ノディオン主従の憂鬱



イード城を制圧したセリス率いる解放軍は
レンスターのリーフ王子を助けるべ進軍していた。
その先頭は砂漠に足をとられて動きの遅い騎兵に代わって
シャナンが率いる剣士部隊である。


「デルムット様、あそこに見えるのがダーナ城です」

「あれがダーナか・・・・・」


デルムットはトリスタンが示すダーナ城を見ながら、複雑な気持ちになっていた。
この城がある都市がこの長い戦いの引き金になっている事を考えて、
彼は頭を左右に振るとトリスタンに

「ダーナも気になるが、俺達の任務はメルゲン城までの偵察だ。行くぞ」

デルムットはそう言うと馬の動き易い場所を探しながら前に進み、トリスタンもそれに続いた。

「それにしてもよくセリス様がお許しになりましたね」

「オイフェ様が単独で飛び出されるよりいいからって」

「もうすぐですね・・・・・」

「ああ・・・・・」


イード砂漠を抜ければトラキア半島である。
そこにはレンスター王家の生き残りリーフ王子と
それを守るデルムットの父フィンと母ラケシスがいるはずだった。
デルムットは顔も知らない両親に思いを馳せた。


砂漠を抜けダーナ城を通り過ぎると小さな教会が見えた。

「あそこに寄ってみよう。話が聞けるかもしれない」

「そうですね」

デルムット達はあまり整備されてない坂道を登って行った。
教会に着くと神父らしき人物が一人の少女を見送る為に外に出て来ていた。

「それではリーン気をつけて帰りなさい」

「はい、神父様また来ますね。今度は彼も連れて来ますから」

「楽しみにしていますよ。
それより戦が始まるという噂もありますから一人歩きは止めて下さいね」

「はい・・・・心配かけてすいません。それじゃあ失礼します」

少女は神父にペコリと頭を下げるとデルムット達の方に歩いてきた。
そしてデルムット達に怯える様子もなく軽く会釈をして通り過ぎて行った。


デルムットは教会から少し離れた所に部下を待たせると
トリスタンを連れ神父の許へと向った。

「すいません、少しお聞きしたい事があるのですが・・・・」

デルムットは人好きする笑顔で神父に話しかけた。

「貴方がたは?何かこの教会に御用ですか?」

「あの・・・・レンスターでもうすぐ戦が始まると聞いたのですが本当ですか?」

「戦ですか・・・・ええ詳しい事は解りませんが
イザークから解放軍がレンスターに向って進軍してるとか・・・・・。
あの貴方達はどうしてそんな事を聞くのですか?」

「レンスターに私の知り合いが居るのです。連絡がとれずとても心配で・・・・・」

「そうですか・・・・・それはご心配ですね。
確かレンスターのリーフ王子が解放軍の進軍を聞いて挙兵したはずです」
「挙兵!!そんな無茶な・・・・リーフ王子に付いている兵は幾らも居ないはずだ」

いつもは冷静なトリスタンが慌ててデルムットに目配せする。

「トリスタン、落ち着け。それで今リーフ王子は何処に?」

「解放軍が来る前にレンスター城だけでも取り戻したたかったらしいのですが
多勢に無勢で敗走したと聞いています・・・・・」

「随分詳しいんですね。神父殿は・・・・」

「貴方こそ、無用心ですよ。
ここはメルゲン城から目と鼻の先、私がフリージ側の者だったら如何なさるのですか?」

「そうですね・・・・あの子を見ていなかったらそう思ったかもしれませんが・・・・」

デルムットはリーンの後ろ姿を見つめながら答えた。

「あの子は幼い頃はこの教会にいました。久しぶりにこちらに顔をみせてくれたのです」

「今は何処に?」

「ダーナの領主の所でお世話になっているそうです」

「領主の?」

「はい・・・・」

神父はそれ以上は少女の事は話そうとしなかった。
デルムットとトリスタンもそれ以上は少女の事にはふれず話をメルゲン城にふる事にした。

「所でメルゲンで兵を募集とかはしていますか?」

「兵ですか?」

「ええ 傭兵を雇っているとか」

「いいえ ダーナの領主プラムセルは大金で集めているようですが
メルゲン城を守っているのはフリージのイシュトー様です。
あの方は部下からの信頼も厚いようでよそ者は入る余地がないようですよ」

神父はデルムット達が傭兵だと勘違いしたのかそう言うと一礼すると教会に戻ろうとした。

「待ってください。神父殿・・・・ここはもうすぐ戦場になります。
どうかここから暫くの間、他の場所に移ってくれませんか」

「それはできません。ここには親と死に別れた子供達が数人います。
子供狩りが横行しているこの世界で、一体何処に逃げればいいと言うのですか?
さいわいイシュトー様は子供狩りには反対しています。
ここのほうがあの子達にとって安全なのです」

神父の言葉にデルムットも説得するのを止めるしかなかった。

「解りました。それでは部下を二人ほどここに置いて欲しいのですが良いでしょうか?」

「貴方の部下を?」

「はい。明日には解放軍の先方がこの近くに着きます。
そうすれば戦闘が始まります。ここを怪我人を運ぶ救護所にしたいのです」

「ですが・・・・・・」

「心配なさらなくても大丈夫です。怪我人に敵も味方もありませんから」

デルムットは神父が解放軍の味方をしたとして咎められるのを
心配していると察してそう伝えた。

「・・・・・分かりました。貴方の申し出を受けましょう」

「有難う。私はセリス様配下のデルムットと言います」

「セリス様の!!おおブラギ神よ感謝します。
デルムット様、お話したい事がたくさんこざいます。
戦いの後ここに皆様を連れて来て下さい」

「皆を?」

「はい 今すぐにでもお話したいのですが、
貴方も急いでいるご様子・・・・引き止める訳にも参りませんので・・・・」

「そうですね。分かりました必ず寄らせて貰います」

デルムットは神父にそう言うとトリスタンを連れ部下の待つ所に戻っていった。
神父はその後ろ姿を見つめながら呟いた。

「ノイッシュ・・・・これでやっと貴方との約束を果たせます・・・・・」

それはデルムットの師であるオイフェが聞いたら、駆け寄ってくる筈の人物の名だった。



二人の部下を教会に残し一人をセリスへの報告の為に軍に返すと
デルムットとトリスタンそれに三人の部下はメルゲン城の見える大きな岩陰にいた。

「これは・・・・周りに隠れる所が殆どない。伏兵は置けないな」

「しかしデルムット様、これでは丸見えです」

「分かってるさトリスタン・・・敵は魔法部隊が主だろう。
間接攻撃が出来るとなると長期戦になるか・・・・」

「ですが・・・・」

部下の一人がデルムット達の会話に口を挟んだ。

「なんだキース?」

「リーフ王子達が追い詰められている今、長期戦にはしないかと・・・・・」

「そうだな、ここでリーフ王子が倒れられたら解放軍の士気は半減する」

「しかしトリスタン、あの城を落とすは骨が折れるぞ」

「デルムット様、作戦はオイフェ様が考える事、私達はその作戦を実行するだけです」

「うーん、それで良いのか本当に?」

「だから軍略もお学び下さいとお願いした筈です」

デルムットは”しまった”と言う顔してそっぽを向く。
そんな二人のやり取りをまた始まったとキース達三人は苦笑しながら見ているのだった。


その後、これ以上近づくのは危険と判断したデルムット達はセリス達の所に戻ることにした。

「キース、カナン、何かあったら必ず連絡しろ。無茶はするな」

「はい!お任せ下さい」

デルムットは部下二人を敵の動向を知らせるためにこの場に残す事にしたのだ。

「明日には解放軍が来る筈だ。軍が見えたら戻って来るんだ」

「承知しました」

幾つかの命令を残しデルムット達は見つからないよう、その場を後にした。




「セリス様、デルムットが偵察から戻って参りました」

「分かったよオイフェ、皆に怪我はない?」

「はい大丈夫のようです」

「じゃあ 疲れているとは思うけど報告するように伝えてくれるかい。
それにフリッツもこっちに呼んでくれ」

「承知しました」

オイフェは一礼すると天幕にセリスを残してデルムット達の所に向かった。

「ふうー」

セリスはため息をつくと書類に目を通し始めた。


何枚目かの書類にサインをしていると

「デルムットです。セリス様入っても宜しいでしょか?」

「いいよ。待ってたんだ」

セリスの了解を得るとデルムットとトリスタンそれにフリッツも一緒に入って来た。

「フリッツも一緒だったの?ずるいなフリッツ出迎えに行ったのか。
私が一番に労おうと思ってたのに・・・・」

「申し訳ありません」

「いいよ。それよりデルムット状況を教えて欲しい」

「はい・・・・先に戻した・・・・・」

デルムットは机に広げられた地図に見てきた情報を書き加えながら説明した。
途中でオイフェとシャナンそれに軍師のレヴィンもやって来てデルムットの報告を聞いた。

「丸見えか・・・・。損害はフリージ軍本隊の事もあるから最小限にしたいんだが・・・・」

オイフェがポツリと言うと

「囮の隊を作るか」

「レヴィン?」

「敵がどれだけいるか分からないが、打って出てきた奴らだけでも城から離そう」

「そうだな・・・」

シャナンとフリッツも頷く。

「ですが・・・・囮といっても敵の気を囮に向けさせるには餌が必要です」

「その通りだトリスタン」

「餌か・・・・じゃあ私がなろう」

「セリス様!!」

「敵が食いついて来なかったら意味がないからね。
その代わり攻め込む部隊も命がけだよシャナン?」

「ああ 解っている」

セリスはオイフェに有無を言わせずに作戦を決めると部隊の編成を指示する。
会議が終わると天幕にはデルムットとセリスだけが残った。

「デルムット今度は私も一緒だからね」

「無茶しますね。セリス様・・・・」

しかしセリスはデルムットの言葉には答えず

「お父上の情報は聞けた?」

「いえ・・・・」

「その神父には聞かなかったの?」

「今はメルゲン城のイシュトー殿を何とかする方が先決です」

「・・・・・そうだね。でも我慢強いねデルムットは」

「そうですか?」

「そうだよ」

デルムットは苦笑しながら

「ダーナは背後から仕掛けてこないでしょうか」

「その時は返り討ちさ」

セリスのその言葉にデルムットは初めて声を出して笑うのだった。



メルゲン城の攻略はあっけないほど作戦通りにいった。
しかしダーナから予想外の敵がやって来た。
セリス達は兵の大半をメルゲン城攻略に向わせ、1個小隊がデルムットが救護用に用意した
教会の近くに陣を張っていた。
そこに一人の騎士が猛然とやって来る。

「あれは?」

「どうしたオイフェ、何かあるのかあの黒騎士に?」

「あれは・・・・・ミストルティン?まさかあの騎士は・・・・」

「あれが・・・・まずい、オイフェ!兵達に手を出すなと通達してくれ」

「しかしセリス様・・・・あの様子では味方ではないような気がするのですが・・・・・」

「オイフェ!!」

「わかりました」

オイフェの通達で兵達は黒騎士の行く手を阻もうとしなくなった。
黒騎士は不思議に思いながらも自分が捜し求める人物を、その目に捉え向って来た。

「セリス様、危ない!」

オイフェの叫びに黒騎士は確信してミストルティンを振りかざしたが
それは一人の騎士によって阻まれた。

「くっ」

「デルムット!!なんて無茶をするんだ」

「お前は何者だ!この剣を阻めると思うのか?

アレスは怒りの目をデルムットに向けミストルティンの剣先を彼に向けた。

「アレス王子、セリス様を傷つける事は俺が許さない。
セリス様は解放軍にとって必要な方だ。理由もなく襲うとは騎士とて卑怯ではないですか」

「騎士だと!!俺は騎士ではない傭兵だ。それにコイツを殺す理由ならあるぞ。
コイツの父親は俺の父を殺したんだ!」

「なっ?」

「シグルドは父を殺した。息子にその罪をあがなって貰おうしただけだ」

「それは誤解です。アレス王子!!」

オイフェは慌ててアレスに近づくと

「シグルド様はエルトシャン様を殺してなどおりません。
確かに一度は剣を交えましたが、エルトシャン様はシャガール王を説得するとおっしゃって
シルベール戻り王に殺されたのです」

「馬鹿な・・・・何故アグストリアの王が父を殺す、父はアグストリアの為に・・・・」

「私はその事を当時その場にいた者から聞いています。
アレス様、誰にその事を聞いたのですか」

「・・・・母を失ってから、彷徨っていた俺を助けてくれた奴にだ」

「その方はアグストリアの方ですか?」

「いや しかし奴は傭兵としてその場で一部始終を見ていたと言った」

オイフェの話に少し気持ちが揺らいでしまったアレスにセリスが近づいて行く。

「アレス王子・・・・私はここにいるオイフェや他の父とエルトシャン王の友情を知っている
人々からイロイロと話を聞いた。
不幸にも剣を交えてしまったが、友情は壊れなかったと・・・・私は父同様、エルトシャン王も
尊敬している。
どうだろう少しの間、この軍に留まり私の行動を見ていて欲しい。
それでどうしても斬ると言うなら私も受けて立つ」

「くっ・・・・・」

アレスはセリスの言葉を渋々と受け入れた。

「それじゃあ、デルムット。アレスの事は君に頼むからね」

「ちょっと・・・セリス様!!」

セリスは”よろしく”と笑顔で言うとメルゲン城を落としたシャナンを労うために行ってしまった。

「まいったな・・・・アレス王子。俺はデルムット暫くは俺と行動を共にしてもらうから」

「ふん、まあいい。弱い奴らより俺の剣を受け止めたお前の方が足手まといにはなるまい?」

「足手まといって・・・・馬鹿力の猪突猛進に言われたくないね」

「ふん・・・どうやらこのミストルティンの餌食になりたいようだな」

「おやめ下さい!!せっかくお会いすることが出来た従兄弟どうしが喧嘩など!!」

「トリスタン!!」

「従兄弟だと!如何いう事だ?」

「デルムット様のお母上はエルトシャン王の妹ラケシス様です」

「なっ お前が叔母上の?」

「まあな・・・・よろしく従兄弟殿」

デルムットはばらしたトリスタンを睨みながらもアレスに手を差し出した。



あとがき

子世代のお話第一弾です。
これは一応デルムットとトリスタンの苦労話であまりシリアスにはなりません。
アレスとセリスそれにリーフの御三家に振り回される可哀想な二人のお話に
なるはずです。




                  MENU   NEXT