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厄年だとさ

2003.1.8



 

 さほど気にする人がいるとも思えないが、私は今年、厄年である。
それも前厄、後厄といった、前後賞みたいのじゃなくて「本厄!」である。ビックリマーク付けちゃう。
宝くじなら1等2億円大当たりだ。

 去年の暮れに静岡の母から電話がかかってきて妻が出た。
今にも笑い出しそうな顔で話している。
私の母は時々突拍子もないことを言い出すので、きっとまた変なことを言っているのだろう。
電話を切った妻は私に促されるのを待たずに話し始めた。
「なんかねー、厄年の時はセリを食べちゃいけないんだって。年越し蕎麦に入れるなだって。あっちじゃ、お蕎麦にセリを入れるんだねー」
ふーん。母が言いそうなことではある。
「オトーに替わろうかって言ったら、『今お蕎麦ゆでてて忙しいからいいよ』だって」
取り急ぎ用件まで、か。母らしい。厄年はセリ食うなが用件か。蕎麦ゆでてて思い出したか、母よ。

 なんて書くと、「田舎の年老いた母親が息子を心配して電話してくれたのに、その冷たい反応は何?」と思うかもしれないが、それは母を知らないからである。

 例えば母はこういう人だ。
前に「文書の書」で「背中のヒミツ」というのを書いた(2001年)
私の祖母が亡くなった時、ちょうど妻が妊娠していたのだが、その時母が、妊婦がお葬式に出る時は、腹帯に鏡を入れておかないとあざのある子が生まれる、と言い出し、急いで鏡を用意したのだが、生まれてきた長男の背中には大きなあざがあって大笑い、という話。

 この話には後日談があって、「背中のヒミツ」を書いて間もなく、実家に遊びに行った時、風呂上がりに息子の背中を見た母が「この子、背中にあざがあるんだねぇ」と言った。
私が何を今さらと、「生まれた時からあるよぉ。ばぁちゃんの葬式の時、ちゃんと腹帯に鏡を入れたのにねぇ」と言うと、母はきょとーんとしている。
妻と二人で「妊婦が葬式に出る時は腹帯に鏡を…」という話をしたら、心底不思議そうな顔をして「ふぅん、埼玉の方じゃそんな迷信があるんだね」だと。違うだろ。
言い出したのはそっちじゃないかと、突っ込みたかったが、ホントに全く何も覚えていない様子だったので、私も妻もそれ以上追求せずに話を打ち切った。
しかしあまりに記憶がきっぱり違っているので、何だか異次元空間に迷い込んだようにクラクラしてしまった。そんなとこに迷い込んだことなんてないけど。

 母はこういう人なのだ。時々異次元なのだ。
だから「厄年はセリ食うな」も、ひょっとしたら「厄払いにはセリがいい」かもしれないし、「年おとこはセリを食え」かもしれない。もう、「厄年」も「セリ」も出て来ない話が元になっている可能性だって充分ある。「我、奇襲ニ成功セリ」かもしれない。

 どうせセリなんか食べても食べなくてもいいものだからどうでもいいのだが、この話のオチは実は私にある。
正直に言うが、私は「セリ」って、どういうのかはっきり知らないのだ。
いや、食べたことはあるはずなのだ。多分、春菊みたいなあれだと思うんだけどなぁ…。
まぁ、あの親にしてこの子あり、か。

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1月16日のこと

2003.1.19



 

 なんだかパタパタ忙しくて、仕事を終えて会社を出たのが9時半過ぎ、自宅の最寄りの駅から家への道を歩いている時はもう10時半をまわっていた。

妻からメール。
「今どこ?」
「あと2分」
と打ち返す。「家まで」は省略。
いつもなら会社を出た時に「帰るよ」「はいよ」のメールのやり取りで終わる。こんなメールはイレギュラーだ。
ひょっとして、と思う。
なんとなく出産の兆候の兆しの面影があるようなことを言っていたので、ひょっとして、と思う。
でもまだ予定日まで2週間ある。長男は予定日を一週間ほど過ぎてから陣痛促進剤を投与しての出産だったため、高をくくっていたが、ひょっとして。

家に帰り着くと妻は産気づいていた。
コタツの上板のへりをつかんでじっと座りながら
「痛いのよ」
よし、病院へ行こう。
そんなにあわてることはないと言うので背広のままそこにあった夕食をかっ込んだ。
妻が病院に電話している間に、着替えるために2階へ上がった。眠っている長男に声をかける。
「オカーが産気づいたぞ」
よく眠っていてぴくりとも動かない。ノンレム睡眠だ。放っといて着替える。
着替えながら、(先に着替えでそのあと飯のほうがよかったかな?)と思ったが、そんなことはどうでもいい。
妻が荷物を取りに来たついでに長男に声をかけている。
「ん?ん?行くの?どうするの?」
のぞくと、長男が顔を上げて眠そうな顔でうなずいている。
よし。行こう。三人で行こう。いや、すでにほぼ四人か。

産院までは車で10分。着いたのは11時半過ぎだった。
「俺が持ってく」
長男が妻の入院用荷物の入ったバッグを引っぱり出した。

妻は医者の診断を受けるため、すぐに診察室へ。
長男と私は廊下の長椅子で待機。
そうだ。
こいつに言っておかなきゃならないことがあるんだ。

しかし長男は、長期戦に備えて持ってきたゲームボーイアドバンスを取り出して「ポケモン・サファイア」を始めた。
ま、もう少しあとでもいいか。
診察室からもれてくる「まだ3センチ…」「痛みが…」「どうしますか…」という声を聞きながらそう思った。
こりゃ、出直しかな。

しかし診察室から出てきた妻はそのまま陣痛室へ入れられた。私たちも一緒に入室する。
お腹に何かを貼り付けられ、診察用の機械とつながれた状態でベッドで横になる。それが11時55分。
何を計る機械なのかわからないが、地震計みたいな、ウソ発見器みたいなやつで、吐き出される紙にニ本の波形が描かれてゆく。
妻は痛そうにしている。


妻につながれた機械

二人の男はやることもないのでその機械をじっと眺めたりしている。何を計っているのか全然わからないまま。

やがて看護婦さんがやって来て、その機械をのぞいて
「かなり痛そうね」
と言った。

少しして、また別の人がやって来て同じように機械をのぞき、
「あぁ、かなり痛みが来てるわねぇ」
と言った。
え?
これって、痛みを計る機械なの?
波形を描きながら紙を吐き出す機械をじーっと見る。
25、50、75、100、と数字が印刷されている。
波形が25から50に上がってゆく。
妻が「痛い」と言い出す。
50から75へ。さらに上がってゆく。
「痛い痛い」
そうか。
「わかったよ、痛くなるとこれが上がってくんだ」
妻に教えてやる。妻はそれどころじゃないみたいだが。
波形が上昇して行く。妻がどんどん痛がる。
「もうすぐ『100イタイ』だよ」
その場で考えた「痛み」の単位で妻に教えてあげる。ちょっと面白いだろうと思って。
しかし妻は息も絶え絶えに、
「お願い。
今は笑わせないで」
見ると、肘を曲げた右手を宙に差し出し、痛みをこらえている様子。手の平は五本の指が反り返るくらいに開かれていて、機械の数値を見なくてもかなり痛いことがわかる。
なるほど。ユーモアも時と場所を考えろってことだ。いくつになっても人生勉強である。


人の痛みがわかる人になりなさい」
などと言われながら育った人もいるだろうが、
機械はすでに実現していたのだ。

その後助産婦さんがやって来て、様子を見た結果、分娩室へ移ることになった。
その助産婦は長男を見て、なぜ子供がいるんだといった調子で、
「ホントは夜は子供はダメなのよね。御主人だけなのよね」と言った。
「うちはこれでひとチームなんだよ」と思ったが、黙っていた。

妻が分娩室に入り、廊下のソファーで、また長男と二人きりになった。
長男は落ち着かない様子だ。
時々看護婦さんがあわただしく出たり入ったりしている。
時々分娩室から妻の苦しそうな声や助産婦さんの励ますような、怒っているような声がもれてくる。
ナースステーションから「もう生まれるんだって?」という話し声が聞こえてくる。
長男も不安そうにしている。
そうだ。
こいつに。
言っておかなきゃならないことがあったんだ。生まれる前に。

「あのさ」
「え?」
普段はへらへらしている長男がまじめな顔で振り向いた。
「お前がオカーのお腹の中にいる時に、オトーとオカーで約束したことがあるんだよね」
「うん」
「もしもね。
もしも、お腹の中の子に何か障害があってもがんばって育てようねって。だから」
「うん」
さらにまじめになる長男の顔を見て、鼻から目にかけて軽くひくつく。
「だから。
多分大丈夫だと思うけど。多分大丈夫だけど。
もしもこれから生まれる子に何か障害があっても、みんなでがんばって育てような」
「うん」

よし。これでよし。約束したぞ。
この約束だけはしておきたかったのだ。ただあまり早いうちに言い出して、不安がらせてもかわいそうかな、と思っていたので、ぎりぎりの時まで待っていたのだ。
これでよし。

やがて。思っていたよりもずっと早く。
分娩室から、
「よくがんばったわね」
という、助産婦の声が。
耳をすましていると、切れ切れで小な声だったけれど
「ほぇ  ほぇ  ほぇん」



「生まれたみたい」
私が言うと、長男の口が三日月型になった。
二人で耳をすます。
「ほぇん  ほぇ  ほぇん」
二人で顔を見合わせて黙って笑った。

しばらくして、待っていた私たちのところへ赤ちゃんが運ばれてきた。もう眠っているようだった。
長男が生まれた時とそっくりな顔をしていた。ただし長男は髪の毛がほとんど無かったが、この子にはくせのある髪の毛が生えている。
抱いてみる。
赤ちゃんてこんなに軽かったんだ。忘れてたよ。
赤ちゃんを連れてきた人が長男に
「だっこする?」
と訊くと、長男は一歩下がって
「あ、いや、えと」
私が「抱いてみな」と促すと
「うん」
恐る恐る手を出した。

長男が赤ちゃんを、妹をぎこちなく抱いている。
持ってきていたデジカメで一枚だけ写真を撮り、赤ちゃんを返した。

少しして助産婦さんが私を分娩室に呼び出した。
「ここは子供は入れないから。御主人だけだから」はいはい。

入ると妻が分娩台で横になっていた。消耗しきっている様子。
「お疲れ」
「うん。痛かったぁ。手が震えてる。ほら」
右手を上げて見せる。
「うん。お疲れ」
「赤ちゃん、見た?」
「うん。さっき連れてきてくれた」
助産婦に渡された入院中の日程を読み上げてやる。
産んだ日を第0日として、退院は第5日となっている。来週の火曜日だ。
その間の家のことを少し打ち合わせる。名前をどうしようかという話も。

「じゃ、そろそろ、もういいよ。あいつも明日学校だし」
「そうだね」
立ち去りがたくはあったが、妻の言う通りだ。時計を見るともう1時半を回っている。
2時3時になるのを覚悟でやって来てはいたが、私も会社を休めない。
分娩室の扉を開けた時に妻が
「祥平、いるの?」
「うん、ここに」
と私が言うのと、長男がソファから乗り出してこっちを見たのがほぼ同時だった。
手招きすると駆けて来た。
開けた扉の内と外で、分娩台に横たわったままの妻と、廊下に立ったままの長男が対面する。
「赤ちゃん、見た?」
「うん。さっき」
二言三言静かに話し、今日はさよならをして分娩室の扉を閉じた。

帰りの車の中では二人ともほとんど話さなかったが、なんだか充実した空気だった。

駐車場に車を入れ、家まで二人で歩く。
夜空を見上げて長男が言った。
「星がきれいだね。
あ、オリオン座」
「冬は星がよく見えるね」
「うん。空気が澄んでるからね。あ、オトー、
風呂入った?」
「まだ。帰ってから入るよ」
「俺も入ろうかな」
「うん。あったまって寝よう。明日もあるからな」

こうして。
私たちは四人家族になったのだ。

自分達の写真は公開しないという方針で今まで突き進んで来た「オトーラの書」であったが、今回ばかりは特別に公開。
生まれたのが2003年1月16日午前0時56分。
体重3310グラム、身長50センチの女の子でした。
ちなみに、抱いているのは長男、撮影はオトー。

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選挙運動の実態と幻影

2003.4.26



 

 たとえそれがどんな選挙でも。
参議院選挙であれ、衆議院選挙であれ、コシガヤ市議会議員選挙であれ。
選挙運動というものが始まると、私の脳みその真ん中あたりから、ある疑問がもくもくと湧き上がってくる。

「なぜあの『街宣車で名前をわめき散らす』という行動が得票につながると思われているのだろうか?」

私の知っている範囲では、ほぼ100パーセントの人が「街宣車はうるさくて腹が立つ」とは言うが、「街宣車を見かけてあの人に投票すると決めた」と言う人は皆無である。
おかしいではないか。理屈に合わないではないか。なんら益の無い、むしろ不利益なことを選挙に立候補するような利にさとい人間がやるなんて考えられない。
何かあるはずだ。各候補者をあのような理性を失った行動に駆り立てる何かが。

おそらく。
選挙運動請負業者みたいのがいて、ポスターの印刷やらなんやらと一緒に、街宣車とウグイス嬢も選挙運動一式パックに含まれているんじゃないかと私は考える。

ある候補者が「ポスターだけ頼みたいんだけど…ポスターだけでもやってもらえるのかなぁ…」と、請負業者の事務所に相談にいくと、流暢なセールストークの営業マンが出てきて
「もちろん請け賜ってございます。でもお客様、街宣車やウグイス嬢、専門家による選挙運動のアドバイスも含めた格安のコースもご用意させていただいております。コースで一式発注されたほうが断然お得でございますよ。
ちなみに松、竹、梅、とございますが」
「うーん。俺はポスターだけでもいいんだけどなぁ…。でも格安かぁ…梅だと、どんな感じなのかなぁ…」
「う、め、でございますかぁ(二つ折りのパンフレットを取り出しながら)梅コースですと、このようになっております」
そこにはポスターの枚数や、写真のサンプル、街宣車の台数とともに、ウグイス嬢のサンプル写真が載っている。
「ふぅん。こうなってるんだぁ」
「ちなみに竹コースになりますと…」
営業マンは竹コースのパンフレットを取り出す。竹コースのそれは厚めの紙で表紙が付いていて、頁も多く、大作映画のパンフレットのようだ。表紙には「当選への最短コース。議席への水先案内人」というような文字が印刷されている。
頁をめくると、そこには梅コースより五割増しほどのポスターの枚数や街宣車の台数、そしていろんな面で五割増しのウグイス嬢の写真が載っている。
「むむっ」
思わず身を乗り出す候補者。
「ち、ち、ちなみに松コースはどうなってるのかな。ちなみに」
「松コースでございますか」
営業マンは松コースのパンフレットをうやうやしく取り出す。いや、それはすでにパンフレットなどというものではなく、革の表紙にでかい文字で「松」と金箔で押された、高級レストランのメニューのような装丁だ。
そこには竹コースよりさらに五割増しのポスターや、街宣車の数が記載されている。ポスターは子供のモデルと一緒の写真だ。
ウグイス嬢などもはや印刷ではなく生写真、もちろんあらゆる面で竹コースの五割増しだ。「元ミスなんとか」、「元レースクイーン」などという肩書きも見える。

「むむっ、むむっ」
「ちなみに料金でございますが…」
「むむっ。た、高い」
「もちろん、ご予算もございますでしょうから、ご相談させていただきます。先ほどお見えになった畠森様も…」
「な、何、畠森のやつも来たのか」
「はい。『松』で、ご用命いただきましたが、畠森様は…」
「なにぃ、やつは松なのか?やつが松なのかぁ!あのすけべじじいがぁ。負けるかぁ!負けてたまるかあんなやつに!松だっ!俺も松でいくぞぉ!」
「いえ、畠森様は松コースにさらにオプションをお付けになっておられました」
「なんだとぉ!それなら俺もオプションだぁ、オプションを付けろぉ!じゃんじゃん付けろぉ!で、オプションて何だぁ!?」

結局この候補者は、松コースの上に、5.1チャンネルデジタルサラウンド対応スピーカー付きの街宣車、金箔6色刷りポスター(子供のモデル4人付き)、メールアドレス申告義務付きウグイス嬢(2回までチェンジ権あり)、その他もろもろのオプションを付けての発注となった。
ご成約記念の「有権者の心をつかむこのひとこと」という小冊子を受け取り、候補者は意気揚々と事務所を後にした。

大口の受注をまとめた営業マンは、夕日の差し込む事務所のデスクで満足感に浸りながら関係書類の整理をしていた。
「これで今月の売り上げナンバーワンもいただきだな。でも…
あいつも畠森も当選しねぇだろうな。投票日までに集金済ませとかねぇとな」

とまぁこんないきさつで出動している街宣車であるから、その時点ですでに理性や常識的な判断を失っていて当然であろう。選挙期間中は思いっきり使ってやろうというのもまた人情といえよう。

もちろんこういうバカに投票してはいけないのは言うまでもない。

●もうひとつ言うまでもないことだが、文中に登場する『畠森』という人物はまったくの架空の人物である。
現在、過去、未来のいかなる選挙において、万が一『畠森』という名前の人物が実際に立候補していても、そして万が一落選していても、さらに万が一、万が一、万が一、本当にすけべじじいだったとしても、この文章とはまったく無関係である。
っていうかここに書いてること全部私の妄想だから本気で受け取らないでね。

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買ったよシリーズ第四弾
HDD& DVDレコーダーを買ったよ。

2003.5.8


 人類に限りない物欲を喚起せしめ、世界に数多の不幸をもたらす消費資本主義ではあるが、新しい商品を購入することが快感であることもまた事実。物欲の海を溺れることなく泳ぎ渡ってこそ成熟した近代的市民の証といえよう。何を言ってるのか自分でもわからないが。

というわけで「買ったよシリーズ第4弾」。
今回はこんな物を買ってみました。
「ハードディスクドライブアンドディーブイディーレコーダー」。長いよ。

以前からそういう物があるということは知っていたが、VHSビデオのデッキが元気に回っていたのと、まだまだ値段が高かったので、自分が購入を検討する製品としては認知していなかった。

それが少し風向きが変わったのが去年の11月。友人たちと一緒に群馬の温泉に旅行に行った時だ。
あの「スネークセンター」へ行った旅行の折の車中での会話である。

「ハードディスクレコーダーって買ったんだけどさぁ」
同い年の友人が話し始めた。
「いいんだよ、あれ。持ってる?」
彼以外は誰も持っていなかった。
「何がいいって、普通に放送を見るのと同じ画質で録画できるからね。いいよぉ。テープいらないしね。DVDも付いてっけどそんなの使わないけどね。」
ふんふん、そうなのか。
「いやぁ、いいよ。みんなあれにすべきだよ。テープいらないしね」
彼は何度も言う。そんなにいいのか。
「テープなんかみんな捨てちゃったよ」
さばけたやつなのだ。

思えば、かつてこの同い年の友人が結婚するという話を耳にして、「ああ、俺たちも結婚する年頃になったのかぁ」と実感し、自分も結婚を真剣に考え始めたということがあった。26歳の時である。
あれから14年の月日が流れ去り、今や40歳になった私たちはハードディスクレコーダーを買う年頃になっていたのだ。

その日からハードディスクレコーダーは「家電量販店のチラシに載ってるけど自分には関係ない製品群」から、「その性能と価格の動向に目を光らせ購入を検討すべき製品」へと格上げになった。

しかし。10万円以上する品をほいほい買えるほど家計に余裕は無い。
しかも調べてみるといくつかの規格が入り乱れていて、どれを買えばいいのか判断がつかない。
ハードディスクレコーダーは、「購入を検討すべき製品」から、「もう少し様子を見る製品」に、やや後退した。

再び風向きが変わったのは今年の1月の末ごろである。そう、アヤが生まれた直後である。
あまり大きな声では言えないが、子供が生まれると現金が動く。
出産費用やら、お祝いやら、内祝いやら、ふだんは扱わない額の現金が出たり入ったりする。
その、目の前を出たり入ったりしている現金を見ながら私は思った。
「10万くらい何とかなりそうじゃん」
本当は家族が増えて金がかかるから支出を抑えるべきなのだが、「もう少し様子を見る製品」として様子を見ている間に、買いたい気持ちが再びじわじわ前進して来ていたのだ。

また、市販やレンタルのDVDビデオはプレイステーション2で見ていたのだが、有線のコントローラーを手元まで引きずり出してきて見るのもうっとうしくなっていた。DVD付きの物を買えばそのうっとうしさともおさらばだ。
妻は「必要ならば買ってもいいんじゃない」という姿勢。我が家の録画係は私なので、私が必要な設備と判断すればそれで決まるということだ。
さらに調査を続行しているうちに4月からの新番組の情報も耳にするようになった。
「サンダーバード」「ひょっこりひょうたん島」「鉄腕アトム」。
よかろう。
お前がそこまで言うのならよかろう。買おうじゃないか。

「もう買っちゃう」という前提で調査を始めた。
ハードディスクの容量で値段が違うようだ。当たり前だが。
容量が大きいほうがいいな。当たり前だが。120ギガバイトくらい欲しいな。
その条件で探すと、予算は10万円台の半ばまでと考えればよさそうだった。安いほうがいいけど。
DVDは「RW」というのと「RAM」というのがあるらしい。どっちがいいのかわからない。
なんとなく「RW」のほうがいいかな、と思いつつお店へ行ってみる。
息子を連れての買い物だったので「トイザらス」とくっついている「ケーズ電気」というところに行った。
その店には「RW」のものはハードディスクが80ギガの物しかなかった。うーむ。
「RAM」のものは120ギガで、119800円というのがあった。
ちなみにボブサップがコマーシャルに出ているやつだ。
店員を呼んで「これくれ」と言う。
DVDのメディアも欲しかったのでいろいろ訊いて「RAM」を3枚と「DVD-R」を5枚くれと言ったら、「DVD-R」はサービスしてくれて、本体も11万円にしてくれた。
まぁまぁ、いい買い物だったと思うことにしよう。
ひとつだけ残念だったのは、「無料で5年保証が付く」というのがこの店の自慢なのだが、この種の製品に関しては、ハードディスク部分だけはメーカーの一年保証だけだったことだ。
壊れるな!ハードディスク!

なんつって、ダラダラ書いてたら長くなっちゃったので、今回は「購入編」ということにして、続きは次回「運用編」で!
さらば!

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買ったよシリーズ第四弾
HDD& DVDレコーダーを買ったよ。運用編

2003.5.18



 自宅に運び込んだHDD& DVDレコーダーを箱から取り出す。本体はVHSのビデオデッキより少し軽いようだ。
説明書を読むと、テレビやアンテナとのつなぎ方はビデオデッキとほとんど同じだった。
妻に手伝ってもらってテレビをガコガコ引っ張り出し、まずは今までのビデオのケーブルをテレビから抜く。
テレビの背後にはゲーム機のケーブル等もあり、ビデオのケーブルと絡まり合っている。
こういう作業をしていていつも不思議に思うのだが、こいつらはいつ絡み合ってしまうんだろう?自然にこうなったとは思えないような複雑な状態になっている。
ひょっとして夜中に三角帽子をかぶったコビトさんが…なんて話を始めるとまた長くなるので省略。

コビトさん、もしくは屋敷しもべ妖精が絡ませてしまったケーブルを一本一本解いて、ついでに溜まっていたホコリもふき取って接続完了。テレビの電源を入れる。
映れ!映れテレビよ!
映った。当たり前か。

すべてのチャンネルを調べて接続が正常に完了したことを確認して、またテレビをガコガコと戻す。
ここからがやっと新製品の機能調査だ。
録画モードにはXP(高画質)、SP(標準)、LP(長時間)、EP(もっと長時間)の4種類があり、いろいろ試してみる。
友人が話していた通り、XPとSPでは放送と見分けがつかないくらいの画質だった。ちなみに私の目ではXPとSPの違いはわからない。どこか違うかと思ってじっと見ていたら気持ち悪くなった。
私の目よりもテレビの限界ということも考えられる。性能のいいテレビで見れば区別がつくのかもしれない。

SP なら120ギガのハードディスクに約55時間録画できる(ちなみにXPではその半分)らしいから、ハードディスクに録画する場合はSPで録画するのがちょうどよさそうだ。
DVDはRAMもRも4.7ギガ(両面で9.4というのもある)なので、録画時間はXPで約1時間、SPで2時間、LPとEPは4時間だそうだ。

DVD-Rは一度書き込んだら書き換えできないが、 DVD-RAMは約10万回書き換え可能なのだそうだ。
じゅうまんかい。誰か数えたのかよ、と突っ込みたくなるがとにかくそう書いてあった。
毎日書き換えても10万割る365日で273年かかる計算だ。長生きする予定の私だが、いくらなんでもそんなには生きられない。がんばって1日に何度も書き換えしろってことか。そうじゃないだろうな。

このレコーダーで録画したものを他のDVDプレーヤーで見られるようにするには、DVD-Rに録画して、さらに「ファイナライズ」という処理が必要なんだと。
他のDVDプレーヤーでも見られるのは便利そうだが、ちょっと面倒。DVD-Rは書き換えができないってところも気になるな。私なんか不必要に緊張しちゃいそうだ。
RAMの書き換えは2万回くらいでいいから、Rをせめて5回くらい書き換えられるようにしてもらえないだろうか。いや、2回でもいいや。俺にやり直すチャンスをくれよ。

それはともかく、レコーダーを実際に使ってみると、非常に快適だということがわかった。
とにかく、テープを差し替える必要がないというのがこんなに快適だとは思わなかった。
朝刊を見て録画しようと思った時など、忙しい中、使えるテープを探してセットするという手間が無くなった。
毎週見ている番組は「毎週録画」に設定しておけば、あとは放っておいても確実に録画してくれる。見たい番組は見つけた時点で予約してそのまま。
放送時間が重ならない限り、長時間複数の番組を録画できる。テープの残量を気にして「これは『標準』で、これとこれは『3倍』で、えーっと、あと何分残ってるんだ?」という計算をしなくてすむ。
全部ハードディスクに入っているため、ラベルにマジックで「仮面ライダー」とか汚い字で書かずにすむ。
録画を続けながら再生もできるいわゆる「追っかけ再生」という機能も使いようによっては重宝する。
たとえば、日曜日の朝7時48分に起床したとすると、『アバレンジャー』では、そろそろ敵が巨大化するころだ。従来の録画ライフでは、「途中から見るのはいやだから、今はテレビを見ないで8時になったら『仮面ライダー』を見て、そのあと録画した『アバレンジャー』を見よう。8時まで何やってようかな」だったはずだ。家庭によっては『アバレンジャー』は『明日のナージャ』の後、という家もあるはずだ。うちは『明日のナージャ』は見てないけど『おじゃ魔女どれみ』は見てた。
まぁ、番組は何でもいいや。そんな感じだったはずだ。っていうかうちはそんな感じだった。これからはそんなことが無くなるのだ。録画は継続しながら始めから(もちろん途中からでも)再生できるのだ。
起きたらすぐに『アバレンジャー』。待ち時間なし。素敵。
10分15分の節約がそんなにうれしいのか?と言われれば、そんなにはうれしくはないと答えざるを得ないが、せっかく付いてる機能なのだから何か意味を見い出したいというのもまた人情である。

というように大変便利で快適なので、使うのが面白くてついつい不必要に録画してしまう。以前は見なかったような番組まで録画してしまう。で、結局見てなかったりする。
長時間録画できるのはいいが、時々整理しないとわけがわからなくなりそうだ。
それとちょっと虚しいのはいくらレコーダーが便利で快適でも、録画するのは結局はいつものテレビ番組だということだ。レコーダーの性能が良くなってもつまらない番組はつまらないままだ。当たり前だけど。

私はまだ友人のようにテープを捨てたりはしていないが、ゆくゆくは世の中そうなっていくんだろうな、と思う。
そうなると『リング』の「呪いのビデオ」みたいなアイテムは成立しなくなるな。

「何だよこの黒い箱、DVDに落としてくれなきゃ見れねーよ」
なんて言われたりするんだ、きっと。
呪いもデジタル化しないと流通できないような、そんな時代が間もなくやって来るのだ。間もなく。
やって来るのだ、あなたのところにも。妙に高画質の呪いのDVDが。

ってそういう話で締めるか。


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折れた心

2003.6.12



 4年ほど前の話だが、「空手を習いたいな」と思ったことがある。大学の柔道部での最後の試合が終わってから十数年、運動らしい運動もしたことがなかったのに、それが空手だと。まったく経験無いのに。

私と空手との関わりといえば、テレビで放送する格闘技番組で空手出身の選手を見るのと、子供の頃ブルース・リーのファンだったくらいだ。あ、あれはカンフーか。
そういえば中学時代の柔道部の先輩が空手の通信教育みたいのをやっていて、練習の前にひとりで回し蹴りのカッコをして、
「通信教育だけでもできるようになるもんだなぁ」
なんてつぶやいているのを見たことがある。
哀しいことに私にはその回し蹴りが「できる」ようにはとても見えなかったのだが、相手は先輩なので、陰で笑わせてもらうに留めた。
その先輩は、色が白くて丸顔で、ヒゲや眉毛が非常に濃く、まばたきするとバサバサ音がしそうなほどまつげが長く、ぱっと見、色白のインド人という感じだった。
みなさんも柔道着(当時茶帯)を着た色白で丸顔のインド人が下手な回し蹴りをして悦に入っている姿を想像するとちょっと笑えるかもしれない。
なんてのは余計な話だ。

なぜ空手を習いたいと思ったのか?
簡単に言うと、「何でもいいから打ち込んでみたい」と思ったのだ。試合を目指して練習したり、試合前に緊張してみたり、というのをまた経験したくなったのだ。
それなら柔道をまた始めればいいじゃないかと思うだろう。私もそう思った。しかし、そう思って近所を探したが柔道が出来る場所は見つからなかったのだ。
そのかわり空手の道場はあった。やたらあった。沿線の各駅にすべてあるんじゃないかという勢いであった。
しかもあの極真空手である。「牛殺し」「熊殺し」のキョクシンである。「空手バカ」「眉毛を片方剃って山ごもり」のキョクシンである。
食用以外の目的で動物を殺すのは私の主義に反するが、キョクシンであれば間違いないだろう。何が間違いないの?と訊かれると困るが。

よし。俺は極真空手を習うぞ!!

という前提でいろいろ考えてみた。
通勤で使う駅のそばに道場があり、通りかかる時間によっては練習の声が聞こえてくる。商店街に、若人の気合の入った声が心地よく響き渡る。
場所は問題ない。仕事帰りに寄ることができるし、自宅からなら自転車の距離だ。駅前なので練習の後に一杯飲みに行く店にも不自由しない。汗をかいた後の生ビールは格別だろう。
道場の掃除とかは新入り(つまり私)がやるのかな。性格の悪い先輩がいるといやだな。
私は考え始めるとどんどん妄想が広がってゆくタイプだ。
が、自慢じゃないが行動は遅い。遅いって言うか行動しないほうがむしろ多い。
行動しないで妄想だけしているうちにある雑誌で極真の選手のインタビューを読んだ。
なんかもうすごいこと言ってた。
骨折したまま試合を続けた、とか、この試合で死んでもいいと思いながら闘った、とか、試合の後何日も立つこともできなかった、とかそんなようなこと。

頭のてっぺんでプシューッと音がした。
私の「空手を習いたい」という気持ちが蒸発して抜けていった音だ。
だってさぁ。
「牛殺し」「熊殺し」はファンタジーだけど、骨折しても試合を続けるってなぁ。昔、足の骨を折ったことがあるけど、その状態で何かするなんてとんでもないよなぁ。
雑誌のインタビューを受けるような選手と自分の何を重ね合わせてるんだ、って思われそうだけど、習ってるやつの中にはそういう覚悟でやってるのが何割かは確実にいるはずだもんなぁ。そんな中に入っていけないなぁ。
いやもうなんていうか。自分に縁のないことって世の中にあるんだなぁ、っていうか。
自分が決して踏み込んではいけない世界っていうものが確かに存在するんだな。
な。

というわけで結局空手を習うのはやめた。
最近の格闘技のテレビ中継を観ていると、ボコボコの血だるまになってそれでも闘っている選手に向かって「でも心は折れてない」なんて表現をよくしているけど、その言い方を借りれば、何も始めないうちにあきらめちゃった私は「いきなり心が折れてた」ということになるだろうか。そもそも「折れた心」しか持ってなかったってことだ。初期不良。箱から出したら部品が壊れてたプラモデルみたいなもんだ。お店に持っていけば交換してくれるぞ。

私はその後、どんなスポーツにも手を染めることなく今日に至っている。自分の資質を理解したということだ。お家でお絵かきしたり本を読んだりするのが好きな子だった。争いごとが嫌いなおとなしくて優しい子だった。

あの時空手を始めていたら、「オトーラの書」は存在しなかっただろう。代わりに「格闘野郎大行進!」なんてページになってたかもしれない。「日々まわし蹴り」なんてコーナーがあったかもしれない。どんなコーナーか考えたくもないが。
人生は何がどうなってどう転ぶかわからないものである。


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ふたつの疑問

2003.6.18




 それが何年前のことだったかすでに忘れてしまったが、ある疑問がふっと心に浮かんだことがある。それは、
「アルフィーのファンって、どんな人たちなんだろう?」
という疑問だ。
アルフィーには大量の固定ファンがいて、コンサートの動員力はすごいんだ、というような話をどこかで聞いたために浮き上がった疑問だったと思う。
例えばSMAPのファンというのはイメージできる。長渕剛のファンも。
実態とは多少違っているかもしれないが、アイドル性が強いとか、メッセージ性が強いとかという分類で私の中ではイメージできる。しかしアルフィーのファン。
浮かばない。ぜんぜん。

しかし、謎を解く鍵は思わぬところにあった。鍵っていうか答そのもの。
会社にいたのだ「アルフィーのファン」。
デブと言い切ってしまうのはちょっとかわいそうな程度にポッテリした外見で、非常におとなしくて目立たないが働かない女子社員であった。周囲との関わりを最小限に抑えたいという気持ちが伝わってくるような勤務態度であった。
ふうん。
これがアルフィーファンか。
それまでは「言われたことだけでいいからやってくれよ」くらいの目で見ていたが、そうか、これがアルフィーファンというものか。
常務に仕事を頼まれて「できません」て、きっぱり断ってたな。そうか、これがアルフィーファンか。
心の中で「カチッ」と音がした。
これがアルフィーファン。謎は解けた。アルフィーのコンサートに行くとこういうのがいるのだ。一万人くらい。謎はすべて解けた。
実態とは多少違っているかもしれないが、そんなことはどうでもよくて、私の中でイメージできればそれでいいのだ。
こうしてアルフィーファンをイメージできた私は安心してアルフィーファンへの興味を捨てることが出来た。その日以来、アルフィー及びアルフィーファンについて考えたことは無い。

さて。
ひとつの謎が解決すればまた新たな謎が生まれてくるのが世の常である。人生である。
次に私の心に浮かんだ疑問はこんなものだった。
「映画『釣りバカ日誌』は誰が観るんだろう?」

作ってるほうも次が何作目なのか忘れちゃうくらい続いている人気シリーズである。
「釣り好き」が観に行くんだろうな、というのは何となく想像できる。しかしそれだけで長期シリーズの観客が維持できるのか疑問である。
映画そのものに関しては、一本通して観たことはないが、テレビで放送された時にどんな映画かわかる程度には観たことがある。
私の『釣りバカ日誌』観は、「ベタなギャグ」「汗が飛び散る西やんの過剰な演技」そして「合体」である。
「釣り好きが観る」といえば、確かに観客の何割かはそうであろう。しかし、いくら映画の主たるテーマが「釣り」であっても、それだけですべての釣り好きが長期に渡って映画館に駆けつけるものだろうか? なにしろ「ベタギャグ」「西やんの過剰な演技」そして「合体」なのだ。釣りは好きだけど、あれはちょっと…、「合体」はちょっと…、という人も多いのではないだろうか?
そもそも「釣りバカ」でこれだけの人気シリーズが作られるのに、映画人が他の「何かバカ」に目を着けないのはおかしいではないか。
『登山バカ日誌』だの、『鉄道バカ日誌』だのといった、新たな「バカ日誌」が人気シリーズとして登場しないのはおかしいではないか。
私はこの「釣り好きが観る」という一見収まりのよい仮説に身を委ねることはできなかった。

ひょっとしてキーワードは「釣り」じゃなくて「バカ」のほうなんじゃないのか?そうも考えた。
「釣りバカ」ではなくただの「バカ」が観る映画『釣りバカ日誌』。まさか。しかしなにしろ「ベタギャグ」「西やん過剰」そして「合体」だ。

しかし、またしても答は身近にあった。
会社の営業部の同僚に、私より8歳年下で、その当時20代後半の男がいた。自称「お笑いにはちょっとうるさい男」で、なかなか鋭い発言をするやつだった。彼なら私の疑問を解決する糸口を与えてくれるかもしれない。そう思い、ある日彼と雑談をしている時に話を向けてみた。

「なあ、映画で『釣りバカ日誌』って」「!あっれ、面白いっすよねえー!」

解決の糸口どころかいきなり答だ。ここにいたのだ『釣りバカ』ファン。
「釣り、やるんだっけ?」
「やりますけど、釣りとは関係無しに面白いっすよ、最高っすよ!」

「お笑いにはちょっとうるさい男」、  か…。

ちょっと意外な展開だったが、謎は解けた。やはりまずは「釣り」がポイントだったのだ、というつまらない答ではあったが。映画『釣りバカ日誌』を観に行くとこういうやつが集まってるんだ。500人くらい。

その日以来、『釣りバカ日誌』ファンについて私が思い悩むことは無くなったが、『釣りバカ』ファンである彼の印象は変えざるを得なかった。
「ベタギャグ」「西やん過剰」「合体」それを観て大笑いする「お笑いにはちょっとうるさい男」。うむ。


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