書架坑の底
は一人

気が付いたとき、私はあの書架坑で机に向かっていた。
さっきまで幽世の法廷で鏡を――

ふと机の上に乗っている本の中に『幽世猫』があるのが目に入った。
思わずその本を手に取ってみると、『ユメミヤ劇場』と箔が押されている。

調べてみると、机の上にあった他の本にも同じ箔が施されていたものがあった。
だが、それらの本の大きさや装丁はバラバラだ。
箔押しが中途半端で放置されていた本もあった。『ある街角の物語』……

不意に記憶が蘇る。
そうだ、幽世で老人が言っていた――

私は机の上に積み上げられた本を調べた。
箔押しが終わっていないのは『ある街角の物語』『せせらぎレストラン』『グラン・メディカ』下巻の三冊だ。
『壺と王様たち』『英雄は誰が為』『幽世猫』『グラン・メディカ』上巻には『ユメミヤ劇場』
箔押しがされている。
そして、ボロボロになった紙の束の一番上の紙にも同じ文字を認めることができた。
これは……いつか読んだことのある、あの絵本……?

再び私の脳裏にあの老人――護り手・リィ・ガルーの言葉が浮かんでくる。
そうだ、彼がユメミヤの物語によって命を奪われたその時、ユメミヤを書架坑から追放したと言っていた。

ユメミヤは『ちょっぴり賢いピッカリンガル』を辿って書架坑へ顕れたが、
かの物語は既に連作『ユメミヤ劇場』となり隔離されているので、再び戻って来ることはないだろうと。

私は世界の護り手の後継者として、できることから始めることにした。
書架坑に収められた物語――これら全てが世界なのだ――の整理、把握をしつつ
箔押しの技法も習得する必要があった。
幸い書架坑には物語以外にも本があり、程なく指南書を見つけることができた。

時と共に、新たに汚染された物語が見つかる。私はそれらの本にも『ユメミヤ劇場』の箔を押していった。
『征服王と呼ばれた男』『暴食の都』『裏切りの英雄』……強い権力を持つ者が登場する物語が多いが、
彼女の企みと関係があるのだろうか。

しかし、『グラン・メディカ』の下巻は未だ開くことができなかった。
不思議なことに、何故だかこの本は汚染されていないのだった。

さらに時は過ぎ、『ユメミヤ劇場』の数は増えていった。

他の連作『レイザーク物語』『ぐんにゃり博士かく語りき』、それから『ロンドロンド興亡記』も見つかった。
いずれも『ユメミヤ劇場』と同じく、不揃いの本が集めれている。
どの連作にも最終巻には救いとなる物語が添えられていて、
リィ・ガルーはこうして世界を守ってきたということがわかった。

書架坑の底
は一人

汚染された物語を探しながら書架の間を進んでいた私は、ふと一冊の本に目を留めた。
……背表紙に記された表題は『ユメミヤ殺し』

心臓が脈打つのがわかる。私は理由なき確信を以ってその本を書架から取り出した。
これは……ユメミヤの本だ……!