大腿骨骨頭の骨端(成長終了前における大腿骨の一番上の端の部分)が後方に辷る(転位する)疾患です。アフリカ系アメリカ人に多く、アジア人に少ないと言われており、我が国での報告数もそれほど多くありません。我が国における発生率は約0.003%で最近は肥満の子供が増えていることもあって増加傾向にあります。小学校高学年から中学生(10歳から14歳)にかけての男子に多く、肥満傾向があって身体の大きな子供に発症しやすいのですが、スポーツマンタイプの子供にもおこることがあります。辷る(転位する)程度は様々であり、自覚症状のない場合から、痛みのため歩行不能となる重症のものまであります。変形性股関節症の原因疾患の1つとして最近注目されてきています。わが国での発生は少ないとされていますが、自覚されずに成人になってから疼痛が発生し発見されるケースが今後増えるのかもしれません。
近年、辷り症が増加しているような印象です。重要なことは早期診断です。早く見つけて早く治療を行うことが必要です。単純レントゲンではわかりにくいので、よく見逃されます。もし見逃されると、強い負荷がかかったときに骨端の著しい転位が起こることがあり、こうなると骨端への血流が途絶えて壊死になる確率が高くなります。ひとたび壊死になると治療は簡単ではありません。したがって、なんとしても早期に発見することが重要なわけです。
原因
発症原因は不明です。肥満の男子に多いことからホルモン異常が関係していることは間違いありません。骨端が辷る部位は大腿骨近位の成長軟骨の肥大層という部分です。MRIで観察すると、この疾患の場合には肥大層の部分が機械的に脆弱となっていることがわかります。転位の方向は純粋に後方です(内方と誤解されている場合があります)。関節鏡検査では股関節内の滑膜炎症所見や、臼蓋軟骨の糜爛が見られます。
症状
通常は股関節痛と跛行を訴えます。突然発症して激痛を伴うものから、痛みをほとんど自覚しない例まで発症様式は様々です。無症状のまま経過し、高齢になって変形性股関節症を発症して初めての発見されることもあります。通常片側より発症しますが30%の症例が両側例です。
診断
股関節を伸展から屈曲位にもってゆくと外旋位となる(Drehmann sign)のが特徴的です。もちろん軽症の場合にははっきりしない場合もあります。臨床症状(歩けるか、体重をかけることができるか)、画像(レントゲン・MRI・超音波)により、安定型か不安定型かを判別することは治療法の選択、辷り症の整復の是非・タイミング・手技を検討するうえで極めて重要です。
股関節開排位でのX線診断を行うと大腿骨骨端が後方に辷っているのが確認できます。MRIでは骨端の辷りだけでなく骨幹端に低信号領域を認めることができます。そのため、辷りの程度が軽くてX線診断が困難な場合でもMRIを用いれば確実に病変を明らかにすることができます。この事実は本センターの研究から明らかとなり国際雑誌にも掲載されました(興味のある方は
Journal of Pediatric Orthopaedics Part B の最新号をごらんください。
とにかく重要なことは、実際に股関節の動きを観察し、可動域を確認することです。辷りがあればなんらかの可動域制限があるはずです。
治療
治療の目的は、球形の骨頭を形成することです。この為にはまず痛みを除去し、骨端を安定させ、できるだけ早く関節の可動域を回復し自動運動を促してゆかねばなりません。
治療法についてはいろいろ議論のあるところです。急性発症で骨端部分が不安定でかつ転位が強い場合は無理の無い範囲で整復をすることもあります。慢性タイプでは骨端が徐徐に転位しているので、整復を行うと血管が損傷されるおそれがありますのでこの場合には特に辷りを戻すことをしないで、そのままピンで固定します。従来は複数のピンで固定することが多かったのですが、最近は1本のピンで十分であるとされております。私達も1本のピンで固定してますが、成績は良好です。また、このピンにも様々な種類があります。私達は、先端のネジを切ってある部分をできるだけ小さいものを使用しています。このようにすると骨端が融合することなく成長が可能となるからです。ピンの材質も重要です。経過観察はMRI 行うのが望ましいので、通常の金属ではなくチタンピンを使うほうが便利です。
ピン固定の際には細心の注意が必要です。骨端の幅は小さいのでしっかり固定しようとしてピンが関節内に穿孔することがあるからです。関節内への穿孔は単純レントゲン診断ではわからないことがあります。私達はX線透視によって様々な角度から穿孔のないことを確認しながら手術をしています。
手術後にはリハビリが大切です。関節可動域拡大訓練をおこない、骨頭の球形を回復させなければなりません。
急性タイプでは、術後3日より 関節可動域拡大訓練、2週後免荷歩行、6週後可動域が改善すれば部分荷重します。入院期間は松葉杖歩行が安定するまでで、術後約2-3週です。
慢性タイプでは、術後3日より 関節可動域拡大訓練、可動域が改善すれば状況におうじて全体重をかけます。入院期間は術後1-2週です。
慢性タイプで骨端の転位が強い場合には、とりあえずピンで固定し、骨頭が球形に近付いてゆくのを待ちます。経過を観察してゆく中で、どうしても球形となるのが無理であると判断された場合には、大腿骨の骨切りをおこなって骨端の向きを変える手術をせざるを得ません。
このように治療は簡単ではなく、小児整形外科専門病院で行なう必要があります。ピンで固定するにせよ骨切りをおこなうにせよ、手術には言葉では尽くせないいくつものコツがあり、この疾患を多数扱っている施設でおこなわねばなりません。