X線検査の被爆線量について
整形外科医は一般的に被爆について無頓着である。新生児や乳児に対して不必要なX線検査を繰り返したり、X線透視診断を長時間おこなったりしてもまったく気にしていない先生が多い。たしかにたとえば子供の股関節のX線を数十枚から100枚くらい撮影したとしても問題にはならないと思うが、それでも可能な限り被爆線量は低くすべきである。私は結構X線被爆については神経質な方だ。その為、たとえば先天性股関節の診断にX線を使用するのには抵抗があったが、他に有効な手段がなかったのでしかたなしに受け入れざるをえなかった。ところが1980年、オーストリアのグラーフという整形外科医が、超音波による乳児股関節診断に関する論文を発表したのである。私は当時大学院の学生であったが、基礎研究の合間に超音波を使ってこの方法を試み赤ちゃんの股関節診断は将来超音波が主流になることを確信するようになった。大学院を卒業し、民間病院に赴任してからは本格的に乳児股関節の診断を超音波ではじめ、1985年にその成果を学会で発表した(第64回中部日本整形外科災害外科学会、1985年5月名古屋市)。これが我が国最初の超音波診断の報告である。詳細は中部日本整形外科災害外科学会雑誌、28:1271ー1272、1985年を参照。参加した先生方は皆びっくりしたような様子であったが、数人の先生は熱心に質問され賛同していただいた。この時の学会会場の場面はいまでも鮮明に覚えている。その後我が国において赤ちゃんの股関節超音波診断は広く行き渡るようになったことは大変喜ばしいことである。もはや超音波を使わずして高度な診断治療を達成することはできない時代になっている。
超音波診断は有効であるといっても、さまざまな理由からX線診断が必要な場合もある。脱臼以外の疾患が疑われる場合はもちろん、年長児の臼蓋の詳細を調べたい時、その他諸々の状況下ではどうしてもX線診断が必要となってくる。それではその場合の被爆線量について検討しみよう。
いろいろ調べてみると被爆線量というのはわかりにくい。たとえば年間自然放射線量といっても、地域によって異なるし測定者によっても異なっている。整形外科における診断用X線被爆量も同じで、データはまちまちである。それでもばらばらなデータを比較するとそれほど大きな差はないので、ここでは水野記念病院の放射線技師長が調べてくれたデータをもとに話をする。
まず、小児股関節単純X線撮影の場合は、0.05mSv(ミリシーベルト)であり、胸部単純撮影と同じくらいである。腹部単純撮影1.5mSv, 腹部CTは10mSv, 東京ニューヨーク往復0.05mSv, 年間自然放射線1mSv、である。また、医療従事者年間限度は50mSv, 救命時被爆限度国際基準100mSvとなっている。簡単に言えば、股関節1回撮影で、東京ニューヨークを飛行機で往復したと思ってよい。或いは20回撮影すると、年間自然放射線を浴びたに等しいと考えて良い。さらにX線撮影では生殖器は防護しているのでより安全といえる。学生の頃、放射線医学のある教授が、「単純撮影は1年間で1000回くらいまでは良いのではないか」と言われたのを記憶しているが、この場合、合計50mSvとなるので医療従事者年間限度と同じとなり、それなりの根拠があったのだと今思う次第である。まとめれば、必要とあれば股関節X線を数枚撮影してもまったく問題は無い、と言える。被爆を恐れてX線撮影をしないことによる損失の方がはるかに大きい可能性がある。それでもできることなら被爆は少ない方がよい。赤ちゃんの検診でいまだにX線を使用している施設があるが、これからは超音波をもっと普及させるべきである。余談になるが、政府が小児の年間許容線量を20mSv(股関節撮影400回と等しい)と定めようとした時に、ある学者が反対して辞任したことは記憶に新しい。
| 小児股関節撮影 | 0.05 |
| 胸部単純撮影 | 0.05 |
| 東京ニューヨーク往復 | 0.05 |
| 年間自然放射線 | 1 |
| 腹部単純撮影 | 1.5 |
| 腹部CT | 10 |
| 医療従事者年間限度 | 50 |
| 救命時被爆限度国際基準 | 100 |
| 白血球の一時的減少 | 250 |
| リンパ球の減少 | 500 |
| 急性放射線障害 | 1000 |
