祈りの舞
シグルドがティアドラを妻に迎えて一ヶ月たった頃、滞在するエバンス城に
親友エルトシャンの妹ラケシスから助けを求める使者がやってきた。
「ノイッシュ、直にキュアンとジャムカを呼んで来てくれ」
「はい、ノディオンに何かあったのですか?」
「ハイライン城主の息子がエルトシャンの留守をいいことに攻めて来た。ラケシスを助けに行く」
ノイッシュは他国の争いにシグルドを巻き込みたくなかったが
言い出したら聞かない事も知っていたので彼の言うとおりに
キュアンとジャムカを呼びに言った。
軍儀は即決だった。
「それじゃあ先発隊はキュアン達に任せる。用意ができたら出発してくれ」
「わかった。それにしてもエルトシャンの留守を狙うとは姑息な奴らだ」
「他国とはいえ危ういな」
キュアンはシグルドに"任せておけ"と笑顔で言うと部屋を後にした。
アーダンとその配下の重装歩兵を城の守りに付けて、シグルド軍は出発した。
シグルドの妻となったティアドラも一緒である。
その護衛には部下であるアレクとノイッシュが付いた。
「なあ、ノイッシュ」
「どうしたアレク?」
「エルトシャン様の妹姫ラケシス王女って凄い美人だそうだ」
「ふーん」
「あのなあ、それだけか?」
「何を言って欲しいんだ?不謹慎だぞ!王族の噂話は厳禁だ」
「ちぇっお前にしか言わないって。それにしてもお前ますますお固くなってブラギの司祭にでもなる気か!」
「そうだな、お前が居なかったらなっていたかもな」
「へっ?初耳だ。なんでだ?」
ノイッシュは『今度な』っと言って馬を走らせた。
「おい、どこに行く気だ!?」
「ディアドラ様は任せた。前の方に煙が見える確かめてくる」
アレクにそれだけ言うとノイッシュは速度をあげて行ってしまった。
「っ・・出し抜かれたか
」
アレクが小さく悪態をついた。
ノディオンの戦いはあっけないほど簡単に終わった。
キュアン達の部隊の圧倒的な強さに、ハイライン軍のエリオットは為す術もなく
シグルドの軍がやって来たと知ると部下を置いて逃げようとしたのだ。
それをキュアン達が見逃す筈もなく、エリオットはキュアンの部下である
フィンの槍でその一生を終えた。
「ラケシス!怪我はないかい?」
「シグルド様!有難うこざいます。私は大丈夫ですが兵達に多数犠牲が・・・。
留守を預かる者として恥ずかしいです」
「そんな事はない、君は十分に役目を果たした。それよりエルトシャンから連絡はあったのか?」
「いいえ。お兄様に付いて行った者の知らせでは、シャガール王を諌めた為に投獄されたと」
「そうか・・・」
今にも泣きそうなラケシスに声を掛けようとした時
「ラケシス!!元気だった?」
シグルドの妹でありレンスターの王太子妃のエスリンがおもいっきり扉を開けラケシスに抱きついた。
「エスリン姉さま!来てくれていたのですね」
「もちろんよ。キュアンの行く所には絶対付いて行くって決めてるの。
安心したわ、怪我なんかしてないわね」
「はい。あの青い服の騎士様が助けてくださって」
「青い?あっフィンの事ね。フィンはキュアンのお気に入りなのよ。
もう少ししたら来ると思うわ」
エスリンはラケシスの表情に何か思いついたのか、悪戯っぽい笑顔を向けた。
そこにキュアンとフィンそれにノイッシュがやって来た。
「ノイッシュ、フィン無茶を言うな。今すぐ出撃など無理だ」
「ですがエルトシャン様を助けにアグスティに向かえば、背後を突かれます。
一気にハイラインまで攻めるべぎです」
「フィンも同じ意見か」
「はい」
フィンは頷いた。
「どうしたんだ。キュアン」
「シグルド、この二人がハイライン城を攻略したほうが、後々の為に良いと言って聞かないんだ。
エルトシャンの事もあるどうする?」
「シグルド様、我が軍はキュアン様達のお陰で無傷です。私とアレクの隊だけでも行かせて下さい」
シグルドは少し驚いたようにノイッシュを見たが
「解った。ノイッシュの言う通り背後を突かれない為にもハイラン城を落とそう。
キュアン達には悪いが一緒に来てもらうぞ」
「ああ」
キュアンは当然だと頷くと
「フィン、お前はラケシス王女の護衛だ」
「待って下さい!言い出したのは私です。私も前線にお連れ下さい」
「フィン、護衛も大切な仕事よ。キュアンの言うとおりになさい。
それにラケシスだってフィンに残ってもらったら安心よね」
とエスリンが言うと
「はいっ!!」
ラケシスが嬉しそうに返事をした。
「ほらね。いいわねフィン」
「・・・・承知しました。ラケシス様は必ずお守りします」
フィンもエスリンの押しに負けて承諾した。
城にはラケシスの護衛の為に残っていたイーヴ・エヴァ・アルヴァの
三兄弟が残りシグルド軍はハイラインに向けて出発した。
「ラケシス、君はハイラインのボルドーの事は知っているかい?」
「お兄様から聞いた限りでは、シャガール王に取り入っているらしいと、余り好い噂は聞きません。
ただ部下の中にはお兄様を支持する者も多い筈です」
「わかった。戦いになったら一応、君には後ろに下がって貰うが兵を説得して貰うようになるかも知れない」
「はい、お任せ下さい」
だがシグルドの思ったような事は起きなかった。
ハイライン城に着くと城の中にボルドーは居なかったのだ。
城に残っていた心ある兵士に聞いてみるとボルドーは息子のエリオットが亡くなったのを聞いた後から
あまり姿を見かけなくなり、シグルド軍が来たと報告をしにいった時はもう姿がなかったという事だった。
「城主の器ではないな」
キュアンが呆れたように言った。
「まあ軍に被害がなかったのだから良しとするか」
そこにハイラインから少し離れた所の村が盗賊に襲われているとの報告が入る。
シグルドがノイッシュに村に救援に行くよう指示している頃
盗賊に襲われている村人を助けている二人の人物がいた。
「ねっ、レヴィン、旨くいったでしょ。
この方法で悪い奴らを片っ端からやっつけてよ」
「やっつけろって言ったって村は広いんだぞ。
それにさっきのはまぐれだろ」
「んっ?何か言ったー?ブツブツ言わないで行くわよ」
少女はそう言うと次のターゲット目指して走り出す。
「おい!待てよ独りじゃ危ないぞ」
レヴィンと呼ばれた吟遊詩人風の青年は少女の後を追った。
シグルドの命で村までやって来たノイッシュは僅かな手勢を連れて村の入り口にいた。
「酷いな。おい生き残った村人を助けて、数を確認しておけ」
ノイッシュは数人の部下を連れて逃げ遅れた村人を探した。
「ノイッシュ様変ですね。盗賊の死体が何体かあります。
村人が撃退したのでしょうか?」
「いや、これは魔法による傷だ。それも風魔法のようだなここに風使いがいるらしい」
ノイッシュは味方であって欲しいと心の中で思った。
奥に入るとノイッシュ達はすぐに小さな悲鳴を聞いた。
「きゃあ!!何すんのよ。放しなさいよ!私に酷いことしたら後で後悔するわよ」
「うるせー!ちょこまかと動きやがって。そう何度も罠に引っ掛かってたまるか!
ちょっと物足りないがお前も女だ。あいつを始末したら可愛がってやる」
「嫌よ!あんたみたいな不細工なの。私は面食いなの」
「なにー!いい気になるな」
盗賊は少女に手を上げた。
(助けて!)
少女は目を瞑ったが、何も起こらなかった。
そして突然ドサっと音がした。
「えっ!?」
「大丈夫か?」
少女が目を開けると自分に襲いかかろうとした盗賊は倒れていて
目の前には赤い甲冑の騎士が心配そうにしていた。
「貴方があいつを?」
「ああ、間に合ってよかった。悲鳴が聞こえたんだが場所が中々解らなくて」
「ありがとう。えーと・・・」
「ノイッシュだ」
「ノイッシュさん・・・あたしはシルヴィア、踊り子よ。
あっ!ちょっと私の連れを探さないと!ノイッシュさん付き合って」
「それはいいが場所解るのか?」
「風が舞ってるところ」
そう言うとシルヴィアは駆け出した。
「風?おい待て!まだ盗賊がうろついているんだぞ」
「じゃあ守ってくださいね騎士様」
シルヴィアはにっこり笑うと森の奥に向かった。
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