。嘘か真かはわからないが、気功によって自在に陥没乳首をコントロールできたリン・スクライカーは強打と同時に乳首を打ち込む二段技で“女王蜂”の異名をとった。普通なら迫害の対象となるフリークス体質を逆手に取り、復乳を駆使した阿修羅殺法で一躍ヒロインになったアルマ・エフェソスなんてのもいた。名前は忘れてしまったが、母乳で目つぶしやスリップを狙うキワモノもいた。とにかく飽きさせない技巧の応酬で、試合のたびに皆、大いに沸いたものだ。
打撃だけじゃない、防御テクニックも発達した。リーチを捨て、ガードに全振りした豊満な胸であらゆる攻撃を吸収した“プレスマシーン”アニー。彼女はその二つ名の通り、じりじりと相手をコーナーに追い詰め、両サイドから相手選手を圧殺KOするのを得意とした。“鏡の盾”と評されたサイファ・カシュマールの垂直に近い胸板のほんのわずかな角度が相手の打撃をいなし、そのまま跳ね返すカウンターはまさに魔法だった。彼女が体を少しひねるだけで、相手は己の乳撃で自らを打ちすえ、自沈していった。
……やはり、一昔前のほうが華々しかったな。正直、最近の Akimboxing はぱっとしない……ゲノム解析とクローンパーツの移植技術が進歩した結果、人為的な生体改造は容易になってしまった。今、阿修羅殺法のアルマがデビューしたら、ブーイングの嵐になるだろう。ファンとしても純粋な楽しみは失われつつあるように感じる。サイバネリーグと何も変わらないと公言して憚らない者もちらほら見るようになったが、その言葉はおそらく正しい。一体どれだけの選手が、リーチを伸ばすために身体に手を入れるなんてことはしていないと、神に誓えるだろうか。
技術の進歩は興奮を殺す。人類が営々と磨いてきた技術が、人が根源的に持つ性と相反しているというのは皮肉なものだ。研鑽の果てに本能の縛りから抜け出した時、人類は次の進化を遂げ……何か別の生き物になっていくのかもしれない。個人的にはまだこの闘争を楽しんでいたいから、そんな時代はもっと先の世代になってから実現してほしいところだ。Akimboxing が完全に廃れ、血沸き肉躍るようなことが何にも無くなっちまってるような時代にな。